その中に今風に言えば「オンライン診療・鍼灸版」のお話が出てきます。気の波長が遠隔操作で患者さんに響くのでしょう。紹介しておきます。
「丸山昌朗先生のこと」
一、はじめに
一年間にわたって丸山先生の『校勘和訓黄帝素問』と『校勘和訓黄帝鍼経(通称『霊枢』)』テキストをもとにした日本内経医学会の講座が開かれたことに感謝致します。先生の没後十八年にして先生のテキストを基にして、多くの新進の鍼灸家によってここまで新たな研究が展開されるようになったことを先日墓前に報告して来ました。きっと泉下の先生もお喜びになられていることと思います。
今日はこの一年のまとめとして先生の業績や生涯についてお話ししたいと思います。と申しますのは、亡くなられてもう十八年も経ってしまって、先生のご生前に身近で飲み、語り、論じ合っていた人達、井上恵理・岡部素道・竹山普一郎・石原明・間中喜雄・石野信安・工藤訓正・豊田白詩・藤木俊朗・神戸源蔵などの諸先生が全て亡くなってしまって、先生のことを話す機会が段々なくなってしまう、と言うことが一つ。もう一つは、やっと私自身が平静に先生のことをお話しできるようになったかな、と言うこと。そしてまた、今お話ししておかないと、この日本内経医学会の魂のより所である丸山先生のことをお伝えする機会がなくなるのではないかと思うのです。ただ、非才です。お伝え仕切れないことを嘆く次第です。
二、鍼灸臨床家としての丸山先生
「内経研究が生涯のテーマだった丸山先生」というイメージが強いのですが、先生はあくまで鍼灸の臨床家です。
先生は生来非常に病弱で、ご自分のことについて「生まれ落ちたときから到底一人前には成育の見込みがないと医師に宣言されていた」とお書きになられています。中学四年の時に欠席がちのために退学を勧奨されました。検査した所が、東大で《結核性の痔瘻》、直ちに手術の要ありと診断され、塩田外科に入院されました。精密検査をしたところが肺尖カタルと乾性肋膜炎を併発していることが分かり、当分手術不能と言われた。ご尊父が塩田教授に面会すると、「手術をしても完全に治癒するとは断言しかねる」とのこと。そこでご尊父が親交のあった当時の灸の名人・沢田健氏に相談した所、「痔瘻や肺尖カタルなどは一年間灸をすれば必ず治る」と断言された。ご尊父は沢田氏の言を信じて丸山先生を退院させ沢田健氏の灸治療を受けさせた。その言の通りに約十カ月間で完治し、その後は全く再発しなかったのです。
このことがあって、ご尊父が「灸で命を救われたのだから、鍼灸を学んで恩返しをせよ。そのためには医師になっておかねばならぬ。早く免状だけ取って、あとは沢田先生の下で十年間修行しろ」と言われたので先生は医者の道を進まれることになったのです。
先生は昭和十六年に昭和医学専門学校(現昭和大学医学部)を出られて医師となり、軍医に徴用された数年間を除いて、ついに一生涯、注射器と西洋薬を使われなかったのです。治療の手段はほとんど《鍼灸》だけでした。それに後年になって《漢方薬》を加えられました。
《刺絡治療》での卓効、というより神効については、その一端が論文にも書かれてあります(『鍼灸医学と古典の研究―丸山昌朗東洋医学論集―』所収。創元社・昭和五十二年)。しかし鍼灸臨床については具体的なことを何も書き遺されていないので、ご存じの方が少ないのです。そこで、身近な例を一、二お話ししておきたいと思います。
私の長女が小学校の一~二年の頃だったと思います。鍼灸学校を卒業したばかりで、往診などで遅くなり夜の十一時過ぎに帰宅すると、娘が先程からの突然の尿閉で泣いている。家内が「もう一時間くらい、トイレを往復しているがオシッコが出ない」と慌てている。先生に電話してご指示を仰ぐと「小指で三陰交の辺りを下から上に向かって軽くこすれ」と言われる。指示通りにすると、いままで泣き叫んでいた娘が「出た、出た」と大声で喜ぶ。「何故小指で、なのですか」と次にご教示を受ける機会にお聞きすると、「君の人指し指では強すぎるのだ」と。
またまた自家体験です。家内の《行痺=移動性関節リウマチ》のことをお話ししましょう。そのころ月に一回ほど、幾つかの関節を移動していくリウマチ性の痛みに悩まされていました。先生にご相談した所、連れて来いと言われる。知熱灸のご指示をいただき、漢方薬を処方していただく。帰宅してから、せっかく戴いた漢方薬は一服も服用せず、一回も灸せずに、約一年間発作しない。たまたま先生からお電話を頂いたときに小生が不在で家内がでたとき、「その後リウマチはどうか」と聞かれる。「はい、お陰様で全然痛まずに過ごさせていただいております」とお答えする。その日からリウマチが再発したのです。やむを得ず再び診察をお願いして、連れて行くと、何もせずにまた治ってしまう。
先生はご自分を《変弱》とあだ名することがありましたが、扁鵲の再来と自負されていたのかも知れません。
………
(以下略)
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