1-6 鍼灸廣狹神倶集 雲棲子〔撰〕石坂宗哲〔注〕
京大富士川文庫所蔵(シ/四九五)
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読みやすさを重視して、適宜、句読点・濁点などを打った。変体仮名は、現行のものにかえた。一部、ルビをつけた。
柳谷清逸校訂『鍼灸廣狹神倶集』(石山針灸医学社、平成八年)を参考にしました。ここに感謝の意を表します。
(石坂宗哲序)
天地に孕まれしものヽ中に、人ばかりまされるものなきは、今更いふべくもあらず。その人のなすわざこヽら有る中に、くすし(医師)のみち(道)ばかりおぼろげならぬ物はあらず。それをいかにといふに國をおさめ、天下を平(たいらか)にすべきやごとなきつかさくらいあるあたりの玉の緒も、これるわざのいた(至)れると、いた(至)らざるとによりて、つ(尽)くこともあり、あやまつことも
一ウラ
あればなり。されば、この道を學ぶはたやす(容易)からぬごとく、昔よりいいあへり。いでやそのすぢの書のおや(祖)とあが(崇)むる素問、靈樞は、上つ代の人〃のひ(秘)めを(置)けるあまりに、また(全)く傳はらざるぞ口おし(惜)きわざなる。されど傷寒論、金匱要略などに、いにし(古)への禁方傳はれり。それすら仲景より後の事といへども、これらの書な(無)かりせば、くすし(医師)を業(わざ)とするものヽ
二オモテ
より所な(無)からまし。そも〃〃この神倶集は、文化みつのえ(壬)さる(申)の年の夏、屋代翁より余にをく(贈)られしなり。よ(読)みてみれば、わが業とせる針さ(刺)すことをもは(專)らにと(説)ける書なり。いつの頃にや、うんせい(雲棲)子といふ人のつく(作)れるにて、針を用て疾をいや(癒)すさた(沙汰)、大かたの人のをよ(及)ぶべきにあらず。おほよそ(大凡)もろこし(唐)隋の代よりこのかた(以来)、かくばかりこと(言)すく(少)なにし
二ウラ
て手に入(いれ)やすく、わざにをきては、いた(至)らぬくわ(科)なく、人に益ある書あることをき(聞)かず。さきに慶長の頃、前田一閑といふ人のしる(記)せし針と灸との書を得し事あれど、これは眀堂針灸經によりて書(かき)あらはせしものにて、この書にくら(比)ぶれば、ものヽかず(数)ならず。さはいへど、二百とせ(歳)にもあま(余)りぬるこの道の書の、そのかみみだ(乱)れたる世にもほろ(滅)び
三オモテ
ず、年々のかぐつち(迦具土)の災(わざわい)をもまぬ(免)がれしをよろこび、かつ(且)は皇國の人の世〃この傳をうし(失)なはずして、妙なる業をほどこすもの、まヽ世に出(いづ)るは、めでたきことにして、わが道の幸(さいわい)なり。されば今、古(いにしえ)の書の世にすぐれたるを家にのみひ(秘)めを(置)かずして、櫻木にえ(彫)り、楮の紙にす(刷)りうつ(写)し、同じこころの友がき(垣)にをく(贈)り、のち〃〃(後々)は、天の下に廣めんとて、吾(わが)才の
三ウラ
つたなさを忘れつヽ、校正し假字の傍に眞字をしる(記)し、みづからの思ふ所をも書(かき)くは(加)へつ。されば、おほけなき事ながら家〃に傳へて、よ(世)の人のいた(痛)みくる(苦)しみをすく(救)ひ、かのつかさ(官)位高丈あたりのやまひ(病)もいや(癒)し侍らば、これも又國をおさめ、天の下を平(たいらか)にする道のかたはし(片端)ともい(言)はざらめや。文政二とせ(年)卯月朔日 石坂宗哲法眼
藤原永教書
【注釋】
○こヽら‥幾許。たいそう。多量に。数多く。 ○くすし‥くすりし。薬師。医師。 ○おぼろげなぬ‥朧気ならぬ。並ひととおりでない。格別である。 ○やごとなき‥やむごとなし(止む事無し)→やんごとなし→やごとなし。高貴である。 ○つかさくらい‥官位。官職と位階。 ○玉の緒‥命。 ○これる‥ひとつに凝集する。 ○つく‥消えてなくなる。 ○あやまつ‥傷つけ、そこなう。たがえる。失敗する。 一ウラ ○いでや‥さてさて。 ○すぢ‥筋。 二オモテ ○まし‥反実仮想。(もし)……であったら、……であっただろう。 ○文化みつのえさるの年‥文化壬申の年。文化九(一八一二)年。 ○屋代翁‥屋代弘賢(ひろかた)。宝暦八(一七五八)~天保十二(一八四一)年。書誌学者。通称は大郎、号は輪池。源氏。幕府祐筆頭。塙保己一の『群書類從』編纂に携わる。絵入り百科事典『古今要覽』の編纂を企てたが未完。蔵書家として著名。 ○余‥石坂宗哲。 ○さた‥処置。 ○こと‥言葉。 二ウラ ○慶長‥一五九六~一六二三年。 ○前田一閑‥ ○眀堂針灸經‥『黄帝三部鍼灸甲乙經』を構成する一部の書『明堂孔穴(鍼灸治要)』、『書録解題』にいう『明堂鍼灸經』(佚)などが候補に挙げられるが、未詳。「眀」は「明」の異体。 ○そのかみ‥其の上。当時(の)。 三オモテ ○かぐつち‥迦具土。火の神。「かぐ」は火の意。「つ」は格助詞。「ち」は霊魂・霊力。「かぐつちの災い」は火事。 ○友がき‥友垣。友達。友人。 三ウラ ○假字‥カナ。 ○眞字‥漢字。 ○おほけなき‥身分不相応の。おそれ多い。 ○かたはし‥片端。物事の一部分。 ○文政二とせ‥文政二(一八一九)年。 ○卯月‥旧暦四月。 ○朔日‥一日。新月。 ○石坂宗哲‥宗哲は江戸後期の代表的針灸医家で、甲府の人。名は永教(ながのり)、号は竽斎(うさい)。寛政中、幕府の奥医師となり、法眼に進む。寛政九(一七九九)年に甲府医学所を創立。中国古典医学を重視する一方、蘭学に興味を示し、解剖学を修めた(『典籍辞典』、一部改む)。 ○法眼‥僧侶に準じて幕府の医師にも授けられた位。法印の下、法橋の上。 ○藤原永教‥
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(石坂宗哲序)
天地に孕まれしものヽ中に、人ばかりまされるものなきは、今更いふべくもあらず。
【意訳】天地が産み育てたものの中で,人間よりすぐれたものがないことは,改めて言及する必要もない。
その人のなすわざこヽら有る中に、くすし(医師)のみち(道)ばかりおぼろげならぬ物はあらず。
【意訳】人間の職業とする中にはたくさんあるが,医学ほど格別なものはない。
それをいかにといふに國をおさめ、天下を平(たいらか)にすべきやごとなきつかさくらいあるあたりの玉の緒も、これるわざのいた(至)れると、いた(至)らざるとによりて、つくこともあり、あやまつこともあればなり。
【意訳】それは何故かといえば,国家を統治し世界を平和にするべき高貴な職務や地位にある人の命についても,その細かいところまで心を用いた技術まで達しているか,達していないかによって,うまくいくこともあれば,失敗することもあるからである。
されば、この道を學ぶはたやす(容易)からぬごとく、昔よりいいあへり。
【意訳】そうであれば,この医学を学習することは容易なことではないようだと,昔から言われている。
いでやそのすぢ(筋)の書のおや(祖)とあが(崇)むる素問、靈樞は、上つ代の人〃のひ(秘)めを(置)けるあまりに、また(全)く傳はらざるぞ口おし(惜)きわざなる。
【意訳】さて,その医学方面の書籍の祖と崇拝されている『素問』と『霊枢』は,上代の人々が秘匿していたために,技術が全然伝承されなかったことは,残念なことである。
されど傷寒論、金匱要略などに、いにし(古)への禁方傳はれり。
【意訳】しかし,『傷寒論』『金匱要略』などの古い秘密の方術(【禁方】特に,薬の処方をいう)は伝承された。
それすら仲景より後の事といへども、これらの書な(無)かりせば、くすし(医師)を業(わざ)とするものヽより所な(無)からまし。
【意訳】それでさえ,(『傷寒論』『金匱要略』が編纂されたのが)張仲景より後の時代だとしても,これらの医学書がなかったならば,医業にたずさわる人がよりどころとするものが無かったことであろう。
そも〃〃この神倶集は、文化みつのえ(壬)さる(申)の年の夏、屋代翁より余にをく(贈)られしなり。
【意訳】さて,この『神俱集』は,文化9年(1812)の夏に,屋(や)代(しろ)弘(ひろ)賢(かた)翁(おう)(男の老人の敬称)から寄贈された書物である。
よ(読)みてみれば、わが業とせる針さ(刺)すことをもは(專)らにと(説)ける書なり。
【意訳】読んでみると,わたしが職業としている鍼術について専門に論じた書物であった。
いつの頃にや、うんせい(雲棲)子といふ人のつく(作)れるにて、針を用て疾をいや(癒)すさた(沙汰)、大かたの人のをよ(及)ぶべきにあらず。
【意訳】著作年代は分からないが,雲棲子というひとが作ったもので,鍼を使って疾病を治療する処置は,なみの治療家の到達できそうな水準ではない。
おほよそ(大凡)もろこし(唐)隋の代よりこのかた(以来)、かくばかりこと(言)すく(少)なにして手に入(いれ)やすく、わざにをきては、いた(至)らぬくわ(科)なく、人に益ある書あることをき(聞)かず。
【意訳】だいたい,唐土(もろこし)(大陸)の隋代以降,これほど少ない文言で書かれていて,技術を自分のものとして身につけやすく,その技は(内科・婦人科・小児科・歯科など)あらゆる科目に至り,こんなに有益な鍼灸書があったとは,聞いたこともなかった。
さきに慶長の頃、前田一閑といふ人のしる(記)せし針と灸との書を得し事あれど、これは眀堂針灸經によりて書(かき)あらはせしものにて、この書にくら(比)ぶれば、ものヽかず(数)ならず。
【意訳】むかし,慶長(1596~1623)年間に,前田一閑というひとが著わした鍼灸書を入手したことがあったが,この書は『明堂鍼灸経』に基づいて書き記したものであって,この『神俱集』に比べたら,数えたてるほど価値のあるものではない(たいしたものではない)。
さはいへど、二百とせ(歳)にもあま(余)りぬるこの道の書の、そのかみみだ(乱)れたる世にもほろ(滅)びず、年々のかぐつち(迦具土)の災(わざわい)をもまぬ(免)がれしをよろこび、かつ(且)は皇國の人の世〃この傳をうし(失)なはずして、妙なる業をほどこすもの、まヽ世に出(いづ)るは、めでたきことにして、わが道の幸(さいわい)なり。
【意訳】それはそれとして,二百年以上まえの医道の書物が,当時の乱世にもかかわらず失われることなく,毎年のように発生する火災をも免れたのは喜ばしいことである。かつまた,すめらみくに(天皇の統治する国)において代々失伝せず,きわめてすぐれた施術が,時として世の中に出現することは,めでたいことであり,我らが医道の幸運である。
されば今、古(いにしえ)の書の世にすぐれたるを家にのみひ(秘)めを(置)かずして、櫻木にえ(彫)り、楮の紙にす(刷)りうつ(写)し、同じこころの友がき(垣)にをく(贈)り、のち〃〃(後々)は、天の下に廣めんとて、吾(わが)才のつたなさを忘れつヽ、校正し假字の傍に眞字をしる(記)し、みづからの思ふ所をも書(かき)くは(加)へつ。
【意訳】そうであれば,今日(こんにち),世にもたぐいまれなる優れた書物を自分の家に秘蔵せず公開して,桜木の版木に彫り,楮(こうぞ)紙に印刷して,医道への志を同じくする友人に贈答し,その後は世の中に広めようと思い,自分の才能のなさを顧みず,校正をほどこし,(原文の)ひらがなの脇に漢字を付けくわえて(意味を取りやすいようにし,さらに本文の後に),自分が読んでいて気づいたことをも,(按語として)書き足した。
されば、おほけなき事ながら家〃に傳へて、よ(世)の人のいた(痛)みくる(苦)しみをすく(救)ひ、かのつかさ(官)位高丈あたりのやまひ(病)もいや(癒)し侍らば、これも又國をおさめ、天の下を平(たいらか)にする道のかたはし(片端)ともい(言)はざらめや。
【意訳】そういうことで,身分不相応ではあるが,いろいろな流派の人に(本書を)伝えて,一般の人々の病の痛み・苦しみを救済し,高貴な官職の方々の病気を癒やせるのであれば,これもやはり国家を統治し,世界を平和にする道筋の一端とも言えないだろうか。
文政二とせ(年)卯月朔日 石坂宗哲法眼
【意訳】文政2年(1819)四月ついたち (この序をしたためたのは)法眼の石坂宗哲
藤原永教書
【意訳】この文章を書写(清書)したのは,藤原永教
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(屋代弘賢序)
この新撰廣狹神倶集は、文化九年秋のはじめ、ある書肆のも(持)て來つるをもと(求)めたるなり。その文字様、墨色、紙の質などをよくみ(見)つヽかうが(考)へぬれば、文明のころの筆にやとおも(思)はる。一わた(渡)りよ(読)みてみるに、いとめづら(珍)かなることもみ(見)ゆ。さても此(この)冊子、うつ(写)せし時代は、上件のごとくなりとも、その説のいとあが(上)れる世の
四ウラ
名醫のつた(伝)へなりけむもし(知)るべからず。そも〃〃やつがれ(僕)、から(唐)の、やまと(大和)のふみ(文)をあつ(集)めしこと、おほよそ一万卷にあま(余)れり。これたヽひとり、みづからこの(好)めるがゆへ(故)のみにあらず。ひとへに古今要覽編集のためなり。それがなか(中)に、仮名にか(書)ける針科の書のかくばかり古代なるは、初(はじめ)てみ(見)つるなれば、ふか(深)くひ(秘)めを(置)かばや
五オモテ
とおも(思)ひしが、又思ふやう、世にたぐひ(類)なきものをふか(深)くひ(秘)めを(置)きて、跡かたなくなりしためし(例)なきにあ(有)らず。されば人にもつた(伝)へばやとおも(思)ふ折から、石坂ぬし(主)より、鍼灸説約、櫻木にえ(彫)らせつとて、をく(贈)られたり。此(この)ぬしは、やつがれ(僕)がいのち(命)のおやにて侍り。ゆへ(故)いかにとなれば、十とせ(年)あま(余)りさき(先)に疝氣にて、腰い(痛)
五ウラ
たきことたへ(耐)がたく、とやかくやとやし(養)なひつれど、そのしるし(験)なかりしを、このぬしの針や熨やなに(何)くれと一かた(方)ならぬめぐ(恵)みにて、さばかりのいた(痛)み、月をこ(越)えずしてい(癒)えたり。もしそのかみ(上)、此(この)ぬしにあ(会)はざらましかば、けふ(今日)までなが(長)らへて要覽の素望をもとげ(遂)ざらまし、とおも(思)ひしみ(染)ぬるなり。いでや此ぬしに
六オモテ
まい(参)らせて、やつがれ(僕)は、うつ(写)しをとヽ(留)めばやとて、ある日訪(と)はれつる時、かくと聞(きこ)えつれば、二(ふたつ)なくよろこ(喜)びて、ま(先)づみ(見)せよとて、と(取)りてかへ(帰)られたり。やがて破(やぶれ)ちぎ(千切)れをつくろ(繕)はせ、へうし(表紙)つけなどして、み(見)せにをこ(遣)せ、べち(別)にあら(新)たにう(写)つせしに、傍注をさへくは(加)へたるををく(贈)られぬ。やつがれ(僕)がよろこ(喜)びたと(譬)ふべき
六ウラ
かたなし。すなは(乃)ちこのゆへ(故)よし(由)をか(書)きつけてよと、こ(請)はるヽに、もとよりへだ(隔)てぬなか(仲)らひなれば、ことば(言葉)のふつヽかに、文字のかたくな(頑)ヽるをもかへり(省)みず、わ(吾)がたいしのすヽり(硯)に紅の霖といへるすみ(墨)すりて、ふで(筆)のいのち(命)もの(延)ばへぬることにぞ有ける。源弘賢
【注釋】
○文化九年‥一八一二年。 ○書肆‥書商。 ○文明‥一四六九年~一四八六年。『廣狹神倶集』は「雲海士流の長生庵了味(土佐の武士、桑名将監の別名、生没年未詳)が慶長十七(一六一二)年に著した」(長野仁、高岡裕「小児鍼の起源について」、日本医史学雑誌、第五十六卷第三号、三九八頁)。 ○一わたり‥全体について、おおざっぱにするさま。 ○めづらか‥「か」は接尾語。普通とはちがっているさま。珍しい。 四ウラ ○やつがれ‥自分を謙遜していう語。わたくしめ。 ○古今要覽‥幕命により屋代弘賢が中心になって編纂した類書。神祇・姓氏・時令・地理などの部門に分類した項目について、和漢の文献から関連する記事や詩歌を集めて解説を施し、また必要に応じて図を添える。当初千卷の予定だったが、弘賢の死により出版されず。『古今要覽稿』として残る。五六〇卷。文政四~天保十三(一八二一~四二)年成立。 五オモテ ○ぬし‥お人。お方。…様。その人を軽い敬意や親しみをこめていう語。 ○いのちのおや‥命の恩人。上に立つ人。第一人者。 五ウラ ○とやかくやと‥なんのかのと。あれやこれやと。 ○なにくれと‥なにやかにやと。あれこれと。 ○ひとかた‥普通の程度。 ○さばかり‥あれほど。 ○そのかみ‥その当時。 ○素望‥日頃からの望み。 ○いでや‥「いで」を強めていう語。さあ。いざ。 六オモテ ○まいらせ‥「遣る」の謙譲語。献上する。差し上げる。 ○聞え‥聞こゆ。「言ふ」の謙譲語。申し上げる。 ○二なく‥「ふたつ無し」。この上なく。 ○をこせ‥「おこす」。遣す。よこす。送ってくる。 ○べち‥原文「へち」。別。別個。 六ウラ ○なからひ‥人間関係。ひととの間柄。 ○ふつつか‥才能がない。 ○かたくな‥見苦しい。悪筆。 ○たいしのすヽり‥「太子(史)硯」。方形で高さがあり、硯の下部がくりぬかれている。 ○紅の霖‥未詳。墨の銘柄か。 ○のばへ‥延ばふ。のばす。延長する。
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(屋代弘賢序)
この新撰廣狹神倶集は、文化九年秋のはじめ、ある書肆のも(持)て來つるをもと(求)めたるなり。
【意訳】この『新撰広狭神倶集』は,文化9年(1812)の初秋に,ある本屋が持参したものを買い求めたものである。
その文字様、墨色、紙の質などをよくみ(見)つヽかうが(考)へぬれば、文明のころの筆にやとおも(思)はる。
【意訳】その文字の様式・墨の色・紙の質などをじっくり観察して考察した結果,文明年間(1469~1486)ぐらいに書かれたものと判断した。
一わた(渡)りよ(読)みてみるに、いとめづら(珍)かなることもみ(見)ゆ。
【意訳】通読したところ,非常に貴重な内容も見える。
さても此(この)冊子、うつ(写)せし時代は、上件のごとくなりとも、その説のいとあが(上)れる世の名醫のつた(伝)へなりけむもし(知)るべからず。
【意訳】さてさて,この冊子が書き写された時代は,上記のように文明年間であるとしても,その説は,上代の名医が伝えたものであるかも分からない。
そも〃〃やつがれ(僕)、から(唐)の、やまと(大和)のふみ(文)をあつ(集)めしこと、おほよそ一万卷にあま(余)れり。
【意訳】さて,わたくしは大陸や日本の書籍を収集したが,だいたいその数は1万巻以上になった。
これたヽひとり、みづからこの(好)めるがゆへ(故)のみにあらず。
【意訳】これは,単に自分が好きだからという理由だけではない。
ひとへに古今要覽編集のためなり。
【意訳】もっぱら,『古今要覧』という類書を幕命によって編集するためである。
それがなか(中)に、仮名にか(書)ける針科の書のかくばかり古代なるは、初(はじめ)てみ(見)つるなれば、ふか(深)くひ(秘)めを(置)かばやとおも(思)ひしが、又思ふやう、世にたぐひ(類)なきものをふか(深)くひ(秘)めを(置)きて、跡かたなくなりしためし(例)なきにあ(有)らず。
【意訳】その収集する中で,ひらがなで書いてある鍼科の書物で,このようような古いものは,初めて見たので,大事に秘蔵しておこうとも思ったのであるが,また思うに,世の中に比類無いものを秘蔵して,(結局)失われてしまった例もなくはない。
されば人にもつた(伝)へばやとおも(思)ふ折から、石坂ぬし(主)より、鍼灸説約、櫻木にえ(彫)らせつとて、をく(贈)られたり。
【意訳】そうであれば他人にも伝えなくては,と思っていたちょうどそのころ,石坂先生から『鍼灸説約』を刊行したというので,寄贈された。
此(この)ぬしは、やつがれ(僕)がいのち(命)のおやにて侍り。
【意訳】このお方は,わたくしの命の恩人である。
ゆへ(故)いかにとなれば、十とせ(年)あま(余)りさき(先)に疝氣にて、腰いた(痛)きことたへ(耐)がたく、とやかくやとやし(養)なひつれど、そのしるし(験)なかりしを、このぬしの針や熨やなに(何)くれと一かた(方)ならぬめぐ(恵)みにて、さばかりのいた(痛)み、月をこ(越)えずしてい(癒)えたり。
【意訳】理由はどういうことかというと,10年余り前に疝気(鼠蹊ヘルニアなどによる下腹部痛の総称)によって,腰の激痛に悩まされ,いろいろと養生をしたが効果が無かったのだが,この先生の鍼やお灸など,いろいろと尋常でない恩恵を受けて,それほど大変な痛みが一月もたたずに治ってしまった。
もしそのかみ(上)、此(この)ぬしにあ(会)はざらましかば、けふ(今日)までなが(長)らへて要覽の素望をもとげ(遂)ざらまし、とおも(思)ひしみ(染)ぬるなり。
【意訳】もしも当時,この先生に巡り会わなかったら,今日まで生きながらえて,『古今要覧』を完成させるという初志をも達成できなかったろうと,つくづく思うのである。
いでや此ぬしにまい(参)らせて、やつがれ(僕)は、うつ(写)しをとヽ(留)めばやとて、ある日訪(と)はれつる時、かくと聞(きこ)えつれば、二(ふたつ)なくよろこ(喜)びて、ま(先)づみ(見)せよとて、と(取)りてかへ(帰)られたり。
【意訳】そこで,この先生に(この原本を)献上して,わたくしは(この書物の)写本を自分に留め置こうと思って,ある日,先生が来訪された時に,このように申し上げたところ,この上なく喜ばれて,「まず,見せてくれ」と言って,持ち帰られた。
やがて破(やぶれ)ちぎ(千切)れをつくろ(繕)はせ、へうし(表紙)つけなどして、み(見)せにをこ(遣)せ、べち(別)にあら(新)たにう(写)つせしに、傍注をさへくは(加)へたるををく(贈)られぬ。
【意訳】しばらくして原本の破れたところなどを修繕し,(もともとはなかった)表紙などをつけて,届けてくれた。それとは別に改めて書き写して,傍注までも書き加えたものを寄贈して頂いた。
やつがれ(僕)がよろこ(喜)びたと(譬)ふべきかたなし。
【意訳】わたくしは,たとえられないほど喜んだ。
すなは(乃)ちこのゆへ(故)よし(由)をか(書)きつけてよと、こ(請)はるヽに、もとよりへだ(隔)てぬなか(仲)らひなれば、ことば(言葉)のふつヽかに、文字のかたくな(頑)ヽるをもかへり(省)みず、わ(吾)がたいしのすヽり(硯)に紅の霖といへるすみ(墨)すりて、ふで(筆)のいのち(命)もの(延)ばへぬることにぞ有ける。
【意訳】そこで,これを出版することになったいきさつを(序文として)書いてくれ,と要請されたので,言うまでもなく隔てのない間柄であるので,文章の下手なこと,悪筆であることも忘れて,わたくしが持っている太師の硯で紅の霖という名前の(極上の?)墨を擦っ(て書い)たので,筆で書かれた書物の寿命を延ばすこともあろう。
源弘賢
【意訳】氏は源の(屋代)弘賢 しるす
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神倶集後序
鍼灸科之委靡頽廢猶我内科之支
離決裂也靈素以來古今俊傑輩
出不乏其人然而率皆溺於理而矒於
術夫經脉流注孔穴分寸之説雖彼得此
失聚訟紛紜而能懸一膽鏡包羅搜
剔絶長補短纂輯集成則足以長其
正矣𤢜至臨証施行之際古今一轍浮 〔𤢜‥「獨」の異体〕
五十八ウラ
華無實皆局於見聞持循講習餖
飣之風不堪其炊也竽齋石先生者
我妻之父也甞有嘆於茲久矣往時
奉 旨教諭鍼科於甲州一時靡肰 〔肰‥「然」の異体〕
嚮風岳父悦曰一洗頽凮必載自甲 〔凮‥「風」の異体〕
焉後又及門諸子所筆記集以上木既
已行于世鍼灸説約是也然其書從二
三子之請以代面命之勞耳不敢欲充
五十九オモテ
大家之觀也故又著鍼灸證治要穴診
脉古義等之諸書意欲大布于世公事
冗〃未畢也頃日偶獲雲栖子神具集披
覽一日忽嘆曰嗚呼雲栖子既先得我
心之同圭在側即寫一通退而読之文以
國字俗易通曉對證施術井然有定
規皆可以施諸事實活用無滯其中往〃
有不可觧者訛謬亦多而鍼科書中 〔觧‥「解」の異体〕
五十九ウラ
未見如此古而實者也圭甞謂毉經之
最古者莫如素靈難然如素靈千古流
傳玉石混淆王氏譌託一起世莫辨其
紫白終至於塗抹本來面目自是以
降專主二氣五行而辨經絡臓腑之理
位以言疾之情状難經又繼之尤論寸關
尺診候之義倶皆非有是疾而施是術
者也曰素問曰難經其命名之意亦取諸
六十オモテ
徒設難問以辨發其事者可知也故往〃有
鑿於理而乖於術美於文迂於治者
猶坐譚兵讀書御馬至其視機而動應
變而處則方抐圓鑿亦不少矣惟其
神眀變化對活物爲活用者有傷寒
金匱二書而已葢此二書張太守取法於
古籍而試功於當時死生安危變幻於
其頭者筆以録之故竒正神策出没
六十ウラ
無窮但其中救誤之法十居六七正治之法
一經不過三四條此乃所以因病以施方
非編方以待病者也雖或有繫於後人攙
挿者以比素靈難則距今反近法古最
親實可謂醫門之活書也是以其文則質
其事則實而製之竒幻意之妙悟非
其人則難以語焉其他晉唐以來毉書皆
可以爲是數書之註脚也而異於當今
六十一オモテ
醫家皆心醉二氣五行之論惟知尊崇
之無能駁正之者一唱羣和勦説雷同
如矮人之觀場莫知悲笑之所自噫就中
明堂一派皇甫氏以降至于輓近薄録
所著厪〃不過數十部至治術稽攷
實當世掃地要皆以鍼刺灸焫爲東
界微事持勝心便舊習無復刻苦砥礪
於斯道者之由嗚呼鍼砭灸焫之術何
六十一ウラ
時能白於世矣此乃我岳父之所以長
大息也今是編所載毎一病前証後治
病變術隨之補瀉之方虗實之術無
不精切周到焉今茲岳父公務之餘校
訂完成無復鹽从土之謬因傍附以獨得
之見且篇末補榮衞經絡之説一篇以
𠇮梓葢其志在欲一醒拘泥人之長 〔𠇮‥「命」の異体〕
眠而使雲栖子名聲再甦於數百歳
六十二オモテ
之後歟請世顓針灸者無以其文之不
華與語之不雅舎之能讀此編而明有
應機活用之術終無有浮華膠柱之
弊彼其廢痼卒暴之疾草蘇草核之
所不及者亦因是而有奏功於其間則
扶危救急其嘉惠後學者不廣且大
乎圭之不材雖不足昭揚其功有𠇮不
敢辞刻成之日謹書于卷尾
六十二ウラ
文政己卯仲秋望後
櫟園 石阪宗圭并書
〔印形白字「禎/亭」、黒字「櫟園」〕
【訓み下し】
神倶集の後序
鍼灸科の委靡頽廢せる、猶お我が内科の支離決裂するがごとし。靈素以來、古今の俊傑、輩出して其の人に乏しからず。然り而して、率(おおむ)ね皆な理に溺れて、術に矒(くら)し。夫れ經脉流注、孔穴分寸の説、彼れ得て此れ失い、聚訟紛紜たりと雖も、而して能く一膽鏡を懸けて、包羅搜剔し、長を絶ち短を補い、纂輯集成せば、則ち以て其の正に長ずるに足らん。獨り臨證施行の際に至りては、古今一轍、浮
五十八ウラ
華に實無く、皆な見聞に局して、持循講習し、餖飣の風、其の炊に堪えざるなり。竽齋石先生は、我が妻の父なり。嘗て茲(ここ)に嘆有ること久し。往時、旨を奉じて、鍼科を甲州に教諭す。一時靡然として風に嚮(む)かう。岳父悦びて曰く、頽風を一洗するは、必ず甲自り載す、と。後に又た及門の諸子、筆記する所、集して以て木に上(のぼ)す。既(す)已(で)に世に行なわる。鍼灸説約、是れなり。然れども其の書、二三子の請に從い、以て面命の勞に代うるのみ。敢えて
五十九オモテ
大家の觀に充てんと欲せざるなり。故に又た鍼灸證治要穴、診脉古義等の諸書を著し、意、大いに世に布せんと欲す。公事冗冗として未だ畢(お)わらざるなり。頃日偶たま雲栖子神具(ママ)集を獲て、披覽すること一日、忽ち嘆じて曰く、嗚呼(ああ)、雲栖子、既に先に我が心の同を得たり。圭側に在り、即(ただ)ちに一通を寫し、退きて之を読む。文は國字を以てし、俗にして通曉し易し。對證施術、井然と定規有り。皆な以て諸(これ)を事實に施す可く、活用して滯り無し。其の中に往々にして解す可からざる者有り。訛謬も亦た多し。而れども鍼科書中、
五十九ウラ
未だ此(かく)の如く古にして實なる者を見ざるなり。圭嘗て謂(おも)えらく、醫經の最古なる者は、素靈難に如(し)くは莫し。然れども素靈の如きは、千古流傳して、玉石混淆す。王氏の譌託、一たび起こり、世は其の紫白を辨ずる莫し。終(つい)に本來の面目を塗抹するに至る。是れ自り以降、專ら二氣五行を主として、經絡臓腑の理位を辨じ、以て疾の情状を言う。難經も又た之を繼ぎ、尤も寸關尺診候の義を論ず。倶に皆な是の疾有りて是の術を施す者に非ざるなり。素問と曰い、難經と曰う。其の命名の意も亦た諸(これ)を
六十オモテ
徒らに難問を設け、以て其の事を辨發するに取る者、知る可きなり。故に往々にして理に鑿して術に乖(そむ)き、文に美にして、治に迂なる者有り。猶お坐して兵を譚し、書を讀みて馬を御するがごとし。其の機を視て動き、變に應じて處するに至れば、則ち方枘圓鑿も、亦た少なからず。惟だ其の神明變化、活物に對し活用を爲す者は、傷寒金匱二書有るのみ。蓋し此の二書は、張太守、法を古籍に取りて、功を當時に試み、死生安危、其の頭に變幻する者、筆し以て之を録す。故に奇正神策、出没すること
六十ウラ
窮り無し。但だ其の中の救誤の法、十に六七居し、正治の法は、一經に三四條に過ぎず。此れ乃ち病に因って以て方を施し、方を編みて以て病を待つ者に非ざる所以(ゆえん)なり。或いは後人の攙挿に繫(か)かる者有りと雖も、以て素靈難に比すれば、則ち今を距たること反って近く、古に法(のつと)ること、最も親し。實に醫門の活書と謂(いい)つ可し。是(ここ)を以て其の文則ち質、其の事則ち實なり。而して製の奇幻、意の妙悟は、其の人に非ざれば、則ち以て語し難し。其の他晉唐以來の醫書、皆な以て是の數書の註脚と爲(す)可し。而るに異(あや)しむ、當今
六十一オモテ
の醫家、皆な二氣五行の論に心醉して、惟(た)だ之を尊崇するを知りて、能く之を駁正する者無し。一唱群和し、勦説雷同すること、矮人の場を觀するが如し。悲笑の自(よ)る所を知る莫し。噫(ああ)、中ん就(づ)く明堂一派、皇甫氏以降、輓近は薄録に至り、著す所厪厪として、數十部に過ぎず。治術の稽攷に至れば、實に當世地を掃う。要するに皆な鍼刺灸焫を以て、末界の微事と爲(す)。勝心を持し、舊習を便とし、復た斯道に刻苦砥礪する者無きに之れ由る。嗚呼(ああ)、鍼砭灸焫の術、何(いず)れの
六十一ウラ
時か能く世に白からん。此れ乃ち我が岳父の長大息する所以なり。今ま是の編の載する所、一病毎に、證を前にし治を後にし、病變じ、術之れに隨う。補瀉の方、虚實の術、精切周到せざる無し。今茲、岳父公務の餘、校訂完(まつた)く成り、復た鹽(しお)の土に从うの謬無し。因って傍ら附するに獨得の見を以てし、且つ篇末に榮衞經絡の説一篇を補い、以て梓に命ず。蓋し其の志は、一たび拘泥する人の長眠を醒(さ)まして、雲栖子の名聲をして、再び數百歳
六十二オモテ
の後に甦らせしめんと欲するに在るか。請う、世、針灸に顓なる者、其の文の不華、語の不雅とを以て、之を舎(す)つる無かれ。能く此の編を讀みて、應機活用の術有るを明らかにせば、終(つい)に浮華膠柱の弊有る無し。彼れ其の廢痼卒暴の疾(やま)い、草蘇草核の及ばざる所の者も、亦た是れに因って功を其の間に奏する有らば、則ち扶危救急、其の後學に嘉惠すること、廣く且つ大ならずや。圭の不材、其の功を昭揚するに足らずと雖も、命有り、敢えて辭せず。刻成るの日、謹んで卷尾に書す。
六十二ウラ
文政己卯 仲秋望後
櫟園 石阪宗圭并びに書す
【注釋】
○委靡‥なえおとろえる。振るわなくなる。 ○頽廢‥おとろえる。 ○支離決裂‥支離滅裂。後世派、古方派などに分かれていること。 ○靈素‥『靈樞』『素問』。 ○俊傑‥才智の衆に抜きんでたひと。 ○輩出‥続けざまに出る。 ○然而‥逆接の接続詞。 ○聚訟‥多数の人が論争し、意見がまとまらないこと。 ○紛紜‥盛んに乱れるさま。 ○膽鏡‥秦の咸陽宮に所蔵されていたという伝説の鏡。ひとの五臓六腑を照らし見ることができ、そのひとの心の正邪を知るのに用いられたという。 ○包羅‥あらゆるものを包み込む。 ○搜剔‥探し出して(欠点を)えぐり出す。 ○𤢜‥「獨」の異体。 ○一轍‥同じ。変化がない。 ○浮華‥表面的な栄華。 五十八ウラ ○局‥拘束される。限局される。 ○見聞‥目で見、耳で聞いたもの。経験。 ○持循‥遵行する。追従する。 ○講習‥講授研習する。 ○餖飣‥飣餖。食べきれないほど並べられた食物。むやみに意味のないことばが並んだ文章、雑多のものの比喩。 ○炊‥判読に自信なし。かしぐ。火を燃やして煮炊きする。 ○竽齋石先生‥石坂宗哲。「石」は修姓(漢文様表記)、片名字(一字書きして尊敬を表す)。竽齋は号。 ○往時‥むかし。 ○奉旨‥幕命をうけたまわる。『古典全書』卷十六の解説を参照。小川春興『本朝鍼灸醫人傳』「寛政八年十二月二十二日幕府の命を奉じて甲府に赴き、甲府医学所の勤番医師となり、自ら難經を講ず、岩下宗悦、川俣文哲、土橋甫輔、土橋宗魯、石氏宗榮等來たり、教を乞ふ者二百八十餘人、寛政十二年四月七日、幕府の命により再び江戸に歸りて其職に任ず」。 ○甲州‥甲斐国。甲府藩。 ○靡肰嚮風‥「肰」は「然」の異体。「靡然郷風」「靡然向風」。さかんに学び追従するのが一種の雰囲気となること。「靡然」は、草木が風になびいて倒れるさま。 ○岳父‥妻の父親。 ○一洗‥すっかり洗い落とす。きれいに改めかえる。 ○頽凮‥「凮」は「風」の異体。頽廃の風気。 ○載自甲‥「甲斐・甲州」と天干の第一番目をあらわす「甲」をかけているか。「載」は始める。 ○及門‥弟子となる。仕官する。 ○上木‥上梓。版木にほる。出版する。 ○既已‥すでに終えている。 ○鍼灸説約‥かつて甲府医学所における講義を土橋(どばし)甫輔(もとすけ)と川俣(かわまた)文哲(ふみあき)が筆録したもの。文化九(一八一二)年刊行。『鍼灸典籍大系』『鍼灸典籍集成』に影印収録(『典籍辞典』)。 ○二三子‥門人各位。 ○請‥要請。請求。 ○面命‥面命耳提。面と向かって直に教える。対面して懇切丁寧に教え諭すこと。 五十九オモテ ○大家‥著明な専門家。 ○觀‥観賞。 ○鍼灸證治要穴‥『本朝醫家著述目録』に「證治要穴(原作「証治要訣」)」が見えるというが、未詳。 ○診脉古義‥『本朝醫家著述目録』に一卷。『古診脈説』(明治二十年刊行。『古典全書』卷三十六所収)の原型となった書か。 ○公事‥公務。 ○冗冗‥煩多にして雑多なさま。 ○頃日‥近ごろ。 ○披覽‥観賞。閲覧。 ○心之同‥一致した見方。同心。知己。志が同じく道に合するもの。 ○國字‥和文。カナ交じり文。漢文でないもの。 ○俗‥通俗。 ○對證施術‥証(症状)に対して鍼灸を施す。 ○井然‥整っているさま。 ○定規‥一定不変の原則。 ○事實‥実際の事柄。ここでは病。 ○觧‥「解」の異体。 ○訛謬‥あやまり。 五十九ウラ ○謂‥考える。評論する。 ○毉‥「醫」の異体。 ○經‥経典。特殊な価値を有し、典範として尊崇される著作。 ○千古流傳‥はるか昔から伝播している。 ○玉石混淆‥玉と石は、よいものと悪いもののたとえ。それが混じり合って、区別しがたいこと。 ○王氏‥唐の王冰。 ○譌託‥いつわり仮託する。王冰が全元起本を編集し、その際旧蔵の卷(運気七篇)を加えた。 ○紫白‥「紫」は、雑色として嫌われた。『論語』陽貨「惡紫之奪朱也/紫の朱を奪うを惡む」。「白」は西方金の色。ここでは、よいものと悪いもののたとえであろう。 ○塗抹‥ぬりつぶす。 ○本來面目‥事物の元々のありさま。 ○二氣‥陰気と陽気。 ○五行‥木火土金水。 ○理位‥理論(生理病理)と位置か。 六十オモテ ○譚‥「談」に同じ。 ○方抐圓鑿‥翻字は原文に従ったが、意味からすれば「抐」は「枘」、手偏ではなく、木偏。「圓」は「圜」に通ず。「方枘圜鑿」は、矛盾して、互いに相い容れないさま。『楚辭』宋玉『九辯』「圜鑿而方枘兮、吾固知其鉏鋙而難入」。「枘」は、木の接合部分につけた突起。「方枘」は四角い突起。「鑿」はほぞ穴。「圜鑿」は丸いほぞ穴。 ○神眀‥「眀」は、「明」の異体。神明は、物事が変化するメカニズムや動力か。『素問』氣交變大論「善言化言變者、通神明之理」。 ○傷寒金匱二書‥『傷寒論』と『金匱要略』。 ○葢‥「蓋」の異体。 ○張太守‥張仲景。長沙の太守であったとされる。 ○當時‥「時」、原文は「日+之」につくる。異体。 ○其頭‥「其」字、判読に自信なし。 ○竒正‥「竒」は「奇」の異体。「奇正」は、兵法の用語。『孫子兵法』兵勢「戰勢不過奇正、奇正之變、不可勝窮也。奇正相生、如循環之無端、孰能窮之哉」。 ○神策‥非常に優れた策略。『鬼谷子』實意法螣蛇「心安靜則神策生、慮深遠則計謀成。神策生則志不可亂、計謀成則功不可間」。 六十ウラ ○繫‥「係」に通ず。かかわる。関係する。 ○攙挿‥混合。王叔和などが張仲景の原書に手を加えたことをいう。 ○法古‥「法」字、判読に自信なし。 ○質‥質朴。 ○實‥堅実。浮わついたところがない。 ○製‥造作。法式。 ○竒幻‥夢幻のように非常に素晴らしい。 ○妙悟‥尋常をこえた理解。 ○註脚‥字句の説明解釈。 六十一オモテ ○駁正‥あやまりを正す。 ○一唱羣和‥「羣」は「群」の異体。一人が提唱すると、多くのひとが附和する。一倡百和。 ○勦説‥他人の言論を剽窃する。 ○雷同‥雷が鳴ると、あらゆるものが同時に響く。あることに多くのひとが附和して同じことをいう。 ○矮人之觀場‥背たけの低い人が、芝居を見るとき、自分の前にいる人にさえぎられてよく見えないのに、前の人のいうことをそのまま受け入れて批評する。自分の見識や判断力がなく、附和雷同することのたとえ。矮子看戯。 ○悲笑‥誹笑。人のことを悪くいって笑うこと。そしり笑い。 ○所自‥由来。みなもと。 ○就中‥その中で。 ○明堂一派‥経穴学派。鍼灸家。黄帝が雷公に明堂(本来は政治をおこなう殿堂)で孔穴を教授したのに由来し、経穴図を明堂圖、経穴学書を『明堂經』という。『新刊補註銅人腧穴鍼灸圖經』夏竦序を参照。 ○皇甫氏‥皇甫謐(二一四~二八二)。『鍼灸甲乙經』の編者とされる。 ○輓近‥晩近。現代にもっとも近い時代。 ○薄録‥記録が少ない。 ○厪‥廑。「僅」に通ず。わずかばかり。 ○稽攷‥「攷」は「考」の異体。考察。考証。 ○當世‥今世。現代。 ○掃地‥すっかり廃れてしまう。跡形もない。 ○焫‥「爇」に同じ。燃焼。江戸時代の医学にあっては、「灸」の同義語として用いられる。 ○末界之微事‥取るに足らないこと。「末界」は、人類に対する動物界。「微事」は、小さな、つまらないこと。『左傳』僖公四年「唯是風馬牛不相及也」。杜預注「牛馬風逸、蓋末界之微事」。 ○勝心‥最もすぐれた行(ぎよう)を修する心。仏教語。 ○便‥たより。 ○舊習‥古くから伝わっている慣習、学習内容。 ○刻苦‥心身を苦しめるほど、はげしく努力すること。非常に努力すること。 ○砥礪‥錬磨。 ○斯道‥医道。 ○嗚呼‥感嘆詞。 六十一ウラ ○白‥明白。明らかになる。あるいは前出の「紫白」の「白」の意で、「正しくなる」か。 ○大息‥太息。大声で嘆く。『楚辭』屈原『離騷』「長太息以掩涕兮、哀民生之多艱」。 ○虗‥「虚」の異体。 ○精切‥精確で適切。 ○周到‥すみずみまで行きとどいていて欠けるところがない。 ○今茲‥今年。 ○鹽从土之謬‥「鹽」に対して、土偏の「塩」は俗字。 ○𠇮‥「命」の異体。 ○梓‥出版する。梓(木版)に文字をほる。 ○長眠‥長き眠り。長逝、死亡の意もあり。 ○甦‥「蘇」の異体。 六十二オモテ ○顓針灸者‥「顓」は「專」に通ず。鍼灸を専らとする者。鍼灸の専門家。 ○不華‥華がない。 ○不雅‥雅でない。「不華」「不雅」、文章が典雅でなく、修飾のことばも華々しくない。 ○舎‥「捨」に通ず。 ○應機‥タイミングを熟知している。 ○浮華‥うわべだけはでやかで、実質がない。 ○膠柱‥頑固で融通が利かない。 ○彼其‥代名詞。その。 ○廢‥障碍のある。衰えそこなわれた。 ○痼‥根深い難治の。 ○卒暴‥緊急の。にわかで激しい。 ○草蘇草核‥湯液。『素問』移精變氣論「中古之治病、至而治之、湯液十日……治以草蘇、草荄之枝」。王注「草蘇、謂藥煎也。草荄、謂草根也。枝、謂莖也」。 ○扶危救急‥危ういときに助け、突然襲ってきた病気やけがなどを助け救う。 ○嘉惠‥恩をほどこす。 ○後學‥後進の学習者。 ○不材‥不才。才能が凡庸で役に立たない。自分を謙遜していう。 ○昭揚‥宣揚。発揚。 ○有𠇮‥岳父、宗哲からの命令があり。 六十二ウラ ○文政己卯‥文政二(一八一九)年。 ○仲秋‥旧暦八月。 ○望後‥望日(十五日)のあと。十六日か。 ○櫟園‥石阪宗圭の号。宗哲の娘婿。『人参攷』を著す。
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神倶集の後序
鍼灸科の委靡頽廢せる、猶お我が内科の支離決裂するがごとし。
【意訳】鍼灸科が衰退したのは,我が国の内科が(後世と古方に)分裂したのと似たようなものである。
靈素以來、古今の俊傑、輩出して其の人に乏しからず。
【意訳】『霊枢』『素問』が世に出て以来,古今の傑出した人々は,たくさんいた。
然り而して、率(おおむ)ね皆な理に溺れて、術に矒(くら)し。
【意訳】しかしながら,だいたいみな理論の深みにはまって,技術に関しては力量が乏しい。
夫れ經脉流注、孔穴分寸の説、彼れ得て此れ失い、聚訟紛紜たりと雖も、而して能く一膽鏡を懸けて、包羅搜剔し、長を絶ち短を補い、纂輯集成せば、則ち以て其の正に長ずるに足らん。
【意訳】そもそも経脈の流注や腧穴の位置について,あるものはうまく捉えられるが,別のものはとりそこなう。議論百出してまとまっていないが,胆鏡という正邪が映し出される鏡を使えば,あらゆる欠点を見つけ出し,余分なものを削り,足りないものを補って,集大成できて,その正しいすぐれたものになろう。
獨り臨證施行の際に至りては、古今一轍、浮華に實無く、皆な見聞に局して、持循講習し、餖飣の風、其の炊に堪えざるなり。
【意訳】ただ臨床の実際にあたっては,古今にわたって変わりが無く,表面的な栄華は中身がなく,みな見聞した経験にとらわれて,それを踏襲して,たくさん並べられたものを,消化できていない。
竽齋石先生は、我が妻の父なり。
【意訳】石坂于斎先生は,わたくしの妻の父親である。
嘗て茲(ここ)に嘆有ること久し。
【意訳】以前からこのことに関して長いこと慨嘆していた。
往時、旨を奉じて、鍼科を甲州に教諭す。
【意訳】かつて,幕命によって鍼術を甲斐国で教えていた。
一時靡然として風に嚮(む)かう。
【意訳】その時,鍼術を学ぼうとする気風が盛んになった。
岳父悦びて曰く、頽風を一洗するは、必ず甲自り載す、と。
【意訳】妻の父は,喜んで,「鍼の頽廃の風気を洗い流すのは,甲(甲府・はじめ)から始まる」と言っていた。
後に又た及門の諸子、筆記する所、集して以て木に上(のぼ)す。
【意訳】その後,また弟子となった諸君が,講義ノートを編集して出版した。
既(す)已(で)に世に行なわる。
【意訳】これはすでに世の中に広まっている。
鍼灸説約、是れなり。
【意訳】『鍼灸説約』が,その本である。
然れども其の書、二三子の請に從い、以て面命の勞に代うるのみ。
【意訳】しかし,『鍼灸説約』は,門人の要請に応じて,対面してじかに授業を受ける苦労の代用にすぎない。
敢えて大家の觀に充てんと欲せざるなり。
【意訳】著明な専門家が閲覧して発明があることを想定したものではない。
故に又た鍼灸證治要穴、診脉古義等の諸書を著し、意、大いに世に布せんと欲す。
【意訳】それゆえ,これとは別に『鍼灸証治要訣』『診脈古義』などの多くの書籍を著わし,自分の考えを世の中に広めることを望んだ。
公事冗冗として未だ畢(お)わらざるなり。
【意訳】(しかし)公務が繁多で,すべてを成し遂げることができていない。
頃日偶たま雲栖子神具(ママ)集を獲て、披覽すること一日、忽ち嘆じて曰く、嗚呼(ああ)、雲栖子、既に先に我が心の同を得たり。
【意訳】近頃,偶然,雲栖(=棲)子の『鍼灸神俱集』を手に入れて,一日閲覧して,突然,感嘆の声を上げて,「ああ,雲栖子は,すでにわたくしより前に私が思っていたことと同じことを得ていた!」といった。
圭 側に在り、即(ただ)ちに一通を寫し、退きて之を読む。
【意訳】わたくし宗圭は,義父のそばにおり,すぐさまその一冊を書写し,その場を退いて読んだ。
文は國字を以てし、俗にして通曉し易し。
【意訳】文章は(漢文ではなく),ひらがなで書いてあり,(典雅ではなく)通俗的で理解しやすい。
對證施術、井然と定規有り。皆な以て諸(これ)を事實に施す可く、活用して滯り無し。
【意訳】病名・症状に対する施術法が秩序正しく整っている。これらはすべて実際に運用できて,滞りなく活用することが出来る。
其の中に往々にして解す可からざる者有り。訛謬も亦た多し。
【意訳】(とはいえ,)その中には理解しがたいことも少なくないし,誤りも多い。
而れども鍼科書中、未だ此(かく)の如く古にして實なる者を見ざるなり。
【意訳】しかしながら,鍼科の書としては,これほど古くて充実した書物は見たことがない。
圭 嘗て謂(おも)えらく、醫經の最古なる者は、素靈難に如(し)くは莫し。
【意訳】わたくし宗圭の考えでは,医学の経典で最も古いものは,『素問』『霊枢』『難経』以上のものはない。
然れども素靈の如きは、千古流傳して、玉石混淆す。
【意訳】しかし,『素問』『霊枢』は,数千年ものあいだ伝えられてきて,(その間に,現在では)価値のあるものとないものとが、入りまじった状態となっている。
王氏の譌託、一たび起こり、世は其の紫白を辨ずる莫し。
【意訳】王冰が偽(いつわ)った編集をしたため,世人はその中の優れた部分とそうでない部分を判別することができなくなってしまった。
終に本來の面目を塗抹するに至る。
【意訳】その結果,その本来の姿が塗りつぶされてしまった。
是れ自り以降、專ら二氣五行を主として、經絡臓腑の理位を辨じ、以て疾の情状を言う。
【意訳】これ以来,もっぱら陰陽・五行を主体として,経絡・蔵府の理論・規範を論じて,疾病の状態を言うようになってしまった。
難經も又た之を繼ぎ、尤も寸關尺診候の義を論ず。
【意訳】『難経』もまたこれを継承して,とりわけ,寸関尺の三部で診察することを論じた。
倶に皆な是の疾有りて是の術を施す者に非ざるなり。
【意訳】いずれもみなA という疾病に対してB という施術をするものではない。
素問と曰い、難經と曰う。
【意訳】『素問』(素朴な質問)と名づけ,『難経』(質問の経典)と名づけているが,
其の命名の意も亦た諸(これ)を徒らに難問を設け、以て其の事を辨發するに取る者、知る可きなり。
【意訳】そういった命名の意図も,やはり無駄に難問を設定して,その内容を弁じてあきらかにしようとするものであることは,理解すべきである。
故に往々にして理に鑿して術に乖(そむ)き、文に美にして、治に迂なる者有り。
【意訳】そのため,しばしば理論的な穿鑿におちいるばかりで,治療の技術方法に背を向けてしまい,文章は美麗ではあるが,治療に関しては遠回りなものがある。
猶お坐して兵を譚し、書を讀みて馬を御するがごとし。
【意訳】部屋の中に坐って戦争を論じ,書物を読んで馬を巧みに操作するようなもので〔役に立たない机上の空論と同じで〕ある。
其の機を視て動き、變に應じて處するに至れば、則ち方枘圓鑿も、亦た少なからず。
【意訳】(そんな机上の空論にたよっていては),機微〔細かで見えにくい事柄〕・ちょっとした兆しを見て,それに応じて動いたり,微妙な変化に応じて対処しなければならない場面に遭遇すると,理論と実際が合致せず,ちぐはぐになることも,また少なくない。
惟だ其の神明變化、活物に對し活用を爲す者は、傷寒金匱二書有るのみ。
【意訳】そういった神妙な変化,生体に対する機敏な運用をしているものは,『傷寒論』と『金匱要略』の両書のみである。
蓋し此の二書は、張太守、法を古籍に取りて、功を當時に試み、死生安危、其の頭に變幻する者、筆し以て之を録す。
【意訳】思うに,この両書は,張仲景が古い典籍から法則性を取り出して,その当時の疾病治療に試して効果を知り,生きるか死ぬか,安全か危険か,変化の測りがたいものを書物として記録したものである。
故に奇正神策、出没すること窮り無し。
【意訳】したがって,正攻法・奇策などの優れた治療法が,突然出てきて,極まるところがない。
但だ其の中の救誤の法、十に六七居し、正治の法は、一經に三四條に過ぎず。
【意訳】ただし,その中で,誤治に対する方法が六・七割を占めていて,正統的な治療法は,一経(『傷寒論』『金匱要略』を経と呼ぶか,あるいは三陰三陽の経のことか)に三つか四つにすぎない。
此れ乃ち病に因って以て方を施し、方を編みて以て病を待つ者に非ざる所以(ゆえん)なり。
【意訳】これは,疾病に基づいて処方をほどこしていて,処方を編纂してそれによって疾病に対応させる法式ではないからである。
或いは後人の攙挿に繫(か)かる者有りと雖も、以て素靈難に比すれば、則ち今を距たること反って近く、古に法(のつと)ること、最も親し。
【意訳】この本は,後世の人が一部の文章を紛れ込ませた部分があるとしても,『素問』『霊枢』『難経』と比較すれば,それらの時代よりも現代に近く,古い原本に則っている点は,最も近い。
實に醫門の活書と謂(いい)つ可し。
【意訳】まことに医学界の活用可能な書籍〔生きている本〕と言える。
是(ここ)を以て其の文則ち質、其の事則ち實なり。
【意訳】そういう訳で,文章と内容の調和がとれており〔彬彬文質〕,扱われている事柄は浮ついたところがなく充実している。
而して製の奇幻、意の妙悟は、其の人に非ざれば、則ち以て語し難し。
【意訳】そして作成された内容は夢(ゆめ)幻(まぼろし)のように非常に素晴らしく,その意図には尋常を越えたところがあり,非常に優れたひとでなければ,説明するのはむずかしい。
其の他晉唐以來の醫書、皆な以て是の數書の註脚と爲(す)可し。
【意訳】それ以外の晋・唐以降の医学書は,すべてこの数冊の本の注釈と言ってよい。
而るに異(あや)しむ、當今の醫家、皆な二氣五行の論に心醉して、惟(た)だ之を尊崇するを知りて、能く之を駁正する者無し。
【意訳】それなのに,不可解なことは,今時の医者はみな陰陽と五行の論に心を奪われて,これを崇拝するばかりで,これに反論して誤りを正す人はいないことである。
一唱群和し、勦説雷同すること、矮人の場を觀するが如し。
【意訳】一人が提唱すると,多くの人が唱和し,剽窃した論でも付和雷同し,自分ではよく見てもいないのに,他人の評判を鵜呑みにするようなものである。
悲笑の自(よ)る所を知る莫し。
【意訳】〔陰陽と五行の論以外の説を〕譏(そし)ってあざ笑っていることの由来を知っていない。
噫(ああ)、中ん就(づ)く明堂一派、皇甫氏以降、輓近は薄録に至り、著す所厪厪として、數十部に過ぎず。
【意訳】ああ,その中で,腧穴を研究する人達は,『鍼灸甲乙経』を著わした皇甫謐以降,最近は少なくなり,その著作はわずか数十部に過ぎない。
治術の稽攷に至れば、實に當世 地を掃う。
【意訳】治療技術の考察にいたっては,本当に箒(ほうき)で掃き清められたように何も残っていない。
要するに皆な鍼刺灸焫を以て、末界の微事と爲(す)。
【意訳】要するに,ほとんどのひとは,鍼灸のことを取るに足りないものだと思っているのである。
勝心を持し、舊習を便とし、復た斯道に刻苦砥礪する者無きに之れ由る。
【意訳】すぐれた行を修める心を持って,昔からの学習をたよりとして,ふたたびこの医道を苦労して研鑽しようとするひとがいないからである。
嗚呼(ああ)、鍼砭灸焫の術、何(いず)れの時か能く世に白からん。
【意訳】ああ,鍼灸の術は,いつの時代になったら,世間に明らかになるのだろうか。
此れ乃ち我が岳父の長大息する所以なり。
【意訳】これこそ,わが義父が長く大きな歎息をする理由である。
今ま是の編の載する所、一病毎に、證を前にし治を後にし、病變じ、術之れに隨う。
【意訳】さてこの書物に掲載されているのは,疾病ごとに分けて,症状を前に置き,治法を後ろに置き,疾病が変化すれば,それに伴った治術も変化させるものである。
補瀉の方、虚實の術、精切周到せざる無し。
【意訳】補瀉の方法や虚実の技術は,精確適切で,すみずみまで行き届いている。
今茲、岳父公務の餘、校訂完(まつた)く成り、復た鹽(しお)の土に从うの謬無し。
【意訳】今年,義父は職務の余暇を使って,校訂をやり終え,「鹽(しお)」という字を(俗字の)「塩」と書くような誤りはないようにした。
因って傍ら附するに獨得の見を以てし、且つ篇末に榮衞經絡の説一篇を補い、以て梓に命ず。
【意訳】それに加えて,原文の傍に自分が会得した見解を付け加えた。また書末に栄衛経絡についての説を書いた一篇を補録し,それを業者に出版させた。
蓋し其の志は、一たび拘泥する人の長眠を醒(さ)まして、雲栖子の名聲をして、再び數百歳の後に甦らせしめんと欲するに在るか。
【意訳】思うに,その志は,一度,誤った説に固執して身動きが取れない人達を長い眠りから起こし,雲栖子の名声を再び数百年後に甦らせようということにあるのだろうか。
請う、世、針灸に顓なる者、其の文の不華、語の不雅とを以て、之を舎(す)つる無かれ。
【意訳】どうか,世間の鍼灸を専門とする人達よ,『神俱集』の文章が華美でなく,鄙俗であることを理由に,捨ててしまわないでほしい。
能く此の編を讀みて、應機活用の術有るを明らかにせば、終(つい)に浮華膠柱の弊有る無し。
【意訳】本書を熟読して,臨機応変に活用する医術があることが明らかになれば,結果としてうわべだけ華やかで内容がない,頑固で融通が利かないといった弊害がなくなるであろう。
彼れ其の廢痼卒暴の疾(やま)い、草蘇草核の及ばざる所の者も、亦た是れに因って功を其の間に奏する有らば、則ち扶危救急、其の後學に嘉惠すること、廣く且つ大ならずや。
【意訳】障害が残る根治の難しい病や急病で,湯液では治せない患者であっても,鍼術によって効果を得るものがあるのであれば,患者の危険な急病を救うことができる。その後進の学習者に対する恩恵は,なんと広く大きいものではなかろうか。
圭の不材、其の功を昭揚するに足らずと雖も、命有り、敢えて辭せず。
【意訳】わたくし宗圭は凡庸で,義父の功績を発揚するには力不足ではあるが,(この跋文を撰することは)義父からの命令でもあり,どうして断わることができようか。
刻成るの日、謹んで卷尾に書す。
【意訳】版木が完成した日に,謹んで書末に書き留める。
文政己卯仲秋望後
【意訳】文政2(1819)年8月16 日
櫟園石阪宗圭并びに書す
【意訳】櫟園と号する石阪宗圭が撰し,あわせて筆を執って書いた。
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