序・一オモテ(613頁)
鍼灸溯洄集序
蓋聞醫術來久矣異域有神農黃
帝
本朝有大己貴少彦名命一察藥
草性味原病証治因肇爲之湯液
爲之鍼灸以救蒼生夭札大哉流
其功於無窮矣爾來倭漢以術鳴
序・一ウラ(614頁)
世者鍼灸湯液並施不偏廢然今
世譚醫多事湯液者不察鍼灸業
鍼灸者不知湯液嗚呼如是居司
命職若蹈虎尾渉于春氷吾友松
悅齋有憂焉遂晝惟夕思博獵群
書摘方藥之餘考鍼灸要處且纂
刺法確論使覧者補瀉迎隨粲然
序・二オモテ(615頁)
在于目誠可謂勞而有功者乎將
命工刻梓齋抱帙來曰欲得一序
引卷首汝其圖之伯未有以復也
茲又手帖見需必欲得之不能固
辭以一語應焉夫齋之惓惓于是
書非屠龍者之如無益于世雅親
炙此刺法而至鍼灸之奥豈不言
序・二ウラ(616頁)
㴑洄求源之書安時之刺胎手與
秋夫之愈鬼腰於鍼灸遡洄乎何
有然與否也吾其審於松悅齋云
元禄甲戌夏之季止水亭竹杏伯
叙
【訓み下し】
『鍼灸溯洄集』序
蓋し聞く,醫術の來たること久し。異域に神農・黃帝有り。
本朝に大己貴(おおあなむち)・少彦名命(すくなひこなのみこと)有り。一つに藥草の性味を察し,病証治因を原(たず)ねて,肇めて之が湯液を爲(つく)り,之が鍼灸を爲(つく)って,以て蒼生の夭札を救う。大なるかな,其の功を無窮に流(し)くこと。爾(それ)より來(この)かた倭漢 術を以て世に鳴る者,
一ウラ
鍼灸・湯液並び施して偏廢せず。然るに今世 醫を譚する,多くは湯液を事とする者は,鍼灸を察せず。鍼灸を業とする者は,湯液を知らず。嗚呼(ああ),是(か)くの如くにして司命職に居す。虎の尾を蹈み,春の氷を渉るが若し。吾が友 松悅齋 憂うること有り。遂に晝(ひる)惟(おも)い夕(ゆうべ)に思うて、博く群書を獵り、方藥を摘(と)る餘り、鍼灸の要處を考え、且つ刺法の確論を纂(あつ)めて、覧る者をして補瀉迎隨,粲然として
二オモテ
目に在らしむ。誠に勞して功有る者と謂っつ可し。將に工に命じて梓に刻まんとして,齋 帙を抱えて來たって曰わく,「一序を得て,卷首に引かまく欲す。汝 其れ(之を)圖れ」。伯 未だ以て復すこと有らず。茲(ここ)に又た手ずから帖して需(もと)めらる。必ず(之を)得まく欲す。固辭すること能わず。一語を以て應ず。夫れ齋が是の書に惓惓たる,龍を屠る者の世に益無きが如きには非ず。雅(まさ)に此の刺法に親炙して,鍼灸の奥に至らば,豈に
二ウラ
㴑洄して源を求むるの書と言わざらんや。安時が胎手を刺すと,秋夫が鬼腰を愈やすと,鍼灸遡洄に於けるや,何ぞ然ると否らざると有らん。吾れ其れ松悅齋に審らかなりと云う。
元禄甲戌 夏の季 止水亭 竹杏伯 叙
【注釋】
○異域:外國。 ○神農:傳說中的太古帝王名。始教民為耒耜,務農業,故稱神農氏。又傳他曾嘗百草,發現藥材,教人治病。也稱 炎帝,謂以火德王。/帝號。中國傳說中上古的帝王,始作耒耜,教民種植五穀,振興農業,口嚐百草,始作方書,以療民疾,為傳說中務農、製藥的創始人,故稱為「神農」。起於烈山,故也稱為「烈山氏」、「炎帝」。 ○黃帝:上古帝王軒轅氏的稱號。姓公孫,生於軒轅之丘,故稱為「軒轅氏」。建國於有熊,也稱為「有熊氏」。時蚩尤暴虐無道,兼併諸侯,黃帝與其戰於涿鹿,擒而誅之,諸侯尊為天子,以取代神農氏,成為天下的共主。因有土德之瑞,故稱為「黃帝」。 ○本朝:わが国の朝廷。転じて、わが国。 ○大己貴:「日本書紀」が設定した国の神の首魁(しゅかい)。「古事記」では大国主神(おおくにぬしのかみ)の一名とされる。「出雲風土記」には国土創造神として見え、また「播磨風土記」、伊予・尾張・伊豆・土佐各国風土記の逸文、また「万葉集」などに散見する。後世、「大国」が「大黒」に通じるところから、俗に、大黒天(だいこくてん)の異称ともされた。大穴牟遅神(おおあなむぢのかみ)。大汝神(おほなむぢのかみ)。大穴持命(おほあなもちのみこと)。精選版 日本国語大辞典 /人々に農業や医術を教えた,とされる。 ○少彦名命:記・紀にみえる神。「日本書紀」では高皇産霊尊(たかみむすびのみこと)の子,「古事記」では神産巣日神(かみむすびのかみ)の子。常世(とこよ)の国からおとずれるちいさな神。大国主神(おおくにぬしのかみ)と協力して国作りをしたという。「風土記」や「万葉集」にもみえる。穀霊,酒造りの神,医薬の神,温泉の神として信仰された。「古事記」では少名毘古那神(すくなびこなのかみ)。デジタル版 日本人名大辞典+Plus ○原:推究根源。 ○蒼生:草木叢生之處。比喻百姓。 ○夭札:遭疫病而早死。 ○流:留傳、散布。 ○無窮:不盡、無極限。無盡,無限。指時間沒有終結。 ○爾來:自那時以來。從那時以來。 ○鳴世:著名於世。
一ウラ
○偏廢:偏重或廢棄某一方面。舉此而遺彼,重視某人、某事、某物而忽視其他人和事物。 ○譚:言論。同「談」。 ○司命:掌管生命。 ○蹈虎尾:蹈,踏。蹈虎尾比喻非常危險。《書經.君牙》:「心之憂危,若蹈虎尾,涉于春冰。」 ○春氷:春日冰薄而易溶化,比喻極危險。 ○晝惟夕思:形容思念極深。 ○獵:探求、尋求。 ○刺法:以下「刺」字,本書では通じて実際は「剌」に作る。誤字とも言えるが,異体字として扱い,直接「刺」字として翻字した。 ○補瀉:補瀉(reinforcing and reducing),中醫治則治法術語。此處專指針灸補瀉。有兩種含義:一是在針刺得氣的基礎上所施用的手法,即常說的補法和瀉法;一是指針對病證的虛實而運用的治療思想,即常說的實則瀉之,虛則補之。病證補瀉是針灸治病的一種重要思想方法;補瀉手法則是具體操作方法,主要有常用補瀉手法和專用補瀉手法兩種。 ○迎隨:迎隨指針刺補瀉法的區分原則,又用以統稱各式補瀉法。迎:逆;隨:順。一般以順經而刺爲補;逆經而刺爲瀉。《黃帝內經靈樞·九針十二原》:“往者爲逆,來者爲順。明知逆順,正行無問。逆而奪之,惡得無虛?追而濟之,惡得無實?迎之隨之,以意和之,針道畢矣。”【迎隨補瀉】刺法名。《黃帝內經靈樞·小針解》:“迎而奪之者瀉也;追而濟之者補也。”各家註解有以迎隨泛指多種針刺補瀉的總則,各種補瀉法都可稱作迎隨。如《難經》以選穴的補母瀉子爲迎隨;《流注指微賦》以針刺淺深的“補生瀉成”爲迎隨;《醫學入門》將各種補瀉法統屬於迎隨。 ○粲然:形容鮮明、清楚。明白貌;明亮貌。
二オモテ
○刻梓:刻板印刷。舊謂出版印行。 ○齋:本書の著者,松悅齋。 ○引:〔ひかまく〕。「まく」:《推量の助動詞「む」のク語法。上代語》…だろうこと。…しようとすること。 ○圖:策劃、考慮。 ○伯:この序を著わした竹杏伯。 ○帖:「佔」「沾」「怗」にも見えるが,意味から「帖」とした。【手帖】手寫的書信、文章之類。 ○見:被。用在動詞前,表示被動。 ○需:有所欲求。 ○固辭:堅決辭謝。堅辭、再三請辭。 ○惓惓:真摯誠懇。深切思念;念念不忘。 ○屠龍:《莊子‧列御寇》:「朱泙漫學屠龍於支離益 ,單〔=殫〕千金之家,三年技成,而無所用其巧〔朱泙漫向支離益學習屠龍的手藝,耗盡了千金家產,三年學成卻沒有地方施展他的手藝。〕」。後因以指高超的技藝或高超而無用的技藝。 ○雅:正。 ○親炙:親承教誨。謂親受教育熏陶。《孟子.盡心下》:「非聖人而若是乎,而況於親炙之者乎?」朱熹 集注:「親近而熏炙之也」。 ○奥:含義深,不易理解:深奧。奧妙。奧秘。奧旨。
二ウラ
○㴑洄求源:逆流而上,探求源頭。比喻追根究底。/㴑:「溯」の異体字。溯洄:逆流而上。 ○安時之刺胎手:『宋史』方技下・龐安時:嘗詣舒之桐城,有民家婦孕將產,七日而子不下,百術無所效。 安時 之弟子李百全適在傍舍,邀 安時 往視之。纔見,即連呼不死,令其家人以湯溫其腰腹,自為上下拊摩。孕者覺腸胃微痛,呻吟間生一男子。其家驚喜,而不知所以然。安時曰:「兒已出胞,而一手誤執母腸不復能脫,故非符藥所能為。吾隔腹捫兒手所在,鍼其虎口,既痛即縮手,所以遽生,無他術也。」取兒視之,右手虎口鍼痕存焉。其妙如此。 ○秋夫之愈鬼腰於鍼灸:『南史』列傳第二十二・徐文伯:(徐熙)生子秋夫,彌工其術,仕至射陽令。嘗夜有鬼呻吟,聲甚悽愴,秋夫問何須,答言姓某,家在東陽,患腰痛死。雖為鬼痛猶難忍,請療之。秋夫曰:「云何厝法?」鬼請為芻人,案孔穴針之。秋夫如言,為灸四處,又針肩井三處,設祭埋之。明日見一人謝恩,忽然不見。當世伏其通靈。
○元禄甲戌:元禄七年(1695)。 ○季:末了的。農歷七月。 ○止水亭竹杏伯: ○叙:「敘」の異体字。陳述、說明。放於正文之前,用以說明全書要點的。同「序」。
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