1-4 古今集鍼法 長生庵了味編集
杏雨書屋所蔵(杏三六八五)
1-3『鍼法藏心卷』と校合する。
古今集鍼法序
夫鍼法術者大率以補瀉爲先所謂補瀉以氣
血爲主人之氣血易虗安實人受天地隂陽之
*『藏心卷』「安」を「復」につくる。
氣以生乃成其神然以怒喜過傷隂陽疾生焉
*「怒喜」を「喜怒」につくり、「喜」下に「之」有り。「陽」の下に「而」字あり。
人之生病因地水風火之四證以之丹涘婦人宜
*「丹涘」を「丹溪先生曰」につくる。
耗其氣而調其經男子以養其氣而全其神抒怒
*「抒」と「怒」の間にレ点あり。
以全隂忍喜以養陽以此所由聖人嗇氣如至寳
氣易虗如射箭行故以補爲本以瀉爲末補瀉
*「故」の上に「血易虗如蓬矢行氣血之變易如掌反雖然實者少虗者多」二十三字あり。また「末」を「標」につくる。
一ウラ
法亦不一用四時鍼有淺深補瀉法十二經亦有
*「亦」を「復」につくる。「一」の下に「旦之説」有り。「法」字なし。
補瀉十五絡亦有補瀉竒經八脉亦有補瀉傳
*末尾の「傳」字なし。
井滎兪經合亦有補瀉表裏有補瀉氣血亦有
*二つの「亦」字なし。
補瀉藏府有補瀉老少亦在補瀉暴久諸疾有
*「在」を「有」に、「暴久諸疾」を「諸疾暴久隨其輕重復」につくる。
補瀉日月順運有虗實故有補瀉之意也四方
*「日月」の上に「法」字有り。「運」を「行」につくる。「故有補瀉之意也四方」を「是復可補瀉之理在之東南西北」につくる。
有易實易虗定位亦有可補有可瀉不辨能補
*「易實易虗」を「虗實之」につくる。「亦」を「又」につくる。「補」と「瀉」の下にそれぞれ「方」字あり。
瀉深法如何宜究針法術乎遠以言之則從四海
*「瀉」の下に「之」字有り。「法術」を「治之術」につくる。「以」と「從」字なし。
廣尚近以言之則不過十言按之只考氣血流行
*「以」字なし。
二オモテ
不刺榮衞刺之亦可不至氣血所在氣血者循周
*「亦可」を「復如」につくる。「所在」を「的道」につくる。「者」字なし。
身至速也自寅至丑五十行故經過无間刺針如不中
榮衞亦有其術名是寳針自寅至丑氣血流行隨
*「亦」を「復」に、「術」を「法」に、「是寳」を「之法」につくる。
時行考是知有法謂之觀時鍼法術側迎隨之氣五
*「行」の下に「有其主經」有り。「考是知有」を「考之知之有其」につくる。「鍼法術」を「針法之術」につくる。
藏之氣隨奪可補者補可瀉者瀉謂之迎隨療養
*「隨奪」を「隨虗々實々奪之」につくる。「療養」を「治病之法尋神倶集療養之」につくる。
口傳尋藏心卷中治疾法當尋此卷非甚深輩不
*「尋藏心卷中治疾法」なし。
可示之非親友朋囙不可言之非家守人莫授之
*「朋囙」と「非家守人莫授之」なし。
穴賢〃〃
【訓み下し】
古今集鍼法の序
夫れ鍼法の術は、大率補瀉を以て先と爲(す)。所謂(いわゆる)補瀉は氣血を以て主と爲(す)。人の氣血は虚し易く實し安し。人は天地隂陽の氣を受け、以て生く。乃(いまし)い其の神に成す。然も怒喜の過を以て、隂陽を傷り、疾焉(ここ)に生ず。人の生病は、地水風火の四證に因(ちな)む。之を以て丹溪、婦人宜しく其の氣を耗すべし。而して其の經を調え、男子は以て其の氣を養いて、其の神を全くし、怒を抒し、以て隂を全くし、喜を忍びて、以て陽を養う。此の所由を以て、聖人は氣を嗇(お)しむこと至寶の如くす。氣の虚し易きこと、射箭行くが如し。故に補を以て本と爲(す)。瀉を以て末と爲(す)。補瀉
一ウラ
法、亦た一ならず。四時の鍼を用いるに、淺深の補瀉の法有り。十二經にも亦た補瀉有り。十五絡亦た補瀉有り。奇經八脉亦た補瀉傳有り。井滎兪經合亦た補瀉有り。表裏にも補瀉有り。氣血亦た補瀉有り。藏府にも補瀉有り。老少亦た補瀉在り。暴久諸疾にも補瀉有り。日月順運に虚實有り。故に補瀉の意有るなり。四方に易實易虚の定位有り。亦た補す可きもの有り。瀉す可きもの有り。能く補瀉の深法を辨ぜずんば、如何んとして宜しく針法の術を究むべけんや。遠く以て之を言わば、則ち四海從(よ)り廣く尚(たか)し。近く以て之を言う則(とき)んば、十言には過ぎず。之を按ずるに只だ氣血の流行を考え、
二オモテ
榮衞を刺さざれば、之を刺すとも亦た氣血の所在に至らざる可し。氣血は周身を循(メク)ること至って速(スミ)やかなり。寅自り丑に至って五十行。故に經過(へす)ぐること間(ヒマ)无し。針を刺すとも榮衞に中(あ)たらざるが如くせよ。亦た其の術を((ママ))有り。是を寶針と名づく。寅自り丑に至りて氣血の流行、時に隨いて行く。考うるに、是を知るに法有り。之を觀時鍼法の術と謂う。迎隨の氣を側 ( カツテ)、五藏の氣に隨いて奪う。補す可き者は補し、瀉す可き者は瀉し、之を迎隨と謂う。療養口傳は藏心卷中を尋ね、治疾法は當に此の卷を尋ぬべし。甚深輩に非ずんば之を示す可からず。親友朋因に非ずば、之を言(かた)る可からず。家守人に非ずば、之を授くること莫かれ。
穴賢〃〃(あなかしこあなかしこ)
【注釋】
○乃‥添え仮名「イ」。「いましい」は『和玉篇』による。
二オモテ
○亦有其術‥「術」に「ヲ」の添え仮名あり。 ○側‥添え仮名は「カツテ」か「カリテ」。「測」で「はかる」か。 ○藏心卷‥長生庵了味編『鍼法藏卷』を参照。 ○朋囙‥未詳。校勘を参照。「囙」は「因」の異体。「非甚深輩」の「非」の添え仮名は「ンハ」。「非親友朋囙」の「非」の添え仮名は「スハ」、「非家守人」の「非」の添え仮名は「ハ」。 ○不可言之‥「言」の添え仮名は「ル」。「かたル」とした。あるいは「つぐル」か。
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古今集鍼(跋)
古今集鍼之一卷針法中爲至法今時鍼者得
名輩多吾至數針家雖尋針治術其妙少雖
關針法之要法不關亦其妙理爰江刕之住早 〔刕‥「州」の異体〕
水外記針刺用法得其道予幸會言問鍼意
大半荅之今之世之針法旧語鍼要明白言之
尋其師傳小野無心孫族也關小無之針術尚
問近代妙針選集某雖愚内經再難經中鍼
法雲海士針灸釋日扁集針經等之中所
一ウラ
及胸意抜捽今号古今集鍼針治至
意法以藏心卷爲先治病妙鍼當尋此
卷中耳矣
于時慶長十八年七月吉祥日
延寳元癸丑天仲冬廿五日
享保十六年辛亥四月吉日
元文五庚申暦季春十七蓂書写之
秀水〓
【訓み下し】
古今集鍼
古今集鍼の一卷、針法中の至法爲(た)り。今時鍼は名を得る輩多し。吾れ、數針家に至り、針治術を尋ぬと雖も、其の妙少なし。針法の要法に關すると雖も、亦た其の妙理に關せず。爰(ここ)に江州の住、早水外記(げき)、針刺の用いる法、其の道を得る。予幸い會い言いて鍼意を問う。大半之を答う。今の世の針法、舊語の鍼要、明白に之を言(かた)る。其の師傳を尋ぬるに、小野無心の孫族なり。小無の針術を關くこと尚(ひさ)し。近代の妙針を問い、選集す。某(それが)し愚なりとは雖も、内經、再(さら)に難經中の鍼法、雲海士針灸、釋日扁集針經等の中/雲海士、針灸釋日扁集針經等の中、
一ウラ
胸意の及ぶ所を抜捽(ハツスイ)し、今ま古今集鍼と號す。針治至意の法は藏心卷を以て先と爲(す)。治病の妙鍼は當に此の卷中を尋ぬべきのみ。
時に慶長十八年七月吉祥日
延寳元癸丑天仲冬廿五日
享保十六年辛亥四月吉日
元文五庚申暦季春十七蓂 之を書寫す
秀水〓
【注釋】
○雖關針法之要法‥原文の訓点を無視した。原文の訓点は「雖レ關ヲ針二法之要法ヲ一」。 ○爰:『序跋集』出版時は,読めなかった。 ○江刕‥近江。「刕」は「州」の異体。 ○早水外記‥「外記」は、もと令政官職名。げき。唐名は「外史」。 ○半‥判読に自信なし。 ○荅‥「答」の異体。 ○明白言之‥「言」の添え仮名「ル」。 ○關小無之針術‥本書の門構えの文字、難読。同一と思われる字にあわせて「關」をあてた。添え仮名「クコト」。「ひらクコト」と訓むか。待考。「小無」は「小野無心」の略か。 ○某‥われ。一人称。 ○再‥右寄りに書かれている。近代的用法の「さらに」と読んでおく。 ○雲海士針灸‥雲海士流鍼灸書。『古典全書』解説を参照。 ○釋日扁集針經‥朝鮮・金循義『鍼灸擇日編集』のことか。原文には「釋日扁集針經」の上に書名を示す二本線が引かれているため,このように句切ったが,「雲海士,針灸釋日扁集針經」とすべきかも知れない。
一ウラ ○胸意‥胸の内。おもい。 ○抜捽‥抜粹。 ○矣‥小さく書かれている。「矣」と判読した。 ○慶長十八年‥一六一三年。 ○吉祥日‥陰陽道で、何事を行うのにも吉とされる日。 ○延寳元癸丑‥一六七三年。 ○仲冬‥陰暦十一月の異称。 ○享保十六年辛亥‥一七三一年。 ○吉日‥祝い事など、何か事をするのによいとされる日。 ○元文五庚申‥一七四〇年。 ○季春‥陰暦三月。 ○蓂‥「冥」(夕暮れ)の意か。 ○秀水〓‥「秀」、原文は「禾」偏の旁に「乃」。あるいは「示」偏かも知れない。
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古今集鍼(跋)
古今集鍼の一卷、針法中の至法爲(た)り。
【意訳】『古今集鍼』は一巻本ではあるが,鍼法の中でも,至高無上のものである。
今時鍼者 名を得る輩(やから)多し。
【意訳】現在,鍼をおこなうもので,名声を得ているひとは多い。
吾れ、數針家に至り、針治術を尋ぬと雖も、其の妙少なし。
【意訳】わたくしは,数人の鍼をするひとを訪れて,鍼治の術を尋ねてみたが,素晴らしいと思ったことは少なかった。
針法の要法に關わると雖も、亦た其の妙理に關わらず。
【意訳】(その内容は)鍼法の重要な方法にかかわるとしても,またその優れた理法には関係がなかった。
爰(ここ)に江州の住、早水外記(げき)、針刺の用いる法、其の道を得る。
【意訳】さて,近江に住んでいた早水外記(げき)は,鍼を用いる方法,鍼の道を会得していた。
予幸い會い言いて鍼意を問う。
【意訳】わたくしは幸いにも会うことができて,鍼のことについて訊ねた。
大半之を答う。
【意訳】その質問に対して,おおかた答えてくれた。
今の世の針法、舊語の鍼要、明白に之を言(かた)る。
【意訳】現代の鍼法についても,古典に書いてある鍼の重要な点についても,はっきりと語ってくれた。
其の師傳を尋ぬるに、小野無心の孫族なり。
【意訳】(早水氏に,)どの師匠から鍼を伝授されたのかと質問したところ,小野無心の子孫であった。
小無の針術を關〔聞?〕くこと尚(ひさ)し。
【意訳】小野無心の鍼術について,長いこと聞いた。
近代の妙針を問い、選集す。
【意訳】(それに加えて)近代の優れた鍼術についても質問し,(その中から)選(よ)りすぐりして編集した。
某(それが)し愚なりとは雖も、内經、再(さら)に難經中の鍼法、雲海士針灸、釋日扁集針經等の中、胸意の及ぶ所を抜捽(ハツスイ)し、今ま古今集鍼と號す。
【意訳】わたくしは愚か者ではあるが,『黄帝内経』や『難経』に見られる鍼法,雲海士流の鍼灸,釋日扁集針經(朝鮮・金循義『鍼灸択(=擇)日編集』か)の中から/雲海士流や『鍼灸釋日扁集針經』の中から,胸意(胸臆/むね・こころの中/考え)の及ぶ範囲で抜粋をおこなって,今ここに『古今集鍼』を命名する。
針治至意の法は藏心卷を以て先と爲(す)。
【意訳】鍼による治療の極めて深い意味内容については,『(鍼法)蔵心巻』を第一とする。
治病の妙鍼は當に此の卷中を尋ぬべきのみ。
【意訳】病気治療での(具体的な)優れた鍼法については,まさにこの『古今集鍼』を参照すべきである。
時に慶長十八年七月吉祥日
【意訳】時は慶長18年(1613)7月吉日
延寳元癸丑天仲冬廿五日
【意訳】延宝元年(1673)11月25日(に慶長の巻物を書き写した)
享保十六年辛亥四月吉日
【意訳】享保16年(1731)4月吉日(に,また上記のものを書き写した)
元文五庚申暦季春十七蓂 之を書寫す
【意訳】元文5年(1740)3月17日の暮れにこれを書き写した。
秀水〓