3-4 鍼治樞要 矢野白成撰
京大富士川文庫所蔵(シ/五八二)
鍼治樞要序
大哉醫之道語兩儀消長
則謂之易而醫理也乃庖
羲爲之祖語氣味㕮咀則
謂之醫方乃炎皇爲之祖
語調神衞生則謂之醫道
乃黄軒爲之祖咸是上古
神聖開物成務之至仁也
然羲農之教當時未施于
册至軒帝與岐鬼諸臣論 〔册‥原文、「用」の中の縦棒が短い形〕
一ウラ
著內經以窮竭天人一理
之道醫道之淵源醫術之
微妙不漏纖毫不遺秘蘊
天下萬世諒無不仰之無
不因之然内經所載之要
唯鍼灸藥三者爲衞生之
輨轄也其中論湯液者十
而僅居二焉論熨炳者亦
三分而得一矣其他皆是
刺鍼之良法也方識上古
二オモテ
賢聖專重砭針焉然中古
以來歷代明醫偏主以劑
科治病而建家家方技者
多乃精刺鍼而追軒岐之
捷徑者未曾聞焉雖間有
雜辨者或以針芒之往上
下爲迎隨或以呼吸出內
爲補瀉或遂至有針有瀉
無補之説經云刺虚須實
刺實須虚又云遠近在志
二ウラ
淺深如一奚以其針芒之
上下呼吸出内必爲補瀉
迎隨哉伏惟雖古今名家
至鍼術則不獲覺軒岐之
心法故有紛紛若斯之異
論而已是以刺針之術纔
墜專門小技之手其妙道
倍湮晦不傳焉最所可嘆
息也余自弱冠抱宿痾又
遇父母之罹疾是以志于
三オモテ
醫尤深矣曾從先覺受讀
素靈晨昏不釋繙繹而世
醫專尊用湯液忽諸砭鍼
余酷疑不愜經意沉潛反
覆用力之之久而較曉聖
教之罔誣似有得其玄微
於是參酌今古乃製造金
槌鉄針以療舊痾瘥痼疾
雖如立一家之法都是軒
岐萬世之妙傳也詎豈敢
三ウラ
謂獨見謾作哉𥨱以聖賢 〔𥨱‥「竊」の異体〕
者體道内無七情之感外
無飲食起居之過竟全其
天年亦不宜乎不攝厥生
者五志之火無時不熾五
味之偏無日不傷邪氣充
塞于三焦必使榮衞失其
常候是以腑臓不能守其
官賊邪乘虚輻輳矣諸般
雜病朝輟暮作遂爲膠固
四オモテ
之疾疢當斯之時非良工
妙手則不能清其源抜其
根然世醫徒泥局方專因
症施治若不中其的則攻
者耗元氣補者添邪氣其
害不可得而測焉舊病更
加新病藥品却爲毒種或
爲憊羸或爲夭札最爲可
憫焉唯斯針治異于此且
鍼者導陽者也故導陽以
四ウラ
流通厥升降則雖有飲食
停滯塊癖昇衝忽塞胸膈
將絕者取其即効那有如
鍼者乎余不敢黜湯液陟
刺鍼爲專泥局方者言之
而已不啻明鍼道以至其
極亦庶幾於陰陽造化天
人一理之道思過半者歟
旹元祿癸酉季春 橘姓
矢野氏白成識 〔印形白字「矢氏/埜印」「橘/白成」〕
【訓み下し】
鍼治樞要の序
大なるかな、醫の道。兩儀消長を語るときは、之を易と謂う。而して醫理なり。乃ち庖羲、之が祖爲(た)り。氣味㕮咀を語るときは、之を醫方と謂う。乃ち炎皇、之が祖爲り。調神衞生を語るときは、之を醫道と謂う。乃ち黄軒、之が祖爲り。咸(ことごと)く是れ上古の神聖、物を開き務めを成すの至仁なり。然(しこ)うして羲農の教え、當時(そのかみ)未だ册に施さず。軒帝と岐鬼の諸臣と、
一ウラ
内經を論著して、以て天人一理の道を窮(きわ)め竭(つく)すに至って、醫道の淵源、醫術の微妙、纖毫を漏らさず、秘蘊を遺(のこ)さず。天下萬世、諒(まこと)に之を仰がずということ無く、之に因らずということ無し。然れども内經に載する所の要、唯だ鍼・灸・藥、三の者のみ、衞生の輨轄爲り。其の中(うち)、湯液を論ずる者、十にして僅かに二に居れり。熨炳を論ずる者も、亦た三分にして一を得たり。其の他は皆な是れ刺鍼の良法なり。方(まさ)に識る、上古の
二オモテ
賢聖、專ら砭針を重んずることを。然れども中古以來(このかた)、歷代の明醫偏(ひと)えに劑科を以て病を治することを主として、家家の方技を建つる者多く、乃(いま)し刺鍼を精(くわ)しうして、軒岐の捷徑を追う者、未だ曾て聞かず。間ま雜(まじ)え辨ずる者有りと雖も、或いは針芒の上下に往くを以て迎隨と爲し、或いは呼吸出内を以て補瀉と爲し、或いは遂に針に瀉有りて補無きの説有るに至る。經に云う、虚を刺すに實を須(ま)ち、實を刺すに虚を須つ、と。又た云う、遠近、志に在り、
二ウラ
淺深、一の如し、と。奚(いず)くんぞ其の針芒の上下、呼吸の出内を以て、必ず補瀉迎隨と爲さんや。伏して惟(おもん)みるに古今名家と雖も、鍼術に至っては、軒岐の心法を覺(さと)ることを獲ず。故に紛紛として斯(かく)の若きの異論有るのみ。是(ここ)を以て刺針の術、纔(わず)かに專門小技の手に墜ちて、其の妙道倍(ます)ます湮晦して傳わらず。最も嘆息す可き所なり。余、弱冠自り、宿痾を抱(いだ)き、又た父母の疾に罹(か)かるに遇う。是を以て
三オモテ
醫に志すこと、尤も深し。曾て先覺に從って素靈を受け讀み、晨昏に繙繹することを釋(お)かず。世醫專ら湯液を用ゆることを尊び、諸の砭鍼を忽(ゆるが)せにす。余、酷(はなは)だ疑う、經意に愜(かな)わざることを。沈潛反覆、力を用ゆるの之れ久しうして、較(や)や聖教の罔誣を曉(さと)りて、其の玄微を得ること有るに似たり。是(ここ)に於いて今古を參酌し、乃ち金槌鉄針を製造して、以て舊痾を療し、痼疾を瘥(い)やす。一家の法を立つるが如しと雖も、都(すべ)て是れ軒岐萬世の妙傳なり。詎(たれ)か豈に敢えて
三ウラ
獨見謾作することと謂わんや。竊(ひそ)かに以(おもん)みるに聖賢は、道を體して内(う)ち七情の感無く、外(ほ)か飲食起居の過無し。竟(つい)に其の天年を全うすること、亦た宜ならずや。厥(そ)の生を攝せざる者は、五志の火、時として熾(さか)んならざること無く、五味の偏、日として邪氣、三焦に充塞して傷(やぶ)らざること無し。必ず榮衞をして其の常候を失せしむ。是(ここ)を以て腑臓、其の官を守ること能わず、賊邪、虚に乘じて輻輳す。諸般の雜病、朝(あし)たに輟(や)みて暮(ゆう)べに作(お)こる。遂に膠固
四オモテ
の疾疢と爲る。斯の時に當たって、良工妙手に非ずんば、其の源を清くし其の根を抜くこと能わず。然れども世醫徒(いたず)らに局方に泥(なず)みて、專ら症に因って治を施し、若(も)し其の的(まと)に中(あ)たらざれば、攻むる者は元氣を耗し、補う者は邪氣を添う。其の害たること得て測る可からず。舊病、更に新病を加え、藥品却って毒種と爲る。或いは憊羸を爲し、或いは夭札を爲す。最も憫れむ可しと爲す。唯だ斯れ針治は此れに異なり、且つ鍼は、陽を導く者なり。故に陽を導きて以て
四ウラ
厥(そ)の升降を流通するときは、飲食停滯し、塊癖昇り衝き、忽ち胸膈を塞ぎて將に絶せんとする者有りと雖も、其の即效を取ること、那(な)んぞ鍼の如き者有らんや。余、敢えて湯液を黜(しりぞ)けて刺鍼を陟(すす)むるにあらず。專ら局方に泥(なず)む者の爲に之を言うのみ。啻(ただ)に鍼道を明らかにして以て其の極に至るのみにあらず。亦た庶幾(こいねが)わくは、陰陽造化、天人一理の道に於いて、思い半ばに過ぎん者か。
旹(とき)に元祿癸酉 季春 橘姓矢野氏白成識(しる)す
【注釋】
○兩儀‥陰陽。『易經』繫辭上「是故易有太極、是生兩儀」。 ○消長‥変化。増減。盛衰。 ○庖羲‥庖犧。伏羲。犧牲を養い庖廚に充てたので、「庖犧」と称される。『易經』の卦を制したという。 ○氣味‥薬の寒熱温涼を氣といい、辛酸甘苦を味という。 ○㕮咀‥咀嚼。薬物を細かく砕くこと。 ○炎皇‥神農氏。火徳により炎帝、炎皇と称される。 ○調神衞生‥神を調え、生を衛(まも)る。神気を調和させ、生命を保護する。養生の道。 ○黄軒‥黄帝。軒轅の丘に生まれたので軒轅氏と称される。 ○羲農‥伏羲と神農。 ○開物成務‥万物の理を開通し、人事にそれぞれその宜しきを得させる。各種の制度を創設する。『易經』繫辭上「夫易、開物成務、冒天下之道、如斯而已者也」。 ○至仁‥最も崇高な仁徳。 ○當時‥傍訓「ソノカミ」。当時。その時。その昔。 ○施于册‥書籍として著す。古代、竹簡を編綴したものを册という。 ○軒帝‥黄帝。 ○岐鬼諸臣‥岐伯、鬼臾區など、『黄帝内經』に登場する諸臣。 一ウラ ○内經‥『黄帝内經』。 ○天人一理‥『朱子語類』卷十七大學四(或問上)「天即人、人即天。人之始生、得於天也。既生此人、則天又在人矣」。「天人本只一理、若理會得此意、則天何嘗大、人何嘗小」。 ○纖毫‥非常に微細な事物。 ○秘蘊‥奥深く隠された事物。 ○萬世‥永久。万代。 ○輨轄‥錧鎋。管轄。かぎと車軸のくさび。轄‥車輪のスポークを受ける軸受けで、車輪が外れないようにする器具。重要な物。 ○熨炳‥熨焫。ここでは、灸のこと。『靈樞』病傳「或有導引行氣喬摩灸熨刺炳飮藥之」。高武『鍼灸聚英』引「扁鵲有言。疾在腠理、熨焫之所及。疾在血脈、針石之所及。其在腸胃、酒醪之所及。是針灸藥三者得兼而後可與言醫。可與言醫者、斯周官之十全者也」(「熨焫」、扁鵲傳は「湯熨」に作る)。 二オモテ ○以來‥添え仮名「タ」により、「このかた」と訓んだ。 ○劑科‥方剤科。処方。薬方。 ○家家‥一家ごとの。 ○方技‥医術。 ○乃‥おくりがな「マシ」。いまし‥今しも。ちょうど今。今となっては。「し」は意味を強める助詞。 ○軒岐‥黄帝(軒轅)と岐伯。 ○精‥通暁する。深く理解する。 ○捷徑‥近道。 ○針芒‥針先。針の向かう方向。芒‥植物の一種。葉は細長く尖っている。/『醫學入門』附雜病穴法(17卷本は卷四/7卷本は卷一)・迎隨:『圖注難經』云:(注は一部略す)
手三陽從手至頭,針芒從外往上為隨,針芒從內往下為迎;
足三陽從頭至足,針芒從內往下為隨,針芒從外往上為迎;
足三陰從足至腹,針芒從外往上為隨,針芒從內往下為迎;
手三陰從胸至手,針芒從內往下為隨,針芒從外往上為迎。
左手陽經,為陽中之陽;左手陰經,為陽中之陰;
右手陽經,為陰中之陽;右手陰經,為陰中之陰。
右足陰經,為陰中之陰;右足陽經,為陰中之陽;
左足陰經,為陽中之陰;左足陽經,為陰中之陽。
今細分之,
病者左手陽經,以醫者右手大指進前(鹽指退後)呼之為隨;
(午後又以大指退後為隨,每與午前相反。所謂進前,即經之從外;退後,即經之從內。)
退後吸之為迎。
病者左手陰經,以醫者右手大指退後吸之為隨;進前呼之為迎。
病者右手陽經,以醫者右手大指退後吸之為隨;進前呼之為迎。
病人右手陰經,以醫者右手大指進前呼之為隨;退後吸之為迎。
病者右足陽經,以醫者右手大指進前呼之為隨;退後吸之為迎。
病者右足陰經,以醫者右手大指退後吸之為隨;進前吸之為迎。
病者左足陽經,以醫者右手大指退後吸之為隨;進前吸之為迎。
病者左足陰經,以醫者右手大指進前呼之為隨;退後吸之為迎。
男子午前皆然,午後與女人反之。
○針有瀉無補之説‥『丹溪心法』卷五・拾遺雜論九十九「針法渾是瀉而無補、妙在押死其血氣則不痛、故下針隨處皆可」。明・虞摶『醫學正傳』卷之一・醫學或問「其針刺雖有補瀉之法、予恐但有瀉而無補焉。……若此等語、皆有瀉無補之謂也、學人不可不知」。 ○經云‥『素問』寶命全形論「刺虚者須其實、刺實者須其虚、經氣已至、愼守勿失。深淺在志、遠近若一」。 二ウラ ○伏惟‥上の者に対する謙遜語。 ○心法‥禅宗の用語で、言語・文字によらず弟子に伝授される仏法。儒学では、心を伝え性を養う方法を指す。また伝授される重要な方法。『中庸章句』「此篇乃孔門傳授心法」。 ○紛紛‥多く乱雑なさま。 ○妙道‥精妙な道理。 ○湮‥埋没する。 ○晦‥くらくなる。 ○弱冠‥二十歳。 ○宿痾‥久病。長患い。 三オモテ ○先覺‥先覚者。常人よりも先に道理をさとる人。学問上の先輩。 ○素靈‥『素問』『靈樞』。 ○晨昏‥早晩。朝早くから夜遅くまで。 ○釋‥物をおろして置く。「不釋文/手から書物を離さない」。 ○繙‥ひもとく。書物を読む。 ○繹‥たずねる。物事の端緒を引き出すように、きわめる。 ○世醫‥代々医業をなりわいとする人。 ○沉潛‥深く浸りきって探究する。 ○反覆‥何度も繰り返す。詳しく追求することの比喩。 ○用力‥努力する。 ○久‥原文、「久」の三画目が二画目と交叉する形で、「終」の異体と同形であるが、意味の上から「久」ととった。 ○聖教‥聖人の教え。 ○罔誣‥不誣。欺かないこと。 ○玄微‥深遠微妙の理。 ○參酌‥参考にする。斟酌する。 ○舊痾‥旧病。 ○瘥‥癒す。 ○痼疾‥久しく治療しても治らない病。 三ウラ ○獨見謾作‥独自の見解で人を欺く著作をなす。 ○𥨱‥「竊」の異体。自己の見解が不確定であることを謙遜する語。 ○體道‥正しい道を自ら行う。 ○七情‥喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七種の精神状態で、内傷の病因。 ○過‥錯誤。あやまり。 ○天年‥天然(自然)の寿命。 ○攝‥保養する。「攝生」は養生と同義。身体を保ち、生命を養う。 ○五志‥怒、喜、思、憂、恐の五種の精神情緒。これらの情志が失調すると火証に変化する。 ○五味‥辛、酸、甘、苦、醎。薬物はそれぞれ味が異なり、それにより異なる作用をする。 ○偏‥かたより。 ○常候‥通常の状態。 ○官‥職能。あるいは五官(唇、舌、耳、眼、鼻)に代表される人体器官か。 ○輻輳‥輻湊。輻(スポーク)が軸受けにあつまる(輳・湊)ように人や物が一箇所に集中する。 ○諸般‥各種の。ありとあらゆる。 ○雜病‥ひろく傷寒・温病以外の多種の(主に内科)疾病をいう。 ○膠固‥牢固な。にかわで貼り付けたように固い。 四オモテ ○疾疢‥疾病。疢‥熱病。またひろく病をいう。 ○良工‥技術の並外れて高い医者。良医。『靈樞』五色「審察夭澤、謂之良工」。 ○妙手‥技能の高く精妙な人。 ○其源‥病源。 ○其根‥病根。 ○泥‥なずむ。拘泥する。 ○局方‥『(太平惠民)和劑局方』にある処方。宋代の太医局に所属する薬局の処方集。製薬の規範となった。朱震亨はこの書が症候を並べるだけで、病源を述べないことを批判して『局方發揮』を著した。 ○添‥添加する。増やす。 ○毒種‥毒の素因。 ○憊羸‥羸憊。疲労困憊。疲れ切る。 ○夭札‥疫病に遭って早死にする。 四ウラ ○塊癖‥腹中のかたまり。癖‥消化不良により腹内に出来るかたまり。 ○那‥反語の語気をあらわす。 ○黜‥排斥する。地位を落とす。 ○陟‥上げて賞する。 ○旹‥「時」の異体。 ○元祿癸酉‥元禄六(一六九三)年。 ○季春‥旧暦三月。 ○橘姓矢野氏白成‥未詳。『鍼治或問』も著す。
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鍼治樞要の序
大なるかな、醫の道。
【意訳】なんと偉大なものではないか,医術とは!
兩儀消長を語るときは、之を易と謂う。
【意訳】陰陽の盛衰変化を語るときは,これを易というが,
而して醫理なり。乃ち庖羲、之が祖爲(た)り。
【意訳】医学の道理では,伏羲がこの創始者である。
氣味㕮咀を語るときは、之を醫方と謂う。乃ち炎皇、之が祖爲り。
【意訳】薬物の性質や製剤を語るときは,これを医方といい,神農氏がこの創始者である。
調神衞生を語るときは、之を醫道と謂う。乃ち黄軒、之が祖爲り。
【意訳】神気を調整し,生命を保護する,すなわち養生の道を語るときは,これを医道といい,黄帝がこの創始者である。
咸(ことごと)く是れ上古の神聖、物を開き務めを成すの至仁なり。
【意訳】三人ともみなはるか昔の帝王であり,各種の制度を創設した崇高なる仁徳を有したひとたちである。
然(しこ)うして羲農の教え、當時(そのかみ)未だ册に施さず。
【意訳】しかしながら,伏羲と神農の教えた内容は,当時,書物には著わされなかった。
軒帝と岐鬼の諸臣と、内經を論著して、以て天人一理の道を窮(きわ)め竭(つく)すに至って、醫道の淵源、醫術の微妙、纖毫を漏らさず、秘蘊を遺(のこ)さず。
【意訳】黄帝は岐伯や鬼臾区らの臣下と『内経』を論じ著わして,天と人間は同じ一つの理にもとづいていることを窮め尽くして,医学の源や医術の微妙で奥深いところを,細かなところまで細大漏らさず,奥深い内容を余すところがなく書物に書き記した。
天下萬世、諒(まこと)に之を仰がずということ無く、之に因らずということ無し。
【意訳】世界中あらゆる時代にあっても,これをみな崇拝し,これに基づいてみな治療をおこなった。
然れども内經に載する所の要、唯だ鍼・灸・藥、三の者のみ、衞生の輨轄爲(た)り。
【意訳】しかしながら,『黄帝内経』に掲載されているのは,鍼と灸と薬の三種類だけだが,これは生命を保護する枢要なものである。
其の中(うち)、湯液を論ずる者、十にして僅かに二に居れり。
【意訳】『黄帝内経』では,湯液を論じている割合は,十分の二にすぎない。
熨炳を論ずる者も、亦た三分にして一を得たり。
【意訳】灸などの温熱療法を論じている箇所は,また三分の一ほどである。
其の他は皆な是れ刺鍼の良法なり。
【意訳】それ以外はすべて刺鍼によるすぐれた方法が述べられている。
方(まさ)に識る、上古の賢聖、專ら砭針を重んずることを。
【意訳】このことから,古代の優れた聖者が,専一に鍼術を重視していたことが分かる。
然れども中古以來(このかた)、歷代の明醫偏(ひと)えに劑科を以て病を治することを主として、家家の方技を建つる者多く、乃(いま)し刺鍼を精(くわ)しうして、軒岐の捷徑を追う者、未だ曾て聞かず。
【意訳】しかし(上古はそうであったが),中古の時代以降,歴代の名医は薬方ばかりを主として病気の治療に当たり,一家ごとに医方流派を立てる人が多く,鍼法に精しく,黄帝・岐伯の即効性を有する道を追い求める人は,たえて聞かなくなった。
間ま雜(まじ)え辨ずる者有りと雖も、或いは針芒の上下に往くを以て迎隨と爲し、或いは呼吸出内を以て補瀉と爲し、或いは遂に針に瀉有りて補無きの説有るに至る。
【意訳】ときどき鍼のことを論じるひともあったが,鍼尖を上下することを迎随であるとしたり,呼吸に合わせて鍼を出し入れするのを補瀉であるとしたり,挙げ句の果ては,鍼には瀉があるのみで,補はないという説が出るに至ってしまった。
經に云う、虚を刺すに實を須(ま)ち、實を刺すに虚を須つ、と。
【意訳】医経(『素問』宝命全形論)に「虚を刺すに實を須(ま)ち、實を刺すに虚を須つ」とある。
又た云う、遠近、志に在り、淺深、一の如し、と。
【意訳】また「遠近、志に在り、淺深、一の如し」とある。(宝命全形論:「深淺在志,遠近若一」。鍼解:「深淺在志……近遠如一」。)
奚(いず)くんぞ其の針芒の上下、呼吸の出内を以て、必ず補瀉迎隨と爲さんや。
【意訳】どうして鍼先の上下の運動や,呼吸の出入りに合わせた鍼の進退を,補瀉迎随とすることができようか。
伏して惟(おもん)みるに古今名家と雖も、鍼術に至っては、軒岐の心法を覺(さと)ることを獲ず。
【意訳】僭越ながら私が考えるに,古今のすぐれた治療家であっても,鍼の技法については,黄帝・岐伯が伝授したものを理解できなかったのだろう。
故に紛紛として斯(かく)の若きの異論有るのみ。
【意訳】だから諸説が入り乱れて,このような異なる見解があるのだろう。
是(ここ)を以て刺針の術、纔(わず)かに專門小技の手に墜ちて、其の妙道倍(ます)ます湮晦して傳わらず。
【意訳】そういうことであるから,刺鍼の術法は,わずかにもっぱら小手先の技術に堕落して,その精妙な道理はますます埋没してしまって,伝承されなかった。
最も嘆息す可き所なり。
【意訳】もっとも嘆かわしくため息が出るばかりである。
余、弱冠自り、宿痾を抱(いだ)き、又た父母の疾に罹(か)かるに遇う。
【意訳】私は二十歳の頃から長患いをし,また両親が病気で倒れることにも遭遇した。
是を以て醫に志すこと、尤も深し。
【意訳】そういう訳で,とりわけ深く医学を志すようになった。
曾て先覺に從って素靈を受け讀み、晨昏に繙繹することを釋(お)かず。
【意訳】それで昔,先生に師事して『素問』と『霊枢』の講読指導を受けて,朝に夕にページをめくって片時も手から離さなかった。
世醫專ら湯液を用ゆることを尊び、諸の砭鍼を忽(ゆるが)せにす。
【意訳】世間の医者/医術を家業としているひとたちは,湯液を使用することを重視して,一切の鍼術を軽視している。
余、酷(はなは)だ疑う、經意に愜(かな)わざることを。
【意訳】私は,非常に疑った。これは医経の本来の意味に合致しないのではないかと。
沈潛反覆、力を用ゆるの之れ久しうして、較(や)や聖教の罔誣を曉(さと)りて、其の玄微を得ること有るに似たり。
【意訳】じっくり反覆して考え,長い間つとめた結果,少しばかり聖なる教えは欺かないことを覚って,その深遠にして微妙な理を得たように思う。
是(ここ)に於いて今古を參酌し、乃ち金槌鉄針を製造して、以て舊痾を療し、痼疾を瘥(い)やす。
【意訳】そこで古今の医書などを参考にして,金属製の槌と鉄製の鍼を制作し,長患いのひとや,難病に苦しんでいるひとを治療することにした。
一家の法を立つるが如しと雖も、都(すべ)て是れ軒岐萬世の妙傳なり。
【意訳】自分でひとつの方法を確立したようにいえるかもしれないが,すべては黄帝・岐伯から長年にわたって伝承された素晴らしい伝承によっている。
詎(たれ)か豈に敢えて獨見謾作することと謂わんや。
【意訳】独自の見解を立てて人をだまそうとする著作だと,誰かに言われるようなものでは決してない。
竊(ひそ)かに以(おもん)みるに聖賢は、道を體して内(う)ち七情の感無く、外(ほ)か飲食起居の過無し。
【意訳】私が思うに,聖人・賢者は正しい道を実践して,不正常な精神状態による内傷の患いはないし,外から来る飲食や日常生活などの病となるあやまちもない。
竟(つい)に其の天年を全うすること、亦た宜ならずや。
【意訳】結果として,かれらが天寿を全うするのは,当然のことではないか。
厥(そ)の生を攝せざる者は、五志の火、時として熾(さか)んならざること無く、五味の偏、日として邪氣、三焦に充塞して傷(やぶ)らざること無し。
【意訳】その養生をしないひとは,精神状態が変動して火を生じ,しばしば盛んに燃えさかるし,食事のかたよりも邪気が三焦を満たし塞いで,傷害されない日はない。
必ず榮衞をして其の常候を失せしむ。
【意訳】必ず営気・衛気の通常な状態を失わせる。
是(ここ)を以て腑臓、其の官を守ること能わず、賊邪、虚に乘じて輻輳す。
【意訳】そのために蔵府は,その機能をはたすことができず,賊邪がからだの虚に乗じて集まってくる。
諸般の雜病、朝(あし)たに輟(や)みて暮(ゆう)べに作(お)こる。
【意訳】多数の(内科の)疾病も,朝によくなったと思ったら,夕方になるとまた発病する。
遂に膠固の疾疢と爲る。
【意訳】その結果,頑固な取り除けない疾病となってしまう。
斯の時に當たって、良工妙手に非ずんば、其の源を清くし其の根を抜くこと能わず。
【意訳】こうなってしまっては,優れた治療家の手によらなければ,その病の根源からきれいに取り除くことはできなくなる。
然れども世醫徒(いたず)らに局方に泥(なず)みて、專ら症に因って治を施し、若(も)し其の的(まと)に中(あ)たらざれば、攻むる者は元氣を耗し、補う者は邪氣を添う。
【意訳】しかしながら世間の医者/代々医学を家業としている者は,むだに『和剤局方』などに書いてある処方に拘泥して,もっぱら病症にもとづいて治療をする。それがうまく的中しないとなると,邪気を攻める処方を出された人は元気を消耗し,精気を補う処方を出された人は,それによって邪気が増強される。
其の害たること得て測る可からず。
【意訳】その実害は,計り得ない。
舊病、更に新病を加え、藥品却って毒種と爲る。
【意訳】(その結果)元からあった病に新たな病が加わり,服用した薬品がかえって体を損なう毒になってしまう。
或いは憊羸を爲し、或いは夭札を爲す。
【意訳】ある人はそのため疲労困憊し,ある人は早死にすることになる。
最も憫れむ可しと爲す。
【意訳】なんとも気の毒なことである。
唯だ斯れ針治は此れに異なり、且つ鍼は、陽を導く者なり。
【意訳】しかし,鍼による治療はこれとは異なる。その上,鍼は陽気を導くものである。
故に陽を導きて以て厥(そ)の升降を流通するときは、飲食停滯し、塊癖昇り衝き、忽ち胸膈を塞ぎて將に絕せんとする者有りと雖も、其の即效を取ること、那(な)んぞ鍼の如き者有らんや。
【意訳】そのため陽気を導いて気の升降を滑らかにおこなえるようになれば,飲食物が停滞し,腹中のしこりが突き上げ,突然横隔膜を塞いで,まさに命を落とす寸前にある人であっても,その速効を得られるものは,鍼以外にあるだろうか。
余、敢えて湯液を黜(しりぞ)けて刺鍼を陟(すす)むるにあらず。
【意訳】私はあえて湯液を排斥して,刺鍼を推奨しているわけではない。
專ら局方に泥(なず)む者の爲に之を言うのみ。
【意訳】もっぱら既成の処方に拘泥する医者に対して言っているだけであり,
啻(ただ)に鍼道を明らかにして以て其の極に至るのみにあらず。
【意訳】単に鍼の道をあきらかにして,その極点に至るだけがよいというのではない。
亦た庶幾(こいねが)わくは、陰陽造化、天人一理の道に於いて、思い半ばに過ぎん者か。
【意訳】また願わくは,陰陽・万物をはぐくみ育てる大自然,天と人が一つの理の道において,考えて得るところが多いことを。
旹(とき)に元祿癸酉 季春 橘姓矢野氏白成識(しる)す
【意訳】時は元禄六年(1693)三月 姓は橘,氏は矢野,白成しるす。
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(跋)
優哉矢白子之志鍼術
乎雖牙齒疎豁之期猶
未休沈濳思乎經義礱
磨効乎事業而遂著一
篇名曰鍼治樞要焉其
意𥨸欲顯古人之心術 〔𥨸‥「竊」の異体〕
救後世之流弊也事成
而教其親川利渉子正
爪瓜之謬焉彼人者予
四十二ウラ
同志也則携則来曰其
義理雖通明其文詞轉
鄙拙也請相議而潤飾
之予答曰凡讀書纘言
者不誇多闘靡也欲擇
精適要耳今顧為此書
前則約多年見聞之博
而闕危疑収近功焉可
謂眞擇精者也后則就
四十三オモテ
晨昏施治之中而舉經
驗辨得失焉豈不曰適
要者乎至如集舊説之
簡録新語之俗者可謂
不誇多闘靡之本志矣
且夫醫書者不尚文華
而勤質實矣義理昭著
之後何為憂文詞之鄙
拙歟嗚呼利渉子謹而
四十三ウラ
勿效作蛇足卒書之以
跋其後
于旹
元禄九丙子歳臈月中浣
東武庸醫
間玄規書
〔印形黒字「間/玄規」、白字「曰◇/貴」〕
【訓み下し】
優れるかな、矢白子の鍼術に志すや。牙齒疎豁の期と雖も、猶お未だ休まず。沈濳して經義を思い、礱磨して事業を効(いた)す。而して遂に一篇を著す。名づけて鍼治樞要と曰う。其の意は竊(ひそ)かに古人の心術を顯らかにし、後世の流弊を救わんと欲するなり。事成りて其れ親川利渉子をして、爪瓜の謬りを正さしむ。彼の人は、予が
四十二ウラ
同志なり。則ち携え則ち來たりて曰く、其の義理、通明なりと雖も、其の文詞轉(かえ)って鄙拙なり。相議して之を潤飾せんことを請う、と。予答えて曰く、凡そ讀書纘言は、多を誇り靡を闘わざるなり。精を擇び要に適(かな)わんと欲するのみ。今ま顧みるに此の書為(た)るや、前は則ち多年見聞の博きを約して、危疑を闕して近功を收む。眞に精を擇ぶ者と謂(いい)つ可し。后(うし)ろは則ち
四十三オモテ
晨昏の施治の中に就いて、經驗を舉げて得失を辨ず。豈に要に適う者と曰わざらんや。舊説の簡なるを集め、新語の俗なるを録するが如き者に至っては、多を誇り靡を闘わざるの本志と謂(いい)つ可し。且つ夫(そ)れ醫書なる者は、文華を尚(たつと)ばずして質實に勤む。義理昭著の後、何為(なんす)れぞ文詞の鄙拙を憂えんや。嗚呼、利渉子、謹んで
四十三ウラ
蛇足を效作する勿かれ。卒(にわ)かに之を書して以て其の後に跋す。
旹に
元禄九丙子歳 臈月中浣
東武庸醫
間玄規書す
【注釋】
○矢白子‥矢野白成。本書の著者。 ○牙齒疎豁之期‥老年。歯が欠け間が広がる時期。卷之下・醫按によれば、著者は七十歳以上。 ○沈濳‥深く入って探究する。韓愈『上兵部李侍郎書』「(愈)遂得究窮於經傳史記百家之説、沈潛乎訓義、反復乎句讀、礱磨乎事業、而奮發乎文章」。 ○經義‥経文の意味。 ○礱磨‥磨いて鍛錬する。礱‥みがく。 ○事業‥重要な仕事。 ○𥨸‥「竊」の異体。 ○心術‥思考。考え。 ○流弊‥昔から伝えられている悪弊。 ○親川利渉子‥未詳。「子」は敬称。 ○正爪瓜之謬‥ちょっとした誤り、誤字を正す、という意であろう。 四十二ウラ ○義理‥意味。 ○通明‥事物の理に通じている。よく理解できる。 ○文詞‥文章用語。 ○纘言‥「纘」、原文は「糸偏+濳-氵」につくるが、意味の上から「纘」とした。「纂」に通ず。文藻(文章・文彩)を集めて述作に従事する。 ○誇多闘靡‥学識が豊富で文章を華麗に飾ることを誇る。韓愈『送陳秀才彤序』「讀書以為學、纘言以為文、非以誇多而闘靡也」。「靡」は華麗なこと。 ○適要‥要所にぴったり合う。 ○顧‥よく見る。 ○約‥要約する。 ○闕危疑‥解決しない疑わしいところは無理にこじつけたりしないで、そのままにしておく。『論語』爲政「多見闕殆、慎行其餘、則寡悔」。何晏『集解』引包咸「殆、危也。所見危者、闕而不行、則少悔」。 ○近功‥当面の利益。 四十三オモテ ○晨昏‥朝から晩まで。 ○得失‥利害。適当と不適当。 ○本志‥本意。 ○文華‥文章の彩り、修飾。 ○質實‥質朴誠実で浮ついていない。 ○昭著‥明白である。 四十三ウラ ○效作‥まねる。 ○蛇足‥畫蛇添足(蛇を畫いて足を添う)。出典、『戰國策』齊策二。戦国時代、楚の人が誰が酒を飲むか、蛇を画いて決めることにした。あるひとは描き終わって、また四本の足を書き添えた。二番目の人も画き終わった。最初の人は、本来存在しない蛇の足を画いたため、かえって酒をのみそこなった。よけいな事柄。○元禄九丙子歳‥一六九六年。 ○臈月‥旧暦十二月の別称。 ○中浣‥中旬。 ○東武‥武蔵国。江戸。 ○間玄規‥
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優れるかな、矢白子の鍼術に志すや。
【意訳】なんと優秀なものではないか,矢野白成の鍼術への志は!
牙齒疎豁の期と雖も、猶お未だ休まず。
【意訳】歯の数が少なくなり,歯と歯の間に隙間ができるような老年になっても,いまだ休むことを知らない。
沈濳して經義を思い、礱磨して事業を効(いた)す。
【意訳】医経の意味を奥深くまで考え,鍛錬して重要な仕事を成し遂げる。
而して遂に一篇を著す。名づけて鍼治樞要と曰う。
【意訳】その結果として,一篇の書物を著わした。その名を『鍼治枢要』という。
其の意は竊(ひそ)かに古人の心術を顯らかにし、後世の流弊を救わんと欲するなり。
【意訳】その意図するところは,個人として,古代の人の思考をはっきりさせて,後代に垂れ流された悪弊から救助したいと願ったのである。
事成りて其れ親川利渉子をして、爪瓜の謬りを正さしむ。
【意訳】書籍ができあがって,それを親川利渉君に文字の誤りなどを訂正させた。
彼の人は、予が同志なり。
【意訳】親川利渉は,わたくしと志を同じくする人である。
則ち携え則ち來たりて曰く、其の義理、通明なりと雖も、其の文詞轉(かえ)って鄙拙なり。
【意訳】そこで,矢野氏の書籍を持ってきて,つぎのように言った。「その意味するところは,よく理解できるが,その文章は稚拙である。
相議して之を潤飾せんことを請う、と。
【意訳】斟酌して,文章を美しく整えてほしい」。
予答えて曰く、凡そ讀書纘言は、多を誇り靡を闘わざるなり。
【意訳】わたしは,それに答えて,「書物を読み,書物を著わすことは,博識を誇ったり,文章の華麗さを競ったりすることではない。
精を擇び要に適(かな)わんと欲するのみ。
【意訳】その精髄を取捨選択して,その重要な内容のふさわしいものを望むことだけである。
今ま顧みるに此の書為(た)るや、前は則ち多年見聞の博きを約して、危疑を闕して近功を收む。
【意訳】さて,この書物をよく読んでみると,前半部は,長年見聞した広い範囲から集約し,疑問があるようなところは,無理にこじつけをせず,留保しておいて,当面の利益を得ようとしている。
眞に精を擇ぶ者と謂(いい)つ可し。
【意訳】これは,まことに精髄を選び抜いたと言える。
后(うし)ろは則ち晨昏の施治の中に就いて、經驗を舉げて得失を辨ず。
【意訳】後半部は,朝から夕までの臨床の場において,その治験を取り上げて,その巧拙・是非を論じている。
豈に要に適う者と曰わざらんや。
【意訳】要所にぴったり合うものではないと,どうして言えようか。
舊説の簡なるを集め、新語の俗なるを録するが如き者に至っては、多を誇り靡を闘わざるの本志と謂(いい)つ可し。
【意訳】古くからの説の簡明なものを蒐集し,新しく語られた鄙俗な内容も収録していることについては,数の多いことを誇って,華麗さを競うようなことはしない,という本来の志であると言える。
且つ夫(そ)れ醫書なる者は、文華を尚(たつと)ばずして質實に勤む。
【意訳】なおかつ,医学書というものは,文章の彩りなどは重視せず,その内容の堅実さが重要である。
義理昭著の後、何為(なんす)れぞ文詞の鄙拙を憂えんや。
【意訳】その意味が明らかなのであるから,どうして文章の稚拙さなどを心配する必要があろうか。
嗚呼、利渉子、謹んで蛇足を效作する勿かれ。
【意訳】ああ,利渉君よ,慎重に蛇足となるようなまねは,控えてやめよ。」
卒(にわ)かに之を書して以て其の後に跋す。
【意訳】(このように利渉君に言って)あわただしくこれを本書の末尾に書いて,跋とした。
旹に元禄九丙子歳 臈月中浣
【意訳】時は,元禄9年(1696)12月中旬。
東武庸醫 間玄規書す
【意訳】江戸の薮医者 間玄規 書き記す
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