2010年10月18日月曜日

1-2 大明琢周鍼法鈔

1-2 大明琢周鍼法鈔
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『大明琢周鍼法鈔』(タ-71)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』1所収

鍼法一軸跋
凡原鍼家之術上古者以石
開破病矣逮黄帝之時臣有
歧伯稱之天師相問難而内
經作初發九鍼説又秦越人
扁鵲深得素問靈樞旨設爲
問荅述八十一難經榮衞度
數尺寸部位陰陽王相藏府
虚實經絡流注鍼刺兪穴悉
該備矣自此以徃天下針刺
旨瞭然矣本朝亦行于世就
  一ウラ
中予師法鵲主翁者文熟醫
熟日夕取諸家説所着經論
發前賢所未發以針刺術救
人民之沉痾無不療故世皆
謂遇長桑君飲以上池水者
可謂竒矣予幸居隣里聞其
風行師之遊門數稔而相承
家傳學所憾只才踈質鈍而
已予甞治疾不膠陳迹予家
有一僕子常鍼所死穴乍殺
鍼所活穴乍甦矣炎皇一日
  二オモテ
七十有毒謂也終得不傳妙
術矣壬辰秋之頃予舊里有
老父常患心積苦則以刀傷
如切一醫針而不効後五月
鍼何穴四肢強直反張不知
人事今予見之曰可活因此
針神穴隨手安矣或問古人
所制禁穴二十二神穴其一
也今針而醫疾何乎予答之
曰淬回論孟子謂悉信書則
不如无書二十二穴有可信
  二ウラ
有不可信不可不詳矣前哲
針禁穴愈疾者不遑勝計也
舉其一二爲凡例如魏花佗
割臆刳腸胃秦張文仲刺腦
戸治頭疼何雖禁穴治疾可
也空黙而去矣自其逮于今
治疾痛如有神矣公之見學
針刺其勤漸久術精微也故
明傳家傳之學因印加而以
授之喜菴云爾
       琢周印

  書き下し
鍼法一軸跋
凡そ鍼家の術を原(たずぬ)るに、上古は石を以て
病を開破す。黄帝の時に逮びて、臣に
歧伯有り。之を天師と稱す。相い問難して内
經作る。初めて九鍼の説を發す。又た秦越人
扁鵲深く素問靈樞の旨(シ)を得たり。設けて
問荅を爲して八十一難經を述ぶ。榮衞の度
數、尺寸の部位、陰陽の王相、藏府の
虚實、經絡の流注、鍼刺の兪穴、悉く
該(か)ね備うかな。此れ自り以徃(このかた)天下に針刺の
旨瞭然たり。本朝にも亦た世に行わる。
  一ウラ
中ん就く、予が師法鵲主翁は、文熟し醫
熟す。日に夕に諸家の説を取りて着(シル)す所の經論は、
前賢の未だ發せざる所を發す。針刺の術を以て
人民の沉痾を救い、療せざること無し。故に世皆な
謂えらく、長桑君に遇いて飲むに上池の水を以てする者か、と。
奇と謂っつ可し。予幸いに隣里に居りて、其の
風を聞きて、行きて之を師とす。門に遊ぶこと數稔にして
家傳の學を相い承く。憾(うれえ)る所は只だ才踈、質鈍のみ。
予嘗て疾を治するに陳迹に膠(ねやか)らず。予が家、
一僕子有り。常に死する所の穴に鍼して、乍(たちま)ちに殺し、
活する所の穴に鍼して、乍ちに甦(よみがえら)す。炎皇一日
  二オモテ
七十有毒の謂(いい)か。終(つい)に不傳の妙
術を得たり。壬辰の秋の頃、予が舊里に
老父有り。常に心積を患う。苦しむときは(則ち)刀傷を以て
切るが如し。一醫針して効あらず。後五月、
何の穴に鍼するや、四肢強直反張して
人事を知らず。今予之を見て曰く、活す可し。此に因りて
神穴に針して、手に隨いて安し。或るひと問う、古人の
制する所の禁穴二十二にして、神穴其の一
なり。今針して疾を醫(いや)す。何(なん)ぞや。予(之に)答えて
曰く、淬回(そかい)論に、孟子の謂(いわ)く悉く書を信ぜば、(則ち)
書无(な)きには如かず、と。二十二穴、信ず可き有り、
  二ウラ
信ず可からざる有り。詳らかにせずんばある可からず。前哲
禁穴に針して疾を愈す者、勝(あ)げて計(かぞ)うるに遑(いとま)あらず。
其の一二を舉げて凡例と爲す。魏・花佗が
臆を割き腸胃を刳し、秦の張文仲が腦
戸に刺して頭疼を治するが如し。何ぞ禁穴と雖も疾を治せば可なり、と。
空しく黙して去る。其れ自り今に逮(およ)びて
疾痛を治するに神有るが如し。公の
針刺を學ぶを見るに、其の勤め漸く久し。術、精微なり。故に
明の傳家傳の學、因りて印加して以て
之を喜菴に授くと爾云(しかいう)。
       琢周印

  【注】
○天師:『素問』上古天真論(01)「廼問於天師」。王冰注「天師、歧伯也。」 ○荅:「答」の異体字。 ○王相:陰陽家は王(旺盛)、相(強壮)、胎(孕育)、没(没落)、死(死亡)、囚(禁錮)、廃(廃棄)、休(休退)の八字と五行、四時、八卦などをたがいに組み合わせて、事物の消長交代をあらわす。五行用事を王とし、王が生ずるものを相として、物がその時を得ることをあらわす。 ○本朝:我が国。ここでは日本。漢語では自分のいる朝代。
  一ウラ
○法鵲主翁: ○日夕:日夜。昼も夜も。 ○着:「著」の異体字。 ○賢:左訓「カシコシ」。 ○沉痾:久しく治らない疾病。重病、宿疾。「沉」は「沈」の異体字。「痾」の左訓「ヤマイ」。 ○長桑君:『史記』扁鵲伝を参照。 ○聞風:うわさを聞く。「風」は、情報。風聞。 ○遊門:遊学。学習する。 ○稔:年。 ○相承:継承する。 ○
家傳學:家の中で代々伝えられている学業。 ○憾:心に不満を感じる。 ○才:才能。 ○踈:疎。疏。拙劣。 ○質:資質。天性。生まれつき。 ○鈍:おろか。愚鈍。 ○甞:「嘗」の異体字。 ○膠:膠着する。拘泥する。送りがな「ラ」。粘(ね)ゆ/ねばる=⇒ネヤカル。 ○陳迹:陳跡。古い前人が遺した事物、成果。 ○甦:蘇醒する。 ○炎皇:炎帝神農。『淮南子』脩務訓に「神農……嘗百草之滋味、水泉之甘苦、令民知所辟就。當此之時、一日而遇七十毒。」とある。また王履『醫經溯洄集』神農嘗百草論の冒頭に「淮南子云、神農嘗百草、一日七十毒」とある。
  二オモテ
○壬辰:天文元年(1532)。文禄元年(1592)。承応元年(1652)。正徳二年(1712)。『大明琢周鍼法一軸』は延宝七年(1679)序刊。 ○心積:胃痙攣のような症状か。 ○五月:意味の上からして「五日」か。 ○強直:かたくこわばる。硬直していうことがきかない。 ○反張:エビぞりになる。 ○不知人事:人事不省。 ○神穴:未詳。下文にある禁穴二十二のうちの一穴であるならば、神闕か。○隨手:ただちに。 ○古人所制禁穴二十二:明・高武『鍼灸聚英発揮』巻七「禁鍼穴歌:禁鍼穴道要先明、腦戸顖會及神庭、絡却玉枕角孫穴、顱顖承泣隨承靈、神道靈臺膻中忌、水分神闕并會陰、横骨氣衝手五里、箕門承筋并青靈、更加臂上三陽絡、二十二穴不可鍼。」 ○醫:送りがな「ス」。「いス」か。いま、「いやす」と読んでおく。 ○淬回論:『醫經溯洄集』のことであろう。その神農嘗百草論に「孟子所謂……」とある。 ○孟子謂:『孟子』盡心下に見える。
  二ウラ
○前哲:前代の賢人。 ○舉:「擧」「挙」の異体字。 ○凡例:書のはじめにあげて内容・主旨・編集体例を説明した文章。 ○魏花佗:『三國志』魏書二十九方技および『後漢書』卷八十二下 方術列傳第七十二下の華佗伝を参照。 ○割臆刳腸胃:『三國志』魏書「病若在腸中、便斷腸湔洗」。/臆:むね。 ○秦張文仲:おそらく、宋・張杲『醫説』鍼灸・鍼愈風眩の「秦鳴鶴爲侍醫。高宗苦風眩、頭重目不能視。武后亦幸災異、逞其志。至是疾甚。召鳴鶴・張文仲診之。鳴鶴曰:風毒上攻、若刺頭出少血、即愈矣。天后自簾中怒曰:此可斬也、天子頭上、豈是試出血處耶。上曰:醫之議病、理不加罪、且吾頭重悶殆不能忍、出血未必不佳。命刺之。鳴鶴刺百會及腦戸、出血。上曰:吾眼明矣。言未畢、后自簾中頂禮拜謝之、曰:此天賜我師也。躬負繒寶、以遺鳴鶴。」中の「秦鳴鶴・張文仲」を「秦張文仲」とした誤りに基づくと思われる。あるいは版本の問題か。新旧『唐書』には、「腦戸」という穴名は見えない。なお『太平御覽』卷七二三・方術部四・醫三、『册府元龜』卷八五九・醫術第二にも同様の文がある。  ○印加:「印可」(もと、仏教、特に禅宗で、師僧が、弟子が法を体得したことを証明・認可すること。のちに芸道などで奥義に達したことを認めて免許をさずけること)の意であろう。 ○喜菴:疋地(匹地)氏。 ○云爾:語末の助詞。かくのごときのみ、の意味。

 以下は、和読する。フリガナは原文にしたがう。フリガナがひらがなになっているものは、和読者の推定による。適宜、句読点を打つ。

琢周針法抄跋
此の書は、琢周が針法とばかり、思う
べからず。何(イヅ)れの流(リウ)にも用ゆべし。何
れの流とは、打針(ウチハリ)管(クダ)針捻(ヒ子リ)針などの
類なり。それには鎚(ツチ)を用い、或いは管(クタ)を
用い、或いはひねりさす。琢周が傳には、
唯(タヽ)何(ナニ)となく、按手(ヲシテ)を輕々(カルカル)としてさ
し入る計(ハカリ)なり。此の針法の妙は、内經に
曰く、藏病は治し難く、府病は治し易し、と。此の要
を悟っての故に藏の經穴は五穴に過(スキ)ず、
專ら府の經穴を用ゆ。但し陰症を陽分
へ引出して治する則(とき)は、治(チシ)易(ヤスシ)。是れ此の針
法の妙なり。上古は、九針とて九種の
針を用ゆ。上古の人は、形体(ケイテイ)剛強(カウキヤウ)なる
が故なり。今代(コンタイ)の人は然不(シカラス)。故に專
  一ウラ
ら微(ヒ)針を用いるなり。琢周は其(ソノ)九針の
中の員利針(エンリシン)を用ゆ。員利針は尖(トカ)り
毫(ケフ)の如く員(マトカ)に且つ利(トシ)。中身少(スコ)し大にして、長
さ一寸六分、陰陽(インヤウ)を調(トヽノ)え暴痺飛經
走氣を去ると云う。此の針に專ら鉄(テツ)を用ゆ。
腹中にてきれたるとき消しやすき故
なり。琢周 本朝へ來たること、慶長年
中なり。彼が門人と成る者、紀(キ)州熊野(クマノ)の住
雲(ウン)州松江(マツエ)の住、是なり。然して琢周、痢病(リヒヤウ)を
患(ウレヒ)て程なく死す。故に 日域(シチイキ)に名を發不(ハツセス)。
此の針法を用いるに、其の効(シルシ)、神(シン)の如し。故に此の書秘(ヒ)して
他(タ)に傳不(ツタエス)。度々(ドヽ)板(ハン)に開(ヒラカ)ん事を望(ノソミ)て剞劂(キケツ)氏下(クタル)
といえども難(カタ)く秘して猶(ナヲ)出さ不(ス)。予今思うに醫(イ)は
仁道なり。板に開いて此の針法を用いば、天下の
民を救(スクハ)ん。然らば大なる功ならんとなり。

  【注】
○内經曰:『難経』五十四難。 ○員利針は:以下の説明は、徐春甫『古今医統大全』卷七・鍼灸直指・九鍼図によると思われる。そうであれば、「暴痺を去り、飛經走氣す」と読むべきではないか。「飛經走氣」に関しては、金鍼賦などを参照。經氣をめぐらす刺法。 ○日域:じちいき。日本の異名。 ○剞劂氏:刻工。広くは印刷出版業者。書商。

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