2014年5月15日木曜日

訓読・注釈『鍼灸大成』医案11

  戊寅冬、張相公長孫患瀉痢半載、諸藥不效、相公命予治之。曰、昔翰林時患肚腹之疾、不能飲食、諸藥不效、灸中脘・章門即飲食、其針灸之神如此。今長孫患瀉痢、不能飲食、可針灸乎。予對曰、瀉痢日久、體貌已變、須元氣稍復、擇日針灸可也。華岑公子云、事已危篤矣、望即治之、不俟再擇日期、即針灸中脘・章門、果能飲食。

【訓讀】
戊寅の冬、張相公の長孫、瀉痢を患うこと半載、諸藥效あらず。相公、予に命じて之を治せしむ。曰く、昔翰林の時、肚腹の疾を患い、飲食すること能わず、諸藥效あらず、中脘と章門に灸すれば即ち飲食す。其れ針灸の神、此(かく)の如し。今ま長孫、瀉痢を患って、飲食する能わず。針灸す可きか、と。予對えて曰く、瀉痢日に久しく、體貌已に變じ、元氣の稍や復するを須(ま)って、日を擇んで針灸するは可なり。華岑公子云く、事已に危篤なり。之を即治するを望む、と。再びは日期を擇ぶを俟たず、即ち中脘と章門に針灸すれば、果して能く飲食す。

【注釋】
○戊寅:万暦6年(1578)。 ○張相公:原為對宰相的尊稱。後用來泛指官吏。宰相であれば、張居正(1525年 - 1582年)。中国明代の政治家。字は叔大、封号は上柱国。号は太岳、諡は文忠。万暦帝の元で強力な指導力を発揮して明の政治改革を推し進めたが、その一方で強引に政敵を蹴落とすそのやり方は恨みも買った。長男は張敬修。張明澄はその子孫という。 ○長孫:排行最大的孫子[eldest grandson]。 ○瀉痢:下痢。 ○載:量詞。計算時間的單位。相當於「年」。 ○不效:不成功﹑不見成效。没有效果。 ○翰林:職官名。唐宋為內庭供奉之官,方技、雜流,亦待詔翰林。明清則為進士朝考後,得庶吉士的稱號。/張居正、初めは翰林院庶吉士となり、徐階にその才能を認められ、門弟となる。徐階が首輔(宰相)となるとその信任は更に厚くなり、礼部右侍郎・吏部左侍郎・礼部尚書などを歴任し、隆慶元年(1567年)に入閣、徐階が嘉靖帝の遺詔にことつけて、嘉靖帝が重用した道士を排除する際にはその片腕を務めた。 ○中脘:出《針灸甲乙經》。《脈經》名中管。別名上紀、太倉、胃脘。屬任脈。任脈、手太陽與少陽、足陽明之會。胃之募穴。八會穴之腑會。在上腹部,前正中線上,當臍中上4寸。布有第七肋間神經的前皮支和腹壁上動、靜脈。主治胃痛,嘔吐,呃逆,反胃,腹痛,腹脹,泄瀉,痢疾,疳疾,黃疸,水腫。 ○章門:出《脈經》。別名長平、脅髎、季脅。屬足厥陰肝經。脾之募穴。足厥陰、少陽之會。八會穴之臟會。在側腹部,當第11肋游離端的下方;屈肘合腋時正當肘尖盡尖處。一說“在季肋前一寸半”(《脈經》)。其稍下方布有第十肋間神經及第十肋間動脈末支。主治胸脅滿痛,腹脹,腸鳴,嘔吐,泄瀉,痞塊,背強腰痛,及肝脾腫大,消化不良等。 ○神:稀奇﹑玄妙﹑不平凡的。不可思议的,特别希奇的。不思議なちから。 ○體貌:形體面貌。体态容貌;模样。 ○須:等待 [await]。需要、需求。 ○元氣:人的精氣。[vitality;vigor]。人体的正气,与“邪气”相对。/元氣又名“原氣”、“真氣”,是人體最基本、最重要的氣,是人體生命活動的原動力。其組成以腎所藏的精氣為主,依賴于腎中精氣所代生。腎中精氣以受之于父母的先天之精為基礎,又賴后天水谷精氣的培育。其主要功能是推動人體的生長和發育,溫煦和激發各個臟腑、經絡等組織器官的生理活動,所以說,元氣是人體生命活動的原動力,是維持生命的活動的最基本物質。 ○稍:略微 [a little;slightly]。逐渐 [gradually]。 ○復:還原,再回到原來的樣子。还原,使如前 [return to]。恢复 [restore]。 ○擇日:選擇吉日。 ○華岑:張居正の男には編修、嗣修、懋修、敬修(長子)あり。居正の第五子は允修,字建初。同敞は敬修の孫(張居正の曾孫)。/だれか未詳。懋に「美」に意があるので、華岑は懋修か。しかし、懋修は季子(ネット張居正大伝:書牘十五)。 ○公子:尊稱他人的孩子。 ○危篤:非常危險,多指疾病而言。[be critically ill;on the point of death] 病势危险,危急。 ○望:希冀﹑期盼。 ○即:立刻。 ○俟:等待。 ○再:更。表示行為程度的加深。/不再:不繼續。不重複或沒有下一次。[no more]∶放弃;停止进行。[give over]∶结束、停止、终止、放弃。 ○日期:發生某事的確定日子或時期。[date] 约定的日子和时间。 ○果:確實、的確。结果 [result]。果然,当真 [really]。 [after all;in the end]

4 件のコメント:

  1. 「曰」と「云」の違い,どこかで説明を読んだことがあるように思うが,いま思い出せない。

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  2. 水沢利忠先生(『史記』の研究者)に、曰、云の違いを書いた論文があるのですが、どの論文なのかは、思い出せません。

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  3. 実際の古典における使用例からすると,云は「こんなことがいわれている」というようなことで,文字通りの引用ではないような印象なんです。
    で,曰のほうは引用の符号。本当に文字通りの引用かどうかなんて,確認のしようはないだろうけど,まあそのつもりなんでしょう,と。
    なんてことが,どこかに説明されてないものか,と思ったわけです。

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    1. この医案に即していえば,張相公と予の発言は言葉通り(のつもり)なんだろうけど,華岑公子のは,こんなような意味のことをいったので……,ではないか,と思うわけ。

      楊継洲は,元気が衰えきっているから針灸すべきではない(正論),また日時を選んでやるべきだ(当時としては正論)と述べたけれど,華岑公子は,それはそうだが,現に死にそうなんだから,一か八かでもやってくれというような意向だった,だからやった,そうしたら上手くいった,という話ではないか,と思うわけ。

      で,古典をみわたして,曰は問答のやりとりを記録している,あるいは他の文献をそのまま引用している,と判断する鍵にはならないものか,と思うわけ。
      云は,編者もしくは注家がコメントするに際して,ちょこっと(ときには我田引水的に)証拠として,判断材料として挙げている,……というような気配を感じる。引用文としての精度は,やや控えめにみるべきかも,と思うわけ。
      この感じは錯覚なのか,それとも,ある程度はそうとも言いうるのか,と思うわけ。

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