2013年12月29日日曜日

素問次注集疏叙

素問次注集疏叙
素問載道之書也固非狹見短識之所可得而窺焉
是以庸下之徒為不可企及英邁之士亦或觀以為迂遠
古義之泯焉無聞未必不職由之可勝歎也乎哉愚
每讀王太僕次注茫乎不得其畔涯乃取玄臺馬氏
鶴臯呉氏景岳張氏注讀之稍得其端緒 皇朝近
世有劉君父子之二識然後素問似無復餘蘊殊不
知古義之所存以王氏為最於是乎擇馬呉張三家
及劉君二識所釋撰次注集疏其間亦有管蠡之攷
  ウラ
但以夏蟲之見固不足厠於前人率省而不載有客
謂曰子無啓發之識而欲列作者之林何其不知量
之甚也愚答曰短綆不可以汲深井不若假人之長
以補我短然而比之逞詞鋒弄舌尖以誇於世者其
是非得失果奈何客唯而去是為叙明治六年癸酉
九月十三日山田業廣識于東京小石川富坂町寓居

  【訓讀】
素問次注集疏叙
素問は道を載するの書なり。固(まこと)に狹見短識の得て窺う可き所に非ず。
是(ここ)を以て庸下の徒は為に企及す可からず、英邁の士も亦た或いは觀て以て迂遠と為す。
古義の泯(ほろ)びて聞くこと無きは、未だ必ずしも職として之に由らずんばあらずして、歎きに勝つ可けんや。愚
王太僕の次注を讀む每に、茫乎として其の畔涯を得ず。乃ち玄臺馬氏·
鶴臯呉氏·景岳張氏の注を取りて之を讀み、稍や其の端緒を得たり。 皇朝近
世に劉君父子の二識有り。然る後、素問復た餘蘊無きに似たるも、殊に
古義の存する所は、王氏を以て最と為すを知らず。是(ここ)に於いてか馬呉張三家
及び劉君二識の釋する所を擇び、次注集疏を撰す。其の間亦た管蠡の攷有るも、
  ウラ
但だ夏蟲の見を以てするのみにして、固(もと)より前人に厠(ま)じるに足らず。率ね省いて載せず。客有りて
謂いて曰く、子、啓發するの識無くして、而して作者の林に列せんと欲す。何ぞ其れ量ることを知らざる
の甚しきや、と。愚、答えて曰く、短綆、以て深井を汲む可からず。人の長を假りて、
以て我が短を補うに若(し)かず。然り而して之を詞鋒を逞しくし、舌尖を弄し、以て世に誇る者と比ぶれば、其の
是非得失、果して奈何(いかん)、と。客、唯して去る。是れを叙と為す。明治六年癸酉
九月十三日、山田業廣、東京小石川富坂町の寓居に識(しる)す。

  【注釋】
○素問載道之書也:朱震亨『格致余論』序の冒頭:「素問載道書也」。多紀元簡『素問識』序の冒頭で引用される。『素問識』に「之」字あり。『格致余論』序は次のようにつづく。「詞簡而義深、去古漸遠、衍文錯簡、仍或有之、故非吾儒不能讀」。 ○固:たしかに。当然。 ○狹見短識:見識がせまく浅い。 ○可得:可能をあらわす助動詞の役割をはたす。できる。 ○是以:このため。 ○庸下:凡庸下級。 ○為:そのために。 ○企及:つま先だってやっと達する。努力して到達しようと望む。 ○英邁:才智抜群。 ○以為:~と思う。 ○迂遠:直接役に立たないさま。実際的でない。 ○泯:消滅する。 ○職:もっぱら。主として。「もとより」とも訓む。 ○勝:打ち勝つ。抑制する。 ○愚:自称。謙遜していう。 ○王太僕次注:唐の王冰。その注を次注という。全元起の訓解を初めての注とすると、それに次ぐ。また「次」には、順序立てる、編集するという意味もある。王冰は、全元起本に大幅な順序の変更、編輯をおこなった。 ○茫乎:茫然。知ることがない。ぼやけて曖昧なさま。はっきりしないさま。 ○不得其畔涯:とりとめがない。注の意味している内容を理解できない。意義を確定できない。/畔涯:境界。境域。 ○乃:そこで。 ○玄臺馬氏:馬蒔。明代の医家。字は仲化、玄臺は号。会稽(いま浙江省紹興)のひと。王冰本『素問』は二十四巻本であるが、『漢書』藝文志にしたがって、『素問』『霊枢』とも九巻として、それぞれの『註証発微』を著わした。特に『霊枢註証発微』は、『霊枢』に対するはじめての注釈書として後世重んじられ、経絡経穴に関する注が詳しい。 ○鶴臯呉氏:明代の医家(1552-1620年?)。字は山甫,鶴臯(異体は「皋」)は号で、參黃子とも号した。歙県(いま安徽省)のひと。『素問』に対してすぐれた注も記しているが、経文を一部書き換えたり、篇名をかえたりしている。その注釈書は、『素問呉注』あるいは『呉注素問』などとよばれている。 ○景岳張氏:明代の医家(1563-1640年)。字は會卿、景岳は号。通一子とも号した。もと四川省綿竹のひとで、のちに浙江の會稽(いま紹興)に居をうつした。『素問』『霊枢』を内容によって分類し注をつけ、『類経』三十二巻を著わした。 ○端緒:糸口。 ○ 皇朝:一字空格(敬意をあらわすために文字を空けて書く)あり。 ○近世:ちかごろ。 ○劉君父子之二識:多紀元簡の『素問識』と多紀元堅の『素問紹識』。後漢の霊帝の末裔とされるので、劉姓を称す。 ○餘蘊:残ったところ。あますところ。 ○最:至極。最重要なもの、ひと。 ○於是乎:「於是」に同じ。 ○管蠡之攷:「管蠡」は、「管窺蠡測」の略。自分の見識が浅く狭いことをいう謙遜語。「攷」は「考」の異体。
  ウラ
○夏蟲:夏の虫。『莊子』秋水:「井蛙不可以語於海者、拘於虛也。夏蟲不可以語於冰者、篤於時也」。夏の虫は氷のことを語れないし、井の中の蛙は、海を語れない。知識が狭いこと。 ○厠:「廁」の異体。身をその中に置く。 ○子:あなた。 ○啓發之識:ひとびとを啓発する知識。 ○林:同類のものが集まるところ。司馬遷『報任安書』:「列於君子之林矣」。 ○不知量:身のほどを知らない。買いかぶる。 ○愚:自称。 ○短綆不可以汲深井:「綆」は、井戸の水を汲むつるべの縄。短い綆では、深い井戸の水を汲み出すことはできない。『荀子』榮辱:「短綆不可以汲深井之泉、知不幾者不可與及聖人之言」。能力が足りなければ、ものごとを成し遂げられないことの比喩。 ○逞:顕示する。ひけらかす。 ○詞鋒:文章語句が刃のように鋭い。 ○弄:もてあそぶ。たわむれる。 ○舌尖:舌先。口先。発語。 ○是非得失:正しいことと間違っていること、得るところと失うところ。 ○唯:応答の声。「唯唯」であれば、謹んで応諾する意。「唯而不諾」「唯而不對」とつづくことが多いが、そうだとすると、客は納得しなかったことになる。ひとまず、著者の言に納得して去ったと解しておく。 ○叙:「敘」の異体。「序」と同じ。 ○明治六年癸酉:1873年。政変の年。 ○山田業廣:やまだなりひろ(1808~81)。業広は高崎藩医で、字は子勤(しきん)、通称昌栄(しょうえい)、号は椿庭(ちんてい)。朝川善庵(あさかわぜんあん)に儒を、伊沢蘭軒(いざわらんけん)・多紀元堅(たきもとかた)、池田京水(いけだきょうすい)に医を学んだ(『日本漢方典籍辞典』)。 ○小石川富坂町:現文京区。江戸時代には、上・中・下の富坂町があった。明治五年には、もと火除地であった地域に、西富坂町が設置されたという。

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