2023年9月7日木曜日

和田東郭『蕉窓雑話』序跋 その2跋

 蕉窗雜話跋

先子少時學醫於東郭和田先

生其侍次先生每有說話輒與諸

子筆以記之後會輯成卷名曰

蕉窓雜話其言之於醫治一語金

玉以故為人所竊寫遂以流播

乎世矣先子懼其魯魚誤實荊璧

失真與諸子謀欲請之先生以上

  一オモテ

梓而先生忽易簀遂不能之果爾後

諸子亦繼逝先子每以慨恨戊寅

夏病疔瘡湯藥之間乃取而挍

之又附以一二之言將以上木既愈

而礙乎事務稽留越年則

舊毒復發遂不能起及其辭

世囑予以梓事予不肖斬焉

在衰絰哭擗之中未能奉命

  二オモテ

也今茲除服則急謀剞劂以壽

之于世聊以冀稱遺命懇〻

之萬一云爾

文政辛巳夏六月

      服部主一謹識



  【訓み下し】

『蕉窗雜話』跋

先子 少(わか)き時,醫を東郭和田先生に學ぶ。其の侍次,先生 每(つね)に說話有り。輒(すなわ)ち諸子と筆して以て之を記(しる)す。後に會輯して卷と成し,名づけて『蕉窓雜話』と曰う。其の言の醫治に於けるや,一語 金玉なり。故を以て人の竊(ひそ)かに寫(うつ)す所と為り,遂に以て世に流播す。先子 其の魯魚 實を誤り,荊璧 真を失うを懼れ,諸子と謀って,之を先生に請い,以て

  一オモテ

梓(あずさ)に上(のぼ)さんと欲す。而(しか)れども先生 忽ち簀(すのこ)を易(か)え,遂に之を果たすこと能わず。爾(しか)る後,諸子も亦た繼いで逝く。先子 每(つね)に以て慨恨す。戊寅の夏,疔瘡を病む。湯藥の間,乃ち取って之を挍す。又た附するに一二の言を以てし,將(まさ)に以て木に上(のぼ)さんとす。既に愈ゆるも事務に礙(さえぎ)らる。稽留して年を越し,則ち舊毒 復た發す。遂に起(た)つこと能わず。其の世を辭するに及んで,予に囑するに梓事を以てす。予 不肖,斬焉 衰絰・哭擗の中に在り,未だ命を奉ずること能わず。

  二オモテ

今茲 服を除く。則ち急ぎ剞劂を謀り,以て之を世に壽す。聊(いささ)か以て遺命の懇懇の萬一に稱(かな)わんことを冀(こいねが)う云爾(のみ)。

文政辛巳夏六月

      服部主一 謹んで識(しる)す



  【注釋】

○窗:「窻・窓」の異体字。 ○先子:称亡父。  ○少時:年輕時;年幼時[in the cradle]。 ○侍:伺候。在一旁陪著。敬うべき人のそばに控える。お仕えする。伺候する。 ○次:~の間。~の際。 ○說話:用語言表達意思;發表見解。發言、講話。閑談。話をすること。ものがたること。 ○輒:每、總是。每次 [always]。そのたびに。~のときはいつも。 ○諸子:諸君。多くの人々を親しみや敬意を込めていう語。同等または、それ以下の人々をさしていう。 ○筆:寫作、記述。用筆寫。筆で書くこと。 ○會輯:聚集。/會:集合、聚合。/輯:蒐錄後整理。如:「編輯」。 ○金玉:黃金與珠玉。泛指珍寶。珍重すべきすぐれたもの。【金玉之言】比喻珍貴的勸告或教誨。 ○以故:猶言因此,所以[therefore]。ゆえに。それで。 ○竊:偷偷的。ひそかに。人知れず。 ○流播:流傳。[spread;circulate;hand down] 傳播。広く伝わる。 ○魯魚:“魯”“魚”兩字相混。指抄寫刊印中的文字訛誤。《「魯」と「魚」の字は字体が似ていて誤りやすいところから》まちがいやすい文字。また、文字の誤り。 ○荊璧:即和氏璧。春秋時楚人卞和自楚國山中得一玉璞,獻給楚厲王,經玉工鑑定其為普通的石頭,厲王以卞和撒謊欺騙,乃刖其左腳。後武王即位,卞和再獻,仍視為石頭,卞和又被刖去右足。至文王即位,卞和抱玉石至荊山下大哭三天三夜,文王得知,命玉工加以琢磨,終得一塊寶玉,命名為「和氏璧」。見《韓非子.和氏》。中国の春秋時代、楚の国の卞和(和氏)という人物がある石を見つけ、磨けばとても美しい宝石(璧)になると考えて、王に献上しました。しかし、専門家の鑑定では、それは宝石ではないとのこと。卞和はうそをついたとされ、罰として左足の筋を抜かれてしまいました。次の代の王に献じても結果は同じで、今度は右足の筋を抜かれてしまいます。その次の代の王の時、卞和が泣いているところに、王が通りかかって、その理由を尋ねたところ、「宝石なのにそれが認められず、正直者なのにうそつき呼ばわりされるのが、悲しいのです」という返事。気になった王が試しにその宝石を磨かせてみたところ、美しい宝石になったということです。この宝石は、後に、いくつもの城と交換できるほど価値があるとされたところから、「連城の璧」とも呼ばれるようになりました。 ○失真:與真相不合。失去本意或本來面目[distort;be not true to the original]。 ○上梓:把文字雕刻在版上,即付印。古時以木版印刷,將文字刻於木版上,謂之上梓,亦稱付梓。)《梓(あずさ)(キササゲ)の木を版木に用いたところから》文字などを版木に刻むこと。書物を出版すること。

  一オモテ

○忽:突然 [suddenly]。迅速。にわかであるさま。 ○易簀:更換寢席。簀,華美的竹席。易簀指曾子臨終時,因席褥為季孫所賜,自己未嘗為大夫,而使用大夫所用的席褥,不合禮制,所以命人換席,舉扶更換後,反席未安而死。典出《禮記.檀弓上》。後遂比喻人之將死。《「礼記」檀弓上の、曽子が死に臨んで、季孫から賜った大夫用の簀(すのこ)を、身分不相応のものとして粗末なものに易(か)えたという故事から》学徳の高い人の死、または、死に際をいう語。 ○爾後:從此以後[henceforth;henceforward]。然後。その後。 ○繼:隨後、跟著。つづけて。 ○逝:死亡。多用于對死者的敬意。 ○慨恨:感嘆憤恨。感慨遺憾。残念に思う。 ○疔瘡:毛囊汗腺等處疼痛腫硬的泛稱。中醫指病理變化急驟並有全身症狀的惡性小瘡。隋 巢元方《諸病源候論‧丁瘡候》:「疔瘡者,風邪毒氣於肌肉所生也……初起時突起,如丁蓋,故謂之疔瘡」。[malignant boil;furuncle] 病名。又名疵瘡。因其形小,根深,堅硬如釘狀,故名。多因飲食不節,外感風邪火毒及四時不正之氣而發。 ○湯藥:中醫指用水煎服的藥物。湯液治療。 ○挍:「校」に同じ。比較。校正。 ○礙:阻止。妨害 [prevent;stop]。 ○事務:事情、雜務。要做的或所做的事情。[work]∶指具体的事情。 ○稽留: 耽擱、停留。延遲[delay] 。とどまること。とどこおること。滞留。 ○越年: 年を越すこと。新年を迎えること。年越し。 ○起:復甦、痊癒、好轉。治愈;病愈。[stand up]起床 [get up;get out of bed]。【不起】不起身。久病不癒。【不起之病】不易康復甚或導致死亡的疾病。 ○辭世:去世、死亡。逝世。この世に別れを告げること。死ぬこと。死に臨んで残す言葉。 ○囑:叮嚀、託付。托付 [entrust]。ものを頼む。 ○予:我。同「余」。 ○梓:出版。 ○不肖:子不似父。不賢,無才能。[unworthy]∶品行不好,没有出息。 [Nothing doing]∶謙辭。不才,不賢。取るに足りないこと。未熟で劣ること。また、そのさま。父に、あるいは師に似ないで愚かなこと。自称。わたくし。自分をへりくだっていうのに用いる。 ○斬焉:因喪哀痛貌。《左傳‧昭公十年》:「孤斬焉在衰絰之中」。喪中の悲しみの状態にあるさま。〔左伝、昭十年〕晉の平公卒(しゆつ)す。~既に葬る。諸侯の大夫、因りて新君に見(まみ)えんと欲す。~叔向(しゆくしやう)之れを辭して曰く、大夫の事(弔礼)畢(をは)れり。而して又孤に命ず(謁見を求める)。孤、斬焉、衰絰(さいてつ)(喪服)の中に在り。 ○衰絰:喪服。古人喪服胸前當心處綴有長六寸、廣四寸的麻布,名衰,因名此衣為衰;圍在頭上的散麻繩為首絰,纏在腰間的為腰絰。衰、絰兩者是喪服的主要部分。 ○哭:因傷心或激動而流淚,甚至發出悲聲 [cry;weep;sob]。 ○擗:用手捶拍胸部。《廣韻.入聲.陌韻》:「擗,撫心也。」《孝經.喪親章》:「擗踊哭泣,哀以送之。」 ○奉命:接受尊長或上級的命令。[receive orders;act urder orders;follow the cues of sb.]∶接受命令,遵守命令。貴人から命令をうけたまわること。→受けた命令を実行する。

  二オモテ

○今茲:今年。 ○除服:脫去喪服。謂不再守孝。守孝期滿,脫去喪服。《三國志‧魏志‧武帝紀》:「葬畢,皆除服」。喪服を脱ぐ。 ○剞劂:刻鏤的刀具。雕板;刻印。雕版、刊印。【剞劂氏】指刻板印書的經營人。 ○壽:序文などに「壽諸〔=之乎〕梓」とよく使われる。たとえば,張介賓『景岳全書』卷20に「祈壽諸梓,以為後人之鑑」とある。日本では,田中知箴撰『鍼灸五蘊抄』中村伯綏序に「求壽木」,高田玄達撰『經穴指掌』武田信邦序に「壽之乎梓」,佐藤仲甫撰『灸驗錄』井潛仲龍(井上四明)序に「今欲壽之梓以公於世」とある。壽=長命から引伸して,版木に刻んで長く保存することをいうのであろう。しいて訓ずれば,「ひさしくす,たもつ,きざむ」か。 ○聊:姑且、暫且。略微。かりそめ。とりあえず。少し。わずかばかり。 ○冀:希望,期望 [hope]。 ○稱:適合。 ○遺命:猶遺囑。人死前所遺留下來的遺言或命令。死ぬときにのこした命令。また、臨終に言い付けをのこすこと。 ○懇〻:至誠。誠摯殷切貌。心の込もったさま。 ○萬一:萬分之一[one ten-thousandth]。形容極微小。 ○云爾:語末助詞,表如此而已的意思。常用於句子或文章的末尾,表示結束。

 ○文政辛巳:文政四年(1821)。 ○服部主一:服部流謙の子であろう。


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