2013年8月23日金曜日

徂徠先生醫言 序跋

 『徂徠先生醫言』
(瀧 長愷 序)
徂徠先生醫言序
吾藩侍醫中村玄與子家
藏徂徠先生手書一小冊
批評醫學辯害者也盖王
父玄與子受業於道三玄
一ウラ
淵君與先生之父方菴君
爲同學矣父庸軒子遊
於道三玄耆君之門以方
菴君爲其父之執就而
肄業是以亦與先生親善
二オモテ
庸軒一日讀雲菴書先生
乃批其臧否授之草〃漫
筆固無意傳播且其所見
未脫頭巾氣習雖然其
論玄奧其語明鬯尠識之
二ウラ
士所不能企及也今茲玄與
子與其子玄春在東都
將刊布之謀予〃曰先生
述往聖輔來學非漢唐
諸儒之所及則其片語
三オモテ
隻字學者亦可尸祝之
豈可獨秘諸帳中乎於
是乎玄春校上序以傳
於世焉爾
明和四年丁亥
三ウラ
長門 瀧長愷謹識
印形白字「瀧印/長愷」 印形黒字「彌八/◇」

【和訓】
徂徠先生醫言序
吾が藩の侍醫、中村玄與子の家に
徂徠先生手書きの一小冊を藏す。
醫學辯害を批評する者なり。蓋し王
父の玄與子、業を道三玄
一ウラ
淵君に受く。先生の父、方菴君と
同學爲(た)り。父の庸軒子、
道三玄耆君の門に遊ぶ。方
菴君は其の父の執爲るを以て、就きて
業を肄(なら)う。是(ここ)を以て亦た先生と親しく善くす。
二オモテ
庸軒、一日、雲菴の書を讀む。先生
乃ち其の臧否を批して之を授く。草々たる漫
筆にして、固(もと)より傳播する意無し。且つ其の見る所は、
未だ頭巾の氣習を脱せず。然りと雖も其の
論玄奧にして、其の語明鬯なり。之を識(し)るの
二ウラ
士尠なく、企及すること能わざる所なり。今茲、玄與
子と其の子玄春と與(とも)に東都に在り、
將に之を刊布せんとして、予に謀る。予曰く、先生の
往聖を述べて來學を輔くること、漢唐の
諸儒の及ぶ所に非ざれば、則ち其の片語
三オモテ
隻字たりとも、學ぶ者も亦た之を尸祝す可し。
豈に獨り諸(これ)を帳中に秘す可けんや、と。
是(ここ)に於いてか、玄春校して序を上せ、以て
世に傳うるのみ。
明和四年丁亥
三ウラ
長門 瀧長愷謹しみて識(しる)す

【注釋】
○徂徠先生:荻生徂徠 おぎゅう-そらい。1666-1728 江戸時代前期-中期の儒者。寛文6年2月16日生まれ。荻生方庵の次男。父の蟄居(ちっきょ)により25歳まで上総(かずさ)(千葉県)ですごす。三河物部氏を先祖とし、修姓して物(ぶつ)とも称す。元禄(げんろく)3年江戸にもどり、のち柳沢吉保につかえる。朱子学から出発しながらそれをこえる古文辞学を提唱。茅場町に蘐園(けんえん)塾をひらき、太宰(だざい)春台、服部南郭らおおくの逸材を出した。また8代将軍徳川吉宗に「政談」を提出するなど、現実の政治にもかかわった。享保(きょうほう)13年1月19日死去。63歳。江戸出身。名は双松(なべまつ)。字(あざな)は茂卿。通称は惣右衛門。別号に蘐園。著作に「訳文筌蹄」「論語徴」「弁道」「弁名」など。デジタル版 日本人名大辞典+Plus ○吾藩:長州藩。江戸時代、長門(ながと)国阿武(あぶ)郡萩(はぎ)(現、山口県萩市)と周防(すおう)国吉敷(よしき)郡山口(現、山口市)に藩庁をおいた外様(とざま)藩。萩藩、山口藩、毛利藩ともいう。藩名・旧国名がわかる事典 ○侍醫:藩医。 ○中村玄與:春芳。 ○子:先生など男子に対する尊称。 ○醫學辯害:宇治田雲庵(うじたうんあん)(1618~86)の著になる医論書。全12巻目録1巻。延宝8(1680)年自序。翌9年刊。外題は『医学弁解(いがくべんかい)』。雲庵は和歌山藩医で、名は友春(ともはる)。巻1には経書類、巻2には陰陽類、巻3には五行類、巻4には臓腑類、巻5には診脈類、巻6には摂生類、巻7には気味類、巻8には疾病類、巻9には病家類、巻10には医家類、巻11には治法類、巻12には薬剤類を収載。『黄帝内経』の医論をベースに、明の医書類を参考にし、各巻篇を分って詳細に論を展開している。荻生徂徠(おぎゅうそらい)が本書に下した批評が、稿本所蔵者の中村玄与(なかむらげんよ)(長州藩医、号は春芳[しゅんぽう])によって『徂徠先生医言(そらいせんせいいげん)』(1774)と題して出版されている。日本漢方典籍辞典 ○王父:祖父。 ○道三玄淵:曲直瀬玄淵(まなせげんえん)(今大路親俊[いまおおじちかとし])(1636~86)玄淵は五代目道三(どうさん)で、慶安4(1651)年に典薬頭(てんやくのかみ)に叙せられた。他著に『魚目明珠(ぎょもくめいしゅ)』『常山方補(じょうざんほうほ)』『掌珠方(しょうじゅほう)』『茅山宝籄方(ぼうざんほうきほう)』『龍金方(りゅうきんほう)』ほかがあり、名医の誉が高かった。日本漢方典籍辞典 また『臨床漢方処方解説』1の長野仁氏解説を参照。
一ウラ
○先生:徂徠。 ○方菴君:荻生方庵。1626~1706 江戸時代前期の医師。寛永3年生まれ。荻生徂徠(そらい)の父。上野(こうずけ)(群馬県)館林藩主徳川綱吉(のちの5代将軍)に侍医としてつかえる。延宝7年綱吉に罰せられ、上総(かずさ)本納村(千葉県茂原市)に蟄居(ちっきょ)。元禄(げんろく)3年ゆるされて幕府の医官となった。宝永3年11月9日死去。81歳。江戸出身。名は敬之、景明。別号に桃渓。日本人名大辞典+Plus ○同學:師を同じくして学業を受けたひと。 ○庸軒:玄與→庸軒→玄與→玄春。 ○遊:遊学する(故郷を離れ、よその土地や国へ行って勉学する)。 ○道三玄耆:曲直瀬玄耆(まなせげんき)(今大路親顕[いまおおじちかあき]・六代目道三)。 ○其父:庸軒の父(玄與)。 ○執:(志を同じくする)朋友。 ○就:近づく。したがう。 ○肄業:学業を修習する。修業する。 ○是以:そのため。 ○親善:親密につき合う。したしく友好関係にある。
二オモテ
○一日:ある日。 ○雲菴書:『醫學辯害』。 ○臧否:善悪、得失。よしあし。 ○草〃:草率。簡略。雑な。 ○漫筆:筆にまかせて書いた文章。形式にこだわらずに思いつくまま書いた文章。 ○固:もともと。本来。 ○無意:意図してねがう。 ○傳播:ひろめる。流布させる。 ○且:翻字、自信なし。ひとまず「且」とする。 ○所見:見解。意見。 ○頭巾氣習:方巾氣ともいう。明代の書生は日常的に頭巾をかぶっていた。読書人(学者・文人)の陳腐な思想・言行。道学味。学究気質。 ○玄奧:奥深くて、はかり知れない。 ○明鬯:「明暢」に同じ。明白にして流暢。 ○尠:非常に少ない。まれである。
二ウラ
○士:男子。 ○企及:つま先だってやっと達することができる。努力してやっと希望が達せられる。 ○今茲:今年。 ○玄春:序の印形によれば、子恭。保◇。 ○東都:江戸。 ○刊布:刊印発行。版を刻んで印刷する。 ○謀:相談する。 ○往聖:過去の聖人(のこと)。 ○輔:「車偏に庸」のように見える。ひとまず「輔」とする。 ○來學:後の学習者。師のもとに来て学ぶ者。 ○儒:学者。読書人。 ○片語隻字:短かく断片的なことば。少量の文章。
三オモテ
○尸祝:崇拝する。 ○豈可:反語。どうしてよかろうか。よくない。 ○諸:「之於」の合音。 ○帳:記録した書冊。とばり。 ○於是乎:「於是」に同じ。順接の接続詞。 ○焉爾:語尾の辞。意味なし。 ○明和四年丁亥:1767年。
三ウラ
○長門:長門国。長州藩。 ○瀧長愷:1709~1773。号は鶴台。通称は、彌八。『鶴臺先生遺稿』などの著書あり。吉益東洞『建殊録』の附録として鶴臺先生問東洞先生書、東洞先生答鶴臺先生書がある。


(中村玄春序)
徂徠先生毉言序
古昔烈山氏王天下躬
鞭草木而始有毉藥焉而
后神聖繼起其所傳素難
本草諸書埀衛生之道於
四ウラ
無窮矣後世立言設法之
士皆祖述之各成名家唯
人心如面人人殊其說得
失更有之學者惑焉雲菴
葢有見于此作辨害以指
五オモテ
擿世毉之通弊也祗其急
於持論勇於斥非辭氣抑
揚之間亦不自覺其紕謬
矣此編也徂徠先生草率
所論雖不深用意而駁雲
五ウラ
菴之誤者確然可觀矣家
君欲壽之不朽以傳同志
久矣今歳丁亥祗役于東
都不肖亦從之則命以其
事遂退而繕冩詢鶴臺先
六オモテ
生先生曰物子棄毉而儒
豈為馮媍之所為者乎而
其技癢不可已也此編幸
存於汝家實雖其土苴而
卓識所論學者以三隅反
六ウラ
之思過半矣梓何可止哉
遂授諸剞劂云明和四年
丁亥春 長門中村玄春拜撰
印形白字「中印/保◇」、黒字「子/恭」

【和訓】
徂徠先生毉言序
古昔、烈山氏、天下に王たるや、躬(みずか)ら
草木を鞭うち、而して始めて醫藥有り。而る
后に神聖繼いで起こる。其の傳うる所の素·難
本草の諸書、衛生の道を
四ウラ
無窮に垂る。後世の言を立て法を設くるの
士、皆な之を祖述し、各おの名家と成る。唯だ
人心、面の如く、人人、其の說を殊にし、得
失更に之れ有って、學ぶ者焉(これ)に惑う。雲菴、
蓋し此に見有って、辨害を作り、以て
五オモテ
世醫の通弊を指擿するなり。祗(た)だ其れ
論を持するに急ぎ、非を斥(しりぞ)くるに勇み、辭氣抑
揚の間、亦た其の紕謬を自覺せざるなり。
此の編なるや、徂徠先生草率の
論ずる所、深くは意を用いずと雖も、而るに雲
五ウラ
菴の誤りを駁する者(こと)、確然として觀っつ可し。家
君、之を壽(たも)ちて朽ちず、以て同志に傳えんと欲すること
久し。今歳丁亥、祗(まさ)に東
都に役す。不肖も亦た之に從う。則ち命ずるに其の
事を以てす。遂に退いて繕冩す。鶴臺先
六オモテ
生に詢(と)う。先生曰く、物子、醫を棄てて儒たり。
豈に馮媍の為す所を為す者ならんや。而して
其れ技癢して已む可からざるなり。此の編、幸いに
汝の家に存す。實(まこと)に其れ土苴と雖も、而して
卓識の論ずる所、學者、三隅を以て
六ウラ
之を反(かえ)さざれば、思い半ばに過ぎん。梓するに何ぞ止む可けんや、と。
遂に諸(これ)を剞劂に授くと云う。明和四年
丁亥春 長門中村玄春拜して撰す

【注釋】
○古昔:古時。むかし。 ○烈山氏:神農氏。炎帝。烈山に生まれたという伝説があるため、こう呼ばれる。厲山·隨山·重山·麗山ともいう。 ○王:王として君臨する。統治する。 ○天下:全世界。四海の内。 ○躬:自分自身で。直接。 ○鞭:むち打つ。晉 干寶『搜神記』卷一:「神農以赭鞭鞭百草、盡知其平毒寒溫之性、臭味所主、以播百穀」。赤い鞭で草木の性味を検証した。 ○神聖:帝王の尊称。 ○繼起:次々とつづいておこる。 ○素難:『素問』『難経』。 ○本草:『神農本草経』。 ○埀:「垂」の異体。後世にとどめ伝える。 ○衛生之道:養生の道。健康を保持し、疾病を防止する方法。
四ウラ
○無窮:無限。時間として終わりがない。 ○立言:伝えうるべき言論·学術を樹立する。書物を著わす。 ○設法:方法を設定する。やり方を考える。工夫する。 ○祖述:先人の説を受け継いで学説を述べる。 ○成名家:学術·文章·芸術などの業績を上げ、自ら一派をなし、大家となる。 ○人心如面:ひとの思想感情は、容貌のようにそれぞれ異なる。 ○殊:互いに異なる。区别する。 ○得失:利と害。適当と不適当。 ○雲菴:宇治田雲庵。 ○葢:「蓋」の異体。おもうに。 ○有見:知識見聞がある。卓見がある。 ○辨害:『医学辨害』。
五オモテ
○指擿:「指摘」に同じ。欠点やあやまりをえり出す。 ○通弊:通病。一般に共通してみられる弊害。 ○祗:「祇」に通ず。 ○急:せく。耐えるこころに乏しい。待っていられない。 ○持論:立論。自己の主張を発表する。 ○勇:果敢である。 ○斥:排除拒絶する。 ○辭氣:語気。言辞。 ○抑揚:文章などの調子を上げたり下げたり、また強めたり弱めたりすること。文章の起伏。 ○紕謬:紕繆。錯誤。あやまり。 ○編:書籍。 ○草率:仔細ではない。粗略な。 ○用意:意を注ぐ。 ○駁:事の是非を争って、他人の意見を否定する。
五ウラ
○確然:正確。確実。 ○家君:家父。わが父。 ○壽:長命にする。保存する。 ○役:公務に従事する。 ○不肖:父に似ない子。自称。 ○命以其事:徂徠の書付を刊行することを命ずる。 ○遂退:帰る。 ○繕冩:繕寫。抄写。 ○詢:意見を求める。 ○鶴臺先生:瀧長愷。
六オモテ
○物子:荻生徂徠。本姓は物部氏。修姓して物と称す。 ○馮媍:昔していたことを再びするひとを「馮婦」という。『孟子』盡心下を参照。晉のひと。虎を手取りにすることができたが、のちに善良な紳士となる。ある日、郊外に出かけると、大勢が虎を追いかけていたが、誰も手出しをしない。呼びかけられて、むかしの気分を出して、車から降り立った。/『徂徠先生素問評』末にある「徂徠先生與越雲夢書」の「不佞拙於醫、而避於儒、尚且喜言岐黄家說、眞馮婦哉」を踏まえる。 ○技癢:ある技能にすぐれたひとが、その機会に出会うとそれを表現したくなることの形容。腕がむずむずする。 ○土苴:土芥。くず。糟粕。つまらないもののたとえ。 ○卓識:優れた見識を持ったひと。 ○以三隅反之:『論語』述而:「舉一隅不以三隅反、則不復也(一隅を舉ぐるに、三隅を以て反さざれば、則ち復びせざるなり/一例を挙げて説明して、三つの類似した問題を理解できないようなら,さらに彼を教えるても仕方がない)」。
六ウラ
○思過半:考えて得るところが多い。 ○梓:出版する。 ○剞劂:彫刻に用いる曲刀。引伸して彫り師。 ○云:文末に用いる。実質的な意味はない。 ○明和四年丁亥:1767年。 ○中村玄春:保◇。子恭。 



明和丙戌秋予與兒玄春
同在東都偶見徂徠先生
素門評者梓行因嘆曰嗚
呼先生緒言波及毉家者
果有之哉予家藏一小冊
乃先生毉言也徃昔先考
一ウラ
遊學于東都奉先生咳唾
之餘者有年所以有此毉
言也盖先生在世也門客
三千雖末技之士乎容而
不遺各因其道厚焉四方
負笈之士得其片言隻辭
則家享拱璧秘諸帳中而
二オモテ
不出者何限唯憾不公于
世而已予有感于此遂令
兒謀梓事以報先考貽厥
之德云爾
明和四年丁亥春
長藩侍毉 中村玄與謹識
印形黒字「春芳/之印」白字「中邨/字/玄與」

【和訓】

明和丙戌の秋、予、兒の玄春と
同(とも)に東都に在り。偶たま『徂徠先生
素門評』なる者の梓行を見る。因って嘆じて曰く、嗚
呼、先生の緒言、毉家に波及する者、
果して之有るかな。予が家に一小冊を藏す。
乃ち先生の毉言なり。往昔、先考
一ウラ
東都に遊學して、先生の咳唾
の餘に奉ずる者(こと)年有り。此の毉
言有る所以なり。蓋し先生、世に在るや、門客
三千、雖(あ)に末技の士ならんや。容れて
遺(す)てざるは、各おの其の道の厚きに因るなり。四方
負笈の士、其の片言隻辭を得れば、
則ち家に拱璧を享(すす)め、諸(これ)を帳中に秘して
二オモテ
出ださざる者、何限(いくばく)ぞ。唯だ世に公けにならざるを憾む
のみ。予、此に感有り。遂に
兒をして梓事を謀らしめ、以て先考の
之を貽厥するの德に報ゆと爾(しか)云う。
明和四年丁亥春
長藩侍毉 中村玄與謹しみて識(しる)す

【注釋】
○明和丙戌:明和三(1764)年。 ○徂徠先生素門評:『徂徠先生素問評』。宇恵子迪(宇佐美灊水)編次、明和二年序。平信敏、明和三年跋。 ○梓行:出版する。 ○緒言:残されたことば。『文選』劉孝標『重答劉秣陵沼書』:「緒言餘論、藴而莫傳」。張銑注:「緒、遺也」。/『莊子』漁父:「曩者先生有緒言而去」。陸德明『經典釋文』:「緒言、猶先言也」。成玄英疏:「緒言、餘論也」。郭慶藩『莊子集釋』引俞樾曰:「緒言者餘言也。先生之言未畢而去是有不盡之言、故曰緒言」。 ○徃昔:往昔。むかし。 ○先考:今は亡き父。
一ウラ
○遊學:ふるさとを離れて、よその土地や国に行って勉強する。 ○咳唾:咳をして吐き出される唾液。他者の言論や詩文をたたえていう。 ○有年:多年。数年。 ○在世:生存時。存命中。 ○門客:門下の食客。ここでは弟子であろう。 ○末技:小技。言うに足りない技芸。ここでは医術。 ○遺:捨てる。失う。忘れる。 ○厚:誠実である。 ○負笈:書箱を背中に背負う。遊学する。よその土地へ勉学におもむく。 ○片言隻辭:片言隻句。わずかな言葉。 ○享:まつる。 ○拱璧:両手でかかえるほど大きな璧玉。 
二オモテ
○何限:どれほど。 ○憾:心中が満たされない。失望する。 ○貽厥:遺し留める。 ○云爾:語末の助詞。かくのごときのみ。 ○長藩:長州藩。

2013年8月7日水曜日

金刻本素問 画像

国連教育科学文化機関(ユネスコ)Memory of the World
2011年登録。
漢語:世界记忆名录。

Wikipedia:
世界の記憶(せかいのきおく、英: Memory of the World)は、ユネスコが主催する事業の一つ。
危機に瀕した書物や文書などの歴史的記録遺産を最新のデジタル技術を駆使して保全し、研究者や一般人に広く公開することを目的とした事業である。
俗に世界記憶遺産(せかいきおくいさん)とも呼ばれる。

画像:http://content.wdl.org/3044/service/3044.pdf

版心が狭くて,版心近くに傷みが多いから,もとは蝴蝶装だったのでしょうか。
新校正のはじまる前に,時々○の半分(右側)を黒くしたマークがある。

2013年8月6日火曜日

林億の次に,丹波元簡。

いろいろな意味で,おどろき。
だれが,ここまで絞りきれるだろうか。

维基百科,自由的百科全书 黄帝内经
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%84%E5%B8%9D%E5%86%85%E7%BB%8F

注家與注本

南北朝, 全元起, 《素問訓解》
唐朝, 楊上善, 《黃帝內經太素》
唐朝, 王冰, 次注《黃帝內經素問》
北宋, 高保衡/林億, 《重廣補注黃帝內經素問》
日本, 丹波元簡, 《素問識》《靈樞識》

2013年8月2日金曜日

文字化け

上の文字化け:𥨸 〔穴/耒+咼〕
下の文字化け:𥹢 〔米/耳〕

貼り付けた時点では,そのまま見えるのですが,
ネットを通じると見えなくなるようです。
GoogleChromeの場合。

經穴籑要 序跋

經穴籑要 序跋

【封面(扉)】
東都侍醫法眼多紀先生閱
龜山侍醫小坂元祐先生著
經穴籑要
東都本石第二街十軒店書林萬笈堂英平吉藏梓

【注釋】
○東都:江戸。 ○侍醫:幕府の奥医師。 ○法眼:「法眼和尚位」の略。中世以後、僧に準じて医師·絵師·仏師·連歌師などに与えられた称号。法印に次ぐ【デジタル大辞泉】。 ○多紀先生:多紀元簡/たきもとやす(1755~1810)。元簡の通称は安清(あんせい)、のち安長(あんちょう)、字は廉夫(れんぷ)、号は桂山(けいざん)。井上金峨(いのうえきんが)に儒を、父の多紀元悳(もとのり)に医を学んだ。松平定信(まつだいらさだのぶ)の信任を得て寛政2(1790)年、奥医師·法眼に進んだ。翌年、躋寿館(せいじゅかん)が幕府直轄の医学館となるにともない、助教として幕府医官の子弟を教育。同11年には御匙(おさじ)(将軍侍医)となったが、享和元年寄合医師におとされ、文化7(1810)年奥医師に復した【小曽戸洋『日本漢方典籍辞典』】。 ○閱:けみす。しらべる、あらためる。検閲する。チェックする。 ○龜山:伊勢にも同名の亀山藩があったが、ここでは丹波国の亀山藩。/丹波国(京都府)桑田郡亀山に藩庁を置いた譜代中小藩。1579年(天正7)明智光秀が丹波攻略の拠点として、亀山城を築き城下町も建設した。光秀の死後羽柴秀勝、小早川秀秋、前田玄以らが在城したが、1609年(慶長14)岡部長盛が3万2000石で入封したのが藩の始めである。以後6大名が交替し、1749年(寛延2)松平(形原(かたのはら))信岑が丹波篠山より入封して8代ののち明治維新に至った。藩領は桑田·船井郡103ヵ村3万石、氷上郡8000石、備中玉島1万2000石の計5万石であった【世界大百科事典 第2版】。 ○侍醫:藩医。 ○經穴籑要:小坂元祐(生没年未詳、江戸後期)の著になる針灸経穴学書。全5巻。文化7(1810)年多紀元簡(たきもとやす)·吉田仲禎(よしだなかさだ)·岡守挙白(おかもりきょはく)·片倉元周(かたくらげんしゅう)·小阪元祐各序。同年、岡益謙(おかえきけん)跋。刊。弟子、大橋徳泉(おおはしとくせん)·西村元春(にしむらげんしゅん)·松田貞庵(まつだていあん)校。元祐は亀山藩医で、名は営昇(えいしょう)、牛淵(ぎゅうえん)と号した。体療を多紀元悳(もとのり)に学び、明堂孔穴を多紀元孝(もとたか)の学統に連なる良益(りょうえき)なる人物に学んだという。元祐にはほかに『兪穴捷径(ゆけつしょうけい)』1巻(1793刊)、『十四経全図(じゅうしけいぜんず)』1巻(1812序刊)、『刺灸必要(しきゅうひつよう)』1巻(1816成)、『針灸備要(しんきゅうびよう)』などの著があるが、本書は原南陽(はらなんよう)の『経穴彙解(けいけついかい)』と並び知られる経穴学書である。『皇漢医学叢書』『鍼灸典籍大系』『鍼灸典籍集成』に収録【小曽戸洋『日本漢方典籍辞典』「経穴纂要(さんよう)」。】。/封面は「小坂」。自序は「小阪」。『鍼灸捷径』も「小坂」に作る。 ○本石第二街十軒店:いま、東京都中央区日本橋室町三丁目あたり。 ○書林:書店。書籍出版兼販売業者。 ○萬笈堂英平吉:はなぶさ-へいきち。1780~1830。江戸時代後期の版元。安永9年生まれ。江戸で書店万笈堂をいとなみ、大田錦城、館柳湾(たち-りゅうわん)らの著作を刊行。書誌にくわしく、文化9年堤朝風(あさかぜ)の「近代名家著述目録」の補訂版をだした。天保(てんぽう)元年死去。51歳。名は遵【デジタル版 日本人名大辞典+Plus】。 ○藏:版木を所蔵する。 ○梓:出版する。

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多紀元簡序
【序 一オモテ】
經穴籑要序
葢以人之軀壳內有五藏六府五藏
六府之氣發於外層以爲十二經而
十二經有三百六十五穴此三百六十五
穴乃五藏六府之氣所相輸應處
也故謂之氣穴又謂之輸穴也是以
人之有疾劑草蘇草荄之枝而

【序 一ウラ】
治之於內施灸焫砭鍼於谿谷之會
而治之于外內外相須而疾可瘳矣
此醫之所以有體療鍼灸之二科
也龜山醫員小坂元祐自弱冠從
先考藍溪先生而學體療之術
又從大膳大夫良益而受明堂孔穴
之說葢其意在乎欲兼二科也昔

【序 二オモテ】
者祖考玉池先生受明堂之學於
水藩良醫宮本春仙翁而傳之于
中島元春元春傳之于藤井貞三
貞三傳之于良益乃從春仙翁至
元祐凢爲六傳矣頃者元祐携其
所彙輯經穴籑要五卷來余齋
頭曰某師事藍溪先生者若干年

【序 二ウラ】
矣幸賴先生之靈淂筮仕於敝藩
安居自贍惟懼不免尸素之罪因
𥨸願以甞所學著諸簡編報君恩
之萬一然賦性拙劣而嗇于才雖寒
膚嗛腹屹々惟勤猶未有所闡發
也顧內科之爲書徃哲近賢之所
撰述未知幾十百部各病甄別診
【序 三オモテ】
候處療之法似無餘蘊矣唯明堂
一類皇甫氏而降至于輓近簿錄
所著厪々不過數十部况此間所
傳亦無多矣而經脉流注孔穴分
寸諸說不一學者不能無惑焉於
是僭不自量原之于靈素甲乙參
之乎銅人資生諸書師傳所承

【序 三ウラ】
愚慮所淂薈萃爲編前繪圖而後
衆說以便披覽雖未能闖明堂之閫
奥或有所稗益於蒙士耶及門數
輩將刻以布于世請籍先生之言
取信乎世也余繙而瀏覽之而嘆曰
嗚呼明堂之晦也久矣方今醫家
日趨簡便如五藏六府經絡等之

【序 四オモテ】
說廢而不講或有從事于此者目
以爲迂腐鑿空之談亦可勝嘆哉
今元祐憤發而有斯擧十二經穴
則依于甄權所定藏府形象則
倣于楊介存眞其稽攷固博而
其用志誠勤矣𥹢今從元祐而
承其學者不少矣若此書行則

【序 四ウラ】
不特傳之相因世顓鍼灸者能讀
是編而明々堂之義莫有孔穴乖
處之弊若鍼若灸沈疴痼疾草
蘇草荄之枝所不及有奏効於猝
霍之間也則濟弱扶危其嘉惠
後學者不廣且大乎哉則如玉池
藍溪二先生亦必首肯於無何有

【序 五オモテ】
之鄉乎爲之序
文化庚午歳中秋前一日
丹波元簡廉夫譔
印形「丹波/元簡」「廉夫」
三順憲書 
印形「古往」

**********************

【書き下し】

【序 一オモテ】
經穴籑要序
蓋し、人の軀殼、內に五藏六府有るを以て、五藏
六府の氣、外層に發し、以て十二經と爲る。而して
十二經に三百六十五穴有り。此の三百六十五
穴は、乃ち五藏六府の氣の相い輸應する所の處なり。
故に之を氣穴と謂い、又た之を輸穴と謂うなり。是(ここ)を以て
人の疾有るや、草蘇草荄の枝を劑し、而して

【序 一ウラ】
之を內に治し、灸焫砭鍼を谿谷の會に施し、
而して之を外に治す。內外相い須(もち)いて、而して疾瘳(い)ゆ可し。
此れ醫の體療と鍼灸の二科有る所以なり。
龜山醫員小坂元祐、弱冠自り
先考藍溪先生に從って、而して體療の術を學ぶ。
又た大膳大夫良益に從って、而して明堂孔穴
の說を受く。蓋し其の意は二科を兼ねんと欲するに在るなり。昔者(むかし)
【序 二オモテ】
祖考玉池先生、明堂の學を
水藩の良醫、宮本春仙翁に受け、而して之を
中島元春に傳う。元春、之を藤井貞三に傳う。
貞三、之を良益に傳う。乃ち春仙翁從り
元祐に至るまで、凡そ六傳を爲す。頃者、元祐、其の
彙輯する所の經穴籑要五卷を携えて來(きた)る。余が齋
頭に曰く、某(それがし)、藍溪先生に師事する者(こと)若干年なり。
【序 二ウラ】
幸いに先生の靈に賴って、筮仕を敝藩に得、
安居して自ら贍(た)るも、惟だ尸素の罪を免かれざらんことを懼(おそ)る。因って
竊(ひそ)かに嘗て學ぶ所を以て、諸(これ)を簡編に著わし、君恩
の萬一に報いんことを願う。然れども賦性拙劣にして、而して才に嗇(とぼ)しく、寒
膚嗛腹と雖も、屹々として惟だ勤むるも、猶お未だ闡發する所有らざるなり。
顧みるに、內科の書爲(た)るや、往哲近賢の
撰述する所、未だ幾十百部あるを知らず。各病の甄別、
【序 三オモテ】
診候處療の法、餘蘊無きに似たり。唯だ明堂の
一類は、皇甫氏より降って、輓近の簿錄に至るまで、
著わす所は、厪々數十部に過ぎず。况んや此の間
傳うる所も、亦た多きこと無からんや。而して經脉の流注、孔穴の分
寸、諸說一ならず。學ぶ者惑い無きこと能わず。
是に於いて僭(こ)えて自ら量らず、之を靈素·甲乙に原(たず)ね、
之を銅人·資生の諸書に參じ、師傳の承(う)くる所、
【序 三ウラ】
愚慮の得る所、薈萃して編を爲し、繪圖を前にして、而して
衆說を後にし、以て披覽に便にす。未だ明堂の閫
奥を闖(うかが)うこと能わずと雖も、或いは蒙士に稗益する所有らんや。及門數
輩、將に刻して以て世に布し、籍に先生の言を請い、
信を世に取らんとするなり。余繙(ひもと)いて、而して之を瀏覽して、而して嘆じて曰く、
嗚呼(ああ)、明堂の晦きや久しいかな。方今の醫家
日ごとに簡便に趨(おもむ)くこと、五藏六府經絡等の
【序 四オモテ】
說廢して、而して講ぜざるが如し。或いは此(これ)に從事する者有れば、目して
以て迂腐鑿空の談と爲す。亦た嘆ずるに勝(た)う可けんや。
今ま元祐憤發して、而して斯の擧有り。十二經穴は
則ち甄權の定むる所に依り、藏府形象は則ち
楊介の存眞に倣う。其の稽攷固(まこと)に博く、而して
其の志を用いること誠に勤めたり。今ま元祐に從って、而して
其の學を承くる者、少なからざるを聞く。若し此の書行わるれば、則ち
【序 四ウラ】
特(ただ)に之を傳うるのみならず、相因って世に鍼灸を顓(もつぱ)らにする者能く
是の編を讀まば、明堂の義明らかにして、孔穴、
處を乖(もと)るの弊有ること莫からん。若し鍼し若し灸すれば、沈疴痼疾、草
蘇草荄の枝の及ばざる所も、效を猝
霍の間に奏すること有らん。則ち弱きを濟(すく)い危うきを扶(たす)け、其の惠みを
後學に嘉(よみ)する者(こと)、廣く且つ大ならざらんや。則ち玉池·
藍溪の二先生の如きも、亦た必ず無何有
【序 五オモテ】
の鄉に首肯せんや。之が序と爲す。
文化庚午歳中秋前一日
丹波元簡廉夫譔す
三順憲書す 

**************************

【注釋】
【序 一オモテ】
○經穴:十四經穴の略。ときに十二經穴の略。 ○籑:「撰」に同じ。著述する。 ○葢:「蓋」の異体。 ○軀壳:有形の身体。肉体。無形の精神に対していう。/「壳」は「殼」の略体(俗)字。 ○五藏六府:「五臟六腑」とも書く。体内にある全部の器官。「五藏」とは、心·肺·脾·肝·腎。「六府」とは、大腸·小腸·胃·胆·膀胱·三焦。 ○外層:表層。体表。 ○十二經:十二經脈。十二正經ともいう。手足にある三陰三陽の主要な経脈の総称。十二經脈は人体で運行される気血の主要な通り道であり、經絡系統の主体でもある。その名称と流注の順序は、以下のとおり。手太陰肺經→手陽明大腸經→足陽明胃經→足太陰脾經→手少陰心經→手太陽小腸經→足太陽膀胱經→足少陰腎經→手厥陰心包經→手少陽三焦經→足少陽膽經→足厥陰肝經。 ○三百六十五穴:人体が天体(一年の日数)と相関するという思想から導き出された概数。実際のところは経穴書によって経穴の数は異なる。本書では、『十四経発揮』(三百五十四穴)を基本とするが、十一穴脱漏しているとして、諸書を参考にして補い、三百六十五の数に合わせている。「凡例」を参照。 ○輸:(正気·邪気を)運送·転送する。 ○應:(外邪·治療に)対応·対処する。/『素問』金匱真言論(04)著至教論(75)「此皆陰陽表裏、內外雌雄、相輸應也」。 ○氣穴:穴と臓腑経絡の気が相通ずるので、「氣穴」という。『素問』気穴論(58)「余已知氣穴之處、遊鍼之居」。 ○輸穴:輸する穴。また「腧穴」「俞穴」とも書く。ひろく全身にある穴をいう。 ○劑:調剤する。薬を調合する。 ○草蘇草荄之枝:『素問』移精変気論(13)「治以草蘇、草荄之枝」。王注「草蘇、謂藥煎也。草荄、謂草根也。枝、謂莖也。言以諸藥根苗、合成其煎、俾相佐助、而以服之。凡藥有用根者、有用莖者、有用枝者、有用華實者、有用根莖枝華實者、湯液不去則盡用之」。楊上善「荄、古來反、草根莖也」。馬蒔「蘇、葉也」。張志聡「蘇、莖也」。森立之「案、草蘇、王注爲得。蘇即酥古字、謂藥煎汁也。草荄之枝、謂草荄根與草枝葉也。言十日之後湯液不能治、則治以草蘇。草蘇者、即煎藥也。草蘇者概草木而言也」。
【序 一ウラ】
○灸焫:灸法。『素問』異法方宜論(12)「藏寒生滿病、其治宜灸焫」。王冰注:「火艾燒灼、謂之灸焫」。 ○砭鍼:『針經指南』通玄指要賦。注:「砭針者、砭石是也」。砭石と鍼。また鍼。 ○谿谷之會:『素問』気穴論(58)「帝曰:善。願聞谿谷之會也。歧伯曰:肉之大會爲谷、肉之小會爲谿、肉分之閒、谿谷之會、以行榮衞、以會大氣」。 ○內外:薬物と鍼灸。 ○相須:相須而行(必ず互いに頼りあってはじめてその効き目を発揮する)。 ○瘳:病がいえる。病をいやす。 ○體療:内科の病症を治療する。服薬治療。/『舊唐書』卷四十四 志第二十四/職官三/太常寺「諸藥醫博士一人……博士掌以醫術教授諸生。(醫術、謂習本草·甲乙·脈經、分而為業。一曰體療、二曰瘡腫、三曰少小、四曰耳目口齒、五曰角法也)。針博士一人……針博士掌教針生以經脈孔穴、使識浮沉澀滑之候、又以九針為補瀉之法。……按摩博士一人……」。 ○醫員:藩医。/員:官員。官吏。 ○弱冠:古く男子は満二十歳になると加冠したので、「弱冠」と称す。『禮記』曲禮上:「二十曰弱冠」。孔穎達˙正義:「二十成人、初加冠、體猶未壯、故曰弱也」。後にひろく男子の二十歳前後の年頃を指していう。 ○先考:今は亡き父親。「先」は敬語。 ○藍溪先生:多紀元徳 たき-もとのり。1732~1801。江戸時代中期~後期の医師。享保十七年生まれ。多紀元孝(もとたか)の五男。幕府の奥医師、徳川家斉(いえなり)の侍医。二度類焼した父創設の私塾躋寿(せいじゅ)館を再建、拡大。同館は寛政三年に幕府医学館となった。享和元年五月十日死去。七十歳。幼名は金之助。字は仲明。通称は安元。号は藍渓。著作に「広恵済急方」など【デジタル版 日本人名大辞典+Plus】。 ○大膳大夫良益:躋寿館において寛政三年(一七九一)ごろ、小坂元祐や晋大中とともに「取経挨穴」の講師をつとめた。/「挨穴」は「取穴」に同じ。 ○明堂孔穴之說:経脈経穴学。 ○兼:最後の一画、欠筆。 ○昔者:「者」は、時を表わすことばの後ろにつく接尾語。
【序 二オモテ】
○祖考:すでに亡くなっている祖父。 ○玉池先生:多紀元孝 たき-もとたか。1695~1766。江戸時代中期の医師。元禄八年生まれ。金保家の養子となって幕府につかえ、奥医師にすすんで法眼となる。寛延二年家号を多紀と改称。明和二年医学校躋寿(せいじゅ)館(のちの幕府医学館)を創設した。明和三年六月二十日死去。七十二歳。本姓は福島。通称は安元。号は玉池【デジタル版 日本人名大辞典+Plus】。 ○明堂之學:「明堂孔穴之說」に同じ。 ○水藩:水戸藩。 ○宮本春仙翁:『宮本一流経絡書』『宮本家十四経絡』『宮本氏経絡之書』などの写本がつたわる。 ○中島元春:『経絡明弁』を著わす。玄春とも書く。目黒道琢(一七二四~一七九八)はその門人。 ○藤井貞三:未詳。 ○凢:「凡」の異体。 ○頃者:このごろ。近ごろ。頃日。 ○彙輯:聚集編輯する。/彙:分類集合する。/輯:あつめた後に整理する。 ○齋頭:塾頭·学頭か。/「齋」はここでは書斎ではなく、学舎であろう。 ○某:自称。 ○師事:師に礼をもってつかえる。 ○若干年:数年。
【序 二ウラ】
○幸賴:『三國志』 魏書·文帝 曹丕 紀第二/ 延康元年「遭天下蕩覆、幸賴祖宗之靈、危而復存」。/賴:「頼」の異体。なお筆写された文字は、「貝」の上を「ム」につくる。 ○靈:魂魄。精神。 ○淂:「得」の異体。 ○筮仕:古くは仕官するときかならず吉凶を占った。のちに、はじめて仕官することをいう。/筮:メドハギを使ってうらなう。 ○敝藩:亀山藩。/敝:謙遜の辞。他人に対して自分に関連することがらを指すときに用いる。 ○安居:安逸。その居に安んずる。 ○贍:みたされる。 ○尸素:尸位素餐。職位について俸禄を享受しながら、なにもなさない。謙遜の語。『漢書』朱雲傳。顏師古注:「尸位者、不舉其事、但主其位而已。素餐者、德不稱官、空當食祿」。 ○𥨸:「竊」の異体。謙遜語。個人的に。 ○甞:「嘗」の異体。 ○諸:「之於」二字の合音。 ○簡編:書籍、典籍。 ○報恩:受けた恩恵にこたえる。 ○君:藍溪先生。 ○萬一:万分の一。ほんの少し。 ○賦性:天性、稟性。生まれつきの性質。 ○拙劣:技術などが劣っていること。また、そのさま。不器用。 ○嗇:ひとまず「少ない」と理解しておく。 ○才:才能。天賦の能力。 ○寒膚:寒さによってかじかんだ皮膚。 ○嗛腹:空きっ腹。/嗛:不足するさま。 ○屹々:「矻矻」に同じ。勤勉にして休み怠らないさま。 ○闡發:内在するものを説明して十分に表現する。ひろく明らかにする。 ○徃哲:先哲。むかしの聡明なひと。/徃:「往」の異体。 ○近賢:近代のかしこいひと。/賢哲:徳と智、術と徳を兼ね備えたひと。 ○撰述:著述。著作。 ○幾十百部:数十百部。たくさんの部数。/何十百部。どれほどの数の部数。 ○甄別:鑑別。区別。
【序 三オモテ】
○診候:病情を診察する。病を観察し脈をみる。 ○處療:処方治療する。 ○餘蘊:不足の部分。余すところ。 ○皇甫氏:皇甫謐(二一四~二八二)。『鍼灸甲乙経』の編者。 ○而降:以下。以来。 ○輓近:「晚近」に同じ。近世。 ○簿錄:典籍の目録。 ○厪々:「僅僅」に同じ。わずかに。/「厪」は「廑」の異体。 ○經脉:経脈。/「脉」は「脈」の異体。 ○流注:気血の流れる経路。 ○孔穴:あな。穴。腧穴。 ○分寸:穴の位置。基準となる位置からの何分何寸という距離。 ○僭:身分·能力などをわきまえず。僭越ながら。 ○不自量:自己の力量·才能をわきまえず。 ○原:本づく。根源を調査する。 ○靈素:『霊枢』『素問』。 ○甲乙:『鍼灸甲乙経』。 ○參:参照する。研究する。 ○銅人:宋·王惟一撰『銅人腧穴鍼灸図経』。 ○資生:宋·王執中撰『鍼灸資生経』。 ○師傳:先生からの伝授。師承。 
【序 三ウラ】
○愚慮:自己の思慮したところを謙遜していう。 ○淂:「得」の異体。 ○薈萃:あつめる。 ○編:ひろく書籍をいう。 ○前:前に置く。 ○衆:多くの。 ○便:便利にする。 ○披覽:翻閲。開いて読む。 ○闖:うかがい見る。 ○閫奥:奥まったところにある室。学問などの精微にして奥深いところの比喩。『三國志』魏志·管寧傳:「游志六藝、升堂入室、究其閫奧」。 ○稗益:「裨益」に同じ。補益。助けとなり、役立つこと。 ○蒙士:初学者。学識の乏しいひと。 ○及門:門下の弟子。『論語』先進:「子曰、從我於陳蔡者、皆不及門也」。 ○數輩:かなりの人数。スハイ。 ○刻:版木をほる(板に文字を刻み、紙に印刷する)。 ○布:流布する。頒布する。 ○請:請求する。こいもとめる。 ○籍:書籍。 ○先生之言:先生の序文。 ○取信:他人の信用を得る。 ○余:我。 ○繙:「翻」に同じ。翻閲。書物を開く。 ○瀏覽:あらまし読む。ざっとみる。 ○嘆:賛嘆する。称賛する。ほめたたえる。 ○嗚呼:讃嘆、感嘆の語。 ○晦:明瞭でないさま。 ○方今:今どきの。現今の。 ○日:日ごとに。 ○趨:一定の方向·目的へ向かう。はしる。 ○簡便:簡単便利。 
【序 四オモテ】
○目:呼ぶ。取り扱う。 ○迂腐:古い考えに拘泥して、時代の潮流に順応できない。 ○鑿空:空に穴をあける。根拠のない。 ○談:話。談論。 ○可勝:たえられない。 ○嘆:なげく。嘆息する。 ○今:しかし、いま。 ○憤發:「奮發」に同じ。気力を奮い起こす。/また「發憤」に同じ。『論語』述而:「發憤忘食」。自己の状態に満足せず、つとめて何かをなす。 ○擧:行為。おこない。 ○甄權:541~643年。唐代の医家。許州扶溝(いま河南省)の人。新旧『唐書』に伝あり。鍼灸術に精通していた。『鍼經鈔』『明堂人形圖』『鍼方』『脈經』を著わす。内容の一部は、『備急千金要方』などに見える。 ○楊介:宋代の医家。字は吉老、泗州(いま江蘇省盱眙)の人。崇寧年間、死刑囚を解剖させて、臓腑の絵を描かせた。さらに煙羅子の絵を参考に修正し、十二経図を加えて、『存真環中図』をつくった。「存真」は内臓、「環中」は十二経の図をいう。 ○稽攷:「稽考」に同じ。「攷」は「考」の異体。かんがえくらべる。調査してたしかめる。 ○用志:注意力を集中する。 ○誠勤:確実に周到である。 ○𥹢:「聞」の異体。 ○行:流通する。
【序 四ウラ】
○相因:相承する。受け継ぐ。 ○顓:「專」に通ず。専攻する。専修する。 ○明堂:『銅人腧穴鍼灸図経』序「昔我聖祖之問岐伯也、以為善言天者、必有驗於人。天之數十有二、人經絡以應之。周天之度三百六十有五、人氣穴以應之。上下有紀、左右有象、督任有會、腧合有數。窮妙于血脈、參變乎陰陽、始命盡書其言、藏於金蘭之室。洎雷公請問其道、迺坐明堂以授之、後世之言明堂者以此」。 ○義:意味。 ○乖:合しない。違背する。誤る。 ○弊:害。 ○沈疴:「沉痾」に同じ。重病。長く治療しても癒えない病。 ○痼疾:固疾。「沈疴」と同じ。長患い。 ○奏効:効果を得る。効き目があらわれる。「効」は「效」の異体。 ○猝霍之間:みるみるうちに。/「猝」は突然。「霍」はすばやい。 ○濟弱扶危:弱い者や危険な状態にある者を救い助ける。/「濟」、救済する。「扶」、扶助する。 ○嘉惠:恩恵をほどこす、与える。 ○後學:後進の学習者。 ○廣且大:範囲·内容がひろく大きい。 ○乎哉:语气助词。表感叹。語気助詞。感嘆をあらわす。 ○首肯:うなずいて同意をしめす。 ○無何有之鄉:『莊子』逍遙游:「今子有大樹、患其無用、何不樹之於無何有之鄉、廣莫之野」。應帝王:「予方將與造物者為人、厭則又乘夫莽眇之鳥、以出六極之外、而遊無何有之鄉、以處壙埌之野」。何もないところ。
【序 五オモテ】
○文化庚午歳:文化七年(1810)。 ○中秋:中秋節。陰暦八月十五日。 ○譔:「撰」に通ず。著述する。 ○三順憲:未詳。柴野栗山(1736~1807)の門人、三上順憲か。 ○書:この文章を清書した。

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吉田仲禎序
【序 六オモテ】
經穴籑要序
鍼砭灸焫家宜詳審
人身之經絡兪穴苟不
能精覈之猶瞽者
無杖而步豈不危乎
【序 六ウラ】
龜山侯醫員小阪元祐
深憾醫家不講斯道
向著兪穴捷徑大行
于世今又著經穴籑要
五卷分藏府十二經
【序 七オモテ】
爲之繪圖主內景外
景經穴異名阿是天
應手足諸脉包羅兼
備矣蓋經絡之道於
是乎無遺憾也元祐
【序 七ウラ】
爲人沈默謙讓惟於
鍼灸經絡之言雖大醫
令之前諄々辨之不休
矣余常云當今明經
絡詳鍼刺捨元祐而
【序 八オモテ】
誰也嗚呼今此書之出
于人間也猶迷瞽之得
杖縱橫奔走遂得明
堂之簡要不待言而可
知已
【序 八ウラ】
文化七年庚午七月既
望 菊潭吉田祥仲禎
印形「◆◆/◆◆」「吉田/祥印」
晴山源諧書
印形「源諧/章」「◆/◆」

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【書き下し】
【序 六オモテ】
經穴籑要序
鍼砭灸焫家、宜しく詳しく
人身の經絡兪穴を審らかにすべし。苟も
之を精覈すること能わざれば、猶お瞽者の
杖無くして、而して步むがごとし。豈に危からざらんや。
【序 六ウラ】
龜山侯の醫員、小阪元祐、
深く醫家の斯道を講ぜざるを憾み、
向(さき)に兪穴捷徑を著わし、大いに
世に行わる。今ま又た經穴籑要
五卷を著わす。藏府十二經を分け、
【序 七オモテ】
之が繪圖を爲(つく)り、內景外
景を主り、經穴の異名、阿是天
應、手足の諸脉、包羅して兼
備す。蓋し經絡の道、
是(ここ)に於いてか、遺憾無きなり。元祐の
【序 七ウラ】
人と爲り、沈默謙讓なり。惟だ
鍼灸經絡の言に於いては、大醫
令の前と雖も、諄々として之を辨じて休まず。
余常に云う、當今、經
絡に明るく、鍼刺に詳らかなるは、元祐を捨(お)いて、而して
【序 八オモテ】
誰あるぞや、と。嗚呼、今ま此の書の
人間に出づるや、猶お迷える瞽の
杖を得て縱橫に奔走するがごとし。遂に明
堂の簡要を得ること、言を待たずして、而して
知る可きのみ。
【序 八ウラ】
文化七年庚午七月既
望 菊潭吉田祥仲禎
印形「◆◆/◆◆」「吉田/祥印」
晴山源諧書
印形「源諧/章」「◆/◆」

********************************

【注釋】
【序 六オモテ】
○家:もっぱら長ずる学問ある者、専門の技術者をいう。 ○詳審:詳細に調べる。 周到に知り尽くす。 ○苟:もし。かりに。 ○精覈:詳細に審査する。精核。 ○瞽者:盲人。 ○豈不:当然~にちがいない。
【序 六ウラ】
○龜山侯:亀山藩主。 ○醫員:侍医。藩医。 ○憾:失望する。 ○斯道:この道。ここでは鍼灸の腧穴。 ○向:以前。かつて。 ○兪穴捷徑:寛政五年(1794)刊。一巻。 ○大行:ひろく通行する。
【序 七オモテ】
○內景:臓腑。卷四に多色刷で絵図あり。 ○外景:経絡。 ○經穴異名:卷五に「一穴有二名」から「一穴有二十七名」まであり。 ○阿是:卷五を参照。阿是穴。圧痛点や病理的反応点を鍼灸の治療点とするもの。『備急千金要方』卷第二十九·灸例第六:「有阿是之法、言人有病痛、即令捏其上、若里當其處、不問孔穴、即得便成痛處、即云阿是。灸刺借驗、故云阿是穴也」。固定的な名称や位置はない。 ○天應:卷五「阿是穴」を参照。本書は『玉龍賦歌』『鍼方六集』『医学綱目』『医経会元』を引用している。/『扁鵲神應鍼灸玉龍經』:「不定穴、又名天應穴、但疼痛便鍼」。 ○包羅:包括し網羅する。一切を含む。 ○兼備:同時に持つ。かねそなえる。 ○於是乎:「於是」に同じ。順接の接続詞。 ○遺憾:遺恨、後悔。
【序 七ウラ】
○爲人:ひとがら。態度。 ○沈默:無口。もの静か。/「沈思默想(静かに深く考えている)」の略か。 ○謙讓:謙遜。謙虚で譲歩する。 ○大醫令:典薬頭(てんやくのかみ)など幕府の奥医師などをいうか。 ○諄々:反覆多言のさま。熱心で疲れを知らないさま。 ○辨:是非を論争する。 ○不休:止まらない。やすまない。 ○當今:現在。 ○捨:さしおく。除外する。
【序 八オモテ】
○人間:世間。世の中。 ○迷:道がわからなくなった。困惑する。 ○縱橫:南北と東西。ほしいままに。思うままに。 ○奔走:はやく走る。 ○簡要:簡単で要点をよく押さえているもの。 ○不待言:言葉にするまでもなく、自明のことである。
【序 八ウラ】
○既望:陰暦の十五日を「望」といい、十六日を「既望」という。 ○菊潭吉田祥仲禎:森鷗外『伊沢蘭軒』に引ける『蘭軒雜記』に「吉田仲禎(名祥、号長達、東都医官)」とある。奥医師であろう。同じく文化七年(一八一〇)には、杉迪齋撰『經穴彙輯』にも序をなす。 ○晴山源諧:未詳。

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岡舉白 序
【序 九オモテ】
經穴籑要序
夫鍼灸家之於經穴猶射之有
的也今世講之者探其脣不至
其喉自謂既達焉豈不戴盆而
望天乎龜山侯侍醫小坂元祐
【序 九ウラ】
好經絡精兪穴曩者歎經穴駁
亂骨度舛謬著兪穴捷徑以公
於世既而曰鍼灸經絡之道諸
家講之者盖亦不少而得失是
非差譌遺漏互有之莫能折其
【序 十オモテ】
中間者攟摭羣書討論諸家闕
者補之譌者繩之不易時月條
貫脩整題曰經穴籑要於是乎
髓腧骨度経穴異名森然莫不
備具博而不繁詳而有要可謂
【序 十ウラ】
令望天者始脫盆也此書也行
于世摸索挨穴者昭然悟井兪
之有法則可以爲標的矣

文化七年庚午仲秋
【序 十一オモテ】
東都醫官岡守温舉白撰
印形「岡印/守温」「◆/◆」

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【書き下し】
【序 九オモテ】
經穴籑要序
夫(そ)れ鍼灸家の經穴に於けるや、猶お射の
的有るがごときなり。今世、之を講ずる者は、其の脣を探って
其の喉に至らずして、自ら既に達っせりと謂う。豈に盆を戴き、而して
天を望むにあらざらんや。龜山侯の侍醫、小坂元祐
【序 九ウラ】
經絡を好み、兪穴に精(くわ)し。曩者、經穴の駁
亂、骨度の舛謬するを歎き、兪穴捷徑を著わし、以て
世に公けにす。既にして曰く、鍼灸經絡の道、諸
家之を講ずる者、蓋し亦た少なからず。而して得失是
非、差譌遺漏、互いに之有って、其の
【序 十オモテ】
中間を折(さだ)むること能うこと莫き者は、群書を攟摭して討論す。諸家闕する
者は之を補い、譌する者は之を繩(ただ)す。時月を易えず、條
貫脩整し、題して經穴籑要と曰う。是に於いてか、
髓腧の骨度、経穴の異名、森然として
備具せざること莫し。博くして、而して繁ならず、詳らかにして、而して要有り。
【序 十ウラ】
天を望む者をして始めて盆を脫がせしむと謂っつ可し。此の書や、
世に行なわるれば、挨穴を摸索する者、昭然として井兪
に法則有るを悟り、以て標的と爲す可し。

文化七年庚午仲秋
【序 十一オモテ】
東都醫官岡守温舉白撰
印形「岡印/守温」「◆/◆」

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【注釋】
【序 九オモテ】
○夫:発語の詞。提示作用をあらわす。そもそも。 ○射:弓矢をいる。 ○的:まと。標的。 ○探其脣不至其喉:出典未詳。浅いところで満足して、それ以上深いところへは進まないことであろう。 ○自謂:いう。おもう。 ○戴盆望天:頭上に盆をかぶって、天空を見ようとするが、見ることはできない。行動と目的が相反すること、望んでも希望がかなえられないこと、方法を誤って目的が達せられないことの比喩。 
【序 九ウラ】
○精:精通する。 ○曩者:さきに。かつて。 ○歎:「嘆」に同じ。 ○駁亂:混じり合い混乱する。 ○骨度:『經穴籑要』骨度「醫統曰く、人に大小·長短の不等有り。周身の尺寸を惟いて、以て之を取る可し。人長ければ則ち寸長し。人短ければ則寸短し。嬰孺老幼、皆然り【以上、出所未詳】。又た曰く、今世の醫、惟だ中指の中節を取って、之を同身寸と謂い、凡そ諸穴を取るに、悉く之に依る。其れ亦た未だ之を思わざるのみ。殊に同身の義を知らず。身の大小·肥痩·長短に隨って、處に隨って分折して而して之を取れば、則ち此の長短の弊無し。而して庶幾(こいねが)わくは、同身の義に準有らんことを。若し中指を以て法と爲さば、痩人の如きは、指長く、而して身小なれば、則ち背腹の橫寸、豈に太だ濶(ひろ)からざらんや。肥人の如きは、指短く、而して身太(ママ)【「大」の意】なれば、則ち背腹の橫寸、豈に太だ狹からざらんや。古人の特に同身寸法を謂う所以の者は、蓋し必ず其の身躰を同じくして、在るに隨って而して之を分【『医統』により補う】折すれば、固(もと)より肥痩·長短の差訛無ければなり【卷六·經絡發明·取穴尺寸圖說】」。 ○舛謬:「舛繆」に同じ。錯誤。あやまり。 ○既而:やがて。まもなく。 ○諸家:各家。ある学問を研究している専門家。 ○講:意味·理論を解釈·説明する。 ○得失:適当と不適当。良いところと劣ったところ。 ○是非:正しいことと間違っていること。 ○差譌:あやまり。 ○遺漏:もれ。 ○折:判断を下す。折衷する。 
【序 十オモテ】
中間者攟摭:拾い集める。採集する。/「攟」は「捃」の古字。 ○闕:もれる。欠ける。 ○譌:「訛」に同じ。あやまり。不正確。 ○繩:(あやまりを)正す。 ○不易時月:未詳。ひとまず、上記のようによむ。時節·一年中かわることなく、の意か。 ○條貫:条理を分析して、全体に貫通するようにする。首尾一貫する。系統立てる。 ○脩整:「修整」に同じ。正しくととのえなおす。 ○髓腧:「隧輸」と同じ。経穴。『十四経発揮』自序に「空穴經隧」「隧穴」とあり、堀元厚などが「隧輸」を用いる。 ○森然:林立するさま。 ○莫不:皆。すべて。 ○備具:完備している。みなそろっている。 ○博:ひろい。広大。 ○繁:多い。繁雑。 ○詳:仔細。詳細。 ○要:重要。重点、要点を押さえている。
【序 十ウラ】
○摸索:探しもとめる。 ○挨穴:取穴。「挨穴」は、馬蒔『霊枢註証発微』にみえる語。躋寿館での講義名は「取経挨穴」。 ○昭然:明らかなさま。明白なさま。 ○井兪:「井滎兪經合」の略か。 ○標的:準則。 ○旹:「時」の古字。序跋によく用いられる。
【序 十一オモテ】
○東都:江戸。 ○醫官:奥医師。 ○岡守温舉白:未詳。岡/守温/舉白。

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【片倉元周序】
【序 十二オモテ】
經穴籑要序
古昔通一經者舉以試之任以官職其至公
卿將相者亦多出于此矣而其通一經者非
浮躁之人聰眀才辨之所能也葢非敦篤之
士反覆濳玩思索尋求則不易得而通曉也
學之通一經其不亦難乎夫我軒岐之道自
儒術視之雖爲小技至其利濟功則不爲不
遠也而其科浩繁自周立四科歷代増廣至
【序 十二ウラ】
眀爲十三科則孰得能盡究其奥義哉故醫之
能明一科猶儒之通一經是亦不易也凢事精
顓一技者其言爲規矩繩墨而傳之後世必
有裨益於丞民也予童年游藍溪先生之門
生徒僅三四輩皆信於友交而志存義烈常
孜々焉切劘于學後皆業成而起家矣未數
年洎先生爲侍御醫掌藥權勢大振于醫僚
之間諸侯大夫之請治者常盈滿門頭於是
【序 十三オモテ】
乎受業之生徒日月陸續至今四十餘年其
間幾三百人皆其初念孰有不欲爲良醫者
哉然其天禀之各異有頴悟者有豪邁者有
温柔者有剛稜者有讀書精敏者有辨論應
機者又有懶惰者有放曠者有謟媚姦謀嫉
人之長者或讀素靈或嗜仲景之書或好本
草之學或喜千金外臺及宋元明清之方書
或有務博雜爲談柄以誇于人者其他業未
【序 十三ウラ】
成而歸郷或中道而廢學或有小過而往他
邦或不幸短命而死者儘亦有焉友人小阪
營昇少與予同學賦性篤實沈默寡言是以
才敏豪氣者視如蠛蠓然營昇矯情屈意毎
相承附惟與予及渡邉元亮森元讓等相親
善矣夙好明堂之學深入骨髓而自正德而
還醫流排擯十二經絡如天羅又廢斥寸口
胗切取腹候見證之說興後學附和雷同日
【序 十四オモテ】
趨簡便以明堂之學爲追風捕影之事未嘗
有講之者於是營昇懼聖經之精意將就湮
滅奮然廼胠向所弆篋衍靈素難經甲乙胴
人等其他百家典籍係經脉流注輸穴分寸
藏象府形者博采旁搜摘要删繁十餘年于
茲盡聚其粹華擷其精微辨元明諸家紛紊
之誤匡本邦先輩粗漏之謬以覈人身三百
六十五穴及骨度經行奇經八脉之正說又
【序 十四ウラ】
自觧刑人之體親剖其藏府鑒形辨色寫其
眞狀以闡前說之盭眞象而誤來學者爰著
經穴籑要五卷纖鉅悉舉靡不備于此至是
箴灸之書始大備如撥雲覩日拂霾見天無
復餘蘊其苦心積慮竭思勞神可謂勤矣始
賴豪氣辨才輕蔑營昇者率皆學不精博識
不超詣僅得皮毛未徹骨髓徃々見卵求時
夜者也故其著篇立論什未有一矣覩此書
【序 十五オモテ】
之布寰中則必爲之赧顏汗背耻當入穴爾
嗟夫營昇特操一技工一術者與古昔脩一
經而致精造極者詎異焉古人云後生學問
聰眀強記不足畏惟思索尋求者爲可畏耳
眞非虛語也是書之有補於將來匪淺鮮也
上木既竣請序於予々以友交之深喜而弁
卷首矣
文化七年歲次庚午秋重九
【序 十五ウラ】
相州片倉元周撰并書
印形「片倉/元周」「字/深甫」「鶴陵/◆◆」

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【書き下し】訓点にしたがう。
【片倉元周序】
【序 十二オモテ】
經穴籑要序
古昔、一經に通ずる者、舉げて以て之を試(ため)す。任ずるに官職を以てす。其の公
卿將相に至る者は、亦た多く此に出でり。而して其の一經に通ずる者は、
浮躁の人、聰眀才辨の能くする所に非ざるなり。蓋し敦篤の
士、反覆潛玩して思索尋求するに非ずんば、則ち得て通曉し易からざるなり。
學の一經に通ずるは、其れ亦た難からずや。夫れ我が軒岐の道、
儒術自り之を視れば、小技と爲すと雖も、其の利濟の功に至っては、則ち遠からずと
爲さざるなり。而して其の科浩繁にして、周に四科を立てて自り、歷代増廣して、
【序 十二ウラ】
明に至って、十三科と爲る。則ち孰か能く盡く其の奥義を究むるを得んや。故に醫の
能く一科を明らかにするは、猶お儒の一經に通ずるがごとし。是れも亦た易からざるなり。凡そ事
一技に精顓なる者は、其の言、規矩繩墨と爲りて、之を後世に傳うれば、必ず
丞民に裨益有るなり。予、童年より藍溪先生の門に游ぶ。
生徒僅かに三四輩、皆な友の交りに信ありて、志に義烈存す。常に
孜々焉として學に切劘し、後に皆な業成って、家を起こす。未だ數
年ならずして、先生の侍御醫掌藥と爲るに洎(およ)んで、權勢大いに醫僚
の間に振う。諸侯大夫の治を請う者、常に門頭に盈滿す。是(ここ)に於いて
【序 十三オモテ】
か、受業の生徒、日月陸續して、今に至ること四十餘年。其の
間、幾ど三百人。皆な其の初念、孰れか良醫と爲らんと欲せざる者有らんや。
然れども其の天稟の各おの異なり、頴悟なる者有り、豪邁なる者有り、
温柔なる者有り、剛稜なる者有り、讀書の精敏なる者有り、辨論應
機なる者有り。又た懶惰なる者有り。放曠なる者有り。諂媚姦謀、
人の長を嫉む者有り。或いは素靈を讀み、或いは仲景の書を嗜み、或いは本
草の學を好み、或いは千金·外臺及び宋元明清の方書を喜び、
或いは博雜に務めて談柄を爲し、以て人に誇る者有り。其の他、業未だ
【序 十三ウラ】
成らずして、郷に歸り、或いは中道にして學を廢し、或いは小過有って、而して他
邦に往き、或いは不幸短命にして死する者、儘(まま)亦た有り。友人小阪
營昇、少(わか)きより與に予と學を同じくす。賦性篤實、沈默寡言なり。是(ここ)を以て
才敏豪氣なる者は視ること蠛蠓の如し。然れども營昇、情を矯め意を屈し、毎(つね)に
相承附す。惟だ予、及び渡邉元亮·森元讓等と相親しみ
善くす。夙(つと)に明堂の學を好み、深く骨髓に入る。而して正德而
還醫流、十二經絡を排擯すること天羅の如く、又た寸口
胗切を廢斥して、腹候見證を取るの說興りて自り、後學附和雷同し、日々に
【序 十四オモテ】
簡便に趨(はし)り、明堂の學を以て、風を追い影を捕うるの事と爲し、未だ嘗て
之を講ずる者有らず。是(ここ)に於いて、營昇、聖經の精意、將に湮
滅に就かんとするを懼れ、奮然として逎ち向(さき)に篋衍に弆(おさ)むる所の靈素·難經·甲乙·胴
人等、其の他百家の典籍、經脉の流注·輸穴の分寸、
藏象府形に係わる者を胠(ひら)き、博采旁搜(シユウ)、摘要删繁すること十餘年、
茲(ここ)に盡く其の粹華を聚め、其の精微を擷(つま)み、元明諸家の紛紊
の誤りを辨じ、本邦先輩の粗漏の謬を匡し、以て人身の三百
六十五穴、及び骨度經行、奇經八脉の正說を覈(かんが)う。又た
【序 十四ウラ】
自ら刑人の體を解き、親(みずか)ら其の藏府を剖(わ)け、形を鑒み色を辨じ、其の
眞狀を寫し、以て前說の眞象に盭(もと)り、而して來學を誤る者を闡(あき)らかにし、爰(ここ)に
經穴籑要五卷を著す。纖鉅悉く舉げ、此に備わらざること靡し。是に至って
箴灸の書始めて大いに備わること、雲を撥(のぞ)いて日を覩、霾を拂って天を見るが如く、
復た餘蘊無し。其の苦心積慮、竭思勞神、勤めたりと謂っつ可し。始め
豪氣辨才に賴って、營昇を輕蔑する者、率(おおむ)ね皆な學は精博ならず、識は
超詣せず、僅かに皮毛を得て、未だ骨髓に徹(とお)らず、往々にして卵を見て、時
夜を求むる者なり。故に其の著篇立論、什に未だ一有らず。此の書の
【序 十五オモテ】
寰中に布するを覩れば、則ち必ず之が爲に赧顏汗背し、恥じて當に穴に入るべきのみ。
嗟夫(ああ)、營昇特(ひと)り一技を操り、一術に工(たく)みなる者、古昔の一
經を脩めて、而して精を致し極に造(いた)る者と、詎(なん)ぞ異ならんや。古人云う、後生の學問、
聰明強記なるは、畏るに足らず、惟だ思索尋求する者のみ、畏る可しと爲すのみ、と。
眞に虛語に非ざるなり。是の書の將來に補有ること淺鮮に匪ざるなり。
上木既に竣(お)わり、序を予に請う。予、友交の深きを以て、喜んで
卷首を弁ず。
文化七年歲次庚午秋重九
【序 十五ウラ】
相州片倉元周撰并書
印形「片倉/元周」「字/深甫」「鶴陵/◆◆」

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【注釋】
【序 十二オモテ】
○古昔:むかし。 ○通:ひろい知識を有している。 ○一經:ひとつの経書(儒家の経籍)。五経の一。『史記』樂書「通一經之士不能獨知其辭、皆集會五經家、相與共講習讀之、乃能通知其意、多爾雅之文」。『漢書』儒林傳「元帝好儒、能通一經者皆復」。 ○舉:推挙する。 ○試:試験する。 ○任以官職:官職に任ずる。 ○公卿:三公九卿の略称。高位、高官。 ○將相:將軍と宰相。 ○浮躁:浮ついて落ち着きがなく忍耐強くない。 ○聰眀:智慧がある。よくものを見、耳ざとい。/「眀」は「明」の異体。 ○才辨:才能とことばに長じている。/「辨」は「辯」に通ず。 ○葢:「蓋」の異体。おもうに。一般に。 ○敦篤:あつい。素朴で誠実。まことをつくす。 ○反覆濳玩:くりかえし集中して学び取る。/濳:「潛」の異体。 ○思索:思考する。深く考える。反覆して思考し探求する。 ○尋求:探索する。さがしもとめる。 ○不易得而通曉:容易に通暁することはできない。 ○其:推測·反語などをあらわす助詞。 ○不亦:委婉な反語をしめす。文末に多く「乎」あり。なんと~ではなかろうか。 ○軒岐之道:医道。「軒」:軒轅。黄帝。/「岐」:岐伯。 ○儒術:儒家の学術思想。儒学。 ○利濟:救済。恩沢を施す。 ○功:成就。功績。 ○遠:深奧。遠大。 ○浩繁:ひろく多い。 ○周立四科:『周禮』天官冢宰下·醫師「食醫·疾醫·瘍醫·獸醫」。
【序 十二ウラ】
○眀爲十三科:『明史』志 職官三 太醫院「太醫院掌醫療之法。凡醫術十三科、醫官、醫生、醫士、專科肄業、曰大方脈、曰小方脈、曰婦人、曰瘡瘍、曰鍼灸、曰眼、曰口齒、曰接骨、曰傷寒、曰咽喉、曰金鏃、曰按摩、曰祝由」。/「眀」は「明」の異体。 ○孰:誰。 ○精顓:くわしく特定の対象だけ修める。/「顓」は「專」に同じ。 ○規矩繩墨:規·矩·繩·墨は、それぞれ円形·方形·直線をえがくための工具。コンパス·定規·墨縄。守るべき標準·法度の比喩。 ○裨益:補益。益するところ。 ○丞民:「烝民」に同じ。民衆。 ○童年:幼年時代。未成年。 ○游:「遊」に通ず。遊学する。家郷をはなれて外地に学びにゆく。 ○門:家塾。 ○輩:同類のひとを数える量詞(助数詞)。 ○信:誠実でいつわりがない。『論語』學而「與朋友交而不信乎」。 ○義烈:忠義節烈。義を重んじて自らの生命を軽んじる。 ○孜々:勤勉で怠らないさま。 ○焉:状態をあらわす語尾。「然」に相当する。~のさま。 ○切劘:切磋琢磨する。/「劘」:切る。削る。 ○業成:学習内容、過程が成就する。修業をおえる。 ○起家:一家を構える。仕官する。 ○未數年:数年もたたないうちに。 ○洎:到る。およぶ。 ○侍御醫:幕府の奥医師。 ○掌藥:御匙。 ○權勢:権柄勢力。ちからと影響力。 ○醫僚:医学官僚。幕府の医師(表番·奥·寄合など)。 ○諸侯:列国の君主。大名。 ○大夫:要職をしめる官。幕府や諸藩の要職にある者。 ○請治者:治療をもとめるひと。 ○盈滿:充満する。あふれる。ひしめきあう。 ○門頭:表玄関。門前。屋敷の入り口。 ○於是乎:「於是」と同じ。順接の接続詞。
【序 十三オモテ】
○受業:先生にしたがって学業をさずかる。師について学習する。 ○日月:毎日毎月。 ○陸續:連なりたえない。 ○幾:およそ。ほぼ。 ○初念:初志。 ○天禀:天生の資質。天性。天賦の才。/「禀」:「稟」の異体。 ○頴悟:なみはずれて聡明な。/「頴」:「穎」の異体。 ○豪邁:豪放な。度量が大きく洒脱な。 ○温柔:温和柔順。おだやかな。柔和な。 ○剛稜:「剛棱」に同じ。剛直で角立っている。 ○精敏:聡明で敏捷。くわしくはやい。 ○辨論:同じ問題に対して異なる意見をたたかわせる。 ○應機:タイミングをこころえる。臨機応変。 ○懶惰:怠惰な。無精な。 ○放曠:礼俗にとらわれない。放逸でものごとにとらわれない。 ○謟媚:迎合しへつらう。/「謟(トウ)」:「諂(テン)」字との混用。へつらう。こびる。 ○姦謀:淫謀。奸計。よくないはかりごと。 ○嫉:ねたむ。そねむ。 ○長:すぐれたところ。長所。 ○素靈:『素問』『霊枢』 ○嗜:愛好する。 ○仲景之書:張機(仲景)の『傷寒論』『金匱要略』。 ○本草之學:薬物学。草類が多いので「本草」という。『神農本草経』にはじまる。 ○喜:愛好する。 ○千金:『備急千金要方』『千金翼方』。唐·孫思邈撰。 ○外臺:『外台秘要方』。唐·王燾撰。 ○方書:医書。おもに薬方書。 ○務:追求する。 ○博雜:「駁雜」に同じ。多く乱雑。 ○談柄:話柄。話の資料。
【序 十三ウラ】
○歸郷:郷里へかえる。 ○中道:中途で。道半ばで。『論語』雍也「力不足者、中道而廢」。 ○廢學:学習をやめる。 ○小過:小さなあやまち。 ○他邦:他国。 ○短命:若くして死ぬ。寿命が短い。 ○儘:「まま」とひとまずよむ。日本的用法か。時には。 ○少:年少。おさない。 ○同學:師を同じくしてまなぶ。 ○賦性:天性。稟賦。 ○篤實:純厚樸実。誠実。 ○沈默寡言:もの静かで、無口。 ○是以:そのため。 ○才敏:才思敏捷。頭の回転が速い。 ○豪氣:豪放の心意気。 ○蠛蠓:ユスリカ。ヌカカ。昆虫の一種。雨が降る前、群れをなして乱れ飛ぶ。 ○矯情:真情をおおいかくす。 ○屈意:自分の意思をまげる。 ○承附:追随する。 ○渡邉元亮: ○森元讓: ○親善:親睦。親しく友となる。 ○夙:以前から。早くから。 ○明堂之學:経脈経穴学。 ○深入骨髓:程度がきわめて深いことの形容。 ○正德:年号。1711年~1716年。/後藤 艮山(1659~1733)。香川 修庵(1683~1755)。吉益 東洞 (1702~1773)。 ○而還:以来。以後。 ○醫流:医家。医者。 ○排擯:排斥。退けすてる。 ○天羅:天網。王法。国法。 ○廢斥:やめて捨て去る。 ○寸口:脈を診る部位。脈口·気口ともいう。手太陰肺経の太淵付近。 ○胗切:脈をとって病情を診断する。/「胗」は「診」に同じ。 ○腹候見證:腹診により証を判断する。 ○後學:後の学習者。後進。 ○附和:自分では少しも定見がなく、他人の意見や行動にしたがい応じる。 ○雷同:無批判に他人の意見に同調する。 ○日:日ごとに。
【序 十四オモテ】
○趨:走る。向かう。つきしたがう。 ○簡便:簡単で便利なこと。手軽なこと。 ○追風捕影:風を追い影を捕らえるように、空虚で実のないこと。 ○聖經:聖賢の著わした経典。 ○精意:精神。精しく深い内容。 ○湮滅:消滅。埋没。 ○奮然:振るい起つさま。 ○廼:「逎」「乃」の異体。 ○胠:わきから開ける。 ○向:昔日。かつて。 ○弆:収蔵する。 ○篋衍:長方形をした竹製の箱。 ○難經:原題秦越人撰。後漢の医家が扁鵲に仮託した著作。 ○甲乙:『黄帝三部鍼灸甲乙経』。皇甫謐の撰とされる。 ○胴人:『銅人腧穴鍼灸図経』。宋·王惟一撰。「胴」は誤字か。 ○百家:各種流派。 ○輸穴分寸:穴の位置。穴のある基点からの距離。/「輸」は「兪」「腧」に同じ。 ○藏象府形:臓腑の形象。 ○博采:「博採」に同じ。ひろく集める。 ○旁搜:「旁蒐」に同じ。あまねく探し求める。 ○摘要:論篇の内容を簡潔な文章としてまとめて叙述する。要点を取り出す。 ○删繁:繁雑冗長なことばを削除する。 ○于茲:今。今にいたり。 ○粹華:精華。事物のもっとも精美な部分。 ○擷:摘み取る。 ○精微:精深微妙な部分。 ○辨:判別する。是非曲直を論定する。 ○元:元朝(1279~1368)。 ○明:明朝(1368~1644)。 ○諸家:各家。各流派。 ○紛紊:みだれまぎれる。数が多く乱雑。 ○匡:改正する。 ○粗漏:「疏漏」に同じ。疏忽遺漏。うっかりによる漏れ。 ○謬:錯誤。あやまり。 ○覈:しらべる。かんがえる。 実情を調査して確かめる、実際を確認する。 ○經行:経脈の循行(めぐり)か。 ○奇經八脉:十二正経に対していう。督脈、任脈、衝脈、帯脈、陽蹻脈、陰蹻脈、陽維脈、陰維脈。
【序 十四ウラ】
○觧:「解」の異体。分割する。わける。 ○刑人:受刑者。ここでは死刑囚。 ○親:自分自身で。身をもって。 ○剖:破り開く。 ○鑒:「鑑」の異体。くわしく観察する。 ○辨:判別する。わかつ。 ○寫:描く。描写する。 ○狀:すがた。形状。 ○闡:表明する。はっきりさせる。 ○盭:「戾」の古字。乖戾。そむく。 ○誤:あやまらす。惑わす。妨害する。損害を与える。 ○來學:後世の学習者。のちの学び手。 ○纖:細く小さい。 ○鉅:「巨」と同じ。大きい。 ○舉:「擧」「挙」の異体。提出する。 ○靡:無。不。 ○箴:「鍼」「針」に同じ。 ○大備:完備する。一切そなわる。 ○撥雲覩日:『晉書』樂廣傳「若披雲霧而睹青天也」にもとづく。のちに、啓発を受けて、豁然とこころが開けるさまを形容する。/撥:排除する。はらう。 ○霾:つちぐもり。強風が塵土を巻き揚げた土ぼこり。土ぼこりのために空がにごる現象。 ○餘蘊:残ったところ。あますところ。 ○苦心積慮:長い時間をかけて考えつくす。/苦心:入念に、労を惜しまずに。/積慮:久しく思慮する。 ○竭思勞神:思惟精神を使い切る。/竭思:思いを竭くす。あるだけの力をすべて使って考える。 ○勞神:心神を消耗する。 ○勤:勤勉。精励。誠意を尽くして一生懸命にやる。 ○率皆:すべて。 ○精博:精しく深く博く大きい。 ○識:見解。知識。思想。 ○超詣:造詣が深く卓越している。 ○皮毛:事物の表層や浅い知識の比喩。 ○徹:「澈」の異体。貫通する。とおる。 ○骨髓:精華、核心、深いところの比喩。 ○見卵求時夜:『莊子』齊物論に見える。卵を見ると鶏になり、暁をつげることを期待する。早すぎることの比喩。/時夜:にわとり。 ○什:「十」と同じ。 
【序 十五オモテ】
○布:伝え広まる。 ○寰中:天下。 ○赧顏:恥ずかしくて顔を赤らめる。/赧顏汗下:顔を赤らめ、額に汗が流れる。恥じ入るさま。 ○汗背:背中に汗が流れる。 ○耻:「恥」の異体。 ○入穴:穴があったら入って身を隠したいほど、恥ずかしくてたまらないさま。賈誼『新書』審微「季孫聞之、慚、曰、使穴可入」。 ○嗟夫:感嘆の意をあらわす語気詞。 ○特:只。多くとことなり。 ○操:にぎる。掌握する。操作する。制御する。 ○工:長じている。すぐれている。 ○脩:「修」に通ず。研習する。研究する。まなぶ。 ○致精造極:最高点に到達する。 ○詎:反語の語気をしめす。豈。何。 ○古人云:宋·張镃 『(皇朝)仕學規範』卷三·爲學および宋·呂本中『童蒙訓』卷上に楊應之(名は國實)學士の言として見える。 ○後生:若いひと。後輩。 ○強記:記憶力が特につよい。 ○思索:思考し探求する。くりかえし考える。 ○尋求:探し求める。追求する。 ○眞:原文の文字は「真」に近い。 ○虛語:うそ。そらごと。 ○補:裨益。補益。欠けている部分を満たすこと。 ○淺鮮:軽微。少ない。 ○上木:上梓。版木の上に文字を彫る。 ○竣:完了する。 ○弁:前や上に置く。 ○文化七年:1810年。 ○歲次:歳星(木星)のやどり。 ○重九:重陽節。陰暦の九月九日。
【序 十五ウラ】
○相州:相模国。現在の神奈川県域を占めた旧国名。 ○片倉元周:1751~1822。江戸後期の漢蘭折衷派医。相模国出身。字は深甫、鶴陵と号した。医を多紀元徳(藍渓)、儒を井上金峨に学び江戸で開業、一時京都に上って賀川流産科を修めた。西洋産科鉗子使用の紹介、三味線糸と筆軸使用の鼻茸(はなたけ)摘出用係締の考案、咽喉頭検査法の創案など、多くの独創的研究がある。著書として『産科発蒙』『黴癘新書』『青囊瑣探』等多数がある。【宗田 一】世界大百科事典 第2版。

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小阪元祐 自序
【自序 十六オモテ】
古昔論經絡者雖極衆多其要皆
本於素靈矣而素靈之爲書幽
遠簡古多不可得而通曉者則
其本之之論亦多不可得而通曉
者則固矣故世人多以滑伯仁十四經
發揮爲便而發輝亦藍本於金

【自序 十六ウラ】
蘭循經此書吾之所未見也雖不能
無疑然滑氏之所註略與甲乙經銅
人經相符則決不爲無據者矣予
不肖勤苦於此道有年于茲今以
滑氏爲基本旁探羣書考異同
取舎折衷以便于推經絡取腧
穴亦復自親解剖所視內景與古

【自序 十七オモテ】
人所説異者今新圖之以示四方
併爲五卷名曰經穴籑要冀四方
之君子有正予過則何幸過之
文化庚午秋七月
小阪營昇元祐識
印形「營昇/之印」「字/子進」
【自序 十七オモテ】
西邨鏡書
印形「西邨/鏡印」「◆/◆」

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【書き下し】
【自序 十六オモテ】
古昔、經絡を論ずる者、極めて衆多と雖も、其の要は皆な
素靈に本づく。而して素靈の書爲(た)るや、幽
遠簡古にして、得て通曉す可からざる者多ければ、則ち
其の之に本づく論も、亦た得て通曉す可からざる
者多きは、則ち固(もと)よりなり。故に世人多く滑伯仁の十四經
發揮を以て便と爲す。而して發輝も亦た金

【自序 十六ウラ】
蘭循經を藍本とす。此の書、吾の未だ見ざる所なり。
疑い無きこと能わずと雖も、然れども滑氏の註する所、略(ほ)ぼ甲乙經·銅
人經と相符すれば、則ち決して據無しと爲さざる者なり。予、
不肖ながら此の道に勤苦すること年有り。茲(ここ)に于いて今ま
滑氏を以て基本と爲し、旁(あまね)く群書を探し、異同を考えて、
取舎折衷し、以て經絡を推し、腧
穴を取るに便にす。亦た復た自ら親しく解剖し、視る所の內景、古

【自序 十七オモテ】
人の説く所と異なる者は、今ま新たに之を圖(えが)いて、以て四方に示し、
併せて五卷と爲す。名づけて經穴籑要と曰う。冀(こいねが)わくは、四方
の君子、予が過(あやま)ちを正すこと有らば、則ち何の幸いか之に過ぎん。
文化庚午秋七月
小阪營昇元祐識
【自序 十七ウラ】
西邨鏡書

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【注釋】
【自序 十六オモテ】
○古昔:むかし。往事。 ○經絡:経脈と絡脈。中国医学における、人体内をめぐる気血の主要な幹線(經脈)と支線(絡脈)。 ○衆多:とても多い。多数。 ○要:要点。大事なところ。 ○素靈:『素問』と『霊枢』。 ○幽遠:深遠。奥深くとおい。 ○簡古:簡素で古雅。飾り気がなく古風なたたずまいがある。 ○不可得:得ることができない。/「不可得而動詞」≒「不可能+動詞」。 ○通曉:はっきりと理解する。完全に把握する。 ○固:当然である。たしかである。もちろんである。 ○世人:世間のひと。一般のひと。 ○滑伯仁:滑壽。元代の医家。字は伯仁、晩年、櫻寧生と号す。『素問鈔』『難經本義』『診家樞要』などを撰す。 ○十四經發揮:1341年刊。巻上は「手足陰陽流注篇」、巻中は「十四經脈氣所發篇」。この二巻は、元·忽必泰列撰『金蘭循經』に注釈などを加えたもの。巻下は「奇經八脈篇」。仰人尺寸之圖·俯人尺寸之圖·十四經經穴圖を附す。 ○便:方便。便利なもの。手軽なもの。 ○藍本:底本。拠り所とする本。 
【自序 十六ウラ】
○金蘭循經:『金蘭循經取穴圖解』。一巻。元·忽公泰著、子の光濟による編輯。1303年刊。『鍼灸聚英』によれば、「首(はじめ)に臟腑前後二圖を繪がき、中に手足三陰三陽の走屬を述べ、繼いで十四經絡流注を取り、各おの注釋を為して、圖を後に列(つら)ねる」。 ○甲乙經:前注を参照。 ○銅人經:『銅人腧穴鍼灸図経』の略称。『銅人鍼灸經』は別の書。 ○相符:一致する。符合する。 ○無據:根拠·よりどころがない。 ○不肖:父に似ない。不才。賢くない。 ○勤苦:つとめて努力する。勤労刻苦。 ○此道:医術。鍼灸。 ○有年:多年。長い年月がたつ。 ○于茲:ここに。 ○旁:ひろく。 ○羣書:いろいろな書籍。/「羣」は「群」の異体。多くの。 ○異同:不一致。異なるところ。 ○取舎:「取捨」に同じ。選択する。 ○折衷:「折中」に同じ。太過と不及を調和させて、理に合うようにする。異なる意見を調節する。 ○亦復:また。同様に。 ○親:自分で関与して。みずから。 ○內景:もと道教の用語で、身体内にある神をいうが、医学では臓腑を指すことが多い。
【自序 十七オモテ】
○四方:東西南北、四つの方向。ひろく各方面をいう。 ○冀:希望する。期待する。 ○君子:人格、美徳の衆人に抜きんでたひと。 ○過:錯誤。過失。 ○何幸:反語の語気でたいへん幸運であることをあらわす。 ○過:超える。まさる。 
【自序 十七ウラ】
○西邨鏡:未詳。

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岡益謙跋
【跋 廿九丁オモテ】
經穴籑要跋
仲尼曰知之者不如好之者好之者
不如樂之者若夫師曠之於音離
婁之於眀易牙之於味輪扁之
於車鈞是好而樂者也同僚元
祐之於經穴手得以應亦尚然從
壯至老未甞造次忘於此自非真
好而樂者何以能至于此哉世之昧

【跋 廿九丁ウラ】
者不察之概為小伎而癈之至甚
者使聾瞽癈疾者為之元祐常
深痛之是此書之所以作也門人
請以上梓將公之於世予有感
此亦予所以不能默也
文化庚午夏五月
岡益謙識   印形「◆/◆」「◆/◆」
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【書き下し】
【跋 廿九丁オモテ】
經穴籑要跋
仲尼の曰く、之を知る者は、之を好む者に如かず、之を好む者は、
之を樂しむ者に如かず、と。若し夫れ師曠の音に於ける、離
婁の明に於ける、易牙の味に於ける、輪扁の
車に於けるは、鈞(ひと)しく是れ好みて、而して樂しむ者なり。同僚元
祐の經穴に於けるは、手に得て以て應ずるも、亦た尚お然り。
壯從り老に至るまで、未だ嘗て造次も此(これ)を忘れず。真に
好みて、而して樂しむ者に非ざる自りは、何を以てか能く此(ここ)に至らんや。世の昧き
【跋 廿九丁ウラ】
者、之を察せず、概して小伎と為し、而して之を廢す。甚だしき
者に至っては、聾瞽癈疾の者をして之を為さしむ。元祐常に
深く之を痛む。是れ此の書の作る所以なり。門人
上梓するを以て、將に之を世に公けにせんことを請う。予、
此れに感有り。亦た予の默すること能わざる所以なり。
文化庚午夏五月
岡益謙識  

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【注釋】
【跋 廿九丁オモテ】
○仲尼曰知之者不如好之者好之者不如樂之者:『論語』雍也第六。「仲尼」は、孔子の字(あざな)。諱は丘。 ○若夫:文頭に用いる助詞。順接·逆接、いずれにも用いる。別段絡のはじまりを提示する。~にいたっては。 ○師曠之於音離婁之於眀:『孟子』離婁上:「孟子曰、離婁之明、公輸子之巧、不以規矩、不能成方員。師曠之聰、不以六律、不能正五音」。/師曠:人名。字は子野。春秋時代、晋国の楽師。生卒年不詳。音律をよく弁ずることで有名。/離婁:人名。黄帝時代のひと。遠くを見ることができ、秋毫の末をみわけたという。/「眀」:「明」の異体。 ○易牙之於味:『孟子』告子上:「至於味、天下期於易牙、是天下之口相似也惟耳亦然。至於聲、天下期於師曠、是天下之耳相似也」。/易牙:人名。春秋時代、斉のひと。斉の桓公の寵愛を受けた料理人。 ○輪扁之於車:『莊子』天道:「桓公讀書於堂上、輪扁斲輪於堂下、釋椎鑿而上、問桓公曰:「敢問公之所讀者何言邪。公曰、聖人之言也。曰、聖人在乎。公曰、已死矣。曰、然則君之所讀者、古人之糟魄已夫。桓公曰。寡人讀書、輪人安得議乎。有說則可、無說則死。輪扁曰、臣也、以臣之事觀之。斲輪、徐則甘而不固、疾則苦而不入。不徐不疾、得之於手而應於心、口不能言、有數存焉於其間。臣不能以喻臣之子、臣之子亦不能受之於臣、是以行年七十而老斲輪。古之人與其不可傳也死矣、然則君之所讀者、古人之糟魄已夫」。/輪扁:車輪作りに長じた。実践と感受性を重視した。 ○鈞:「均」に通ず。 ○同僚:同じ職場で働いている官吏。 ○手得以應:上文の『莊子』天道「得之於手而應於心」を参照。また『列子』湯問にも見える。 ○尚然:やはりこのようである。あいかわらずこのようである。 ○壯:壮年。三十から四十歳ぐらいの年齢。 ○老:老年。五十~七十歳ぐらいの高齢。『説文解字』老「考也。七十曰老」。 ○甞:「嘗」の異体。 ○造次:わずかな時間。 ○自非:もし~でなければ。 ○何以:どのようにして。反語として、「できない」ことをあらわす。 ○昧:おろかな。愚昧。蒙昧。

【跋 廿九丁ウラ】
○不察:理解しない。見抜けない。 ○概:おおよそ。一律に。 ○小伎:「小技」に同じ。取るに足りない技術。『三國志演義』「華佗連忙說、區區小技、何足道哉」。 ○癈:「廢」に同じ。 ○癈疾:障碍者。聾、啞、跛のたぐい。 ○痛:悲痛。かなしむ。遺憾に思う。 ○門人:弟子。 ○上梓:文字を版木に彫る。出版する。 ○有感:感じるところがある。こころが動かされる。 ○所以:わけ。理由。 ○默:だまる。 ○岡益謙:未詳。小坂元祐を同僚と呼んでいるところから、亀山藩医なのであろう。 ○識:「誌」に通ず。しるす。