2018年10月22日月曜日

『鍼灸極秘抄』叙(一)

      『鍼灸医学典籍大系』第十三巻は扉にしたがい、書名を「鍼灸極秘傳」とする。
      『臨床実践鍼灸流儀書集成』十は版心にしたがい、書名を「鍼灸極秘抄」とする。

河賢治者、爲余言、我聞之故
老、德本之治病、不待制齊、刺
輸取絡而濟、恒居多也、余讀
梅花方、而可異焉、齊和脉胗、
以至灸灼、諄々説之、無行言
  ウラ
以渉乎鍼也、後遇木太仲負
笈詢業於余、觀其所爲、鍼術
之巧、屢見奇效、因叩其所
傳、乃探其囊中、取一小冊
視之、則德本鍼家書也、讀之、
    二オモテ
取病之法、輸撮其樞要、刺審
其淺深、區病證、著禁數、至
于運手之妙、氣息之應、悉
不遺其秘薀、其言簡而易記、
約而易行、經云、知其要者、一
  二ウラ
言而終、苟非實驗乎、安能拔
粹若此之精者邪、翁之於鍼
術、河生之言、果不誣也、梅花方
之不無及焉、瞭然氷釋矣、然此
書累傳之久、錯置亥豕、紛廁不
  三オモテ
一、太仲隨是正之、旁散其餘緒、
猶之披雲霧覩青天也、何其
愉快哉、今欲上木而與同好共
之、取正於余、書其略以歸之、
太仲名元貞、陸奥人也、河賢治
  三ウラ
信濃人、翁之外戚之裔也、
安永戊戌春
     台州源元凱識

    【訓み下し】
河賢治なる者、余の爲に言う。我 之を故老に聞く。德本の治病、齊を制するを待たず、輸を刺し絡を取りて濟(すく)ふこと、恒に多きに居るなり、と。余 梅花方を讀みて、焉(これ)を異とす可し。齊和脉胗、以て灸灼に至り、諄々として之を説くも、行言
  ウラ
以て鍼に渉ること無きなり。後に木太仲の笈を負いて業を余に詢(と)うに遇う。其の爲す所を觀るに、鍼術の巧、屢(しば)々(しば)奇效を見(あら)わす。因って其の傳うる所を叩(たた)けば、乃ち其の囊中を探り、一小冊を取り之を視しむ。則ち德本の鍼家の書なり。之を讀むに、
    二オモテ
病を取る法、輸は其の樞要を撮り、刺は其の淺深を審らかにし、病證を區(わ)け、禁數を著わす。運手の妙、氣息の應に至っては、悉く其の秘薀を遺(のこ)さず。其の言 簡にして記し易く、約にして行ない易し。經に云う、其の要を知る者は、一
  二ウラ
言にして終わる、と。苟(いやしく)も實驗に非ずんば、安(いづ)くんぞ能く拔粹 此(かく)の若(ごと)くの精なる者あらんや。翁の鍼術に於ける、河生の言、果たして誣(し)いざるなり。梅花方の焉(これ)に及ぶこと無きこと、瞭然として氷釋す。然れども此の書 傳を累(かさ)ぬること之れ久しく、錯置亥豕、紛(まぎ)れ廁(ま)じること
  三オモテ
一ならず。太仲 是(ぜ)に隨って之を正し、旁(かたわ)ら其の餘緒を散らす。猶お之れ雲霧を披いて青天を覩(み)るがごときなり。何ぞ其れ愉快ならんや。今ま上木して同好と之を共にし、正を余に取らんと欲す。其の略を書して以て之を歸(かえ)す。太仲、名は元貞、陸奥の人なり。河賢治、
  三ウラ
信濃の人、翁の外戚の裔(すえ)なり。
安永戊戌の春
     台州源元凱識(しる)す。

    【注釋】
河賢治者、爲余言、我聞之故老、 ○德本:長田德本。木邨太仲の自序によれば、甲斐国の良医。『梅花無尽蔵』の作者。後文の自序を参照。 ○之治病、不待制 ○齊:「劑」に通ず。 ○刺輸取絡而 ○濟:救助する。 ○恒 ○居多:多数を占める。 ○也、余讀 ○梅花方:『梅花無尽蔵』。国立国会図書館デジタルコレクションにて活字本が閲覧可能。 ○而可異焉 ○齊和:薬物の量から引伸して処方のことを言っていると思われる。『漢書』藝文志「度箴石湯火所施、調百藥齊和之所宜」。 ○脉胗:「脈診」におなじ。 ○以至灸灼:たとえば、『梅花無尽蔵』瘧病門の末の勘辨に「灸ハ九椎章門或ハ十一十四椎モヨシ」とある。 ○諄々:叮嚀に心を込めて教えるさま。 ○説之、無行言
  ウラ
以渉乎鍼也、後遇 ○木太仲:木邨太仲(元貞)。「木」は「木邨(村)」を漢文風にしたもの。修姓という。 ○負笈:書箱を背負う。他郷に出て学問することの比喩。 ○詢業:意見を求める。 ○於余、觀其所爲、鍼術之巧、屢見奇效、因 ○叩:質問する。「問う」意味でも、「たたく」とも訓(よ)む。『論語』子罕「我叩其两端而竭焉」。 ○其所傳、乃探其囊中、取一小冊視之、則德本鍼家書也、讀之、
    二オモテ
取病之法、輸撮其樞要、刺審其淺深、 ○區:分別する。区別する。 ○病證、著 ○禁數:禁忌のことか。 ○至于運手之妙、氣息之應、悉不遺其 ○秘薀:「秘蘊」におなじ。奥義。 ○其言簡而易記、約而易行、 ○經云:『靈樞』九針十二原(01)「知其要者、一言而終。不知其要、流散無窮」。 ○知其要者、一
  二ウラ
言而終、 ○苟非:もし~でなければ。 ○實驗:実地にためす。 ○乎、 ○安能:どうして~できようか(反語)。 ○拔粹:「拔萃」におなじ。要所を抜き出す。 ○若此之精者邪、翁之於鍼術、 ○河生:河賢治。「生」は人を呼称することば。 ○之言、果 ○不誣:いつわりではない。 ○也、梅花方之不無及焉、 ○瞭然:はっきりと。一目瞭然。 ○氷釋:氷が溶けてなくなるように、完全に疑いが解けた。 ○矣、然此書累傳之久、 ○錯置:場所の置き間違い。 ○亥豕:文字の書き間違い。『呂氏春秋』慎行論・察傳「有讀『史記』者曰、晉師三豕涉河。子夏曰、非也、是己亥也。夫己與三相似、豕與亥相似(非なり、是れ己亥なり。夫れ己と三とは相い近し、豕と亥とは相い似たり)」。字形の似た漢字の誤りを「魯魚亥豕」という。 ○紛廁:入り混じる。入り乱れる。 ○不
  三オモテ
一、太仲隨是正之、旁 ○散:ひとまず「散」字とする。「落」字にも似る。 ○其 ○餘緒:あまり。余計なもの。 ○猶之 ○披雲霧覩青天:障礙がのぞかれて、ものごとがはっきり見えることの比喩。南朝宋・劉義慶『世說新語』賞譽「此人、人之水鏡也、見之若披雲霧睹青天」。 ○也、何其愉快哉、今欲 ○上木:出版する。 ○而與 ○同好:志趣を同じくするひと。 ○共之、 ○取正:典範とする。ここでは、「序文」を求めたことを言うのであろう。 ○於余、書其略以歸之、太仲名元貞、陸奥人也、河賢治
  三ウラ
信濃人、翁之 ○外戚:母や妻の親族。 ○之裔也、 ○安永戊戌:安永七年(一七七八年)。 ○春 ○台州源元凱:荻野元凱。デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説:一七三七~一八〇六 江戸時代中期~後期の医師。奥村良筑にまなぶ。朝廷の医官として寛政六年皇子を診療し典薬大(たい)允(じよう)となる。幕府にまねかれ、のち朝廷の尚(しよう)薬(やく)に任じられた。蘭方ももちい漢蘭折衷家といわれた。文化三年死去。七〇歳。加賀(石川県)出身。字(あざな)は子元。通称は左仲。号は台州、鳩峰。著作に「吐法編」「刺絡編」など。 ○識

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