2026年8月25日火曜日

【意訳】江戸時代鍼灸文献序跋集6-5 鍼論

 6-5 鍼論  葛西清撰

    京大富士川文庫所蔵(シ/六四五)

     https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00003620


鍼論叙 

葛希夷鍼論新成問叙於余謝

不敏不可廼受而卒業其意盖

本於傷寒論是古人所未甞發

也嗟乎新奇如是非希夷不能

焉今讀此編則千古鍼法皆廢

    ウラ

矣仲尼曰後世可畏也余於此

舉亦云

文久二年壬戌夏五月

    黙菴埜寧國題

  〔印形白字「寧國/之印」、黒字「黙庵/主人」〕


  【訓み下し】

鍼論の叙


葛希夷の鍼論、新たに成る。叙を余に問う。不敏を謝す。可(き)かず。/可とせず。廼ち受けて業を卒(お)う。其の意は蓋し傷寒論に本づく。是れ古人、未だ嘗て發せざるなり。嗟乎(ああ)、新奇、是(かく)の如し。希夷に非ざれば、焉(これ)を能くせず。今ま此の編を讀めば、則ち千古の鍼法、皆な廢せん。

    ウラ

仲尼曰く、後世、畏る可し、と。余、此の舉に於いて亦た云う。

文久二年壬戌 夏五月

    默菴埜寧國題す


 【注釋】 

 ○葛希夷‥本書『鍼論』の著者。葛西清。字は希夷。号は省齋。讃岐藩のひと。 ○謝不敏‥謙遜の辞。能力が足りないためことわる。 ○可‥同意である。ゆるす(許)。 ○卒業‥すべて読み終える。 ○ウラ ○仲尼曰‥『論語』子罕「子曰、後生可畏、焉知來者之不如今也/子曰く、後生畏る可し、焉くんぞ來者の今に如(し)かざるを知らんや」。年少気鋭の者は、学成り徳積んで、おそるべし。 ○舉‥行為。 ○文久二年壬戌‥一八六二年。 ○黙菴埜寧國‥


鍼論の叙

葛希夷の鍼論、新たに成る。

 【意訳】葛希夷の『鍼論』が新たに完成した。

叙を余に問う。

 【意訳】序文を書いてほしいと求められた。

不敏を謝す。

 【意訳】才能がないので断わった。

可(き)かず。/可とせず。

 【意訳】許されなかった。

廼ち受けて業を卒(お)う。

 【意訳】そこで受け取って最後まで読み終えた。

其の意は蓋し傷寒論に本づく。

 【意訳】その意は,『傷寒論』に基づいているようである。

是れ古人、未だ嘗て發せざるなり。

 【意訳】これは,古人がこれまでに明らかにしていなかったことである。

嗟乎(ああ)、新奇、是(かく)の如し。

 【意訳】ああ,このように斬新なものである。

希夷に非ざれば、焉(これ)を能くせず。

 【意訳】葛西希夷でなければ,このようなことはできるものではない。

今ま此の編を讀めば、則ち千古の鍼法、皆な廢せん。

 【意訳】今後本書を読んだら,遠い昔からの鍼法は,すべて無用になって廃棄されるであろう。

    ウラ

仲尼曰く、後世、畏る可し、と。

 【意訳】孔子は,「後生畏るべし(後から生まれてきた人間は,おそろしいほど可能性に満ちている)」と言った。

余、此の舉に於いて亦た云う。

 【意訳】わたくしも,今回の出版という快挙に対して,同じことを言おう。

文久二年壬戌 夏五月

 【意訳】文久二年(1862)の夏五月

    默菴埜寧國題す

 【意訳】默菴埜寧國,書き記す。


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鍼論叙(二)

友人葛西希夷據傷寒論推明先刺之

義以立言題曰鍼論有客謂予曰傷

寒論特舉輕證而不及其重證於鍼

法為一端恐不足據焉今乃主張而敷

衍之要亦一家私言耳予曰不然凡

言約而旨遠者聖言也舉一而反三

者聖教也傷寒論之言至簡而其

義則有餘矣固宜權輕及重自淺

徂深而針㳒之要盡于此矣此傷寒   〔㳒‥「法」の異体〕

  ウラ   274

論之書所以爲聖經也夫立言之道

譬如構屋苟取之目巧而不依繩墨

則丹矱雖煥乎亦虞慶之屋已今

希夷所論要皆自繩墨中來豈得

謂之一家私言乎客嘿々而去予以告

希々夷々笑曰請以此為叙

文久二年壬戌孟夏

        三溪藤川忠猷撰

        〔印形白字「猷/印」、黒字「松/后」〕

          富家高幹書〔印形白字「德」、黒字「字/浦〕


  【訓み下し】

鍼論の叙

友人葛西希夷、傷寒論に據り、先刺の義を推明し、以て言を立つ。題して鍼論と曰う。客有り、予に謂いて曰く、傷寒論は、特(た)だ輕證を舉げて、其の重證に及ばず、鍼法に於いて一端を為すのみ。恐らくは據るに足らず。今ま乃ち主張して、之を敷衍するも、要するに亦た一家の私言のみ、と。予曰く、然らず。凡そ言約にして旨遠き者は、聖言なり。一を舉げて三に反(かえ)る者は聖教なり。傷寒論の言、至って簡にして其の義は則ち有餘なり。固(もと)より宜しく輕きを權(はか)りて重きに及び、淺き自り深きに徂(ゆ)くべし。而して針法の要、此に盡く。此れ、傷寒

  ウラ   

論の書、聖經爲(た)る所以なり。夫れ言を立つるの道は、譬えば屋を構うが如し。苟も之を目巧に取りて、繩墨に依らざれば、則ち丹矱、煥乎と雖も、亦た虞慶の屋のみ。今ま希夷論ずる所の要、皆な繩墨中自り來たる。豈に之を一家の私言と謂うを得んや、と。客嘿々として去る。予以て希夷に告ぐ。希夷笑って曰く、請う、此を以て叙と為(せ)よ、と。

文久二年壬戌 孟夏

        三溪藤川忠猷撰す

          富家高幹書す


 【注釋】 

 ○先刺之義‥『傷寒論』辨太陽病脈證并治上「先刺風池風府、却與桂枝湯則愈」。本文「鍼解其結、以導藥力而已矣、將投之駿劑也、必先詳其疾病之所在、而按之鍼之、以緩其結、以折其勢、令藥力不窒碍、則自無反煩之患」。 ○立言‥精闢で伝えるべき学説言論を樹立する。 ○其重證‥「其」を副詞と理解した。たぶん。あるいは。 ○私言‥個人の見解。 ○舉一而反三‥一つの隅を示してやれば残り三つの隅は類推して理解する。理解力の優れていること。『論語』述而「擧一隅、不以三隅反、則不復也」。宋.朱熹〈答胡伯逢書〉:「則夫告往知來,舉一反三,聞一知十者皆適,所以重得罪於聖人矣。」 ウラ ○構屋‥家屋を建てる。 ○目巧‥目測の技巧。『禮記』仲尼燕居「目巧之室、則有奧阼」。陳澔『禮記集説』「目巧、謂不用規矩繩墨、但據目力相視之巧也」。 ○繩墨‥直線を得るための工具。守るべき標準の比喩。 ○丹矱‥「丹」は赤。「矱」は尺度、標準であるが、ここでは「雘」に通じ、赤い顔料、朱色の鮮やかな土の意であろう。 ○煥乎‥明るく輝くさま。 ○虞慶之屋‥『韓非子』外儲説左上に見える。大工をことばで負かして自分の思いどおりに建物を建てさせたが、結局しばらくして建物は壊れた。 ○嘿々‥「黙黙」に同じ。(納得できないが)黙って。 ○孟夏‥旧暦四月。 ○三溪藤川忠猷‥一八一七?~一八八九。幕末~明治時代の医師、水産開発者。文化十三年十一月二十四日生まれ。讃岐(さぬき)高松藩士。父藤川南凱(なんがい)に医を、長崎で高島秋帆(しゆうはん)に西洋砲術をまなび、帰藩して竜虎隊を組織した。維新後は捕鯨のために開洋社を設立、また東京に大日本水産学校、大阪に大阪水産学校を創立するなど、水産事業につくした。明治二十二年十月二十二日死去。七十四歳。名は忠猷。字は伯孝。通称は求馬、能登、將監。著作に「捕鯨圖識」など(『日本人名大辞典』+Plus)。 ○富家高幹‥富家五十鈴 とみいえ-いすず。1806-1865 江戸時代後期の書家。1806-1865 江戸時代後期の書家。文化3年1月14日生まれ。代々讃岐(さぬき)林田村(香川県坂出市)総社神社の神職。国学を友安三冬(みふゆ)に,書道を吉田鶴仙(かくせん)にまなぶ。郷校立本社を創立した。慶応元年10月7日死去。60歳。名は高幹。字(あざな)は元貞。号は松浦,松蔭斎。著作に「鳥迹譚(ちょうせきだん)」(デジタル版 日本人名大辞典+Plus )。


鍼論の叙

友人葛西希夷、傷寒論に據り、先刺の義を推明し、以て言を立つ。

 【意訳】友人の葛西希夷は,『傷寒論』に基づいて,(患者に薬を飲ませる前に)先に鍼を施術するということの意義を究明して,書物を著わして説を述べた。

題して鍼論と曰う。

 【意訳】題名は『鍼論』という。

客有り、予に謂いて曰く、

 【意訳】訪問者があり,わたくしに次のように言った。

傷寒論は、特(た)だ輕證を舉げて、其の重證に及ばず、鍼法に於いて一端を為すのみ。

 【意訳】「『傷寒論』は単に軽い病だけを論じていて,重い病には言及がありません。鍼法では,それは病の一部にしか過ぎません。

恐らくは據るに足らず。

 【意訳】拠り所とするには,十分とはいえないのではないでしょうか。

今ま乃ち主張して、之を敷衍するも、要するに亦た一家の私言のみ、と。

 【意訳】いまこれに基づいて主張し,それを敷衍したのでしょうが,要するに彼の個人的な見解にすぎないのでないでしょうか。」

予曰く、然らず。

 【意訳】わたくしは言った。「そんなことはない。

凡そ言約にして旨遠き者は、聖言なり。

 【意訳】およそ言葉は簡潔でありながら,深い内容が込められているのが,聖人の言葉である。

一を舉げて三に反(かえ)る者は聖教なり。

 【意訳】一例を挙げてその他のことを類推できるようにするのが,聖人の教えである。

傷寒論の言、至って簡にして其の義は則ち有餘なり。

 【意訳】『傷寒論』の言葉は,非常に簡潔だが,その意味内容は有り余るほどである。

固(もと)より宜しく輕きを權(はか)りて重きに及び、淺き自り深きに徂(ゆ)くべし。

 【意訳】当然軽い病から重い病を判断し,浅い内容から深い内容に進んでゆくべきである。

而して針法の要、此に盡く。

 【意訳】そして鍼法の要点は,まさにここに尽くされているのである。

此れ、傷寒論の書、聖經爲(た)る所以なり。

 【意訳】これこそが,『傷寒論』という書物が,聖経と言われる理由である。

夫れ言を立つるの道は、譬えば屋を構うが如し。

 【意訳】そもそも書物を著わして説を述べる道筋は,たとえて言えば,家を建築するのと同じようなものである。

苟も之を目巧に取りて、繩墨に依らざれば、則ち丹矱、煥乎と雖も、亦た虞慶の屋のみ。

 【意訳】もし目測だけに頼って,縄墨(木材に直線を引く道具)を使用しないのであれば,壁がどれほど鮮やかに塗られたとしても,『韓非子』に見える虞慶の家屋のように崩壊してしまう。

今ま希夷論ずる所の要、皆な繩墨中自り來たる。

 【意訳】いま葛西希夷が論じている要点は,すべて縄墨(基準)に由来するものである。

豈に之を一家の私言と謂うを得んや、と。

 【意訳】どうしてこれを個人的な見解と言うことができようか。

客嘿々として去る。

 【意訳】客人は黙り込んで,立ち去った。

予以て希夷に告ぐ。

 【意訳】わたくしは,このことを葛西希夷に話した。

希夷笑って曰く、請う、此を以て叙と為(せ)よ、と。

 【意訳】葛西希夷は笑って,「どうか,これを序文として書いてほしい」と言った。

文久二年壬戌 孟夏

 【意訳】文久二年(1862)四月

        三溪藤川忠猷撰す

 【意訳】三溪 藤川忠猷 著わす

          富家高幹書す

 【意訳】富家高幹 清書す


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  (叙三)

不知要者流散罔窮素靈

二書雖貴乎多缺漏多補増

至尋其旨則河漢無際其要不

可得而求其葛西省齋世以鍼

術顯其術一以傷寒論為貿的

    ウラ

唯求要是務因有鍼論之著余

讀而號之夫刺鍼不求之於素

靈者乃亦深於素靈之旨者耶

靈齋曾本璋撰〔印形白字「靈/璋印」、黒字「士特/◇」〕

  甘原宮延年書〔印形白字「宮印/延年」、黒字「◇」〕


  【訓み下し】

要を知らざる者は、流散して窮り罔し。素靈二書、貴しと雖も、缺漏多く補増多し。其の旨を尋ぬるに至っては、則ち河漢、際無きがごとく、其の要得て求む可からず。其れ葛西省齋は、世に鍼術を以て顯(あらわ)る。其の術は、一に傷寒論を以て質的と為(し)、

    ウラ

唯だ要を求めて是れ務む。因って鍼論の著有り。余、讀みて之を號(さけ)ぶ、夫れ鍼を刺すに、之を素靈に求めざる者は、乃ち亦た素靈の旨より深き者か、と。

靈齋曾本璋撰す

  甘原宮延年書す


 【注釋】 

○不知要者流散罔窮‥『靈樞』九針十二原「不知其要、流散無窮」。 ○素靈‥『素問』『靈樞』。 ○河漢無際‥河漢無極に同じ。河漢は銀河。銀河は広く果てしない。広大すぎて、答えにこまることの比喩。『莊子』逍遙遊「吾聞言於接輿、大而無當、往而不返、吾驚怖其言、猶河漢無極」。 ○顯‥名望がある。知れわたる。 ○傷寒論‥後漢の張仲景撰。 ○質的‥まと。標的。 ウラ ○夫刺鍼不求之於素靈者乃亦深於素靈之旨者耶‥本文「日庸兪穴録」に「余用鍼灸也、一以傷寒論為根據……不必拘々乎素靈所稱述之經絡分數者」とある。 ○靈齋曾本璋‥ ○甘原宮延年‥


要を知らざる者は、流散して窮り罔し。

 【意訳】鍼の要点を知らなければ,とりつく島もない。

素靈二書、貴しと雖も、缺漏多く補増多し。

 【意訳】『素問』と『霊枢』の二書は,貴重なものではあるが,失われた部分もおおく,また後世に増補された部分も多い。

其の旨を尋ぬるに至っては、則ち河漢、際無きがごとく、其の要得て求む可からず。

 【意訳】その要旨を尋ね求めようとすると,天空が無限であるがごとく,その要領を求めても得られない。

其れ葛西省齋は、世に鍼術を以て顯(あらわ)る。

 【意訳】葛西省斎は,/代々鍼術によって著名である。/鍼術によって頭角を現わした。

其の術は、一に傷寒論を以て質的と為(し)、唯だ要を求めて是れ務む。

 【意訳】その鍼術は,もっぱら『傷寒論』を核心として,その要点を探究することにつとめた。

因って鍼論の著有り。

 【意訳】その結果として『鍼論』が著わされた。

余、讀みて之を號(さけ)ぶ、夫れ鍼を刺すに、之を素靈に求めざる者は、乃ち亦た素靈の旨より深き者か、と。

 【意訳】わたくしは,本書を読んで声を上げた。鍼を刺す上で,その基本を『素問』『霊枢』に求めないひとは,『素問』『霊枢』の意図するところより深いものであろうか,と。

靈齋曾本璋撰す

 【意訳】霊斎曽本璋 記す

  甘原宮延年書す

 【意訳】甘原宮延年 清書す


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鍼灸名家者世不乏其人所著之

書殆乎可拄屋要皆素靈一派而

已耳葛西省齋氏之論則異於是

葢本諸傷寒論曰先刺曰當灸之

此二語也擴而充之則鍼灸之道

至矣盡矣抑自非通曉傷寒論者

    ウラ

未易與眀也嗚呼我 邦鍼灸家

首唱古醫方者其唯省齋氏乎此

編一出足以洗拭世醫之耳目其

功誠偉矣是為跋

      松堂三井篤伯敬撰

      〔印形白字「篤親/之印」、黒字「伯敬/◇」〕

              原政寛書

              〔印形白字「寛」、黒字「印」〕


  【訓み下し】

鍼灸の名家なる者、世、其の人に乏しからず。著す所の書、殆ど屋を拄(ささ)う可し。要するに皆な素靈一派のみ。葛西省齋氏の論は則ち是れに異なれり。蓋し諸(これ)を傷寒論に本づく。先づ刺すと曰い、當に之を灸すべしと曰う。此の二語や、擴して之を充たす。則ち鍼灸の道、至れり、盡くせり。抑(そも)そも傷寒論に通曉する者に非ざる自りは、

    ウラ

未だ明らむること與(くみ)し易からず。嗚呼、我が邦の鍼灸家、古醫方を首唱する者は、其れ唯だ省齋氏のみか。此の編、一たび出づれば、以て世醫の耳目を洗拭するに足る。其の功、誠に偉なり。是れを跋と為(す)。

      松堂三井篤伯敬撰す

              原政寛書す


 【注釋】 

○拄屋‥おそらく「充棟」と同じで、書籍の量が多いことであろう。 ○曰先刺‥叙(二)の注を参照。 ○曰當灸之‥辨少陰病脈證并治「其背惡寒者、當灸之」「反少者、當温其上灸之」。 ○自非‥もし~でなければ。 ウラ ○易與‥楽に対応できるさま。 ○眀‥「明」の異体。解明する。 ○首唱‥一番先に提唱する。 ○洗拭……耳目‥目と耳を洗って拭く。ここでは認識を新たにする意。 ○世醫‥代々医学を家業とするもの。『禮記』曲禮「醫不三世、不服其藥」。 ○松堂三井篤伯敬‥ ○原政寛‥


鍼灸の名家なる者、世、其の人に乏しからず。

 【意訳】鍼灸の名人といわれるひとは,世上,少なくない。

著す所の書、殆ど屋を拄(ささ)う可し。

 【意訳】鍼灸について著わされた書籍も,汗牛充棟である。

要するに皆な素靈一派のみ。

 【意訳】(とはいえ),まとめて言ってしまえば,『素問』『霊枢』の一派にすぎない。

葛西省齋氏の論は則ち是れに異なれり。

 【意訳】葛西省斎氏の論は,これとは異なる。

蓋し諸(これ)を傷寒論に本づく。

 【意訳】思うに,その基本は『傷寒論』に基づいている。

先づ刺すと曰い、當に之を灸すべしと曰う。

 【意訳】「まず刺す」といい,「まさにこれを灸すべし」という。

此の二語や、擴して之を充たす。

 【意訳】この二つの言葉を,拡充している。

則ち鍼灸の道、至れり、盡くせり。

 【意訳】それによって,鍼灸の道がすべての点において行き届いており,完璧である。

抑(そも)そも傷寒論に通曉する者に非ざる自りは、未だ明らむること與(くみ)し易からず。

 【意訳】そもそも『傷寒論』に通暁していなければ,これを明らかにすることは容易なことではない。

嗚呼、我が邦の鍼灸家、古醫方を首唱する者は、其れ唯だ省齋氏のみか。

 【意訳】ああ,わが日本の鍼灸家で,古い医学を最初に提唱したひとは,葛西省斎氏だけだろうか。

此の編、一たび出づれば、以て世醫の耳目を洗拭するに足る。

 【意訳】本書が一端公開されれば,世の中の医者が今までの見聞で汚れてしまった知識を洗い清めるには十分である。

其の功、誠に偉なり。

 【意訳】その功績は,まことに偉大である。

是れを跋と為(す)。

 【意訳】この文章をもって跋文とする。


      松堂三井篤伯敬撰す

 【意訳】松堂三井篤伯敬 書き記す

              原政寛書す

 【意訳】原政寛 清書す

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