5-7 十四經全圖 小坂元祐撰
京大富士川文庫所蔵(シ/一三七)
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十四經全圖序
醫之療疾有三術曰鍼曰灸曰湯藥而湯藥可
以通徹臓腑則瀉實補虚之力莫過焉若夫回死
眼前立功言下則鍼與灸之力居多焉而鍼灸之要
專在臨症取其兪穴中其肯綮則非亦能審其
臓腑與經絡洞見邪之所伏匿使之無所逃遁者則
不能也昔在太朴之世未有藥物專用砭焫以醫百
病無㕮咀搗篩之勞而躋人於壽域斯此道之鼻
一ウラ
祖而已矣然則用之當今寒郷乏藥物所與其宜
用者其功亦猶古矣予師牛淵先生向已著經穴
籑要以問于四方今亦著十四經全圖五彩特別
臓腑形色以使初學觀而易辨其用心勤矣後
之君子能補其闕正其所不及則是師之意云
文化九年壬申仲冬
水府醫官 大橋弘道子稽識
〔印形白字「弘道/印」、黒字「字/子稽」〕
【訓み下し】
十四經全圖の序
醫の疾を療する、三術有り。曰く鍼、曰く灸、曰く湯藥。而して湯藥、以て臓腑に通徹す可きときは、〔則ち〕實を瀉し虚を補うの力、焉(これ)に過ぐるは莫し。若し夫れ死を眼前に回(かえ)し、功を言下に立つるは、鍼と灸との力、多きに居る。而して鍼灸の要、專ら症に臨んで其の兪穴を取り、其の肯綮に中(あ)たるに在るときは、〔則ち〕亦た能く其の臓腑と經絡とを審(つまび)らかにし、邪の伏匿する所を洞見し、之をして逃(のが)れ遁(かく)るる所無からしむる者に非ざるときは、〔則ち〕能わざるなり。昔在(むかし)太朴の世未だ藥物有らず。專ら砭焫を用いて、以て百病を醫す。㕮咀搗篩の勞無くして、而して人を壽域に躋す。斯れ此の道の鼻
一ウラ
祖のみ。然らば則ち之を當今、寒郷、藥物に乏しき所と、其の宜しく用ゆべき者とに用いば、其の功亦た猶お古(いにしえ)のごとくならん。予が師、牛淵先生、向(さき)に已に經穴籑要を著し、以て四方に問う。今ま亦た十四經全圖を著し、五彩特(こと)に臓腑の形色を別ち、以て初學をして觀て辨じ易からしむ。其の心を用ゆること勤めたり。後の君子能く其の闕を補い、其の及ばざる所を正さば、則ち是れ師の意と云う。
文化九年壬申 仲冬
水府醫官 大橋弘道子稽識(しる)す
【注釋】
○回死‥起死回生。瀕死の重病人を救う。 ○言下‥すぐに。 ○居多‥多数を占める。 ○肯綮‥物事の急所。大切な所。事の要所。「肯」は骨についた肉、「綮」は肉と骨のつなぎめの意から。 ○洞見‥洞察。物事の先の先まで見抜く。 ○伏匿‥かくれる。 ○太朴‥太古素朴。 ○砭‥砭石。石針。基本的に膿や血を出すのに用いた。 ○焫‥もやす。灸。 ○醫‥動詞用法。いやす。治療する。 ○百病‥各種の疾病。あらゆる病気。 ○㕮咀‥もともとは「噛み砕く」意。薬物をきざむこと。 ○搗篩‥突き砕き、ふるいにかける。 ○躋‥のぼらす。 ○壽域‥長壽の域。『重廣補注黄帝内經素問』序「和氣可召、災害不生、陶一世之民、同躋于壽域矣」。 ○鼻祖‥始祖、創始者。 一ウラ ○當今‥現在。 ○寒郷‥貧しい地方。 ○牛淵先生‥小坂(阪)元祐。 ○經穴籑要‥文化七(一八一〇)年序。『鍼灸医学典籍大系』『鍼灸医学典籍集成』などにも影印収録。 ○文化九年壬申‥一八一二年。 ○仲冬‥旧暦十一月。 ○水府‥水戸。 ○大橋弘道子稽‥
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十四經全圖の序
醫の疾を療する、三術有り。
【意訳】医学において疾病を治療するには,三つの方法がある。
曰く鍼、曰く灸、曰く湯藥。
【意訳】鍼と灸と湯薬である。
而して湯藥、以て臓腑に通徹す可きときは、〔則ち〕實を瀉し虚を補うの力、焉(これ)に過ぐるは莫し。
【意訳】湯薬は,臓腑に染み渡らせることができて,実を瀉して虚を補う力に関しては,これに勝るものはない。
若し夫れ死を眼前に回(かえ)し、功を言下に立つるは、鍼と灸との力、多きに居る。
【意訳】死を目前にして起死回生の治療効果をすぐさま挙げることができるのは,鍼と灸の力が多数を占める。
而して鍼灸の要、專ら症に臨んで其の兪穴を取り、其の肯綮に中(あ)たるに在るときは、〔則ち〕亦た能く其の臓腑と經絡とを審(つまび)らかにし、邪の伏匿する所を洞見し、之をして逃(のが)れ遁(かく)るる所無からしむる者に非ざるときは、〔則ち〕能わざるなり。
【意訳】そして鍼灸の要点は,ひたすら病症に対して適切な穴を取ることであり,その急所は蔵府と経絡をはっきりつかみ,邪が潜んでいる場所を見抜いて,逃れ隠れることができなくすることであり,それができなければ全うできない。
昔在(むかし)太朴の世未だ藥物有らず。
【意訳】むかしの素朴な時代には,薬物は存在しなかった。
專ら砭焫を用いて、以て百病を醫す。
【意訳】ただ砭石と灸焫を使用して,種々の病気を治療した。
㕮咀搗篩の勞無くして、而して人を壽域に躋す。
【意訳】薬物を砕いたりふるいにかけて調剤するような苦労はなくとも,人を長寿の領域に到達させることができた。
斯れ此の道の鼻祖のみ。
【意訳】これ(ができたの)は,この医道の創始者のみである。
然らば則ち之を當今、寒郷、藥物に乏しき所と、其の宜しく用ゆべき者とに用いば、其の功亦た猶お古(いにしえ)のごとくならん。
【意訳】そうであれば,現代において,片田舎と薬物が手に入りにくい場所でも,適切な用法が用いられるならば,その治療効果は古代と同じであろう。
予が師、牛淵先生、向(さき)に已に經穴籑要を著し、以て四方に問う。
【意訳】わたくしの師である牛淵先生は,かつて『経穴籑要』を著わして,天下の諸国にその価値を問うた。
今ま亦た十四經全圖を著し、五彩特(こと)に臓腑の形色を別ち、以て初學をして觀て辨じ易からしむ。
【意訳】今また『十四経全図』を著わして,五色を使って臓腑に対応した経脈の線を分けて初学者が見てわかりやすくした。
其の心を用ゆること勤めたり。
【意訳】その心配りは,周到である。
後の君子能く其の闕を補い、其の及ばざる所を正さば、則ち是れ師の意と云う。
【意訳】後世の優れた人がこの本の欠けているところを補って,不足不満なところを補正してくれたら,それこそ吾が師の意に叶うことである。
文化九年壬申 仲冬
【意訳】文化九年(1812)十一月
水府醫官 大橋弘道子稽識(しる)す
【意訳】水戸藩医 大橋弘道子稽 記す
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叙
明王之為天下正人倫開教化者文也誅亂逆禁姦宄者武也有
文而無武則無以威天下矣有武而無文則民畏不親也文武相
須而天下治焉良毉之為疾辛苦甘酸以治之於内者藥石也穴
兪繫落以治之於外者鍼灸也或藥石不達者鍼灸之或鍼灸不
行者藥石之有藥石而無鍼灸有鍼灸而無藥石理療之道堙而
不通是故古之明毉皆藥石鍼灸相須相須以藥石鍼灸者譬猶
文武之為天下然而近世毉流日就陵夷到明堂兪經之學最晻
昧矣龜山毉官牛淵先生以沈實之資駕深湛之思奮然特起拾
之於虞泉以五十年刻苦盡極其淵源於鍼灸繫落之一學以為
己任矣嗚呼於是乎明堂之晦也杲〃而復明焉從是海内志軒
ウラ
岐之學者勃然歃血明堂同盟兪經以先生為桓文者日月蜂起
向先生所撰經穴籑要奇偶繫落全備且考據精確纂集博洽雖
然特脱緫繫全圖今又門人欲以此補之矣夫各繫以各色作之
者其來舊矣孫眞人云十二繫落五色作之竒繫八脉以緑色為
之石藏用繪為正背兩圖十二繫落各以其色別之此其尤彰著
者也其他姑置明眼之士皆能知之又何俟予喋々焉凡今日泝
明堂之源者不可不以此為櫓楫也刻成而先生閲之命予曰此
舉也子為一言辨其篇端嗟乎予小生黄口而乳臭又何言乎又
何言乎雖然先生之命峻辤之亦非禮也因聊表各繫各色之説
并論先生於此學為一代之主盟矣或以予為阿所好者亦所不
辤也 文化壬申仲冬幾望 愛日 阪輪杲卿文登拜題
〔印形黒字「杲」「卿」〕
【訓み下し】
叙
明王の天下を為(おさ)むるに、人倫を正し教化を開く者は、文なり。亂逆を誅し、姦宄を禁ずる者は、武なり。文有りて武無くんば、則ち以て天下を威(おど)すこと無し。武有りて文無くんば、則ち民畏れて親しまざるなり。文武相い須(もち)いて天下治まる。良醫の疾を為(おさ)むるに、辛苦甘酸、以て之を内に治むる者は、藥石なり。穴兪繫落、以て之を外に治むる者は、鍼灸なり。或いは藥石達せざる者は、之に鍼灸し、或いは鍼灸行わざる者は、之に藥石す。藥石有りて鍼灸無く、鍼灸有りて藥石無くば、理療の道堙(ふさ)がりて通ぜず。是の故に古(いにしえ)の明醫は、皆な藥石鍼灸相い須(もち)う。相い須いるに藥石鍼灸を以てする者は、譬えば猶お文武の天下を為(おさ)むるがごとし。然り而して近世の醫流、日に陵夷に就き、明堂兪經の學に到っては、最も晻昧なり。龜山醫官牛淵先生、沈實の資を以て、深湛の思を駕し、奮然として特(ひと)り起ち、之を虞泉に拾い、五十年の刻苦を以て、盡く其の淵源を極め、鍼灸繫落の一學に於いて、以て己の任と為(す)。嗚呼、是(ここ)に於いて明堂の晦きや、杲杲として復た明らかなり。是れに從り海内、軒
ウラ
岐の學を志す者勃然として血を明堂に歃(すす)りて兪經を同盟し、先生を以て桓文と為す者、日々月々に蜂起す。向(さき)に先生撰する所の經穴籑要は、奇偶繫落全く備わり、且つ考據は精確、纂集は博洽なり。然りと雖も特(ひと)り緫繫の全圖のみを脱す。今ま又た門人、此を以て之を補わんと欲す。夫れ各繫、各色を以て之を作る者、其の來たるや舊(ふる)し。孫眞人云う、十二繫落、五色もて之を作る、奇繫八脉は緑色を以て之を為す、と。石藏用、繪(えが)いて正背兩圖を為(つく)り、十二繫落、各おの其の色を以て之を別つ。此れ其の尤も彰著なる者なり。其の他は姑く置く。明眼の士、皆な能く之を知る。又た何ぞ予が喋々を俟たん。凡そ今日、明堂の源に泝(さかのぼ)る者、此れを以て櫓楫と為(せ)ざる可からざるなり。刻成りて先生、之を閲(けみ)す。予に命じて曰く、此の舉や、子、一言を為し、其の篇端に辨ぜよ、と。嗟乎(ああ)、予小生黄口にして乳臭し。又た何をか言わんや。又た何をか言わんや。然りと雖も、先生の命、之を峻辭するも、亦た禮に非ざるなり。因って聊か各繫各色の説を表し、并びに先生、此の學に於いて一代の主盟を為すを論ず。或いは予を以て好む所に阿(おもね)ると為す者も、亦た辭せざる所なり。 文化壬申 仲冬幾望 愛日 阪輪杲卿文登拜して題す
【注釋】
○明王‥聖明なる君主。 ○為‥「治」と同意。統治する。後文では治療するの意。 ○人倫‥人として守るべき道。 ○教化‥教え導き感化して善に進ませる。 ○文‥礼節。美徳。文化・教養・学術全般。 ○誅‥討伐する。懲罰する。 ○亂逆‥国家や社会の安定をかき乱すこと。 ○姦宄‥盗賊などが法を犯し乱をなすこと。 ○武‥軍事、暴力などに関する事柄。「文」の対。 ○威‥震え上がらせて従わせる。威圧する。 ○辛苦甘酸‥五味。「鹹」は下文の「穴兪繫落」と対にするため省略されているのであろう。 ○藥石‥ここでは薬物の意。もともとは方薬と砭石。ひいては治療一般。 ○穴兪‥いわゆる「ツボ」。 ○繫落‥経絡。「繫」は「つなぐ」意。「落」はおそらく『漢書』藝文志にある「醫經者、原人血脈經落骨髓陰陽表裏……」による。 ○理療‥治療。「理」はおさめるで、「治」の意。 ○堙‥埋没する。うもれる。 ○然而‥逆接の接続詞。 ○陵夷‥徐々に衰微すること。 ○明堂兪經之學‥鍼灸の兪穴と経絡に関する学問。 ○晻昧‥暗い。隠れて埋没する。 ○龜山‥丹後亀山藩。 ○牛淵先生‥小坂(阪)元祐。 ○沈實‥着実。深く篤実。 ○資‥資質。天から授かった才智。 ○駕‥乗せる。動かす。 ○深湛‥深く厚い。深く透徹した。 ○奮然‥奮い立つさま。 ○虞泉‥虞淵。伝説で日が没するところ。黄昏。晻昧と同じで、明堂兪經の學が衰頽したことの比喩。 ○淵源‥事物の本原。 ○於是乎‥順接の接続詞。 ○杲杲‥日光の明るいさま。 ○海内‥天下。四海の内。 ○軒岐之學‥医学。黄帝(軒轅)と岐伯の学。 ウラ ○勃然‥奮起するさま。 ○歃血‥血をすすって盟誓すること。『靈樞』禁服「割臂歃血之盟也」。 ○明堂‥古代の天子が政治を行う場所。明堂において黄帝が雷公に経脈に関する伝授をしたとされるため、医学では経穴に関連する書籍の題名として「明堂」が用いられる。経穴学書を明堂經といい、経穴図を明堂圖という。『事物紀原』卷七明堂「今醫家記鍼灸之穴、為偶人、點誌其處、名明堂。按銅人腧穴圖序曰、黄帝問岐伯、以人之經絡窮妙于血脈、參變乎隂陽、盡書其言、藏於金蘭之室。洎雷公請問、乃坐明堂、以授之。後世之言明堂者以此」。張杲『醫説』卷二鍼灸にも引用される。 ○桓文‥春秋時代の覇者である、斉の桓公と晋の文公をまとめた言い方。 ○經穴籑要‥文化七(一八一〇)年刊行。 ○奇偶繫落‥穴がひとつしかない督脈・任脈(奇)と左右対称にある十二経脈(偶)のことか。 ○考據‥考証。 ○博洽‥学識がひろい。 ○緫繫全圖‥すべての経脈を網羅した図。 ○孫眞人云‥『備急千金要方』卷二十九・明堂三人圖第一「其十二經脈、五色作之、奇經以緑色為之」。 ○石藏用‥宋代の医家。石用之。藏用は字。明・邱濬撰『重編瓊臺藁』卷九所収『明堂經絡前圖序』「有石藏用者、按其状、繪為正背二圖、十二經絡、各以其色別之」。 ○喋々‥口数の多いさま。 ○櫓楫‥舟を漕ぐための櫂。ロとカイ。櫓は大きく、楫は短い。 ○閲‥検閲する。閲読する。 ○辨‥ここでは「弁(前に置く。序文を書く)」の意か。 ○小生‥自称。謙遜していう。 ○黄口‥ひな鳥のくちばし。幼い子。 ○乳臭‥口中に乳の味が残っている。幼くて無知なことの比喩。 ○峻辤‥「辤」は「辭」の異体。固辞する。 ○主盟‥盟主。 ○文化壬申‥文化九(一八一二)年。 ○仲冬‥旧暦十一月。 ○幾望‥陰暦の十四日。 ○愛日‥冬の日。日差しが恋しい時節。 ○阪輪杲卿文登‥未詳。『古典全書』解説は、「杲」を「果」にあやまる。
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叙
【意訳】序文
明王の天下を為(おさ)むるに、人倫を正し教化を開く者は、文なり。
【意訳】聖明なる君主が世界を統治するために,人としての守るべき道を正しくし,教え導き善に進ませるものは,文(礼節・美徳)である。
亂逆を誅し、姦宄を禁ずる者は、武なり。
【意訳】反乱を討伐し,法に反する盗賊などを禁止するものは,武(軍事・暴力)である。
文有りて武無くんば、則ち以て天下を威(おど)すこと無し。
【意訳】文があっても武がなければ,世界を威圧して従わせられない。
武有りて文無くんば、則ち民畏れて親しまざるなり。
【意訳】武があっても文がなければ,民衆は恐れおののいて近づいてこない。
文武相い須(もち)いて天下治まる。
【意訳】文と武の両方を用いてはじめて世界は治まる。
良醫の疾を為(おさ)むるに、辛苦甘酸、以て之を内に治むる者は、藥石なり。
【意訳】優れた医者が病を治療するのに,五味によって内から治療するものは,薬物である。
穴兪繫落、以て之を外に治むる者は、鍼灸なり。
【意訳】兪穴や経絡によって,外から治療するものは,鍼灸である。
或いは藥石達せざる者は、之に鍼灸し、或いは鍼灸行わざる者は、之に藥石す。
【意訳】もし薬物が病所に到達しない場合は鍼灸をおこない,もし鍼灸をおこなえない場合は薬物を用いる。
藥石有りて鍼灸無く、鍼灸有りて藥石無くば、理療の道堙(ふさ)がりて通ぜず。
【意訳】薬物があっても鍼灸がなければ,鍼灸があっても薬物がなければ,治療の道は閉ざされて通じない。
是の故に古(いにしえ)の明醫は、皆な藥石鍼灸相い須(もち)う。
【意訳】そのため古代の優れた医者は,みな薬物と鍼灸をともに用いた。
相い須いるに藥石鍼灸を以てする者は、譬えば猶お文武の天下を為(おさ)むるがごとし。
【意訳】薬物と鍼灸の両方を用いるのは,たとえていえば,文と武の両方をもちいて世界を統治するのと同じである。
然り而して近世の醫流、日に陵夷に就き、明堂兪經の學に到っては、最も晻昧なり。
【意訳】ところが,近代の医学は,日々衰退に向かっており,なかでも経絡経穴学は一番暗く埋没している。
龜山醫官牛淵先生、沈實の資を以て、深湛の思を駕し、奮然として特(ひと)り起ち、之を虞泉に拾い、五十年の刻苦を以て、盡く其の淵源を極め、鍼灸繫落の一學に於いて、以て己の任と為(す)。
【意訳】亀山藩医の牛淵先生は,篤実な資質を持ち,深く透徹した思考を操り,奮い立って突出し,経絡経穴学を衰退の淵からすくい上げ,勤勉に辛苦すること五十年,経絡経穴学の本源をすべて探求し尽くし,鍼灸経絡という一つの学問を自分の任務となした。
嗚呼、是(ここ)に於いて明堂の晦きや、杲杲として復た明らかなり。
【意訳】ああ,こうして明堂という経穴学の不明は,日の光を浴びてふたたび明らかになった。
是れに從り海内、軒岐の學を志す者勃然として血を明堂に歃(すす)りて兪經を同盟し、先生を以て桓文と為す者、日々月々に蜂起す。
【意訳】これによって世界の医学を志向する人々が奮起して,明堂という天子が政治をおこなう場所に置いて,血をすすって経穴学について同盟を結び,牛淵先生を春秋時代の覇者である桓公と文公とみなすものが,毎日毎月ミツバチのように群がり起こるようになった。
向(さき)に先生撰する所の經穴籑要は、奇偶繫落全く備わり、且つ考據は精確、纂集は博洽なり。
【意訳】先生が以前編纂した『経穴纂要』には,一穴しかない任脈・督脈と二穴ある十二経脈がすべて備わっていて,その上考証は精確で,集められた証拠は広汎である。
然りと雖も特(ひと)り緫繫の全圖のみを脱す。
【意訳】しかしながら,すべての経脈を網羅した図だけが漏れている。
今ま又た門人、此を以て之を補わんと欲す。
【意訳】(そこで)いままた門弟が図を補おうとした。
夫れ各繫、各色を以て之を作る者、其の來たるや舊(ふる)し。
【意訳】各経脈をそれぞれ色づけするのは,その来歴には古いものがある。
孫眞人云う、十二繫落、五色もて之を作る、奇繫八脉は緑色を以て之を為す、と。
【意訳】孫思邈は,(『千金方』で),「十二経絡は五(行の)色とし,奇経八脈は緑色とする」と言った。
石藏用、繪(えが)いて正背兩圖を為(つく)り、十二繫落、各おの其の色を以て之を別つ。
【意訳】(宋代の)石蔵用は,正面と背面の二つの人体図を作成し,十二経絡をそれぞれ五色で描き分けた。
此れ其の尤も彰著なる者なり。
【意訳】これがそのとりわけ顕著なものである。
其の他は姑く置く。
【意訳】その他については,ここではしばらく論じない。
明眼の士、皆な能く之を知る。
【意訳】見識者は,これについてはみなよく知っている。
又た何ぞ予が喋々を俟たん。
【意訳】またどうしてわたくしが多く語る必要があろうか。
凡そ今日、明堂の源に泝(さかのぼ)る者、此れを以て櫓楫と為(せ)ざる可からざるなり。
【意訳】今日において,明堂=経絡経穴の源流にさかのぼって研究しようとするものは,本書を用いて,(源流にさかのぼる)船を進めるための櫂(かい)にぜひともすべきである。
刻成りて、先生 之を閲(けみ)す。
【意訳】版木ができあがり,(印刷された物を)先生が点検した。
予に命じて曰く、此の舉や、子、一言を為し、其の篇端に辨ぜよ、と。
【意訳】先生はわたくしに,「このおこない(出版)について,あなたが文章を書いて,序文とせよ」と命じられた。
嗟乎(ああ)、予小生黄口にして乳臭し。
【意訳】ああ,わたくしは,くちばしがまだ黄色い雛であり,まだ乳の臭いがする青二才である。
又た何をか言わんや。又た何をか言わんや。
【意訳】いったい,何を言うことがあろうか。いったい,何を言うことがあろうか。
然りと雖も、先生の命、之を峻辭するも、亦た禮に非ざるなり。
【意訳】そうはいっても,先生の命令である。これを固辞することも,やはり礼に悖るものである。
因って聊か各繫各色の説を表し、并びに先生、此の學に於いて一代の主盟を為すを論ず。
【意訳】そのため,わずかばかり各経脈がそれぞれ五色で区別された説を示し,あわせて先生がこの経穴経絡学において,現代の盟主であることを論じた。
或いは予を以て好む所に阿(おもね)ると為す者も、亦た辭せざる所なり。
【意訳】わたくしを自分が愛好する対象におもねっているという人がいるかもしれなが,わたくしとしては,ためらうことはない。
文化壬申 仲冬幾望 愛日 阪輪杲卿文登拜して題す
【意訳】文化九年十一月十四日,冬の日,阪輪杲卿文登 拝礼して記す
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刻十四經惣圖跋
夫醫家之有經猶地有山川
也地而無山川則不能導水脉
也醫而廢經絡則不能施針藥
矣其所關也不亦重乎方今之
世操刀圭者不知幾千萬人矣
而精心於經絡者如牛淵先生
者一人而已先生之精微於經
十六ウラ
絡天下之所知也不待小子之
言嚮著經穴籑要腧穴捷径既
行於世今又校定十四經舊圖
是正其紕繆授剞劂氏小子不
堪其雀躍之情敢以蛇足跋卷
末云
文化九年壬申十二月
本多春泰謹識
〔印形黒字「◇春/田◇」〕
【訓み下し】
刻十四經惣圖跋
夫(そ)れ醫家の經有るは、猶お地に山川有るがごとくなり。地にして山川無ければ、則ち水脉を導くこと能わざるなり。醫にして經絡を廢すれば、則ち針藥を施すこと能わざるなり。其の關わる所や、亦た重からざるや。方今の世に刀圭を操る者、幾千萬人なるを知らず。而して心を經絡に精にする者、牛淵先生の如き者は、一人のみ。先生の經
十六ウラ
絡に精微なるは、天下の知る所なり。小子の言を待たず。嚮(さき)に經穴籑要、腧穴捷徑を著し、既に世に行わる。今ま又た十四經舊圖を校定し、其の紕繆を是正し、剞劂氏に授く。小子、其の雀躍の情に堪えず、敢えて蛇足を以て、卷末に跋すと云う。
文化九年壬申 十二月
本多春泰謹んで識(しる)す
【注釋】
○十四經惣圖‥「十四經全圖」の別名。「惣」は、「揔」と同じく「總・総」の異体字。すべて。全部。 ○刀圭‥薬をはかる器具。薬物。医術。 ○紕繆‥錯誤。 ○剞劂氏‥出版業者。 ○小子‥自称。謙遜語。 ○雀躍‥心中喜びきわまりないさま。 ○本多春泰‥
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刻十四經惣圖跋
【意訳】『十四経総図』(『十四経全図』)を刻する跋文
夫(そ)れ醫家の經有るは、猶お地に山川有るがごとくなり。
【意訳】そもそも医学に経脈があるのは,大地に山川があるのと同じである。
地にして山川無ければ、則ち水脉を導くこと能わざるなり。
【意訳】大地に山川がなければ,河川の水脈を導くことができない。
醫にして經絡を廢すれば、則ち針藥を施すこと能わざるなり。
【意訳】医学において経絡を廃止してしまえば,鍼灸薬物を施用することができなくなる。
其の關わる所や、亦た重からざるや。
【意訳】その関連する医療も,また重大ではないか。
方今の世に刀圭を操る者、幾千萬人なるを知らず。
【意訳】現今の医術に携わるひとは,どれほど多くいるかわからない。
而して心を經絡に精にする者、牛淵先生の如き者は、一人のみ。
【意訳】しかし経絡に専念するひとで,牛淵先生のようなひとは,ひとりだけである。
先生の經絡に精微なるは、天下の知る所なり。
【意訳】先生が経絡に関して精しく緻密であることは,天下の誰でも知っていることである。
小子の言を待たず。
【意訳】わたくしが言うまでもない。
嚮(さき)に經穴籑要、腧穴捷徑を著し、既に世に行わる。
【意訳】(先生は)以前,『経穴纂要』と『兪穴捷径』を著作し,すでに世間に広く流布している
今ま又た十四經舊圖を校定し、其の紕繆を是正し、剞劂氏に授く。
【意訳】いままた,十四経の古い図を比較して本来あるべき形を定め,その誤謬を正して,出版することとなった。
小子、其の雀躍の情に堪えず、敢えて蛇足を以て、卷末に跋すと云う。
【意訳】わたくしは,こおどりするほどの喜びの感情を抑えきれず,蛇足であることを重々知りながら,あえて本書の末に跋文を草することにした。
文化九年壬申 十二月
【意訳】文化九年みずのえさるの十二月
本多春泰謹んで識(しる)す
【意訳】本多春泰が謹んで書き記す
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