1-1大明琢周鍼法一軸 琢周〔傳〕福田道折〔編〕
京大富士川文庫所蔵(シ/六二一)
鍼法一軸序
夫爲醫之道徃昔襍之為十 〔襍‥「雜」の異体〕
三科近世鍼之一科𨓏𨓏以 〔𨓏‥「往」の異体〕
其術多鳴世者或因賀山成
定之傳有祖靈樞者或汲御
園意齋之流有不繇經絡者
是皆雖有裨醫療之功未聞
直面命中華之醫發明其秘
者慶長年中 皇明鍼醫琢
周繫纜於長崎津專以此術
起不治之病蓋八九于十也
一ウラ
津之有司甚以爲竒依是四
隣州之士農輿疾到其門者
不爲少矣雲陽住醫匹地喜
菴杳慕其術越山航海會周
於長崎竟探蘊奥茹英華詳
審精密集爲一家之書秘而
不出戸庭故汲其餘流者亦
殆少矣喜菴没後傳于其孫
福田道折折傳播是于雲陽
奇効應驗隨手遂其生者所
州民之識也誠知周之術不
二オモテ
虚也予與折未得荊識元是
以有同國之故頃日寄一帙
曰冀刊布是洛陽俾海内同
此術吾意夷予顧爲其書文
字甚簡而專釣其要且兪穴
病名之口傳皆以和語住之
附其後於捄療調攝之道知
不能無小補也儻夫讀之手
之有得其要領者豈羨琢周
皷舞耶於是喜折之慈仁不 〔皷‥「鼓」の異体〕
得辭沮表一言塞其求云爾
二ウラ
亍時延寳第七在歳巳未陽 〔亍‥「于」の異体〕
復之月丙午之日
洛下之住
醫官法橋杉立氏道允序
【訓み下し】(原文にあるカタカナの振り仮名を用いた。
編者が補ったものはひらがなで表記する。)
鍼法一軸の序
夫れ醫の道爲(タ)ること、往昔(ムカシ)之を雜(まじ)えて十三科と爲(す)。近世鍼の一科、往往に其の術を以て世に鳴る者多し。或いは賀山の成定が傳に因って、靈樞を祖とする者有り。或いは御(ミ)園(ソノ)意齋が流を汲みて、經絡に繇(ヨラ)ざる者有り。是れ醫療を裨(タス)くるの功有りと雖も、未だ直ちに中華の醫に面命して其の秘を發明する者を聞かず。慶長年中 皇明鍼醫琢周、纜(ともづな)を長崎の津に繫ぎ、專ら此の術を以て不治の病を起こすこと、蓋し十に八九。
一ウラ
津の有司甚だ以て奇なりと爲(す)。是れに依って四隣州の士農、疾に輿(コシ)して其の門に到る者、少なしと爲さず。雲陽の住醫、匹地喜菴、杳(ハルカ)に其の術を慕って、山を越(コ)え、海に航(わた)りして、周に長崎に會す。竟に蘊奥を探り、英華を茹(くら)う。詳審精密、集めて一家の書と爲(す)。秘して戸庭を出ださず。故に其の餘流を汲む者も亦た殆ど少なり。喜菴没して後ち、其の孫、福田道折に傳う。折、是れを雲陽に傳播して、奇效應驗、手に隨って其の生を遂ぐる者、州民の識(し)る所なり。誠に知んぬ、周が術
二オモテ
虚ならざるを。予、折と未だ荊識を得ざれども、元と是れ同國の故有るを以て、頃日、一帙を寄せて曰く、冀(こいねが)わくは是れを洛陽に刊布して、海内をして此の術を同じうせしめば、吾が意、夷(たい)らかならん。予、其の書爲ることを顧みるに、文字甚だ簡にして專ら其の要を釣る。且つ兪穴病名の口傳、皆な和語を以て之を住して其の後に附く。捄療調攝の道に於いて、知んぬ、小補無きこと能わざることを。儻(も)し夫(そ)れ之を讀み之を手にして、其の要領を得る者有らば、豈に琢周が鼓舞を羨ましからんや。是(ここ)に於いて折が慈仁を喜びて、辭沮することを得ず、一言を表して其の求めを塞ぐと爾(しか)云う。
二ウラ
時に延寶第七 歳 己未に在り、陽復の月 丙午の日
洛下の住
醫官法橋 杉立氏道允序す
【注釋】 ○襍‥「雜」の異体。ここでは「集」と同意。 ○徃‥「往」の異体。 ○十三科‥6-1鍼道發秘の注を参照。 ○𨓏‥「往」の異体。『説文解字』「迋、往也。从辵王聲」。 ○繇‥原文は「揺」の旁を二つ並べてある。 ○賀山成定‥藤木成定(元成)。後陽成・後水尾両帝につかえ、駿河流の祖。一五五七~一六三五。鍼博士(『日本腹診の源流』長野仁解説)。 ○御園意齋‥松岡意齋(一五五七~一六一六)。名は常心、通称は源吾。打鍼術中興の祖。正親(おおぎ)町(まち)・後陽成天皇に仕えた鍼博士(同上)。 ○面命‥『詩經』大雅 抑「匪面命之、言提其耳」。対面して告げる。人に懇切丁寧に教えることの形容。 ○發明‥知られていなかった事を明らかにする。 ○慶長年中‥一五九六~一六二三。 ○皇明‥「大明」と同じ。「皇」は、美称。 ○琢周‥ 一ウラ ○有司‥役人。 ○爲竒‥並外れた人と思う。「竒」は、「奇」の異体。 ○四隣州‥四方隣国。 ○輿疾‥「輿病」ともいう。病の体を車に乗せる。 ○雲陽‥出雲(島根県東部)。 ○匹地喜菴‥次の「大明琢周針法鈔序」では「疋地氏喜菴」につくる。 ○茹‥食べる。咀嚼する。 ○英華‥精華。 ○詳審‥周到かつ詳細。 ○精密‥厳密かつ精緻。 ○福田道折‥ ○奇効應驗‥驚くほど優れた効果をあらわす。 ○隨手‥すぐさま。たちどころに。 ○遂生‥養生する。 二オモテ ○荊識‥唐・李白『與韓荊州書』「生不用封萬戶侯、但願一識韓荊州。何令人之景慕一至於此耶」に基づく。後に初対面、あるいは平素から敬慕していた人をいう。尊敬語。 ○帙‥書画を包むもの。函。助数詞。 ○刊布‥刊行。刊刻発行。 ○洛陽‥洛京。みやこ。 ○海内‥天下。四海の内。 ○夷‥平安。 ○住‥とどめる。 ○釣其要‥鉤玄提要(精微を探り出し、重要なことを挙げる)。 ○捄‥援助する。すくう。「救」に通ず。 ○調攝‥調養。 ○無小補‥朱熹『大學章句』序:「學者修己治人之方,則未必無小補云」。 ○皷‥「鼓」の異体。 ○慈仁‥慈善仁愛。 ○辭沮‥やめる。辞退する。 二ウラ ○亍‥「于」の異体。 ○延寳第七在歳巳未‥己未。一六七九年。 ○陽復之月‥旧暦十一月。 ○丙午之日‥ ○洛‥京都。 ○法橋‥法印・法眼に次ぐ地位。 ○杉立氏道允‥
鍼法一軸の序
夫れ醫の道爲(タ)ること、往昔(ムカシ)之を雜(まじ)えて十三科と爲(す)。
【意訳】医道は,むかしこれを集めて13科目とした。
〔『明史』太醫院掌醫療之法。凡醫術十三科……曰大方脈,曰小方脈,曰婦人,曰瘡瘍,曰鍼灸,曰眼,曰口齒,曰接骨,曰傷寒,曰咽喉,曰金鏃,曰按摩,曰祝由。〕
近世鍼の一科、往往に其の術を以て世に鳴る者多し。
【意訳】近代では鍼の一科で,しばしばその優れた技術によって世間に名声が知れ渡った者が多い。
或いは賀山の成定が傳に因って、靈樞を祖とする者有り。
【意訳】その中には,駿河流の祖,賀山成定(藤木元成)の伝承にしたがって,『霊枢』を元祖とするものもいる。
或いは御(ミ)園(ソノ)意齋が流を汲みて、經絡に繇(ヨラ)ざる者有り。
【意訳】打鍼術の大家,御園意斎(1557--1616)の流派を継承して,経脈経穴に基づかない者もいる。
是れ醫療を裨(タス)くるの功有りと雖も、未だ直ちに中華の醫に面命して其の秘を發明する者を聞かず。
【意訳】これらに人々は,医療においてひとを助けるのに功績があったとはいえ,中華の名医から直にその秘伝を伝授されたという人のことは聞いたことがない。
慶長年中 皇明鍼醫琢周、纜(ともづな)を長崎の津に繫ぎ、專ら此の術を以て不治の病を起こすこと、蓋し十に八九。
【意訳】慶長(1596~1615)年間に,大明(みん)帝国の鍼医者琢周が船で長崎港に渡来し,鍼術を専門にして難病にかかった病人を治した。その数は,おおよそ10人治療すれば,8人か9人は良くなった。
津の有司甚だ以て奇なりと爲(す)。
【意訳】港の役人は,それを非常に素晴らしいことだと思った。
是れに依って四隣州の士農、疾に輿(コシ)して其の門に到る者、少なしと爲さず。
【意訳】このため四方の隣国の武士や農民は,(治療してもらおうと)病気で歩いて来られない人も車に乗せられて琢周の家まで来訪するものが多かった。
雲陽の住醫、匹地喜菴、杳(ハルカ)に其の術を慕って、山を越(コ)え、海に航(わた)りして、周に長崎に會す。
【意訳】出雲国に住んでいた医者,匹地(疋地)喜庵は,長崎からは遠いところからその鍼術を敬慕して,山を越え海を渡って,琢周に面会するために長崎に出向いた。
竟に蘊奥を探り、英華を茹(くら)う。
【意訳】ついにその秘術の奥義を探り当て,その精髄を咀嚼した。
詳審精密、集めて一家の書と爲(す)。
【意訳】周到かつ詳細,厳密かつ精緻に,その習得した内容を編集して彼の流派の書とした。
秘して戸庭を出ださず。
【意訳】しかしそれを秘伝として,一般には公開しなかった。
故に其の餘流を汲む者も亦た殆ど少なり。
【意訳】そのため,彼の流れを継承したひとも,本当に少ない。
喜菴没して後ち、其の孫、福田道折に傳う。
【意訳】匹地(疋地)喜庵が亡くなった後は,その孫に当たる福田道折がその術を伝承した。
折、是れを雲陽に傳播して、奇效應驗、手に隨って其の生を遂ぐる者、州民の識(し)る所なり。
【意訳】福田道折はこの術を出雲に伝え,その驚くほど優れた治療効果をあらわし,たちどころに生気を取り戻すことは,雲州出雲の人々に知られるようになった。
誠に知(し)んぬ、周が術虚ならざるを。
【意訳】このことからも,琢周の鍼術が偽物でないことが確かにわかる。
予、折と未だ荊識を得ざれども、元と是れ同國の故有るを以て、頃日、一帙を寄せて曰く、冀(こいねが)わくは是れを洛陽に刊布して、海内をして此の術を同じうせしめば、吾が意、夷(たい)らかならん。
【意訳】わたくしは,福田道折とは面識がないが,もともと同国人である縁故により,近頃帙に入れた書を寄こして,「これを京都で刊行して,日本国中にこの鍼術を広めることができれば,わたしの気持ちも穏やかになるでしょう」という。
予、其の書爲ることを顧みるに、文字甚だ簡にして專ら其の要を釣る。
【意訳】わたくしが本書を見てみると,文章は非常に簡明でもっぱら鍼術の要点を挙げている。
且つ兪穴病名の口傳、皆な和語を以て之を住して其の後に附く。
【意訳】かつまた,ツボと病名についての口伝をすべて漢文ではなく日本語を使って,漢語の後に附している。
捄療調攝の道に於いて、知んぬ、小補無きこと能わざることを。
【意訳】医療の道において,大きくはなくともそれなりに補い役に立つことができることが分かる。/『孟子』盡心上:「夫君子所過者化,所存者神,上下與天地同流,豈曰小補之哉?」 朱熹『大學章句』序:「學者修己治人之方,則未必無小補云」。
儻(も)し夫(そ)れ之を讀み之を手にして、其の要領を得る者有らば、豈に琢周が鼓舞を羨ましからんや。
【意訳】本書を手にとって読み込んで,その大事な点を習得するものがいたならば,琢周の激励をうらやましく思うだろうか。
是(ここ)に於いて折が慈仁を喜びて、辭沮することを得ず、一言を表して其の求めを塞ぐと爾(しか)云う。
【意訳】そういうわけで,福田道折の慈善仁愛の志を喜んで,序文を書いてくれるようにとの申し出を辞退することができず,ひとこと文章に表わして,その求められた役目を果たすことにした。
時に延寶第七 歳 己未に在り、陽復の月 丙午の日 洛下の住 醫官法橋 杉立氏道允序す
【意訳】これを書いたのは延宝7年(歳星は己未の位置にある),11月丙午日〔1679年12月17日〕,京都在住,医官法橋 杉立道允 序をしたためる
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大明琢周針法鈔序
夫人生於地懸命於天天地合
氣命之曰人天地是人陰陽
也陰陽又氣血也氣血偏勝
則乃生於諸疾外六淫傷外
經絡内七情傷内藏府其治
在醫之用心醫家之法術不
越鍼灸藥湯液之範也就中
針刺之理經脉爲始營其所
行知度量内刺五臟外刺六
腑審察衞氣是爲治百病母
一ウラ
其功大矣哉世既暮而以下
雖鍼道衰於今有大明琢周
得針法妙術而至 本朝纜
水馬於西南之岸間也于時
雲陽城之住醫疋地氏喜菴
素善鍼術故從國命而欲受
彼針法而見琢周爲學習親
灸有日然後周袖一軸來授
喜菴曰吾於針術之業刻志
懈無暫枕久鵲寥寥而眠如
玉弓入窓而異人忽然來授
二オモテ
此一軸而曰用汝此針法則
越人如起死乎必勿疑而去
矣然後從彼試用之無不應
故人皆爲是竒今汝授之亦
勿疑直用此鍼法者即爲
日域無雙名鍼乎倩以此一
軸緫針穴一百有五穴終也 〔緫‥「總」の異体〕
至其病論則无錯諸書也其 〔无‥「無」の異体〕
間穴名異耳按夫秘唯有用
與不用誰知其是非乎尚欲
旁取孔穴者懵然而如雲中
二ウラ
飛鳥費矢也何其中乎今世
殆用鍼法者不達正學或又
受師不卒妄作離術人民爲
之所窮矣愚思此針法雖穴
數少不待試而百發百中是
即方貴經驗謂也予幸出疋
地氏之末葉傳於此鍼法奥
義故不愧草莽學採註其梗
槩也蓋欲令門人或易悟而 〔槩‥「概」の異体〕
已恐在誤乎學者再詳焉于
時 延寳七年巳未桂月中旬
雲陽城住 福田氏道折謹
自序
【訓み下し】
大明琢周針法鈔の序
夫(そ)れ人は地に生じて、命を天に懸く。天地、氣を合して之を命(な)づけて人と曰う。天地は是れ人の陰陽なり。陰陽は又た氣血なり。氣血偏勝すれば、則乃(すなわ)ち諸疾を生ず。外六淫は外經絡を傷(やぶ)り、内七情は内藏府を傷(やぶ)る。其の治は醫の用心に在り。醫家の法術は鍼灸藥湯液の範(のり)を越えず。中(なか)ん就(づ)く針刺の理は經脉を始めと爲(す)。其の行く所を營(めぐ)らし、度量を知り、内、五臟を刺し、外、六腑を刺し、審らかに衞氣を察するは、是れ百病を治する母爲(た)り。
一ウラ
其の功、大なるかな。世既に暮れしより以下(このかた)、鍼道衰うと雖も、今に於いて大明琢周というもの有り。針法の妙術を得て、 本朝に至り、水馬を西南の岸間に纜(つな)ぐ。時に雲陽城の住醫、疋地氏喜菴、素(もと)より鍼術を善くす。故に國命に從って彼が針法を受けんと欲し、琢周に見(まみ)え、學習の爲に親炙すること日有り。然して後、周、一軸を袖にし、來たって喜菴に授けて曰く「吾れ針術の業に於いて、志を刻み懈(おこた)ること暫くも無し。久鵲を枕とし、寥寥として眠る。玉弓、窓に入るが如く、異人忽然として來たり、
二オモテ
此の一軸を授けて曰く『汝、此の針法を用いば、則ち越人が死を起こすが如くなり。必ず疑うこと勿かれ』といいて去んぬ。然して後、彼れに從って試みに之を用いるに、應ぜざるということ無し。故に人皆な是れを奇なりと爲(す)。今ま汝に之を授く。亦た疑うこと勿かれ。直ちに此の鍼法を用いば、即ち 日域無雙の名鍼と爲(な)らん」と。倩(つら)つら以(おもん)みるに、此の一軸總(すべ)て針穴一百有五穴に終わる。其の病論に至っては、則ち諸書に錯(あやま)ること无(な)し。其の間だに穴名異なるのみ。按ずるに夫(そ)れ秘は唯だ用と不用とに有り。誰か其の是非を知らんや。尚(も)し旁(あまね)く孔穴を取らんと欲する者は、懵然として雲中の
二ウラ
飛鳥に矢を費すが如し。何んぞ其れ中(あ)たらんや。今世殆ど鍼法を用いる者は、正學に達せず、或いは又た師に受くること卒(お)わらず、妄りに離術を作(な)し、人民、之が爲に窮せらる。愚思えらく、此の針法、穴數少なしと雖も、試を待たず、百たび發して百たび中たる、是れ即ち方は、經驗を貴ぶ謂(いい)なり。予、幸いに疋地氏が末葉を出で、此の鍼法の奥義を傳う。故に草莽の學を愧じず、採(と)って其の梗概を註す。蓋し門人をして或いは悟り易からしめんと欲するのみ。恐らくは誤ること在らん。學者再び焉(これ)を詳らかにせよ。
時に 延寳七年己未桂月中旬
雲陽城の住 福田氏道折謹んで自ら序す
【注釋】 ○夫人生於地……‥『素問』寳命全形論。 一ウラ ○水馬‥船。特に軽快なものをいう。 ○西南之岸間‥ここでは長崎。 ○雲陽‥出雲。 ○親灸‥意味からして、「親炙」。親しく接して感化を受ける。直接教授される。 ○有日‥長い間。 ○然後‥その後。 ○袖‥袖に入れる。 ○刻志‥心を一つにする。熱心に志す。篤志。 ○枕久鵲‥未詳。古い(久)書籍(しよじやく)(鵲)を枕にするように片時も離さず勉学にはげむことか。 ○寥寥‥孤独なさま。 ○玉弓‥新月。 二オモテ ○越人如起死‥扁鵲傳を参照。 ○無不‥すべて。 ○應‥実証する。効き目をあらわす。 ○竒‥「奇」の異体。形容詞の意動用法。不思議だと思う。優れていると考える。 ○日域‥日の照らす域内、天が下。日本。 ○無雙‥並ぶ者がない。もっとも卓越した。「日域無雙」は、日下無雙、天下無雙。 ○倩‥つらつら。日本語用法。よくよく見たり考えたりするさま。 ○緫‥「總」の異体。合計。 ○一百有五穴‥百五穴。 ○无‥「無」の異体。 ○旁‥ひろく。普遍的に。 ○懵然‥曖昧模糊としたさま。はっきりしないさま。 二ウラ ○正學‥正道に合致した学問。 ○離術‥正道から離脱した施術。『素問』徴四失論「受師不卒、妄作雜術」。「雜」、一本作「離」。 ○愚‥謙遜語。自称。 ○謂‥意味。 ○疋地氏‥ ○末葉‥後世の子孫。 ○草莽‥田野。民間。 ○梗槩‥概要。「槩」は「概」の異体。 ○延寳七年巳未‥己未。一六七九年。 ○桂月‥桂花が盛んに開花する時期。陰暦八月。
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大明琢周針法鈔の序
夫(そ)れ人は地に生じて、命を天に懸く。天地、氣を合して之を命(な)づけて人と曰う。
【意訳】『素問』宝命全形論にあるように,人は大地に生まれて,天から命を賦与されている。天の陽気と地の陰気が合体したものを名づけて人という。
天地は是れ人の陰陽なり。陰陽は又た氣血なり。
【意訳】天地は人間の陰陽である。陰陽はまたひとの気血でもある。
氣血偏勝すれば、則乃(すなわ)ち諸疾を生ず。
【意訳】気血のバランスが崩れて,どちらかが一方的にまさった状態になれば,そこから多くの病が発生する。
外六淫は外經絡を傷(やぶ)り、内七情は内藏府を傷(やぶ)る。
【意訳】外来の六淫は外表の経絡を損傷し,内生の七情は内裏の蔵府を損傷する。
其の治は醫の用心に在り。
【意訳】その治療は,医者の専心,集中力にかかっている。
醫家の法術は鍼灸藥湯液の範(のり)を越えず。
【意訳】医者の技術は,鍼灸・薬湯液の範疇を越えるものではない。
中(なか)ん就(づ)く針刺の理は經脉を始めと爲(す)。
【意訳】とりわけ鍼を刺す理法は経脈を理解することを筆頭とする。
其の行く所を營(めぐ)らし、度量を知り、内、五臟を刺し、外、六腑を刺し、審らかに衞氣を察するは、是れ百病を治する母爲(た)り。
【意訳】その経脈の流注や,その長さを知り,内部にある五臓を刺し,その外部にある六腑を刺し,衛気の状態をはっきりと知ることは,あらゆる病を治療する上での母胎である。
其の功、大なるかな。
【意訳】その功績は,まことに偉大なものである。
世既に暮れしより以下(このかた)、鍼道衰うと雖も、今に於いて大明琢周というもの有り。
【意訳】末世になって以来,鍼の道は衰退してはいるが,現代においても大明(みん)から渡来した琢周という人がいた。
針法の妙術を得て、 本朝に至り、水馬を西南の岸間に纜(つな)ぐ。
【意訳】鍼法の優れた術を会得して,日本に向かい,船に乗って日本の西南地区の港に来航した。
時に雲陽城の住醫、疋地氏喜菴、素(もと)より鍼術を善くす。
【意訳】その当時,出雲国に居を構えていた医者,疋地喜菴氏は,以前から鍼術に優れていた。
故に國命に從って彼が針法を受けんと欲し、琢周に見(まみ)え、學習の爲に親炙すること日有り。
【意訳】そのため,出雲藩主の命を受けて,琢周の鍼法を授かろうとして,琢周に会いに行った。長期間にわたって学び,直接技術を伝授された。
然して後、周、一軸を袖にし、來たって喜菴に授けて曰く
【意訳】その後,琢周は巻物の書籍1巻をふところに入れて来訪し,喜庵にその一巻本を与えて,次のように言った。
「吾れ針術の業に於いて、志を刻み懈(おこた)ること暫くも無し。
【意訳】「わたくしは鍼術を職業として,一心に一時も怠ることはなかった。
久鵲を枕とし、寥寥として眠る。
【意訳】久鵲(未詳)を枕にして,一人で眠っていたところ,
玉弓、窓に入るが如く、異人忽然として來たり、此の一軸を授けて曰く
【意訳】新月の光が窓から入って来たのかと思ったら,仙人(不思議な術を行なう人)が突然現われ,この一巻を与えてくれて,次のように言った。
『汝、此の針法を用いば、則ち越人が死を起こすが如くなり。必ず疑うこと勿かれ』といいて去んぬ。
【意訳】『あなたがこの鍼法を用いて治療をすれば,秦越人が仮死状態の人をベッドから立ち上がらせたのと同じようなことができるようになる。決して疑ってはならない』と。そう言って去って行った。
然して後、彼れに從って試みに之を用いるに、應ぜざるということ無し。
【意訳】その後,その異人の言葉にしたがい,その術を試してみると,かならず効き目が現われた。
故に人皆な是れを奇なりと爲(す)。
【意訳】そのため人々はみな不思議であると思った。
今ま汝に之を授く。亦た疑うこと勿かれ。
【意訳】そのような秘伝のものだが,いまあなたに伝授する。あなたもまた,わたくしの言うことを疑ってはならない。
直ちに此の鍼法を用いば、即ち 日域無雙の名鍼と爲(な)らん」と。
【意訳】ただちにこの鍼法を用いて治療すれば,すぐさま日本において比類なき名人の鍼師となろう」。
倩(つら)つら以(おもん)みるに、此の一軸總(すべ)て針穴一百有五穴に終わる。
【意訳】よくよく考えてみると,この巻物には,鍼のツボは105穴しかない。
其の病論に至っては、則ち諸書に錯(あやま)ること无(な)し。
【意訳】その病名・病症の説明に関しては,多くの医書にたがうことはない。
其の間だに穴名異なるのみ。
【意訳】ただ一部,穴名に異同があるにすぎない。
按ずるに夫(そ)れ秘は唯だ用と不用とに有り。
【意訳】勘案するに,その中の秘密というのは,それを用いるか用いないかにある。
誰か其の是非を知らんや。
【意訳】だれがその正しさを知っていようか。
尚(も)し旁(あまね)く孔穴を取らんと欲する者は、懵然として雲中の飛鳥に矢を費すが如し。
【意訳】たくさんのツボを取って治療しようと思う者は,あいまいなまま雲の中を飛んでいる鳥をめがけて弓矢をいたずらに放つようなものである。
何んぞ其れ中(あ)たらんや。
【意訳】そんなことをして,どうして命中するだろうか。
今世殆ど鍼法を用いる者は、正學に達せず、或いは又た師に受くること卒(お)わらず、妄りに離術を作(な)し、人民、之が爲に窮せらる。
【意訳】現代の鍼師のほとんどは,正しい鍼の学問に到達しておらず,あるいは師匠から免許皆伝を受けおわらず,(『素問』徴四失論にあるように,)正道から逸脱した施術を行なっている。そのために人々は苦しんでいる。
愚思えらく、此の針法、穴數少なしと雖も、試を待たず、百たび發して百たび中たる、是れ即ち方は、經驗を貴ぶ謂(いい)なり。
【意訳】わたくしが考えるに,この鍼法の書はツボの数は少ないとはいえ,試験するまでもなく,百発百中のものである。つまり鍼治療は,経験を重視するという意味である。
予、幸いに疋地氏が末葉を出で、此の鍼法の奥義を傳う。
【意訳】わたくしは,幸運にも疋地氏の子孫として生まれ,この鍼法の極意を伝えられた。
故に草莽の學を愧じず、採(と)って其の梗概を註す。
【意訳】それゆえ民間にある学問であることを恥じることなく,その概要を説明する。
蓋し門人をして或いは悟り易からしめんと欲するのみ。
【意訳】わたくしの門下生たちにとってより理解しやすいようになることを願うのみである。
恐らくは誤ること在らん。
【意訳】おそらくは,誤った記述もあるであろう。
學者再び焉(これ)を詳らかにせよ。
【意訳】学問のある人は,これについてあきらかにしてほしい。
時に 延寳七年巳未桂月中旬
【意訳】この序を書いたのは,延宝7年9月中旬である。
雲陽城の住 福田氏道折謹んで自ら序す
【意訳】出雲国に居を構える福田道折が敬意を表してみずから序文を書いた。