2010年10月27日水曜日

3-2 鍼灸五蘊抄

3-2『鍼灸五蘊抄』
     武田科学振興財団杏雨書屋所蔵『鍼灸五蘊抄』(乾三五九五)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』3所収

  五蘊抄序
不佞爲童時在志于
經絡同郡有松澤先
生者最精於此道因
而親炙于茲十有五
年漸窺於其十之一
夫先生之教業也口
授而無片紙之書不
佞久而恐忘之故從
傍聞記之而編輯焉
題名五蘊抄秘而不
  一ウラ
出雖親族不許見之
醫之爲道也本仁然
則此書不可秘也乎
仲尼曰不憤不啓不
悱不發庶以不佞吝
惜無罪則幸甚于時
貞享二歳乙丑九月
中旬知箴序

  書き下し
  五蘊抄序(田中知箴)
不佞、童爲(た)りし時、
經絡に志在りき。同郡に松澤先
生なる者有り。最も此の道に精(くわ)し。因りて
親炙すること茲に十有五
年。漸く其の十が一を窺う。
夫れ先生の業を教わるや、口から
授けて片紙の書無し。不
佞、久しくして之を忘るることを恐る。故に
傍らに從いて之を聞き記して編輯す。
題して五蘊抄と名づく。秘して
  一ウラ
出ださず。親族と雖も之を見ることを許さず。
醫の道爲るや、仁を本とす。然れば
則ち此の書、秘す可からざるか。
仲尼の曰く、憤せざれば啓せず。
悱せざれば發せず、と。庶(ねが)わくは不佞が吝
惜を以て、罪すること無くんば、則ち幸甚。時に
貞享二歳乙丑九月
中旬。知箴序

【注】
○不佞:不才。自分を謙遜していう。 ○松澤先生: ○親炙:直接に教えを受ける。 ○片紙:一片の紙。 
  一ウラ
○仲尼曰:『論語』述而:「子曰:不憤不啓、不悱不發、舉一隅不以三隅反、則不復也。」(孔子が言った。「苦しむほど求めないと提示しない。話さざるをえないくらいにならないと指導しない。一隅を挙げると、他の三隅が理解できないようであれば、二度と教えない。」) ○吝惜:吝嗇、愛惜。 ○貞享二歳乙丑:一六八五年。 ○知箴:田中智新(知箴、休意)。本書の著者。


  (中村伯綏 五蘊抄序)
夫針灸藥者譬如鼎
足去一則不立必矣
醫之爲治也或針或
灸或藥臨病之際不
可膠柱也此今古一
定之論也非歟西京
松澤氏者以針術鳴
世者也世以称玅針
流遊於其門者數百
人窺其蘊奥而襲鳴
  一ウラ
者惟兩三人而已嗟
世可謂乏其人也知
箴遊於先生門十有
五年遂搜其室矣數
人之中最爲此魁家
有書目五蘊抄皆所
聞於先生之針術要
領也秘而不出之嚴
家與知箴為莫逆之
友以故得所秘之五
蘊抄藏家四十有餘
  二オモテ
年殆為書魚被篆食
焉七月曬書之次偶
有知己來取而熟讀
之因而問僕云五蘊
抄之題意得而可聞
也乎荅云是書舉東
南西北中央以分卷
秩蓋如舉五方則天
地之間万像森羅無
不含蓄者焉矣以五
方目者不可乎客唯
  二ウラ
而退他日又來而語
僕云夫針灸之書自
古著述者不少雖然
言簡而無眸子則有
難見者言密而雖易
見却有厭繁者今此
書之昭著也如開戸
見山因標指月今也
針灸藥支離分析刀   「析」、原文は「柝」。
圭家者不可兼針術
針術家者亦然嗚呼   「嗚」、原文は「鳴」。
  三オモテ
癈閣而從塵没何出
而不嘉惠于來學乎
僕笑而諾焉有書肆
明泉堂者聞於客称
道此書來而求壽木
數不許之僕熟思之
恐此書之泯没於是
遂應求矣書中雖片
言以己膚見不添竄
有若為童蒙之梯筏   「梯」、原文は木偏に八+矛。
庶免失鼎足之罪乎
  三ウラ
敢不備于君子之觀
矣于時延享元甲子
中冬上浣伯綏序


書き下し
夫(そ)れ針灸藥は、譬えば鼎
足の如し。一を去るときは(則ち)立たざること必せり。
醫の治爲(た)る(や)、或いは針し、或いは
灸し、或いは藥す。病に臨むの際(あい)だ
柱に膠す可からず。此れ今古一
定の論なり。非なるかな。西京
松澤氏は、針術を以て
世に鳴る者なり。世以て玅針
流と称す。其の門に遊ぶ者、數百
人。其の蘊奥を窺いて襲いて鳴る
  一ウラ
者、惟(た)だ兩三人のみ。嗟(ああ)
世、其の人に乏しと謂っつ可し。知
箴、先生の門に遊ぶこと十有
五年、遂に其の室を搜(さぐ)る。數
人の中、最も此れが魁爲り。家に
書有り。五蘊抄と目(なづ)く。皆な
先生に聞く所の針術要
領なり。秘して出ださず。嚴
家、知箴と莫逆の
友為(た)り。故を以て秘するの五
蘊抄を得たり。家に藏すること四十有餘
  二オモテ
年。殆ど書魚の為に篆食せらる。
七月、書を曬(さら)すの次(つい)で、偶たま
知己有りて來たる。取りて熟(つら)つら
之を讀む。因って僕に問う。云く、五蘊
抄の題意、得て聞っつ可き
や、と。答えて云く、是の書、東
南西北中央を舉げ、以て卷
秩を分かつ。蓋し五方を舉ぐるときは、(則ち)天
地の間(あい)だ万像森羅、
含蓄せずという者無きが如し。五
方を以て目(なづ)くる者、可ならずや、と。客唯(いい)として
  二ウラ
退く。他日又た來たりて
僕に語りて云く、夫れ針灸の書、
古(いにし)え自り著述する者少なからず。然ると雖も、
言(こと)ば簡にして眸子無くんば、(則ち)
見難き者有り。言ば密にして
見易きと雖も、却って繁を厭う者有り。今ま此の
書の昭著なるや、戸を開きて
山を見、標に因って月を指すが如し。今や
針灸藥、支離分析す。刀
圭家は、針術を兼ぬ可からず。
針術家も亦た然り。嗚呼(ああ)、
  三オモテ
癈閣して塵(ちり)に從はば没せん。何んぞ出だして
來學に嘉惠せざるや、と。
僕笑いて諾す。書肆、
明泉堂なる者有り。客の此の書を称
道するを聞けり。來たりて木に壽せんことを求む。
數しば許さざれども、僕熟(つら)つら之を思うに、
此の書の泯没せんことを恐る。是(ここ)に於いて
遂に求めに應ず。書中、片
言と雖も、己が膚見を以て、添竄せず。
有若(もし)童蒙の梯筏為(た)らば、
庶(ねが)わくは鼎足を失するの罪を免かれんか。
  三ウラ
敢えて君子の觀に備えず。
時に延享元甲子、
中冬上浣、伯綏序


 【注】
○鼎:古代、食物の煮炊きに用いられた金属器具。腹が円形で、二つの耳と三本の足がある。 ○膠柱:膠柱調瑟(鼓瑟)。瑟の弦柱を貼り付けて固定してしまって、瑟を演奏するとき音調の高低を調節できないこと。融通がきかない、応用力がないことたとえ。 ○西京:京都。東京(江戸)に対する語。 ○松澤氏: ○鳴:遠くまで名声が聞こえる。 ○玅針流: ○蘊奥:精奧のところ。 ○襲:継承する。
  一ウラ
○嗟:感傷、哀痛の語気。 ○搜其室:入室升堂(学問や技能が深い境界に達する)の意であろう。 ○魁:指導者。首席。 ○要領:腰と頸。主旨、綱領。 ○嚴家:「嚴父(尊父)」の意か。 ○莫逆之友:心が通じ合っていて、情誼の厚い友人。
  二オモテ
○書魚:紙魚(しみ)。書籍を食らう虫。 ○篆食:篆刻されるように虫食い状態になる。 ○曬書:晒書。書籍を陰干しする。 ○知己:親友。 ○荅:「答」の異体字。 ○卷秩:卷帙。「卷」は巻くことができる書画。「帙」は書をつつむもの。 ○万像森羅:宇宙に存在するいろいろな現象が眼前にたくさん羅列されるさま。 ○唯:応諾・肯定の返答。
  二ウラ
○眸子:ひとみ。しっかりとした眼識。 ○昭著:明白。あきらか。 ○標:こずえ。 ○指月:月を指さす。あきらかなことのたとえ。 ○支離:散乱して秩序だっていない。 ○分析:原文は「柝」であるが、増画の俗字であろう。分析。本来一つである物が分離してしまう。 ○刀圭家:薬物治療家。「刀圭」は薬を計る道具。 ○嗚呼:感嘆の詞。原文は増画して「鳴」につくる。 
  三オモテ
○癈閣:「癈」は、多く「廢」につくる。「廢格」に同じ。捨て置かれて実施されない。 ○嘉惠:恩恵をほどこす。 ○來學:後世の学習者。 ○書肆:書店。印刷と販売をかねる。 ○明泉堂:書末に見える「浅草上野通 上原勘兵衛」のことか。 ○称道:稱道。ほめていう。称賛。 ○壽:長生きすることから、引伸して、「版木に刻む」ことをいうのであろう。 ○熟思:仔細に考慮する。熟慮。 ○泯没:消滅する。 ○片言:短いことば。 ○膚見:浅薄な見解。 ○添竄:添加改竄する。 ○有若:「有」字、判読に自信なし。「有若」は、「猶若」と同じ。 ○童蒙:年少の無知な児童。知識の浅く幼稚なひと。 ○梯筏:「梯」、原文は木偏に八+矛。きざはし。木の階段。「筏」はいかだ。いずれも学問の助けとなる道具の比喩。 
  三ウラ
○君子之觀:才能の抜きんでたひとの閲覧。 ○延享元甲子:一七四四年。 ○中冬:旧暦十一月。 ○上浣:上旬。 ○伯綏:中村伯綏。

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