12-1 骨度正穴考圖 岡田靜安撰
杏雨書屋所蔵(杏五二〇三)
骨度正穴考圖序
夫人以天地之氣生以四時之法成故
有形則不離隂陽也然因有隂陽多少
而有性善性不善是故為善性為不善
性各非其性不能為焉今骨度正穴考
圖之成亦非其性不能為焉吾友岡田
子成者武蕨驛人也家無儋石之儲衣
服適寒温不交世俗古人為師詩書為
一ウラ
友性好考索遂成經穴一家言以復于
上古之舊也夫天地之大氣者春夏出
于地上也人身應於背背實而腹虚也
是故腹及手足裏易傷於温暑也秋冬
入于地下也人身應於腹腹實而背虚
也是故背及手足表易傷於涼寒也又
從大氣而徃來者風與水也風為氣温
也應春而物生始也水為血寒也應冬
二オモテ
而物成終是故風水不行則天地不和
而萬物變異焉氣血不行則藏府不和
而疾病自成矣醫法於天地以及於人
也其法在調和隂陽也天地之道天地
之命天地之性人亦應之天地之道者
五運六氣變化生殺之謂也天地之命
者一隂一陽奇偶相配分於道之謂也
天地之性者隂陽之本始萬物之生資
二ウラ
隂陽形於一無為而物生成之謂也蓋
人之性以多陽性為善也以多隂性為
惡也以隂陽和平性為聖也子成曰人
之性天然者以隂陽之氣和不和性有
善惡也非偏善偏惡者矣徴余叙其所
作之意余不敏輙書性之説以冠卷首
經穴分寸之屬則不暇悉論也
時文化十年癸酉之人日秋元玄仙序
【訓み下し】
骨度正穴考圖の序
夫れ人は天地の氣を以て生まれ、四時の法を以て成る。故に形有り、則ち隂陽を離れざるなり。然して隂陽多少有るに因り、而して性の善なると性の不善なる有り。是の故に善性と為り、不善性と為る。各々其の性に非ずんば、為す能わず。今ま骨度正穴考圖之れ成る。亦た其の性に非ずんば、為す能わず。吾が友岡田子成は、武蕨驛の人なり。家に儋石の儲え無く、衣服は寒温に適い、世俗と交わらず、古人を師と為(し)、詩書を
一ウラ
友と為(す)。性、考索を好み、遂に經穴に一家言を成し、以て上古の舊に復するなり。夫れ天地の大氣、春夏は地上に出づるなり。人身は背に應ず。背實して腹虚するなり。是の故に腹及び手足の裏は、温暑に傷(やぶ)られ易きなり。秋冬は地下に入るなり。人身は腹に應ず。腹實して背虚するなり。是の故に背及び手足の表は、涼寒に傷(やぶ)られ易きなり。又た大氣に從いて往來する者は、風と水なり。風は氣為(た)り、温なり、春に應じて物生じ始まるなり。水は血氣為(た)り、寒なり、冬に應じて
二オモテ
物成り終わる。是の故に風水行(めぐ)らざれば、則ち天地和せず、而して萬物變異す。氣血行(めぐ)らざれば、則ち藏府和せず、而して疾病自ら成る。醫は天地に法(のつと)り、以て人に及ぶなり。其の法は隂陽を調和するに在るなり。天地の道、天地の命、天地の性、人も亦た之に應ず。天地の道は、五運六氣、變化生殺の謂(いい)なり。天地の命は、一隂一陽、奇偶相配、道に分かるるの謂(いい)なり。天地の性は、隂陽の本始、萬物の生資、
二ウラ
隂陽、一に形し、為すこと無くして物生成するの謂(いい)なり。蓋し人の性、陽多きを以て、性、善と為すなり。隂多きを以て、性、惡と為すなり。隂陽和平を以て、性、聖と為すなり。子成曰く、人の性、天然なる者は、隂陽の氣和と不和を以て、性に善惡有るなり。偏善偏惡の者に非ざるなり。余に徴して其の作る所の意を叙べしむ。余、不敏、輙ち性の説を書し、以て卷首に冠す。經穴分寸の屬は、則ち悉く論ずるに暇(いとま)あらざるなり。
時に文化十年癸酉の人日 秋元玄仙序す
【注釋】
○人以天地之氣生以四時之法成‥『素問』寶命全形論「人以天地之氣生、四時之法成」。 ○有性善性不善‥『孟子』告子上「或曰、有性善、有性不善」。 ○岡田子成‥岡田靜安(一七七〇~一八四八)。実名は靜黙(きよしず)。字は子成。号は華陽、松響園、慮得齋。12-2『骨度正穴考聞書』卷下末を参照。 ○武蕨驛‥武蔵国足立郡蕨宿。いま埼玉県蕨市。中山道、日本橋の次の宿場。 ○家無儋石之儲‥家の中に余分な食料も全くない。生活が困窮していることの形容。儋石‥儋は一石の穀物をいれられる容器。そのため「儋石」という。ひとりの人が擔えるだけの粟米ともいう。少量の糧食。 ○衣服適寒温‥『靈樞』師傳「飮食衣服、亦欲適寒温」。 ○古人為師‥『論語』為政「温故而知新、可以為師矣」。 ○詩書‥『詩經』と『書經』。またひろく経書をいう。ここでは、詩を含めた書籍全般か。 一ウラ ○考索‥考査研究。 ○徃‥「往」の異体。 二オモテ ○生資‥資生。『易』坤「至哉坤元、萬物資生」。孔穎達疏「萬物資生者、言萬物資地而生」。生み、助ける。 二ウラ ○徴‥もとめる。要求する。 ○文化十年癸酉‥西暦一八一三年。 ○人日‥旧暦正月七日。 ○秋元玄仙‥
骨度正穴考圖の序
夫れ人は天地の氣を以て生まれ、四時の法を以て成る。
【意訳】人間は天地の気によって生まれて,四時季節の法則によって成長する。
故に形有り、則ち隂陽を離れざるなり。
【意訳】よって形体がある以上,陰陽から離れることはない。
然して隂陽多少有るに因り、而して性の善なると性の不善なる有り。
【意訳】そして陰陽の多い少ないに応じて,性が善であるのと不善であることがある。
是の故に善性と為り、不善性と為る。
【意訳】このため性が良いものにもなれば,悪いものもにもなる。
各々其の性に非ずんば、為す能わず。
【意訳】それぞれその性でなければ,なすことはできない。
今ま骨度正穴考圖之れ成る。
【意訳】いま,『骨度正穴考図』が完成した。
亦た其の性に非ずんば、為す能わず。
【意訳】これもまた著者自身の天性がなければ,成し遂げられなかったことである。
吾が友岡田子成は、武蕨驛の人なり。
【意訳】わたくしの友人,岡田子成は,武蔵の国,蕨宿の人である。
家に儋石の儲え無く、衣服は寒温に適い、世俗と交わらず、古人を師と為(し)、詩書を友と為(す)。
【意訳】自宅の米びつには余った米の蓄えもなく,衣服は季節の寒暖をしのげるほどのものしか持ち合わせがなく,俗人とは交流せず,古代のひと(が書いた書物)を先生とし,詩集と書籍を友人としている。
性、考索を好み、遂に經穴に一家言を成し、以て上古の舊に復するなり。
【意訳】探究考証を好む性格だったので,結果として経穴に関する独自の見解を打ち立て,古代の正しい状態に戻したのである。
夫れ天地の大氣、春夏は地上に出づるなり。
【意訳】そもそも天地の大いなる気は,春夏の季節には地上にあらわれる。
人身は背に應ず。
【意訳】それは人の体では,背中が応じる。
背實して腹虚するなり。
【意訳】背中が充実して,腹部が虚となる。
是の故に腹及び手足の裏は、温暑に傷(やぶ)られ易きなり。
【意訳】そのため腹と手足の裏が温暑の熱邪に損なわれやすくなる。
秋冬は地下に入るなり。
【意訳】天地の大いなる気は,秋冬の季節には地下に入る。
人身は腹に應ず。
【意訳】人の体では腹が応じる。
腹實して背虚するなり。
【意訳】腹部が充実して背部が虚となる。
是の故に背及び手足の表は、涼寒に傷(やぶ)られ易きなり。
【意訳】そのため背中と手足の表が涼寒の邪に損なわれやすくなる。
又た大氣に從いて往來する者は、風と水なり。
【意訳】また大いなる気にしたがって往来するのは,風と水である。
風は氣為(た)り、温なり、春に應じて物生じ始まるなり。
【意訳】風は気であり,温であり,春の季節に対応して万物が発生する。
水は血氣為(た)り、寒なり、冬に應じて物成り終わる。
【意訳】水は血気であり,寒であり,冬の季節に対応して万物が成就して終わる。
是の故に風水行(めぐ)らざれば、則ち天地和せず、而して萬物變異す。
【意訳】このため,風と水が正常にめぐらないと,天と地が調和せず,あらゆるものが変調する。
氣血行(めぐ)らざれば、則ち藏府和せず、而して疾病自ら成る。
【意訳】気血がめぐらないと,蔵府の調和がとれず,病気が自然に生じる。
醫は天地に法(のつと)り、以て人に及ぶなり。
【意訳】医学は天地の法則にならって,それを人間に応用したものである。
其の法は隂陽を調和するに在るなり。
【意訳】その方法は,陰陽を調和させることにある。
天地の道、天地の命、天地の性、人も亦た之に應ず。
【意訳】天地の道と,天地の命と,天地の性に,人間も対応する。
天地の道は、五運六氣、變化生殺の謂(いい)なり。
【意訳】天地の道とは,五運六気が変化させ,生じたり殺したりすることをいう。
天地の命は、一隂一陽、奇偶相配、道に分かるるの謂(いい)なり。
【意訳】天地の命とは,一陰一陽が奇数と偶数で組み合わさり,道にしたがって分かれることをいう。
天地の性は、隂陽の本始、萬物の生資、隂陽、一に形し、為すこと無くして物生成するの謂(いい)なり。
【意訳】天地の性とは,陰陽の始まりであり,万物が生まれるもとであり,陰陽が一つの形としてあらわれ,無為のまま万物を生成するという意味である。
蓋し人の性、陽多きを以て、性、善と為すなり。
【意訳】思うに,人間の性質は,陽が多いと善となる。
隂多きを以て、性、惡と為すなり。
【意訳】陰が多いと,性質は悪となる。
隂陽和平を以て、性、聖と為すなり。
【意訳】陰陽が平和(平静でなごやか)であれば,性質は聖なるものとなる。
子成曰く、人の性、天然なる者は、隂陽の氣和と不和を以て、性に善惡有るなり。
【意訳】子成は次のように言った。「人の性質は,生まれつきであったとしても,陰陽の気が調和しているか否かによって,性質に善悪の違いが生じるのである。
偏善偏惡の者に非ざるなり。
【意訳】一方的に善であったり悪であったりするものではない」。
余に徴して其の作る所の意を叙べしむ。
【意訳】子成はわたくしに本書を作成した意図を序文に書くように求めた。
余、不敏、輙ち性の説を書し、以て卷首に冠す。
【意訳】私には才能が乏しいので,性に関する説を記して,巻頭に置くことにした。
經穴分寸の屬は、則ち悉く論ずるに暇(いとま)あらざるなり。
【意訳】経穴の取穴の寸法などについては,詳細に論じる余裕はない。
時に文化十年癸酉の人日 秋元玄仙序す
【意訳】時は文化十年みずのととりの正月七日 秋元玄仙 序をしたためる
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骨度正穴考圖序
骨度者靈七卷六臣伯高所撰人長七
尺五寸縱横有骨分限毎各部有長短
是謂同身之寸唐孫思邈甄權除舊圖
作新選於是明堂圖變仰背側人不完
今本長字為辯自同身寸為半作圖平
體正面以合骨度名編正穴者筋骨間
經合井滎腧原營衞氣所循環正邪氣
一ウラ 10
所聚焉鍼寒肉宜内温灸温肌宜外寒
毒藥攻内不痊鍼灸可以十全近來圖
鑑亦變撰次古今諸賢據骨度篇正焉
以淂正穴名編滑氏發揮圖選屈伸體
俛仰面垂手廣足斜肩其冩誤不堪看
毎淂生業寸間積日精思染翰使佳譽
冩愚按得其人欲傳焉文化壬申大寒
岡田静黙自撰
【訓み下し】
骨度正穴考圖の序
骨度とは、靈の七卷、六臣伯高が撰する所、人の長(た)け七尺五寸、縱横に骨の分限有り、各部毎に長短有り、是を同身の寸と謂う。唐の孫思邈、甄權、舊圖を除いて新選を作る。是(ここ)に於いて明堂圖變じ、仰背側人完(まつた)からず。今ま長字に本づき辯を為し、自らの同身寸を半と為し、圖を作るに平體正面、骨度に合するを以て編に名づく。正穴とは、筋骨の間、經合井滎腧原、營衞の氣の循環する所、正邪氣の
一ウラ
聚る所なり。鍼は肉を寒(ひや)し、内の温に宜し。灸は肌を温めて外の寒に宜し。毒藥、内を攻めて痊えずんば、鍼灸、以て十全す可し。近來圖鑑亦た變じ、古今の諸賢を撰次す。骨度篇に據って正す。正穴を得るを以て編に名づく。滑氏が發揮の圖選、體を屈伸し、面を俛仰す。手を垂れ足を廣げ肩を斜めにす。其の寫誤、看るに堪えず。生業の寸間を得る毎に積日精思して翰(ふで)を染む。佳譽をして愚按を寫さしめ、其の人を得て傳えんと欲す。文化壬申 大寒 岡田靜黙自ら撰す
【注釋】
○骨度者靈七卷六臣伯高所撰‥二十四卷本『靈樞』卷七、骨度第十四「黄帝問于伯高曰……」。六臣は、岐伯、雷公、鬼臾區、伯高、少兪、少師。 ○唐孫思邈甄權除舊圖作新選‥唐 孫思邈『備急千金要方』卷第二十九鍼灸上 明堂三人圖第一「舊明堂圖年代久遠、傳寫錯悞、不足指南、今一依甄權等新撰爲定云耳」。 ○今本長字為辯自同身寸為半作圖‥本書卷之上、「同身之寸解」を参照。 ○經合井滎腧原‥五行穴と原穴(陰経では、兪穴〔本書の記載では「腧穴」〕と一致する)。『靈樞』九針十二原などを参照。 一ウラ ○十全‥十人治療して全員治る。『周禮』天官冢宰 醫師「凡邦之有疾病者、疕瘍者造焉、則使醫分而治之……十全為上」。『素問』解精微論「陰陽刺灸、湯藥所滋、行治有賢不肖、未必能十全」。「全」は「痊」に通ず。 ○近來‥近ごろ。 ○淂‥「得」の異体。 ○滑氏發揮‥元 滑壽『十四經發揮』。図は、Internet東亜医学協会の電脳資料庫を参照。 ○積日‥連日。 ○精思‥子細に考える。 ○染翰‥筆写する。 ○佳譽‥岡田靜黙のむすめ。 ○文化壬申‥一八一二年。 ○大寒‥二十四節気のひとつ。旧暦一月二十日か二十一日。
骨度正穴考圖の序
【意訳】
骨度とは、靈の七卷、六臣伯高が撰する所、人の長(た)け七尺五寸、縱横に骨の分限有り、各部毎に長短有り、是を同身の寸と謂う。
【意訳】骨度とは,『霊枢』の第七巻にある篇名であり,黄帝の六人の臣の一人である伯高が著わしたものである。人間の身長を七尺五寸と規定し,人体の縦横には,骨による区分があり,それぞれの部位には長短がある。(その一定部位を基準とすること,)これを同身寸というのである。
唐の孫思邈、甄權、舊圖を除いて新選を作る。
【意訳】唐代の孫思邈と甄権は,古い明堂図を差し替えて,新たに図を作成した。
是(ここ)に於いて明堂圖變じ、仰背側人完(まつた)からず。
【意訳】その結果,明堂図が変質し,仰人図・背人図・側人図が不完全なものになってしまった。
今ま長字に本づき辯を為し、自らの同身寸を半と為し、圖を作るに平體正面、骨度に合するを以て編に名づく。
【意訳】今回,(『霊枢』骨度に記載されている)「長(たけ・ながさ)」に基づいて識別し,その同身寸の寸法の二分の一で図を作成し,正面図と「骨度」を一体として,書名(『骨度正穴考図』の一部)とした。
【意訳】
正穴とは、筋骨の間、經合井滎腧原、營衞の氣の循環する所、正邪氣の聚る所なり。
【意訳】「正穴」とは,筋骨の間隙,五兪穴・原穴,衛気と営気が循環する場所であり,正気と邪気が集まる場所である。
鍼は肉を寒(ひや)し、内の温に宜し。
【意訳】鍼には肉を冷やす働きがあり,体内の熱を下げるのによい。
灸は肌を温めて外の寒に宜し。
【意訳】灸は肌を温める作用があり,体外の冷えによい。
毒藥、内を攻めて痊えずんば、鍼灸、以て十全す可し。
【意訳】薬物で体内を攻略して病が癒えなければ,鍼灸による(体表からの施術で)十分に治すことができる。
近來圖鑑亦た變じ、古今の諸賢を撰次す。
【意訳】近年の図鑑もまた変わってきており,古今の多くの賢者の説によって編集されている。
骨度篇に據って正す。
【意訳】(しかし,わたくしは)『霊枢』骨度篇に基づいて修正した。
正穴を得るを以て編に名づく。
【意訳】(そうすることで)「正しい穴」が得られるので,これを書名(の一部)とした。
滑氏が發揮の圖選、體を屈伸し、面を俛仰す。
【意訳】滑寿の『十四経発揮』の図は,体を屈伸させ,顔は上を向いたり下を向いたりしている。
手を垂れ足を廣げ肩を斜めにす。
【意訳】手を垂らし,足を広げ,左右の肩の高さが平衡ではない。
其の寫誤、看るに堪えず。
【意訳】その書き誤りは,とても見るに堪えない。
生業の寸間を得る毎に積日精思して翰(ふで)を染む。
【意訳】仕事をしていてすこしでも空いた時間ができると,毎日熟考して書き留めた。
佳譽をして愚按を寫さしめ、其の人を得て傳えんと欲す。
【意訳】(娘の)佳誉にわたくしの考えを筆写させて,しかるべき人があればこの内容を伝えたいと願った。
文化壬申 大寒 岡田靜黙自ら撰す
【意訳】文化九年(1812)大寒の日 岡田静黙 みずから記す