1 五輸穴を五行に配した経緯
最初に五輸穴に関する系統的な記述が見えるのは『霊枢』本輸である。各経脈では井穴のみに五行の属性を示す文字がある。たとえば,「肺出於少商,少商者,手大指端內側也,為井木〔肺は少商に出づ。少商なる者は,手の大指端の內側なり,井木と為す〕」「膀胱出於至陰,至陰者,足小指之端也,為井金〔膀胱は至陰に出づ。至陰なる者は,足の小指の端なり,井金と為す〕」[1]4-5である。しかし,現存する最古の『黄帝内経』のテキストである日本の仁和寺古鈔本『黄帝内経太素』[2]189-198巻十一「本輸」の原文には,このような五行の属性に関する文字はない。『黄帝内経』中の五輸穴と四時の関係に関する論述では,井穴はすべて冬(水)に対応する。これは(陰脈の)井穴が木に配属されることにも明らかに合致しない。
五輸穴と五行の組み合わせたがすべて揃っている内容は『難経』に初めて見え,第六十四難に詳しく述べられている。すなわち:
陰井木,陽井金,陰滎火,陽滎水,陰俞土,陽俞木,陰經金,陽經火,陰合水,陽合土,陰陽皆不同,其意何也?然。是剛柔之事也〔陰井は木,陽井は金,陰滎は火,陽滎は水,陰俞は土,陽俞は木,陰經は金,陽經は火,陰合は水,陽合は土,陰陽皆な同じからず,其の意は何ぞや?然(こた)う。是れ剛柔の事なり〕 [3] 117。
五輸穴は最も常用される十二経脈の要穴であり,分類された腧穴の中で最も数が多く,理論化の程度も最も高く,数の上でも五行と一致している。これも『難経』が五行理論によって五輸穴を集中的に論じた成因かもしれない。五行化された五輸穴の新しい理法はすべてこれを基礎としている。この配当によれば,五輸穴の間は二つのレベルの関係からなる。一つは本経の五輸穴間の五行(生克)関係であり,もう一つは陰脈と陽脈間の五輸穴で,ここでも五行(生克)関係を構成している。陰陽の属性を両立させるのと同時に,五輸穴の五行属性と所属する経脈の陰陽属性を背馳しないようにする。このようにして,同一経脈および身体の内外側に対称的に分布する経脈の五輸穴の特性と関係をはじめて五行理論で表現することができる(表1)。
表1 『難経』五輸穴の五行配当
五輸 井 滎 俞 経 合
陰脈 木 火 土 金 水
五行
陽脈 金 水 木 火 土
関係 陰陽皆不同,……剛柔之事也
五輸穴と五行の組み合わせは,どのような順序をなすのが非常に重要であるかに基づいて,五輸穴の具体的な五行属性を決定している。五行の間の関係は、隣り合う行は相生,ひとつ隔てた行は相克で,全体は閉じた循環往復関係である。長い期間で言えば,自然界のあらゆる活動は循環しているが,短い期間内または一周期内の活動の特徴としては,盛衰のリズム,つまり始まりがあり終わりがある。たとえば動植物の個体の生命活動の自然は,常に始まりと終わりを繰り返している。四季のはっきりした地域では,一年のうち,自然界の活動は春に発生するため,四時の気は春を初めとする。五行を四時に配するときは,木を春に配する。『難経』が五輸穴を五行に配するのも同様で,井滎輸経合の順にしたがい井穴から始まるが,陰脈と陽脈はそれぞれ異なる。すなわち,「陰井は木,陽井は金」である。その方法はつぎの三点にまとめることができる。1.井穴から始まる。2.木から始まる。3.まず陰脈(の穴)を確定する。
(1)「井」穴から始まる。五輸穴の順序では,最初の穴は「井」である。これは『黄帝内経』の理論である,経脈が求心性に走行する理論モデルに基づいている。各脈の五輸穴の順序は手足からはじまり肘膝にいたる。その気血の流れは水が水源から出て合流して海に入ることになぞらえられ,「井・滎・輸・経・合」という。つまり「所出為井,……所入為合〔出づる所を井と為す,……入る所を合と為す〕」[1]3である。『難経』には「五藏六府滎合,皆以井為始〔五藏六府の滎合は,皆な井を以て始めと為す〕」[3]116と表現されている。
(2)木から始まるのは,一年の季節の始まりと終わりの順序に基づいている。すなわち,木から始まって五行の相生の順序で季節の特性と変化に対応する。一年は春から始まり冬に終わり,天地自然の活動の恒常的な循環法則に一致し,またそれを反映している。
(3)まず陰脈を定める。陰脈は蔵に属し,五蔵を中心とする観念に基づく。そのため,陰陽経脈の井滎輸経合の五輸穴は,井穴から始まり,五行に配当され,またそれを順序とする。
上述した方法の原理について,『難経』は「井者,東方春也,萬物之始生……當生之物,莫不以春而生。故歲數始於春,日數始於甲,故以井為始也〔井なる者は,東方春なり,萬物之れ始めて生ず……當に生ずべきの物,春を以てして生ぜざるは莫し。故に歲數は春に始まり,日數は甲に始まる,故に井を以て始めと為すなり〕」[3] 116という。黄竹斎の『難経会通』は直截に解釈して,「東為四方之始,春乃四時之始,井乃井滎輸經合之始,故曰井者東方春也,萬物當春而始生,經水始出,所以謂之井也〔東は四方の始め為(た)り。春は乃ち四時の始まり,井は乃ち井滎輸經合の始まり,故に曰わく,井なる者は東方春なり,と。萬物は春に當たって始めて生じ,經水始めて出づ。所以(ゆえ)に之を井と謂うなり〕……」[4]といい,井穴を脈気の始源とすることに注目している。しかし,『難経』の原文はこの難では明確ではないが,四十一難の「肝者東方木也,木者春也,萬物始生〔肝なる者は東方の木なり,木なる者は春なり,萬物始めて生ず〕」[3]82から知ることができる。ここでいう「井なる者は東方の春なり」は,事前に規定された五輸穴の五行属性に依然として基づいているのは明らかであり,しかも陰脈のみである。
五蔵陰脈の五輸穴の五行配当が確定すると,陽脈の基礎となる。すなわち相克関係に基づいて,六府陽脈の五輸穴の五行属性が確定し,陰と陽,蔵と府の相反する特性と関係に一致する。すなわち「陰井は木,陽井は金,陰滎は火,陽滎は水……陰陽皆な同じからず……是れ剛柔の事なり」である。
そのため,五輸穴の五行属性が定められた過程から逆に推論すれば,多くは理論観念から導き出されたものであることが分かり,陰陽・蔵府・経脈などの理論に関連しているように表面上は見えるが,五輸穴を類穴【同じ性質を持つとして分類される穴,すなわちここでは五種類の穴の意か?】とする真の根拠と法則については,構成中に考慮されていない。つまり,『難経』における五輸穴と五行の関係は,鍼灸の実践経験を反映したものではない。
『難経』における陰陽経脈の五輸穴の五行配当は,五輸穴の主治病症,補瀉の刺法,井滎の用穴,四時の用穴,および類穴の意味,『黄帝内経』における補瀉刺法の意図,「迎随」補瀉の解釈などを含む一連の特殊な理論と方法を進化させた。その中でも五輸穴の主病は,直接臨床上の治療用穴に関係して,特に影響が広大で,その明瞭な原因と結果の過程をはっきりさせなければ,実践に役立たない。
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