5-8 刺灸必用 小坂元祐撰
杏雨書屋所蔵(乾三六二八)
凡例
一鍼灸之書世間固多然至於經絡主治
約而備者則甚寡若有之則卷帙浩繁
皆不便於挾携先師牛淵先生[小坂營昇字元
祐亀山之藩醫]有深慨于此故有兪穴捷徑之
作近者又選定必用盖捷徑者解經絡
必用者記主治二書相通而其意全可
一ウラ
謂兼備矣
一此書先師隨見而採摘古今主治最要
者故千金外臺或載或否其意一在去
煩而就約其名必用亦有以也
一經穴次序一依於捷徑〃〃大約本于
滑壽發揮然發揮之為書脱誤頗多今
盡補正焉且註新補字於某穴下而以
二オモテ
便于搜索
一各經氣血多少則刺灸之所繫矣豈可
忽乎且經穴中刺灸禁忌舊藁闕落者
居多今皆因諸書而増補
一舊藁題曰針灸必用其章竊以為針者
物也灸者用也不可併言故更題曰刺
灸必用矣先師亦可無遺憾于地下也
二ウラ
文化丙子秋日 谷其章識
〔印形黒字「◇/◇」〕
【訓み下し】
凡例
一(ひとつ)、鍼灸の書、世間固(もと)より多し。然れども經絡主治の約にして備わる者に至っては、則ち甚だ寡なし。若(も)し之れ有れば、則ち卷帙浩繁、皆な挾携に不便なり。先師牛淵先生〔小坂營昇、字は元祐、龜山の藩醫〕、此に深き慨き有り。故に『兪穴捷徑』の作有り。近者(ちかごろ)、又た『必用』を選定す。蓋し『捷徑』は經絡を解し、『必用』は主治を記す。二書相い通じて、而して其の意全し。兼ね備わると謂(いい)つ可し。
一ウラ
一、此の書、先師、見るに隨いて古今の主治の最も要なる者を採摘す。故に『千金』『外臺』、或いは載せ、或いは否(しかせ)ず。其の意、一に煩を去りて約に就くに在り。其の名、『必用』も亦た以(ゆえ)有るなり。
一、經穴の次序、一に『捷徑』に依る。『捷徑』は大約、滑壽が『發揮』に本づく。然れども『發揮』の書為(た)るや、脱誤頗る多し。今ま盡く補正す。且つ註して新たに字を某穴の下に補い、而して以て搜索に便にす。
二オモテ
一、各經の氣血の多少は、則ち刺灸の繫(か)かる所なり。豈に忽(ゆるが)せにす可けんや。且つ經穴中の刺灸禁忌、舊藁、闕落する者多きに居る。今ま皆な諸書に因って増補す。
一、舊藁題して『針灸必用』と曰う。其章、竊(ひそ)かに以為(おもえ)らく、針なる者は物なり。灸なる者は用なり。併言す可からず。故に題を更えて『刺灸必用』と曰う。先師も亦た地下に遺憾無かる可けんや。
二ウラ
文化丙子 秋日 谷其章識(しる)す
【注釋】
○約‥簡要、精練。 ○備‥完備。そろっている。 ○卷帙浩繁‥書籍が非常に多い。ここでは一冊の書籍でもその分量が非常に多いこと。 ○挾携‥携帯。 ○先師‥亡くなられた先生。 ○亀山‥丹波亀山藩。 ○兪穴捷徑‥寛政五(一七九三)年刊。一卷。一冊。 一ウラ ○千金‥唐・孫思邈『備急千金要方』『千金翼方』。 ○外臺‥唐・王燾『外臺祕要方』。 ○滑壽發揮‥元・滑壽『十四經發揮』。 二オモテ ○闕落‥欠落。 ○居多‥多数を占める。 ○其章‥本書の鈔録者、谷其章。 ○物‥物質。名詞。 ○用‥働き。動詞。 ○地下‥冥土。 二ウラ ○文化丙子‥文化十三(一八二六)年。 ○谷其章‥字は子憲。
凡例
【意訳】例言。編述の目的・方針・書中の約束事など。
一(ひとつ)、鍼灸の書、世間固(もと)より多し。
【意訳】・鍼灸に関する書籍は,世の中にはまことにたくさんある。
然れども經絡主治の約にして備わる者に至っては、則ち甚だ寡なし。
【意訳】しかし,経絡経穴やその主治を述べている書籍で,簡明ではありながら完備しているといえるものは,非常に少ない。
若(も)し之れ有れば、則ち卷帙浩繁、皆な挾携に不便なり。
【意訳】完備した本があったとしても,冊数の多かったり,分厚かったりして,(往診のときなど)みな携帯するのに不便である。
先師牛淵先生〔小坂營昇、字は元祐、龜山の藩醫〕、此に深き慨(なげ)き有り。
【意訳】いまは亡き牛淵先生(小坂營昇。字は元祐であり,亀山藩の藩医であった)は,このことに深く感じて,嘆いておられた。
故に『兪穴捷徑』の作有り。近者(ちかごろ)、又た『必用』を選定す。
【意訳】そのため『兪穴捷径』を作られた。最近,また『(刺灸)必用』を選び定めた。
蓋し『捷徑』は經絡を解し、『必用』は主治を記す。
【意訳】およそ『兪穴捷径』は経絡経穴を解説し,『刺灸必用』にはその主治が記されている。
二書相い通じて、而して其の意全し。兼ね備わると謂(いい)つ可し。
【意訳】この二つの書物が互いに連携することによって,その意図は欠けるところがなくなる。簡と備(簡明・完備)と,両方が兼ね備わっているということができる。
一、此の書、先師、見るに隨いて古今の主治の最も要なる者を採摘す。
【意訳】・この『刺灸必用』は,亡き先生が古今の鍼灸等の書籍を読んできた過程で,経穴主治証の最も重要と思われた内容を選び取ったものである。
故に『千金』『外臺』、或いは載せ、或いは否(しかせ)ず。
【意訳】そのため,『千金方』や『外台秘要方』に書かれている主治病証に関しても,そこから採用して掲載したものもあれば,採用しなかったものもある。
其の意、一に煩を去りて約に就くに在り。
【意訳】その意図は,もっぱら煩雑なものは除いて,簡約にしたがうことにある。
其の名、『必用』も亦た以(ゆえ)有るなり。
【意訳】本書の名称が『必ず用いる』であるのも,それなりの理由があるのである。
一、經穴の次序、一に『捷徑』に依る。
【意訳】・経穴の掲載順は,もっぱら『兪穴捷径』に従っている。
『捷徑』は大約、滑壽が『發揮』に本づく。
【意訳】『兪穴捷径』は,おおよそ滑寿の『十四経発揮』に基づいている。
然れども『發揮』の書為(た)るや、脱誤頗る多し。
【意訳】しかしながら,『十四経発揮』という書物には,脱文や誤りが非常に多い。
今ま盡く補正す。
【意訳】いますべての脱文は補い,誤りは正した。
且つ註して新たに字を某穴の下に補い、而して以て搜索に便にす。
【意訳】その上,注には新たに文字(出典)を穴の下に補って,検索の便に供した。
一、各經の氣血の多少は、則ち刺灸の繫(か)かる所なり。
【意訳】・各経絡の気血の多い少ないは,どれほど刺すか,どれほど灸するかと関連がある。
豈に忽(ゆるが)せにす可けんや。
【意訳】どうしておろそかにすることができようか。
且つ經穴中の刺灸禁忌、舊藁、闕落する者多きに居る。
【意訳】かつまた,経穴における刺灸の禁忌については,以前の原稿では,欠けているところが多かった。
今ま皆な諸書に因って増補す。
【意訳】今回,みな多くの書籍に基づいて新しく加えて不足を補った。
一、舊藁題して『針灸必用』と曰う。
【意訳】・もともとの(先生が書いた)原稿の書名は「針灸必用」であった。
其章、竊(ひそ)かに以為(おもえ)らく、針なる者は物なり。灸なる者は用なり。併言す可からず。
【意訳】わたくし谷其章の個人的見解では,「針」というのは物体であり(名詞であり,「刺す」という動詞ではない),「灸」というのは用途・作用であり(「火をつけて焼く」という動詞であり,「もぐさ」という意味の名詞ではない)ので,並べて言うべきではない。
故に題を更えて『刺灸必用』と曰う。
【意訳】そのため,題名を変更して,『刺灸必用』とした。
先師も亦た地下に遺憾無かる可けんや。
【意訳】いまは亡き恩師もまた,あの世において,心残りはまったくないことであろう(いや,きっと満足しているに違いない)。
文化丙子 秋日 谷其章識(しる)す
【意訳】文化十三(1826)年の秋,谷其章が記した。
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