11-2 刺絡編 荻野元凱撰
京大富士川文庫所蔵(シ/六六三)
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刺絡編序
夫醫之道好生之具周官
之守也經落骨髓隂陽表
裡賅而存焉箴石湯火所
施百藥八减之冝齊和之
淂不淂者豈有他哉猶慈 〔淂‥「得」の異体〕
石取鐡於己取之而已矣拙
一ウラ
者失理以瘉為劇以生為死
是則可恤也荻君子元以
醫著北陸移京師其家翁
世々受方為小兒醫々門多疾
屨滿戸外矣子元慨然自
許務廣業名其家嘗曰
吾不能如扁鵲受異人書
二オモテ
顧惟神農黄帝歧伯伊 〔歧‥「岐」の異体〕
尹仲景之言具在即其人
已矣吾第從輪扁求之乃
胠篋徧讀諸書夜以繼日
既聞不學易無以知隂陽
則從博士家受易不學物
産無以辨藥石則從某處
二ウラ
學物産聞某子甲善鍼砭
則就而受業某氏聞越
前奥良筑主吐法其術◇
郡則就受業良筑良筑
淂子元大驚請割荒知
以南聽子矣尋又聞和蘭
善刺絡則毎歳從和蘭入
三オモテ
貢受刺絡和蘭西洋遠國
其言侏離其書旁行唯依
傳譯而譯者率進孰於我
竟不能得和蘭要領也辟
若以坤輿圖察四海相厺不 〔厺‥「去」の異体〕
過毫氂而間獨數百里視
之若易行之甚難是子元
三ウラ
所以盻々為急也廼識譯長
某氏某氏輙奉牛酒交驩
譯長手使口授以至進乎技
者數十條録而成編後之説
刺絡蓋自此始所謂窮河
源睹昆崙也哉子元益自
喜請淂鄙言取徴狂夫故
四ウラ
余述其勤動以復荻君趣
刊行焉
明和庚寅夏四月
伊勢高道昂譔
〔印形白字「高印/道昂」、「伯/起氏」〕
【訓み下し】
刺絡編の序
夫れ醫の道は、生を好むの具、周官の守なり。經落、骨髓、陰陽、表裡、賅(そなわ)りて存す。箴石湯火の施す所、百藥八減の宜、齊和の得ると得ざる者は、豈に他に有らんや。猶お慈石の鐡を取るがごとく、己に於いて之を取るのみ。拙き
一ウラ
者は理を失い、瘉を以て劇と為(し)、生を以て死と為(す)。是れ則ち恤(うれ)う可きなり。荻君子元、醫を以て北陸に著(あらわ)れ、京師に移る。其の家翁は世々に方を受け、小兒醫と為る。醫門に疾多く、屨(くつ)、戸外に滿つ。子元、慨然として自許して務めて業を廣め、其の家に名あり。嘗て曰く「吾れ扁鵲の如く異人の書を受くること能わず。
二オモテ
顧(た)だ惟(おもん)みるに、神農、黄帝、岐伯、伊尹、仲景の言、具(つぶ)さに在るは即ち其の人のみ。吾れ第(た)だ輪扁に從い之を求むるのみ」と。乃ち篋(はこ)を胠(あ)け、徧(あまね)く諸書を讀み、夜以て日に繼ぐ。既に聞く、易を學ばず、以て陰陽を知ること無くんば、則ち博士家に從いて易を受け、物産を學ばず、以て藥石を辨ずること無くんば、則ち某處に從い
二ウラ
物産を學ぶ。某子甲、鍼砭を善くすと聞けば、則ち就きて業を某氏に受く。越前の奥良筑、吐法を主り、其の術◇郡なるを聞けば、則ち就きて業を良筑に受く。良筑、子元を得て、大いに驚き、請割荒知以南聽子矣。尋(つ)いで又た和蘭、刺絡を善くすと聞けば、則ち毎歳、和蘭の入
三オモテ
貢するに從い、刺絡を受く。和蘭は西洋の遠國にして、其の言は侏離、其の書は旁行なり。唯だ傳譯に依るのみ。而して譯者は率(おおむ)ね進孰す。我に於いて竟に和蘭の要領を得ること能わざるなり。辟(たと)えば坤輿圖を以て、四海を察するが若し。相去ること毫氂に過ぎずして、間(へだ)つること獨り數百里。之を視れば易きが若くして、之を行うこと甚だ難し。是れ子元の
三ウラ
盻々として急を為す所以(ゆえん)なり。廼ち譯長の某氏を識(し)る。某氏は輙ち牛酒を奉じて交驩す。譯長は手使口授して、以て技を進むる者(こと)數十條、録して編を成すに至る。後の刺絡を説くは、蓋し此れ自り始む。謂う所の河の源を窮めて昆崙を睹るかな。子元は益ます自ら喜びて鄙言を得、徴を狂夫に取らんことを請う。故に
四ウラ
余は其の勤動を述べ、以て荻君の刊行に趣くに復す。
明和庚寅 夏四月
伊勢高道昂譔す
【注釋】
○好生‥生命をいとおしむ。『漢書』藝文志「方技者、皆生生之具、王官之一守也」。 ○具‥準備。そなえ。才能。 ○周官‥『書經』「周書」の篇名。ここでは、『周禮』(天官冢宰「醫師」)をいうか。 ○經落骨髓隂陽表裡‥『漢書』藝文志「醫經者、原人血脈經落骨髓陰陽表裏、以起百病之本、死生之分、而用度箴石湯火所施、調百藥齊和之所宜、至齊之得、猶慈石取鐵、以物相使、拙者失理、以瘉為劇、以生為死」。經落‥經絡。 ○賅而存焉‥『莊子』齊物論「百骸、九竅、六藏、賅而存焉」。 ○箴石‥『漢書』注「師古曰、箴、所以刺病也、石謂砭石、即石箴也、古者攻病則有砭、今其術絶矣」。 ○八減之冝齊和‥扁鵲傳「乃使子豹為五分之熨、以八減之齊和煮之」。『索隱』「五分之熨、八減之齊。案、言五分之熨者、謂熨之令温暖之氣入五分也。八減之齊者、謂藥之齊和所減有八。並越人當時有此方也」。 ○淂‥「得」の異体。 ○慈石‥磁石。 ○拙者‥能力の劣る人。 一ウラ ○瘉‥「愈」と同じ。いえる。 ○劇‥はげしくなる。 ○荻君子元‥荻野元凱。生年‥元文二年十月二十七日(一七三七年十一月十九日)。没年‥文化三年四月二十日(一八〇六年六月六日)。江戸中期の医者。西洋の刺絡法を導入し実践した御典医。字は子原、左中、在中、号は台州。元凱は名。加賀国(石川県)金沢で生まれ、京都の奥村良筑から古方派の医学を学んだ。明和元(一七六四)年良筑が主張する吐法を詳しく説明した『吐法編』を著す。六年後には山脇東門が唱導した西洋刺絡について書いた『刺絡篇』を発表し、医名を高めた。朝廷からも認められ、三十九歳のときに滝口詰所の役に任ぜられる。寛政六(一七九四)年皇子を診察し典薬大允に昇進した。四年後幕府から召されて医学館の教授となり、瘟疫論を講じたが、間もなく辞して帰京する。西洋医学をも採り入れようとする元凱は漢方医学しか容認しない医学館の教育に嫌気がさしたと思われる。再び朝廷に仕えて皇子の病気を診察し、その功で尚薬となった。文化二(一八〇五)年河内守に任ぜられ、翌年京都で没した。人体解剖を率先して行い解剖史にも名を残しているが、解剖書は残していない。著書には他に『麻疹編』『瘟疫餘論』がある。∧参考文献∨京都府医師会編『京都の医学史』、杉立義一『京の医史跡探訪』(『朝日日本歴史人物事典』蔵方宏昌)。 ○著‥名を世に知られる。 ○北陸‥若狭国から越後国にいたる地域。 ○京師‥京都。 ○家翁‥一家の主。家長。 ○世々‥代代。何代にもわたり。 ○醫門‥医家。『莊子』人間世「治國去之、亂國就之、醫門多疾」。 ○屨滿戸外‥来訪者の多いさま。『宋史』陸九淵傳「學者輻湊、毎開講席、戸外屨滿」。明・王世貞『弇州四部稿』卷八十三・文先生傳「戸外屨常滿」。清・李清馥『閩中理學淵源考』卷四十・韓伯循先生信同「弟子請業者、戸外屨滿」。 ○慨然‥深く感じ入るさま。気力をふるい起こすさま。 ○自許‥自負、自信がある。 ○名‥名声。評判。 ○扁鵲受異人書‥扁鵲傳「長桑君……悉取其禁方書盡與扁鵲」。『索隱』「長桑君」注「隱者、葢神人」。 二オモテ ○神農‥古代中国伝説上の帝王。製薬の創始者とされる。 ○黄帝‥上古の帝王、軒轅氏。神農氏に取って代わって帝位に就く。 ○歧伯‥黄帝の臣。医学に精通し、黄帝と医学を論じ、その内容が『黄帝内經』に掲載されているとされる。「歧」は「岐」の異体。 ○伊尹‥商(殷)初期の大臣。名は摯。料理人として或る貴族に仕え、主人の娘が商の君主・子履(後の成湯、湯王)に嫁ぐ際に、その付き人として子履に仕える。そこでその才能を子履に認められ、商の国政に参与し重きを成すにいたる。『鍼灸甲乙經』序「伊尹以亞聖之才、撰用神農本艸、以爲湯液。……仲景論廣伊尹湯液爲數十卷」。これにより、湯液は伊尹が創作したとの説あり。また王好古は『伊尹湯液仲景廣為大法』(一二三四年成立)を著した。 ○仲景‥張仲景。後漢の医家。名は機。『傷寒卒病論』を著す。 ○輪扁‥車輪作りの扁という名人。経験ゆたかで、技術のすばらしいひと。3-3鍼科發揮の注を参照。 ○胠篋‥『莊子』胠篋「將為胠篋探囊發匱之盜」。 ○夜以繼日‥昼夜兼行。夜も昼のつづきをして休まないこと。『孟子』離婁下「周公思兼三王、以施四事、其有不合者、仰而思之、夜以繼日。幸而得之、坐以待旦」。『莊子』至樂「夫貴者、夜以繼日、思慮善否、其為形也亦疏矣」。 ○易‥『易經』。 ○隂陽‥万物を生ずる二種類の元素。陰気と陽気。『易經』繫辭上「陰陽不測之謂神」。 ○博士家‥平安以降、大学寮などにおける博士の職を世襲した家柄。菅原・大江・清原・中原などの各家が有名。 ○物産‥天然、人工の産物。動植物・鉱物も含めていう。 二ウラ ○某子‥男子に対する敬称。 ○甲‥某。名前を知らないひと、または故意に名前を隠すべきひと。 ○越前‥いま福井県の一部。 ○奥良筑‥奥村良筑。名は直。号は南山。 ○吐法‥毒物、宿食、病邪などを吐き気をうながす薬を用いる方法。からだの上部に疾病がある場合に用いられる。 ○◇郡‥◇は偏(左側)がはっきりせず、「頃」か「頓」の異体に見える。 ○請割……‥保留。 ○尋‥動詞ではなく副詞と解した。まもなく。 ○和蘭‥オランダ人。オランダ医学。 ○刺絡‥絡脈、静脈を刺して血を出すことにより邪気を除く治療法。 ○入貢‥外国の使節が貢ぎ物を幕府朝廷に献上すること。 三オモテ ○西洋‥ヨーロッパ。 ○侏離‥蛮夷の言語の通じないこと形容。 ○旁行‥横書き。 ○進孰‥進熟。虚美の言を進める。『史記』大宛列傳「而漢使者往既多、其少從率多進熟於天子」。 ○辟‥「譬」に通ず。 ○坤輿圖‥地図。『易經』説卦「坤為地、為母……為大輿。」大地は万物を載せること輿の如し。故に大地を「坤輿」という。 ○四海‥広く天下各所をいう。古代中国は周囲を海で囲まれていたと考えていたので、四方を「四海」という。 ○厺‥「去」の異体。 ○毫氂‥毫釐。極めて小さい数。 三ウラ ○盻々‥苦労しても休まないさま。 ○牛酒‥牛肉と酒。贈答や慰労の品として用いられた。 ○交驩‥交歡。交わりを結んでともに楽しむ。 ○手使‥手を使って。手振りで。 ○口授‥口で伝授する。 ○窮河源睹昆崙‥『史記』大宛列傳「而漢使窮河源……名河所出山曰崑崙云。……太史公曰、禹本紀言河出崑崙。……窮河源、惡睹本紀所謂崑崙者乎」。黄河の源流にたどり着いて崑崙山(カラコルム)を見る。 ○鄙言‥卑俗なことば。自分の話の謙遜語。筆者の序のことであろう。 ○徴‥人を信服させる証拠。ここでは序のことか。 ○狂夫‥愚鈍なひと。序の筆者高道昂のことであろう。 四ウラ ○勤動‥勤労。苦労して力をつくすこと。 ○復‥こたえる。 ○明和庚寅‥明和七(一七七〇)年。 ○伊勢‥いま三重県。ただし高氏と伊勢との関連が見つけられなかった。高氏の『弇州尺牘國字解』には「伊齊 高道昂伯起」とあり、「伊勢」は「伊齊」と同じく号か。『大學國字解』は「伊勢」。 ○高道昂‥高葛坡(陂)。一七二四~一七七六。江戸時代中期の儒者。享保九年生まれ。大坂から下総葛飾にうつる。石島筑波にまなび、京都で講義した。晩年、姓を王とあらためた。安永五年八月八日死去。五十三歳。名は峻。字は伯起、維岳、道昂。通称は嘉右衞門、小左衞門。別号に伊齋。著作に「弇州尺牘國字解」など(『日本人名大辞典』+Plus)。先祖は明代末に日本に来た中国人という。
刺絡編の序
夫れ醫の道は、生を好むの具、周官の守なり。
【意訳】そもそも医学の道は,生命をいとおしむ備えであり,周の官職の一つである。
經落、骨髓、陰陽、表裡、賅(そなわ)りて存す。
【意訳】(人体には)経絡・骨髄・陰陽・表裏が備わっている。
箴石湯火の施す所、百藥八減の宜、齊和の得ると得ざる者は、豈に他に有らんや。
【意訳】鍼・砭石・薬湯・灸をほどこし,多数の薬を使用して,適切な調剤ができるかどうについて,他になにかあろうか。
猶お慈石の鐡を取るがごとく、己に於いて之を取るのみ。
【意訳】慈石が鉄を引き寄せるように,自分で引き寄せるものなのである。
拙き者は理を失い、瘉を以て劇と為(し)、生を以て死と為(す)。
【意訳】技術の拙劣な者は,治る患者の症状を悪化させ,生きながらえるはずの患者を死に至らしめる。
是れ則ち恤(うれ)う可きなり。
【意訳】これは憂うべきことである。
荻君子元、醫を以て北陸に著(あらわ)れ、京師に移る。
【意訳】荻野子元君は,医師として北陸地方で有名となり,京都に居を移した。
其の家翁は世々に方を受け、小兒醫と為る。
【意訳】その家系は,代々処方を継承し,小児科医である。
醫門に疾多く、屨(くつ)、戸外に滿つ。
【意訳】その門前には,患者が多く集まって,家の中に履き物が収まりきれないほどであった。
子元、慨然として自許して務めて業を廣め、其の家に名あり。
【意訳】子元君は,みずから深く感じて医業を広めることにつとめて,有名となった。
嘗て曰く「吾れ扁鵲の如く異人の書を受くること能わず。
【意訳】以前,つぎのように言ったことがある。「わたくしは,扁鵲のように異能のひとから秘法の書を授かることはできなかった。
顧(た)だ惟(おもん)みるに、神農、黄帝、岐伯、伊尹、仲景の言、具(つぶ)さに在るは即ち其の人のみ。
【意訳】しかし考えてみると,神農・黄帝・岐伯・伊尹・張仲景のことばは,そのひとそのものにあるだけである。
吾れ第(た)だ輪扁に從い之を求むるのみ」と。
【意訳】わたくしは,ただ『荘子』に見える車大工,輪扁のように,実践を通じて追求するだけである」。
乃ち篋(はこ)を胠(あ)け、徧(あまね)く諸書を讀み、夜以て日に繼ぐ。
【意訳】そこで,本箱を開いて,夜となく昼となく,広く多くの書物を読んだ。
既に聞く、易を學ばず、以て陰陽を知ること無くんば、則ち博士家に從いて易を受け、物産を學ばず、以て藥石を辨ずること無くんば、則ち某處に從い物産を學ぶ。
【意訳】『易経』を学ばなければ,陰陽のことは理解できないと聞いたので,博士家で『易経』の伝授を受け,物産について学ばなければ,薬物を判別できないと聞いたので,あるところで物産について学んだ。
某子甲、鍼砭を善くすと聞けば、則ち就きて業を某氏に受く。
【意訳】あるひとが鍼の技術に優れていると聞くと,そのひとに師事してその技を授けてもらった。
越前の奥良筑、吐法を主り、其の術◇郡なるを聞けば、則ち就きて業を良筑に受く。
【意訳】越前地方の奥良筑が,吐法を専門としていて,その技術が【◇郡/◇は「傾」か?】であると聞くと,師事してその技を奥良筑から伝授された。
良筑、子元を得て、大いに驚き、請割荒知以南聽子矣。
【意訳】奥良筑は,子元が弟子入りして,(その才能に)大いに驚いて,……。
尋(つ)いで又た和蘭、刺絡を善くすと聞けば、則ち毎歳、和蘭の入貢するに從い、刺絡を受く。
【意訳】すぐまた,オランダ医学は刺絡(瀉血)の技術に長けている聞くと,毎年オランダ人が貢ぎ物を献上しに来日するのにしたがって,刺絡を学んだ。
和蘭は西洋の遠國にして、其の言は侏離、其の書は旁行なり。
【意訳】オランダは,西洋の遠いところにある国であり,その言葉は理解不能であり,その文字は横書きである。
唯だ傳譯に依るのみ。
【意訳】ただ通訳に頼るしかなかった。
而して譯者は率(おおむ)ね進孰す。
【意訳】しかし,通詞はおおむね美辞麗句をならべるだけである。
我に於いて竟に和蘭の要領を得ること能わざるなり。
【意訳】自分では,結局オランダ医学の神髄を得ることはできなかった。
辟(たと)えば坤輿圖を以て、四海を察するが若し。
【意訳】たとえば,世界地図をみて,世界の地理を理解するようなものである。
相去ること毫氂に過ぎずして、間(へだ)つること獨り數百里。
【意訳】地図上では数センチの間隔でしかなくとも,実際には数百キロも離れている。
之を視れば易きが若くして、之を行うこと甚だ難し。
【意訳】一見するたやすくできそうだが,実際におこなうのは非常に困難である。
是れ子元の盻々として急を為す所以(ゆえん)なり。
【意訳】これが荻野子元が苦労して急いだ理由である。
廼ち譯長の某氏を識(し)る。
【意訳】そうしているうちに大通詞の某氏と知り合いになった。
某氏は輙ち牛酒を奉じて交驩す。
【意訳】某氏にはいつも牛肉と酒を贈って交友を深めた。
譯長は手使口授して、以て技を進むる者(こと)數十條、録して編を成すに至る。
【意訳】大通詞は身振り手振りをまじえて口授し,実技の要点,数十項目を得て,収録して書物にまとめることができた。
後の刺絡を説くは、蓋し此れ自り始む。
【意訳】後世において刺絡を論じたのは,おそらくこれが最初であろう。
謂う所の河の源を窮めて昆崙を睹るかな。
【意訳】いわゆる「黄河の源泉を尋ね求めて,崑崙山を実際に見る」ということだろうか。
子元は益ます自ら喜びて鄙言を得、徴を狂夫に取らんことを請う。
【意訳】荻野子元は,わたくしの話を一層よろこんで,わたくしに証拠としてほしいと請われた。
故に余は其の勤動を述べ、以て荻君の刊行に趣くに復す。
【意訳】そのため,わたくしは,その勤勉さを述べて,荻野君が本書を刊行した趣旨について報告する。
明和庚寅 夏四月
【意訳】明和七年(1770)夏四月
伊勢高道昂譔す
【意訳】伊勢 高 道昂 あらわす
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四ウラ
巖雄達者肥人也雄達共 倶師事吉雄子學
紅毛瘍醫術余聞其所傳紅毛刺絡事旁見其所筆
記畧洽經論惜哉斷錦屑玉未見一匹之美亦孰肻舎
諸遂演繹之作紅毛鍼書嗣後 就余學疾醫
事旦夕相見又聞其所傳間有小異同持以質之吉
雄子則出西書詳悉其事淄澠方分疑怚頓觧囙
採 之所勝裁新所聞較諸經説徵諸患者累稔
易稿又作刺絡編獨以為得經旨卷末顯効案若干
則以備考證古人云獨智難周如其不逮竢後識者
是歳明和庚寅仲春荻元凱再識
【訓み下し】
巖雄達は、肥の人なり。雄達、共に 倶に吉雄子に師事し、紅毛の瘍醫術を學ぶ。余は其の傳うる所の紅毛刺絡の事を聞き、旁(あまね)く其の筆記する所を見る。略(ほ)ぼ經論を洽(あまね)くするも、惜しいかな、斷錦屑玉、未だ一匹の美を見ず、亦た孰(た)れか諸(これ)を舎(す)つるを肯(うべな)わん。遂に之を演繹して、紅毛の鍼書を作る。嗣後 余に就きて疾醫の事を學び、旦夕相い見(まみ)ゆ。又た其の傳うる所を聞き、間ま小しく異同有らば、持して以て之を吉雄子に質(ただ)す。則ち西書を出だし、詳らかに其の事を悉(つく)し、淄澠方(まさ)に分かち、疑い怚(ほ)ぼ頓(とみ)に解す。因って之が勝る所を採り、新たに聞く所を裁き、諸(これ)を經説に較べ、諸を患者に徴す。稔(とし)を累ね稿を易(か)え、又た刺絡編を作る。獨り以て經旨を得たりと為(す)。卷末に效案若干則を顯(あらわ)し、以て考證に備う。古人云う、獨智は周(あまね)ねきこと難し、と。其の逮(およ)ばざるが如きは、後の識者を竢(ま)つ。
是の歳 明和庚寅 仲春 荻元凱再び識(しる)す
【注釋】
○巖雄達‥ ○肥‥肥州(肥前国と肥後国)。 ○雄達共‥本文には三箇所二字分空白があるが、その意図未詳。尊敬とは無関係に思われる。 ○吉雄子‥吉雄耕牛か。一七二四~一八〇〇。江戸時代中期~後期のオランダ通詞、蘭方医。享保九年生まれ。代々オランダ通詞で、寛延元年大通詞にすすむ。またオランダ商館付医師から外科医学をまなび、吉雄流外科といわれる一派をおこす。前野良澤、杉田玄白らを指導し、「解體新書」に序文をよせた。寛政十二年八月十六日死去。七十七歳。肥前長崎出身。名は永章。通称は幸左衞門、幸作。訳書に「因液發備」など(『日本人名大辞典』+Plus)。 ○紅毛‥紅毛人。江戸時代、オランダ人をよんだ語。ポルトガル人・スペイン人を南蛮人とよんだのに対していう。また、広く西洋人のこと。 ○瘍醫術‥外科医術。 ○經‥「徑」にも見えるが、文意から「經」とした。 ○斷錦屑玉‥美しい絹織物の切れ端と砕かれた宝玉。 ○匹‥絹織物を数える助数詞。 ○孰‥誰。何。 ○肻‥「肯」の異体。承知する。 ○舎‥「捨」に通ず。あるいは「おく」と訓んで「やめる」の意か。 ○演繹‥普遍的な原理をもって特殊な事象を推定する方法。 ○嗣後‥これより以後。 ○旦夕‥朝晩。 ○西書‥西洋の書籍。 ○詳悉‥詳細に知悉する。 ○淄澠‥淄水と澠水。いま、ともに山東省を流れる。両河川の水の味は異なると伝えられ、混じると判別しがたいたとえに用いられた。 ○怚‥「粗」の古字であろう。ほぼ。 ○頓‥たちどころに。 ○觧‥「解」の異体。 ○囙‥「因」の異体。 ○採‥採用する。 ○裁‥判断する。 ○徴‥検証する。証明する。 ○稔‥年。 ○稿‥原稿。 ○顯‥表現する。 ○効案‥効果のあった事案、カルテ。 ○則‥段落などを数える助数詞。 ○獨智難周‥ひとりの智慧(知っていること)は周到であるのは難しい。「獨智」は「獨知」とも。仏典の列祖提綱縁起に見えるが、これが出典かどうか未詳。 ○逮‥到達する。 ○如其‥~に関しては。また仮設をあらわす。 ○竢‥「俟」の異体。 ○識者‥見識ある者。 ○仲春‥陰暦二月。 ○再‥本書は「台州園隨筆之二」。「一」は『吐法編』。『吐法編』にも荻野の序や識語なし。なぜ「再」なのか未詳。
巖雄達は、肥の人なり。
【意訳】巖雄達は,肥州出身のひとである(肥後国≒熊本県。肥前国≒佐賀県・長崎県)。
雄達、共に 倶に吉雄子に師事し、紅毛の瘍醫術を學ぶ。
【意訳】巖雄達は( と)ともに吉雄氏に師事して,西洋の外科手術を学んだ。
余は其の傳うる所の紅毛刺絡の事を聞き、旁(あまね)く其の筆記する所を見る。
【意訳】わたくしは,その伝えられた西洋の刺絡のことを聞き,その筆記された内容をくまなく読んだ。
略(ほ)ぼ經論を洽(あまね)くするも、惜しいかな、斷錦屑玉、未だ一匹の美を見ず、亦た孰(た)れか諸(これ)を舎(す)つるを肯(うべな)わん。
【意訳】ほぼ医学経典をひろく議論しているが,残念なことに,素晴らしくもあるが断片的であって,全体的な美しさを見ることができなかった。しかしまたこれをうち捨てておくことができようか。
遂に之を演繹して、紅毛の鍼書を作る。
【意訳】そこでわたくしは,これを敷衍して紅毛流の鍼書を作成した。
嗣後 余に就きて疾醫の事を學び、旦夕相い見(まみ)ゆ。
【意訳】その後,巖雄達はわたくしに師事して医学を学び,毎日顔を合わせるようになった。
又た其の傳うる所を聞き、間ま小しく異同有らば、持して以て之を吉雄子に質(ただ)す。
【意訳】またその伝えられた内容に,少しでも異なることがあったら,吉雄氏に質問した。
則ち西書を出だし、詳らかに其の事を悉(つく)し、淄澠方(まさ)に分かち、疑い怚(ほ)ぼ頓(とみ)に解す。
【意訳】すると吉雄氏は西洋の原書を取り出して,詳細に説明してくれて,淄水と澠水の水の色の違いのようにはっきり区別ができて,疑問がほぼすぐに氷解した。
因って之が勝る所を採り、新たに聞く所を裁き、諸(これ)を經説に較べ、諸を患者に徴す。
【意訳】そこでその優れているところを採用し,あらたに聞いた内容を加え,これを経典の説と比較し,実際に患者に検証した。
稔(とし)を累ね稿を易(か)え、又た刺絡編を作る。
【意訳】数年かけて原稿を改訂して,また『刺絡編』を作成した。
獨り以て經旨を得たりと為(す)。
【意訳】個人的には,医学経典の真意は得られたと思う。
卷末に效案若干則を顯(あらわ)し、以て考證に備う。
【意訳】書末に,「効案」(症例)をいくつか掲載して,参考資料とした。
古人云う、獨智は周(あまね)ねきこと難し、と。
【意訳】古人は,「一人の知恵だけでは,すべてを網羅することはむずかしい」といった。
其の逮(およ)ばざるが如きは、後の識者を竢(ま)つ。
【意訳】わたくしの及ばないところは,のちの有識者が補ってくれることを期待する。
是の歳 明和庚寅 仲春 荻元凱再び識(しる)す
【意訳】今年,明和七年(1770)二月 荻野元凱 あらためて記す
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跋
昇平之世民飫德澤有餘於文恥学
歐蘇於醫賤慣李朱遡洄徃昔遵
循舊訓古道之盛今斯時為然吾
荻先生嘗嘆刺絡之喪世或不知也耑
據素靈旁考蠻法論次研尋作刺
絡編興疢疾於癈餘躋人暉春之
臺彼傚顰之徒不知刺有法度證有
ウラ
當否濫執鍼臨疾甚者有瞽者行之
何以辨形色豈不嘆乎然使人〃知
刺有法證有當而不能也適先生此
書成余受而讀之法明説確以範四
方使人鮮過則不仁政之一助乎哉
是所請先生以公于世也
陸奥 木恒徳謹識
【訓み下し】
跋
昇平の世、民は德澤の有餘なるに飫(あ)き、文に於いて歐蘇を學ぶを恥じ、醫に於いて李朱に慣るるを賤しむ。往昔に遡洄し、舊訓古道の盛んなるに遵循し、今ま斯(こ)の時を然りと為す。吾が荻先生は嘗(つね)に刺絡の世に喪われ、或いは知られざるを嘆くなり。耑(もつぱ)ら素靈に據り、旁(あまね)く蠻法を考え、論次研尋して刺絡編を作る。疢疾を癈より興(おこ)し、餘つさえ人を暉春の臺に躋(のぼ)す。彼の顰みに傚(なら)うの徒は、刺に法度有り、證に
ウラ
當否有るを知らず、濫(みだ)りに鍼を執りて疾に臨む。甚だしき者は、瞽者の之を行う有り。何を以てか形色を辨ぜんや。豈に嘆ぜざらんや。然れば人々をして刺に法有り、證に當有りて、而も能くせざるを知らしむるなり。適(まさ)に先生の此の書成る。余受けて之を讀む。法明らかにして説確か、以て四方に範たりて、人をして過(あやま)ちを鮮(すく)なくせしむれば、則ち仁政の一助ならざらんや。是れ先生に請いて、以て世に公けにする所なり。
陸奥 木恒德謹んで識(しる)す
【注釋】
○昇平‥世の中が平和でよく治まっていること。 ○飫‥飽食する。満ちる、飽きる。 ○德澤‥恩恵。 ○歐‥歐陽修(一〇〇七~一〇七二)。 ○蘇‥蘇軾(一〇三六~一一〇一)。 ○李‥李東垣(一一八〇~一二五一)。 ○朱‥朱丹溪(一二八一~一三五八)。 ○遡洄‥さかのぼる。 ○遵循‥したがう。 ○舊訓古道‥ふるい教えや経典。 ○嘗‥「常」に通ず。むかしからずっと。 ○耑‥「專」と同じ。また「端(はじめ)」に通ず。 ○素‥『素問』。 ○靈‥『靈樞』。 ○旁‥広く。「もっぱら」の対表現としてはあるいは「かたわら」とも考えられるが、「かたわら」はおもに名詞として用いられる。 ○蠻法‥南蛮の技法。西洋の技術。 ○論次‥論定してならべる。 ○研尋‥研究し探求する。 ○興‥病床から起こす。いやす。 ○疢疾‥疾病。 ○癈‥病が久しく治らない。痼疾。 ○暉春‥春暉。春の陽光。 ○臺‥うてな。 ○傚顰‥效顰。自分の身もわきまえず、むやみに他人のまねをする(そして、かえって逆効果になる)こと。 ○法度‥法式。方法。 ○證有當否‥適応症と不適応症。 ウラ ○濫‥軽率に。随意に。 ○瞽者‥盲人。 ○何以‥どのようにして。反語の語気。「ない、できない」ことを示す。 ○形色‥形と色。 ○不能‥否。 ○適‥おりよく。たった今。 ○範‥手本。見習うべきもの。 ○四方‥東西南北各地。 ○過‥錯誤。過失。 ○仁政‥仁徳の政治。 ○所‥所以。ゆえん。 ○陸奥‥奥州。今日の福島県、宮城県、岩手県、青森県と、秋田県の一部にわたる地域。 ○木恒徳‥荻野元凱の門人。木村恒德。字は子愼。本書の校正者。
跋
昇平の世、民は德澤の有餘なるに飫(あ)き、文に於いて歐蘇を學ぶを恥じ、醫に於いて李朱に慣るるを賤しむ。
【意訳】平和な世の中では,人民は恩恵が有り余っていることにあきあきし,文学では欧陽脩や蘇軾を学ぶことを恥じ,医学では李東垣や朱丹渓の治療法に慣れることを卑しいと思う。
往昔に遡洄し、舊訓古道の盛んなるに遵循し、今ま斯(こ)の時を然りと為す。
【意訳】昔にさかのぼって,盛んであった古い教えに従うのは,いまがまさしくその時なのである。
吾が荻先生は嘗(つね)に刺絡の世に喪われ、或いは知られざるを嘆くなり。
【意訳】われわれの荻野先生は,刺絡という治療法が世の中から失われ,知られなくなってしまったことを常に嘆いていた。
耑(もつぱ)ら素靈に據り、旁(あまね)く蠻法を考え、論次研尋して刺絡編を作る。
【意訳】もっぱら『素問』『霊枢』にもとづき,ひろく西洋の手法を考究し,検討研究を重ねて,『刺絡編』を作成した。
疢疾を癈より興(おこ)し、餘つさえ人を暉春の臺に躋(のぼ)す。
【意訳】寝たきりだった病人を癒やして立ち上がらせ,それだけでなく春の光輝く台(うてな)に登らせたのである。
彼の顰みに傚(なら)うの徒は、刺に法度有り、證に當否有るを知らず、濫(みだ)りに鍼を執りて疾に臨む。
【意訳】(しかし)荻野先生のまねをする輩(やから)は,刺絡には手法があり,適応・不適応の証があることを知らず,みだりに鍼を持って患者に応対する。
甚だしき者は、瞽者の之を行う有り。
【意訳】なかには盲人でさえ,刺絡をおこなうものがある。
何を以てか形色を辨ぜんや。
【意訳】目が見えないのに,どうやって状態や顔色を判断できるのか。
豈に嘆ぜざらんや。
【意訳】嘆かわしいことである。
然れば人々をして刺に法有り、證に當有りて、而も能くせざるを知らしむるなり。
【意訳】だから,人々に刺絡には手法があり,適応症・禁忌症というのがあるのを知らせたのである。
適(まさ)に先生の此の書成る。
【意訳】折良く先生のこの書物が完成した。
余受けて之を讀む。
【意訳】わたくしは,受け取って拝読した。
法明らかにして説確か、以て四方に範たりて、人をして過(あやま)ちを鮮(すく)なくせしむれば、則ち仁政の一助ならざらんや。
【意訳】手法が明確に述べられており,諸国天下の手本となり,これによって医療過誤が少なくなれば,恵み深い政治のいささかの助けとなるのではないか。
是れ先生に請いて、以て世に公けにする所なり。
【意訳】これが先生にお願いして,(出版して)世の中に公表した理由である。
陸奥 木恒德謹んで識(しる)す
【意訳】陸奥 木村恒徳 つつしんで記す
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