4-2 艾灸通説 後藤椿庵撰
京大富士川文庫所蔵(カ/三) https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00001473
京都大学貴重資料デジタルアーカイブには,同書が六部あり。
草書で難読。
刻艾灸通説序
通説何也欲該詳其事
也蓋灼艾之於病患不
待己之一舉策而吾門微
意之所存也先君子之勤
一ウラ
不亦宜乎手澤遺貽幸
免朽蠹之災猶為帷
帳之留物獨恨鉛槧
屢改殺青未卒也有客
告曰先生嘗云加我數
二オモテ
年將以上梓既而先生
易簀今惟子之任耳
退而檢其書三四之屬
草或點竄亂行或
句讀難倫一無足取又
二ウラ
奔信于四方之門人購
求其善本亦不可就正
因考吾所藏秘蓋晩
後之筆削也奈何吾
黨小子移写轉訛市乕 〔乕‥「虎」の異体〕
三オモテ
毎傳往ヽ致失眞今茲
乃刊諸家塾以示四方同
志也抑令子弟百世以
繼其志以傳于不朽邪
穆叔有言曰雖久不
三ウラ
廢此之謂不朽孤有望焉
寶暦壬午之春
子敏謹識
〔印形白字「◇士/印」、黒字「字/曰文」〕
【訓み下し】
刻艾灸通説序
通説とは何ぞや。其の事を該(ことごと)く詳しくせんと欲するなり。蓋し灼艾の病患に於いて、己の一舉策を待たず。而して吾が門、微意の存する所なり。先君子の勤めたるは、
一ウラ
亦た宜(むべ)ならずや。手澤遺貽、幸いに朽蠹の災いを免れ、猶お帷帳の留物と為る。獨り鉛槧屢しば改め、殺青未だ卒(お)えざるを恨むのみ。客有り、告げて曰く「先生嘗て云う『我が數
二オモテ
年を加えて、將に以て梓に上(のぼ)せんとす』と。既にして先生簀を易う。今は惟だ子の任のみ」と。退きて其の書を檢するに、三四の屬草、或いは竄を點じ、行を亂し、或いは句讀、倫し難く、一として取るに足る無し。又た
二ウラ
信を四方の門人に奔(はし)らせ、其の善本を購求するも、亦た正に就く可からず。因って考うるに、吾が藏秘する所は、蓋し晩後の筆削なり。奈何ぞ吾が黨の小子、移寫して轉(うた)た訛し、市虎
三オモテ
毎(つね)に傳うれば、往往にして眞を失うを致さん。今茲、乃ち諸(これ)を家塾に刊し、以て四方の同志に示すなり。抑(ここ)に子弟百世をして、以て其の志を繼がしめ、以て不朽に傳えんか。穆叔に言えること有り。曰く「久しと雖も
三ウラ
廢さず、此れを之れ不朽と謂う」と。孤に望み有り。
寶暦壬午の春
子敏謹んで識(しる)す
【注釋】
○該詳‥あまねくつまびらかにする。 ○灼艾‥もぐさを燃やす。 ○病患‥疾病。 ○舉策‥行為。計画。 ○門‥流派。学派。 ○微意‥わずかな心遣い。謙遜語。隱藏之意;精深之意。 ○先君子‥自分の亡くなった父をいう。先‥今は亡き。尊敬語。 ○勤‥(ひとのために)力をつくす。 一ウラ ○宜‥事宜を得る。当然である。適当である。 ○手澤‥先人が遺した書付。 ○遺貽‥のこる。遺されたもの。 ○朽蠹‥腐蝕虫食い。 ○帷帳‥カーテン、垂れ幕。書斎のカーテンを「書帷」という。「帳」は「とばり」以外にノート、記録された書冊の意味もある。ここでは、布製の書類収納用品か。 ○獨‥不満の意をあらわす。 ○鉛槧‥ノートの記載、文章。筆記用具(鉛筆と木板)の意の引伸。 ○殺青‥書籍の定稿、あるいは著作の完成。古く竹簡を作成する際、竹を火で炙って水分を抜き、青皮をはぎ、虫食いを防止した。この過程を殺青という。 ○加我數年‥『論語』述而:「子曰:加我數年,五十以學易,可以無大過矣(子曰わく、我に数年を加え、五十にして以て易を学べば、以て大過無かるべし)。」 二オモテ ○上梓‥版面に文字を刻む。印刷する。 ○既而‥そうこうしているうちに。まもなく。 ○易簀‥臨終。孔子の門人、曾参が臨終の時、季孫から賜った席褥を礼制に合わず、身分不相応として、取り換えさせた故事による。21-3煕載録の注を参照。 ○子‥あなた。 ○任‥職責。 ○三四‥再三再四。 ○屬草‥屬草稿。起草した文章。 ○點竄‥字句の改動、修整。竄改。草書の「鼠」に見えるが、意味の上から長野仁先生の示教にしたがい「竄」とした。 ○句讀難倫‥句読点の打ち方に従えない、ということか。 二ウラ ○信‥書簡。 ○善本‥版本学における最も理想的な本。時代が最も古い、印刷が素晴らしい、すぐれた鈔本など。 ○就正‥ひとに教えを請い、誤りを正す。文章の批判を求めるときに用いる語。『論語』學而「就有道而正焉、可謂好學也已/有道に就きて正す、學を好むと謂う可きなり」。 ○藏秘‥秘蔵。 ○筆削‥著述。 ○黨‥志を同じくする仲間。 ○小子‥後輩。 ○轉‥ますます。 ○市乕‥「乕」は「虎」の異体。市虎。無いものを有るとする、人を惑わす流言蜚語。「三人成市虎」。事実無根でも多くのひとが同じこと(市に虎がいる)を言えば事実とされる。 三オモテ ○今茲‥いま。ことし。 ○百世‥百代。『孟子』盡心下「聖人、百世之師也」。 ○穆叔‥叔孫豹。春秋時代、魯の大夫。諡は穆子。『左傳』襄公二十四年「穆叔曰……大上有立德、其次有立功、其次有立言。雖久不廢、此之謂不朽/徳を立てるのが最高であり、功を立てるのはその次であり、言を立てるのはまたその次である。いつまでも廃れさせないこと、これを(三つの)不朽という」。 三ウラ ○孤‥親のいない子。孤児。 ○寶暦壬午‥宝暦十二(一七六二)年。 ○敏‥さとし。後藤椿庵の子、暮庵(一七三六~八八)(『典籍辞典』)。字は文か。
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刻艾灸通説序
【意訳】『艾灸通説』を上梓するにあたっての序文
通説とは何ぞや。
【意訳】(書名にある)「通説(通じて説く)」とは,どういう意味か?
其の事を該(ことごと)く詳しくせんと欲するなり。
【意訳】その内容をすべて詳細に述べたいということである。
蓋し灼艾の病患に於いて、己の一舉策を待たず。
【意訳】一般に,病に対する施灸においては,個々の方策というものは期待されない。
而して吾が門の微意の存する所なり。
【意訳】しかし,我が流派では,施灸の方法には,深い意味がある。
先君子の勤めたるは、亦た宜(むべ)ならずや。
【意訳】亡き父上がそれに力をつくしたのも,また当然ではないか。
手澤遺貽、幸いに朽蠹の災いを免れ、猶お帷帳の留物と為る。
【意訳】父が書き残したものは,幸いにも虫に食われることもなく,書籍箱の中に残されていた。
獨り鉛槧屢しば改め、殺青未だ卒(お)えざるを恨むのみ。
【意訳】ただ文章にはしばしば校正の筆が入れられている草稿の状態で,完成しなかったことがうらめしい。
客有り、告げて曰く「先生嘗て云う『我に數年を加え、將に以て梓に上(のぼ)せんとす』と。既にして先生簀を易う。今は惟だ子の任のみ」と。
【意訳】来客があり,次のように告げた。「先生は,以前,『わたしにあと数年の寿命が貸し与えられれば(大きな過ちも修正できるだろうから,そうしたら)出版するつもりだ』と言っていた。そうこうしているうちに,先生は亡くなってしまった。今となっては,これをなしとげるのは,(子供である)あなたの責任である」。
退きて其の書を檢するに、三四の屬草、或いは竄を點じ、行を亂し、或いは句讀、倫し難く、一として取るに足る無し。
【意訳】客が帰ってから(あらためて)その書物を調べてみると,再三再四,いくつか文章は改められ,行も乱れており,句読点にも納得しがたいところがあり,まったく意味がくみ取れないところもある。
又た信を四方の門人に奔(はし)らせ、其の善本を購求するも、亦た正に就く可からず。
【意訳】また手紙を諸国に帰ったかつての弟子たちに送って,(その内容の不確かな文章を校正するための)善本を買い求めたが,これでも誤りを正すことができなかった。
因って考うるに、吾が藏秘する所は、蓋し晩後の筆削なり。
【意訳】それでよくよく考えて見ると,わたくしのところに秘蔵されていたのは,おそらく晩年に手を加えたものであろう。
奈何ぞ吾が黨の小子、移寫して轉(うた)た訛し、市虎毎(つね)に傳うれば、往往にして眞を失うを致さん。
【意訳】我が流派の後輩が,これをこのまま転写すればますます誤りが多くなる。市場に虎が出た,と毎度のように唱えれば,嘘でも本当のことと思われてしまうように,しばしば正しい内容が失われてしまう,どうしてそれが許されようか。
今茲、乃ち諸(これ)を家塾に刊し、以て四方の同志に示すなり。
【意訳】そこでいま,これを家塾本として刊行し,天下の志を同じくする医者に(正しい本として)示す。
抑(ここ)に子弟百世をして、以て其の志を繼がしめ、以て不朽に傳えんか。
【意訳】百代の後輩に,この医学の志を継承させ,不朽のものとして伝えようではないか。
穆叔に言えること有り。曰く「久しと雖も廢さず、此れを之れ不朽と謂う」と。
【意訳】(春秋時代の魯の大夫)穆叔に次のような言葉がある。「古いからといって廃棄しない,これを不朽という」と。
孤に望み有り。
【意訳】わたくしにはそういう希望がある。
寶暦壬午の春
子敏謹んで識(しる)す
【意訳】宝暦十二(一七六二)年の春,後藤椿庵の子 敏,謹んでこの序をしるす。
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★以下は,(カ/三)https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00001473 にはない。
『臨床鍼灸古典全書』は,(カ/四)https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00001474 から補ったようだ。
(後藤徽序)
夫灸藥於疾病也是逐邪瘳痼之備固不
可執一焉猶弓弩戈矛雲梯衝車左右揮
之而治攻城野戰各可以建奇勳歟若灸
其可藥者藥其可灸者乃不敗績者鮮焉
徃昔先子艮山唱古醫方也其於艾灸實
剏一家言是以艾灸之術無有餘蘊矣竊
觀世醫以艾灸置之度外甲畏乙惡或目
一ウラ
不識一丁託夢想神傳妄灸欺人故灸其
不可灸者不灸其可灸者滔々皆是焉吁
艾灸之術殆漓耶於是乎先君子在日嘗
刻艾灸通説于家塾以公於世矣偶羅天
明戊申回録之災而燬也荏苒二十年余
髪已種々墜先君子之遺緒是懼頃日校
一家稿帳中遺稿等書陸續將繡梨棗以
二ウラ
艾灸功於治術先再刻此書爲之前茅若
其湯液之説則竢嗣刻諸書之後勁云
文化戊辰仲冬下浣
栗葊 後藤徽 謹識
〔印形白字「后藤/徽印」、黒字「栗/氏」〕
【訓み下し】
夫れ灸藥の疾病に於けるや、是れ邪を逐い痼を瘳(いや)すの備え、固(もと)より一に執る可からざること、猶お弓弩・戈矛・雲梯・衝車、左右之を揮って攻城野戰を治むるがごとし。各おの以て奇勳を建つ可きかな。若し其の藥す可き者に灸し、其の灸す可き者に藥すれば、乃ち敗績せざる者は鮮(すく)なし。往昔、先子艮山、古醫方を唱うるなり。其れ艾灸に於いて實に一家言を剏(はじ)む。是(ここ)を以て艾灸の術、餘蘊有ること無し。竊(ひそ)かに世醫を觀れば、艾灸を以て、之を度外に置き、甲は畏れ乙は惡(にく)む。或いは目に
一ウラ
一丁を識らず、夢想・神傳に託して妄りに灸し人を欺く。故に其の灸す可からざる者に灸し、其の灸す可き者に灸せず。滔々として皆な是れなり。吁(ああ)、艾灸の術、殆ど漓(うす)きや。是(ここ)に於いて先君子、在りし日嘗て艾灸通説を家塾に刻して、以て世に公けにす。偶たま天明戊申回録〔禄〕の災いに羅〔罹(か)〕かりて燬(や)く。荏苒として二十年。余が髪已に種々として墜(お)つ。先君子の遺緒、是れ懼る。頃日、一家の稿帳中の遺稿等の書を校し、陸續として將に梨棗を繡せんとす。
二ウラ
艾灸の功を以て治術に於いて先とす。再び此の書を刻し、之を前茅と爲(す)。其の湯液の説の若きは、則ち嗣(つ)ぎて刻する諸書の後勁を竢(ま)つと云う。
文化戊辰 仲冬下浣
栗葊 後藤徽 謹んで識(しる)す
【注釋】
○痼‥痼疾。根深く固い、難治のやまい。 ○執一‥一端に固執する。 ○弓弩‥弓と弩(機械で発射するゆみ)。 ○戈矛‥武器の名。戈は長柄で横に刃があり平頭のほこ。矛は長柄で、鋭い刃を持つ直刺用のやり。 ○雲梯‥城攻めのための機械。極めて高いので「雲梯(雲へのはしご)」という。 ○衝車‥戦車。城(壁)に衝突させて破るために用いる。 ○奇勲‥卓越した功績。 ○敗績‥戦さに負ける。 ○先子‥亡父。ここでは広く先祖。 ○艮山‥後藤艮山(一六五九~一七三三)。 ○世醫‥代々医学を業としている者。 ○度外‥思慮の外。 一ウラ ○不識一丁‥一文字も知らない、学問がないこと。 ○夢想‥夢想の灸。28-1經穴再改鈔の注を参照。 ○神傳‥神様から伝授された灸法。 ○滔々‥絶えないさま。混乱したさま。 ○先君子‥自分の亡き父。 ○在日‥健在の時。 ○罹‥原文は「羅」に見えるが、意味の上から「罹」とした。 ○天明戊申回録之災‥天明八(一七八八)年、旧暦一月三十日に京都で発生した大火。「回録」、正しくは「回禄(火神の名前から、火災の意)」。 ○荏苒‥時が徐々に過ぎゆくさま。 ○種々‥髪の薄くなるさま。『左傳』昭公三年‥「余髮如此種種、余奚能為」。 ○遺緒‥死者前人の遺した功績。 ○頃日‥近ごろ。 ○陸續‥次々に。 ○繡‥かざる。ここでは「鐫(版木に彫る)」の意。 ○梨棗‥印刷出版。かつて梨や棗の木の板を用いたため、このようにいう。 二ウラ ○前茅‥斥候。先頭。 ○後勁‥軍の後部を守る精鋭部隊。しんがり。 ○云‥句末の助詞。無義。 ○文化戊辰‥文化五(一八〇八)年。 ○仲冬‥旧暦十一月。 ○下浣‥下旬。 ○栗葊 後藤徽‥暮庵の子か。封面によれば、「中立齋」ともいうか。
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夫れ灸藥の疾病に於けるや、是れ邪を逐い痼を瘳(い)やすの備え、固(もと)より一に執る可からざること、猶お弓弩・戈矛・雲梯・衝車、左右之を揮って攻城野戰を治むるがごとし。
【意訳】灸や薬で病に立ち向かうにおいて,邪気を駆逐し,痼疾を治癒する上で必要なことは,一つのことに固執しないことである。それはあたかも,弓・ほこ・城の壁に掛ける高いはしご・戦車などの兵器を右に左に自由に指揮して,城を攻め落とすときと,山野での戦いでは,対処の仕方を変えるようなものである。
各おの以て奇勳を建つ可きかな。
【意訳】それぞれの方法によって,卓越した勲功をたてることができる。
若(も)し其の藥す可き者に灸し、其の灸す可き者に藥すれば、乃ち敗績せざる者は鮮(すく)なし。
【意訳】(しかし)もし投薬する必要がある患者に施灸したり,施灸が必要な患者に投薬したりすれば,病との戦いにおいて,敗者とならない者は少ない。
往昔、先子艮山、古醫方を唱うるなり。
【意訳】かつて,我が祖先,後藤艮山(ごんざん)は,古医方を提唱した。
其れ艾灸に於いて實に一家言を剏(はじ)む。
【意訳】これは,施灸において独自の主張をした嚆矢である。
是(ここ)を以て艾灸の術、餘蘊有ること無し。
【意訳】そのため,灸術は,足りない所がなくなった。
竊(ひそ)かに世醫を觀れば、艾灸を以て、之を度外に置き、甲は畏れ乙は惡(にく)む。
【意訳】個人の見解だが,世の中の医者を見てみると,お灸を物の数に入れず,(その熱さを)あるひとはおそれ,あるひとは毛嫌いしている。
或いは目に一丁を識らず、夢想・神傳に託して妄りに灸し人を欺く。
【意訳】また文字を知らず,医学書が読めない輩は,(弘法大師が)夢で見た灸,神のお告げの灸だと言って,むやみやたらとお灸をして,世の中の人をだましている。
○「御夢想灸。福井県鯖江市長泉寺町。中道院・元三大師堂。御夢想灸は、護摩炉(ごまがま)を頭にかぶらせて灸をすえる加持祈祷で、護摩炉の形がすりばちに似ていることから『すりばちやいと』と呼ばれ、多くの参詣者を集めている。昔、この地に悪病が流行したときに、元三慈惠大師によって行われたのがはじまりと伝えられる」(ふくい民俗芸能等群認定制度)。「興福寺・八釣地蔵さん。四月二十四日。聖徳太子が夢のお告げで御体顕された御夢想の名灸があり、リュウマチや神経痛治療によいとされている」(奈良県 橿原市年中行事)。泉鏡花『露肆』「弘法大師御夢想のお灸であすソ、利きますソ」。ネット歯の博物館掲載『大阪のまじないの引札』「此まじないの儀は、天満宮の御夢想にして……」。
故に其の灸す可からざる者に灸し、其の灸す可き者に灸せず。
【意訳】そのため,灸治療が必要でない患者に施灸し,灸治療が必要な患者に施灸しない現状がある。
滔々として皆な是れなり。
【意訳】延々とみなこのようである。
吁(ああ)、艾灸の術、殆ど漓(うす)きや。
【意訳】ああ,灸術はこんなに浅薄なものであろうか。
是(こ)こに於いて先君子、在りし日嘗て艾灸通説を家塾に刻して、以て世に公けに(せんと)す。
【意訳】こういうわけで,亡父は存命中,『艾灸通説』を家塾で刊行して,世に公開(しようと)した。
偶たま天明戊申回録〔→禄〕の災いに羅〔→罹(か)〕かりて燬(や)く。
【意訳】(しかし)折悪しく,(京都で発生した)天明八年(1788)の大火で焼失してしまった。〔印刷は終わったものの,弟子などに頒布する前に火事の被害を受けて,みな燃えてしまった,ということか。〕
荏苒として二十年。余が髪已に種々として墜(お)つ。
【意訳】そのままなすことなく二十年がたってしまった。わたくしも髪の毛が薄くなった。(老い先短い,今のわたくしに何ができるか?)
○『左傳』昭公三年:「余髮如此種種,余奚能為?」
先君子の遺緒、是れ懼る。
【意訳】亡父の遺された功績が,埋没してしまうのではないかと,とても心配である。
頃日、一家の稿帳中の遺稿等の書を校し、陸續として將に梨棗を繡せんとす。
【意訳】(そこで)近頃,我が家にある原稿入れに入っていた遺稿などの書を校正し,順番に刊行するつもりである。
艾灸の功を以て治術に於いて先とす。
【意訳】施灸の効果は,治療法において,まず第一である。
再び此の書を刻し、之を前茅と爲(す)。
【意訳】そこで本書をふたたび刊行して,一連の書の冒頭を飾ることにした。
其の湯液の説の若きは、則ち嗣(つ)ぎて刻する諸書の後勁を竢(ま)つと云う。
【意訳】湯液に関する解説などは,これからつづけて刊行する多くの書籍のしんがりに置く。
文化戊辰 仲冬下浣
【意訳】文化五年(1807)十一月下旬。
栗葊 後藤徽 謹んで識(しる)す
【意訳】栗庵 後藤徽 謹んで書き記す
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