2010年10月9日土曜日

澤庵宗彭自筆『刺針要致』一巻(巻物)

 古書店売り立て目録写真から判読してみた。
1 粤有業刺針人、其名曰悦、予自初秌中浣、患瘧疾、
2 及仲秌、病漸退、若猶餘熱留裡薫蒸。則禀其火於
3 皮裏膜外、塞元氣之途、為頑痰、為瘕癖、異證
4 交出、則當難治、故使悦刺針穴、而除滯開塞、流通
5 氣、悦云一日語曰、我雖深不窮針、聊有其旨、當聞
6 真毉未言之、俗毉多曰、針則氣力衰、不宜病人矣、
7 我未知針而氣力衰者、夫人病者、邪氣勝而正
8 氣負、蓋針者却邪氣、生元氣者也、豈謂針而
9 氣力衰乎、我窺見俗毉所云之意旨、只針有忍痛之
10 労、是以曰、針則氣力衰、聊非明針經、以謂之、誠是俗
11 説也、不足信而已、雖然、世人所能信者、俗説也、所不能
12 信者、至言也、無益論之、蓋針無痛之性、痛
13 不痛者、依刺者之能不能、若得妙手、何取忍痛之労
14 乎、能刺者、不傷肉、而能中病、抑針其來尚矣、寧以一人
15 不能、永弃万世之針法乎、世間称毉者、不治病、而殺人者
16 多、雖然、寧以一人俗毉、弃万世之毉道乎、予聞之曰、
17 誠哉斯言、針有忍痛之労者、刺者之不能也、匪啻
18 針、於藥亦然也、依毉之好悪、藥之殺人、又過針、若逢好手、
19 則針藥共治病、逢悪手、則針藥共殺人者也、何獨
20 於針論其害乎、郢斤削堊而不侵鼻端之肉、庖丁解
21 牛而及肯綮、於針豈異乎、時有座客曰、曽聞針有
  写真2段目
1 針經、宜補之義、誰不知之、客曰、針生元氣之義、如何、
2 悦曰、刺有餘而除病、則元氣得途順、不是生元
3 氣乎、假令如人自東過西、中途有姧賊碍之、人不能
4 過、有傍觀者、追退彼姧賊、則人安而過、當知過途
5 人、是正氣也、碍之姧賊者、是邪氣也、追退彼姧賊
6 者、是針也、君不見耶、針有四法、其一曰、迎随、是針
7 有補有瀉之證也、何謂偏無補乎、予曰、我儂雖
8 非毉、以多病為保養、閑暇之日、時〃把毉家之
9 書、讀而知針藥不相去、古所謂毉者必通三世之書矣、
10 以此語見、則何偏取藥而捨針乎、所謂三世書者、黄帝
11 針灸經、神農本草、岐伯脉訣也、脉設察証、本草辨
12 藥、針灸祛疾、非是三者、不足言醫、以此意見、則針是
13 醫家之要具也、今呼施藥者、曰醫師、而呼刺針者、不曰毉
14 師、寔可笑哉、藥治云、灸治云、針治云、豈治病者非醫乎、
15 為醫師謗針、如武士謗兵刀、國有姧賊、則用兵刀、人有疾病、
16 則用針藥、假令藥者如智仁、針者如兵、表智仁、裏兵
17 則剛柔備、而國豈不治乎、表薬裏針、強弱兼而疾寧
18 不愈乎、凡人之經十二、各經有五穴、曰井栄兪經合、是也、五而十
19 二、則六十穴也、是針之要穴也、針灸穴、一身三百六十穴、其所
20 針之要穴六十穴、又其要者二十四穴也、腑病、依各經、刺其經之
21 兪、臓病、依各經、刺其經之合、是十二兪、十二合、并二十四穴
22 是也、兪是各經之本原也、故又名原穴、某經有病、則刺
23 其經之原穴、而治之、某經實者瀉之、虚者補之、
24 素問曰、〔瀉〕必用方、補必用圓、客曰、方圓之義、如何、
25 予曰、方者、氣方盛之方字也、是見氣方盛迎
26 之刺、而抜氣之實、故曰、瀉用方、圓者行也、移也、行不宣
27 之氣、移未復之脉也、行不宣、移未復而済之、是
28 扶助虚氣、而補之也、迎随之義也、假令足三
29 陽經、從頭至足、以刺針人指、摩上經脉、而針鋩
30 向於上、逆經脉之進、而刺之、抜其實、是迎而奪義
31 也、又以刺人指、摩下經、而針鋩向下、随經脉後、刺
32 其虚氣、是随而済之義也、虚而脉滯不移、故随
33 後刺而令脉移、令氣宣也、假令如牛労而車不移、
34 人随後推其輪、而戮力於牛、以移車也、是随之義也
35 經脉自子至午、自午至子、陰陽上下之分可考矣、今也
36 舉其麁而已、猶此深思惟針者、奪實済虚、以調經脉者也、
37 經脉??……(この行、写真に写るのは右端二、三割のみ)
写真3段目
1 数十日、針損藏府、膿潰而死者、見一兩人、世間幾人如此乎、
2 諸經脉皆在外、針入裏、無其用、依其穴、針入二分、或二分半、三
3 分、各有分、故往昔周身三百六十穴、針亦有三百六十本、而
4 刺其經、以某針、夫針刺者、能知之、容易不可深刺、而不損
5 為損、不傷生傷、抑悦之所刺之針者、本邦針家之祖、
6 無分之末流也、病在頭、亦於腹刺、在脚亦於腹刺、一身之病都
7 於腹刺、其刺有次序、諸病先刺臍下一穴、是腎間動氣、
8 十二經根本也、刺之以刧元氣、而後據散針法、不拘經穴、刺
9 邪之所在、開元氣巡途、而令通、則氣順、〃〃則痰順、〃
10 〃則熱散、〃〃則風内消、況又氣順則血活、〃〃潤生、〃〃則精
11 液生、〃〃則神内立、盖針之成功如此、客曰、古人以刺満身
12 不為好、以兪原為好、以刺腹、不為好、以刺四肢、為妙手、是只恐
13 中藏府也、今悦云刺腹、其義難辨、予曰、縱刺兪原、亦刺
14 四肢、不得意、則不可也、雖刺腹、得意而刺、則可也、古人禁刺腹
15 之意者、其在針深入損藏府也、所謂中臓腑、則不立死、
16 則為害、非者是也、悦之所刺、針鋩止皮裏膜外、而不入藏
17 府、入藏府、則針無功、其故如何、四氣外感之熱、七情内傷
18 之火薫蒸、而肓膜乾枯、膜外如長夏濕熱、汗多、而垢之積身、
19 又如竈上之煤、又如寒嚴而霜之浮木葉、況又乾枯如皷皮、
20 急張故、膜沈而着裏、押藏府、絶元氣之途、當此時、氣留
21 滯而起諸病、悦之所刺、以針鋩、投膜外、使之柔和、則氣之
22 途開、〃〃則血亦順、血順、膜得潤、彌柔也、故病無所滯、人多
23 刺針、無此趣、針入藏府、為傷、悦之所刺、如今予陳、雖刺腹、
24 有何所恐乎、客曰、見内經云、熇〃熱、渾〃脉、漉〃汗、大労、大飢、
25 大渇、新飽、大驚等、皆無刺、又形氣不足、病氣不足、此陽
26 陰皆不足也、不可刺之、〔刺之則〕重竭其氣、老者絶滅、壯者
27 不復矣、予曰、悦之所刺之針、不管内經件之語、刺經脉之
28 針者、抜奪脉中之氣、故皆恐之、悦之所刺者、除經脉之
29 処、刺柔膜之一德也、扁鵲之抓膜之儀、幾之而已、或人
30 言焉

31  元和五年九月書于病床上  桑宿宗彭


 読み下し (原文には送りがな、返り点がついてそれにできるだけ従うが、写真が不鮮明 で不明なところあり、一部推定による。)
1 粤(ここ)に針を刺すを業とする人有り。其の名を悦と曰ふ。予、初秌中浣自り、瘧疾を患い、
2 仲秌に及んで、病漸く退くも、猶お餘熱、裡(うち)に留まりて薫蒸するが若く、則ち其の火を
3 皮裏膜外に禀け、元氣の途を塞ぎ、頑痰を為し、瘕癖を為し、異證
4 交ごも出で、則ち治し難きに當る。故に悦をして針穴に刺して、而して滯を除き塞を開き、通
5 氣を流さしむ。悦云う、一日語りて曰く、我れ深く針を窮めずと雖も、聊か其の旨有り。當に聞く、
6 真毉は未だ之を言はず、俗毉多く曰く、針するときは氣力衰ふ、病人に宜しからずと。
7 我れ未だ針して氣力衰ふる者を知らず。夫(そ)れ人病むは、邪氣勝って正
8 氣負く。蓋し針は邪氣を却け、元氣を生ずる者なり。豈に針して
9 氣力衰ふると謂はんや。我れ俗毉の云ふ所の意旨を窺ひ見るに、只だ針は忍痛の
10 労有り。是(ここ)を以て、針するときは氣力衰ふと曰ふ。聊か針經を明めて、以て之を謂ふに非ず。誠に是れ俗
11 説なり。信ずるに足らざるのみ。然りと雖も、世人の能く信ずる所の者は、俗説なり。能く
12 信ぜざる所の者は、至言なり。之を論ずるに益無し。蓋し針に痛の性無し。痛
13 不痛は、刺す者の能不能に依らん。若し妙手を得ば、何ぞ忍痛の労を取らん
14 や。能く刺す者は、肉を傷(やぶ)らずして能く病に中(あ)たる。抑(そも)そも針其の來たるや尚(ひさ)しいかな。寧ろ一人の
15 不能を以て、永く万世の針法を弃(す)てんや。世間の毉を称する者、病を治せずして、人を殺す者
16 多し。然りと雖も、寧ろ一人の俗毉を以て、万世の毉道を弃てんや。予、之を聞きて曰く、
17 誠なるかな斯の言。針に忍痛の労有るは、刺す者の不能なり。啻に
18 針のみに匪ず、藥に於いて亦た然らんや。毉の好悪に依りて、藥の人を殺す、又た針に過ぎん。若し好手に逢ふときは、
19 針藥共に病を治す。悪手に逢ふときは、針藥共に人を殺す者なり。何ぞ獨り
20 針に於いて其の害を論ぜんや。郢斤、堊を削って鼻端の肉を侵さず。庖丁、
21 牛を解いて肯綮に及ぶ。針に於いて豈に異ならんや。時に座客有り。曰く、曽て聞く針に/有り……

  写真2段目(一段目の次に連続していないであろう)
1 針經に……補の義に宜し、誰か之を知らざるや。客曰く、針して元氣を生ずるの義、如何。
2 悦曰く、有餘を刺して病を除けば、則ち元氣、途を得て順(めぐ)る。是れ元
3 氣を生ずることならずや。假令(たとえ)ば人、東自り西過ぎるが如し。中途に姧賊有りて之を碍(さまた)げ、人
4 過る能わず。傍觀の者有り、彼の姧賊を追退するときは、人安んじて過ぐ。當に知るべし、途を過る
5 人は、是れ正氣なり。之を碍ぐる姧賊は、是れ邪氣なり。彼の姧賊を追退する
6 者は、是れ針なり。君見ずや。針に四法有り。其の一に迎随と曰ふ。是れ針に
7 補有り瀉有るの證なり。何ぞ偏(ひと)へに補無しと謂はんや。予が曰く、我儂(われ)、
8 毉に非ずと雖も、多病なるを以て保養を為す。閑暇の日、時々毉家の
9 書を把(と)り、讀みて針藥相去らざることを知る。古(いにしへ)に所謂(いはゆる)毉は必ず三世の書に通ずと。
10 此の語を以て見るとき(則)は何ぞ偏へに藥を取りて針を捨てんや。所謂三世書といふ者は、黄帝
11 針灸經、神農本草、岐伯脉訣也。脉設〔訣の誤字か〕は証を察し、本草は
12 藥を辨じ、針灸は疾を祛(のぞ)く。是の三の者に非ざれば、醫を言ふに足らず。此の意を以て見るとき(則)は、針は是れ
13 醫家の要具なり。今、藥を施す者(ひと)を呼んで、醫師と曰って、針を刺す者(ひと)を呼んで、毉
14 師と曰はず。寔に笑ふ可きかな。藥治と云ひ、灸治と云ひ、針治と云ひ、豈に病を治す者(もの)、醫に非ざらんや。
15 醫師と為(し)て針を謗るは、武士の兵刀を謗るが如し。國に姧賊有るとき(則)は、兵刀を用ゐ、人に疾病有るとき(則)は、
16 針藥を用ゆ。假令(たとへ)ば藥は智仁の如し。針は兵の如し。智仁を表とし、兵を裏とするとき(則)は、
17 剛柔備りて、國、豈に治まらざらんや。薬を表とし針を裏とせば、強弱兼ねて疾寧ろ
18 愈ゑざらんや。凡そ人の經十二、各經、五穴有り。井栄兪經合と曰ふ。是れなり。五にして十
19 二なるとき(則)は、六十穴なり。是れ針の要穴なり。針灸穴、一身に三百六十穴。其れ
20 針する所の要穴六十穴なり。又た其の要なる者、二十四穴なり。腑の病には、各經に依りて、其の經の
21 兪を刺し、臓の病には、各經に依りて、其の經の合を刺す。是れ十二兪、十二合、并せて二十四穴、
22 是れなり。兪は是れ各經の本原なり。故に又た原穴とも名づく。某(そこ)の經に病有るとき(則)は、
23 其の經の原穴を刺して、之を治す。某(そこ)の經、實すれば之を瀉し、虚すれば之を補ふ。
24 素問曰く、瀉には必ず方を用ゆ。補には必ず圓を用ゆ。客曰く、方圓の義、如何(いかん)。
25 予曰く、方とは、氣の方(まさ)に盛んならんの方の字なり。是れ氣の方に盛んならんを見て、
26 之を迎へて刺して、氣の實を抜く。故に曰く、瀉には方を用ゆなり、圓には行なり、移なり、宣(の)びざる
27 の氣を行(めぐ)らし、未だ復せざるの脉を移すなり。宣びざるを行(めぐ)らし、未だ復せざるを移して之を済(すく)ふ。是れ
28 虚氣を扶助して、之を補ふなり。迎随の義なり。假令ば足三
29 陽の經、頭從り足に至る。針を刺す人の指を以て、經脉を摩(す)り上げて、針鋩を
30 上を向けて、經脉の進みに逆ひて、之を刺して、其の實を抜く。是れ迎へて奪ふの義なり。
31 又た刺す人の指を以て、經を摩り下(くだ)して、針鋩を下に向け、經脉の後に随ひて、
32 其の虚氣を刺す。是れ随ひて之を済の義なり。虚して脉滯りて移らず。故に
33 後に随ひて刺して脉をして移さしめ、氣をして宣べしむるなり。假令ば牛、労して車移らざるを、
34 人、後に随ひて其の輪を推(お)して、力を牛に戮(あは)せて、以て車を移すが如きなり。是れ随の義なり。
35 經脉は子自り午に至り、午自り子に至る。陰陽上下の分、考ふ可し。今や
36 其の麁を舉ぐるのみ。猶ほ此れ深く思惟せば、針は、實を奪ひ虚を済ひて、以て經脉を調ふる者ならん。
37 經脉??……(この行、写真に写るのは右端二、三割のみ)

写真3段目
1 数十日、針、藏府を損じて、膿潰して死する者、一兩人を見る。世間幾人、此の如きか。
2 諸經脉は皆な外に在り。針、裏に入れば、其の用無し。其の穴に依りて、針入るること二分、或いは二分半、三
3 分、各おの分有り。故に往昔は周身三百六十穴、針亦た三百六十本有りて、
4 其の經を刺すに、某針を以てす。夫れ刺を針す者、能く之を知れ。容易にして深く刺して、不損に
5 損を為し、不傷に傷を生(な)す可からず。抑(そもそ)も悦が刺す所の針は、本邦針家の祖、
6 無分の末流なり。病、頭に在るも、亦た腹に於いて刺し、脚に在るも亦た腹に於いて刺す。一身の病都(すべ)て
7 腹に於いて刺す。其の刺に次序有り。諸病、先づ臍下の一穴を刺す。是れ腎間の動氣にして、
8 十二經の根本なり。之を刺して以て元氣を刧(おびやか)して、後に散針の法に據りて、經穴に拘らず、
9 邪の所在に刺して、元氣の巡途を開きて、通ぜしむるとき(則)は、氣順(めぐ)る。氣順るとき(則)は、痰順る。痰
10 順るとき(則)は、熱散ず。熱散ずるとき(則)は、風、内に消ず。況んや又た氣順るとき(則)は血活す。血活するときは潤い生ず。潤い生ずるとき(則)は、精
11 液生ず。精液生ずるとき(則)は、神、内に立つ。盖し針の功を成すこと此の如し。客曰く、古人、満身に刺すを以て
12 好しと為さず。兪原を以て好しと為す。腹を刺すを以て、好しと為さず。四肢を刺すを以て、妙手と為す。是れ只だ
13 藏府を中(やぶ)(中(あた))らんことを恐るるならん。今ま悦云ふ、腹に刺すと。其の義、辨じ難し。予曰く、縱(たと)ひ兪原に刺し、亦た
14 四肢に刺すも、意を得ざるとき(則)は、不可なり。腹に刺すと雖も、意を得て刺すとき(則)は、可なり。古人、腹を刺すを禁ずる
15 の意は、其れ針深く入りて藏府を損するに在るなり。所謂(いはゆる)臓腑を中るとき(則)は、立ちどころに死せざるも、
16 害を為す。非なる者は是(ゼ)なり。悦が刺す所は、針鋩、皮裏膜外に止まりて、藏
17 府に入れず。藏府に入るとき(則)は、針に功無し。其の故如何(いかん)となれば、四氣外感の熱、七情内傷
18 の火薫蒸して、肓膜乾枯し、膜外、長夏の濕熱に汗多くして、垢の身に積むが如し。
19 又た竈(かまど)の上の煤の如し。又た寒嚴にして霜の木葉に浮くが如し。況んや又た乾枯すれば皷皮の如く、
20 急張するが故に、膜沈みて裏に着きて、藏府を押さへ、元氣の途を絶つ。此の時に當たりて、氣留
21 滯して諸病を起こす。悦が刺す所は、針鋩を以て、膜外に投じ、之をして柔和ならしめんとき(則)は、氣の
22 途開く。途開くとき(則)は、血も亦た順(めぐ)る。血順るときは、膜、潤いを得て、彌いよ柔らかなり。故に病滯る所無し。人多くは
23 針を刺して、此の趣無し。針、藏府に入りて、傷を為す。悦が刺す所は、今ま予が陳ふるが如し。腹を刺すと雖も、
24 何の恐るる所か有らんや。客曰く、内經を見るに云ふ、熇熇の熱、渾渾の脉、漉漉の汗、大労、大飢、
25 大渇、新飽、大驚等、皆な刺すこと無れ、と。又た形氣不足、病氣不足、此れ陽
26 陰皆な不足なり。之を刺す可からず。〔之を刺すときは〕重ねて其の氣を竭し、老者は絶滅し、壯者は
27 復せず、と。予曰く、悦が刺す所の針は、内經件(くだん)の語に管(か)ねず。經脉を刺すの
28 針は、脉中の氣を抜奪す。故に皆な之を恐る。悦が刺す所は、經脉の
29 処を除き、柔膜を刺すの一德のみ。扁鵲の抓膜の儀、之に幾(ちか)きのみ。或る人
30 焉(これ)を言ふ。

31  元和五年九月書于病床上  桑宿宗彭

【注釋】
○1 粤:文のリズムを整えることば。無義。 ○秌:「秋」の異体字。初秋は旧暦の七月。 ○中浣:中旬。 ○瘧疾:マラリア、腎盂炎など、間歇性の高熱、悪寒戦慄などの症状を呈す。 ○2仲秌:旧暦の八月。 ○若猶:誤読の可能性あり。 ○裡:「裏」の異体字。うち。 ○薫蒸:熱気が溢れて上昇する。 ○禀:「稟」の異体字。 ○6毉:「醫」の異体字。 ○15弃:「棄」の異体字。 ○20郢斤削堊而不侵鼻端之肉:『莊子』徐無鬼:「莊子送葬、過惠子之墓、顧謂從者曰:郢人堊慢其鼻端若蠅翼、使匠石斲之。匠石運斤成風、聽而斲之、盡堊而鼻不傷、郢人立不失容。宋元君聞之、召匠石曰:嘗試為寡人為之。匠石曰:臣則嘗能斲之。雖然、臣之質死久矣。自夫子之死也、吾無以為質矣、吾無與言之矣。」/堊:壁の塗装に使われる白土。 ○庖丁解牛而及肯綮:『莊子』養生主:「庖丁為文惠君解牛、手之所觸、肩之所倚、足之所履、膝之所踦、砉然嚮然、奏刀騞然、莫不中音。合於《桑林》之舞、乃中《經首》之會。文惠君曰:譆!善哉!技蓋至此乎?庖丁釋刀對曰:臣之所好者道也、進乎技矣。始臣之解牛之時、所見無非牛者。三年之後、未嘗見全牛也。方今之時、臣以神遇、而不以目視、官知止而神欲行。依乎天理、批大郤、道大窾、因其固然。技經肯綮之未嘗、而況大軱乎!良庖歲更刀、割也、族庖月更刀、折也。今臣之刀十九年矣、所解數千牛矣、而刀刃若新發於硎。彼節者有間、而刀刃者無厚、以無厚入有閒、恢恢乎其於遊刃必有餘地矣、是以十九年而刀刃若新發於硎。雖然、每至於族、吾見其難為、怵然為戒、視為止、行為遲。動刀甚微、謋然已解、如土委地。提刀而立、為之四顧、為之躊躇滿志、善刀而藏之。文惠君曰:善哉!吾聞庖丁之言、得養生焉。」 
  写真2段目
○9所謂毉者必通三世之書:明・宋濂『贈醫師葛某序』:「古之醫師必通于三世之書、所謂三世者、一曰針灸、二曰神農本草、三曰素女脈訣」。『禮記』曲禮/卷五:「醫不三世不服其藥」。孔穎達疏:「又說云、三世者、一曰黃帝針灸、二曰神農本草、三曰素女脈訣」。「岐伯脉訣」は未詳。 ○脉設:「訣」の誤りであろう。 ○18井栄兪經合:『難経』六十八難を参照。 ○20腑病、依各經、刺其經之兪、臓病、依各經、刺其經之合:『素問』欬論(38)「治藏者治其兪、治府者治其合」。 ○22兪是各經之本原也、故又名原穴:六十六難を参照。 ○某經實者瀉之、虚者補之:『素問』厥論(45)「盛則寫之、虚則補之」など。 ○24 素問曰、〔瀉〕必用方、補必用圓:『素問』八正神明論(26)「寫必用方……補必用員」。 ○30 是迎而奪義:『霊枢』九針十二原(01)を参照。 ○是随而済之義:『霊枢』九針十二原(01)を参照。 ○36 麁:「麤」「粗」の異体字。
37 經脉??……(この行、写真に写るのは右端二、三割のみ)
写真3段目
○05 本邦針家之祖、06 無分:「夢分」「無賁」とも。もと禅僧であったという(『鍼道秘訣集』序)。『日本腹診の源流-意仲玄奥の世界-』を参照。腹部に打鍼を行う。 ○07 是腎間動氣、08 十二經根本也:『難経』八難を参照。 ○10潤生:「潤」の上、「則」字を脱するか。 ○12 兪原:兪穴、原穴。四肢の肘・膝より下部にある。 ○13 中藏府:「中」の添え仮名は「ヤフラン」か?「府」の送り仮名は「ヲ」。 ○15 中臓腑、則不立死:『素問』診要経終論(16)「凡刺胸腹者、必避五藏、中心者、環死、中脾者、五日死、中腎者、七日死、中肺者、五日死、中鬲者、皆爲傷中、其病雖愈、不過一歳必死」。 ○17 四氣:四季。 ○外感:風寒暑湿の外から侵入する病。 ○七情:喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七種類の精神状態。 ○内傷:外感と対となる概念。心労、飲食の不摂生などによる病症。 ○18 肓膜:『素問』痺論(43)「衞者、水穀之悍氣也……其氣熏於肓膜、散於胸腹」。王冰注「肓膜、謂五藏之閒鬲中膜也。以其浮盛、故能布散於胸腹之中、空虚之處、熏其肓膜、令氣宣通也。」 ○長夏:『素問』蔵気法時論(22)「脾主長夏」。王冰注「長夏、謂六月也。」 ○19 皷:「鼓」の異体字。 ○20 急張:ぴんと張った状態。 ○24 内經云、熇〃熱、渾〃脉、漉〃汗:『素問』瘧論(35)「無刺熇熇之熱、無刺渾渾之脉、無刺漉漉之汗」。 ○大労、大飢、25 大渇、新飽、大驚:『素問』刺禁論(52)「無刺大勞人、無刺新飽人、無刺大饑人、無刺大渇人、無刺大驚人」。 ○形氣不足……:『霊枢』根結(05)「形氣不足、病氣不足、此陰陽氣倶不足也、不可刺之、刺之則重不足、重不足、則陰陽倶竭、血氣皆盡、五藏空虚、筋骨髓枯、老者絶滅、壯者不復矣」。なお以上の引用元は、明・虞摶『医学正伝』(一五一五年)医学或問(二十三条)と思われる。 ○29 扁鵲之抓膜:『史記』扁鵲伝「因五藏之輸、乃割皮解肌、訣脉結筋、搦髓腦、揲荒爪幕」。 ○儀:「義」と同じ。 ○31  元和五年:一六一九年。 ○桑宿宗彭:沢庵(道号)。桑宿も号のひとつ。/安土桃山~江戸初期の禅僧。名は宗彭(そうほう)。但馬(たじま)国の人。大徳(だいとく)寺宗園(そうえん)に参じ、1605年大徳寺首座となり、堺の南宗(なんしゅう)寺に住す。 (1573-1645) マイペディア。

1 件のコメント:

  1. 『説文解字』に「人,去らんと欲し,力を以て脅止せらるるを劫と曰う。或いは曰く,力を以て去らんとするを止むるを劫と曰う」とある。力を刀に変えた「刧」は異体字。したがって,「之を刺して以て元氣を刧して」と云うことができる。「之を刺して以て元氣をおしとどめて」と訓めば,よりわかりやすいかもしれない。

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