2026年8月24日月曜日

【意訳】江戸時代鍼灸文献序跋集6-3 一灸萬全

 6-3 一灸萬全  松本元泰撰

    杏雨書屋所蔵(乾三六三三) 

    読点をうつ。破損のため読めない字を◇であらわす〔おそらく「つ」であろう〕。一部判読に疑念あり。繰り返し記号(「く」を伸ばしたもの)は、「々」にかえた。合字の「コト」は「こと」とした。一部、カタカナで振り仮名をつけた。


上一灸萬全并衞生覽要表

草莽の臣松本元泰、誠恐誠惶謹言、臣往年太守公の浪華を過て始て入國し給ふとき、臣等故國の   君公にしあれは、山妻とともに難波橋の傍に伏て、其儀衞の齊整なる

  一ウラ

を縱觀する事を得たり、且   公の神武ならせ給ふを仰き奉り、心中の驚喜かきりなし、歸家の路すがら、山妻謂臣曰、「妾、今日かたしけなくも   君公を拝し奉り、𥨱(ヒソカ)に謂らく、公上幼年にいますといへども、威德自から外にあら

  二オモテ  87

はるヽ事、賤妻等が申もなか々恐れあり、是れ則ち闔國の大幸、ひとり賤妻等の幸ひのミにあらず、但その無病にして、長壽ならせ給はんことを祈るのミ、妾甞聞、漢土の神仙ハ不老不死の藥を製すと、其遺方、今尚傳へなきにもあるべからず、良

  二ウラ

人幸に醫を業とす、請、その藥を探索して、今の  公へ奉らば、無病長壽ならせ給ふこと疑なし」と、臣曰、「汝、なんぞ言の愚なる、凡そ王侯貴人ハ、万一不豫ならせ給ふなどのときは、則ち藩中に典藥の宦あり、又其及ばさる所ある時は、普く諸方良醫を

  三オモテ  89

延請し、衆議を盡して、之を治し給ふ、豈草莽の者の間然すべきことあらんや、且また不老不死の藥の如も、其真にこれありと云にはあらず、秦の始皇、漢の武帝に觀て見べし、假令これあるも、何そ臣輩のあづかりしる所ならんや」と、嚴くこれを諭せし

  三ウラ

が、山妻曰、「しからば養生の訓(オシエ)を綴りて、これを奉らば、いかん、妾又𥨱(ヒソカ)に聞、凡王侯貴人ハ、平生四體を勤め玉わずして、或酒味色に過度し給ふもの多し、是を以て、多く疾病を生し給ふことありと、疾病生れバ、いかに禀賦強健なりといへども、天壽を全ふする

  四オモテ  91

ことかたし、又貝原先生遺訓とて、『人の命ハ我にあり、天にあらずと、老子いへり、人の命はもとより、天にうけて、生れ付たれども、養生よくすれば長し、養生せされば短かし、長命ならんも短命ならんも、我か心のまヽなり、身つよく長命に生れ付たる人

  四ウラ

も養生の術なかれは、早世す、虚弱にて短命なるべきと見ゆる人も、保養よくすれば、命長し、是皆人のしはざなれば、天にあらず、といへり、もしすくれて、天然ミちかく生れ付たること、顔子などのごとくなる人にあらずば、己か養のちからによりて、長

  五オモテ  93

生するは理なり、たとへば火をうつミて、爐中に蓄へば、久しくきえず、風吹所にあらはしおけば、たちまちきゆ、蜜橘をあらはにおけば、としの内をもたもたず、もしふかく藏し、よく蓄へば、夏までたもつが如し』となり、此に由て之を

  五ウラ

考ふれば、人よく常に養生をよくせば、必天壽をたもたずといふことなし、良人、今其養生訓を綴り、奉らは  公の壽康ならせ給わんこと疑なからん、はや々綴り奉るべし」と、臣曰、「汝が寸心取へきに似たれども、汝か淺計、却て笑に堪た

  六オモテ  95

り、いかんとなれば  公の左右には、明臣良佐、常に濟々たれば、豈秋毫の盡さざることあらんや、其養生訓の如きも、古今先哲、既に盡せり、豈更に我輩の贅することあらんや、汝且(シバラク)聒することなかれ、我亦聽に堪へず」と、嚴しく之を呵責せしに、猶勸

  六ウラ

ば、獨語して曰、「妾をして醫をしらしめば、必良術のなきにしもあるべからず」と、日夜に垂首して舎(オカ)ず、臣よつて一日按るに、臣が弱冠の頃、後藤某なる者、我に不老不死の灸法を授しことあり、臣、原來これを實地に試るに、其効赫々たり、因て此一灸萬全の

  七オモテ  97

書を編ミ、捧げ奉らばやと、其一二をかたりければ、山妻大悦し、「しかる良術のあるを何そ、妾がすヽめをまち給ふや、急々其書を捧け奉るべし、然るに  公君、其灸効をたのミ給ふて、萬一また養生に怠り給ふことあらば、譬は右に玉を執て、左りに是

  七ウラ

を捨給ふがごとし、亦何の裨益し給ふことかあらん、良人、前にいふ、  公に明臣良佐濟々たれは、秋毫の盡ざるなしと、しかれども妾按るに、凡君臣の間、必恐れ憚の意あらん、是を以て瑣々たる末節までは一々勝(アゲ)て諫(イサム)べからず、しかる時ハ、所謂(イワユル)積で

  八オモテ  99

大を成もはかりがたし、養生訓の如きも、先哲既に盡せりといへども、卷帙洪大  公、豈これを逐一閲し給ふの暇あらんや、今良人就中(ナカンヅク)、尤卓見なる者をゑらみ、繕修補綴して、以て一本に約し、是をして一覽了然たらしめば、はやく其意を解釋

  八ウラ

し給ひ、自ら厚く守り給はん」と、臣謂へらく、「山妻が言、其理なきにしもあらず、殊に養生は、酒味色を以て切務とすれば、其行ひ專ら其人にありて、傍人の毎事に制すべきにあらず、況や君臣の間に於をや、しからば、別に其書を編輯するも、亦一補

  九オモテ  101

あらん」、こヽにおひて畧衆説を徧閲せしに、特貝原益軒氏、及ひ香月牛山氏等の養生を盡せり、臣、因て今兩家のゑらむ所に就て、其實地に徴し、益ある説のミを捃摭し、且諸家の傑説、及ひ臣が愚按などを附て、一本となし、題して衞生覽要と名

    九ウラ

◇く、遂に淨書して  公へ奉らんと欲す、伏(フシ)て冀(コイネガワク)は清間を以て、左右の明臣良醫に議せしめ、或之を行ひ給はヽ(゛)、萬壽無疆は山嶽に等しからん、伏冀は仁明恕察し給ひて  威尊を瀆冒するの罪を深く咎給ふことなかれ、亦唯臣が老婆

    十オモテ  103

心のミ、而てこの書、高貴へ奉るの法にあらずして、國字を雜へ、并に傍訓を加ふる者は、普く故國の朝野にも波及せしめ、婦女子までもよみやすからんことを希望すればなり、かくいふとしは、弘化二年乙巳季夏吉旦、大坂堂嶋中街北滇堂に於て草莽

  十ウラ

の臣、松本元泰、誠恐恐惶謹白


【注釋】 ○草莽‥田野。郷土に退居し、官についていない。 ○山妻‥自分の妻の謙称。 ○儀衞‥儀仗と衛士。儀礼警護の従者。 一ウラ ○縱觀‥思うがままに見る。 ○神武‥英明にして勇武。 ○𥨱‥「竊・窃」の異体。 ○公上‥君公。 二オモテ ○闔國‥全国。 二ウラ ○不豫‥貴人の病をいう。不例。 三オモテ ○間然‥欠点をついてあれこれと批判・非難すること。 三ウラ ○四體を勤め‥『論語』微子「四體不勤、五穀不分、孰為夫子/四體勤めず、五穀分たず、孰(たれ)をか夫子と為す」。 ○禀賦‥稟賦。天からさずかったひとの資質。 四オモテ ○貝原先生‥一六三〇~一七一四。益軒。江戸時代前期から中期の儒者、本草家、教育家。寛永七年十一月十四日生まれ。貝原寛齋の五男。筑前福岡藩主黒田光之につかえ、京都に遊学。寛文四年帰藩。陽明学から朱子学に転じるが、晩年には朱子学への疑問をまとめた「大疑録」もあらわす。教育、医学、本草などにも業績をのこした。正徳四年八月二十七日死去。八十五歳。名は篤信。字は子誠。通称は久兵衞。別号に損軒。著作はほかに「大和本草」「養生訓」「和俗童子訓」など(『日本人名大辞典』+Plus)。 ○遺訓‥『養生訓』のこと。引用は卷一総論上に見える。 四ウラ ○顔子‥孔子の弟子、顔回。 五ウラ ○寸心‥心中。 六オモテ ○良佐‥賢い補佐。 ○濟々‥陣容の盛大なるさま。 ○秋毫‥秋に生え替わる鳥獣の細毛。後に微細なものの比喩。 ○聒‥耳をさわがす。 六ウラ ○垂首‥首を垂れる。意気消沈したさま。 ○後藤‥後藤艮山の系統か。 七ウラ ○積(つん)で大を成(なす)‥「積小成大」。少量のものを累積して大きな数とする。平凡なものでも集まればやがて大きなものとなる。 九オモテ ○香月牛山‥一六五六~一七四〇。生年‥明暦二(一六五六)。没年‥元文五年三月十六日(一七四〇年四月十二日) 江戸中期の医者。名は則真、字は啓益、牛山は号。貞庵、被髪翁とも号す。豊前国(福岡県)中津の人。のち筑前に移り、貝原益軒に儒学を、鶴原玄益に医学を学んだ。中津藩の医官として仕えたが、これを辞し京都に出て二条に医業を開いた。その医流は中国の金元時代の流れをくむいわゆる後世派に属し、当時の後世派医家の代表と目された。著書には『老人必要養草』『藥籠本草』『婦人壽草』『卷懷食鏡』などがある。生涯独身で子がなく、甥の則貫を養嗣としたが、則貫は牛山に先だって没したため、門人の則道を養嗣とし、香月家を継がせた(『朝日日本歴史人物事典』平野満)。他に『小兒必用養育草』あり。 ○捃摭‥採集する。ひろいあつめる。 九ウラ ○清間‥ひまな時間。 十オモテ ○弘化二年乙巳‥一八四五年。 ○老婆心‥自分の心遣いを、度を越しているかもしれないが、とへりくだっていう語。仏教語。年とった女性が必要以上に気を遣うことから。 ○季夏‥旧暦六月。 十ウラ ○松本元泰‥一七九〇~一八八三。江戸後期~明治時代の医師。寛政二年生まれ。大坂にでて医学を、さらに頼(らい)山陽(さんよう)の門で漢学を、長崎で西洋医学をまなび、大坂堂島で開業。嘉永三年郷里の伯耆(ほうき)(鳥取県)米子にかえり、牛種痘の普及につとめた。明治十六年死去。九十四歳。著作に「一灸萬全」、編著に「衞生覽要」(『日本人名大辞典』+Plus)。



上一灸萬全并衞生覽要表

 【意訳】『一灸万全』ならびに『衛生覧要』をたてまつる表(上奏文)

 『衛生覧要』 https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00001280

草莽の臣松本元泰、誠恐誠惶謹言、

 【意訳】在野のしもべである松本元泰,まことに恐れながら謹んで申し上げます。

臣往年太守公の浪華を過て始て入國し給ふとき、臣等故國の   君公にしあれは、山妻とともに難波橋の傍に伏て、其儀衞の齊整なるを縱觀する事を得たり、

 【意訳】わたくしは,先年殿様(鳥取藩池田氏)が浪速を通過してはじめてお国入りなさったとき,わたくしどもの故郷のお殿様でありますので,愚妻とともに難波橋のかたわらで身を伏せて,その付き従える警護の方々の一糸乱れぬさまをほしいままに拝見することができました。

且   公の神武ならせ給ふを仰き奉り、心中の驚喜かきりなし、

 【意訳】かつまた殿様のこの上なく優れた武徳を仰ぎみることができまして,心中の驚き喜びは,一通りではございませんでした。

歸家の路すがら、山妻謂臣曰、

 【意訳】帰宅する途中,田舎者の妻はわたくしに,こう言いました。

「妾、今日かたしけなくも   君公を拝し奉り、𥨱(ヒソカ)に謂らく、公上幼年にいますといへども、威德自から外にあらはるヽ事、賤妻等が申もなか々恐れあり、

 【意訳】「わたくしは,本日,恐れ多くも殿様を拝見しました。わたくしの感想では,殿様はお若いながら,その威厳と人徳が自然に外側にあらわれていていることなどは,卑しいわたくしなどが口にするのも恐れ多いことでございます。

是れ則ち闔國の大幸、ひとり賤妻等の幸ひのミにあらず、

 【意訳】これはお国の大いなる幸せであり,単にわたくしだけの幸いではございません。

但その無病にして、長壽ならせ給はんことを祈るのミ、

 【意訳】ひとえに病なく,長寿を全うされることをお祈りするばかりであります。

妾甞聞、漢土の神仙ハ不老不死の藥を製すと、

 【意訳】わたくしはかつて,もろこしの仙人は不老不死の薬を作ると聞いたことがあります。

其遺方、今尚傳へなきにもあるべからず、

 【意訳】その残された処方/失われた処方は,いまなお伝承されていないとは限らないでしょう。

良人幸に醫を業とす、

 【意訳】旦那様は運良く医療を仕事としています。

請、その藥を探索して、今の  公へ奉らば、無病長壽ならせ給ふこと疑なし」と、

 【意訳】どうか,その薬を探して今の殿様に献上すれば,無病長寿になられることは疑いありません」と。

臣曰、

 【意訳】わたくしはこう言いました。

「汝、なんぞ言の愚なる、

 【意訳】「お前は,なんと愚かなことを言うのか。

凡そ王侯貴人ハ、万一不豫ならせ給ふなどのときは、則ち藩中に典藥の宦あり、

 【意訳】すべて殿様や身分の高い方々は,万一具合が悪くなられたときは,藩中に御殿医がいらっしゃる。

又其及ばさる所ある時は、普く諸方良醫を延請し、衆議を盡して、之を治し給ふ、

 【意訳】またそれでも具合がよくならない場合は,広く方々の優れた医者を招き,多くの医者が議論を尽くして,治療がおこなわれる。

豈草莽の者の間然すべきことあらんや、

 【意訳】どうして在野の者が口を挟んであれこれ言うことがあろうか。

且また不老不死の藥の如も、其真にこれありと云にはあらず、

 【意訳】さらにまた,不老不死の薬のようなものも,本当に存在するというわけではない。

秦の始皇、漢の武帝に觀て見べし、

 【意訳】秦の始皇帝や漢の武帝を見れば,わかりそうなものだ。

假令これあるも、何そ臣輩のあづかりしる所ならんや」と、

 【意訳】仮にそれが存在したとしても,どうしてわたくしのようなものが関知するところであろうか」と。

嚴くこれを諭せしが、山妻曰、

 【意訳】このように厳重に妻をさとしたのだが,妻は言いました。

「しからば養生の訓(オシエ)を綴りて、これを奉らば、いかん、

 【意訳】「そうでしたら,養生の教えを書き綴って,献上するのはいかがでしょうか。

妾又𥨱(ヒソカ)に聞、凡王侯貴人ハ、平生四體を勤め玉わずして、或酒味色に過度し給ふもの多し、

 【意訳】わたくしは,またこうも聞き及びます。殿様や身分の高い方々みなは,日常肉体労働をなさらず,酒や食事や情事に過度なことが多い。

是を以て、多く疾病を生し給ふことありと、

 【意訳】そのため病を生じることが多い,と。

疾病生れバ、いかに禀賦強健なりといへども、天壽を全ふすることかたし、

 【意訳】病気になれば,どれほど生まれつき体が壮健であっても,天から授けられた寿命を最後までつくすことは難しい。

又貝原先生遺訓とて、『人の命ハ我にあり、天にあらずと、老子いへり、

 【意訳】また貝原益軒先生は,遺訓(『養生訓』)で『ひとの運命は自分にあって,天命によって決まるものではない,と老子が言っている。

人の命はもとより、天にうけて、生れ付たれども、養生よくすれば長し、養生せされば短かし、

 【意訳】人の寿命は,たしかに天から受け取って生まれつくものではあるが,養生をよくすれば寿命が長くなり,養生をしなければ,寿命は短くなる。

長命ならんも短命ならんも、我か心のまヽなり、

 【意訳】長命になるのも短命になるのも,個人の心がけ次第である。

身つよく長命に生れ付たる人も養生の術なかれは、早世す、

 【意訳】身体が頑健で,長命に生まれついた人であっても,養生の術がないと,若死にする。

虚弱にて短命なるべきと見ゆる人も、保養よくすれば、命長し、

 【意訳】身体が虚弱で短命だろうと見えるひとであっても,体を休めて健康を回復すれば,長く生きられる。

是皆人のしはざなれば、天にあらず、といへり、

 【意訳】これらは,ともに人の行為によるものなので,天の仕業ではない,という。

もしすくれて、天然ミちかく生れ付たること、顔子などのごとくなる人にあらずば、己か養のちからによりて、長生するは理なり、

 【意訳】もしも際だって生まれつき短命で生まれついた人,孔子の弟子,顔回などのような人でないかぎりは,自分での養生の力によって,長生きするのは,道理である。

たとへば火をうつミて、爐中に蓄へば、久しくきえず、風吹所にあらはしおけば、たちまちきゆ、

 【意訳】たとえば,火を埋めて炉の中に蓄えておけば長いこと消えることはないが,風が吹いている場所に露出して放置すれば,瞬く間に消えてしまう。

蜜橘をあらはにおけば、としの内をもたもたず、もしふかく藏し、よく蓄へば、夏までたもつが如し』となり、

 【意訳】ミカンを露出して放置すれば,歳を越す前に腐ってしまうが,もし深いところに貯蔵しておけば,夏まで腐らずに保管できるようなものである』と。

此に由て之を考ふれば、人よく常に養生をよくせば、必天壽をたもたずといふことなし、

 【意訳】これに基づいて考えてみると,人間は常に養生をよくすれば,かならず天から与えられた寿命を保てないはずが無い。

良人、今其養生訓を綴り、奉らは  公の壽康ならせ給わんこと疑なからん、はや々綴り奉るべし」と、

 【意訳】旦那様,いまその養生の教えを書き綴って献上したならば,殿様が長寿健康になっていただけることに,疑問の余地はありません。早々に書き綴って献上すべきです」。

臣曰、

 【意訳】わたくしは言った。

「汝が寸心取へきに似たれども、汝か淺計、却て笑に堪たり、

 【意訳】「お前のささやかな気持ちには取るべきところがあるように見えるが,お前の浅知恵には,笑わずにはいられない。

いかんとなれば  公の左右には、明臣良佐、常に濟々たれば、豈秋毫の盡さざることあらんや、

 【意訳】なぜかと言えば,殿様の身の回りには,優れた家臣や能力がある補佐役がいつも大勢そろっているのだから,どうして微細なことまで尽くさないことがあろうか。

其養生訓の如きも、古今先哲、既に盡せり、

 【意訳】その養生の教えのようなものも,古今の賢い人たちが,もうすでに言い尽くしている。

豈更に我輩の贅することあらんや、

 【意訳】どうしてさらにわたくのような者が余計なことを言う必要があろうか。

汝且(シバラク)聒することなかれ、我亦聽に堪へず」と、嚴しく之を呵責せしに、猶勸ば、

 【意訳】お前は,しばらく黙っておれ。わしはもう聞くに堪えない」と,厳しく叱責して,言い聞かせましたが,  〔勸:ススム。人を説き従わせる。〕

獨語して曰、

 【意訳】(愚妻は)独り言のように言いました。

「妾をして醫をしらしめば、必良術のなきにしもあるべからず」と、日夜に垂首して舎(オカ)ず、

 【意訳】「わたくしに医学をおさめさせてくれたら,きっと優れた術が見つかるはずにちがいありません」と,昼も夜も頭をたれて意気消沈していた。

臣よつて一日按るに、臣が弱冠の頃、後藤某なる者、我に不老不死の灸法を授しことあり、

 【意訳】わたくしは,それである日考えてみると,わたくしが二十歳の頃,後藤某というひとが,不老不死の灸法を伝授してくれたことがありました。

臣、原來これを實地に試るに、其効赫々たり、

 【意訳】わたくしは,当初これを実際に試みてみると,その効果は非常に目立つものでした。

因て此一灸萬全書を編ミ、捧げ奉らばやと、其一二をかたりければ、

 【意訳】それでこの『一灸万全』を編集して献上したらどうかと,その一つ二つを語ったところ,

山妻大悦し、

 【意訳】愚妻は大喜びして,

「しかる良術のあるを何そ、妾がすヽめをまち給ふや、急々其書を捧け奉るべし、

 【意訳】「このような優れた医術をどうして,わたくしが勧めるのを待つのですか。急いでその書物を献上すべきです。

然るに  公君、其灸効をたのミ給ふて、萬一また養生に怠り給ふことあらば、

 【意訳】しかしながら,殿様がそのお灸の効果に依存して,万が一養生をおろそかになさることがあったら,

譬は右に玉を執て、左りに是を捨給ふがごとし、亦何の裨益し給ふことかあらん、

 【意訳】それは,たとえてみれば,右手で玉を持って,左手でそれを捨てるようなものです。そんなことでは,どんな助けになるでしょうか。

良人、前にいふ、  公に明臣良佐濟々たれは、秋毫の盡ざるなしと、

 【意訳】旦那様は,以前,殿様の回りには,優れた家臣や能力がある補佐役がいつも大勢そろっているのだから,微細なことまで尽くさないことがあろうか,とおっしゃいました。

しかれども妾按るに、凡君臣の間、必恐れ憚の意あらん、

 【意訳】でもわたくしが考えますに,君主と臣下の間にはみな,きっと恐れはばかる気持ちもあるはずです。

是を以て瑣々たる末節までは一々勝(アゲ)て諫(イサム)べからず、

 【意訳】そうであれば,こまごまとした本質には当たらない部分までは,いちいちすべて諫めることはできません。

しかる時ハ、所謂(イワユル)積で大を成もはかりがたし、

 【意訳】そのような時は,いわゆる塵も積もれば山となる,で,

養生訓の如きも、先哲既に盡せりといへども、卷帙洪大  公、豈これを逐一閲し給ふの暇あらんや、

 【意訳】養生訓のようなものでも,優れた先人がすでに言い尽くしたとしても,大部の書物であるために,殿様が逐一お目を通すひまなどありましょうや。

今良人就中(ナカンヅク)、尤卓見なる者をゑらみ、繕修補綴して、以て一本に約し、是をして一覽了然たらしめば、はやく其意を解釋し給ひ、自ら厚く守り給はん」と、

 【意訳】いま,旦那様がその中でもとりわけ優れたものを選んで,編輯補論して,一冊にまとめ,一目見ただけで理解できるようにしたならば,短時間でその意味を解きほぐされ,自分で深くお守りなさるでしょう」と。

臣謂へらく、

 【意訳】わたくしは,次のように言いました(思いました)。

「山妻が言、其理なきにしもあらず、

 【意訳】「愚妻が言うことには,道理がないわけではない。

殊に養生は、酒味色を以て切務とすれば、其行ひ專ら其人にありて、傍人の毎事に制すべきにあらず、

 【意訳】特に養生というものは,酒・飲食・房事を急務とすれば,その行動は全面的に当人の問題であって,そばにいる人が事あるごとに押しとどめるられるものではない。

況や君臣の間に於をや、

 【意訳】ましてや君主と臣下の間柄であってはなおさらである。

しからば、別に其書を編輯するも、亦一補あらん」、

 【意訳】そうであれば,別にそのための書物を編集することにも,またひとかどの補いがあろうというものである」と。

こヽにおひて畧衆説を徧閲せしに、特貝原益軒氏、及ひ香月牛山氏等の養生を盡せり、

 【意訳】こうしてあらまし諸説をあまねく閲覧してみると,特に貝原益軒先生,および香月牛山先生などが養生について非常によく行き届いていた。

臣、因て今兩家のゑらむ所に就て、其實地に徴し、益ある説のミを捃摭し、且諸家の傑説、及ひ臣が愚按などを附て、一本となし、題して衞生覽要と名◇く、

 【意訳】わたくしは,こうしていま,貝原・香月の両者が編集したものに基づき,その実地検証をして,有益な説だけを拾い集め,なおかつ諸家の傑出した説やわたくしの愚かな按語などを付け足して一冊の本として,『衛生覧要』と名前をつけました。

遂に淨書して  公へ奉らんと欲す、

 【意訳】そして清書して,殿様に献上したいと存じます。

伏(フシ)て冀(コイネガワク)は清間を以て、左右の明臣良醫に議せしめ、或之を行ひ給はヽ(゛)、萬壽無疆は山嶽に等しからん、

 【意訳】つつしんで望みますことは,お暇な時を見計らって,殿様の身の回りにいらっしゃる優れた臣下や名医に議論をしていただき,もしもこれをおこなっていただけましたら,その健康長寿は高く秀でた山と等しくなるでしょう。

伏冀は仁明恕察し給ひて  威尊を瀆冒するの罪を深く咎給ふことなかれ、亦唯臣が老婆心のミ、

 【意訳】つつしんで望みますことには,仁恕(仁愛,思いやり)をもって明らかに物事の本質を見抜いていだだき,みなさまの威厳を冒瀆する罪を深く追及されませんことを。またこれはわたくしの老婆心にすぎません。

而てこの書、高貴へ奉るの法にあらずして、國字を雜へ、并に傍訓を加ふる者は、普く故國の朝野にも波及せしめ、婦女子までもよみやすからんことを希望すればなり、

 【意訳】本書は,高貴な方へ献上する方法にのっとって書いたものではなく,かなをまじえ,漢文には訓点をつけたのは,本国中の官民すべてにも普及させ,おんなこどもまでも読みやすいものであるようにと望んだからでございます。

かくいふとしは、弘化二年乙巳季夏吉旦、

 【意訳】このように述べている年は,弘化二年六月吉日

大坂堂嶋中街北滇堂に於て草莽の臣、松本元泰、誠恐恐惶謹白

 【意訳】大坂堂島町の北滇堂において,処士の臣下,松本元泰,まことに恐れながら申し上げます。

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