(二)明・嘉靖建陽刻本
上海図書館の古籍聯合目録および循証平台*によれば,『医学綱目』には「明刻本四十巻,附一巻,目録四巻」があり,中国医学科学院図書館・成都中医薬大学図書館・寧波天一閣博物館・吉林省図書館・広州中医薬大学図書館などの機関に所蔵されている。
*古籍联合目录及循证平台:中文古籍聯合目錄及循證平臺(Chinese Ancient Books Union Catalogue and Evidence-based Platform)是上海圖書館數字〔デジタル〕人文平臺的一個試驗型項目,目前收錄有1400餘家機構的古籍館藏目錄,其中上海圖書館的古籍館藏、加州柏克萊大學〔カリフォルニア大学バークレー校〕東亞圖書館的中文善本館藏、哈佛〔ハーバード大学〕燕京圖書館的中文善本館藏、澳門〔マカオ〕大學圖書館的中文古籍館藏可在線訪問部分掃描〔スキャン〕影像全文。除此之外,還融合了一些在歷史上有一定影響的官修目錄、史誌目錄、藏書樓目錄、私家目錄和版本目錄等,輔之以人名、地名、印章、避諱字、刻工等額外規範數據,並將結合即將開發完成的內容分析統計、時空及社會關係分析和可視化工具。該項目旨在藉由分佈式雲平臺技術〔分散クラウドプラットフォーム技術〕和關聯語義技術〔連想セマンティック技術〕,實現各館現存古籍珍藏的聯合查詢、規範控制,並提供學者循證版本、考鏡流藏之功用,未來希望更多的圖書館攜手加入,以嘉惠學林、澤被後人。 https://gj.library.sh.cn/index
2021年に中国中医科学院の黄龍祥教授は「明刊45巻本『医学綱目』の版本とその文献的価値」〔「明刊四十五卷本《医学纲目》的版本及文献价值」,『中華医史雑誌』,2021年5月第51巻第3期〕を発表した。その論文で,この明刻本は明・嘉靖建陽刻本で,曹灼刻本に引けを取らない価値があると鑑定し,学界で大いに注目される重要な版本となった。
曹灼刻本と比較すると,曹灼刻本にある補遺方・五運六気総論・運気占候補遺序・運気占候補遺十五篇および書末の跋が,建陽刻本にはない。反対に建陽刻本の主体となる章,五運の常・五運の変・六気の常・六気の変の諸篇は,曹灼刻本にはみな見られない。
図5-2 中国医学科学院図書館蔵明嘉靖建陽刻本
図5-3 寧波市天一閣博物館蔵明嘉靖建陽刻本
2021年10月に浙江省中医薬研究院中医文献信息〔=情報〕研究所と楼英の故郷,浙江省杭州市蕭山区楼塔鎮人民政府が共同して奮闘し,黄龍祥教授から無償の学術支援を受けて,学苑出版社から『医学綱目』の明・建陽刻本を影印出版*した。
*http://www.book001.com/News/Detail?id=511
それに続いて浙江省中医薬研究院中医文献信息研究所も,国家中医薬管理局の『中華医蔵』編纂プロジェクトの一環として『医学綱目』提要の執筆と影印出版を担当し,杭州図書館所蔵の明・嘉靖四十四年曹灼刻本を〔底本として〕選択して影印出版した。
これによって,より多くの学者が異なる版本を目にする機会が与えられ,全面的で深く持続的な研究をおこなうことができる。
以下は『医学綱目』の明・建陽刻本の紹介である。
1 建陽刻本の版本学的価値。
明・建陽刻本は,本文41巻,目録4巻。前の39巻は曹灼本と同じく上下双欄で,上欄に批注,下欄に本文が刻される。匡郭の高さ20.8 cm,幅30 cm,半葉12行,毎行26字,四周単辺,白口,単黒魚尾で,天頭に字が刻まれているところもある。版心の下方に刻工の名がある。刻工には「余長清・鄒・余賜・波・詹一・詹四・葉一・陸仲周・朱四・周一本・詹嬭員・余唐八・六一・陸七・余双・張八・余朝・劉五・渓・朱・林四・賜一」があり,「小倉侍医王上準庵図書之記*」などが鈐印がある。
*東京国立博物館所蔵の多紀元簡『金匱玉函要略輯義』には,「小倉侍医山上準庵図書之記」の朱印があるという。これによれば,「王」は「山」字の誤読であろう。豊前小倉藩の侍医であった山上準庵の旧蔵書であろう。
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/QB-7174?locale=ja
曹灼本40巻,匡郭の高さ19 cm,幅30 cm,半葉13行,毎行22字,左右双辺,単白魚尾。版心下の表(おもて)面には書写した銭世傑・顧檈などの名があり,裏面にはそれを彫刻した柯仁意・夏文徳・袁宏などの名がある。「赤龍館図書記*」「弘前医官渋江氏蔵書記」「森氏」などの鈐印がある。
*赤龍館:国文学研究資料館館蔵和古書目録データベースによれば,国文研所蔵の『詠茶詩録』に「赤竜館」という蔵書印があるという。/弘前医官渋江氏=渋江抽斎。森氏≒森立之。
明・建陽刻本が基づいた別本は,曹灼刻本とは文と版式に大きな相違がある。版心には刻工の姓名がある。『中国古籍版刻辞典』『古籍刻工名録』などには,詹嬭員・詹三・劉五などは明代の嘉靖年間,余賜は明代の隆慶年間,余長清・陸仲周・余唐八・葉一・周一本・余双などは明代の万暦年間の刻工として載せられている。高い版本学としての価値があり,学者がさらに研究するための参考とすることができる。
明・建陽刻本の校正と刊刻は,いずれも曹灼本の綿密さには及ばないし,錯葉〔乱丁〕もある。たとえば中国医学科学院図書館と成都中医薬大学図書館の蔵版は,いずれも第五冊の巻之八の第15・16葉は,第十九冊の巻之三十七の第25・26葉とまったく同じであり,上下の文脈を比べれば,巻八に錯葉があるはずである。
曹灼本が40巻であるのとは異なり,明・建陽刻本は,本文41巻と目録4巻である。
明・建陽刻本には目録と本文に齟齬がある。目録〔に記載されているの〕は40巻である。その巻四十は運気部であるが,目録に「運氣部別見運氣類注〔運氣部は別に運氣類注に見ゆ〕」との注記がある。本文は41巻である。しかし本文巻四十の巻頭にある大題は「内経運気類注巻之四十」で,本文巻四十一の巻頭にある大題,「内経運気類注巻之四十一」と同じである。他の39巻はこれと異なり,「医学綱目巻之一」から「医学綱目巻之三十九」である。巻三十九巻の巻頭にある大題と巻三十九巻の末尾にある大題は異なっていて,内容に脱漏があることを疑わせる。
しかしながら,明・建陽刻本は明代以前の文献を大量に保存しており,重要な文献学的価値がある。
3 建陽刻本の4巻目録の価値
明・建陽刻本は総綱*のほかに,4巻の目録**〔目次〕がある。これは楼英の原書の基本構成を鑑定し,全書の構造を確定する最も重要な根拠であり,『医学綱目』を読解を保証するものである。全書本文の上欄にある文字もすべてこの4巻目録から出ており,楼英の批注だけでなく,さらに本書の類目もある。この4巻目録があるからこそ,目録と本文はまた本校***の役割も果たしている。
*医学総綱 https://www.digital.archives.go.jp/img/4421866 4/98
**医学目録 https://www.digital.archives.go.jp/img/4421866 14/98
***本校:校勘の方法の一つ。その書の内部で前後の内容を比較し,異同を見つけて,誤りを知る。陳垣『校勘学釈例』を参照。
たとえば,「大法」「雑方」「運気」「鍼灸上」「鍼灸下」「診」などと多くの小見出しは,これらの類目とタイトルの連結を失うと,『医学綱目』はばらばらの砂のようになってしまう。したがって,この4巻の目録がなければ,『医学綱目』の構造と内容を真に理解することは難しい。
4 建陽刻本における楼英の医学思想の価値
明・建陽刻本は楼英本人の学術主張と診療思想をより正しく反映している。明・嘉靖四十四年(1565)に曹灼は友人の邵偉元・劉化卿と分担して校讐し,眉批の一部を削除し,誤りを正し,欠けているところを補い,おおやけに刊行した。
巻一の「朱丹渓相火論」を例にとると,明・建陽刻本には,楼英による多くの批注がある。たとえば,「相火,人之日用燃焚火屬君火,天之龍雷海火屬相火,相火在天,出於龍雷海在人,具於下焦肝腎二部」,「相火皆本於地中陰氣」,「相火無時妄動,則受煎熬而為病,死之漸」,「相火聽命道心而主靜,則陰得養育而為生生之運」などがある。
これらの文は,曹灼刻本ではいずれも削除されたが,明・建陽刻本ではみな保存されている。このような例はいたるところに見られるので,明・建陽刻本は,我々がさらに研究するに値するものである。
5 宋元の善本文献を非常の豊富に引用している
楼氏一族の家学は深く奥行きがあり,専用に排翠楼(後に名を「清燕楼」に改めた)を建て,何代にもわたって収蔵した大量の古籍経典を保存した。とりわけ医学の典籍は,研究・著書・診察・製薬・接客・弟子への伝授に用いられた。
楼英は三十一歳から排翠楼に隠居をはじめ,収蔵している医書を利用して書物を著わして説を立てた。『医学綱目』は明以前の文献を全部で百種余り引用していて,「内経運気類注」以外の各巻に広く見られる。
特に隋・唐・五代時代の文献はすでに散佚しているものが多いが,楼氏『医学綱目』はこれらを引用することによってその内容ある程度保存している。また収録した文献が基づいているのは,宋・元代の善本が多いので,金・元の文献を輯校するための宝庫とも言え,極めて高い文献・版本としての価値を有する。
医学書の校勘にも重要な他校*の資料として用いることができるので,学者のさらなる研究に供することができる。たとえば,黄龍祥教授は『医学綱目』建陽刻本を用いて『鍼灸甲乙経』を校勘した。
*他校:校勘の方法の一つ。校勘の対象となる書籍以外の書籍と対照して字句の誤りを正すこと。『校勘学釈例』を参照。
まさに明・建陽本が後世に伝えられたことによって,楼英『医学綱目』が構築した理論がよりよく理解される。『医学綱目』は楼英の最も偉大な作品であり,中国医学理論体系の二度目の系統的再構築を完成し,統一理論体系を基とする鍼方と薬方の知識体系の統合を実現した。本書は,現代的な意義を持つ「中医学」の経典である。
通行本の多くは曹灼本を底本とするが,明・建陽刻本は曹灼本と明らかに異なる。その貴重な文献と版本学的価値の過小評価には,はなはだしいものがある。とりわけ建陽刻本は『医学綱目』の古態に近いので,楼英の学術思想を復元し研究するための重要な参考価値を持っている。
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