2022年12月5日月曜日

天回医簡にもとづく『黄帝内経』校読 五則 その4

 四則:去爪


『霊枢』刺節真邪(75):

黃帝曰:刺節言去爪,夫子乃言刺關節肢絡,願卒聞之。岐伯曰:腰脊者,身之大關節也;肢(股)脛者,人之管(所)以趨翔也;莖垂者,身中之機,陰精之候,津液之道也。故飲食不節,喜怒不時,津液內溢,乃下留於睾,血(水)道不通,日大不休,俛仰不便,趨翔不能。此病榮(滎)然有水,不上不下,鈹石所取,形不可匿,常不得蔽,故命曰去爪。帝曰:善〔黃帝曰わく,「刺節に去爪〔水を去る〕と言う。夫子は乃ち關節の肢絡を刺すと言う。願わくは卒〔詳〕らかに之を聞かん」。岐伯曰わく,「腰脊は,身の大關節なり。股脛は,人の趨翔する所以(ゆえん)なり。莖垂は,身中の機,陰精の候,津液の道なり。故に飲食 節ならず,喜怒 時ならざれば,津液 內に溢れ,乃ち下(くだ)って睾に留まり,水道 通ぜず,日々に大きくなりて休(や)まず,俛仰 便ならず,趨翔すること能わず。此の病 滎然として水有り,上(のぼ)らず下(くだ)らず,鈹か石の取る所,形 匿(かく)す可からず,常(もすそ)蔽(おお)うことを得ず,故に命(な)づけて去爪〔水を去る〕と曰う」。帝曰わく,「善し」/郭靄春の語訳に基本的にしたがい,著者の説明に合わせて訓読した〕。[21]487


 爪:『甲乙経』巻九・足厥陰脈動喜怒不時發㿗疝遺溺癃第十一は,「衣」に作る[4]309。『太素』〔巻22〕五節刺の楊上善注は,「或水字錯為爪字耳〔或いは「水」字を錯(あやま)って「爪」字と為すのみ〕」[16]705という。郭靄春先生は楊注に賛同する[21]484。黄龍祥先生は「去爪」は「去瓜」に作るべきだと考えている[22]。按ずるに,「爪」と「衣」はともに形が近いので「水」字を書き誤ったのであり,楊上善の説に従うべきである。後の文に詳しいように,「去爪」が刺す病において,水が滞留するのは腰脊・股脛・茎垂〔陰茎と睾丸〕のところであり,「水道が通じなくなり,日ましに大きくなり休(と)まらず」,身体の腫れが大きくなって,いつも着ている衣服では体に合わなくなる。これが「裳不得蔽〔裳(も) 蔽(おお)うことを得ず〕」である(『霊枢』の原文は「常」字に誤る。『甲乙経』に従って「裳」字に作るべきである)。

 〔訳注:上半身を覆うころもを「衣」といい,下半身を覆うころもを「裳」という。『説文解字』に「常,下帬(=裙=スカート)也」とあり,「裳」字は未掲載である。「常」は誤字とするのではなく,郭靄春が引用する恵棟『読説文記』にあるように,「裳」の古字とするべきであろう。〕

そのため,このような治法を「去水」というのである。このような呼称は,漢代では決してまれなものではない。たとえば,『淮南子』繆稱訓に「大戟去水,亭曆愈張,用之不節,乃反為病〔大戟(薬草名)は水を去り,亭曆(薬草名)は張れを愈せども,之を用いること節ならざれば,乃ち反(かえ)って病を為す〕」[23]とある。峻下逐水〔峻烈な瀉水作用〕を代表する別の薬である芫花の『本経』における別名は,「去水」である[24]。天回医簡『刺数』に「㓨(刺)水,〓4〔艸+咸〕(針)大如履〓4〔艸+咸〕(針),囗三寸〔水を刺す,箴(はり)の大いさ履箴の如し,囗三寸〕」(簡653)[25]とある。その中の「水」の字形は〓5〔画像〕に作り,やや劣化して読みづらいが,「衣」「爪」字の古隸ときわめて混淆しやすい。それに使用する鍼具もかなり大きく,『霊枢』にある「大鍼」に相当する。『霊枢』九針十二原(01)に「大針者,尖如梃,其鋒微員,以寫機關之水也〔大針なる者は,尖(さき)は梃(つえ)の如く,其の鋒(ほこさき)は微(かす)かに員(まる)し,以て機關の水を寫するなり〕」[11]6とある。まぎれもなく「去水〔水を去る〕」に用いるものである。そして『霊枢』刺節真邪篇の「去水」が対象としているのは,「腰脊」「股脛」などの関節の肢絡〔四肢の絡脈〕と「身中の機」と称される「茎垂」であり,まさに大鍼が主治する「機関の水」である。したがって『刺数』にある古い刺法の一つである「刺水」は,「五節刺」〔『霊枢』刺節真邪「刺有五節」。また『太素』の篇名〕中の「去水」の濫觴とするべきであり,刺節真邪篇の「去爪」は「去水」を伝承過程で書き誤ったものとする証拠ともなる。


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