2022年1月5日水曜日

黄龍祥 『鍼灸甲乙経』の構成 01

   一 『甲乙経』の識別コード


 『甲乙経』の理解には二つの側面,あるいは二つのレベルが含まれている。表面的なレベルでは,まず『甲乙経』の文字を認識しなければならない。これは校勘にかかわる。より深いレベルでは,『甲乙経』の構造を整理すること,イメージ的に言えば,皇甫谧が当時『甲乙経』を編纂した設計の全体図を発掘しなければならない。これは『甲乙経』に対するより深い理解と再構築にかかわることである。


  1.文章の識別


 身分証で個人を特定することができるが,『甲乙経』にも身分証がある。人々がずっと発見できなかっただけである。以下では,典型的な例を通して『甲乙経』を素早く識別するためのIDを探し出す。


 敦煌巻子に残簡がある。番号は,P.3481。原文は,以下のごとし。


    問曰:脈之緩急小大滑澀之形病何如?對曰:心脈急甚者為瘛,微急為心痛引背,食不下,上下行,時唾血;大甚為喉階,微大為心痹引背,善淚出;小甚為善噦,微小為消癉;滑甚為善渴,微滑為心疝引臍,少腹嗚;澀甚為厥,微澀為血溢維厥,耳嗚癲疾。肺脈急甚為癲疾……

 

 この残簡の内容は『霊枢』巻一第四,『甲乙経』巻四第二,『太素』巻十五・五蔵脈診,『脈経』巻三第一にそれぞれ見られることが知られているが,結局何の本から出たものなのか?誰も不用意に結論を下す勇気がない。もし『甲乙経』のはじめにある「序例」に誰かが注目したら,国内外の学者を悩ませる難題は一目で解決できる。


    諸問,黃帝及雷公皆曰「問」:其對也,黃帝曰「答」,岐伯之徒皆曰「對」。上章問及對己有名字者,則下章但言「問」,言「對」,亦不更說名字也:若人異則重複更名字,此則其例也〔諸々の問い,黃帝及び雷公は皆な「問」と曰う。其の對(こた)うるや,黃帝は「答」と曰い,岐伯の徒は皆な「對」と曰う。上の章の問い及び對えに已に名字有る者は,則ち下の章は但だ「問」と言い,「對」と言い,亦た更に名字を說かざるなり。若し人異なれれば則ち重ね複(かさ)ねて更に名字あり。此れ則ち其の例なり〕。


 これが『甲乙経』にある序例の最初のものであり,『甲乙経』の身分証である。この『甲乙経』特有のIDによって,上述した敦煌の残簡のテキストが『霊枢』『脈経』あるいは『太素』ではなく,『甲乙経』に由来することが一目でわかる。このことは,文字を比較することで,さらに証明することができる。

 このIDカードによって,誰もが古医籍から『甲乙経』から引用した文を,原書に引用文の出所が明記されているか,完全な名称で表記されているか,略称で表記されているかどうかにかかわらず,簡単に特定することができる。特に『千金要方』『医学綱目』のような『甲乙経』からの引用がかなり多く,かつ基づく版本が唐代の伝本あるいは宋代の版本であるものは,『甲乙経』の文であることが正確に特定できれば,伝世本『甲乙経』を校勘する上で,重要な価値がある。


  2.構造の解読


 大規模なスポーツ競技の背景班に参加して絵や人文字を作ったことがある人はきっとわかると思うが,列ごとの一人一人が持っている模様紙を近くで見るならば,一枚一枚色が異なるページにしか見えない。しかし一定の距離にさがって見ると,美しい図案と文字を見ることができる。同じように,万里の長城の雄大な威容も空から見下ろしてはじめて実感できる。従来,人々は『甲乙経』の研究に対して文章の文字面ばかりにこだわることが多く,異なる距離,異なる視点からその構造の精妙さと勢いの壮美さを評価する人は少なかった。

 宋以前の『甲乙経』伝本の全体構造はもう考証することができない。現存する二種類の伝本『甲乙経』はいずれも宋人校注本に由来し,両書の目録構成は同じである。以下は通行本に基づいてこの本の構造を分析する。


    巻一 蔵象

    巻二 経絡

    巻三 腧穴

    巻四 診法

    巻五 針法

    巻六 辨証

    巻七 傷寒熱病

    巻八 積聚腫脹

    巻九 身体各部病証

    巻十 風・痺・痿

    巻十一 雑病

    巻十二 五官與婦児病証


 これはあたかも現代の『鍼灸学』の教科書の骨格である。『甲乙経』と現代鍼灸学教科書の最も大きな違いは,巻七から十二の病証治療にある。この部分はおおむね最初に病証,次に病機,さらに取穴の原則,最後に具体的な辨証選穴がある。段階的に進んでいるが,最も鮮明な特徴は篇名で辨証の要点を明らかにしたことである。これらの篇題から,鍼灸診療の応用が最も多い診法は三部九候の経脈上下診脈法であり,最もよく使われる辨証方法は経脈弁証,次いで臓腑辨証,さらに陰陽気血辨証であることがわかる。このように臨床診療とその前の理論はよく統一されている。

 このような構造(大類の下の細目区分とその順序を含む)を構築することは,皇甫謐が何度繰り返したのか,何度実験したのか,心血を注いで,そこから多くの啓示を得ることができたことは想像に難くない。一つ一つ具体的に分析していくと,この「読書案内」の範囲をはるかに超えてしまう。しかし,上記の通行本に基づいてまとめられた構造から見ると,論理的にも医理的にも厳密ではないところがあり,その中の多くは,楊上善が『太素』を編纂したときに調整したのかもしれない。あるいは,楊上善が当時見た『甲乙経』の構造自体が伝世本とは異なるのかもしれない。

 優秀な役者が,演じる役に最大限に近づくためには,役の生活を体験しなければならない。同様に,『甲乙経』を理解し,その構造美を鑑賞するには,まず生活を体験すること,つまりまず『素問』『霊枢』『明堂経』の三冊をそれぞれ研究し,組み立てて合成してみる必要がある。


0 件のコメント:

コメントを投稿