4-3 鍼灸燈下餘録 後藤慕庵撰
杏雨書屋所蔵(乾三六五五)
(序)
人身固有自然之穴兪者針之達病處焫之去邪氣古人濟世
救民之嘉惠何其至邪後世滑張之輩強會之經絡而不知其
陷没徹底是穴乃謂人身始有此經絡則有此穴兪遂復令絡
絡矯引諸穴兪之處後之學者拘泥益甚其弊也不問大小長
短不辨陷没徹底而守拘寸度固執絡絡雖外面如法眞穴不
當其處不然則不知經絡不論穴兪夢託神授以欺人皇甫士
安乃不拘經絡所撰甲乙經分穴兪以部類近吾所嘗臆蓋去
古未遠法尚有存者私謂古人用寸度庶令後者易曉耳若徒
曰在手在足後者於何處取之故其骨間肉縫所不待寸度之
處未嘗謂之也唯於忙乎難尋乃立此寸度也先子艮山出于
數千歳之下始徹沿習以陷没為穴兪自謂在吾方寸之權度
頃日讀書之餘遠追古人之法度近逑先子之遺訓自摸索穴
一ウラ
兪之處纂次充于集中先子曰取穴之際苟盡吾心求焉則不
中不遠矣若詳之在乎其人
己丑之夏平安後藤敏識
【訓み下し】
人身固(もと)より自然の穴兪なる者有り。之に針すれば病處に達し、之に焫すれば邪氣を去る。古人、世を濟(すく)い民を救うの嘉惠、何ぞ其れ至ならんや。後世の滑張の輩、強いて之を經絡に會せしめ、而して其の陷没徹底するを知らず、是の穴は、乃ち人身に始めて此の經絡有りて、則ち此の穴兪有りと謂う。遂に復た絡(經)絡をして諸穴兪の處に矯引せしむ。後の學者、拘泥すること益ます甚だし。其の弊たるや、大小長短を問わず、陷没徹底を辨ぜず、而して寸度に守拘し、絡(經)絡に固執す。外面は法の如しと雖も、眞穴は其の處に當たらず。然らずんば、則ち經絡を知らず、穴兪を論ぜず、夢に託し神に授かり、以て人を欺く。皇甫士安は乃ち經絡に拘せず、撰する所の甲乙經、穴兪を分かつに部類を以てす。吾が嘗て臆する所に近し。蓋し古を去ること未だ遠からず、法、尚お存する者有り。私(ひそ)かに謂(おも)えらく、古人の寸度を用いるは、後の者をして曉(さと)り易くせしめんと庶(こいねが)うのみ、と。若し徒(た)だ手に在り、足に在りのみと曰わば、後の者、何れの處(地)に於いてか之を取らん。故に其の骨間肉縫の所、寸度の處を待たず、未だ嘗て之を謂わざるなり。唯だ忙乎に於いて尋ね難きは、乃ち此の寸度を立つればなり。先子艮山、數千歳の下に出でて、始めて沿習を徹して、陷没を以て穴兪と為(す)。自ら謂えらく、吾が方寸の權度に在りては、頃日、讀書の餘、遠くは古人の法度を追い、近くは先子の遺訓を逑(あつ)め、自ら穴
一ウラ
兪の處を摸索し、纂次して集中に充つ、と。先子曰く、取穴の際、苟(いやしく)も吾が心を盡くして焉(これ)を求むれば、則ち中(あ)たらずとも遠からず。之を詳らかにするが若きは、其の人に在り、と。
己丑の夏 平安後藤敏識(しる)す
【注釋】
○焫‥焼く。灸。 ○嘉惠‥恩恵。 ○滑張‥滑壽、張介賓。 ○徹底‥艮山流の灸法には四つの治則がある。その四番目が「病之所因深根固蒂」に対する「徹底」であり、「非灸灼尤多而徹根底、則不能以奏其効/灸灼尤も多くして根底を徹するに非ざれば、則ち以て其の効を奏すること能わず」という。他の三つの治則は開表、行經、温動(『五極灸訣』『留春堂灸點書』などを参照)。 ○矯引‥無理にたわめ引き寄せる。 ○絡絡‥眉部の批注に「二絡共當作經」とある。 ○夢託‥28-1經穴再改鈔の注を参照。夢の中で高僧などから託された灸法。 ○神授‥4-2艾灸通説では「神傳」という。神様から伝授された灸法。 ○皇甫士安‥皇甫謐。 ○臆‥憶。おもう。 ○處‥眉部の批注に「處者地之誤」とある。 ○忙乎‥忙しい。急を要する仕事。 ○先子‥亡き父。また先祖。艮山は祖父。 ○艮山‥後藤艮山(一六五九~一七三三)。 ○徹‥「撤」に通ず。取り除く。壊す。 ○沿習‥因習。旧来の習慣に従うこと。 ○權度‥法則。物の軽重長短を測定する道具。 ○頃日‥ひごろ。 一ウラ ○集中‥一箇所にまとめる。 ○苟盡吾心求焉則不中不遠矣‥『禮記』大學「心誠求之、雖不中不遠矣」。 ○在乎其人‥『周易』繫辭上「神而明之、存乎其人」。 ○己丑‥明和六(一七六九)年。 ○平安‥京都。 ○後藤敏‥さとし。後藤慕庵(一七三六~八八)。『艾灸通説』の著者、椿庵の子。後藤艮山の孫。
人身固(もと)より自然の穴兪なる者有り。之に針すれば病處に達し、之に焫すれば邪氣を去る。
【意訳】人の体には当然のことだが,生まれながらツボというのがある。ここに鍼をすれば病んでいる場所に達して病気はよくなるし,ここに施灸すれば邪気を駆逐することができる。
古人、世を濟(すく)い民を救うの嘉惠、何ぞ其れ至ならんや。
【意訳】昔の人が(鍼灸によって)世の中の人を救った恩恵は,なんときわめて大きいものではないか。
後世の滑張の輩、強いて之を經絡に會せしめ、而して其の陷没徹底するを知らず、是の穴は、乃ち人身に始めて此の經絡有りて、則ち此の穴兪有りと謂う。
【意訳】後代の滑壽や張介賓は(『十四経発揮』や『類経図翼』を著わし),無理やりツボを経絡に所属させて,ツボはへこみにあってその底に貫通していること知らないで,このツボというものは,人体に初めに経絡があって,その後にツボがある,と考えている。
遂に復た絡(經)絡をして諸穴兪の處に矯引せしむ。
【意訳】その結果,また経絡を多くのツボがあるところに無理に引き寄せて(その上を通過させようとして)いる。
後の學者、拘泥すること益ます甚だし。
【意訳】後世の鍼灸を学ぶものは,これにこだわり続けて,それが一層ひどくなっている。
其の弊たるや、大小長短を問わず、陷没徹底を辨ぜず、而して寸度に守拘し、絡(經)絡に固執す。
【意訳】その弊害は,大小・長短,事の重大性と些細なことに関係なく,(わが後藤流のいう)「陥没徹底」を理解せず,どの場所から何寸などをかたくなに遵守し,また経絡に執着している。
外面は法の如しと雖も、眞穴は其の處に當たらず。
【意訳】表面的には取穴法を守ってツボを取っているように見えるが,真実のツボはその場所にはない。
然らずんば、則ち經絡を知らず、穴兪を論ぜず、夢に託し神に授かり、以て人を欺く。
【意訳】そうでなければ(=分寸による取穴をしないで),経絡やツボを知らず,論ずることもできず,(その施灸を高僧が)夢で託された,神のお告げで授かった(ツボと施灸法だ)といって,人をだます。
○「御夢想灸。福井県鯖江市長泉寺町。中道院・元三大師堂。御夢想灸は、護摩炉(ごまがま)を頭にかぶらせて灸をすえる加持祈祷で、護摩炉の形がすりばちに似ていることから『すりばちやいと』と呼ばれ、多くの参詣者を集めている。昔、この地に悪病が流行したときに、元三慈惠大師によって行われたのがはじまりと伝えられる」(ふくい民俗芸能等群認定制度)。「興福寺・八釣地蔵さん。四月二十四日。聖徳太子が夢のお告げで御体顕された御夢想の名灸があり、リュウマチや神経痛治療によいとされている」(奈良県 橿原市年中行事)。泉鏡花『露肆』「弘法大師御夢想のお灸であすソ、利きますソ」。ネット歯の博物館掲載『大阪のまじないの引札』「此まじないの儀は、天満宮の御夢想にして……」。
皇甫士安は乃ち經絡に拘せず、撰する所の甲乙經、穴兪を分かつに部類を以てす。
【意訳】皇甫謐(字は士安)先生は,経絡にこだわらず,その著書である『鍼灸甲乙経』では,ツボを分類するのを部位によっている。
吾が嘗て臆する所に近し。蓋し古を去ること未だ遠からず、法、尚お存する者有り。
【意訳】これは,わたくしが以前から考えていたものに近い。思うに,(『黄帝明堂経』が書かれた)古代からそれほど時がへだたっていないため,則るべき方式がまだ伝存していたのであろう。
私(ひそ)かに謂(おも)えらく、古人の寸度を用いるは、後の者をして曉(さと)り易くせしめんと庶(こいねが)うのみ、と。
【意訳】わたくしの考えでは,古人が寸度を用いて取穴位置を示したのは,後の学習者にとってわかりやすくしたかったと願ったのにすぎない。
若し徒(た)だ手に在り、足に在りとのみ曰わば、後の者、何れの處(地)に於いてか之を取らん。
【意訳】もしただ単にそのツボは,手にある,足にあるといっただけでは,後の学習者はどこにツボを取ったらいいのだろうか。
故に其の骨間肉縫の所、寸度の處を待たず、未だ嘗て之を謂わざるなり。
【意訳】そのため,骨の関節・筋肉の分かれ目の場所などは,どこから何寸などは必要なく,どこから何寸などとは言っていないのである。
唯だ忙乎に於いて尋ね難きは、乃ち此の寸度を立つればなり。
【意訳】ただ急いでいてツボを見つけるのが難しい場合のために,この「どこから何寸」という基準を立てたのである。
先子艮山、數千歳の下に出でて、始めて沿習を徹して、陷没を以て穴兪と為(す)。
【意訳】今は亡き後藤艮山先生は,古代から数千年後に世に現われ,はじめてこの悪習を撤廃して,陥没こそツボである,としたのである。
自ら謂えらく、吾が方寸の權度に在りては、頃日、讀書の餘、遠くは古人の法度を追い、近くは先子の遺訓を逑(あつ)め、自ら穴兪の處を摸索し、纂次して集中に充つ、と。
【意訳】艮山先生は,「わたくしが考える法則は,日頃,読書の合間に,古人の法則を追求し,近いところでは先人の残した教えを集めて,みずからツボの位置を模索し,それを編集してひとつにまとめた」と言われた。
先子曰く、取穴の際、苟(いやしく)も吾が心を盡くして焉(これ)を求むれば、則ち中(あ)たらずとも遠からず。
【意訳】先生は「ツボを取るときに,自分の心を集中して見つけようとすれば,ぴったり当たらなくとも,それほど見当外れにはならない。
之を詳らかにするが若きは、其の人に在り、と。
【意訳】それを周到にできるかどうかは,その人次第である」と言われた。
己丑の夏 平安後藤敏識(しる)す
【意訳】明和六年(1769)の夏,京都の後藤敏が書き記す
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