2014年2月12日水曜日

灸治 一万壮

新井白石『折りたく柴の記』
 岩波文庫 羽仁五郎校訂本 155頁/松村明校注本 246頁
 以下,羽仁五郎校訂本をしめす。松村 明校注本とは,若干文字遣い,異なる(校注本は,たぶん歴史的仮名遣いになおしてあるのだと思う。「つゐ」→「つひ」。「なを」→「なほ」)。
三月の廿日比より,身の病堪がたくして,つゐに家にこもりゐたり。……出仕なをかなふべからずと申ければ……醫師の申す所をも承て候に,思の外脾を傷りて元氣もまたすでに衰へたり,四花に灸する事万壯に餘りぬれど,なをいまだしるしあらずとこそ承れと申すを聞召れて,その世を憂ふる心實に深し,これより病を致せる事はありなむ,其氣のごときは我國にみちあまりて,四海の外をおほへり,汝の申すごとくならむものゝ,わづかの程に一万壯の灸治かなふべしやと仰られしとぞ〔此御ことばこそ忘れがたくかたじけなき御事なり〕。

 中公クラシックス 桑原武夫訳 179頁
三月二十日ごろから,病気が堪えがたくなって,ついにひきこもっていた。……「出仕はまだできかねます」と申し上げると,……「医師の申すところを承りますと,脾臓(ひぞう)をいためて元気も少し衰えております。四花(しか)(背の下部にある四つのつぼ)に灸を一万以上もすえましたが,まだその効きめがあらわれないと申しております」と【村上正直が:引用者注】申し上げるのを【将軍家宣が:引用者注】聞かれて「白石は世を憂うる心がじつに深い。そのため病気になったのであろう。その気迫はわが国に満ちあふれて,さらに外国までおよんでいる。おまえの言うとおりであろうが,わずかのあいだに一万の灸ではたして治すことができようか」と仰せられたという〔このおことばこそ,忘れがたくありがたいことである〕。

『千金方』の千壮も,すごいなあ,と思っていましたが,実際1万壮以上もすえていたんですね。
それとは別に「わづかの程に一万壯の灸治かなふべしや」の訳は「わずかのあいだに一万の灸ではたして治すことができようか」は,正しいのでしょうか?

わたくしは,将軍の疑問は「短時間で,一万壮も灸をすえることは,はたして可能なことであろうか」ということではないかと思ったのですが,みなさまはどのように考えられるでしょうか?

なお本書には
http://www.ibukimoxa.com/banpaku/502_1.html
【折たく柴の記】
新井白石(1657~1725)
「灸少しきに数すくなきとは無益の事也と仰られて、大きなる灸を、其数少なからず、五所も七所も、一時にすへさせて、痛み給ふけしきも見え給はず」
という話もみえます。

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