2026年8月30日日曜日

【意訳】江戸時代鍼灸文献序跋集11-1 兪穴辨解

 11-1 兪穴辨解  村上宗占撰

    杏雨書屋所蔵(乾三五九四)


兪穴辨解引

江漢之出乎岷嶓也其源夐其流脩而中間有

淼漫呑天之勢者葢水之道為然孟軻氏謂盈

科而後進放乎四海有本者如是觀夫經脈之

繫於藏府亦猶水乎其異流分派縱横逆順肌

肉為之隄防骨空為之科窟方其邪之在經則

搏而躍激而行過顙在山是豈水之性哉觀水

有術故聖人正骨度辨兪穴直欲以鍼焫廻狂

瀾於既倒者職此之由屬者一得子携其所著

  一ウラ

兪穴解來請余檢閲余讀廼知能修其業者其

書大氐彀率攖寧乘矢馬張而以自己意為監

射埶法其間可謂便且詳矣筆以國字者為使

髦士易曉而其有口授亦將有獲其人耳提面

命之者歟是為叙


寳曆甲戌冬十有二月朔信陽滕曼卿謹題

   〔印形黒字「㐰昜/◇」、白字「曼/卿」〕(㐰‥「信」の古字)


  【訓み下し】

兪穴辨解の引

江漢の岷嶓に出づるや、其の源は夐(とお)く其の流れは脩(なが)し。而して中間に淼漫として天を呑むの勢いの者有り。蓋し水の道は然りと為(す)。孟軻氏謂う、科(あな)に盈(み)ちて而る後に進み、四海に放(いた)る、本有る者は是(かく)の如し、と。夫(か)の經脈の藏府に繫がるを觀るに、亦た猶お水のごときかな。其の流れを異にし派を分かち、縱横逆順、肌肉、之を隄防と為(し)、骨空、之を科窟と為(す)。其の邪の經に在るに方(あた)りては、則ち搏ちて躍らし、激して行(や)らしめば、顙を過ぎ山に在り。是れ豈に水の性なるかな。水を觀るに術有り。故に聖人は骨度を正し、兪穴を辨じ、直(た)だ鍼焫を以て狂瀾を既倒に廻せんと欲する者は、職として此れ之に由る。屬者(このごろ)一得子、其の著す所の

  一ウラ

兪穴解を携えて來たり、余に檢閲を請う。余讀みて廼ち能く其の業を修むる者(こと)を知る。其の書は大氐、攖寧を彀率とし馬張を乘矢とす。而して自己の意を以て射るを監すると為(し)、法を其の間に執(と)る。便且つ詳と謂(いい)つ可し。筆するに國字を以てするは、髦士をして曉し易からしむるが為ならず。而して其の口授有るも、亦た將に其の人を獲て、之に耳提面命すること有らんとする者か。是を叙と為(す)。


寳曆甲戌 冬十有二月朔 信陽滕曼卿謹んで題す


 【注釋】 

 ○江漢‥長江と漢水。 ○岷‥岷山。四川省松潘縣の北に位置し、四川と甘肅省の境となり、長江と黄河、両大水系の分水嶺をなす。岷江。河川の名。四川省境にあり、源は松潘縣西北の岷山に出て、最後は長江に注ぎ入る。 ○嶓‥嶓冢。甘肅省天水縣の西南にあり、漢水の水源地。「兌山」ともいう。 ○夐‥遠い。「迥(はるか)」に通ず。 ○脩‥長い。「修」に通ず。 ○淼漫‥海や川が広く果てしがない。 ○孟軻氏‥孟子(紀元前三七二~前二八九)。軻は名。字は子輿。戦国時代鄒の人。 ○盈科而後進‥『孟子』離婁下「孟子曰、原泉混混、不舍晝夜。盈科而後進、放乎四海、有本者如是、是之取爾/源泉は混混として昼夜を舎(お)かず、料(あな)に盈(み)ちて而る後に進み、四海に放(いた)る。本(もと)有る者は是(か)くの如し。是れ之を取るのみ/水が穴を満たしてから初めて進むように、学問の道もよく順序を踏まえて進むことが大事である」。『集注』「盈、滿也。科、坎也」。「科」は「窠(あな)」に通ず。 ○縱横‥水の流れの曲がりくねるさま。 ○逆順‥流れの順行と逆行。 ○肌肉‥皮膚と筋肉。  ○窟‥洞穴。 ○搏而躍激而行‥『孟子』告子上「今夫水、搏而躍之、可使過顙、激而行之、可使在山。是豈水之性哉。其勢則然也/今夫れ水は、搏ちて之を躍らせば、顙を過ごさしむべく、激して之を行(や)れば、山に在らしむべし。是れ豈に水の性ならんや。其の勢、則ち然らしむるなり」。顙‥額。頭。 ○骨度‥骨の長さを基準とした人体の測り方。 ○兪穴‥ツボ。 ○鍼焫‥鍼灸。焫‥もやす。 ○廻狂瀾於既倒‥韓愈『進學解』「障百川而東之、迴狂瀾於既倒」。力を尽くして悪い局面を挽回する。異端邪説の横行を阻止する。 ○職‥もとより。もっぱら。 ○屬者‥近時、近日。 ○一得子‥村上宗占は土浦藩医員で、名は親方(ちかまさ)、字が宗占、号は一得子。 一ウラ ○大氐‥大抵。 ○彀率‥弓を引き絞る度合い。『孟子』盡心上「大匠不為拙工改廢繩墨、羿不為拙射變其彀率。君子引而不發、躍如也」 ○攖寧‥滑壽の号。 ○乘矢‥四本の矢。『孟子』離婁章句下「發乘矢而後反/弓矢を四発放ったのち帰った」。『正義』「云乘矢者、乘、四矢也」。 ○馬張‥馬玄臺と張介賓。滑・馬・張の著した『十四經發揮』『靈樞註證發微』『類經圖翼』などを弓矢(道具・材料)として、著者は射手(修訂者)となることの比喩か。 ○監‥統率する。 ○埶‥「藝」の異体だが、ここでは「執」字と解した。 ○國字‥カナ。漢字カナ交じり文。 ○髦士‥才知の優れた人物。「蒙士(無知なひと)」の誤りと考えられなくもないが、ひとまず文脈から否定詞を補って訓んだ。 ○曉‥明白に理解する。 ○耳提面命‥懇切丁寧に教える。『詩經』大雅 抑「匪面命之、言提其耳」。 ○寳曆甲戌‥宝暦四(一七五四)年。 ○十有二月‥十二月。 ○朔‥陰暦一日。 ○信陽‥信濃。 ○滕曼卿‥生没年不詳。萬卿とも。姓は加藤。名は章、通称は俊丈、号は筑水。『難經古義』を著す。医学館で『難經』を講じた。本書の卷頭に「東都隱醫 友生 加藤俊丈 校」とある。


兪穴辨解の引

江漢の岷嶓に出づるや、其の源は夐(とお)く其の流れは脩(なが)し。

 【意訳】長江と漢水は,岷山と嶓冢を水源として,その源泉ははるか遠くにあり,その流域は長い。

而して中間に淼漫として天を呑むの勢いの者有り。

 【意訳】その間ははてしなく広く,天を飲み込むほどの勢いがある。

蓋し水の道は然りと為(す)。

 【意訳】思うに水の流れる道というものは,こういうものである。

孟軻氏謂う、科(あな)に盈(み)ちて而る後に進み、四海に放(いた)る、本有る者は是(かく)の如し、と。

 【意訳】孟子は次のように言った。「水が流れる先にくぼみがあれば,それを満たしてから先に進んでいって,ついには中国を取り巻く四方の海に到達する。水源があるものは,みなこのようである。」

夫(か)の經脈の藏府に繫がるを觀るに、亦た猶お水のごときか。

 【意訳】経脈が蔵府に属絡するのを見てみると,水の流れとまったく同じではないか。

其の流れを異にし派を分かち、縱横逆順、肌肉、之を隄防と為(し)、骨空、之を科窟と為(す)。

 【意訳】それぞれ流れが分かれ,縦横に走り,順逆の道をたどりながら,肌肉がその堤防となり,骨の隙間がその流れを収める穴となる。

其の邪の經に在るに方(あた)りては、則ち搏ちて躍らし、激して行(や)らしめば、顙を過ぎ山に在り。

 【意訳】邪気が経脈に入り込むと,ぶつかって跳ね上がり,激しく勢いよく進むと,頭や山までも越えて行く。

是れ豈に水の性なるかな。

 【意訳】(しかし)これは水の本来の性質なのだろうか。

水を觀るに術有り。

 【意訳】水の流れを観察するには方法がある。/『孟子』盡心上:「觀水有術」。

故に聖人は骨度を正し、兪穴を辨じ、直(た)だ鍼焫を以て狂瀾を既倒に廻せんと欲する者は、職として此れ之に由る。

 【意訳】そのため聖人は骨度を正確に定め,腧穴(ツボ)を分析識別して,わずかに鍼灸のみを用いて,すでに荒れ狂う波のような状態の病勢を押し戻そうとするのは,もっぱらこの道理に基づいているのである。

屬者(このごろ)一得子、其の著す所の兪穴解を携えて來たり、余に檢閲を請う。

 【意訳】ちかごろ,一得子(村上親方)が,自著である『兪穴(辨)解』を持参し,校閲を求めた。

余讀みて廼ち能く其の業を修むる者(こと)を知る。

 【意訳】わたくしは読んでみて,かれが医業を習い修めたことが理解できた。

其の書は大氐、攖寧を彀率とし馬張を乘矢とす。

 【意訳】本書は,おおむね攖寧生(滑寿)を弓として,馬蒔(玄台)と張介賓(景岳)を(四本の)矢としている。/滑寿の『十四経発揮』を基準として,馬玄台の『霊枢註証発微』と張介賓の『類経図翼』を参考資料としている。

而して自己の意を以て射るを監すると為(し)、法を其の間に執(と)る。

 【意訳】そして自己の見解をもって的を射る(取穴の)ための監督者として,その手法を用いている。

便且つ詳と謂(いい)つ可し。

 【意訳】実用的であり,なおかつ詳細なものということができる。

筆するに國字を以てするは、髦士〔蒙士?〕をして曉(さと)し易からしむるが為なり。

筆するに國字を以てするは、髦士をして曉し易からしむるが為ならず。

 【意訳】これを(漢文ではなく)漢字カナ交じり文で書いたのは,俊傑(無学の人?)にも理解しやすいようにしたためである。/髦士:才知の優れた人物。「蒙士(無知なひと)」の誤りか。

而して其の口授有るも、亦た將に其の人を獲て、之に耳提面命すること有らんとする者か。

 【意訳】また直接に口頭で教え授けられれば,それにふさわしい人物ならば,懇切丁寧に教えを受けられるだろう。

是を叙と為(す)。

 【意訳】これを序文とする。

寳曆甲戌 冬十有二月朔 信陽滕曼卿謹んで題す

 【意訳】宝暦四年(1754)冬十二月一日 信濃の加藤曼卿(章)つつしんで書き記す


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兪穴辨解序

經脉篇黄帝曰經絡所以能決死生處百

病調虚實不可不通焉愚按學經絡者欲

處百病調虚實者也因茲施鍼灸施鍼灸

者必要兪穴要兪穴者必正骨度骨度正

而要兪穴迎隨開闔行其宜而取効也葢

兪穴之正在骨度骨度不正則兪穴不正

雖施鍼灸無効而反有害也必矣歴代先

哲著經絡鍼灸書而汗牛充棟不乏于世

    二ウラ

然其中語意簡古淵玄而未易曉故吾子

第患之葢按先哲各有得失余不敏讚其

得而補其失參挾諸説而作為兪穴辨解

二卷骨度正誤圖説一卷竒經八脉銅人

形系經訣一卷凡四卷以授子第不敢備

達人云爾

寛保二歳次壬戌春三月

東都 村上親方宗占述〔印形白字「村上/氏」、黒字「親方/宗占」〕


  【訓み下し】

兪穴辨解の序

經脉篇、黄帝の曰く、經絡は能く死生を決して、百病を處し、虚實を調うる所以、通ぜざる可からず、と。愚按ずるに、經絡を學ぶ者は、百病を處し虚實を調えんと欲する者なり。茲に因って鍼灸を施す。鍼灸を施す者は、必ず兪穴を要(もと)む。兪穴を要むる者は、必ず骨度を正す。骨度正して兪穴を要め、迎隨開闔、其の宜を行いて、效を取るなり。蓋し兪穴の正しきは、骨度に在り。骨度正からざる則(とき)は、兪穴正しからず。鍼灸を施すと雖も、效無くして反って害有ること必せり。歴代先哲、經絡鍼灸の書を著して、牛に汗し棟充つ。世に乏しからず。

    二ウラ

然れども其の中、語意、簡古淵玄にして未だ曉し易からず。故に吾が子第、之を患(うれ)う。蓋し按ずるに先哲各おの得失有り。余不敏、其の得るを讚して、其の失を補い、諸説を參挾して、兪穴辨解二卷、骨度正誤圖説一卷、奇經八脉銅人形系經訣一卷、凡そ四卷を作為して、以て子第に授く。敢えて達人に備えずと云爾(いうのみ)。

寛保二歳次壬戌 春三月

東都 村上親方宗占述ぶ


 【注釋】 

 ○經脉篇‥『靈樞』の篇名。 ○語意‥ことばの意味。 ○簡古‥簡単素朴で古雅。 ○淵玄‥深奥。 ○曉‥知る。 ○子第‥子弟。弟子。門人。学生。 ○患‥思い悩む。苦痛に思う。 ○先哲‥前代の賢者。 ○不敏‥不才。謙遜語。 ○讚‥ここでは「攢(あつめる)」の意か。 ○參挾‥まじえる。 ○骨度正誤圖説一卷‥宝暦二(一七五二)年跋刊。九州大学附属図書館画像データベースに一部の画像あり。『古典全書』卷十五所収。 ○竒經八脉銅人形系經訣一卷‥九州大学所蔵『銅人形引經訣』と弘前図書館所蔵『銅人形引經之訣』はともに寛政五年刊で、書名の取り方の違いによるか。『古典全書』卷三十五所収。 ○達人‥事理に通達したひと。 ○云爾‥語末の助詞。 ○寛保二歳次壬戌‥一七四二年。 ○東都‥江戸。


兪穴辨解の序

經脉篇、黄帝の曰く、經絡は能く死生を決して、百病を處し、虚實を調うる所以、通ぜざる可からず、と。

 【意訳】『霊枢』経脈篇に,「黄帝が言った。経絡は生死(預後)を判断し,あらゆる病気に対処し,虚と実とを調整する手段であり,是非とも通暁すべきである,と」とある。

愚按ずるに、經絡を學ぶ者は、百病を處し虚實を調えんと欲する者なり。

 【意訳】わたくしが鑑みるに,経絡を学習した醫者は,あらゆる病気に対処して虚実を調整したいと思っているのである。

茲に因って鍼灸を施す。

 【意訳】それにもとづいて鍼灸をおこなう。

鍼灸を施す者は、必ず兪穴を要(もと)む。

 【意訳】鍼灸をおこなうひとには,かならず腧穴が必要である。

兪穴を要むる者は、必ず骨度を正す。

 【意訳】腧穴を求めるためには,かならず正確に骨度を取る必要がある。

骨度正して兪穴を要め、迎隨開闔、其の宜を行いて、效を取るなり。

 【意訳】正確に骨度を取り,腧穴を求め,補瀉のための手技である,迎随・開闔などを適切におこなって,治療効果を得るのである。

蓋し兪穴の正しきは、骨度に在り。

 【意訳】思うに,腧穴を正しく取る基本は,骨度にある。

骨度正からざる則(とき)は、兪穴正しからず。

 【意訳】骨度を正確にとれなければ,腧穴の位置も誤ってしまう。

鍼灸を施すと雖も、效無くして反って害有ること必せり。

 【意訳】鍼灸をおこなっても,効果が無いどころか,害になることは必定である。

歴代先哲、經絡鍼灸の書を著して、牛に汗し棟充つ。

 【意訳】古くから優れた人たちが,経絡・鍼灸に関する書籍を著わして,その数はおびただしい。

世に乏しからず。

 【意訳】世にあふれている。

然れども其の中、語意、簡古淵玄にして未だ曉し易からず。

 【意訳】しかし,その内容は,ことばが簡素で奥深く,理解が困難である。

故に吾が子第、之を患(うれ)う。

 【意訳】そのため,わたくしの門弟たちは,思い悩んでいる。

蓋し按ずるに先哲各おの得失有り。

 【意訳】思うに,昔の優れた人たちにも,それぞれ良い点と悪い点がある。

余不敏、其の得るを讚して、其の失を補い、諸説を參挾して、兪穴辨解二卷、骨度正誤圖説一卷、奇經八脉銅人形系經訣一卷、凡そ四卷を作為して、以て子第に授く。

 【意訳】わたくしは賢くないが,自分が得たものを集めて,欠けているものを補い,多くの見解をまじえて,『兪穴辨解』二巻・『骨度正誤図説』一巻・『奇経八脈銅人形系経訣』一巻,合計四巻を作って,弟子に与えた。

敢えて達人に備えずと云爾(いうのみ)。

 【意訳】進んでその道に通じた人ために用意したものではない。

寛保二歳次壬戌 春三月

 【意訳】寛保二年(1742)みずのえ・いぬ,春三月

東都 村上親方宗占述ぶ

 【意訳】江戸 村上親方(宗占) 書き記す

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