2019年4月22日月曜日

2019.4.21. 粗読講座 『霊枢』玉版第六十 (担当:土山)


◯『素問』にも「玉版」という単語が入った玉版論要篇が存在するが、そちらについて丸山先生は栞に「文章の調子が王冰撰の巻二十三の著至教論以下の篇々の文に近い。之又後代の作であろう」と著している。『霊枢』玉版篇を読み進めると、同様に後代の作品と思われる点がいくつかあり、そもそも「玉版」という言葉を用い出したのは後代なのではないか?

◯「鍼という細物に対して天人合一思想を持ち出すのはスケールが大きすぎるのではないか?」という黄帝の質問から始まるが、「人を救う鍼を人を殺す武器と比べて過少に評価することはできない」という旨の岐伯の回答は、『老子』(25)の理想人の代表として道を体得したものが王となれる、や『老子』(31)に君子は争いを好んではいけない、といった『老子』の君子像に沿った答えだと思われる。

◯発→ひらく、貯蔵庫をあけて救済する
癰疽を形成するのは人体にとっては救済措置、外から見れば「浸潤」のようなもの?

◯「両軍相当、旗幟相望」は王充の『論衡』にも同一文があることから、この『霊枢』玉版篇が後代の作品の可能性がある???『淮南子』兵略訓にも「両軍相当、鼓錞相望」といった類似文があるのでもう少し掘り下げないとわからない。
もし、『論衡』を引用したのならば、その背景に殷周革命の大戦「牧野の戦い」があり、後代に陰陽術数が戦争や政治に必要なものなのか検討された時代に玉版篇はできたのではないか???(『李衛公問対』にもそれを連想させるような問答がある)

◯「十死一生」は玉版篇のみに登場するが、日本の陰陽道では「戦いを一切してはいけない凶日」を指す。この由来になった中国古典が何か分からないが、玉版篇前半は天人合一思想と陰陽術数を連想させる点が多い。

◯後半部分は治療した患者の予後や、治療の適否について「逆順」と称して論じている。

◯丸山先生の栞に「本篇で歴史的に注視すべき点は 岐白曰.能殺生人.不能起死者也.(鍼による治療が適切でなければ生きるはずの人間を殺してしまい、鍼による治療が適切でも死んだ人間を救うことはできない)の文である。唐代の医書である『外台秘要』では此の文を引用して、灸については記述したものの、鍼術は一切カットして了った。この『外台秘要』以降、鍼は特別に危険視され、鍼術は衰微の傾向を辿るに到ったのである」とある。


感想:兵法的文面を探していたところ、本篇には「両軍」とあることから今回テーマに選んだが、『孫子』ほどの兵法は一切展開しておらず、どちらかといえば歴史的変遷を探る名目で研究するのが望ましく思えた。岐伯が黄帝に理想の君子像をほのめかしたり、予後不良の患者がかなり詳細に記されていることから、何かはっきりとしたモデルがいてもおかしくないような文面が興味深かった。最終的に、唐あたりに紛れ込んだ可能性も否定できない。今後も追求していきたい。




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