2010年10月16日土曜日

臨床鍼灸古典全書 1-1 大明琢周鍼法一軸

1-1『大明琢周鍼法一軸』
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『大明琢周鍼法一軸』(シ・六二一)
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』1所収
  原文にあるフリガナを出来る限り利用した。その際は、カタカナで表記し、訓読者が補ったものはひらがなで表記する。

鍼法一軸序
夫爲醫之道徃昔襍之為十
三科近世鍼之一科����以
其術多鳴世者或因賀山成
定之傳有祖靈樞者或汲御
園意齋之流有不繇經絡者
是皆雖有裨醫療之功未聞
直面命中華之醫發明其秘
者慶長年中 皇明鍼醫琢
周繫纜於長崎津專以此術
起不治之病蓋八九于十也
  一ウラ
津之有司甚以爲竒依是四
隣州之士農輿疾到其門者
不爲少矣雲陽住醫匹地喜
菴杳慕其術越山航海會周
於長崎竟探蘊奥茹英華詳
審精密集爲一家之書秘而
不出戸庭故汲其餘流者亦
殆少矣喜菴没後傳于其孫
福田道折折傳播是于雲陽
奇効應驗隨手遂其生者所
州民之識也誠知周之術不
  二オモテ
虚也予與折未得荊識元是
以有同國之故頃日寄一帙
曰冀刊布是洛陽俾海内同
此術吾意夷予顧爲其書文
字甚簡而專釣其要且兪穴
病名之口傳皆以和語住之
附其後於捄療調攝之道知
不能無小補也儻夫讀之手
之有得其要領者豈羨琢周
皷舞耶於是喜折之慈仁不
得辭沮表一言塞其求云爾
  二ウラ
于時延寳第七在歳巳未陽
復之月丙午之日
 洛下之住
醫官法橋杉立氏道允序


書き下し
鍼法一軸序
夫レ醫の道爲(タ)ること、徃昔(ムカシ)之を襍(まじえ)て十
三科と爲す。近世鍼の一科、往往に
其の術を以て世に鳴る者多し。或いは賀山の成
定が傳に因って、靈樞を祖とする者有り。或いは御(ミ)
園(ソノ)意齋が流を汲みて、經絡に繇(ヨラ)ざる者有り。
是れ醫療を裨(タス)くるの功有りと雖も、未だ
直ちに中華の醫に面命して其の秘を發明する
者を聞かず。慶長年中 皇明鍼醫琢
周、纜(ともづな)を長崎の津に繫ぎ、專ら此の術を以て
不治の病を起こすこと、蓋し十に八九(なり)。
  一ウラ
津の有司甚だ以て奇なりと爲す。是れに依って四
隣州の士農、疾に輿(コシ)して其の門に到る者、
少しと爲さず。雲陽の住醫、匹地喜
菴、杳(ハルカ)に其の術を慕って、山を越(コ)え、海に航(わた)りして、周に
長崎に會す。竟に蘊奥を探り、英華を茹(くら)う。詳
審精密、集めて一家の書と爲し、秘して
戸庭を出ださず。故に其の餘流を汲む者も亦た
殆んど少なり。喜菴没して後ち、其の孫、
福田道折に傳う。折、是れを雲陽に傳播して、
奇効應驗、手に隨って其の生を遂ぐる者、
州民の識(し)る所なり。誠に知んぬ、周が術
  二オモテ
虚ならざるを。予、折と未だ荊識を得ざれども、元と是れ
同國の故有るを以て、頃日、一帙を寄せて
曰く、冀くは是れを洛陽に刊布して、海内をして
此の術を同うせしめば、吾が意、夷(たい)らかならん。予、其の書爲ることを顧るに、文
字甚だ簡にして專ら其の要を釣る。且つ兪穴
病名の口傳、皆な和語を以て之を住して
其の後に附く。捄療調攝の道に於いて、知んぬ
小補無きこと能わざることを。儻(も)し夫れ之を讀み
之を手にして、其の要領を得る者有らば、豈に琢周が
鼓舞を羨ましからんや。是(ここ)に於いて折が慈仁を喜びて、
辭沮することを得ず、一言を表して其の求めを塞ぐと爾(しか)云う。
  二ウラ
于時延寳第七在歳巳未陽
復之月丙午之日
 洛下之住
醫官法橋杉立氏道允序

【注】襍:「雜」の異体字。ここでは「集」と同意。 ○徃:「往」の異体字。 ○����:B領域。「之繞+山+王」。「��」(之繞+山+主)も、「往」の異体字。『大漢和辞典』38955。『説文解字』「迋、往也。从辵王聲。」 ○繇:原文は「揺」の旁を二つ並べてある。 ○賀山成定:藤木成定(元成)。後陽成・後水尾両帝につかえ、駿河流の祖。一五五七~一六三五。鍼博士。(『日本腹診の源流』長野仁先生解説) ○御園意齋:松岡意斎(一五五七~一六一六)。名は常心、通称は源吾。打鍼術中興の祖。正親町・後陽成天皇に仕えた鍼博士。(同上) ○面命:『詩經』大雅・抑:「匪面命之、言提其耳。」対面して告げる。人に懇切丁寧に教えることの形容。 ○發明:知られていなかった事を明らかにする。 ○慶長年中:一五九六~一六二三。 ○皇明:「大明」と同じ。「皇」は、美称。 ○琢周: 
  一ウラ
○有司:役人。 ○爲竒:並外れた人と思う。「竒」は、「奇」の異体字。 ○四隣州:四方隣国。 ○輿疾:「輿病」ともいう。病の体を車に乗せる。 ○雲陽:出雲(島根県東部)。 ○匹地喜菴: ○茹:食べる。咀嚼する。 ○英華:精華。 ○詳審:周到かつ詳細。 ○精密:厳密かつ精緻。 ○福田道折: ○奇効應驗:驚くほど優れた効果をあらわす。 ○隨手:すぐさま。たちどころに。 ○遂生:養生する。 
  二オモテ
○荊識:唐・李白『與韓荊州書』:「生不用封萬戶侯,但願一識韓荊州。何令人之景慕一至於此耶。」に基づく。後に初対面、あるいは平素から敬慕していた人をいう。尊敬語。 ○帙:書画を包むもの。函。量詞。 ○刊布:刊行。刊刻発行。 ○洛陽:洛京。みやこ。 ○海内:天下。四海の内。 ○夷:平安。 ○住:とどめる。 ○捄:援助する。すくう。「救」に通ず。 ○調攝:調養。 ○皷舞:「皷」は「鼓」の異体字。 ○慈仁:慈善仁愛。 ○辭沮:やめる。 
  二ウラ
○延寳第七在歳巳未:一六七九年。 ○陽復之月:旧暦十一月。 ○丙午之日: ○洛下:都下。 ○法橋:法印・法眼に次ぐ地位。 ○杉立氏道允:


大明琢周針法鈔序
夫人生於地懸命於天天地合
氣命之曰人天地是人陰陽
也陰陽又氣血也氣血偏勝
則乃生於諸疾外六淫傷外
經絡内七情傷内藏府其治
在醫之用心醫家之法術不
越鍼灸藥湯液之範也就中
針刺之理經脉爲始營其所
行知度量内刺五臟外刺六
腑審察衞氣是爲治百病母
  一ウラ
其功大矣哉世既暮而以下
雖鍼道衰於今有大明琢周
得針法妙術而至 本朝纜
水馬於西南之岸間也于時
雲陽城之住醫疋地氏喜菴
素善鍼術故從國命而欲受
彼針法而見琢周爲學習親
灸有日然後周袖一軸來授
喜菴曰吾於針術之業刻志
懈無暫枕久鵲寥寥而眠如
玉弓入窓而異人忽然來授
  二オモテ
此一軸而曰用汝此針法則
越人如起死乎必勿疑而去
矣然後從彼試用之無不應
故人皆爲是竒今汝授之亦
勿疑直用此鍼法者即爲 
日域無雙名鍼乎倩以此一
軸緫針穴一百有五穴終也
至其病論則无錯諸書也其
間穴名異耳按夫秘唯有用
與不用誰知其是非乎尚欲
旁取孔穴者懵然而如雲中
  二ウラ
飛鳥費矢也何其中乎今世
殆用鍼法者不達正學或又
受師不卒妄作離術人民爲
之所窮矣愚思此針法雖穴
數少不待試而百發百中是
即方貴經驗謂也予幸出疋
地氏之末葉傳於此鍼法奥
義故不愧草莽學採註其梗
槩也蓋欲令門人或易悟而
已恐在誤乎學者再詳焉于
時 延寳七年巳未桂月中旬
雲陽城住 福田氏道折謹
自序


書き下し
大明琢周針法鈔序
夫(そ)れ人は地に生じて、命を天に懸く。天地、氣を合して
之を命(なづ)けて人と曰う。天地は是れ人の陰陽なり。
陰陽は又た氣血なり。氣血偏勝すれば、
則乃(すなわ)ち諸疾を生ず。外六淫は外
經絡を傷(やぶ)り、内七情は内藏府を傷(やぶ)る。其の治は
醫の用心に在り。醫家の法術は
鍼灸藥湯液の範(のり)を越えず。中(なか)ん就(づ)く
針刺の理は經脉を始めと爲す。其の
行く所を營(めぐ)らし、度量を知り、内、五臟を刺し、外、六
腑を刺し、審らかに衞氣を察するは、是れ百病を治する母爲(た)り。
  一ウラ
其の功大なるかな。世既に暮れしより以下(このかた)、
鍼道衰うと雖も、今に於いて大明琢周というもの有り。
針法の妙術を得て、 本朝に至り、
水馬を西南の岸間に纜(つな)ぐ。時に
雲陽城の住醫、疋地氏喜菴、
素(もと)より鍼術を善くす。故に國命に從って
彼が針法を受けんと欲し、琢周に見(まみ)え、學習の爲に親
炙すること日有り。然して後、周、一軸を袖にし、來たって
喜菴に授けて曰く、吾れ針術の業に於いて、志を刻み
懈(おこた)ること暫くも無し。久鵲を枕とし、寥寥として眠る。
玉弓、窓に入るが如く、異人忽然として來たり、
  二オモテ
此の一軸を授けて曰く、汝、此の針法を用いば、則ち
越人が死を起こすが如きなり。必ず疑うこと勿れといいて去んぬ。
然して後、彼れに從って試みに之を用いるに、應ぜざるということ無し。
故に人皆な是れを奇なりと爲す。今ま汝に之を授く。亦た
疑うこと勿れ。直ちに此の鍼法を用いば、即ち 
日域無雙の名鍼と爲さん、と。倩(つら)つら以(おもん)みるに、此の一
軸總(すべ)て針穴一百有五穴に終る。
其の病論に至っては、則ち諸書に錯(あやま)ること无(な)し。其の
間だに穴名異なるのみ。按ずるに夫(そ)れ秘は唯だ用と
不用とに有り。誰かの其の是非を知らんや。尚(も)し
旁(あまね)く孔穴を取らんと欲する者は、懵然として雲中の
  二ウラ
飛鳥に矢を費(ついや)すが如し。何んぞ其れ中(あた)らんや。今世
殆ど鍼法を用いる者は、正學に達せず、或いは又た
師に受くること卒(おわ)らず、妄りに離術を作(な)し、人民
之が爲に窮せらる。愚思えらく、此の針法、穴
數少しと雖も、試を待たず、百たび發して百たび中る、是れ
即ち方は、經驗を貴ぶ謂(いい)なり。予、幸いに疋
地氏が末葉を出で、此の鍼法の奥
義を傳う。故に草莽の學を愧じず、採(と)って其の梗
概を註す。蓋し門人をして或いは悟り易からしめんと欲するのみ。
恐くは誤ること在らん。學者再び焉(これ)を詳らかにせよ。于
時 延寳七年巳未桂月中旬
雲陽城の住 福田氏道折謹んで
自序す


【註】  一ウラ
○水馬:船。特に軽快なものをいう。 ○西南之岸間:ここでは長崎。 ○雲陽:出雲。 ○疋地氏喜菴: ○親灸:意味からして、「親炙」。親しく接して感化を受ける。直接教授される。 ○有日:長い間。 ○然後:その後。 ○袖:袖に入れる。 ○刻志:心を一つにする。熱心に志す。篤志。 ○枕久鵲:未詳。 ○寥寥:孤独なさま。 ○玉弓:新月。 
  二オモテ
○越人如起死:『史記』扁鵲伝を参照。 ○無不:すべて。 ○應:実証する。効き目をあらわす。 ○竒:「奇」の異体字。形容詞の意動用法。不思議だと思う。優れていると考える。 ○日域:日の照らす域内、天が下。日本。 ○無雙:並ぶ者がない。もっとも卓越した。「日域無雙」は日下無雙(京都に二人といない、傑出した人物)と同じか。天下無雙。 ○倩:「つらつら」。日本語用法。よくよく見たり考えたりするさま。 ○緫:「總」の異体字。合計。 ○一百有五穴:百五穴。 ○无:「無」の異体字。 ○旁:ひろく。普遍的に。 ○懵然:曖昧模糊としたさま。はっきりしないさま。 
  二ウラ
○正學:正道に合致した学問。 ○離術:正道から離脱した施術。『素問』徴四失論(78)「受師不卒、妄作雜術」。「雜」、一本作「離」。 ○愚:謙遜語。自称。 ○謂:意味。 ○疋地氏: ○末葉:後世の子孫。 ○草莽:田野。民間。 ○梗槩:概要。「槩」は「概」の異体字。 ○延寳七年巳未:一六七九年。 ○桂月:桂花が盛んに開花する時期。陰暦八月。 ○福田氏道折:

3 件のコメント:

  1. 𨓏は表示できませんか?
    𨓹はどうですか?

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  2. firefoxでは,文字がある部分は,黒菱形のなかに白抜き?で表示されますが,InternetExplorer,GoogleChrome
    では「辶+山+王」「辶+山+主」はしっかり表示されます。

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  3. UnicodeB領域,表示されなかった文字を修正表示しました。

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