10-1 灸焫要覽 堀元厚撰
京大富士川文庫所蔵(キ/一一一)
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灸焫要覽
經云氣穴三百六十五以應一歳然而後人
所増者蓋亦不少矣初學者或厭其繁舎之
不講至于著艾之際往往失其眞因摘其切
近者一二録成小冊名曰灸焫要覽若夫周
悉者乃有通攷在焉視者勿安小成而可也
享保癸卯初夏平安後學堀元厚謹識
【訓み下し】
灸焫要覽
經に云う、氣穴三百六十五、以て一歳に應ず。然り而して後人増す所の者、蓋し亦た少なからず。初學者、或いは其の繁を厭い、之を舎(す)てて講ぜず。著艾の際、往往其の眞を失うに至る。因って其の切近なる者一二を摘みて、録して小册と成す。名づけて灸焫要覽と曰う。夫(か)の周悉なる者の若きは、乃ち通攷の在る有り。視る者、小成に安んずること勿くして可なり。
享保癸卯初夏 平安後學 堀元厚謹んで識(しる)す
【注釋】
○灸焫‥『素問』異法方宜論「藏寒生滿病、其治宜灸焫。故灸焫者、亦從北方來」。「焫」は、焼く、もやす。 ○經云‥『素問』氣穴論。 ○然而‥接続詞。ここでは逆接。 ○著艾‥もぐさを着ける。灸をすえる。 ○切近‥切要近便。 ○周悉‥周到詳尽。 ○通攷‥『隧輸通攷』(一七四四年序、写本)。 ○小成‥初歩的成就。明・方孝孺『贈林公輔序』「不安於小成、然後足以成大器」。 ○享保癸卯‥享保八(一七二三)年。 ○平安‥京都。 ○後學‥先輩の学者に対する謙遜語。 ○堀元厚‥元厚(一六八六~一七五四)は山城国山科の人で、名は貞忠(さだただ)、号は北渚(ほくしよ)。味岡三伯(あじおかさんはく)・小川朔庵(おがわさくあん)に学び、医名を馳せた(『典籍辞典』)。
灸焫要覽
經に云う、氣穴三百六十五、以て一歳に應ず。
【意訳】『内経(素問)』に,「気穴は365あり,一年の日数に対応する」とある。
然り而して後人増す所の者、蓋し亦た少なからず。
【意訳】しかしながら,後世の人が増補した穴もやはり少なくない。
初學者、或いは其の繁を厭い、之を舎(す)てて講ぜず。
【意訳】学び始めたばかりの人は,たいがいその繁雑さを嫌がり,無視して学ばない。
著艾の際、往往其の眞を失うに至る。
著艾の際に至って、往往にして其の眞を失う。
【意訳】(その結果)灸を施す時に,しばしばその本来の効果が失われてしまう。
因って其の切近なる者一二を摘みて、録して小册と成す。
【意訳】そこで,身近なものをいくつか選び取り,収録して小冊子を作った。
名づけて灸焫要覽と曰う。
【意訳】名称を『灸焫要覧』という。
夫(か)の周悉なる者の若きは、乃ち通攷の在る有り。
【意訳】詳細なものに関しては,『隧輸通攷』に記載がある。
視る者、小成に安んずること勿くして可なり。
【意訳】教え導く立場の人は,初歩的な内容に満足しなくて良い。
享保癸卯初夏 平安後學 堀元厚謹んで識(しる)す
【意訳】享保八年(1723)四月 京都の後進の学習者 堀元厚 つつしんで記す
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