2026年8月7日金曜日

【意訳】江戸時代鍼灸文献序跋集1-3 鍼法藏心卷

 1-3 鍼法藏心卷  長生庵了味撰

    杏雨書屋所蔵(杏五五八四)


鍼法藏心卷

           長生庵了味編之

夫鍼法術者大率以補瀉為先所謂補瀉以氣

血為主人之氣血易虗復實人受天地隂陽之

氣以生乃成其神然以喜怒之過傷隂陽而疾

生焉人之生病因地水風火之四證以之丹溪先

生曰婦人宜耗其氣而調其經男子以養其

氣而全其神抒怒以全隂忍喜以養陽以此所

  一ウラ

由聖人嗇氣如至寳氣易虗如射箭行血易虗

如蓬矢行氣血之變易如掌反雖然實者少

虗者多故以補為本以瀉為標補瀉法復不一旦

之説用四時針有淺深補瀉十二經亦有補瀉十

五絡亦有補瀉竒經八脉亦有補瀉井滎兪經合

有補瀉表裏有補瀉氣血有補瀉藏府有補

瀉老少亦有補瀉諸疾暴久隨其輕重復有補

瀉法日月順行有虗實是復可補瀉之理在之

  二オモテ

東南西北有虗實之定位又有可補方有可瀉

方能不辨補瀉之深法如何宜究針治之術

乎遠言之則四海廣尚近言之則不過十言

按之只考氣血流行不刺榮衞刺之復如

不至氣血的道氣血循周身至速也自寅至丑

五十行故經過無間刺針如不中榮衞復有

其法名之法鍼自寅至丑氣血流行隨時行

有其主經考之知之有其法謂之觀時針

  二ウラ

法之術側迎隨之氣五藏之氣隨虗々實々

奪之可補者補可瀉者瀉謂之迎隨治病

之法尋神倶集療養之口傳當尋此卷非

甚深輩不可示之非親友不可言之穴賢〃〃


  【訓み下し】

鍼法藏心卷

                長生庵了味 之を編す

夫れ鍼法術とは、大率(おおむね)補瀉を以て先と為(す)。所謂(いわゆる)補瀉は、氣血を以て主と為(す)。人の氣血は虚し易くして復た實す。人は天地隂陽の氣を受けて、以て生じ、乃ち其の神を成す。然も喜怒の過を以て隂陽を傷(やぶ)り、疾焉(ここ)に生ず。人の病を生ずることは、地水風火の四證に因る。之を以て丹溪先生の曰く、婦人は宜しく其の氣を耗して其の經を調すべし。男子は以て其の氣を養いて其の神を全うし、抒怒して以て隂を全うし、喜を忍びて以て陽を養う。此の

  一ウラ

所由を以て、聖人は氣を嗇(お)しみ、至寳の如し。氣の虚し易きは、射箭行の如し。血の虚し易きは、蓬矢行の如し。氣血の變易は掌反の如し。然りと雖も、實は少なく虚は多し。故に補を以て本と為(し)、瀉を以て標と為(す)。補瀉の法は復た一旦の説にあらず。四時に針を用いて、淺深の補瀉有り。十二經に亦た補瀉有り。十五絡に亦た補瀉有り。奇經八脉に亦た補瀉有り。井滎兪經合に補瀉有り。表裏に補瀉有り。氣血に補瀉有り。藏府に補瀉有り。老少に亦た補瀉有り。諸疾暴久も其の輕重に隨い、復た補瀉法有り。日月順行に虚實有り。是に復た補瀉す可きの理、之に在り。

  二オモテ

東南西北に虚實の定位有れば、又た補う可き方有り、瀉す可き方有り。能く補瀉の深法を辨ぜざれば、如何(いかん)として宜しく針治の術を究むべけんや。遠く之を言う則(とき)んば、四海廣く尚(たか)く、近く之を言う則(とき)んば、十言に過ぎず。之を按ずれば、只だ氣血流行を考え、榮衞を刺さざれ。之を刺すとも復た氣血の道に至らざるが如く、氣血の周身を循ること、至って速し。寅自り丑に至りて、五十行。故に經過に間無し。針を刺すとも榮衞に中(あ)たらざるが如くするに、復た其の法有り。之を法鍼と名づく。寅自り丑に至り、氣血流行して時に隨いて行く。其の主經有り。之を考え、之を知るに其の法有り。之を觀時針

  二ウラ

法の術と謂う。迎隨の氣を側り、五藏の氣は、虚々實々に隨いて之を奪う。補う可き者は補し、瀉す可き者は瀉す。之を迎隨と謂う。治病の法は、神倶集を尋ねて、療養の口傳、當に此の卷を尋ぬべし。甚深の輩に非ざれば、之を示す可からず。親友に非ざれば之を言う可からず。穴賢〃〃(あなかしこあなかしこ)


 【注釋】 

○長生庵了味‥土佐の武士、桑名將監の別名。生没年未詳。雲海士流。『廣狹神倶集』(慶長十七(一六一二)年)の著者(長野仁、高岡裕「小児鍼の起源について」、日本医史学雑誌、第五十六卷第三号、三九八頁)。 ○大率‥おおかた。だいたい。 ○虗‥「虚」の異体。 ○丹溪先生曰‥出所未詳。 ○抒‥のべる。解く。汲む。 一ウラ ○聖人嗇氣‥張從正『儒門事親』卷三・九氣感疾更相為治衍「是以聖人嗇氣、如持至寶」。 ○所由‥よりどころ。出所。 ○射箭‥矢を射ること。 ○蓬矢‥蓬(ムカシヨモギ。艾とは異なる)の枝で作った矢。古くは男子が生まれると、桑で弓を作り、蓬の枝で矢を作り、天地四方に向けて射て、男児の志が四方に応じる象徴とした。 ○掌反‥手のひらを返すが如く容易である。 ○一旦‥判読に若干疑念あり。短時間。 二オモテ ○四海‥全国各地。世界各地。 二ウラ ○觀時針法‥本文を参照。 ○側迎隨之氣‥「側」の訓、未詳。添え仮名「リ」。あるいは「測」で「はかリ」か。 ○神倶集‥雲棲子『(廣狹)神倶集』。石坂宗哲による校本『鍼灸廣狹神倶集』あり。 ○穴賢‥「あなかしこ」。ああ、恐れ多い。また、結びにおいて敬意をあらわす。

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【意訳】1-3 鍼法藏心卷  長生庵了味撰

『鍼法藏心卷』

                長生庵了味 之を編す

                 【意訳】長生庵了味がこの書を編集した。

夫れ鍼法術とは、大率(おおむね)補瀉を以て先と為(す)。

【意訳】そもそも鍼法の技術とは,おおよそ補瀉を優先事項とする。

所謂(いわゆる)補瀉は、氣血を以て主と為(す)。

【意訳】補瀉というものは,気と血を主たる対象とする。

人の氣血は虚し易くして復た實す。

【意訳】人間の気血は,簡単に虚するが,また充実もする。

人は天地隂陽の氣を受けて、以て生じ、乃ち其の神を成す。

【意訳】人間は天地の陰陽の気を享受して,生を得,それから精神活動=意識が生成される。

然も喜怒の過を以て隂陽を傷(やぶ)り、疾焉(ここ)に生ず。

【意訳】しかし,(その意識のはたらきで,)喜んだり怒ったりすることが過度になると,(体内の)陰陽のバランスが傷害されて,疾病が発生する。

人の病を生ずることは、地水風火の四證に因る。

【意訳】人間が病む原因は,地・水・風・火の4つである。/〔地・水・風・火:仏教でいう四大(四大要素)。万物の構成要素。もともとはインド古代哲学から。〕

之を以て丹溪先生の曰く、婦人は宜しく其の氣を耗して其の經を調すべし。

【意訳】このため,朱丹渓先生は,次のように言った。「婦人はその(有り余る)気を消耗してその経脈を調整すべきである。

男子は以て其の氣を養いて其の神を全うし、抒怒して以て隂を全うし、喜を忍びて以て陽を養う。

【意訳】男性は,その気を養って,その神気を十全ならしめ,(陰性である)怒りをゆるめて陰気を十全ならしめ,(陽性である)喜びを抑えて陽気を養うべきである。」

  一ウラ

此の所由を以て、聖人は氣を嗇(お)しみ、至寳の如し。

【意訳】こういう理由で,聖人が気を節省するさまは,あたかもきわめて貴重なものを取り扱うかのようである。/(『儒門事親』卷3・九氣感疾更相為治衍26:「是以聖人嗇氣,如持至寶」。)

氣の虚し易きは、射箭行の如し。血の虚し易きは、蓬矢行の如し。

【意訳】気が虚しやすいさまは,射られた矢のように速い。血が虚しやすいさまは,男子が生まれた時の儀式で放たれる矢のように速い。

氣血の變易は掌反の如し。

【意訳】気と血の変わりやすさは,手の平をひっくり返すのと同じくらい,簡単に起こる。

然りと雖も、實は少なく虚は多し。

【意訳】そうはいっても,(やはり一般に)実することは少なく,虚することは多い。

故に補を以て本と為(し)、瀉を以て標と為(す)。

【意訳】そのため補うことを主として,瀉することを従とする。

補瀉の法は復た一旦の説にあらず。

【意訳】補法・瀉法は,一朝一夕にできた(ような,いい加減な)説ではない。

四時に針を用いて、淺深の補瀉有り。

【意訳】春夏秋冬,四季ごとに用いる鍼法には,浅い・深いを異にする補瀉の方法がある。

十二經に亦た補瀉有り。十五絡に亦た補瀉有り。

【意訳】十二経脈についてもやはり補瀉があるし,十五絡脈についてもやはり補瀉がある。

奇經八脉に亦た補瀉有り。井滎兪經合に補瀉有り。

【意訳】奇経八脈についてもやはり補瀉があり,井滎兪經合についても補瀉がある。

表裏に補瀉有り。氣血に補瀉有り。藏府に補瀉有り。

【意訳】表と裏についても補瀉があり,気と血についても補瀉があるし,五臓六腑についても補瀉がある。

老少に亦た補瀉有り。諸疾暴久も其の輕重に隨い、復た補瀉法有り。

【意訳】老いも若きも,やはり補瀉がある。多くの病気の,急病・慢性病に対しても,その病状の重い・軽いにしたがって,それぞれに補瀉の方法がある。

日月順行に虚實有り。是に復た補瀉す可きの理、之に在り。

【意訳】太陽・月のめぐりにも虚実がある。ここからまた補瀉すべき理由が存在する。

  二オモテ

東南西北に虚實の定位有れば、又た補う可き方有り、瀉す可き方有り。

【意訳】東南西北の方角には,虚実の決まった位置があるので,それにしたがって,するべき補法の仕方,瀉法の仕方というのがある。

能く補瀉の深法を辨ぜざれば、如何(いかん)として宜しく針治の術を究むべけんや。

【意訳】補瀉の深遠な方法を区別できなければ,どうして鍼治の技術を窮め尽くすことができようか。


遠く之を言う則(とき)んば、四海廣く尚(たか)く/尚(ひさ)しく、近く之を言う則(とき)んば、十言に過ぎず。

【意訳】視界を広げて言えば,世界は広く/ずっと続いていて古いが/尊いが,身近なところで言えば,十の言葉で言い表わせるに過ぎない。

〔四海:中国は周囲を四つの海で囲まれていたと,古代では考えられていたので,四方を「四海」といい,ひいては,天下/全世界の各所をいう。/『説文解字』序:「近取諸身,遠取諸物(近くは諸(これ)を身に取り,遠くは諸を物に取る)」〕

之を按ずれば、只だ氣血流行を考え、榮衞を刺さざれ。

【意訳】これから勘案するに,ただ単に気血の流れのみを考えて,営気・衛気を刺してはいけない。

之を刺すとも復た氣血の道に至らざるが如く、氣血の周身を循ること、至って速し。

【意訳】これを刺したとしても,気血の通り道に至らないのと同じように,気血が体全体を循環するスピードは,きわめて速い。

寅自り丑に至りて、五十行。故に/故(ことさら)に/經過に間無し。

【意訳】寅(太陰肺経)から丑(厥陰肝経)に至るまで,(一日に)50周するので,そのへめぐることに間断がない。/50周する。特にへめぐることに間断はない。

針を刺すとも榮衞に中(あ)たらざるが如くするに、復た其の法有り。之を法鍼と名づく。

【意訳】鍼を刺しても,営気・衛気に命中しないようにするには,またその方法があり,これを「法鍼」と命名する。

寅自り丑に至り、氣血流行して時に隨いて行く。

【意訳】寅(肺経)から丑(肝経)に至るまで,気血は流れて時の経過とともに循行する。

其の主經有り。之を考え、之を知るに其の法有り。

【意訳】その時間をつかさどる経脈がある。これを調べて知るには,その方法がある。

  二ウラ

之を觀時針法の術と謂う。

【意訳】この方法を観時鍼法の術という。

迎隨の氣を側り、五藏の氣は、虚々實々に隨いて之を奪う。

【意訳】補瀉に於いて迎随する気を観測し,それによって五臓の気を虚実にしたがって奪う。/(意味からすると,「奪」に対する反対語,たとえば「与」などの字を脱するか。/「奪い与える」)

補う可き者は補し、瀉す可き者は瀉す。之を迎隨と謂う。

【意訳】補う必要がある場合は補い,瀉する必要がある場合は瀉す。これを迎随という。

治病の法は、神倶集を尋ねて、療養の口傳、當に此の卷を尋ぬべし。

【意訳】治療法は『神倶集』に求めて,療養の口伝については,まさにこの巻に求めることができる。

甚深の輩に非ざれば、之を示す可からず。親友に非ざれば之を言う可からず。

【意訳】非常に探究心の強い人でなければ,本書を見せてはいけない。互いに心を許し合っている友でなければ,本書について言及してはならない。

穴賢〃〃(あなかしこあなかしこ)

【意訳】恐れ多し。恐れ多し。〔手紙文の終わりに用いて相手に敬意を表す語〕


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右藏心之一卷當家之秘術悉々述之

悉々顯焉年來御大望不淺因之聊無

略語令調進畢日々不口口受授其法復

難曉自今於有望學之輩者隨其人

執心可有御相傳者也不宣

 慶長十六之曆

  二月初一日書之畢

長生庵〔了味〕(花押/印形二顆)

 勝呂隼人入道

  壽庵老 〓


  【訓み下し】

右の『藏心』の一卷,當家の秘術悉々(ことごと)く之に述べ,悉々く焉(ここ)に顯わす。年來の御大望淺からず,之に因って聊(いささ)さも略語無く,調進せしめ畢わんぬ。日々口口に受授せざれば,其の法 復た曉し難し。自今 望學の輩有るに於いては,其の人の執心に隨って,御相傳有る可き者なり。不宣

 慶長十六の曆

  二月初一日 之を書き畢わんぬ。

長生庵〔了味〕(花押/印形二顆)

 勝呂隼人入道

  壽庵老 〓


  【注釋】

 ○調進:注文に応じ、品物をととのえて差し上げること。調達。 ○不宣:十分に意を述べつくさない意で、手紙の終わりに添える語。不悉(ふしつ)。不尽(ふじん)。


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右の『藏心』の一卷,當家の秘術悉々(ことごと)く之に述べ,悉々く焉(ここ)に顯わす。

【意訳】右に書きました『鍼法蔵心巻』の1巻には,我が家の秘術をすべて述べ,すべてこの巻の中に書きあらわしました。

年來の御大望淺からず,之に因って聊(いささ)さも略語無く,調進せしめ畢わんぬ。

【意訳】長年のご所望の願いが深いものでしたが,これを著わすことで,少しも文章を省略せず,お望みのものをお届けいたします。

日々口口に受授せざれば,其の法 復た曉(さと)し難し。

【意訳】毎日,口伝えで伝授をしなければ,その方法はやはり理解しがたいものです。

自今 望學の輩有るに於いては,其の人の執心に隨って,御相傳有る可き者なり。

【意訳】今後,学習したいと望む人がある場合は,その人の志が専一でしっかりしているのであれば,伝授されてもかまいません。

不宣

【意訳】不一(これを結びのことばとしますが,十分に意を尽くしていません)。

 慶長十六之曆

【意訳】慶長十六年(1611)

  二月初一日書之畢

【意訳】二月一日,書き終わりました。

     長生庵〔了味〕(花押/印形二顆)

      【意訳】長生庵〔了味〕/印と文字が重なり読めず。〔了味〕は想像。(より)

 勝呂隼人入道

【意訳】勝呂隼人入道

  壽庵老 〓

【意訳】壽庵老(さまへ)


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