2026年8月12日水曜日

【意訳】江戸時代鍼灸文献序跋集3-2 鍼灸五蘊抄

 3-2 鍼灸五蘊抄  田中知箴撰

    杏雨書屋所蔵(乾三五九五)

    

 五蘊抄序

不佞爲童時在志于

經絡同郡有松澤先

生者最精於此道因

而親炙于茲十有五

年漸窺於其十之一

夫先生之教業也口

授而無片紙之書不

佞久而恐忘之故從

傍聞記之而編輯焉

題名五蘊抄秘而不

  一ウラ

出雖親族不許見之

醫之爲道也本仁然

則此書不可秘也乎

仲尼曰不憤不啓不

悱不發庶以不佞吝

惜無罪則幸甚于時

貞享二歳乙丑九月

中旬知箴序


  【訓み下し】

 五蘊抄の序

不佞、童爲(た)りし時、經絡に志在りき。同郡に松澤先生なる者有り。最も此の道に精(くわ)し。因って親炙すること茲に十有五年。漸く其の十が一を窺う。夫れ先生の業を教わるや、口から授けて片紙の書無し。不佞、久しくして之を忘るることを恐る。故に傍らに從いて之を聞き記して編輯す。題して五蘊抄と名づく。秘して

  一ウラ

出ださず。親族と雖も之を見ることを許さず。醫の道爲るや、仁を本とす。然れば則ち此の書、秘す可からざるか。仲尼の曰く、憤せざれば啓せず。悱せざれば發せず、と。庶(ねが)わくは不佞が吝惜を以て、罪すること無くんば、則ち幸甚。時に貞享二歳乙丑 九月中旬 知箴序す


 【注釋】

 ○不佞‥不才。自分を謙遜していう。 ○松澤先生‥現在のところ『妙鍼流刺法口授相傳聞記 南之部』と『妙鍼流兪經偶人圖』(本全書第五十八卷所収)の二部の伝写本でのみで知られる江戸貞享年間(一六八四~一六八七)から元文年間(一七三六~一七四〇)に存在した鍼灸学派・妙鍼流の代表者(『古典全書』卷五十八所収『玄奥』解説)。 ○親炙‥直接に教えを受ける。 ○片紙‥一片の紙。 一ウラ ○仲尼曰‥『論語』述而「子曰、不憤不啓、不悱不發、舉一隅不以三隅反、則不復也/先生が言われた。苦しむほど求めないと提示しない。話さざるをえないくらいにならないと指導しない。一隅を挙げると、他の三隅が理解できないようであれば、二度と教えない」。 ○吝惜‥吝嗇、愛惜。おしむこと。 ○貞享二歳乙丑‥一六八五年。 ○知箴‥田中知箴(智新、休意)。本書の撰者。


****************************************

 五蘊抄の序

不佞、童爲(た)りし時、經絡に志在りき。

【意訳】(才能のない)わたくしは,子供の時から,経絡鍼灸に対する志がありました。

同郡に松澤先生なる者有り。

【意訳】わたくしが住んでいるのと同じ郡に松澤先生という方がいらっしゃった。

最も此の道に精(くわ)し。

【意訳】とりわけ,鍼灸の道をよく知っていた。/「モットモ」:こういう意味では,通常の漢文では「最」ではなく「尤」を使うのが,一般的であろう。

因って親炙すること茲(ここ)に十有五年。

【意訳】そういうわけで,松澤先生に師事すること,今,15年たった。

漸く其の十が一を窺う。

【意訳】やっと(先生が教えて下さる)鍼灸道の十分の一ほどではあるが,理解できるようになった。

夫れ先生の業を教うるや、口から授けて片紙の書無し。

【意訳】さて,松澤先生の教授は口述のみで,紙に書かれたものは一片もなかった。

不佞、久しくして之を忘るることを恐る。

【意訳】わたくしは,習い始めてからしばらくたって,教えていただいたことを忘れてしまうのではないかと不安になった。

故に傍らに從いて之を聞き記して編輯す。

【意訳】そのため,先生のおそばについて聞いたことをメモしておいて,それを編集した。

題して五蘊抄と名づく。

【意訳】これに「五蘊抄」という題名をつけた。

秘して出ださず。

【意訳】隠して人に知られないようにし,表に出さなかった。

親族と雖も之を見ることを許さず。

【意訳】たとえ親兄弟であっても,見せなかった。

醫の道爲るや、仁を本とす。

【意訳】(しかしながら)医道というのは,仁愛が根本である。

然れば則ち此の書、秘す可からざるか。

【意訳】そうであれば,この書の存在を秘匿することは,正しいことであろうか。

仲尼の曰く、憤せざれば啓せず。悱せざれば發せず、と。

【意訳】孔子は言われた,「学問に対して,奮い立つほど情熱を持たない者には,教え導くことはしない。積極的に学ぼうとしない者には,教えることはしない」と。

庶(ねが)わくは不佞が吝惜を以て、罪すること無くんば、則ち幸甚。

【意訳】わたくしが(これまで)出し惜しみしたことは罪にあたる,と責められないのであれば,これにまさる幸いはない,と願うばかりである。

時に貞享二歳乙丑 九月中旬 知箴序す

【意訳】貞享2(1685)年9月の中旬に田中知箴(また智新、休意)が序文を書いた


****************************************

  (中村伯綏序)

夫針灸藥者譬如鼎

足去一則不立必矣

醫之爲治也或針或

灸或藥臨病之際不

可膠柱也此今古一

定之論也非歟西京

松澤氏者以針術鳴

世者也世以称玅針

流遊於其門者數百

人窺其蘊奥而襲鳴

  一ウラ

者惟兩三人而已嗟

世可謂乏其人也知

箴遊於先生門十有

五年遂搜其室矣數

人之中最爲此魁家

有書目五蘊抄皆所

聞於先生之針術要

領也秘而不出之嚴

家與知箴為莫逆之

友以故得所秘之五

蘊抄藏家四十有餘

  二オモテ

年殆為書魚被篆食

焉七月曬書之次偶

有知己來取而熟讀

之因而問僕云五蘊

抄之題意得而可聞

也乎荅云是書舉東

南西北中央以分卷

秩蓋如舉五方則天

地之間万像森羅無

不含蓄者焉矣以五

方目者不可乎客唯

  二ウラ

而退他日又來而語

僕云夫針灸之書自

古著述者不少雖然

言簡而無眸子則有

難見者言密而雖易

見却有厭繁者今此

書之昭著也如開戸

見山因標指月今也

針灸藥支離分析刀   〔析‥原文「柝」〕

圭家者不可兼針術

針術家者亦然嗚呼   〔嗚‥原文「鳴」〕

  三オモテ

癈閣而從塵没何出

而不嘉惠于來學乎

僕笑而諾焉有書肆

明泉堂者聞於客称

道此書來而求壽木

數不許之僕熟思之

恐此書之泯没於是

遂應求矣書中雖片

言以己膚見不添竄

有若為童蒙之梯筏   〔梯‥原文は木偏に八+矛〕

庶免失鼎足之罪乎

  三ウラ

敢不備于君子之觀

矣于時延享元甲子

中冬上浣伯綏序

        〔印形黒字「高/道」、白字「伯綏」〕


  【訓み下し】

夫(そ)れ針灸藥は、譬えば鼎足の如し。一を去るときは〔則ち〕立たざること必せり。醫の治爲(た)る〔や〕、或いは針し、或いは灸し、或いは藥す。病に臨むの際(あい)だ柱に膠す可からず。此れ今古一定の論なり。非か。西京松澤氏は、針術を以て世に鳴る者なり。世以て玅針流と称す。其の門に遊ぶ者、數百人。其の蘊奥を窺いて襲いて鳴る

  一ウラ

者、惟(た)だ兩三人のみ。嗟(ああ)、世、其の人に乏しと謂(いい)つ可し。知箴、先生の門に遊ぶこと十有五年、遂に其の室を搜(さぐ)る。數人の中、最も此れが魁爲り。家に書有り。五蘊抄と目(なづ)く。皆な先生に聞く所の針術要領なり。秘して出ださず。嚴家、知箴と莫逆の友為(た)り。故を以て秘するの五蘊抄を得たり。家に藏すること四十有餘

  二オモテ

年。殆ど書魚の為に篆食せらる。七月、書を曬(さら)すの次(つい)で、偶(たま)たま知己有りて來たる。取りて熟(つら)つら之を讀む。因って僕に問う。云く、五蘊抄の題意、得て聞つ可きや、と。答えて云わく、是の書、東南西北中央を舉げ、以て卷秩を分かつ。蓋し五方を舉ぐるときは、〔則ち〕天地の間(あい)だ万像森羅、含蓄せずという者無きが如し。五方を以て目(なづ)くる者、可ならずや、と。客、唯(いい)として

  二ウラ

退く。他日又た來たりて僕に語りて云わく、夫れ針灸の書、古(いにし)え自り著述する者少なからず。然りと雖も、言(こと)ば簡にして眸子無くんば、〔則ち〕見難き者有り。言ば密にして見易きと雖も、却って繁を厭う者有り。今ま此の書の昭著なるや、戸を開きて山を見、標に因って月を指すが如し。今や針灸藥、支離分析す。刀圭家は、針術を兼ぬ可からず。針術家も亦た然り。嗚呼(ああ)、

  三オモテ

癈閣して塵(ちり)に從わば没せん。何んぞ出だして來學に嘉惠せざるや、と。僕笑いて諾す。書肆、明泉堂なる者有り。客の此の書を稱道するを聞けり。來たりて木に壽せんことを求む。數しば許さざれども、僕熟(つら)つら之を思うに、此の書の泯没せんことを恐る。是(ここ)に於いて遂に求めに應ず。書中、片言と雖も、己が膚見を以て、添竄せず。有若(もし)童蒙の梯筏為(た)らば、庶(ねが)わくは鼎足を失するの罪を免れんか。

  三ウラ

敢えて君子の觀に備えず。時に延享元甲子 中冬上浣 伯綏序す


 【注釋】

 ○鼎‥古代、食物の煮炊きに用いられた金属器具。腹が円形で、二つの耳と三本の足がある。 ○膠柱‥膠柱調瑟(鼓瑟)。瑟の弦柱を貼り付けて固定してしまって、瑟を演奏するとき音調の高低を調節できないこと。融通がきかない、応用力がないことたとえ。 ○論也非歟‥「也」の上にカナの「ナリ」がある。あるいは「論なりや非か」と訓むか。 ○西京‥京都。東京(江戸)に対する語。 ○松澤氏‥ ○鳴‥遠くまで名声が聞こえる。 ○玅針流‥ ○蘊奥‥精奧のところ。 ○襲‥継承する。 一ウラ ○嗟‥感傷、哀痛の語気。 ○搜其室‥入室升堂(学問や技能が深い境界に達する)の意であろう。 ○魁‥指導者。首席。 ○要領‥腰と頸。主旨、綱領。 ○嚴家‥家嚴。尊父。 ○莫逆之友‥心が通じ合っていて、情誼の厚い友人。 二オモテ ○書魚‥紙魚(しみ)。書籍を食らう虫。 ○篆食‥篆刻されるように虫食い状態になる。 ○曬書‥晒書。書籍を陰干しする。 ○知己‥親友。 ○荅‥「答」の異体。 ○卷秩‥書冊。卷帙。「卷」はまくことができる書画。「帙」は書をつつむもの。 ○万像森羅‥宇宙に存在するいろいろな現象が眼前にたくさん羅列されるさま。森羅万象。 ○唯‥応諾・肯定の返答。 二ウラ ○眸子‥ひとみ。しっかりとした眼識。 ○昭著‥明白。あきらか。 ○標‥こずえ。 ○指月‥月を指さす。あきらかなことのたとえ。 ○支離‥散乱して秩序だっていない。 ○分析‥原文は「柝」であるが、増画の俗字であろう。分析。本来一つである物が分離してしまう。 ○刀圭家‥薬物治療家。「刀圭」は薬を計る道具。 ○嗚呼‥感嘆の詞。原文は増画して「鳴」につくる。 三オモテ ○癈閣‥「廢格」に同じ。捨て置かれて実施されない。 ○嘉惠‥恩恵をほどこす。 ○來學‥後世の学習者。 ○書肆‥書店。印刷と販売をかねる。 ○明泉堂‥書末に見える「浅草上野通 上原勘兵衞」のことか。 ○称道‥ほめていう。称賛。 ○壽‥保存する。長生きすることから、引伸して、「版木に刻む」ことをいうのであろう。 ○熟思‥仔細に考慮する。熟慮。 ○泯没‥消滅する。 ○片言‥短いことば。 ○膚見‥浅薄な見解。 ○添竄‥添加改竄する。 ○有若‥「有」字、判読に自信なし。「有若」は、「猶若」と同じ。 ○童蒙‥年少の無知な児童。知識の浅く幼稚なひと。 ○梯筏‥「梯」、原文は木偏に八+矛。きざはし。木の階段。「筏」はいかだ。いずれも学問の助けとなる道具の比喩。 三ウラ ○君子之觀‥才能の抜きんでたひとの閲覧。 ○延享元甲子‥一七四四年。 ○中冬‥旧暦十一月。 ○上浣‥上旬。 ○伯綏‥中村伯綏。『古典全書』解説には「元道」とあるが、印形には「高道」とある。


****************************************

  (伯綏序)


夫(そ)れ針灸藥は、譬えば鼎足の如し。

【意訳】そもそも(医学において)鍼・灸・薬の三つは,三本足の鼎(かなえ)のようなものである。

一を去るときは〔則ち〕立たざること必せり。

【意訳】一本の足がなくなったら,立つことができないことは,必定である。

醫の治爲(た)る〔や〕、或いは針し、或いは灸し、或いは藥す。

【意訳】医学の治療というのは,鍼をするか,灸をするか,あるいは服薬する。

病に臨むの際(あい)だ柱に膠す可からず。

【意訳】臨床の際には,(一つの治療法に)拘泥すべきではない。

此れ今古一定(いちじょう)の論なり。非か。

【意訳】これは,昔から今に至るまで,間違いのない論である。そうはでないのか。

西京松澤氏は、針術を以て世に鳴る者なり。

【意訳】京都の松澤氏は,鍼術によって世間に名前が知られた人物である。

世々以て玅針流と称す。

【意訳】代々,「玅針流」と称している。

其の門に遊ぶ者、數百人。

【意訳】先生のところに遊学する人の数は,数百人に上る。

  ○門: 弟子となって教えを受ける所。また、一人の師を中心とする一派・流れ。

其の蘊奥を窺いて襲いて鳴る者、惟(た)だ兩三人のみ。

【意訳】(しかし)その奥義をきわめ,それを踏襲して,名の知られた人は,二三人にすぎない。

嗟(ああ)、世、其の人に乏しと謂(いい)つ可し。

【意訳】ああ,世の中にしかるべき人材が不足していると言わざるを得ない。

知箴、先生の門に遊ぶこと十有五年、遂に其の室を搜(さぐ)る。

【意訳】田中知箴は松澤先生の門下生として15年学び,ついにその奥義を得た。

數人の中、最も此れが魁爲り。

【意訳】奥義を究めた数人の中でも,とりわけその筆頭である。

家に書有り。五蘊抄と目(なづ)く。

【意訳】わが家に書物がある。「五蘊抄」という名称である。

皆な先生に聞く所の針術要領なり。秘して出ださず。

【意訳】(書いてあることは,)すべて(田中氏が)松澤先生から聞いて書いた鍼術の大事な点である。秘匿して公表しなかった。

嚴家、知箴と莫逆の友為(た)り。

【意訳】わたくしの父と田中知箴とは,意気相投じて極めて親密な間柄であった。

故を以て秘するの五蘊抄を得たり。

【意訳】縁あって(父は,田中氏が)秘匿していた『五蘊抄』を入手した。

家に藏すること四十有餘年。

【意訳】(その後)その書を我が家に四十数年,所蔵していた。

殆ど書魚の為に篆食せらる。

【意訳】かなりの程度,紙魚(しみ)のために虫食い状態になってしまった。

七月、書を曬(さら)すの次(つい)で、偶(たま)たま知己有りて來たる。

【意訳】七月に,書物に陰干しにしていたとき,偶然,知り合いが訪ねてきた。

取りて熟(つら)つら之を讀む。

【意訳】(この書を)手に取って熟読した。

因って僕に問う。

【意訳】そこでわたくしに質問した。

云わく、五蘊抄の題意、得て聞(きっ)つ可きや、と。

【意訳】「『五蘊抄』という題名の意味を教えてもらえるだろうか」。

答えて云わく、是の書、東南西北中央を舉げ、以て卷秩を分かつ。

【意訳】次のように答えた。「この書物は,東西南北と中央の五つを名称として列挙し,それによって巻数の代わりに分けた。

蓋し五方を舉ぐるときは、〔則ち〕天地の間(あい)だ万像森羅、含蓄せずという者無きが如し。

【意訳】思うに,五つの方角を列挙すれば,天地の間に森羅万象,あらゆるものが含まれて,のぞかれる対象はない,というようなものである。

五方を以て目(なづ)くる者、可ならずや、と。

【意訳】五つの方角を題名とするのは,よいのではないでしょうか」。

客、唯(いい)として退く。

【意訳】客人は,「なるほど」といって,帰って行った。

他日又た來たりて僕に語りて云わく、夫れ針灸の書、古(いにし)え自り著述する者少なからず。

【意訳】後日,また来訪して,わたくしに告げた。「そもそも鍼灸の書籍を著わした人は,昔からたくさんいた。

然りと雖も、言(こと)ば簡にして眸子無くんば、〔則ち〕見難き者有り。

【意訳】しかし,言葉が簡明であっても,それなりの鑑識眼がないと,理解が難しい本がある。

言(こと)ば密にして見易きと雖も、却って繁を厭う者有り。

【意訳】言葉が細かく行き届いて理解しやすいものでも,かえって繁雑さをいやがられる本がある。

今ま此の書の昭著なるや、戸を開きて山を見、標に因って月を指すが如し。

【意訳】ところがこの書物は,明白なること,扉を開けて山を見,樹木の枝に沿って月を指さすのと同じ程度に,わかりやすい。

今や針灸藥、支離分析す。

【意訳】現代において,鍼・灸・薬は,ばらばらに分かれてしまっている。

刀圭家は、針術を兼ぬ可からず。

【意訳】薬をあつかう人々は,鍼術を合わせて行なうことができない。

針術家も亦た然り。

【意訳】鍼術を行なう人々も,またそうである。

嗚呼(ああ)、癈閣して塵(ちり)に從わば没せん。

【意訳】ああ,捨て置かれて実施されないならば,(優れた治療法も)塵に埋もれてしまうだろう。

何んぞ出だして來學に嘉惠せざるや、と。

【意訳】どうして,この書を公開して,後世の学習者に恩恵を施そうとしないのか」。

僕笑いて諾す。

【意訳】わたくしは,笑って,承諾した。

書肆、明泉堂なる者有り。

【意訳】本屋に明泉堂というひとがいる。

客の此の書を稱道するを聞けり。

【意訳】客人がこの書物を褒め称えるのを耳にした。

來たりて木に壽せんことを求む。

【意訳】(わたくしのところに)来て,出版を要請した。

數(しば)しば許さざれども、僕熟(つら)つら之を思うに、此の書の泯没せんことを恐る。

【意訳】何度か断わったが,私もよくよく考えてみると,この書物が失われてしまうことが心配になった。

是(ここ)に於いて遂に求めに應ず。

【意訳】そういう訳で,とうとう出版の要請に応じることにした。

書中、片言と雖も、己が膚見を以て、添竄せず。

【意訳】本書の中には,一言たりとも,(田中氏の書に)わたくしの短見を付け加え潜(もぐ)り込ませた部分はない。

有(も)若(し)童蒙の梯筏為(た)らば、庶(ねが)わくは鼎足を失するの罪を免れんか。

【意訳】(本書が)もし児童や初心者に対する入門書としての役割を果たすことができたならば,(鍼灸薬という三つで一組をなす)鼎の足を失うという罪を免れることを願うばかりである。

敢えて君子の觀に備えず。

【意訳】(本書は)見識の高い読者を対象としたものではない。

時に延享元甲子 中冬上浣 伯綏序す

【意訳】延享元(1744)年11月上旬 〔江戸の中村〕伯綏が序文を書いた

 ★刊行は,延享2年正月。


 『鍼灸五蘊抄』の選穴について  http://jshm.or.jp/journal/61-1/ippan/61-1_73.pdf

では,「中村元道」とするが,これは『叢書』解説によったもので,正しくは「中村高道」であろう。

★中村〔内藤記念くすり博物館,大同薬室文庫による 天明三版 江戸〉西村/源六〕


0 件のコメント:

コメントを投稿