2022年12月1日木曜日

天回医簡にもとづく『黄帝内経』校読 五則 その1

 一則:疹筋


  『素問』奇病論(47):

    帝曰:人有尺脈數甚,筋急而見,此為何病?岐伯曰:此所謂疹筋,是人腹必急,白色黑色見,則病甚〔帝曰わく:「人に尺脈數なること甚だしく,筋急(ひきつ)れて見(あら)わるること有り。此れを何の病と為す?」岐伯曰わく:「此れ所謂(いわゆる)疹筋なり,是の人の腹 必ず急(ひきつ)れて,白色黑色見(あら)わるれば,則ち病甚だし」〕[1]94。


  疹筋:『内経』の教師用参考書には「疹は,病なり。疹筋は,筋の病変」と注釈があり,張介賓『類経』の注:「疹筋者、病在筋也」[2]439を根拠としている。『釈名』釈疾病には,「疹,診也,有結聚可得診見也〔疹は,診なり,結聚有って診見を得る可し〕」[3]とある。『釈名』の訓によれば,「疹筋」を「筋有結聚〔筋に結聚有り〕」と解釈できそうで,単に「筋の病」と解釈するよりも経義に合っている。しかし『釈名』がここで解釈している「結聚」は,『史記』扁鵲倉公列伝にある「以此視病,盡見五藏癥結〔此れを以て病を視るに,盡(ことごと)く五藏の癥結を見る〕」の「癥結」と同じ意味である〔訳注:「癥結」には比喩として病根,問題の原因という意味もある〕。つまり具体的な形を持っていた病がしだいに抽象化,一般化されて「疾病」概念そのものの比喩となったものである。これは後世の注家が「疹」をそのまま「病也」と訓じた理由でもある。


 「疹筋」を『甲乙経』巻4「病形脈胗」第2上は「狐筋」[4]152に作る。「狐」と「疹」の古い字形は容易に混同が起こりやすい〔http://www.sfds.cn/,http://sf.zdic.net/などで古い字形を参照〕が,この異文については,『内経』の注釈者には重視されていない。天回医簡『脈書』下経には「孤」という病名が登場し,しかも疾病の大分類として記述され,関連する医簡は12本[5]183,186あり,その重要性が十分見てとれる。あわせて「直狐,堅,直少腹」[5]187(簡384)と「孤之陽癉……腹、少腹盡痛,倀(脹)而陰筋痛」(簡616)という症状の描写もあり,狐病の症状は少腹部と腹部の硬満〔脹満して硬く緊張している〕疼痛を主とすることを示し,奇病論に見える「疹筋」が腹部の緊張および拘急症状をあらわすのと対応している。


 「狐」を病名とするものは,『金匱要略』趺蹶手指臂腫轉筋陰狐疝蚘蟲病證治第19に見え,つぎのようにいう。「陰狐疝氣者,偏有小大,時時上下,蜘蛛散主之〔陰狐疝氣なる者は,偏(かたよ)って小大有り,時時上下す。蜘蛛散 之を主る〕」[6]。『千金要方』巻31・鍼灸下の「孔穴主対法」〔㿗疝〕の商丘穴の主治に「狐疝走上下引小腹痛,不可以俛仰〔狐疝は上下に走って小腹に引きつれ痛み,以て俛仰(=俯仰)す可からず〕」[7]とある。『儒門事親』巻2の「疝本肝經宜通勿塞狀19」は,寒疝・水疝・筋疝・血疝・気疝・狐疝・㿗疝という「七つの疝」の名前を立て,狐疝の証候をつぎのように詳述している。「狐疝,其狀如瓦,臥則入小腹,行立則出小腹入囊中。狐則晝出穴而溺,夜則入穴而不溺。此疝出入,上下往來,正與狐相類也〔狐疝は,其の狀 瓦の如く,臥せば則ち小腹に入り,行き立てば則ち小腹を出でて囊中に入る。狐は則ち晝(ひる)に穴を出でて溺(ニョウ)し,夜は則ち穴に入って溺せず。此の疝の出入,上下往來すること,正に狐と相い類するなり〕」[8]。『明医指掌』巻6にある「疝証8」の歌に「寒水㿗血氣孤筋,先哲空留七疝名。蓋是肝經原有熱,外邊卻被濕實侵〔寒・水・㿗・血・氣・孤・筋,先哲空しく留む七疝の名。蓋し是れ肝經原(もと)より熱有り,外邊卻(かえ)って被る濕實の侵〕」[9]とある。余雲岫は「疝病の名は,古今で趣を異にする」[10]とすでに指摘しているが,天回医簡の『脈書』下経にある諸病の名や症状の記述からも,これを証明することができる。その中で「疝病」の多くは心腹痛証を指している。これに対して,「狐病」は体腔に突起物があって時々あらわれたり隠れたりして,少腹と陰筋の疼痛,排尿障害などの症状を伴い,現代の鼠径ヘルニアに似ている。鼠径ヘルニアに嵌頓が発生すると,激しい痛みがおこり,局部で疝の内容物が形成した塊に触れることができ,緊張して硬くなっていることが分かっている。これは,「筋急而見〔筋急(ひきつ)れて見(あら)わる〕」という形容とかなり一致する。これから『甲乙経』が「狐疝」に作るのは伝本に根拠があることがわかり,「狐疝」という病証の描写のように思えるが,一方,『素問』『太素』にある「疹筋」には,他の書にはほとんど照合できる証拠がないので,伝写の誤りである可能性が高い。

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