2010年10月30日土曜日

3-4 鍼治樞要

3-4 鍼治樞要
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『鍼治樞要』(シ・582)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』3所収

鍼治樞要序
大哉醫之道語兩儀消長
則謂之易而醫理也乃庖
羲爲之祖語氣味㕮咀則
謂之醫方乃炎皇爲之祖
語調神衞生則謂之醫道
乃黃軒爲之祖咸是上古
神聖開物成務之至仁也
然羲農之教當時未施于
册至軒帝與岐鬼諸臣論   「册」:原文、「用」の中の縦棒が短い形。
  一ウラ
著內經以窮竭天人一理
之道醫道之淵源醫術之
微妙不漏纖毫不遺秘蘊
天下萬世諒無不仰之無
不因之然内經所載之要
唯鍼灸藥三者爲衞生之
輨轄也其中論湯液者十
而僅居二焉論熨炳者亦
三分而得一矣其他皆是
刺鍼之良法也方識上古
  二オモテ
賢聖專重砭針焉然中古
以來歷代明醫偏主以劑
科治病而建家家方技者
多乃精刺鍼而追軒岐之
捷徑者未曾聞焉雖間有
雜辨者或以針芒之往上
下爲迎隨或以呼吸出內
爲補瀉或遂至有針有瀉
無補之說經云刺虛須實
刺實須虛又云遠近在志
  二ウラ
淺深如一奚以其針芒之
上下呼吸出内必爲補瀉
迎隨哉伏惟雖古今名家
至鍼術則不獲覺軒岐之
心法故有紛紛若斯之異
論而已是以刺針之術纔
墜專門小技之手其妙道
倍湮晦不傳焉最所可嘆
息也余自弱冠抱宿痾又
遇父母之罹疾是以志于
  三オモテ
醫尤深矣曾從先覺受讀
素靈晨昏不釋繙繹而世
醫專尊用湯液忽諸砭鍼
余酷疑不愜經意沉潛反
覆用力之之久而較曉聖
教之罔誣似有得其玄微
於是參酌今古乃製造金
槌鉄針以療舊痾瘥痼疾
雖如立一家之法都是軒
岐萬世之妙傳也詎豈敢
  三ウラ
謂獨見謾作哉竊以聖賢
者體道内無七情之感外
無飲食起居之過竟全其
天年亦不宜乎不攝厥生
者五志之火無時不熾五
味之偏無日不傷邪氣充
塞于三焦必使榮衞失其
常候是以腑臓不能守其
官賊邪乘虛輻輳矣諸般
雜病朝輟暮作遂爲膠固
  四オモテ
之疾疢當斯之時非良工
妙手則不能清其源抜其
根然世醫徒泥局方專因
症施治若不中其的則攻
者耗元氣補者添邪氣其
害不可得而測焉舊病更
加新病藥品却爲毒種或
爲憊羸或爲夭札最爲可
憫焉唯斯針治異于此且
鍼者導陽者也故導陽以
  四ウラ
流通厥升降則雖有飲食
停滯塊癖昇衝忽塞胸膈
將絕者取其即効那有如
鍼者乎余不敢黜湯液陟
刺鍼爲專泥局方者言之
而已不啻明鍼道以至其
極亦庶幾於陰陽造化天
人一理之道思過半者歟
旹元祿癸酉季春 橘姓
矢野氏白成識


  書き下し
鍼治樞要序
大なるかな、醫の道。兩儀消長を語るときは、
之を易と謂う。而して醫理なり。乃ち庖
羲、之が祖爲(た)り。氣味㕮咀を語るときは、
之を醫方と謂う。乃ち炎皇、之が祖爲り。
調神衞生を語るときは、之を醫道と謂う。
乃ち黃軒、之が祖爲り。咸(ことごと)く是れ上古の
神聖、物を開き務めを成すの至仁なり。
然うして羲農の教え、當時(そのかみ)未だ
册に施さず。軒帝と岐鬼の諸臣と、   
  一ウラ
内經を論著して、以て天人一理の
道を窮(きわ)め竭(つく)すに至って、醫道の淵源、醫術の
微妙、纖毫を漏さず、秘蘊を遺(のこ)さず。
天下萬世、諒(まこと)に之を仰がずということ無く、
之に因らずということ無し。然れども内經に載する所の要、
唯だ鍼・灸・藥、三の者のみ、衞生の
輨轄爲り。其の中(うち)、湯液を論ずる者、十にして
僅かに二に居れり。熨炳を論ずる者も、亦た
三分にして一を得たり。其の他は皆な是れ
刺鍼の良法なり。方(まさ)に識る、上古の
  二オモテ
賢聖、專ら砭針を重ずることを。然れども中古
以來(このかた)、歷代の明醫偏(ひと)えに劑
科を以て病を治することを主として、家家の方技を建つる者
多く、乃(いま)し刺鍼を精(くわ)しうして、軒岐の
捷徑を追う者、未だ曾て聞かず。間ま
雜(まじ)え辨ずる者有りと雖も、或いは針芒の上下に往くを以て
迎隨と爲し、或いは呼吸出內を以て
補瀉と爲し、或いは遂に針に瀉有りて
補無きの說有るに至る。經に云う、虚を刺すに實を須(ま)ち、
實を刺すに虛を須つ、と。又た云う、遠近、志に在り、
  二ウラ
淺深、一の如し、と。奚んぞ其の針芒の
上下、呼吸の出内を以て、必ず補瀉
迎隨と爲さんや。伏して惟(おもん)みるに古今名家と雖も、
鍼術に至っては、軒岐の
心法を覺(さと)ることを獲ず。故に紛紛として斯(かく)の若きの異
論有るのみ。是(ここ)を以て刺針の術、纔(わず)かに
專門小技の手に墜ちて、其の妙道
倍(ます)ます湮晦して傳わらず。最も嘆
息す可き所なり。余、弱冠自り、宿痾を抱き、又た
父母の疾に罹(かか)るに遇う。是を以て
  三オモテ
醫に志すこと、尤も深し。曾て先覺に從って
素靈を受け讀み、晨昏に繙繹することを釋(お)かず。世
醫專ら湯液を用ゆることを尊び、諸の砭鍼を忽(ゆるが)せにす。
余、酷(はな)はだ疑う、經意に愜(かな)わざることを。沉潛反
覆、力を用ゆるの之れ久しうして、較(や)や聖
教の罔誣を曉(さと)りて、其の玄微を得ること有るに似たり。
是(ここ)に於いて今古を參酌し、乃ち金
槌鉄針を製造して、以て舊痾を療し、痼疾を瘥(い)やす。
一家の法を立つるが如しと雖も、都(すべ)て是れ軒
岐萬世の妙傳なり。詎(たれ)か豈に敢えて
  三ウラ
獨見謾作することと謂わんや。竊(ひそ)かに以(おも)んみるに聖賢は、
道を體して内(う)ち七情の感無く、外(ほ)か
飲食起居の過無し。竟(つい)に其の
天年を全うすること、亦た宜ならずや。厥(そ)の生を攝せざる
者は、五志の火、時として熾(さか)んならざること無く、五
味の偏、日として邪氣、三焦に充
塞して傷らざること無し。必ず榮衞をして其の
常候を失せしむ。是(ここ)を以て腑臓、其の
官を守ること能わず、賊邪、虚に乘じて輻輳す。諸般の
雜病、朝(あし)たに輟(や)みて暮(ゆう)べに作(お)こる。遂に膠固
  四オモテ
の疾疢と爲る。斯の時に當って、良工
妙手に非ずんば、其の源を清くし其の
根を抜くこと能わず。然れども世醫徒(いたず)らに局方に泥(なず)みて、專ら
症に因って治を施し、若(も)し其の的(まと)に中(あた)らざれば、攻むる
者は元氣を耗し、補う者は邪氣を添う。其の
害たること得て測る可からず。舊病、更に
新病を加え、藥品却って毒種と爲る。或いは
憊羸を爲し、或いは夭札を爲す。最も
憫れむ可しと爲す。唯だ斯れ針治は此れに異なり、且つ
鍼は、陽を導く者なり。故に陽を導きて以て
  四ウラ
厥(そ)の升降を流通するときは、飲食
停滯し、塊癖昇り衝き、忽ち胸膈を塞ぎて
將に絶せんとする者有りと雖も、其の即効を取ること、那(な)んぞ
鍼の如き者有らんや。余、敢えて湯液を黜(しりぞ)けて
刺鍼を陟(すす)むるにあらず。專ら局方に泥(なず)む者の爲に之を言う
のみ。啻(ただ)に鍼道を明らかにして以て其の
極に至るのみにあらず。亦だ庶幾(こいねが)わくは、陰陽造化、天
人一理の道に於いて、思い半ばに過ぎん者か。
旹に元祿癸酉季春 橘姓
矢野氏白成識


  【注釋】
○兩儀:天地。『易經』繫辭上:「是故易有太極、是生兩儀。」 ○消長:変化。増減。盛衰。 ○庖羲:伏羲。『易経』の卦を制したという。 ○氣味:薬の寒熱温涼を氣といい、辛酸甘苦を味という。 ○㕮咀:フショ。〔フは「口+父」。中国フォント必要。〕:咀嚼。薬物を細かく砕くこと。 ○炎皇:神農氏。 ○調神衞生:神を調え、生を衛る。精気神気を調和させ、生命を保護する。養生。 ○黃軒:黄帝。軒轅氏という。 ○開物成務:万物の理を開通し、人事をそれぞれその宜しきを得させる。『易經』繫辭上:「夫易、開物成務、冒天下之道、如斯而已者也。」 ○至仁:最も崇高な仁徳。 ○當時:傍訓「ソノカミ」。当時。その時。その昔。 ○施于册:書籍として著す。古代、竹簡を編綴したものを冊という。 ○軒帝:黄帝。 ○岐鬼諸臣:岐伯、鬼臾區など、『黄帝内経』に登場する諸臣。
  一ウラ
○内經:『黄帝内経』。 ○天人一理:『朱子語類』卷十七大學四(或問上)「天即人、人即天。人之始生、得於天也。既生此人、則天又在人矣。」「天人本只一理、若理會得此意、則天何嘗大、人何嘗小。」 ○纖毫:非常に微細な事物。 ○秘蘊:奥深く隠された事物。 ○萬世:永久。万代。 ○輨轄:錧鎋。管轄。かぎと車軸のくさび。/轄:車輪のスポークを受ける軸受けで、車輪が外れないようにする器具。重要な物。 ○熨炳:ここでは、灸の別名であろう。『霊枢』病伝(42)「或有導引行氣喬摩灸熨刺炳飮藥之」。『古今醫統大全』卷之三 翼醫通考(下)醫道・針灸藥三者備爲醫之良「扁鵲有言。疾在腠理、熨炳之所及。疾在血脈、針石之所及。其在腸胃、酒醪之所及。是針灸藥三者得兼而後可與言醫。可與言醫者、斯周官之十全者也。」(「熨炳」、『史記』扁鵲倉公列伝は「湯熨」に作る。)/熨:熱の力をかりて圧して衣類などを平らにする。火熨斗。アイロン。薬などを塗り、温める。/炳:燃やす。 
  二オモテ
○以來:おくりがな「タ」により、「このかた」と訓んだ。 ○劑科:方剤科。処方。薬方。 ○家家:一家ごとの。 ○方技:医術。 ○乃:おくりがな「マシ」。いまし:今しも。ちょうど今。今となっては。「し」は意味を強める助詞。 ○軒岐:黄帝(軒轅)と岐伯。 ○精:通暁する。深く理解する。 ○捷徑:近道。 ○針芒:針先。針の向かう方向。/芒:植物の一種。葉は細長く尖っている。 ○針有瀉無補之說:『丹溪心法』卷五・拾遺雜論九十九「針法渾是瀉而無補、妙在押死其血氣則不痛、故下針隨處皆可。」明・虞摶『醫學正傳』卷之一・醫學或問「其針刺雖有補瀉之法、予恐但有瀉而無補焉。……若此等語、皆有瀉無補之謂也、學人不可不知。」 ○經云:『素問』寳命全形論「刺虚者須其實、刺實者須其虚、經氣已至、愼守勿失。深淺在志、遠近若一」。
  二ウラ
○伏惟:上の者に対する謙遜語。 ○心法:禅宗の用語で、言語・文字によらず弟子に伝授される仏法。儒学では、心を伝え性を養う方法を指す。 ○紛紛:多く乱雑なさま。 ○妙道:精妙な道理。 ○湮:埋没する。 ○晦:くらくなる。 ○弱冠:二十歳。 ○宿痾:久病。長患い。 
  三オモテ
○先覺:先覚者。常人よりも先に道理をさとる人。 ○素靈:『素問』『霊枢』。 ○晨昏:早晩。朝早くから夜遅くまで。 ○釋:物をおろして置く。「不釋文(手から書物を離さない)」。 ○繙:ひもとく。書物を読む。 ○繹:たずねる。物事の端緒を引き出すように、きわめる。 ○世醫:代々医業をなりわいとする人。 ○沉潛:深く浸りきって探究する。 ○反覆:何度も繰り返す。詳しく追求することの比喩。 ○用力:努力する。 ○久:原文、「久」の三画目が二画目と交叉する形で、「終」の異体字と同形であるが、意味の上から「久」ととった。 ○聖教:聖人の教え。 ○罔誣:不誣。欺かないこと。 ○玄微:深遠微妙の理。 ○參酌:參考にする。斟酌する。 ○舊痾:旧病。 ○瘥:癒す。 ○痼疾:久しく治療しても治らない病。 
  三ウラ
○獨見謾作:独自の見解で人を欺く著作をなす。 ○竊:自己の見解が不確定であることを謙遜する語。 ○體道:正しい道を自ら行う。 ○七情:喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七種の精神状態で、内傷の病因。 ○過:錯誤。あやまり。 ○天年:天然(自然)の寿命。 ○攝:保養する。/「攝生」は養生と同義。身体を保ち、生命を養う。 ○五志:怒・喜・思・憂・恐の五種の精神情緒。これらの情志が失調すると火証に変化する。 ○五味:辛、酸、甘、苦、醎。薬物はそれぞれ味が異なり、それにより異なる作用をする。 ○偏:かたより。 ○常候:通常の状態。 ○輻輳:輻湊。輻(スポーク)が軸受けにあつまる(輳・湊)ように人や物が一箇所に集中する。 ○諸般:各種の。ありとあらゆる。 ○雜病:ひろく傷寒・温病以外の多種の(主に内科)疾病をいう。 ○膠固:牢固な。にかわで貼り付けたように固い。
  四オモテ
○疾疢:疾病。/疢:熱病。またひろく病をいう。 ○良工:技術の並外れて高い人。ここでは医者。良医。『靈樞』五色「審察夭澤、謂之良工」。 ○妙手:技能の高く精妙な人。 ○其源:病源。 ○其根:病根。 ○泥:なずむ。拘泥する。 ○局方:『(太平惠民)和劑局方』にある処方。宋代の太医局に所属する薬局の処方集。製薬の規範となった。朱震亨はこの書が症候を並べるだけで、病源を述べないことを批判して『局方発揮』を著した。 ○添:添加する。増やす。 ○毒種:毒の素因。 ○憊羸:羸憊。疲労困憊。疲れ切る。 ○夭札:疫病に遭って早死にする。 
  四ウラ
○塊癖:腹中のかたまり。/癖:消化不用により腹内に出来るかたまり。 ○那:反語の語気をあらわす。 ○黜:排斥する。地位を落とす。 ○陟:上げて賞する。 ○旹:「時」の異体字。 ○元祿癸酉:元禄六(一六九三)年。 ○季春:旧暦三月。 ○橘姓矢野氏白成:未詳。『鍼治或問』も著す。 ○識:しるす。


  (跋)
優哉矢白子之志鍼術
乎雖牙齒疎豁之期猶
未休沈濳思乎經義礱
磨効乎事業而遂著一
篇名曰鍼治樞要焉其
意竊欲顯古人之心術
救後世之流弊也事成
而教其親川利渉子正
爪瓜之謬焉彼人者予
  四十二ウラ
同志也則携則來曰其
義理雖通明其文詞轉
鄙拙也請相議而潤飾
之予答曰凡讀書纘言
者不誇多闘靡也欲擇
精適要耳今顧為此書
前則約多年見聞之博
而闕危疑収近功焉可
謂眞擇精者也后則就
  四十三オモテ
晨昏施治之中而舉經
驗辨得失焉豈不曰適
要者乎至如集舊説之
簡録新語之俗者可謂
不誇多闘靡之本志矣
且夫醫書者不尚文華
而勤質實矣義理昭著
之後何為憂文詞之鄙
拙歟嗚呼利渉子謹而
  四十三ウラ
勿效作蛇足卒書之以
跋其後
  于旹
元禄九丙子歳臈月中浣
東武庸醫
間玄規書
書き下し
優れるかな、矢白子の鍼術に志す
や。牙齒疎豁の期と雖も、猶お
未だ休まず。沈濳して經義を思い、礱
磨して事業を効(いた)す。而して遂に一
篇を著す。名づけて曰く、鍼治樞要。其の
意は竊(ひそ)かに古人の心術を顯らかにし、
後世の流弊を救わんと欲するなり。事成りて
其れ親川利渉子をして、
爪瓜の謬りを正さしむ。彼の人は、予が
  四十二ウラ
同志なり。則ち携え則ち來たりて曰く、其の
義理、通明なると雖も、其の文詞轉(かえ)って
鄙拙なり。相議して之を潤飾せんことを請う、と。
予答えて曰く、凡そ讀書纘言
は、多を誇り靡を闘わざるなり。
精を擇び要に適(かな)わんと欲するのみ。今ま顧みるに此の書為(た)るや、
前は則ち多年見聞の博きを約して、
危疑を闕して近功を收む。
眞に精を擇ぶ者と謂っつ可し。后ろは則ち
  四十三オモテ
晨昏の施治の中に就いて、經
驗を舉げて得失を辨ず。豈に
要に適う者と曰わざらんや。舊説の
簡なるを集め、新語の俗なるを録するが如き者に至っては、
多を誇り靡を闘わざるの本志と謂っつ可し。
且つ夫(そ)れ醫書なる者は、文華を尚(たつと)ばずして
質實に勤む。義理昭著
の後、何為(なんす)れぞ文詞の鄙
拙を憂えんや。嗚呼、利渉子、謹みて
  四十三ウラ
蛇足を效作する勿れ。卒(にわ)かに之を書して以て
其の後に跋す。
  旹に
元禄九丙子歳臈月中浣
東武庸醫
間玄規書

  【注釋】
○矢白子:矢野白成。本書の著者。 ○牙齒疎豁之期:老年。歯が欠け間が広がる時期。卷之下・醫按によれば、著者は七十歳以上。 ○沈濳:深く入って探究する。唐・韓愈『上兵部李侍郎書』「﹝愈﹞遂得究窮於經傳史記百家之説、沈潛乎訓義、反復乎句讀、礱磨乎事業、而奮發乎文章。」  ○經義:経文の意味。 ○礱磨:磨いて鍛錬する。/礱:みがく。 ○事業:重要な仕事。 ○心術:思考。考え。 ○流弊:昔から伝えられている悪弊。 ○教其親川利渉子:未詳。「親川利渉」を人名と理解した。「子」は敬称。 ○正爪瓜之謬:ちょっとした誤り、誤字を正す、という意であろう。
  四十二ウラ
○義理:意味。 ○通明:事物の理に通じている。よく理解できる。 ○文詞:文章用語。 ○纘言:「纘」、原文は「糸偏+濳-氵」につくるが、意味の上から「纘」とした。「纂」に通ず。文藻を集めて述作に従事する。 ○誇多闘靡:学識が豊富で文章を華麗に飾ることを誇る。唐・韓愈『送陳秀才彤序』「讀書以為學、纘言以為文、非以誇多而闘靡也。」「靡」は華麗なこと。 ○適要:要所にぴったり合う。 ○顧:よく見る。 ○約:要約する。 ○闕危疑:解決しない疑わしいところは無理にこじつけたりしないで、そのままにしておく。『論語』爲政「多見闕殆、慎行其餘、則寡悔。」何晏集解引包咸曰「殆、危也。所見危者、闕而不行、則少悔。」 ○近功:当面の利益。
  四十三オモテ
○晨昏:朝から晩まで。 ○得失:利害。適当と不適当。 ○本志:本意。 ○文華:文章の彩り、修飾。 ○質實:質朴誠実で浮ついていない。 ○昭著:明白である。 ○
  四十三ウラ
○效作:まねる。 ○蛇足:畫蛇添足(蛇を畫いて足を添う)。出典、『戰國策』齊策二。戦国時代、楚の人が誰が酒を飲むか、蛇を画いて決めることにした。あるひとは描き終わって、また四本の足を書き添えた。二番目の人も画き終わった。最初の人は、本来存在しない蛇の足を画いたため、かえって酒をのみそこなった。よけいな事柄。 ○旹:「時」の異体字。 ○元禄九丙子歳:西暦一六九六年。 ○臈月:旧暦十二月の別称。 ○中浣:中旬。 ○東武:武蔵の国、江戸の異称。 ○間玄規:

2010年10月28日木曜日

3-3 鍼科發揮

3-3 『鍼科發揮』
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『方円鍼法鍼科發揮』(ホ・81)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』3所収

鍼科發揮自序
庖犠畫八卦而隂陽之道著矣神農嘗百草而毒藥
之品眀矣軒轅制九鍼而補瀉之法備矣故讀太易
而以通變化之妙讀本草而以處眼餌之方讀内經   餌:原文「食+甘」
而以究鍼刺之奥嗚呼微三墳之書則後世之醫者
皆服左袵而言侏離矣聖人之德澤其大哉吾先考
方圓齋之鍼法也悉祖述素難而憲章諸家經濟之
功頗多矣自號臨淵子曽謂用鍼之道以氣為主夫
如輪扁之説齊桓淂之心而應手不疾不徐有數存
其間言是傳授之心法也能以調其邪正和其剛柔
  一ウラ
導其血氣為要矣不佞行有餘力之日詳類遺法宏   宏:原文「ウ冠に尤」
採約求釐而為編命曰鍼科發揮以使門弟子熟讀
而知其階梯也
旹維元禄戊辰冬十月日 毉官 柳川清泉識


  書き下し
鍼科發揮自序
庖犧(ふつき)、八卦を畫(えが)きて陰陽の道著(あらわ)る。神農、百草を嘗めて毒藥
の品明らかなり。軒轅、九鍼を制して補瀉の法備わる。故に太易を讀みて
以て變化の妙に通じ、本草を讀みて以て眼餌の方を處し、内經を讀みて
以て鍼刺の奥を究む。嗚呼(ああ)、三墳の書微(な)かりせば、則ち後世の醫者、
皆な左袵に服して言侏離せん。聖人の德澤、其れ大なるかな。吾が先考、
方圓齋の鍼法なるや、悉く素難を祖述して諸家を憲章し、經濟の
功頗る多し。自ら臨淵子と號す。曽て謂えらく用鍼の道は氣を以て主と為す、と。夫れ
輪扁の齊の桓に説くが如し。之を心に得て手に應じ、疾ならず徐ならざるは、數の
其の間に存する有り。是れ傳授の心法を言うなり。能く其の邪正を調え、其の剛柔を和し、
  一ウラ
其の血氣を導くを以て要と為す。不佞行い、餘力有るの日、詳らかに遺法を類し、宏く
採り約して求め、釐(おさ)めて編を為し命(なづ)けて曰く、鍼科發揮。以て門弟子をして熟讀して
其の階梯を知らしむるなり。
旹維(こ)れ元禄戊辰冬十月日 毉官 柳川清泉識(しる)す


 【注釋】
○庖犠:庖犧。古代の帝王のひとり。はじめて八卦を画き、書契を造る。犧牲を養い庖廚を充したので、「庖犧」と称する。「伏羲」にもつくる。 ○八卦:『易経』中の八つの基本となる卦。伏羲氏が作ったとされる。陰と陽の二爻の組み合わせにより成り、三爻で卦を成し、宇宙の構造と物事の変化を象徴する。 ○神農:伝説上の上古の帝王。農業を振興し、百草をなめ、方書をつくり、製薬の創始者とされたので「神農」と称される。 ○眀:「明」の異体字。 ○軒轅:黄帝の号。 ○制九鍼:『帝王世紀』などは伏羲が九鍼を制したとするなど、諸説あり。『備急千金要方』序「伏羲氏作、因之而畫八卦、立庖廚、滋味既興、瘵萌起。大聖神農氏憫黎元之多疾、遂嘗百藥以救療之、猶未盡善。黄帝受命、創制九針、與方士岐伯、雷公之倫、備論經脈、旁通問難、詳究義理、以為經論、故後世可得根據而暢焉。」 ○太易:大易。『周易』の別名。 ○本草:『(神農)本草経』。 ○眼餌(原文「食+甘」):未詳。「眼の栄養となる」の意か。 ○方:方剤。 ○内經:『黄帝内経』。 ○奥:奥義。深奥。 ○三墳之書:伏羲、神農、黄帝の書。漢・孔安國『書經』序:「伏羲、神農、黄帝之書、謂之三墳、言大道也。」 ○左袵:左衽に同じ。衣服の前襟(おくみ)を左前にする。古代の夷狄の服装の特色。異族と同化することの隠喩。 ○侏離:蠻夷のことば。唐・韓愈『與孟尚書書』:「向無孟氏、則皆服左袵而言侏離矣。」 ○德澤:徳恵恩沢。 ○先考:今は亡き父。敬語。 ○方圓齋:柳川靖泉の父。『素問』八正神明論(26)に「寫必用方……補必用員(圓)」とある。 ○祖述:先人の説を受けつぎ、それをもとにして多少補いながら・研究を進める(学説を述べる)。 ○素難:『素問』『難経』。 ○憲章:手本として明らかにする。『禮記』中庸:「仲尼祖述堯、舜、憲章文、武。」 ○經濟:經世濟民(国をおさめ、人民の生活を豊かにする)。 ○臨淵:行為が慎重であることのたとえ。『素問』宝命全形論(25)に「刺虚者須其實、刺實者須其虚……如臨深淵」とある。 ○輪扁:春秋時代、斉のひと。車輪作りの名人。『莊子』天道:「桓公讀書於堂上、輪扁斲輪於堂下、釋椎鑿而上、問桓公曰「敢問公之所讀者何言邪?」公曰「聖人之言也。」曰「聖人在乎?」公曰「已死矣。」曰「然則君之所讀者、古人之糟魄已夫!」桓公曰「寡人讀書、輪人安得議乎!有說則可、无說則死。」輪扁曰「臣也、以臣之事觀之。斲輪、徐則甘而不固、疾則苦而不入。不徐不疾、得之於手而應於心、口不能言、有數存焉於其間。臣不能以喻臣之子、臣之子亦不能受之於臣、是以行年七十而老斲輪。古之人與其不可傳也死矣、然則君之所讀者、古人之糟魄已矣。」[桓公、書を堂上に讀む。輪扁、輪を堂下に斲る。椎鑿を釋きて上り、桓公に問ひて曰く、敢へて問ふ、公の讀む所は何の言と爲すや。公の曰く、聖人の言也。曰く、聖人在り乎。公の曰く、已に死せり。曰く、然らば則ち君の讀む所は、古人の糟魄なるのみ。桓公曰く、寡人の書を讀むに、輪人安んぞ議するを得ん乎。説有らば則ち可なり、説无くんば則ち死せん。輪扁曰く、臣や、臣の事を以って之を觀るに、輪を斲るに、徐なれば則ち甘くして固からず。疾なれば則ち苦にして入らず。徐ならず疾ならざるは、之を手に得て心に應じ、口に言ふ能はず。數の其の間に存する有り、臣以て臣の子に喩すこと能はず。臣の子も亦、之を臣より受くること能はず。是を以て行年七十にして老いて輪を斲る。古への人と其の傳ふ可からざるものとは死せり。然らば則ち君の讀む所は、古人の糟魄なるのみ。]」 ○齊桓:春秋時代の齊國の桓公。 ○淂:「得」の異体字。 ○數:法則。 
  一ウラ
○不佞:不才。自己を謙遜していう。 ○宏:原文はウ冠に「尤」。異体字。 ○門弟子:門弟と同じ。論語泰伯:「曾子有疾、召門弟子曰……」。 ○階梯:はしご。より高い段階に達するための手引き。 ○旹:「時」の異体字。 ○元禄戊辰:元禄元(1688)年。 ○柳川清泉:『臨床実践鍼灸流儀書集成』2、長野仁先生の解説に、「『良医名鑑』[一七一三刊]によれば、柳川靖泉は、山脇玄心[一五九七~一六七八]の門人で、大准后御医として法橋に叙せられている(本書巻頭では法眼)。」とある。京都のひと。
 書末に「寛政丁巳〔九/1797〕秋九月蕉亭主人寫」とある。また、識語に「此書卷文係/棕軒謙德君筆遺宜祕藏/也」「癸酉〔明治六/1873〕三月廿七日 森立之」とある。
 備後福山藩五代藩主、阿部正精(まさきよ)〔安永三年(1774)~文政九年(1826)〕、号は蕉亭、棕軒など。諡は謙徳院満誉清高良節。老中をつとめた。森立之〔文化四(1807)年~明治十八(1885)年〕、字は立夫。号は養竹、枳園など。江戸末期の考証学者で、福山藩医。
 『(方円心法)鍼科発揮』は、臨床実践鍼灸流儀書集成2にも収められる。その解説に、「奈須恒徳の旧蔵にかかることが森立之の明治六年[一八七三]の識語から分かる」とあるが、これは「棕軒謙德」の誤読によるか。

2010年10月27日水曜日

3-2 鍼灸五蘊抄

3-2『鍼灸五蘊抄』
     武田科学振興財団杏雨書屋所蔵『鍼灸五蘊抄』(乾三五九五)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』3所収

  五蘊抄序
不佞爲童時在志于
經絡同郡有松澤先
生者最精於此道因
而親炙于茲十有五
年漸窺於其十之一
夫先生之教業也口
授而無片紙之書不
佞久而恐忘之故從
傍聞記之而編輯焉
題名五蘊抄秘而不
  一ウラ
出雖親族不許見之
醫之爲道也本仁然
則此書不可秘也乎
仲尼曰不憤不啓不
悱不發庶以不佞吝
惜無罪則幸甚于時
貞享二歳乙丑九月
中旬知箴序

  書き下し
  五蘊抄序(田中知箴)
不佞、童爲(た)りし時、
經絡に志在りき。同郡に松澤先
生なる者有り。最も此の道に精(くわ)し。因りて
親炙すること茲に十有五
年。漸く其の十が一を窺う。
夫れ先生の業を教わるや、口から
授けて片紙の書無し。不
佞、久しくして之を忘るることを恐る。故に
傍らに從いて之を聞き記して編輯す。
題して五蘊抄と名づく。秘して
  一ウラ
出ださず。親族と雖も之を見ることを許さず。
醫の道爲るや、仁を本とす。然れば
則ち此の書、秘す可からざるか。
仲尼の曰く、憤せざれば啓せず。
悱せざれば發せず、と。庶(ねが)わくは不佞が吝
惜を以て、罪すること無くんば、則ち幸甚。時に
貞享二歳乙丑九月
中旬。知箴序

【注】
○不佞:不才。自分を謙遜していう。 ○松澤先生: ○親炙:直接に教えを受ける。 ○片紙:一片の紙。 
  一ウラ
○仲尼曰:『論語』述而:「子曰:不憤不啓、不悱不發、舉一隅不以三隅反、則不復也。」(孔子が言った。「苦しむほど求めないと提示しない。話さざるをえないくらいにならないと指導しない。一隅を挙げると、他の三隅が理解できないようであれば、二度と教えない。」) ○吝惜:吝嗇、愛惜。 ○貞享二歳乙丑:一六八五年。 ○知箴:田中智新(知箴、休意)。本書の著者。


  (中村伯綏 五蘊抄序)
夫針灸藥者譬如鼎
足去一則不立必矣
醫之爲治也或針或
灸或藥臨病之際不
可膠柱也此今古一
定之論也非歟西京
松澤氏者以針術鳴
世者也世以称玅針
流遊於其門者數百
人窺其蘊奥而襲鳴
  一ウラ
者惟兩三人而已嗟
世可謂乏其人也知
箴遊於先生門十有
五年遂搜其室矣數
人之中最爲此魁家
有書目五蘊抄皆所
聞於先生之針術要
領也秘而不出之嚴
家與知箴為莫逆之
友以故得所秘之五
蘊抄藏家四十有餘
  二オモテ
年殆為書魚被篆食
焉七月曬書之次偶
有知己來取而熟讀
之因而問僕云五蘊
抄之題意得而可聞
也乎荅云是書舉東
南西北中央以分卷
秩蓋如舉五方則天
地之間万像森羅無
不含蓄者焉矣以五
方目者不可乎客唯
  二ウラ
而退他日又來而語
僕云夫針灸之書自
古著述者不少雖然
言簡而無眸子則有
難見者言密而雖易
見却有厭繁者今此
書之昭著也如開戸
見山因標指月今也
針灸藥支離分析刀   「析」、原文は「柝」。
圭家者不可兼針術
針術家者亦然嗚呼   「嗚」、原文は「鳴」。
  三オモテ
癈閣而從塵没何出
而不嘉惠于來學乎
僕笑而諾焉有書肆
明泉堂者聞於客称
道此書來而求壽木
數不許之僕熟思之
恐此書之泯没於是
遂應求矣書中雖片
言以己膚見不添竄
有若為童蒙之梯筏   「梯」、原文は木偏に八+矛。
庶免失鼎足之罪乎
  三ウラ
敢不備于君子之觀
矣于時延享元甲子
中冬上浣伯綏序


書き下し
夫(そ)れ針灸藥は、譬えば鼎
足の如し。一を去るときは(則ち)立たざること必せり。
醫の治爲(た)る(や)、或いは針し、或いは
灸し、或いは藥す。病に臨むの際(あい)だ
柱に膠す可からず。此れ今古一
定の論なり。非なるかな。西京
松澤氏は、針術を以て
世に鳴る者なり。世以て玅針
流と称す。其の門に遊ぶ者、數百
人。其の蘊奥を窺いて襲いて鳴る
  一ウラ
者、惟(た)だ兩三人のみ。嗟(ああ)
世、其の人に乏しと謂っつ可し。知
箴、先生の門に遊ぶこと十有
五年、遂に其の室を搜(さぐ)る。數
人の中、最も此れが魁爲り。家に
書有り。五蘊抄と目(なづ)く。皆な
先生に聞く所の針術要
領なり。秘して出ださず。嚴
家、知箴と莫逆の
友為(た)り。故を以て秘するの五
蘊抄を得たり。家に藏すること四十有餘
  二オモテ
年。殆ど書魚の為に篆食せらる。
七月、書を曬(さら)すの次(つい)で、偶たま
知己有りて來たる。取りて熟(つら)つら
之を讀む。因って僕に問う。云く、五蘊
抄の題意、得て聞っつ可き
や、と。答えて云く、是の書、東
南西北中央を舉げ、以て卷
秩を分かつ。蓋し五方を舉ぐるときは、(則ち)天
地の間(あい)だ万像森羅、
含蓄せずという者無きが如し。五
方を以て目(なづ)くる者、可ならずや、と。客唯(いい)として
  二ウラ
退く。他日又た來たりて
僕に語りて云く、夫れ針灸の書、
古(いにし)え自り著述する者少なからず。然ると雖も、
言(こと)ば簡にして眸子無くんば、(則ち)
見難き者有り。言ば密にして
見易きと雖も、却って繁を厭う者有り。今ま此の
書の昭著なるや、戸を開きて
山を見、標に因って月を指すが如し。今や
針灸藥、支離分析す。刀
圭家は、針術を兼ぬ可からず。
針術家も亦た然り。嗚呼(ああ)、
  三オモテ
癈閣して塵(ちり)に從はば没せん。何んぞ出だして
來學に嘉惠せざるや、と。
僕笑いて諾す。書肆、
明泉堂なる者有り。客の此の書を称
道するを聞けり。來たりて木に壽せんことを求む。
數しば許さざれども、僕熟(つら)つら之を思うに、
此の書の泯没せんことを恐る。是(ここ)に於いて
遂に求めに應ず。書中、片
言と雖も、己が膚見を以て、添竄せず。
有若(もし)童蒙の梯筏為(た)らば、
庶(ねが)わくは鼎足を失するの罪を免かれんか。
  三ウラ
敢えて君子の觀に備えず。
時に延享元甲子、
中冬上浣、伯綏序


 【注】
○鼎:古代、食物の煮炊きに用いられた金属器具。腹が円形で、二つの耳と三本の足がある。 ○膠柱:膠柱調瑟(鼓瑟)。瑟の弦柱を貼り付けて固定してしまって、瑟を演奏するとき音調の高低を調節できないこと。融通がきかない、応用力がないことたとえ。 ○西京:京都。東京(江戸)に対する語。 ○松澤氏: ○鳴:遠くまで名声が聞こえる。 ○玅針流: ○蘊奥:精奧のところ。 ○襲:継承する。
  一ウラ
○嗟:感傷、哀痛の語気。 ○搜其室:入室升堂(学問や技能が深い境界に達する)の意であろう。 ○魁:指導者。首席。 ○要領:腰と頸。主旨、綱領。 ○嚴家:「嚴父(尊父)」の意か。 ○莫逆之友:心が通じ合っていて、情誼の厚い友人。
  二オモテ
○書魚:紙魚(しみ)。書籍を食らう虫。 ○篆食:篆刻されるように虫食い状態になる。 ○曬書:晒書。書籍を陰干しする。 ○知己:親友。 ○荅:「答」の異体字。 ○卷秩:卷帙。「卷」は巻くことができる書画。「帙」は書をつつむもの。 ○万像森羅:宇宙に存在するいろいろな現象が眼前にたくさん羅列されるさま。 ○唯:応諾・肯定の返答。
  二ウラ
○眸子:ひとみ。しっかりとした眼識。 ○昭著:明白。あきらか。 ○標:こずえ。 ○指月:月を指さす。あきらかなことのたとえ。 ○支離:散乱して秩序だっていない。 ○分析:原文は「柝」であるが、増画の俗字であろう。分析。本来一つである物が分離してしまう。 ○刀圭家:薬物治療家。「刀圭」は薬を計る道具。 ○嗚呼:感嘆の詞。原文は増画して「鳴」につくる。 
  三オモテ
○癈閣:「癈」は、多く「廢」につくる。「廢格」に同じ。捨て置かれて実施されない。 ○嘉惠:恩恵をほどこす。 ○來學:後世の学習者。 ○書肆:書店。印刷と販売をかねる。 ○明泉堂:書末に見える「浅草上野通 上原勘兵衛」のことか。 ○称道:稱道。ほめていう。称賛。 ○壽:長生きすることから、引伸して、「版木に刻む」ことをいうのであろう。 ○熟思:仔細に考慮する。熟慮。 ○泯没:消滅する。 ○片言:短いことば。 ○膚見:浅薄な見解。 ○添竄:添加改竄する。 ○有若:「有」字、判読に自信なし。「有若」は、「猶若」と同じ。 ○童蒙:年少の無知な児童。知識の浅く幼稚なひと。 ○梯筏:「梯」、原文は木偏に八+矛。きざはし。木の階段。「筏」はいかだ。いずれも学問の助けとなる道具の比喩。 
  三ウラ
○君子之觀:才能の抜きんでたひとの閲覧。 ○延享元甲子:一七四四年。 ○中冬:旧暦十一月。 ○上浣:上旬。 ○伯綏:中村伯綏。

2010年10月25日月曜日

3-1 鍼灸合類

3-1『鍼灸合類』
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『鍼灸合類』(シ・四九八)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』3所収

  (鍼灸合類跋)
夫上古治病多用灸刺補之瀉之
以驅去其所苦矣爲其書也内經
以下百家之典不可勝計焉雖然
中間寢廢不講殊前賢之書淵乎
如望洋且孔穴分寸之差紛然而
無歸一之論矣予竊有憂焉間攟
二十六ウラ
摭於曩昔之遺録所以宜于今者
而輯之以爲二卷該曲几之備焉
一日或來求梓之更不獲辭而任
其言也誠其固陋鄙見豈及前人
之萬一乎然今分證附穴而欲便
于倉卒也庶幾博洽之君子改証
  二十七オモテ
之幸也
萬治二季龍集己亥冬十月日雒
洋散人書于四味堂中


  書き下し
夫(そ)れ上古の治病は、多く灸刺を用いて、之を補し之を瀉し、
以て其の苦しむ所を驅去す。其の書爲(た)るや、内經
以下、百家の典、勝(あ)げて計う可からず。然ると雖も、
中間寢廢して講ぜず。殊に前賢の書、淵乎として
望洋の如し。且つ孔穴分寸の差、紛然として
歸一の論無し。予竊(ひそ)かに憂い有り。間ま
二十六ウラ
曩昔の遺録を攟摭す。今に宜しき所以の者は
之を輯して、以て二卷と爲す。該曲几(ほとん)ど之れ備わる。
一日、或るひと來たりて之を梓にせんことを求む。更に辭するを獲ずして、
其の言に任(まか)すなり。誠に其の固陋鄙見、豈に前人
の萬の一に及ばんや。然れども今ま證に分かち、穴を附して、
倉卒にも便ならんと欲するなり。庶幾(こいねが)わくは、博洽の君子、証を改めば、
  二十七オモテ
之れ幸いならん。
萬治二季龍集己亥、冬十月の日、雒
洋散人、四味堂中に書す。

  【注】
○刺:原文は「剌」の字。 ○驅去:駆逐、除去。 ○内經:『黄帝内経』(『素問』と『霊枢』)。 ○百家:多数、各種の流派、人々。 ○典:典籍。書物。 ○寢廢:停止する。廃棄する。/「寢」、原文、ウ冠ではなく、「穴冠」につくる。 ○前賢:前代のすぐれた人。 ○淵乎:奥深いさま。『莊子』天道「淵乎其不可測也」。『莊子』知北遊「淵淵乎其不可測也」。 ○望洋:望羊。望陽。茫然。どうしていいか分からないさま。 ○差:区別。ちがい。 ○紛然:乱雑なさま。 ○歸一:一致。統一。規矩。 ○攟:「捃」の異体字。拾い取る。採集する。
二十六ウラ
○摭:採集する。 ○曩昔:以前。むかし。 ○遺録:のこされた記録。 ○該曲几之備:該(ひろく/ことごとく)曲(つまびらかに/ゆきとどいて)几(=幾、ほとんど)備わった? ○梓:印刷出版する。 ○更:いよいよ。ついに。 ○辭:ことわる。辞退する。 ○固陋:見聞が浅薄である。 ○鄙見:自己の見解を謙遜していう。 ○萬一:万分の一。きわめて微少なことの形容。 ○便:便利。 ○倉卒:急なとき。 ○博洽:学識のひろい。「洽」、原文は「二水(ン)」に「合」。 ○証:依拠。病証。
  二十七オモテ
○萬治二季龍集己亥:「龍集」は歳次。万治二(一六五九)年。 ○雒洋散人: ○四味堂:

2010年10月24日日曜日

2-1 扁鵲新流鍼書

2-1 扁鵲新流鍼書
     武田科学振興財団杏雨書屋所蔵『扁鵲新流鍼書』(研一七八三)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』2所収

  判読に自信のない文字あり。したがって書き下しに、あやまりが多いかも知れない。『扁鵲新鍼書』(京都大学附属図書館所蔵、七-○二-へ二、『臨床鍼灸古典全書』2所収以下、京大本という)を校勘資料とする。

 (扁鵲新流鍼書跋)
今此扁鵲新流書者奥州九部住人越齋壽閑
ト云者依得玅針應望以為傳授竟然則以五
鍼平愈五臟病疾事更以非私儀竊以漢土三皇
之代初神農氏從作靈樞經以來注多諸醫
針術无逾秦越人王扁鵲之傳又於本朝奈良
都聖武御宇自天平之比至于今雖有家々
鍼書數多慥説稀也故予拾加俗解難經之
井滎兪經合陰募陽兪旨參考鍼灸捷
經之祖以明堂經上下記穴法無疑難様以銅人
  ウラ
形具明之為殘乎世雖然後明良醫刪誤有取
摘者猶是可矣
旹慶長拾二丁未霜月吉辰


  書き下し
 (扁鵲新流鍼書跋)
今ま此の扁鵲新流書なる者は、奥州九部の住人、越齋壽閑
ト云う者、玅針を得るに依りて、望みに應じて以て傳授を為す。竟然として則ち五
鍼を以て五臟の病疾を平愈す。事更ら以て私儀に非ず、竊(ひそ)かに以て漢土三皇
の代、初めて神農氏從りて靈樞經を作りて以來、注多く、諸醫の
針術、秦越人王扁鵲の傳を逾えること無く、又た本朝、奈良の
都に於いて、聖武御宇(しろしめす)天平の比(ころ)自り、今に至るまで、家々の
鍼書數多(あまた)有りと雖も、慥(たし)かなる説は稀(まれ)なり。故に予は俗解難經の
井滎兪經合、陰募・陽兪の旨を拾いて加え、鍼灸捷
經の祖、明堂經上下を以て參考とし、穴法を記すに疑難無き様に、銅人
  ウラ
形を以て、具(つぶ)さに之を明らかにす。世に殘す為なり。然ると雖も、後の明良なる醫、誤りを刪し、取りて
摘む者有らば、猶お是れ可なり。
旹慶長拾二丁未霜月吉辰

  【注】
○此:「比」にも見えるが、意味の上から「此」とした。 ○九部:未詳。かつて奥州(青森県東部から岩手県北部)糠部(ぬかのぶ)郡に九部四門(「四門九戸」)がおかれていた。 ○越齋壽閑: ○玅:「妙」の異体字。 ○應望:京大本は「懇望」につくる。 ○竟然:意外にも。 ○私儀:「私議」。内密に議論する。 ○漢土:からくに。 ○三皇:中国古代の伝説上の、理想的な三人の君主。伏羲(フッキ)・神農(シンノウ)・黄帝、または伏羲・神農・女媧(ジヨカ)など、諸説あり。 ○代物:しろもの。 ○神農氏:伝説上の上古の帝。農業・製薬などの創始者とされる。 ○无:「無」の異体字。 ○秦越人王扁鵲:春秋戦国時代の名医。姓は秦、名は越人。「王」の読みに自信なし。扁鵲はのちに薬王とも称された。 ○傳:(『霊枢』の)注。『難経』。 ○本朝:日本。 ○聖武:大宝元年(701)~天平勝宝八年(756)。奈良時代の第四十五代天皇。 ○御宇:〔天子などが治めている〕御代。治世。 ○俗解難經:明の熊宗立『勿聴子俗解八十一難経』のことであろう。 ○陰募:募穴。胸腹部にあり、各経脈の陰気の集まるところ。 ○陽兪:背部兪穴。手少陰の膻中(募穴)と心兪のように、募穴と表裏をなす。 ○捷經:「捷徑」か。近道。 ○明堂經上下:『太平聖恵方』卷九十九、一百を指すか。 ○無疑難様:京大本は「様」を「經」につくる。それによれば、「疑い無く、難經は、銅人形を以て具さに之を明らかにす。」
  ウラ
○為殘乎世:京大本は「為殘手也」につくる。これによれば「手に殘す為なり。」 ○摘者猶是:京大本は「摘指且又」につくる。これによれば「取りて指に摘むもの有らば、且つ又た」。 ○旹:「時」の異体字。 ○慶長拾二丁未:一六〇七年。 ○霜月:旧暦十一月。 ○吉辰:良い日。吉日。

2010年10月22日金曜日

1-6 鍼灸廣狹神倶集 その2

神倶集後序
鍼灸科之委靡頽廢猶我内科之支
離決裂也靈素以來古今俊傑輩
出不乏其人然而率皆溺於理而矒於
術夫經脉流注孔穴分寸之説雖彼得此
失聚訟紛紜而能懸一膽鏡包羅搜
剔絶長補短纂輯集成則足以長其
正矣��至臨証施行之際古今一轍浮
  58ウラ
華無實皆局於見聞持循講習餖
飣之風不堪其炊也竽齋石先生者
我妻之父也甞有嘆於茲久矣往時
奉 旨教諭鍼科於甲州一時靡肰
嚮風岳父悦曰一洗頽凮必載自甲
焉後又及門諸子所筆記集以上木既
已行于世鍼灸説約是也然其書從二
三子之請以代面命之勞耳不敢欲充
  59オモテ
大家之觀也故又著鍼灸證治要穴診
脉古義等之諸書意欲大布于世公事
冗〃未畢也頃日偶獲雲栖子神具集披
覽一日忽嘆曰嗚呼雲栖子既先得我
心之同圭在側即寫一通退而読之文以
國字俗易通曉對證施術井然有定
規皆可以施諸事實活用無滯其中往〃
有不可觧者訛謬亦多而鍼科書中
  59ウラ
未見如此古而實者也圭甞謂毉經之
最古者莫如素靈難然如素靈千古流
傳玉石混淆王氏譌託一起世莫辨其
紫白終至於塗抹本來面目自是以
降專主二氣五行而辨經絡臓腑之理
位以言疾之情状難經又繼之尤論寸關
尺診候之義倶皆非有是疾而施是術
者也曰素問曰難經其命名之意亦取諸
  60オモテ
徒設難問以辨發其事者可知也故往〃有
鑿於理而乖於術美於文迂於治者
猶坐譚兵讀書御馬至其視機而動應
變而處則方抐圓鑿亦不少矣惟其
神眀變化對活物爲活用者有傷寒
金匱二書而已葢此二書張太守取法於
古籍而試功於當時死生安危變幻於
其頭者筆以録之故竒正神策出没
  60ウラ
無窮但其中救誤之法十居六七正治之法
一經不過三四條此乃所以因病以施方
非編方以待病者也雖或有繫於後人攙
挿者以比素靈難則距今反近法古最
親實可謂醫門之活書也是以其文則質
其事則實而製之竒幻意之妙悟非
其人則難以語焉其他晉唐以來毉書皆
可以爲是數書之註脚也而異於當今
  61オモテ
醫家皆心醉二氣五行之論惟知尊崇
之無能駁正之者一唱羣和勦説雷同
如矮人之觀場莫知悲笑之所自噫就中
明堂一派皇甫氏以降至于輓近薄録
所著厪〃不過數十部至治術稽攷
實當世掃地要皆以鍼刺灸焫爲東
界微事持勝心便舊習無復刻苦砥礪
於斯道者之由嗚呼鍼砭灸焫之術何
  61ウラ
時能白於世矣此乃我岳父之所以長
大息也今是編所載毎一病前証後治
病變術隨之補瀉之方虗實之術無
不精切周到焉今茲岳父公務之餘校
訂完成無復鹽从土之謬因傍附以獨得
之見且篇末補榮衞經絡之説一篇以
命梓葢其志在欲一醒拘泥人之長
眠而使雲栖子名聲再甦於數百歳
  62オモテ
之後歟請世顓針灸者無以其文之不
華與語之不雅舎之能讀此編而明有
應機活用之術終無有浮華膠柱之
弊彼其廢痼卒暴之疾草蘇草核之
所不及者亦因是而有奏功於其間則
扶危救急其嘉惠後學者不廣且大
乎圭之不材雖不足昭揚其功有命不
敢辞刻成之日謹書于卷尾
  62ウラ
文政己卯仲秋望後
    櫟園 石阪宗圭并書


  書き下し文
神倶集後序
鍼灸科の委靡頽廢せる、猶お我が内科の支
離決裂するがごとし。靈素以來、古今の俊傑、輩
出して其の人に乏しからず。然り而して、率(おおむ)ね皆な理に溺れて、
術に矒(くら)し。夫れ經脉流注、孔穴分寸の説、彼れ得て此れ
失い、聚訟紛紜たりと雖も、而して能く一膽鏡を懸けて、包羅搜
剔し、長を絶ち短を補い、纂輯集成せば、則ち以て其の
正に長ずるに足らん。獨り臨証施行の際に至りては、古今一轍、浮
  58ウラ
華に實無く、皆な見聞に局して、持循講習し、餖
飣の風、其の炊に堪えざるなり。竽齋石先生は、
我が妻の父なり。嘗て茲(ここ)に嘆有ること久し。往時
旨を奉じて、鍼科を甲州に教諭す。一時靡然として
風に嚮(む)かう。岳父悦びて曰く、頽風を一洗するは、必ず甲自り載す、と。
後に又た及門の諸子、筆記する所、集して以て木に上(のぼ)す。既(す)
已(で)に世に行う。鍼灸説約、是れなり。然れども其の書、二
三子の請に從い、以て面命の勞に代うるのみ。敢えて
  59オモテ
大家の觀に充てんと欲せざるなり。故に又た鍼灸證治要穴、診
脉古義等の諸書を著し、意、大いに世に布せんと欲す。公事
冗冗として未だ畢(お)わらざるなり。頃日偶たま雲栖子神具集を獲て、披
覽すること一日、忽ち嘆じて曰く、嗚呼(ああ)、雲栖子、既に先に我が
心の同を得たり。圭、側に在り、即(ただち)ちに一通を寫し、退きて之を読む。文は
國字を以てし、俗にして通曉し易し。對證施術、井然と定
規有り。皆な以て諸(これ)を事實に施す可く、活用して滯り無し。其の中に往々にして
解す可からざる者有り。訛謬も亦た多し。而れども鍼科書中、
  59ウラ
未だ此くの如く古にして實なる者を見ざるなり。圭嘗て謂(おも)えらく、毉經の
最古なる者は、素靈難に如(し)くは莫し。然れども素靈の如きは、千古流
傳して、玉石混淆す。王氏の譌託、一たび起こり、世は其の
紫白を辨ずる莫し。終(つ)いに本來の面目を塗抹するに至る。是れ自り以
降、專ら二氣五行を主として、經絡臓腑の理
位を辨し、以て疾の情状を言う。難經も又た之を繼ぎ、尤も寸關
尺診候の義を論ず。倶に皆な是の疾有りて是の術を施す
者に非ざるなり。素問と曰い、難經と曰う。其の命名の意も亦た諸(これ)を
  60オモテ
徒らに難問を設け、以て其の事を辨發するに取る者、知る可きなり。故に往々にして
理に鑿して術に乖(そむ)き、文に美にして、治に迂なる者有り。
猶お坐して兵を譚し、書を讀みて馬を御するがごとし。其の機を視て動き、
變に應じて處するに至れば、則ち方枘圓鑿も、亦た少なからず。惟だ其の
神明變化、活物に對し活用を爲す者は、傷寒
金匱二書有るのみ。蓋し此の二書は、張太守、法を
古籍に取りて、功を當時に試み、死生安危、
其の頭に變幻する者、筆し以て之を録す。故に奇正神策、出没すること
  60ウラ
窮り無し。但だ其の中の救誤の法、十に六七居し、正治の法は、
一經に三四條に過ぎず。此れ乃ち病に因りて以て方を施し、
方を編みて以て病を待つ者に非ざる所以(ゆえん)なり。或いは後人の攙挿に繫がる者
有ると雖も、以て素靈難に比すれば、則ち今を距たること反って近く、古に法(のっと)ること、
最も親し。實に醫門の活書と謂っつ可し。是(ここ)を以て其の文則ち質、
其の事則ち實なり。而して製の奇幻、意の妙悟は、
其の人に非ざれば、則ち以て語し難し。其の他晉唐以來の醫書、皆な
以て是の數書の註脚と爲す可し。而るに異(あや)しむ、當今
  61オモテ
の醫家、皆な二氣五行の論に心醉して、惟(た)だ之を尊崇するを知りて、
能く之を駁正する者無し。一唱群和し、勦説雷同すること、
矮人の場を觀するが如し。悲笑の自る所を知る莫し。噫(ああ)、中ん就(づ)く
明堂一派、皇甫氏以降、輓近は薄録に至り、
著す所厪厪として、數十部に過ぎず。治術の稽攷に至れば、
實に當世地を掃う。要するに皆な鍼刺灸焫を以て、末
界の微事と爲す。勝心を持し、舊習を便とし、復た
斯道に刻苦砥礪する者無きに之れ由る。嗚呼(ああ)、鍼砭灸焫の術、何(いづ)れの
  61ウラ
時か能く世に白からん。此れ乃ち我が岳父の長
大息する所以なり。今ま是の編の載する所、一病毎に、証を前にし治を後にし、
病變じ、術之れに隨う。補瀉の方、虚實の術、
精切周到せざる無し。今茲、岳父公務の餘、校
訂完(まつた)く成り、復た鹽(しお)の土に从うの謬無し。因りて傍ら附するに獨得
の見を以てし、且つ篇末に榮衞經絡の説一篇を補い、以て
梓に命ず。蓋し其の志は、一たび拘泥する人の長
眠を醒(さ)まして、雲栖子の名聲をして、再び數百歳
  62オモテ
の後に甦らせしめんと欲するに在るか。請う、世、針灸に顓なる者、其の文の不
華、語の不雅とを以て、之を舎(す)つる無かれ。能く此の編を讀みて、
應機活用の術有るを明らかにせば、終(つ)いに浮華膠柱の
弊有る無し。彼れ其の廢痼卒暴の疾(やま)い、草蘇草核の
及ばざる所の者も、亦た是れに因りて功を其の間に奏する有らば、則ち
扶危救急、其の後學に嘉惠すること、廣く且つ大ならず
や。圭の不材、其の功を昭揚するに足らずと雖も、命有り、
敢えて辭せず。刻成るの日、謹みて卷尾に書す。
  62ウラ
文政己卯仲秋望後
    櫟園 石阪宗圭并びに書


 【注】
○委靡:なえおとろえる。振るわなくなる。 ○頽廢:おとろえる。頽廃する。 ○支離決裂:支離滅裂。 ○靈素:『霊枢』『素問』。 ○俊傑:才智の衆に抜きんでたひと。 ○輩出:続けざまに出る。 ○然而:逆接の接続詞。 ○聚訟:多数の人が論争し、意見がまとまらないこと。 ○紛紜:盛んに乱れるさま。 ○膽鏡:秦の咸陽宮に所蔵されていたという伝説の鏡。ひとの五臓六腑を照らし見ることができ、そのひとの心の正邪を知るのに用いられたという。 ○包羅:あらゆるものを包み込む。 ○搜剔:探し出して(欠点を)えぐり出す。 ○��:「蜀+犬」。「獨」の異体字。B領域。 ○一轍:同じ。変化がない。 ○浮華:表面的な栄華。
  58ウラ
○局:拘束される。限局される。 ○見聞:目で見、耳で聞いたもの。経験。 ○持循:遵行する。追従する。 ○講習:講授研習する。 ○餖飣:飣餖。食べきれないほど並べられた食物。むやみに意味のないことばが並んだ文章の比喩。 ○炊:判読に自信なし。火を燃やして煮炊きする。 ○竽齋石先生:石坂宗哲。竽齋は号。 ○甞:「嘗」の異体字。 ○往時:むかし。 ○奉旨:幕命をうけたまわる。『臨床鍼灸古典全書』第十六巻の篠原解説を参照。小川春興『本朝鍼灸医人伝』「寛政八年十二月二十二日幕府の命を奉じて甲府に赴き、甲府医学所の勤番医師となり、自ら難経を講ず、岩下宗悦、川俣文哲、土橋甫輔、土橋宗魯、石氏宗榮等来たり、教を乞ふ者二百八十余人、寛政十二年四月七日、幕府の命により再び江戸に帰りて其職に任ず」。 ○甲州:甲斐国。甲府藩。 ○靡肰嚮風:「肰」は「然」の異体字。「靡然郷風」「靡然向風」。さかんに学び、追従するのが一種の雰囲気となること。「靡然」は、草木が風になびいて倒れるさま。 ○岳父:妻の父親。 ○頽凮:「凮」は「風」の異体字。頽敗の風気。 ○載自甲:「甲(州)から始まる」の意か。 ○及門:弟子となる。仕官する。 ○上木:上梓。版木にほる。出版する。 ○既已:すでに終えている。 ○鍼灸説約:かつて甲府医学所における講義を土橋甫輔(どばしもとすけ)と川俣文哲(かわまたふみあき)が筆録したもの。文化九(一八一二)年刊行。『鍼灸典籍大系』『鍼灸典籍集成』に影印収録。(『日本漢方典籍辞典』) ○二三子:門人各位。 ○請:判読に自信なし。要請。請求。 ○面命:面と向かって直に教える。面命耳提。対面して懇切丁寧に教え諭すこと。
  59オモテ
○大家:著明な専門家。 ○觀:観賞。 ○鍼灸證治要穴:『本朝医家著述目録』に「証治要穴(原作「証治要訣」)」が見えるというが、未詳。 ○診脉古義:『本朝医家著述目録』に一巻。『古診脈説』(明治二十年刊行。『鍼灸全書』第三十六巻所収)の原型となった書か。 ○公事:公務。 ○冗冗:煩多にして雑多なさま。 ○頃日:近ごろ。 ○披覽:観賞。閲覧。 ○心之同:一致した見方。/同心。知己。志が同じく道に合するもの。 ○國字:非漢文。 ○俗:通俗。 ○對證施術:証に対して施術する。 ○井然:整っているさま。 ○定規:一定不変の原則。 ○事實:実際の事柄。ここでは病。 ○觧:「解」の異体字。 ○訛謬:あやまり。
  59ウラ
○甞:「嘗」の異体字。 ○謂:考える。評論する。 ○毉:「醫」の異体字。 ○經:経典。特殊な価値を有し、典範として尊崇される著作。 ○千古流傳:傳播極為久遠。はるか昔から伝播している。 ○玉石混淆:玉と石は、よいものと悪いもののたとえ。それが混じり合って、区別しがたいこと。 ○王氏:唐の王冰。 ○譌託:いつわり仮託する。王冰が全元起本を編集し、旧蔵の巻(運気七篇)を加えた。 ○紫白:「紫」は、雑色として嫌われた。『論語』陽貨:「惡紫之奪朱也(紫の朱を奪うを惡む)」。「白」は西方金の色。ここでは、よいものと悪いもののたとえであろう。 ○塗抹:ぬりつぶす。 ○本來面目:事物の元々のありさま。 ○二氣:陰気と陽気。 ○五行:木火土金水。 ○理位:生理病理と病の位置(所在)か。 
  60オモテ
○譚:「談」に同じ。 ○方抐圓鑿:翻字は原文に従ったが、意味からすれば「抐」は「枘」、手偏ではなく、木偏。「圓」は「圜」に通ず。「方枘圜鑿」は、矛盾して、互いに相い容れないさま。『楚辭』宋玉『九辯』:「圜鑿而方枘兮、吾固知其鉏鋙而難入。」「枘」は、木の接合部分につけた突起。「方枘」は四角い突起。「鑿」はほぞ穴。「圜鑿」は丸いほぞ穴。 ○神眀:「眀」は、「明」の異体字(初文)。神明は、物事が変化するメカニズムや動力か。『素問』気交変大論(69)「善言化言變者、通神明之理」。 ○傷寒金匱二書:『傷寒論』と『金匱要略』。 ○葢:「蓋」の異体字。 ○張太守:張仲景。長沙の太守であったとされる。 ○當時:「時」、原文は「日+之」につくる。異体字。 ○其頭:「其」字、判読に自信なし。 ○竒正:「竒」は「奇」の異体字。「奇正」は、兵法の用語。『孫子兵法』兵勢:「戰勢不過奇正、奇正之變、不可勝窮也。奇正相生、如循環之無端、孰能窮之哉。」 ○神策:非常に優れた策略。『鬼谷子』實意法螣蛇:「心安靜則神策生、慮深遠則計謀成。神策生則志不可亂、計謀成則功不可間。」 
  60ウラ
○攙挿:混合。王叔和などが張仲景の原書に手を加えたことをいう。 ○法古:「法」字、判読に自信なし。 ○質:質朴。 ○實:堅実。浮ついたところがない。 ○製:造作。法式。 ○竒幻:夢幻のように非常に素晴らしい。 ○妙悟:尋常をこえた理解。
  61オモテ
○駁正:あやまりを正す。 ○一唱羣和:「羣」は「群」の異体字。一人が提唱すると、多くのひとが附和する。一倡百和。 ○勦説:他人の言論を剽窃する。 ○雷同:雷が鳴ると、あらゆるものが同時に響く。あることに多くのひとが附和して同じことをいう。 ○矮人之觀場:背たけの低い人が、芝居を見るとき、自分の前にいる人にさえぎられてよく見えないのに、前の人のいうことをそのまま受け入れて批評する。自分の見識や判断力がなく、付和雷同することのたとえ。矮子看戯。 ○悲笑:誹笑。人のことを悪くいって笑うこと。そしり笑い。 ○所自:由来。みなもと。 ○就中:その中で。 ○明堂一派:経穴学派。鍼灸家。 ○皇甫氏:皇甫謐(二一四~二八二)。『鍼灸甲乙経』の編者とされる。 ○輓近:晩近。現代にもっとも近い時代。 ○薄録:記録が少ない。 ○厪:廑。「僅」に通ず。わずかばかり。 ○稽攷:「攷」は「考」の異体字。考察。考証。 ○當世:今世。現代。 ○掃地:すっかり廃れてしまう。跡形もない。 ○焫:「爇」に同じ。燃焼。 ○末界:人類に対する動物界。『春秋左氏伝』僖公四年「唯是風馬牛不相及也」。杜預 注:「牛馬風逸、蓋末界之微事。」 ○微事:小さな、つまらないこと。 ○勝心:勝ちたいと思う心。 ○舊習:過去の習慣。 ○刻苦:心身を苦しめるほど、はげしく努力すること。非常に努力すること。 ○砥礪:錬磨。 ○斯道:医道。 ○嗚呼:感嘆詞。 
  61ウラ
○白:明白。明らかになる。 ○大息:太息。大声で嘆く。『楚辭』屈原『離騷』:「長太息以掩涕兮、哀民生之多艱。」 ○虗:「虚」の異体字。 ○精切:精確で適切。 ○周到:すみずみまで行きとどいていて欠けるところがない。 ○今茲:今年。 ○鹽从土之謬:「鹽」に対して、土偏の「塩」は俗字。 ○命:原文は「人」の下に「丙」の異体字。 ○梓:出版。 ○葢:「蓋」の異体字。 ○長眠:長き眠り。長逝、死亡の意もあり。 ○甦:「蘇」の異体字。
  62オモテ
○顓:蒙昧。暗い。 ○不華:華がない。 ○不雅:雅でない。「不華」「不雅」、文章が典雅でなく、修飾のことばも華々しくない。 ○舎:「捨」に通ず。 ○應機:タイミングを熟知している。 ○浮華:うわべだけはでやかで、実質がない。 ○膠柱:頑固で融通が利かない。 ○彼其:代名詞。その。 ○廢:障碍のある。衰えそこなわれた。 ○痼:根深い難治の。 ○卒暴:緊急の。にわかで激しい。 ○草蘇草核:湯液。『素問』移精変気論(13):「中古之治病、至而治之、湯液十日……治以草蘇、草荄之枝」。王注:「草蘇、謂藥煎也。草荄、謂草根也。枝、謂莖也。」 ○扶危救急:危ういときに助け、突然襲ってきた病気やけがなどを助け救う。 ○嘉惠:恩をほどこす。 ○後學:後進の学習者。 ○不材:不才(才能が凡庸で役に立たない)。自分を謙遜していう。 ○昭揚:宣揚。発揚。 ○有命:岳父、宗哲からの命令があり。
  62ウラ
○文政己卯:文政二年(一八一九)。 ○仲秋:旧暦八月。 ○望後:望日(十五日)のあと。十六日か。 ○櫟園:石阪宗圭の号。宗哲の娘婿。『人参攷』を著す。

1-6 鍼灸廣狹神倶集 その1

1-6 『鍼灸廣狹神倶集』 その1
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『鍼灸廣狹神倶集』(シ・四九五)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』1所収

 読みやすさを重視して、適宜、句読点・濁点などを打った。かなは、現代使われているものにかえた。一部、ルビをつけた。
 柳谷清逸校訂『鍼灸広狭神倶集』(石山針灸医学社、平成八年)を参考にしました。ここに感謝の意を表します。

 (鍼灸廣狹神倶集・石坂宗哲序)
天地に孕まれしものヽ中に、人ばかりまされる
ものなきは、今更いふべくもあらず。その人のなす
わざこヽら有る中に、くすし(医師)のみち(道)ばかり
おぼろげならぬ物はあらず。それをいかにと
いふに國をおさめ、天下を平(たいらか)にすべき
やごとなきつかさ(司)、くらい(位)あるあたりの玉の
緒も、こ(凝)れるわざのいた(至)れると、いた(至)らざると
によりて、つ(尽)くこともあり、あやまつことも
  一ウラ
あればなり。されば、この道を學ぶはたやす(容易)
からぬごとし。昔よりいいあへり。いでやそのす
ぢの書のおや(祖)とあが(崇)むる素問靈樞は、上つ代
の人〃のひ(秘)めを(置)けるあまりに、また(全)く傳はら
ざるぞ口おし(惜)きわざなる。されど傷寒論
金匱要略などに、いにし(古)への禁方傳はれり。
それすら仲景より後の事といへども、これ
らの書な(無)かりせば、くすし(医師)を業(わざ)とするものヽ
  二オモテ
より所な(無)からまし。そも〃〃この神倶集は、
文化みつのえ(壬)さる(申)の年の夏、屋代翁より余
にをく(贈)られしなり。よ(読)みてみれば、わが業とせ
る針さ(刺)すことをもは(專)らにと(説)ける書なり。いつ
の頃にや、うんせい(雲棲)子といふ人のつく(作)れるに
て、針を用て疾をいや(癒)すさた(沙汰)、大かたの人
のをよ(及)ぶべきにあらず。おほよそ(大凡)もろこし(唐)隋
の代よりこのかた(以来)、かくばかりこと(言)すく(少)なにし
  二ウラ
て手に入(いれ)やすく、わざにをきては、いた(至)らぬくわ(科)
なく、人に益ある書あることをき(聞)かず。さ
きに慶長の頃、前田一閑といふ人のしる(記)せし
針と灸との書を得し事あれど、これは
眀堂針灸經によりて書(かき)あらはせしもの
にて、この書にくら(比)ぶれば、ものヽかず(数)なら
ず。さはいへど、二百とせ(歳)にもあま(余)りぬるこの
道の書の、そのかみ(上)みだ(乱)れたる世にもほろ(滅)び
  三オモテ
ず、年々のかぐつち(迦具土)の災(わざわい)をもまぬ(免)がれしをよ
ろこび、かつ(且)は皇國の人の世〃この傳をうし(失)
なはずして、妙なる業をほどこすもの、まヽ
世に出(いづ)るは、めでたきことにして、わが道の幸(さいわい)な
り。されば今、古(いにしえ)の書の世にすぐれたるを
家にのみひ(秘)めを(置)かずして、櫻木にえ(彫)り、楮
の紙にす(刷)りうつ(写)し、同じこころの友がき(垣)
にをく(贈)り、のち〃〃(後々)は、天の下に廣めんとて、吾(わが)才の
  三ウラ
つたなさを忘れつヽ、校正し假字の傍に眞
字をしる(記)し、みづからの思ふ所をも書(かき)くは(加)へつ。
されば、おほけなき事ながら家〃に傳へて、よ(世)の
人のいた(痛)みくる(苦)しみをすく(救)ひ、かのつかさ(司)位高丈
あたりのやまひ(病)もいや(癒)し侍らば、これも又國をお
さめ、天の下を平(たいらか)にする道のかたはし(片端)ともい(言)はざら
めや。文政二とせ(年)卯月朔日石坂宗哲法眼
藤原永教書


  【注】
○こヽら:幾許。たいそう。多量に。数多く。 ○くすし:くすりし。薬師。医師。 
  一ウラ
○おぼろげなぬ:朧気ならぬ。並ひととおりでない。格別である。 ○やごとなき:やむごとなし(止む事無し)=⇒やんごとなし=⇒やごとなし。高貴である。 ○玉の緒:命。 ○これる:ひとつに凝集する。 ○つく:消えてなくなる。 ○あやまつ:傷つけ、そこなう。たがえる。失敗する。 ○いでや:さてさて。 ○すぢ:筋。 ○まし:反実仮想。(もし)……であったら、……であっただろう。 
  二オモテ
○文化みつのえさるの年:文化壬申の年。文化九(一八一二)年。 ○屋代翁:屋代弘賢(やしろひろかた)。宝暦八(一七五八)~天保十二(一八四一)年。書誌学者。通称は大郎、号は輪池。源氏。幕府祐筆頭。塙保己一の『群書類従』編纂に携わる。絵入り百科事典『古今要覧』の編纂を企てたが未完。蔵書家として著名。 ○余:石坂宗哲。 ○さた:処置。 ○こと:言葉。 
  二ウラ
○慶長:一五九六~一六二三年。 ○前田一閑: ○眀堂針灸經:明堂鍼灸經。『太平聖恵方』卷九十九所収のもの(『明堂灸經』)を指すか。 
  三オモテ
○かぐつち:迦具土。火の神。「かぐ」は火の意。「つ」は格助詞。「ち」は霊魂・霊力。 ○友がき:友垣。友達。友人。 ○假字:かな。 ○眞字:漢字。 
三ウラ
○おほけなき:身分不相応の。おそれ多い。 ○位高丈:「位丈高」と同じか。 ○かたはし:片端。物事の一部分。 ○文政二とせ:文政二(一八一九)年。 ○卯月:旧暦四月。 ○朔日:一日。新月。 ○石坂宗哲:宗哲は江戸後期の代表的針灸医家で、甲府の人。名は永教(ながのり)、号は竽斎(うさい)。寛政中、幕府の奥医師となり、法眼に進む。寛政九(一七九九)年に甲府医学所を創立。中国古典医学を重視する一方、蘭学に興味を示し、解剖学を修めた。〔『日本漢方典籍辞典』を一部改変。〕 ○法眼:僧侶に準じて幕府の医師にも授けられた位。法印の下、法橋の上。 ○藤原永教:

 (鍼灸廣狹神倶集・屋代弘賢序)
この新撰廣狹神倶集は、文化九年秋
のはじめ(初)、ある書肆のも(持)て來つるをも
と(求)めたるなり。その文字様、墨色、紙の質
などをよくみ(見)つヽかうが(考)へぬれば、文明の
ころの筆にやとおも(思)はる。一わた(渡)りよ(読)みて
みるに、いとめづら(珍)かなることもみ(見)ゆ。さて
も此(この)冊子、うつ(写)せし時代は、上件のごと
くなりとも、その説のいとあが(上)れる世の
  四ウラ
名醫のつた(伝)へなりけむもし(知)るべからず。
そも〃〃やつがれ(僕)、から(唐)の、やまと(大和)のふみ(文)を
あつ(集)めしこと、おほよそ一万卷にあま(余)れり。
これたヽひとり(一人)、みづからこの(好)めるがゆへ(故)
のみにあらず。ひとへに古今要覽編集の
ためなり。それがなか(中)に、仮名にか(書)ける
針科の書のかくばかり古代なるは、初(はじめ)
てみ(見)つるなれば、ふか(深)くひ(秘)めをかばや
五オモテ
とおも(思)ひしが、又思ふやう、世にたぐひ(類)
なきものをふか(深)くひ(秘)めを(置)きて、跡かたな
くなりしためし(例)なきにあ(有)らず。されば
人にもつた(伝)へばやとおも(思)ふ折から、石坂
ぬし(主)より、鍼灸説約、櫻木にえ(彫)らせつ、
とてをく(贈)られたり。此(この)ぬしは、やつがれ(僕)が
いのち(命)のおやにて侍り。ゆへ(故)いかにとなれば、
十とせ(年)あま(余)りさき(先)に疝氣にて、腰い
  五ウラ
た(痛)きことたへ(耐)がたく、とやかくやとやし(養)
なひつれど、そのしるし(験)なかりしを、この
ぬしの針や熨やなに(何)くれと一かた(方)な
らぬめぐ(恵)みにて、さばかりのいた(痛)み、月をこ(越)
えずしてい(癒)えたり。もしそのかみ(上)、此(この)ぬし
にあ(会)はざらましかば、けふ(今日)までなが(長)らへて
要覽の素望をもとげ(遂)ざらまし、
とおも(思)ひしみ(染)ぬるなり。いでや此ぬしに
  六オモテ
まい(参)らせて、やつがれ(僕)は、うつ(写)しをとヽ゛(留)めばや
とて、ある日訪(と)はれつる時、かくと聞(きこ)え
つれば、二(ふたつ)なくよろこ(喜)びて、ま(先)づみ(見)せ
よとて、と(取)りてかへ(帰)られたり。やがて破(やぶれ)
ちぎ(千切)れをつくろ(繕)はせ、へうし(表紙)つけなど
して、み(見)せにをこ(遣)せ、へち(縁)にあら(新)たにう(写)
つせしに、傍注をさへくは(加)へたるををく(贈)
られぬ。やつがれ(僕)がよろこ(喜)びたと(譬)ふべき
  六ウラ
かたなし。すなは(即)ちこのゆへ(故)よし(由)をか(書)き
つけてよと、こ(請)はるヽに、もとよりへだ(隔)
てぬなか(仲)らひなれば、ことば(言葉)のふつヽか
に、文字のかたくな(頑)ヽるをもかへり(省)
みず、わ(吾)がたいしのすヽ゛り(硯)に紅の霖と
いへるすみ(墨)すりて、ふで(筆)のいのち(命)も
の(延)ばへぬることにぞ有ける。源弘賢。


  【注】
○文化九年:一八一二年。 ○書肆:書商。 ○文明:一四六九年~一四八六年。長野仁先生によれば、『広狭神倶集』は、「雲海士流の長生庵了味(土佐の武士、桑名将監の別名、生没年未詳)が慶長十七年(1612)に著した」(日本医史学雑誌、第56巻第3号、398頁)。 ○一わたり:全体について、おおざっぱにするさま。 ○めづらか:「か」は接尾語。普通とはちがっているさま。珍しい。 
  四ウラ
○やつがれ:自分を謙遜していう語。わたくしめ。 ○古今要覽:幕命により屋代弘賢が中心になって編纂した類書。神祇・姓氏・時令・地理などの部門に分類した項目について、和漢の文献から関連する記事や詩歌を集めて解説を施し、また必要に応じて図を添える。(国立公文書館)当初一八部千巻の予定だったが、弘賢の死により出版されず。『古今要覧稿』として残る。五六〇巻。文政4~天保13年(1821~42)成立。 
  五オモテ
○ぬし:お人。お方。…様。その人を軽い敬意や親しみをこめていう語。 ○おや:親。上に立つ人。第一人者。 
  五ウラ
○とやかくやと:なんのかのと。あれやこれやと。 ○なにくれと:なにやかにやと。あれこれと。 ○ひとかた:普通の程度。 ○さばかり:あれほど。 ○そのかみ:その当時。 ○素望:日頃からの望み。 ○いでや:「いで」を強めていう語。さあ。いざ。   六オモテ
○まいらせ:「遣る」の謙譲語。献上する。差し上げる。 ○聞え:「聞こゆ」。「言ふ」の謙譲語。申し上げる。 ○二なく:「ふたつ無し」。この上なく。 ○をこせ:「おこす」。遣す。よこす。送ってくる。 ○へち:縁。
  六ウラ
○なからひ:人間関係。ひととの間柄。 ○ふつつか:才能がない。 ○かたくな:見苦しい。悪筆。 ○たいし:未詳。大師。太子。 ○紅の霖:未詳。 ○のばへ:延ばふ。のばす。延長する。

2010年10月21日木曜日

1-4 古今集鍼法

1-4『古今集鍼法』
     武田科学財団杏雨書屋所蔵『古今集鍼法』(杏三六八五)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』1


 以下、1-3『鍼法藏心卷』を参照。


古今集鍼法序
夫鍼法術者大率以補瀉為先所謂補瀉以氣
血為主人之氣血易虗安實人受天地隂陽之
  *『藏心卷』「安」を「復」につくる。
氣以生乃成其神然以怒喜過傷隂陽疾生焉    
  *「怒喜」を「喜怒」につくり、「喜」下に「之」有り。「陽」の下に「而」字あり。
人之生病因地水風火之四證以之丹涘婦人宜     
  *「丹涘」を「丹溪先生曰」につくる。
耗其氣而調其經男子以養其氣而全其神抒怒
  *「抒」と「怒」の間にレ点あり。
以全隂忍喜以養陽以此所由聖人嗇氣如至寳
氣易虗如射箭行故以補為本以瀉為末補瀉
  *「故」の上に「血易虗如蓬矢行氣血之變易如掌反雖然實者少虗者多」二十三字あり。また「末」を「標」につくる。
  一ウラ
法亦不一用四時鍼有淺深補瀉法十二經亦有
  *「亦」を「復」につくる。「一」の下に「旦之説」有り。「法」字なし。
補瀉十五絡亦有補瀉竒經八脉亦有補瀉傳
  *末尾の「傳」字なし。
井滎兪經合亦有補瀉表裏有補瀉氣血亦有
  *二つの「亦」字なし。
補瀉藏府有補瀉老少亦在補瀉暴久諸疾有
  *「在」を「有」に、「暴久諸疾」を「諸疾暴久隨其輕重復」につくる。
補瀉日月順運有虗實故有補瀉之意也四方
  *「日月」の上に「法」字有り。「運」を「行」につくる。「故有補瀉之意也四方」を「是復可補瀉之理在之東南西北」につくる。
有易實易虗定位亦有可補有可瀉不辨能補
  *「易實易虗」を「虗實之」につくる。「亦」を「又」につくる。「補」と「瀉」の下にそれぞれ「方」字あり。
瀉深法如何宜究針法術乎遠以言之則從四海
  *「瀉」の下に「之」字有り。「法術」を「治之術」につくる。「以」と「從」字なし。
廣尚近以言之則不過十言按之只考氣血流行
  *「以」字なし。
  二オモテ
不刺榮衞刺之亦可不至氣血所在氣血者循周
  *「亦可」を「復如」につくる。「所在」を「的道」につくる。「者」字なし。
身至速也自寅至丑五十行故經過无間刺針如不中
榮衞亦有其術名是寳針自寅至丑氣血流行隨
  *「亦」を「復」に、「術」を「法」に、「是寳」を「之法」につくる。
時行考是知有法謂之觀時鍼法術側迎隨之氣五
  *「行」の下に「有其主經」有り。「考是知有」を「考之知之有其」につくる。「鍼法術」を「針法之術」につくる。
藏之氣隨奪可補者補可瀉者瀉謂之迎隨療養
  *「隨奪」を「隨虗々實々奪之」につくる。「療養」を「治病之法尋神倶集療養之」につくる。
口傳尋藏心卷中治疾法當尋此卷非甚深輩不
  *「尋藏心卷中治疾法」なし。
可示之非親友朋因不可言之非家守人莫授之
  *「朋因」と「非家守人莫授之」なし。
              穴賢〃〃




  書き下し
古今集鍼法序
夫れ鍼法の術は、大率補瀉を以て先と為す。所謂補瀉は氣
血を以て主と為す。人の氣血は虗し易く實し安し。人は天地隂陽の
  *『藏心卷』「安」を「復」につくる。
氣を受け、以て生く。乃ち其の神に成す。然も怒喜の過を以て、隂陽を傷り、疾焉(ここ)に生ず。
  *「怒喜」を「喜怒」につくり、「喜」下に「之」有り。
人の生病は、地水風火の四證に因(ちな)む。之を以て丹涘、婦人宜しく     
  *「丹涘」を「丹溪先生曰」につくる。
其の氣を耗すべし。而して其の經を調え、男子は以て其の氣を養いて、其の神を全くし、怒を抒し、
  *「抒」と「怒」の間にレ点あり。「抒」は「抑」のようにも見える。
以て隂を全くし、喜を忍びて、以て陽を養う。此の所由を以て、聖人は氣を嗇(おし)むこと至寳の如くす。
氣の虗し易きこと、射箭行くが如し。故に補を以て本と為す。瀉を以て末と為す。補瀉
  *「故」の上に「血易虗如蓬矢行氣血之變易如掌反雖然實者少虗者多」二十三字あり。また「末」を「標」につくる。
  一ウラ
法、亦た一ならず。四時の鍼を用いるに、淺深の補瀉の法有り。十二經にも亦た
  *「亦」を「復」につくる。「一」の下に「旦之説」有り。
補瀉有り。十五絡亦た補瀉有り。竒經八脉亦た補瀉傳有り。
  *末尾の「傳」字なし。
井滎兪經合亦た補瀉有り。表裏にも補瀉有り。氣血亦た
  *二つの「亦」字なし。
補瀉有り。藏府にも補瀉有り。老少亦また補瀉在り。暴久諸疾にも
  *「暴久諸疾」を「諸疾暴久隨其輕重復」につくる。
補瀉有り。日月順運に虗實有り。故に補瀉の意有るなり。四方に
  *「日月」の上に「法」字有り。「運」を「行」につくる。「故有補瀉之意也四方」を「是復可補瀉之理在之東南西北」につくる。
易實易虗の定位有り。亦た補す可きもの有り。瀉す可きもの有り。能く補
  *「易實易虗」を「虗實之」につくる。「亦」を「又」につくる。「補」と「瀉」の下にそれぞれ「方」字あり。
瀉の深法を辨ぜずんば、如何んとして宜しく針法の術を究むべけんや。遠く以て之を言わば、則ち四海從(よ)り
  *「瀉」の下に「之」字有り。「法術」を「治之術」につくる。「以」と「從」字なし。
廣く尚(たか)し。近く以て之を言う則(とき)んば、十言には過ぎず。之を按ずるに只だ氣血の流行を考え、
  *「以」字なし。
  二オモテ
榮衞を刺さざれば、之を刺すとも亦た氣血の所在に至らざる可し。氣血は周
  *「亦可」を「復如」につくる。「所在」を「的道」につくる。「者」字なし。
身を循(メク)ること至って速(スミ)やかなり。寅自り丑に至って五十行。故に經過(へす)ぐること間(ヒマ)无し。針を刺すとも
榮衞に中らざるが如くせよ。亦た其の術を有り。是を寳針と名づく。寅自り丑に至りて氣血の流行
  *「亦」を「復」に、「術」を「法」に、「是寳」を「之法」につくる。
時に隨いて行く。考うるに、是を知るに法有り。之を觀時鍼法の術と謂う。迎隨の氣を側(カツテ)〔ハカリテ〕、五
  *「行」の下に「有其主經」有り。「考是知有」を「考之知之有其」につくる。「鍼法術」を「針法之術」につくる。
藏の氣に隨いて奪う。補す可き者は補し、瀉す可き者は瀉し、之を迎隨と謂う。療養
  *「隨奪」を「隨虗々實々奪之」につくる。「療養」を「治病之法尋神倶集療養之」につくる。
口傳は藏心卷中を尋ね、治疾法は當に此の卷を尋ぬべし。甚深輩に非ずんば
  *「尋藏心卷中治疾法」なし。
之を示す可からず。親友朋因に非ずんば、之を言(つ)ぐる可からず。家守人に非んば、之を授くること莫かれ。
  *「朋因」と「非家守人莫授之」なし。
              穴賢〃〃(あなかしこあなかしこ)


  【注】
○乃:送りがな「イ」。 
  二オモテ
○亦有其術:「術」に「ヲ」の送りがな有り。 ○側:送りがな「カツテ」か「カリテ」。「測」で「はかる」か。三水と人偏は、草書体では区別しがたい。 ○藏心卷:長生庵了味編『鍼法藏卷』を参照。 ○不可言之:「言」の送りがなは「ル」。「ツグル(告)」と読んだ。



★以下、一部判読に疑念を残す。□は判読不明字をあらわす。


古今集鍼(跋)
古今集鍼之一卷針法中爲至法今時鍼者得
名輩多吾至數針家雖尋針治術其妙少雖
關針法之要法不關亦其妙理□江刕之住早
水外記針刺用法得其道予幸會言問鍼意
大半荅之今之世之針法旧語鍼要明白言之
尋其師傳小野無心孫族也關小無之針術尚
問近代妙針選集某雖愚内經再難經中鍼
法雲海士針灸釋日扁集針經等之中所
  一ウラ
及胸意抜捽今号古今集鍼針治至
意法以藏心卷爲先治病妙鍼當尋此
卷中耳矣
  于時慶長十八年七月吉祥日
  延寳元癸丑天仲冬廿五日
  享保十六年辛亥四月吉日
  元文五庚申暦季春十七蓂書寫之




  書き下し
古今集鍼(跋)
古今集鍼の一卷、針法中の至法と爲す。今時鍼は
名を得る輩多し。吾れ數針家に至り、針治術を尋ぬと雖も、其の妙少なし。
針法の要法に關すると雖も、亦た其の妙理に關せず。□に江州の住、早
水外記(げき)、針刺の用いる法、其の道を得る。予幸い會い言いて鍼意を問う。
大半之を答う。今の世の針法、旧語の鍼要、明白に之を言(かた)る。
其の師傳を尋ぬるに、小野無心の孫族なり。小無の針術を關くこと尚(ひさ)し。
近代の妙針を問い、選集す。某(それが)し、愚なりとは雖も、内經再(さら)に難經中の鍼
法、雲海士針灸、釋日扁集針經等の中、
  一ウラ
胸意の及ぶ所を抜捽(ハツスイ)し、今ま古今集鍼を號す。針治至
意の法は藏心卷を以て先と爲す。治病の妙鍼は當に此の
卷中を尋ぬべきのみ。
  于時慶長十八年七月吉祥日
  延寳元癸丑天仲冬廿五日
  享保十六年辛亥四月吉日
  元文五庚申暦季春十七蓂書寫之
         秀水□ 




  【注】
○雖關針法之要法:原文の返り点を無視した。原文の返り点は「雖レ關針二法之要法一」 ○□:送りがな「ニ」。 ○江刕:近江。「刕」は「州」の異体字。 ○早水外記:「外記」は、もと令政官職名。げき。唐名は「外史」。 ○半:判読に自信なし。 ○荅:「答」の異体字。 ○明白言之:「言」の送りがな「ル」。 ○關小無之針術:「關」?の送りがな「クコト」。 ○某:われ。一人称。 ○再:右寄りに書かれている。意図不明。近代的用法の「さらに」と読んでおく。 ○雲海士針灸:雲海士流鍼灸書。篠原孝市先生解説を参照。 ○釋日扁集針經:朝鮮・金循義『鍼灸擇日編集』のことであろう。
  一ウラ
○胸意:胸の内。おもい。 ○抜捽:抜粹。 ○矣:小さく書かれている。「矣」と判読した。 ○慶長十八年:一六一三年。 ○吉祥日:陰陽道で、何事を行うのにも吉とされる日。 ○延寳元癸丑:一六七三年。 ○仲冬:陰暦十一月の異称。 ○享保十六年辛亥:一七三一年。 ○吉日:祝い事など、何か事をするのによいとされる日。 ○元文五庚申:一七四〇年。 ○季春:陰暦三月。 ○蓂:「冥」(夕暮れ)の意か。 ○秀水□:「秀」、原文は「禾」偏の旁に「乃」。あるいは「示」偏かも知れない。

1-3 鍼法藏心卷

1-3 『鍼法藏心卷』
武田科学振興財団杏雨書屋所蔵(杏五五八四)
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』1所収

『鍼法藏心卷』

鍼法藏心卷(序文)
           長生庵了味編之
夫鍼法術者大率以補瀉為先所謂補瀉以氣
血為主人之氣血易虗復實人受天地隂陽之
氣以生乃成其神然以喜怒之過傷隂陽而疾
生焉人之生病因地水風火之四證以之丹溪先
生曰婦人宜耗其氣而調其經男子以養其
氣而全其神抒怒以全隂忍喜以養陽以此所
  一ウラ
由聖人嗇氣如至寳氣易虗如射箭行血易虗
如蓬矢行氣血之變易如掌反雖然實者少
虗者多故以補為本以瀉為標補瀉法復不一旦
之説用四時針有淺深補瀉十二經亦有補瀉十
五絡亦有補瀉竒經八脉亦有補瀉井滎兪經合
有補瀉表裏有補瀉氣血有補瀉藏府有補
瀉老少亦有補瀉諸疾暴久隨其輕重復有補
瀉法日月順行有虗實是復可補瀉之理在之
  二オモテ
東南西北有虗實之定位又有可補方有可瀉
方能不辨補瀉之深法如何宜究針治之術
乎遠言之則四海廣尚近言之則不過十言
按之只考氣血流行不刺榮衞刺之復如
不至氣血的道氣血循周身至速也自寅至丑
五十行故經過無間刺針如不中榮衞復有
其法名之法鍼自寅至丑氣血流行隨時行
有其主經考之知之有其法謂之觀時針
  二ウラ
法之術側迎隨之氣五藏之氣隨虗々實々
奪之可補者補可瀉者瀉謂之迎隨治病
之法尋神倶集療養之口傳當尋此卷非
甚深輩不可示之非親友不可言之穴賢〃〃


  書き下し
鍼法藏心卷(序文)
           長生庵了味、之を編す
夫れ鍼法術とは、大率補瀉を以て先と為す。所謂(いわゆる)補瀉は、氣
血を以て主と為す。人の氣血は虗し易くして復た實す。人は天地隂陽の
氣を受けて、以て生じ、乃ち其の神を成す。然も喜怒の過を以て隂陽を傷(やぶ)り、疾
焉(ここ)に生ず。人の病を生ずることは、地水風火の四證に因る。之を以て丹溪先
生の曰く、婦人は宜しく其の氣を耗して其の經を調すべし。男子は以て其の
氣を養いて其の神を全うし、抒怒して以て隂を全うし、喜を忍びて以て陽を養う。此の
  一ウラ
所由を以て、聖人は氣を嗇(おし)み、至寳の如し。氣の虗し易きは、射箭行の如し。血の虗し易きは、
蓬矢行の如し。氣血の變易は掌反の如し。然ると雖も、實は少なく
虗は多し。故に補を以て本と為し、瀉を以て標と為す。補瀉の法は復た一旦
の説にあらず。四時に針を用いて、淺深の補瀉有り。十二經に亦た補瀉有り。十
五絡に亦た補瀉有り。竒經八脉に亦た補瀉有り。井滎兪經合に
補瀉有り。表裏に補瀉有り。氣血に補瀉有り。藏府に補
瀉有り。老少に亦た補瀉有り。諸疾暴久も其の輕重に隨い、復た補
瀉法有り。日月順行に虗實有り。是に復た補瀉す可きの理、之に在り。
  二オモテ
東南西北に虗實の定位有れば、又た補う可き方有り、瀉す可き
方有り。能く補瀉の深法を辨ぜざれば、如何(いかん)として宜しく針治の術を究むべけんや。
遠く之を言う則(とき)んば、四海廣く尚(たか)く、近く之を言う則(とき)んば、十言に過ぎず。
之を按ずれば、只だ氣血流行を考え、榮衞を刺さざれ。之を刺すとも復た
氣血の道に至らざるが如く、氣血の周身を循ること、至って速し。寅自り丑に至りて、
五十行。故に經過に間無し。針を刺すとも榮衞に中(あた)らざるが如く、復た
其の法有り。之を法鍼と名づく。寅自り丑に至り、氣血流行して時に隨いて行く。
其の主經有り。之を考え、之を知るに其の法有り。之を觀時針
  二ウラ
法の術と謂う。迎隨の氣を側り、五藏の氣は、虗々實々に隨いて
之を奪う。補う可き者は補し、瀉す可き者は瀉す。之を迎隨と謂う。治病
の法は、神倶集を尋ねて、療養の口傳、當に此の卷を尋ぬべし。
甚深の輩に非ざれば、之を示す可からず。親友に非ざれば之を言う可からず。穴賢〃〃(あなかしこあなかしこ)。

  【注】
○長生庵了味:長野仁先生によれば、土佐の武士、桑名将監の別名。生没年未詳。雲海士流。『広狭神倶集』(慶長十七年(1612))の著者。(日本医史学雑誌、第56巻第3号、398頁)。 ○大率:おおむね。おおかた。だいたい。 ○虗:「虚」の異体字。 ○丹溪先生曰:出所未詳。 ○抒:のべる。解く。汲む。 
  一ウラ
○所由:よりどころ。出所。 ○射箭:矢を射ること。 ○蓬矢:蓬(ムカシヨモギ/艾とは異なる)の枝で作った矢。古くは男子が生まれると、桑で弓を作り、蓬の枝で矢を作り、天地四方に向けて射て、男児の志が四方に応じる象徴とした。 ○掌反:手のひらを返すが如く容易である。 ○一旦:判読に若干疑念あり。 
  二オモテ
○四海:全国各地。世界各地。 
  二ウラ
○觀時針法:本文を参照。 ○側迎隨之氣:「側」の訓、未詳。送りがな「リ」。 ○神倶集:雲棲子『(広狭)神倶集』。石坂宗哲による校本『鍼灸広狭神倶集』あり。 ○穴賢:「あなかしこ」。ああ、恐れ多い。また、結びにおいて敬意をあらわす。かしこ。

2010年10月18日月曜日

1-2 大明琢周鍼法鈔

1-2 大明琢周鍼法鈔
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『大明琢周鍼法鈔』(タ-71)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』1所収

鍼法一軸跋
凡原鍼家之術上古者以石
開破病矣逮黄帝之時臣有
歧伯稱之天師相問難而内
經作初發九鍼説又秦越人
扁鵲深得素問靈樞旨設爲
問荅述八十一難經榮衞度
數尺寸部位陰陽王相藏府
虚實經絡流注鍼刺兪穴悉
該備矣自此以徃天下針刺
旨瞭然矣本朝亦行于世就
  一ウラ
中予師法鵲主翁者文熟醫
熟日夕取諸家説所着經論
發前賢所未發以針刺術救
人民之沉痾無不療故世皆
謂遇長桑君飲以上池水者
可謂竒矣予幸居隣里聞其
風行師之遊門數稔而相承
家傳學所憾只才踈質鈍而
已予甞治疾不膠陳迹予家
有一僕子常鍼所死穴乍殺
鍼所活穴乍甦矣炎皇一日
  二オモテ
七十有毒謂也終得不傳妙
術矣壬辰秋之頃予舊里有
老父常患心積苦則以刀傷
如切一醫針而不効後五月
鍼何穴四肢強直反張不知
人事今予見之曰可活因此
針神穴隨手安矣或問古人
所制禁穴二十二神穴其一
也今針而醫疾何乎予答之
曰淬回論孟子謂悉信書則
不如无書二十二穴有可信
  二ウラ
有不可信不可不詳矣前哲
針禁穴愈疾者不遑勝計也
舉其一二爲凡例如魏花佗
割臆刳腸胃秦張文仲刺腦
戸治頭疼何雖禁穴治疾可
也空黙而去矣自其逮于今
治疾痛如有神矣公之見學
針刺其勤漸久術精微也故
明傳家傳之學因印加而以
授之喜菴云爾
       琢周印

  書き下し
鍼法一軸跋
凡そ鍼家の術を原(たずぬ)るに、上古は石を以て
病を開破す。黄帝の時に逮びて、臣に
歧伯有り。之を天師と稱す。相い問難して内
經作る。初めて九鍼の説を發す。又た秦越人
扁鵲深く素問靈樞の旨(シ)を得たり。設けて
問荅を爲して八十一難經を述ぶ。榮衞の度
數、尺寸の部位、陰陽の王相、藏府の
虚實、經絡の流注、鍼刺の兪穴、悉く
該(か)ね備うかな。此れ自り以徃(このかた)天下に針刺の
旨瞭然たり。本朝にも亦た世に行わる。
  一ウラ
中ん就く、予が師法鵲主翁は、文熟し醫
熟す。日に夕に諸家の説を取りて着(シル)す所の經論は、
前賢の未だ發せざる所を發す。針刺の術を以て
人民の沉痾を救い、療せざること無し。故に世皆な
謂えらく、長桑君に遇いて飲むに上池の水を以てする者か、と。
奇と謂っつ可し。予幸いに隣里に居りて、其の
風を聞きて、行きて之を師とす。門に遊ぶこと數稔にして
家傳の學を相い承く。憾(うれえ)る所は只だ才踈、質鈍のみ。
予嘗て疾を治するに陳迹に膠(ねやか)らず。予が家、
一僕子有り。常に死する所の穴に鍼して、乍(たちま)ちに殺し、
活する所の穴に鍼して、乍ちに甦(よみがえら)す。炎皇一日
  二オモテ
七十有毒の謂(いい)か。終(つい)に不傳の妙
術を得たり。壬辰の秋の頃、予が舊里に
老父有り。常に心積を患う。苦しむときは(則ち)刀傷を以て
切るが如し。一醫針して効あらず。後五月、
何の穴に鍼するや、四肢強直反張して
人事を知らず。今予之を見て曰く、活す可し。此に因りて
神穴に針して、手に隨いて安し。或るひと問う、古人の
制する所の禁穴二十二にして、神穴其の一
なり。今針して疾を醫(いや)す。何(なん)ぞや。予(之に)答えて
曰く、淬回(そかい)論に、孟子の謂(いわ)く悉く書を信ぜば、(則ち)
書无(な)きには如かず、と。二十二穴、信ず可き有り、
  二ウラ
信ず可からざる有り。詳らかにせずんばある可からず。前哲
禁穴に針して疾を愈す者、勝(あ)げて計(かぞ)うるに遑(いとま)あらず。
其の一二を舉げて凡例と爲す。魏・花佗が
臆を割き腸胃を刳し、秦の張文仲が腦
戸に刺して頭疼を治するが如し。何ぞ禁穴と雖も疾を治せば可なり、と。
空しく黙して去る。其れ自り今に逮(およ)びて
疾痛を治するに神有るが如し。公の
針刺を學ぶを見るに、其の勤め漸く久し。術、精微なり。故に
明の傳家傳の學、因りて印加して以て
之を喜菴に授くと爾云(しかいう)。
       琢周印

  【注】
○天師:『素問』上古天真論(01)「廼問於天師」。王冰注「天師、歧伯也。」 ○荅:「答」の異体字。 ○王相:陰陽家は王(旺盛)、相(強壮)、胎(孕育)、没(没落)、死(死亡)、囚(禁錮)、廃(廃棄)、休(休退)の八字と五行、四時、八卦などをたがいに組み合わせて、事物の消長交代をあらわす。五行用事を王とし、王が生ずるものを相として、物がその時を得ることをあらわす。 ○本朝:我が国。ここでは日本。漢語では自分のいる朝代。
  一ウラ
○法鵲主翁: ○日夕:日夜。昼も夜も。 ○着:「著」の異体字。 ○賢:左訓「カシコシ」。 ○沉痾:久しく治らない疾病。重病、宿疾。「沉」は「沈」の異体字。「痾」の左訓「ヤマイ」。 ○長桑君:『史記』扁鵲伝を参照。 ○聞風:うわさを聞く。「風」は、情報。風聞。 ○遊門:遊学。学習する。 ○稔:年。 ○相承:継承する。 ○
家傳學:家の中で代々伝えられている学業。 ○憾:心に不満を感じる。 ○才:才能。 ○踈:疎。疏。拙劣。 ○質:資質。天性。生まれつき。 ○鈍:おろか。愚鈍。 ○甞:「嘗」の異体字。 ○膠:膠着する。拘泥する。送りがな「ラ」。粘(ね)ゆ/ねばる=⇒ネヤカル。 ○陳迹:陳跡。古い前人が遺した事物、成果。 ○甦:蘇醒する。 ○炎皇:炎帝神農。『淮南子』脩務訓に「神農……嘗百草之滋味、水泉之甘苦、令民知所辟就。當此之時、一日而遇七十毒。」とある。また王履『醫經溯洄集』神農嘗百草論の冒頭に「淮南子云、神農嘗百草、一日七十毒」とある。
  二オモテ
○壬辰:天文元年(1532)。文禄元年(1592)。承応元年(1652)。正徳二年(1712)。『大明琢周鍼法一軸』は延宝七年(1679)序刊。 ○心積:胃痙攣のような症状か。 ○五月:意味の上からして「五日」か。 ○強直:かたくこわばる。硬直していうことがきかない。 ○反張:エビぞりになる。 ○不知人事:人事不省。 ○神穴:未詳。下文にある禁穴二十二のうちの一穴であるならば、神闕か。○隨手:ただちに。 ○古人所制禁穴二十二:明・高武『鍼灸聚英発揮』巻七「禁鍼穴歌:禁鍼穴道要先明、腦戸顖會及神庭、絡却玉枕角孫穴、顱顖承泣隨承靈、神道靈臺膻中忌、水分神闕并會陰、横骨氣衝手五里、箕門承筋并青靈、更加臂上三陽絡、二十二穴不可鍼。」 ○醫:送りがな「ス」。「いス」か。いま、「いやす」と読んでおく。 ○淬回論:『醫經溯洄集』のことであろう。その神農嘗百草論に「孟子所謂……」とある。 ○孟子謂:『孟子』盡心下に見える。
  二ウラ
○前哲:前代の賢人。 ○舉:「擧」「挙」の異体字。 ○凡例:書のはじめにあげて内容・主旨・編集体例を説明した文章。 ○魏花佗:『三國志』魏書二十九方技および『後漢書』卷八十二下 方術列傳第七十二下の華佗伝を参照。 ○割臆刳腸胃:『三國志』魏書「病若在腸中、便斷腸湔洗」。/臆:むね。 ○秦張文仲:おそらく、宋・張杲『醫説』鍼灸・鍼愈風眩の「秦鳴鶴爲侍醫。高宗苦風眩、頭重目不能視。武后亦幸災異、逞其志。至是疾甚。召鳴鶴・張文仲診之。鳴鶴曰:風毒上攻、若刺頭出少血、即愈矣。天后自簾中怒曰:此可斬也、天子頭上、豈是試出血處耶。上曰:醫之議病、理不加罪、且吾頭重悶殆不能忍、出血未必不佳。命刺之。鳴鶴刺百會及腦戸、出血。上曰:吾眼明矣。言未畢、后自簾中頂禮拜謝之、曰:此天賜我師也。躬負繒寶、以遺鳴鶴。」中の「秦鳴鶴・張文仲」を「秦張文仲」とした誤りに基づくと思われる。あるいは版本の問題か。新旧『唐書』には、「腦戸」という穴名は見えない。なお『太平御覽』卷七二三・方術部四・醫三、『册府元龜』卷八五九・醫術第二にも同様の文がある。  ○印加:「印可」(もと、仏教、特に禅宗で、師僧が、弟子が法を体得したことを証明・認可すること。のちに芸道などで奥義に達したことを認めて免許をさずけること)の意であろう。 ○喜菴:疋地(匹地)氏。 ○云爾:語末の助詞。かくのごときのみ、の意味。

 以下は、和読する。フリガナは原文にしたがう。フリガナがひらがなになっているものは、和読者の推定による。適宜、句読点を打つ。

琢周針法抄跋
此の書は、琢周が針法とばかり、思う
べからず。何(イヅ)れの流(リウ)にも用ゆべし。何
れの流とは、打針(ウチハリ)管(クダ)針捻(ヒ子リ)針などの
類なり。それには鎚(ツチ)を用い、或いは管(クタ)を
用い、或いはひねりさす。琢周が傳には、
唯(タヽ)何(ナニ)となく、按手(ヲシテ)を輕々(カルカル)としてさ
し入る計(ハカリ)なり。此の針法の妙は、内經に
曰く、藏病は治し難く、府病は治し易し、と。此の要
を悟っての故に藏の經穴は五穴に過(スキ)ず、
專ら府の經穴を用ゆ。但し陰症を陽分
へ引出して治する則(とき)は、治(チシ)易(ヤスシ)。是れ此の針
法の妙なり。上古は、九針とて九種の
針を用ゆ。上古の人は、形体(ケイテイ)剛強(カウキヤウ)なる
が故なり。今代(コンタイ)の人は然不(シカラス)。故に專
  一ウラ
ら微(ヒ)針を用いるなり。琢周は其(ソノ)九針の
中の員利針(エンリシン)を用ゆ。員利針は尖(トカ)り
毫(ケフ)の如く員(マトカ)に且つ利(トシ)。中身少(スコ)し大にして、長
さ一寸六分、陰陽(インヤウ)を調(トヽノ)え暴痺飛經
走氣を去ると云う。此の針に專ら鉄(テツ)を用ゆ。
腹中にてきれたるとき消しやすき故
なり。琢周 本朝へ來たること、慶長年
中なり。彼が門人と成る者、紀(キ)州熊野(クマノ)の住
雲(ウン)州松江(マツエ)の住、是なり。然して琢周、痢病(リヒヤウ)を
患(ウレヒ)て程なく死す。故に 日域(シチイキ)に名を發不(ハツセス)。
此の針法を用いるに、其の効(シルシ)、神(シン)の如し。故に此の書秘(ヒ)して
他(タ)に傳不(ツタエス)。度々(ドヽ)板(ハン)に開(ヒラカ)ん事を望(ノソミ)て剞劂(キケツ)氏下(クタル)
といえども難(カタ)く秘して猶(ナヲ)出さ不(ス)。予今思うに醫(イ)は
仁道なり。板に開いて此の針法を用いば、天下の
民を救(スクハ)ん。然らば大なる功ならんとなり。

  【注】
○内經曰:『難経』五十四難。 ○員利針は:以下の説明は、徐春甫『古今医統大全』卷七・鍼灸直指・九鍼図によると思われる。そうであれば、「暴痺を去り、飛經走氣す」と読むべきではないか。「飛經走氣」に関しては、金鍼賦などを参照。經氣をめぐらす刺法。 ○日域:じちいき。日本の異名。 ○剞劂氏:刻工。広くは印刷出版業者。書商。

2010年10月16日土曜日

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臨床鍼灸古典全書 1-1 大明琢周鍼法一軸

1-1『大明琢周鍼法一軸』
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『大明琢周鍼法一軸』(シ・六二一)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』1所収
  原文にあるフリガナを出来る限り利用した。その際は、カタカナで表記し、訓読者が補ったものはひらがなで表記する。

鍼法一軸序
夫爲醫之道徃昔襍之為十
三科近世鍼之一科����以
其術多鳴世者或因賀山成
定之傳有祖靈樞者或汲御
園意齋之流有不繇經絡者
是皆雖有裨醫療之功未聞
直面命中華之醫發明其秘
者慶長年中 皇明鍼醫琢
周繫纜於長崎津專以此術
起不治之病蓋八九于十也
  一ウラ
津之有司甚以爲竒依是四
隣州之士農輿疾到其門者
不爲少矣雲陽住醫匹地喜
菴杳慕其術越山航海會周
於長崎竟探蘊奥茹英華詳
審精密集爲一家之書秘而
不出戸庭故汲其餘流者亦
殆少矣喜菴没後傳于其孫
福田道折折傳播是于雲陽
奇効應驗隨手遂其生者所
州民之識也誠知周之術不
  二オモテ
虚也予與折未得荊識元是
以有同國之故頃日寄一帙
曰冀刊布是洛陽俾海内同
此術吾意夷予顧爲其書文
字甚簡而專釣其要且兪穴
病名之口傳皆以和語住之
附其後於捄療調攝之道知
不能無小補也儻夫讀之手
之有得其要領者豈羨琢周
皷舞耶於是喜折之慈仁不
得辭沮表一言塞其求云爾
  二ウラ
于時延寳第七在歳巳未陽
復之月丙午之日
 洛下之住
醫官法橋杉立氏道允序


書き下し
鍼法一軸序
夫レ醫の道爲(タ)ること、徃昔(ムカシ)之を襍(まじえ)て十
三科と爲す。近世鍼の一科、往往に
其の術を以て世に鳴る者多し。或いは賀山の成
定が傳に因って、靈樞を祖とする者有り。或いは御(ミ)
園(ソノ)意齋が流を汲みて、經絡に繇(ヨラ)ざる者有り。
是れ醫療を裨(タス)くるの功有りと雖も、未だ
直ちに中華の醫に面命して其の秘を發明する
者を聞かず。慶長年中 皇明鍼醫琢
周、纜(ともづな)を長崎の津に繫ぎ、專ら此の術を以て
不治の病を起こすこと、蓋し十に八九(なり)。
  一ウラ
津の有司甚だ以て奇なりと爲す。是れに依って四
隣州の士農、疾に輿(コシ)して其の門に到る者、
少しと爲さず。雲陽の住醫、匹地喜
菴、杳(ハルカ)に其の術を慕って、山を越(コ)え、海に航(わた)りして、周に
長崎に會す。竟に蘊奥を探り、英華を茹(くら)う。詳
審精密、集めて一家の書と爲し、秘して
戸庭を出ださず。故に其の餘流を汲む者も亦た
殆んど少なり。喜菴没して後ち、其の孫、
福田道折に傳う。折、是れを雲陽に傳播して、
奇効應驗、手に隨って其の生を遂ぐる者、
州民の識(し)る所なり。誠に知んぬ、周が術
  二オモテ
虚ならざるを。予、折と未だ荊識を得ざれども、元と是れ
同國の故有るを以て、頃日、一帙を寄せて
曰く、冀くは是れを洛陽に刊布して、海内をして
此の術を同うせしめば、吾が意、夷(たい)らかならん。予、其の書爲ることを顧るに、文
字甚だ簡にして專ら其の要を釣る。且つ兪穴
病名の口傳、皆な和語を以て之を住して
其の後に附く。捄療調攝の道に於いて、知んぬ
小補無きこと能わざることを。儻(も)し夫れ之を讀み
之を手にして、其の要領を得る者有らば、豈に琢周が
鼓舞を羨ましからんや。是(ここ)に於いて折が慈仁を喜びて、
辭沮することを得ず、一言を表して其の求めを塞ぐと爾(しか)云う。
  二ウラ
于時延寳第七在歳巳未陽
復之月丙午之日
 洛下之住
醫官法橋杉立氏道允序

【注】襍:「雜」の異体字。ここでは「集」と同意。 ○徃:「往」の異体字。 ○����:B領域。「之繞+山+王」。「��」(之繞+山+主)も、「往」の異体字。『大漢和辞典』38955。『説文解字』「迋、往也。从辵王聲。」 ○繇:原文は「揺」の旁を二つ並べてある。 ○賀山成定:藤木成定(元成)。後陽成・後水尾両帝につかえ、駿河流の祖。一五五七~一六三五。鍼博士。(『日本腹診の源流』長野仁先生解説) ○御園意齋:松岡意斎(一五五七~一六一六)。名は常心、通称は源吾。打鍼術中興の祖。正親町・後陽成天皇に仕えた鍼博士。(同上) ○面命:『詩經』大雅・抑:「匪面命之、言提其耳。」対面して告げる。人に懇切丁寧に教えることの形容。 ○發明:知られていなかった事を明らかにする。 ○慶長年中:一五九六~一六二三。 ○皇明:「大明」と同じ。「皇」は、美称。 ○琢周: 
  一ウラ
○有司:役人。 ○爲竒:並外れた人と思う。「竒」は、「奇」の異体字。 ○四隣州:四方隣国。 ○輿疾:「輿病」ともいう。病の体を車に乗せる。 ○雲陽:出雲(島根県東部)。 ○匹地喜菴: ○茹:食べる。咀嚼する。 ○英華:精華。 ○詳審:周到かつ詳細。 ○精密:厳密かつ精緻。 ○福田道折: ○奇効應驗:驚くほど優れた効果をあらわす。 ○隨手:すぐさま。たちどころに。 ○遂生:養生する。 
  二オモテ
○荊識:唐・李白『與韓荊州書』:「生不用封萬戶侯,但願一識韓荊州。何令人之景慕一至於此耶。」に基づく。後に初対面、あるいは平素から敬慕していた人をいう。尊敬語。 ○帙:書画を包むもの。函。量詞。 ○刊布:刊行。刊刻発行。 ○洛陽:洛京。みやこ。 ○海内:天下。四海の内。 ○夷:平安。 ○住:とどめる。 ○捄:援助する。すくう。「救」に通ず。 ○調攝:調養。 ○皷舞:「皷」は「鼓」の異体字。 ○慈仁:慈善仁愛。 ○辭沮:やめる。 
  二ウラ
○延寳第七在歳巳未:一六七九年。 ○陽復之月:旧暦十一月。 ○丙午之日: ○洛下:都下。 ○法橋:法印・法眼に次ぐ地位。 ○杉立氏道允:


大明琢周針法鈔序
夫人生於地懸命於天天地合
氣命之曰人天地是人陰陽
也陰陽又氣血也氣血偏勝
則乃生於諸疾外六淫傷外
經絡内七情傷内藏府其治
在醫之用心醫家之法術不
越鍼灸藥湯液之範也就中
針刺之理經脉爲始營其所
行知度量内刺五臟外刺六
腑審察衞氣是爲治百病母
  一ウラ
其功大矣哉世既暮而以下
雖鍼道衰於今有大明琢周
得針法妙術而至 本朝纜
水馬於西南之岸間也于時
雲陽城之住醫疋地氏喜菴
素善鍼術故從國命而欲受
彼針法而見琢周爲學習親
灸有日然後周袖一軸來授
喜菴曰吾於針術之業刻志
懈無暫枕久鵲寥寥而眠如
玉弓入窓而異人忽然來授
  二オモテ
此一軸而曰用汝此針法則
越人如起死乎必勿疑而去
矣然後從彼試用之無不應
故人皆爲是竒今汝授之亦
勿疑直用此鍼法者即爲 
日域無雙名鍼乎倩以此一
軸緫針穴一百有五穴終也
至其病論則无錯諸書也其
間穴名異耳按夫秘唯有用
與不用誰知其是非乎尚欲
旁取孔穴者懵然而如雲中
  二ウラ
飛鳥費矢也何其中乎今世
殆用鍼法者不達正學或又
受師不卒妄作離術人民爲
之所窮矣愚思此針法雖穴
數少不待試而百發百中是
即方貴經驗謂也予幸出疋
地氏之末葉傳於此鍼法奥
義故不愧草莽學採註其梗
槩也蓋欲令門人或易悟而
已恐在誤乎學者再詳焉于
時 延寳七年巳未桂月中旬
雲陽城住 福田氏道折謹
自序


書き下し
大明琢周針法鈔序
夫(そ)れ人は地に生じて、命を天に懸く。天地、氣を合して
之を命(なづ)けて人と曰う。天地は是れ人の陰陽なり。
陰陽は又た氣血なり。氣血偏勝すれば、
則乃(すなわ)ち諸疾を生ず。外六淫は外
經絡を傷(やぶ)り、内七情は内藏府を傷(やぶ)る。其の治は
醫の用心に在り。醫家の法術は
鍼灸藥湯液の範(のり)を越えず。中(なか)ん就(づ)く
針刺の理は經脉を始めと爲す。其の
行く所を營(めぐ)らし、度量を知り、内、五臟を刺し、外、六
腑を刺し、審らかに衞氣を察するは、是れ百病を治する母爲(た)り。
  一ウラ
其の功大なるかな。世既に暮れしより以下(このかた)、
鍼道衰うと雖も、今に於いて大明琢周というもの有り。
針法の妙術を得て、 本朝に至り、
水馬を西南の岸間に纜(つな)ぐ。時に
雲陽城の住醫、疋地氏喜菴、
素(もと)より鍼術を善くす。故に國命に從って
彼が針法を受けんと欲し、琢周に見(まみ)え、學習の爲に親
炙すること日有り。然して後、周、一軸を袖にし、來たって
喜菴に授けて曰く、吾れ針術の業に於いて、志を刻み
懈(おこた)ること暫くも無し。久鵲を枕とし、寥寥として眠る。
玉弓、窓に入るが如く、異人忽然として來たり、
  二オモテ
此の一軸を授けて曰く、汝、此の針法を用いば、則ち
越人が死を起こすが如きなり。必ず疑うこと勿れといいて去んぬ。
然して後、彼れに從って試みに之を用いるに、應ぜざるということ無し。
故に人皆な是れを奇なりと爲す。今ま汝に之を授く。亦た
疑うこと勿れ。直ちに此の鍼法を用いば、即ち 
日域無雙の名鍼と爲さん、と。倩(つら)つら以(おもん)みるに、此の一
軸總(すべ)て針穴一百有五穴に終る。
其の病論に至っては、則ち諸書に錯(あやま)ること无(な)し。其の
間だに穴名異なるのみ。按ずるに夫(そ)れ秘は唯だ用と
不用とに有り。誰かの其の是非を知らんや。尚(も)し
旁(あまね)く孔穴を取らんと欲する者は、懵然として雲中の
  二ウラ
飛鳥に矢を費(ついや)すが如し。何んぞ其れ中(あた)らんや。今世
殆ど鍼法を用いる者は、正學に達せず、或いは又た
師に受くること卒(おわ)らず、妄りに離術を作(な)し、人民
之が爲に窮せらる。愚思えらく、此の針法、穴
數少しと雖も、試を待たず、百たび發して百たび中る、是れ
即ち方は、經驗を貴ぶ謂(いい)なり。予、幸いに疋
地氏が末葉を出で、此の鍼法の奥
義を傳う。故に草莽の學を愧じず、採(と)って其の梗
概を註す。蓋し門人をして或いは悟り易からしめんと欲するのみ。
恐くは誤ること在らん。學者再び焉(これ)を詳らかにせよ。于
時 延寳七年巳未桂月中旬
雲陽城の住 福田氏道折謹んで
自序す


【註】  一ウラ
○水馬:船。特に軽快なものをいう。 ○西南之岸間:ここでは長崎。 ○雲陽:出雲。 ○疋地氏喜菴: ○親灸:意味からして、「親炙」。親しく接して感化を受ける。直接教授される。 ○有日:長い間。 ○然後:その後。 ○袖:袖に入れる。 ○刻志:心を一つにする。熱心に志す。篤志。 ○枕久鵲:未詳。 ○寥寥:孤独なさま。 ○玉弓:新月。 
  二オモテ
○越人如起死:『史記』扁鵲伝を参照。 ○無不:すべて。 ○應:実証する。効き目をあらわす。 ○竒:「奇」の異体字。形容詞の意動用法。不思議だと思う。優れていると考える。 ○日域:日の照らす域内、天が下。日本。 ○無雙:並ぶ者がない。もっとも卓越した。「日域無雙」は日下無雙(京都に二人といない、傑出した人物)と同じか。天下無雙。 ○倩:「つらつら」。日本語用法。よくよく見たり考えたりするさま。 ○緫:「總」の異体字。合計。 ○一百有五穴:百五穴。 ○无:「無」の異体字。 ○旁:ひろく。普遍的に。 ○懵然:曖昧模糊としたさま。はっきりしないさま。 
  二ウラ
○正學:正道に合致した学問。 ○離術:正道から離脱した施術。『素問』徴四失論(78)「受師不卒、妄作雜術」。「雜」、一本作「離」。 ○愚:謙遜語。自称。 ○謂:意味。 ○疋地氏: ○末葉:後世の子孫。 ○草莽:田野。民間。 ○梗槩:概要。「槩」は「概」の異体字。 ○延寳七年巳未:一六七九年。 ○桂月:桂花が盛んに開花する時期。陰暦八月。 ○福田氏道折:

2010年10月9日土曜日

澤庵宗彭自筆『刺針要致』一巻(巻物)

 古書店売り立て目録写真から判読してみた。
1 粤有業刺針人、其名曰悦、予自初秌中浣、患瘧疾、
2 及仲秌、病漸退、若猶餘熱留裡薫蒸。則禀其火於
3 皮裏膜外、塞元氣之途、為頑痰、為瘕癖、異證
4 交出、則當難治、故使悦刺針穴、而除滯開塞、流通
5 氣、悦云一日語曰、我雖深不窮針、聊有其旨、當聞
6 真毉未言之、俗毉多曰、針則氣力衰、不宜病人矣、
7 我未知針而氣力衰者、夫人病者、邪氣勝而正
8 氣負、蓋針者却邪氣、生元氣者也、豈謂針而
9 氣力衰乎、我窺見俗毉所云之意旨、只針有忍痛之
10 労、是以曰、針則氣力衰、聊非明針經、以謂之、誠是俗
11 説也、不足信而已、雖然、世人所能信者、俗説也、所不能
12 信者、至言也、無益論之、蓋針無痛之性、痛
13 不痛者、依刺者之能不能、若得妙手、何取忍痛之労
14 乎、能刺者、不傷肉、而能中病、抑針其來尚矣、寧以一人
15 不能、永弃万世之針法乎、世間称毉者、不治病、而殺人者
16 多、雖然、寧以一人俗毉、弃万世之毉道乎、予聞之曰、
17 誠哉斯言、針有忍痛之労者、刺者之不能也、匪啻
18 針、於藥亦然也、依毉之好悪、藥之殺人、又過針、若逢好手、
19 則針藥共治病、逢悪手、則針藥共殺人者也、何獨
20 於針論其害乎、郢斤削堊而不侵鼻端之肉、庖丁解
21 牛而及肯綮、於針豈異乎、時有座客曰、曽聞針有
  写真2段目
1 針經、宜補之義、誰不知之、客曰、針生元氣之義、如何、
2 悦曰、刺有餘而除病、則元氣得途順、不是生元
3 氣乎、假令如人自東過西、中途有姧賊碍之、人不能
4 過、有傍觀者、追退彼姧賊、則人安而過、當知過途
5 人、是正氣也、碍之姧賊者、是邪氣也、追退彼姧賊
6 者、是針也、君不見耶、針有四法、其一曰、迎随、是針
7 有補有瀉之證也、何謂偏無補乎、予曰、我儂雖
8 非毉、以多病為保養、閑暇之日、時〃把毉家之
9 書、讀而知針藥不相去、古所謂毉者必通三世之書矣、
10 以此語見、則何偏取藥而捨針乎、所謂三世書者、黄帝
11 針灸經、神農本草、岐伯脉訣也、脉設察証、本草辨
12 藥、針灸祛疾、非是三者、不足言醫、以此意見、則針是
13 醫家之要具也、今呼施藥者、曰醫師、而呼刺針者、不曰毉
14 師、寔可笑哉、藥治云、灸治云、針治云、豈治病者非醫乎、
15 為醫師謗針、如武士謗兵刀、國有姧賊、則用兵刀、人有疾病、
16 則用針藥、假令藥者如智仁、針者如兵、表智仁、裏兵
17 則剛柔備、而國豈不治乎、表薬裏針、強弱兼而疾寧
18 不愈乎、凡人之經十二、各經有五穴、曰井栄兪經合、是也、五而十
19 二、則六十穴也、是針之要穴也、針灸穴、一身三百六十穴、其所
20 針之要穴六十穴、又其要者二十四穴也、腑病、依各經、刺其經之
21 兪、臓病、依各經、刺其經之合、是十二兪、十二合、并二十四穴
22 是也、兪是各經之本原也、故又名原穴、某經有病、則刺
23 其經之原穴、而治之、某經實者瀉之、虚者補之、
24 素問曰、〔瀉〕必用方、補必用圓、客曰、方圓之義、如何、
25 予曰、方者、氣方盛之方字也、是見氣方盛迎
26 之刺、而抜氣之實、故曰、瀉用方、圓者行也、移也、行不宣
27 之氣、移未復之脉也、行不宣、移未復而済之、是
28 扶助虚氣、而補之也、迎随之義也、假令足三
29 陽經、從頭至足、以刺針人指、摩上經脉、而針鋩
30 向於上、逆經脉之進、而刺之、抜其實、是迎而奪義
31 也、又以刺人指、摩下經、而針鋩向下、随經脉後、刺
32 其虚氣、是随而済之義也、虚而脉滯不移、故随
33 後刺而令脉移、令氣宣也、假令如牛労而車不移、
34 人随後推其輪、而戮力於牛、以移車也、是随之義也
35 經脉自子至午、自午至子、陰陽上下之分可考矣、今也
36 舉其麁而已、猶此深思惟針者、奪實済虚、以調經脉者也、
37 經脉??……(この行、写真に写るのは右端二、三割のみ)
写真3段目
1 数十日、針損藏府、膿潰而死者、見一兩人、世間幾人如此乎、
2 諸經脉皆在外、針入裏、無其用、依其穴、針入二分、或二分半、三
3 分、各有分、故往昔周身三百六十穴、針亦有三百六十本、而
4 刺其經、以某針、夫針刺者、能知之、容易不可深刺、而不損
5 為損、不傷生傷、抑悦之所刺之針者、本邦針家之祖、
6 無分之末流也、病在頭、亦於腹刺、在脚亦於腹刺、一身之病都
7 於腹刺、其刺有次序、諸病先刺臍下一穴、是腎間動氣、
8 十二經根本也、刺之以刧元氣、而後據散針法、不拘經穴、刺
9 邪之所在、開元氣巡途、而令通、則氣順、〃〃則痰順、〃
10 〃則熱散、〃〃則風内消、況又氣順則血活、〃〃潤生、〃〃則精
11 液生、〃〃則神内立、盖針之成功如此、客曰、古人以刺満身
12 不為好、以兪原為好、以刺腹、不為好、以刺四肢、為妙手、是只恐
13 中藏府也、今悦云刺腹、其義難辨、予曰、縱刺兪原、亦刺
14 四肢、不得意、則不可也、雖刺腹、得意而刺、則可也、古人禁刺腹
15 之意者、其在針深入損藏府也、所謂中臓腑、則不立死、
16 則為害、非者是也、悦之所刺、針鋩止皮裏膜外、而不入藏
17 府、入藏府、則針無功、其故如何、四氣外感之熱、七情内傷
18 之火薫蒸、而肓膜乾枯、膜外如長夏濕熱、汗多、而垢之積身、
19 又如竈上之煤、又如寒嚴而霜之浮木葉、況又乾枯如皷皮、
20 急張故、膜沈而着裏、押藏府、絶元氣之途、當此時、氣留
21 滯而起諸病、悦之所刺、以針鋩、投膜外、使之柔和、則氣之
22 途開、〃〃則血亦順、血順、膜得潤、彌柔也、故病無所滯、人多
23 刺針、無此趣、針入藏府、為傷、悦之所刺、如今予陳、雖刺腹、
24 有何所恐乎、客曰、見内經云、熇〃熱、渾〃脉、漉〃汗、大労、大飢、
25 大渇、新飽、大驚等、皆無刺、又形氣不足、病氣不足、此陽
26 陰皆不足也、不可刺之、〔刺之則〕重竭其氣、老者絶滅、壯者
27 不復矣、予曰、悦之所刺之針、不管内經件之語、刺經脉之
28 針者、抜奪脉中之氣、故皆恐之、悦之所刺者、除經脉之
29 処、刺柔膜之一德也、扁鵲之抓膜之儀、幾之而已、或人
30 言焉

31  元和五年九月書于病床上  桑宿宗彭


 読み下し (原文には送りがな、返り点がついてそれにできるだけ従うが、写真が不鮮明 で不明なところあり、一部推定による。)
1 粤(ここ)に針を刺すを業とする人有り。其の名を悦と曰ふ。予、初秌中浣自り、瘧疾を患い、
2 仲秌に及んで、病漸く退くも、猶お餘熱、裡(うち)に留まりて薫蒸するが若く、則ち其の火を
3 皮裏膜外に禀け、元氣の途を塞ぎ、頑痰を為し、瘕癖を為し、異證
4 交ごも出で、則ち治し難きに當る。故に悦をして針穴に刺して、而して滯を除き塞を開き、通
5 氣を流さしむ。悦云う、一日語りて曰く、我れ深く針を窮めずと雖も、聊か其の旨有り。當に聞く、
6 真毉は未だ之を言はず、俗毉多く曰く、針するときは氣力衰ふ、病人に宜しからずと。
7 我れ未だ針して氣力衰ふる者を知らず。夫(そ)れ人病むは、邪氣勝って正
8 氣負く。蓋し針は邪氣を却け、元氣を生ずる者なり。豈に針して
9 氣力衰ふると謂はんや。我れ俗毉の云ふ所の意旨を窺ひ見るに、只だ針は忍痛の
10 労有り。是(ここ)を以て、針するときは氣力衰ふと曰ふ。聊か針經を明めて、以て之を謂ふに非ず。誠に是れ俗
11 説なり。信ずるに足らざるのみ。然りと雖も、世人の能く信ずる所の者は、俗説なり。能く
12 信ぜざる所の者は、至言なり。之を論ずるに益無し。蓋し針に痛の性無し。痛
13 不痛は、刺す者の能不能に依らん。若し妙手を得ば、何ぞ忍痛の労を取らん
14 や。能く刺す者は、肉を傷(やぶ)らずして能く病に中(あ)たる。抑(そも)そも針其の來たるや尚(ひさ)しいかな。寧ろ一人の
15 不能を以て、永く万世の針法を弃(す)てんや。世間の毉を称する者、病を治せずして、人を殺す者
16 多し。然りと雖も、寧ろ一人の俗毉を以て、万世の毉道を弃てんや。予、之を聞きて曰く、
17 誠なるかな斯の言。針に忍痛の労有るは、刺す者の不能なり。啻に
18 針のみに匪ず、藥に於いて亦た然らんや。毉の好悪に依りて、藥の人を殺す、又た針に過ぎん。若し好手に逢ふときは、
19 針藥共に病を治す。悪手に逢ふときは、針藥共に人を殺す者なり。何ぞ獨り
20 針に於いて其の害を論ぜんや。郢斤、堊を削って鼻端の肉を侵さず。庖丁、
21 牛を解いて肯綮に及ぶ。針に於いて豈に異ならんや。時に座客有り。曰く、曽て聞く針に/有り……

  写真2段目(一段目の次に連続していないであろう)
1 針經に……補の義に宜し、誰か之を知らざるや。客曰く、針して元氣を生ずるの義、如何。
2 悦曰く、有餘を刺して病を除けば、則ち元氣、途を得て順(めぐ)る。是れ元
3 氣を生ずることならずや。假令(たとえ)ば人、東自り西過ぎるが如し。中途に姧賊有りて之を碍(さまた)げ、人
4 過る能わず。傍觀の者有り、彼の姧賊を追退するときは、人安んじて過ぐ。當に知るべし、途を過る
5 人は、是れ正氣なり。之を碍ぐる姧賊は、是れ邪氣なり。彼の姧賊を追退する
6 者は、是れ針なり。君見ずや。針に四法有り。其の一に迎随と曰ふ。是れ針に
7 補有り瀉有るの證なり。何ぞ偏(ひと)へに補無しと謂はんや。予が曰く、我儂(われ)、
8 毉に非ずと雖も、多病なるを以て保養を為す。閑暇の日、時々毉家の
9 書を把(と)り、讀みて針藥相去らざることを知る。古(いにしへ)に所謂(いはゆる)毉は必ず三世の書に通ずと。
10 此の語を以て見るとき(則)は何ぞ偏へに藥を取りて針を捨てんや。所謂三世書といふ者は、黄帝
11 針灸經、神農本草、岐伯脉訣也。脉設〔訣の誤字か〕は証を察し、本草は
12 藥を辨じ、針灸は疾を祛(のぞ)く。是の三の者に非ざれば、醫を言ふに足らず。此の意を以て見るとき(則)は、針は是れ
13 醫家の要具なり。今、藥を施す者(ひと)を呼んで、醫師と曰って、針を刺す者(ひと)を呼んで、毉
14 師と曰はず。寔に笑ふ可きかな。藥治と云ひ、灸治と云ひ、針治と云ひ、豈に病を治す者(もの)、醫に非ざらんや。
15 醫師と為(し)て針を謗るは、武士の兵刀を謗るが如し。國に姧賊有るとき(則)は、兵刀を用ゐ、人に疾病有るとき(則)は、
16 針藥を用ゆ。假令(たとへ)ば藥は智仁の如し。針は兵の如し。智仁を表とし、兵を裏とするとき(則)は、
17 剛柔備りて、國、豈に治まらざらんや。薬を表とし針を裏とせば、強弱兼ねて疾寧ろ
18 愈ゑざらんや。凡そ人の經十二、各經、五穴有り。井栄兪經合と曰ふ。是れなり。五にして十
19 二なるとき(則)は、六十穴なり。是れ針の要穴なり。針灸穴、一身に三百六十穴。其れ
20 針する所の要穴六十穴なり。又た其の要なる者、二十四穴なり。腑の病には、各經に依りて、其の經の
21 兪を刺し、臓の病には、各經に依りて、其の經の合を刺す。是れ十二兪、十二合、并せて二十四穴、
22 是れなり。兪は是れ各經の本原なり。故に又た原穴とも名づく。某(そこ)の經に病有るとき(則)は、
23 其の經の原穴を刺して、之を治す。某(そこ)の經、實すれば之を瀉し、虚すれば之を補ふ。
24 素問曰く、瀉には必ず方を用ゆ。補には必ず圓を用ゆ。客曰く、方圓の義、如何(いかん)。
25 予曰く、方とは、氣の方(まさ)に盛んならんの方の字なり。是れ氣の方に盛んならんを見て、
26 之を迎へて刺して、氣の實を抜く。故に曰く、瀉には方を用ゆなり、圓には行なり、移なり、宣(の)びざる
27 の氣を行(めぐ)らし、未だ復せざるの脉を移すなり。宣びざるを行(めぐ)らし、未だ復せざるを移して之を済(すく)ふ。是れ
28 虚氣を扶助して、之を補ふなり。迎随の義なり。假令ば足三
29 陽の經、頭從り足に至る。針を刺す人の指を以て、經脉を摩(す)り上げて、針鋩を
30 上を向けて、經脉の進みに逆ひて、之を刺して、其の實を抜く。是れ迎へて奪ふの義なり。
31 又た刺す人の指を以て、經を摩り下(くだ)して、針鋩を下に向け、經脉の後に随ひて、
32 其の虚氣を刺す。是れ随ひて之を済の義なり。虚して脉滯りて移らず。故に
33 後に随ひて刺して脉をして移さしめ、氣をして宣べしむるなり。假令ば牛、労して車移らざるを、
34 人、後に随ひて其の輪を推(お)して、力を牛に戮(あは)せて、以て車を移すが如きなり。是れ随の義なり。
35 經脉は子自り午に至り、午自り子に至る。陰陽上下の分、考ふ可し。今や
36 其の麁を舉ぐるのみ。猶ほ此れ深く思惟せば、針は、實を奪ひ虚を済ひて、以て經脉を調ふる者ならん。
37 經脉??……(この行、写真に写るのは右端二、三割のみ)

写真3段目
1 数十日、針、藏府を損じて、膿潰して死する者、一兩人を見る。世間幾人、此の如きか。
2 諸經脉は皆な外に在り。針、裏に入れば、其の用無し。其の穴に依りて、針入るること二分、或いは二分半、三
3 分、各おの分有り。故に往昔は周身三百六十穴、針亦た三百六十本有りて、
4 其の經を刺すに、某針を以てす。夫れ刺を針す者、能く之を知れ。容易にして深く刺して、不損に
5 損を為し、不傷に傷を生(な)す可からず。抑(そもそ)も悦が刺す所の針は、本邦針家の祖、
6 無分の末流なり。病、頭に在るも、亦た腹に於いて刺し、脚に在るも亦た腹に於いて刺す。一身の病都(すべ)て
7 腹に於いて刺す。其の刺に次序有り。諸病、先づ臍下の一穴を刺す。是れ腎間の動氣にして、
8 十二經の根本なり。之を刺して以て元氣を刧(おびやか)して、後に散針の法に據りて、經穴に拘らず、
9 邪の所在に刺して、元氣の巡途を開きて、通ぜしむるとき(則)は、氣順(めぐ)る。氣順るとき(則)は、痰順る。痰
10 順るとき(則)は、熱散ず。熱散ずるとき(則)は、風、内に消ず。況んや又た氣順るとき(則)は血活す。血活するときは潤い生ず。潤い生ずるとき(則)は、精
11 液生ず。精液生ずるとき(則)は、神、内に立つ。盖し針の功を成すこと此の如し。客曰く、古人、満身に刺すを以て
12 好しと為さず。兪原を以て好しと為す。腹を刺すを以て、好しと為さず。四肢を刺すを以て、妙手と為す。是れ只だ
13 藏府を中(やぶ)(中(あた))らんことを恐るるならん。今ま悦云ふ、腹に刺すと。其の義、辨じ難し。予曰く、縱(たと)ひ兪原に刺し、亦た
14 四肢に刺すも、意を得ざるとき(則)は、不可なり。腹に刺すと雖も、意を得て刺すとき(則)は、可なり。古人、腹を刺すを禁ずる
15 の意は、其れ針深く入りて藏府を損するに在るなり。所謂(いはゆる)臓腑を中るとき(則)は、立ちどころに死せざるも、
16 害を為す。非なる者は是(ゼ)なり。悦が刺す所は、針鋩、皮裏膜外に止まりて、藏
17 府に入れず。藏府に入るとき(則)は、針に功無し。其の故如何(いかん)となれば、四氣外感の熱、七情内傷
18 の火薫蒸して、肓膜乾枯し、膜外、長夏の濕熱に汗多くして、垢の身に積むが如し。
19 又た竈(かまど)の上の煤の如し。又た寒嚴にして霜の木葉に浮くが如し。況んや又た乾枯すれば皷皮の如く、
20 急張するが故に、膜沈みて裏に着きて、藏府を押さへ、元氣の途を絶つ。此の時に當たりて、氣留
21 滯して諸病を起こす。悦が刺す所は、針鋩を以て、膜外に投じ、之をして柔和ならしめんとき(則)は、氣の
22 途開く。途開くとき(則)は、血も亦た順(めぐ)る。血順るときは、膜、潤いを得て、彌いよ柔らかなり。故に病滯る所無し。人多くは
23 針を刺して、此の趣無し。針、藏府に入りて、傷を為す。悦が刺す所は、今ま予が陳ふるが如し。腹を刺すと雖も、
24 何の恐るる所か有らんや。客曰く、内經を見るに云ふ、熇熇の熱、渾渾の脉、漉漉の汗、大労、大飢、
25 大渇、新飽、大驚等、皆な刺すこと無れ、と。又た形氣不足、病氣不足、此れ陽
26 陰皆な不足なり。之を刺す可からず。〔之を刺すときは〕重ねて其の氣を竭し、老者は絶滅し、壯者は
27 復せず、と。予曰く、悦が刺す所の針は、内經件(くだん)の語に管(か)ねず。經脉を刺すの
28 針は、脉中の氣を抜奪す。故に皆な之を恐る。悦が刺す所は、經脉の
29 処を除き、柔膜を刺すの一德のみ。扁鵲の抓膜の儀、之に幾(ちか)きのみ。或る人
30 焉(これ)を言ふ。

31  元和五年九月書于病床上  桑宿宗彭

【注釋】
○1 粤:文のリズムを整えることば。無義。 ○秌:「秋」の異体字。初秋は旧暦の七月。 ○中浣:中旬。 ○瘧疾:マラリア、腎盂炎など、間歇性の高熱、悪寒戦慄などの症状を呈す。 ○2仲秌:旧暦の八月。 ○若猶:誤読の可能性あり。 ○裡:「裏」の異体字。うち。 ○薫蒸:熱気が溢れて上昇する。 ○禀:「稟」の異体字。 ○6毉:「醫」の異体字。 ○15弃:「棄」の異体字。 ○20郢斤削堊而不侵鼻端之肉:『莊子』徐無鬼:「莊子送葬、過惠子之墓、顧謂從者曰:郢人堊慢其鼻端若蠅翼、使匠石斲之。匠石運斤成風、聽而斲之、盡堊而鼻不傷、郢人立不失容。宋元君聞之、召匠石曰:嘗試為寡人為之。匠石曰:臣則嘗能斲之。雖然、臣之質死久矣。自夫子之死也、吾無以為質矣、吾無與言之矣。」/堊:壁の塗装に使われる白土。 ○庖丁解牛而及肯綮:『莊子』養生主:「庖丁為文惠君解牛、手之所觸、肩之所倚、足之所履、膝之所踦、砉然嚮然、奏刀騞然、莫不中音。合於《桑林》之舞、乃中《經首》之會。文惠君曰:譆!善哉!技蓋至此乎?庖丁釋刀對曰:臣之所好者道也、進乎技矣。始臣之解牛之時、所見無非牛者。三年之後、未嘗見全牛也。方今之時、臣以神遇、而不以目視、官知止而神欲行。依乎天理、批大郤、道大窾、因其固然。技經肯綮之未嘗、而況大軱乎!良庖歲更刀、割也、族庖月更刀、折也。今臣之刀十九年矣、所解數千牛矣、而刀刃若新發於硎。彼節者有間、而刀刃者無厚、以無厚入有閒、恢恢乎其於遊刃必有餘地矣、是以十九年而刀刃若新發於硎。雖然、每至於族、吾見其難為、怵然為戒、視為止、行為遲。動刀甚微、謋然已解、如土委地。提刀而立、為之四顧、為之躊躇滿志、善刀而藏之。文惠君曰:善哉!吾聞庖丁之言、得養生焉。」 
  写真2段目
○9所謂毉者必通三世之書:明・宋濂『贈醫師葛某序』:「古之醫師必通于三世之書、所謂三世者、一曰針灸、二曰神農本草、三曰素女脈訣」。『禮記』曲禮/卷五:「醫不三世不服其藥」。孔穎達疏:「又說云、三世者、一曰黃帝針灸、二曰神農本草、三曰素女脈訣」。「岐伯脉訣」は未詳。 ○脉設:「訣」の誤りであろう。 ○18井栄兪經合:『難経』六十八難を参照。 ○20腑病、依各經、刺其經之兪、臓病、依各經、刺其經之合:『素問』欬論(38)「治藏者治其兪、治府者治其合」。 ○22兪是各經之本原也、故又名原穴:六十六難を参照。 ○某經實者瀉之、虚者補之:『素問』厥論(45)「盛則寫之、虚則補之」など。 ○24 素問曰、〔瀉〕必用方、補必用圓:『素問』八正神明論(26)「寫必用方……補必用員」。 ○30 是迎而奪義:『霊枢』九針十二原(01)を参照。 ○是随而済之義:『霊枢』九針十二原(01)を参照。 ○36 麁:「麤」「粗」の異体字。
37 經脉??……(この行、写真に写るのは右端二、三割のみ)
写真3段目
○05 本邦針家之祖、06 無分:「夢分」「無賁」とも。もと禅僧であったという(『鍼道秘訣集』序)。『日本腹診の源流-意仲玄奥の世界-』を参照。腹部に打鍼を行う。 ○07 是腎間動氣、08 十二經根本也:『難経』八難を参照。 ○10潤生:「潤」の上、「則」字を脱するか。 ○12 兪原:兪穴、原穴。四肢の肘・膝より下部にある。 ○13 中藏府:「中」の添え仮名は「ヤフラン」か?「府」の送り仮名は「ヲ」。 ○15 中臓腑、則不立死:『素問』診要経終論(16)「凡刺胸腹者、必避五藏、中心者、環死、中脾者、五日死、中腎者、七日死、中肺者、五日死、中鬲者、皆爲傷中、其病雖愈、不過一歳必死」。 ○17 四氣:四季。 ○外感:風寒暑湿の外から侵入する病。 ○七情:喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七種類の精神状態。 ○内傷:外感と対となる概念。心労、飲食の不摂生などによる病症。 ○18 肓膜:『素問』痺論(43)「衞者、水穀之悍氣也……其氣熏於肓膜、散於胸腹」。王冰注「肓膜、謂五藏之閒鬲中膜也。以其浮盛、故能布散於胸腹之中、空虚之處、熏其肓膜、令氣宣通也。」 ○長夏:『素問』蔵気法時論(22)「脾主長夏」。王冰注「長夏、謂六月也。」 ○19 皷:「鼓」の異体字。 ○20 急張:ぴんと張った状態。 ○24 内經云、熇〃熱、渾〃脉、漉〃汗:『素問』瘧論(35)「無刺熇熇之熱、無刺渾渾之脉、無刺漉漉之汗」。 ○大労、大飢、25 大渇、新飽、大驚:『素問』刺禁論(52)「無刺大勞人、無刺新飽人、無刺大饑人、無刺大渇人、無刺大驚人」。 ○形氣不足……:『霊枢』根結(05)「形氣不足、病氣不足、此陰陽氣倶不足也、不可刺之、刺之則重不足、重不足、則陰陽倶竭、血氣皆盡、五藏空虚、筋骨髓枯、老者絶滅、壯者不復矣」。なお以上の引用元は、明・虞摶『医学正伝』(一五一五年)医学或問(二十三条)と思われる。 ○29 扁鵲之抓膜:『史記』扁鵲伝「因五藏之輸、乃割皮解肌、訣脉結筋、搦髓腦、揲荒爪幕」。 ○儀:「義」と同じ。 ○31  元和五年:一六一九年。 ○桑宿宗彭:沢庵(道号)。桑宿も号のひとつ。/安土桃山~江戸初期の禅僧。名は宗彭(そうほう)。但馬(たじま)国の人。大徳(だいとく)寺宗園(そうえん)に参じ、1605年大徳寺首座となり、堺の南宗(なんしゅう)寺に住す。 (1573-1645) マイペディア。