2024年7月7日日曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』5

   むすび


 (1)経筋学説の基本概念である「筋」は,筋肉とその付着構造の総称であり,筋肉を包む外膜もこれに含まれる。病理的核心概念である「筋急」は,筋が寒邪に中(あ)たって攣急するところを指す。「筋急」が長い間解けないと硬結となるが,これを「結筋」という。経筋病の治則治法には三つの鍵となる概念がある。「痛むを以て輸と為す」とは筋が急(ひきつ)るところ,最も痛む点を輸とすることを指す。「知るを以て数と為す」とは,鍼尖が最も痛む点に命中して,患者が痛さに耐えられず,医者は局部の筋肉が痙攣するのがわかることを「知る」という。知ることがあれば良い効果があるので,「知るを以て数と為す」という。痛む輸に正確に刺して,患者が痛さに耐えられなくとも強いて刺すのを「劫刺」という。さらに鍼を焼いて熱を加えることを「燔鍼劫刺」という。

 (2)経筋が「結ぼれる」場所は,筋の診どころであり,筋病刺法の常用部位,つまり筋病診療の標的でもある。標的が不明であれば,鍼をほどこしても的のないところに矢を放つようなもので,治療効果は評価しようがない。したがって筋病刺法の長所を活かすには,まず経筋が結ぼれる場所を明らかにしなければならない。

 (3)筋病刺法には,鍼が病所に至る燔鍼劫刺・貫刺法と,筋の外を刺す挑刺法および輸刺法・募刺法・分刺法,その延長線上にある刺法が含まれる。『霊枢』官針に記載されている「恢刺」と「関刺」は名称は異なっていても同じ定番の刺法である。かつまた「関刺」は『太素』に記載されている「開刺」という表記の方が意味としてまさっている。トリガーポイントへのドライニードル貫刺は,筋刺法中の貫刺法を再発見してものにすぎず,筋病刺法全体と比較することはできないし,ましてや鍼刺法全体と同列に論ずることはなおさらできない。

 (4)筋病刺法の浮沈は,経筋学説の盛衰と密接に関連しており,その復興には同様に理論,特に基層理論の革新が頼りである。「挑刺法」「分刺法」「輸刺法」などの筋病刺法の中で筋の外への鍼法の理をはっきり説明するには,できるだけ実験的な方法を用いて,筋と脈,筋肉と筋膜,その他の実質構造と被膜・隔膜との関係を解明し,これを基礎とした上で,「渓」「谷」「結」「節」「兪」「気街」「気穴」などの鍼灸学の基本概念の形態構造と生理学的意義を明らかにし,二千年以上前に『黄帝内経』が提唱した鍼灸学用の人体形態学——人体空間構造解剖学を構築しなければならない。


  参考文献

[1] 巢元方.南京中医学院校释.诸病源候论校释上册[M],北京:人民卫生出版社,1982:665-666.

[2] 李守先.中医名家珍稀典籍校注丛书:针灸易学校注[M],高希言,陈素美,陈亮校注.郑州:河南科学技术出版社,2014.

[3] David G, Simons MD, Janet G, et al. 肌筋膜疼痛与功能障碍:激痛点手册 第一卷 上半身[M].赵冲,田阳春主译.2版,北京:人民军医出版社,2014.

[4] 许任著.崔为,南征主编,针灸经验方:校勘注释[M].长春:吉林科学技术出版社,2015:47.

[5] Hong CZ.Lidocaine injection versus dry needling to myofascial trigger point. The importance of the local twitch response[J]. Am J Phys Med Rehabil,1994,73(4):256-263.

[6] 吴鲁辉.燔针劫刺之我见[J],江苏中医药,2011,43(3):78.

[7] 黄龙祥.中国古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2019.

[8] 丹波康赖撰.高文柱校注,医心方[M]. 北京:华夏出版社,1996:69.

[9] 孙思邈.千金翼方[M].影印本.北京:人民卫生出版社,1955:281.

[10] 徐春甫编集.古今医统大全 上册[M].崔仲平,王耀廷主校.北京:人民卫生出版社,1991:449.

[11] 吴崑.内经素问吴注[M].山东中医学院中医文献研究室点校. 济南:山东科学技术出版社,1984:243.

[12] 彭增福.肌筋膜疼痛综合征激痛点针刺疗法[M].广州:羊城晚报出版社,2019:3-11.

[13] 江一平. 针灸肩臂痛病案介绍[J].江苏中医,1963(1):26-27.

[14] 党正祥.深针刺在急腹症中的应用及实验研究[J].陕西中医,1988,9(5):237.

[15] 刘琳,黄强民,汤莉.肌筋膜疼痛触发点[J].中国组织工程研究,2014,18(46):7520-7527.

[16] 杨成明,李慧杰,余航,等. 肾交感神经射频消融术治疗高血压适宜消融温度的探讨[C]//第14届中国南方国际心血管病学术会议专刊,2012:143-144.

[17] 黄龙祥. 新古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2022: 292-299.


2024年7月6日土曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』4.3

   4.3 復興と革新 

    

 現代筋膜学説の発展により,中国医学と西洋医学にますます多くの共通の話題がもたされ,それと同時に中・西医学間がぶつかり合う最も直接的な競争点も形作られた。

 今日の中国の鍼灸従事者は,どのようにしたら精華を伝承し,守正創新〔正道を堅持しながらたえず革新〕し,筋病刺法に新たなより強い生命力を賦与し,その理論の学際的で,異文化をまたいだ学術的影響力を最大限に高めることができるだろうか。筆者は次の三つのステップを一歩ずつしっかりと歩む必要があると考えている。


 第一歩:己を知り彼を知り,長所を発揮させて短所を補う


 筋病刺法とドライニードル療法の共通点と相違点を整理した上で,さらに双方の長所と短所を合理的かつ総合的に比較し,みずからの強みと長所を十分に発揮し,足りない所を補う。

 われわれが経筋刺法を復興させ,経筋理論を革新することを提案するのは,それが歴史上にかつて存在したからでも,二千年後に西洋のドライニードル療法との狭間での出会いが中国の鍼灸従事者に感じさせた一種の無形の圧力や理論革新の切迫感のためでもなく,今日でも依然としてかけがえのない応用価値や理論的価値を持っているためであることを明確に認識すべきである。

 それと同時に,今日の中国の鍼灸従事者は以下ような問題を真剣に考えなければならない。中国の鍼灸には数千年にわたって発展してきた歴史があり,系統的な理論とそれと一体となった鍼術がある。西洋のドライニードル療法は中国の鍼灸筋病刺法の「貫刺法」という一点を突破しただけにもかかわらず,わずか数十年の間に広範な影響を生み出し,中国の筋膜痛を研究する専門家,さらには中国の鍼灸従事者に大きな挑戦を感じさせるようになったのは,なぜなのか。

 中国鍼灸の強みは全体を重視して,巨視的な法則を発見するのに長けているところにあるが,弱点は体系的に構築する意識と能力の欠如に現われている。中国の鍼灸従事者は,ドライニードル療法が中国鍼灸の筋病刺法「貫刺法」を再発見再構築した事例から以下のような啓発と教訓を得なければならない。

 その一,概念の正確さと表現の明瞭さ。ドライニードル療法の核心概念である「トリガーポイント」の定義は現在もなお十分には簡単明瞭とはいえないが,研究者は一歩一歩踏み込んで機序の研究を進め,トリガーポイント鍼法を臨床と実験において運用性の高い概念にした。

 その二,実験研究方法の導入および治療効果評価の客観的基準の確立。まずトリガーポイントの位置と運動終板〔motor end-plate〕の関係についての仮説を提出し,実験的手法で検査確認した後,臨床では画像診断などの機器を用いてトリガーポイントの位置を客観的に決定し,正確な刺鍼を実施する。それと同時に,治療効果を評価する客観的な指標として,トリガーポイント・ドライニードル療法が臨床における治療効果と作用機序の研究に効果的に入れられるようにして,確実で公認される証拠を獲得すると同時に,臨床応用への普及も促進しやすいようにする。


 第二歩:法則を発見し,メカニズムを解明する


 このセグメントで解決すべき主な問題は以下の通りである。

 その一,「筋急」「結筋」に対する鍼治療の法則を研究する。どのような状況下では貫刺法を用いて筋肉そのものを直接刺し,どのような状況下では挑刺法や分刺法を採用して筋外の筋膜を刺すほうが,より治療効果がよいか。筋急と結筋が発生する機序は何か。刺法が異なる場合,同じ機序で効果が得られるのか,それとも異なる機序で効果が得られるのか。

 貫刺と挑刺の関係,筋刺と脈刺の関係,局所と全体の関係をしっかり把握してはじめて,臨床をよりよく導き,臨床の治療効果と治療効果の再現性を向上させることができる。

 その二,「内熱刺法」の鍼刺点の選択および適切な温度と治療効果の間にはどのような相関関係があるか,そしてこれを基礎として内熱鍼法の作用機序を解明する。

 経筋学説では筋急の主な病因は寒〔冷え〕であると考えるので内熱鍼法で治療するが,温熱刺激がその中でどの程度の役割をはたしているのかを解明する必要がある。最も効果的な温度区間はどれほどか。

 トリガーポイント・ドライニードル貫刺の経験に基づけば,正確な位置において針尖がトリガーポイントに刺入されると,針尖の温度が約45℃でトリガーポイントを不活化させることができる[15]。この温度はちょうど腎交感神経ラジオ波焼灼術治療による高血圧治療の適切な温度と同じであり[16],経筋病候における明らかな交感神経失調の病症に関連して,内熱鍼法による筋急・結筋治療の機序に「除神経する」調整機序が含まれているかどうかを考慮すべきである。もし「除神経する」機序が燔鍼劫刺における治療効果の中で重要な役割を果たしていることが確認できるならば,経筋病候をより深く理解できるだけでなく,これに基づいてより的を絞った,治療効果がより高く,苦痛がより小さい内熱刺法の治療計画を立案することができる。

    [15] 刘琳,黄强民,汤莉.肌筋膜疼痛触发点[J].中国组织工程研究,2014,18(46):7520-7527.

  〔経皮経後腹膜的腎交感神経ラジオ波焼灼術~新たな高血圧治療への検討~〕

  https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K08234

  〔腎デナベーション~腎交感神経除神経術[renal sympathetic denervation(RDN)]について~〕

  https://www.twmu.ac.jp/TWMU/Medicine/RinshoKouza/021/medical/rdn_medical.html

    [16] 杨成明,李慧杰,余航,等. 肾交感神经射频消融术治疗高血压适宜消融温度的探讨[C]//第14届中国南方国际心血管病学术会议专刊,2012:143-144.


 第三歩:しっかりと基礎を固め,人形を論理する


 ヒポクラテスは「解剖学は医学の神殿へ通じる礎石である」と述べた。ほぼ同時期に,『黄帝内経』の著者も「人形を論理する」という理論的な枠組みを明確に提案し,黄帝の口を借りて「其れ信(まこと)に然るか?」と,避けては通れない問題を提起した。鍼灸学に向けたこの人体形態学理論の枠組みに信憑性を持たせ,磐石なものにするには,解剖学の実験研究の道筋が不可欠である。

 このように,西洋医学,中国医学を問わず,解剖学が両方の礎であることは明らかである。ただ視点や方法の違いによって,中国と西洋の医学で「人形を論理する」重点が異なるにすぎない。現代医学の解剖学は外科学を支える礎石であり,当初から実質的な構造の形態学的研究を指向している。現代解剖学の「聖書」である『グレイ解剖学』の初版(1858年)の書名には「外科学の解剖学」(Anatomy,Descriptive and Surgical)と明記されている。これに対して『黄帝内経』の人体形態学には実質構造と空間構造という二つの部分が含まれているが,後者に重点が置かれ,これが鍼灸学を支える礎石となっている。虚空にある意味と価値を発見することは,まさに古典鍼灸学の最大の特徴であり,それが存在価値の最大のものでもある。鍼灸学という高楼はまさに「兪」「結」「節」「渓」「谷」「気街」「気穴」といった虚空構造の上に建てられていると言える[7]43。このほか,鍼灸に基づく解剖学研究は特に生体・立体・動態を重視している。「観察は理論に浸透しており」〔自然弁証法の名詞「渗透了理論的観察(theory-impregnated observation)」に基づく表現であろう〕,解剖で得られた構造の解釈はより理論に依存している。

    [7] 黄龙祥.中国古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2019.

 ドライニードル療法は,理論構築においても治療においても,分割できない筋膜と筋肉全体のうち,筋肉をより重視する。しかし鍼灸学理論を構成するものの一つとしての経筋学説における「筋」の概念そのものには,筋肉と筋膜が含まれている。かつまたその両者の中では筋膜,すなわち筋肉の付着部と筋肉を包む膜により重きを置いている。十二経筋の分布を通覧して容易に分かることは,経筋全体の全行程を覆っているのは筋膜であることである。つまり,一部の経筋が循行する部位にあるのは腱や腱膜だけであって,筋肉はない。かつ経筋が「結」するところも,多くは筋腱・筋膜・靭帯などの付着構造であり,これらの部位への刺鍼についての作用機序は,筋肉のレベルから直接解明することは困難である。

 トーマス・W・マイヤース(Thomas W.Myers)の筋膜学の専門書『アナトミー・トレイン――徒手と動作治療の筋筋膜経線〔Myofascial Meridians for Manual & Movement Therapists  日本語訳の副題は「徒手運動療法のための筋筋膜経線」〕」は2001年に出版されて以来,再版されて版を重ねつづけ,世界中に影響を与えてきた。近年,生体観察技術の進歩に伴って筋膜学の研究が強力に促進され,また多くの筋膜解剖の専門書が出版されている。しかしながら,西洋で徐々に広まっているこれらの筋膜説は,今のところ現代の主流医学の視野には入っておらず,その革新的な核心概念である「筋膜」(myofascia)は,権威ある解剖学書,『グレイ解剖学』の2021年最新版にはまだ記載がない。これは現代解剖学が保守的だからではなく,その特定の視野が制限されていることによって,既存の理論的枠組みでは,これらの新しい発見や新しい観点を受け入れるのが難しいからである。

 筋肉そのものよりも,筋肉を包む膜とその付着構造の方がより重要なのは,なぜなのか。筋病はしばしば直接筋を刺さずに,筋の外を刺すのは,なぜのか。分肉の間を刺す「分刺」が鍼灸学による痺証治療のための一般的な刺法になったのは,なぜなのか。

 筋肉と筋膜,およびその他の実質的な構造と被膜・隔膜の関係を解明できなければ,これらの鍼灸学が避けることができない基本的な問題に根本的に答えることは難しい。中国の鍼灸従事者は「〔のちの研究成果を〕待つ」と「〔従来の研究成果に〕頼る」という考えを捨て,自信を持ち,他山の石をもって自分の玉を攻(おさ)め,実験研究の方法を自覚的に導入し,空白を埋めて,答えを求めなければならない。法則を総括し,メカニズムを解明した上で,『黄帝内経』が提唱した人体形態学――現代の解剖学とは異なりながら,最大限に互いに補い合う関係で,人体の実質的な組織と器官間の構造的意義と価値を探ることに重点を置いた「人体空間構造解剖学」を構築する[17]。

  [17] 黄龙祥. 新古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2022: 292-299.

 これは,今日の鍼灸従事者が推進すべき最も根本的な理論的革新であり,鍼灸の原理を明確に語り,現代の主流医学との効率的な対話を実現するための根本的な方法でもある。


2024年7月5日金曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』4.2

  4.2 ドライニードル療法と筋病刺法


 まず指摘しなければならないのは,西洋のドライニードル・トリガーポイント刺法は,古典鍼灸の筋刺法の一つである「貫刺法」とのみ比較可能性があるだけで,筋刺法全体,さらには鍼刺法全体とは同列には論じられないということである。両者の違いは少なくとも,以下の三点に現われている。

 (1)中国鍼灸は「鍼 病所に至る」と「気 病所に至る」という理念に基づいて,直接筋を刺す「燔鍼劫刺」,それに「貫刺法」と筋の外を刺す「挑刺法」「分刺法」,およびその延長線上にある刺法など,多くのすぐれた治療効果のある定番となる刺法を創始し,臨床応用により多くの選択肢を提供しただけでなく,さらには筋病治療の機序研究により多くの構想と道筋を提供した。一方,ドライニードル療法はその理論的視点の制約により,中国鍼灸の「鍼 病所に至る」という理念に基づく「貫刺法」を理解し,発掘することができるだけで,中国鍼灸の筋病刺法の中で治療効果が顕著な他の刺法を理解することは難しく,意識的に応用することは一層困難である。

 (2)中国鍼灸の筋病診療には筋急と筋縦の二つが含まれる。寒(ひ)えれば則ち筋は急(ひきつ)り,熱ければ則ち筋は縦(ゆる)む。筋が急(ひきつ)る病は燔鍼劫刺で治療し,筋が縦(ゆる)んだ場合は分刺で治療し,温法は用いない。一方,ドライニードル療法は陰陽観と全体観が欠如しているため,筋病の一側面しか見ることができず,その全体を認識することができないので,中国の鍼灸において長期にわたって用いられ,しかも非常に効果のある「分刺法」などの筋病治療における独特な意義を理解することができない。

 (3)理論を構築する上で,虚空構造に重点を置く鍼灸学の大きな背景の下にある経筋学説は,筋肉と筋膜を統一的な構造機能の全体,そしてこの全体の中で筋肉の付着構造である「結」と筋肉を包む「膜筋」をより重視するなかで構築された。一方,実質構造に重点を置く現代の主流となっている医学の土壌の中で生長したドライニードル療法は,機序の研究では筋肉に着目し,治療においても筋肉に焦点を当てたドライニードル貫刺法を採用している。理論的視点と枠組みが異なるため,中国医学と西洋医学は筋病を観察する際に異なる重点を捉えられる。

 貫刺法であっても,ドライニードル療法は中国の鍼灸とは臨床応用においても違いがある。前者はトリガーポイントを貫刺するだけで,効果がなければもう一度刺す。後者は臨床上,つねに内熱法や輸刺法などの方法と組み合わせて使われる。経筋病の治療効果の基準は「筋が柔らかくなる」ことを効果ありとしているが,筋が柔らかくなっても脈が和平になっていなければ,やはり脈に基づいて本輸を取って虚実を調えて,平を以て期と為す〔『素問』三部九候論〕からである。

 元代の『鍼経摘英集』の鍼による痛証治療はこの点をあらためて明らかにしており,筋病刺法を用いて最も痛む点を輸として痛証を治療した後に,さらに「経に随って穴を刺す」〔『鍼経摘英集』治病直刺訣/治腰背俱不可忍:「而隨經刺穴即愈」。〕必要がある。現代中国で最も早い結筋点貫刺法を用いて肩腕痛治療に成功した症例報告にも同じくこの特徴が反映されている[13]。

    [13] 江一平. 针灸肩臂痛病案介绍[J].江苏中医,1963(1):26-27.

 「脈の調和」は古典鍼灸学ないし中国医学全体の究極的な指標であり,全体調整を重視することは中国医学のはっきりとした特徴であり,強みでもある。


2024年7月4日木曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』4.1

  4 考察


  4.1 筋と脈

    

 『素問』皮部論には「皮部以經脈為紀〔皮部は經脈を以て紀(のり)と為す〕」とあるが,実は経筋学説も経脈学説をひな型として構築されている。『霊枢』経筋篇はその経筋が分布し走行する経路や病候・治則という全体の構造にせよ,経筋が分布する道筋を記述する「其の支なる者」「其の別なる者」という体例にせよ,みな『霊枢』経脈篇の十二経脈モデルに準拠している。

 著者がこのように処理した内在的な要因は,筋と脈の両者が臨床応用の面で非常に密接な関連を持っていることにある。たとえば,病因から見れば,脈病と筋病には共通の主たる病因である風寒がある。病機からみれば,寒(ひ)ゆれば則ち脈は急(ひきつ)り,脈が急れば則ち痛む。寒ゆれば則ち筋は急(ひきつ)り,筋が急れば則ち痛む。診法から見れば,脈の「是れ動ずれば則ち病む」を診,筋の「筋急(ひきつ)れば則ち病む」を診る。脈の「諸々急る者は寒多く,緩む者は熱多し」を診,筋でも「筋急るは寒(ひ)え多く,筋縦(ゆる)むは熱多し」を診る。治療から見れば,脈痺は「血絡」「結絡」を治療し,筋痺は「筋急」「結筋」を治療して,「結絡」「結筋」を刺すが,ともに貫刺法を用いて「結ぼれを解く」。

 したがって経筋病候を筋病の刺法でこれを治療しても脈が平らかにならない場合は,さらに脈をよりどころとして本輸を取って脈を和平な状態に調えなければならない。あるいは筋急・結筋するところがまさに経兪にあたる場合は,まず筋刺法をもちいて筋を調えて柔らげ,さらに脈刺法と輸刺法をもちいて脈を和平な状態に調える。

 経筋説も経脈説をひな型として構築されているが,残念なことに,両者の理論の成熟度には差がある。経脈病候の治則には『霊枢』経脈篇に詳しい解説があるほか,他の篇にも異なる角度からの解釈と例が示されている。これにたいして,『霊枢』経筋篇の最も重要な治則治法には解釈もなければ例も示されておらず,あるのは後世の人が字面(じづら)から当て推量した,いろいろな説だけである。

 さらに,『黄帝内経』も筋と膜,筋膜と脈・血気との関係を体系的に論述していないため,後世の医家は筋と脈,経筋と経脈の互いに補完し継承する不可分な結びつきを認識できず,筋を「中無有空,不得通於陰陽之氣,上下往來〔中に空有ること無く,陰陽の氣を通じて,上下往來することを得ず〕」(『太素』巻十三・経筋〔「以痛為輸」〕注)と誤って,経筋学説は発展する空間と革新する内在的原動力を失い,唐・宋の際から衰退に向かい,経筋刺法も理論の支えを失って谷底に落ちた。

 

2024年7月3日水曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』3.5

  3.5 募刺法


 長期にわたって,鍼灸治療は躯体の病気を主とし,内臓病は湯薬治療を主としていた。いわゆる「鍼灸はその外を治し,湯薬はその内を治す」である。この鍼治療のタブーを打ち破ったのが,長鍼による「募刺法」である。

 募刺法とは,深く刺して腹膜まで達し,さらには腹膜を貫通して内臓の肓膜と臓腑の募まで至ることもある刺法を指すので,著者はこれを「募刺法」と呼んでいる。

 他の筋病刺法に比べて募刺法が完成したのは遅く,『霊枢』経筋篇が編纂された時点では,募刺法はまだ明確な臨床応用を得ていなかった可能性がある。そのため内部の筋急による病に対しては,この篇は依然として「内に在る者は熨引して薬を飲ましむ」という伝統的な方法を踏襲しており,「募刺法」には言及していない。

 「募刺法」は技術の難易度が高いため,漢以降は隠れて目立たず,宋・元の間で再発見された後,間もなくまた失われた。明代の朝鮮の太医は中国の鍼灸経典に記載されている募刺法の鍼感と鍼の効果に対する記述に基づいて,繰り返し試験をおこなったことで,再び募刺法の操作が世に現われた[2]186が,明代以降また沈み隠れてしまった。

    [2] 李守先.中医名家珍稀典籍校注丛书:针灸易学校注[M],高希言,陈素美,陈亮校注.郑州:河南科学技术出版社,2014.〔『針灸易学校注』の総頁数は141頁である。頁数が誤っているか,あるいは,内容からすれば[2]は[4](許任『鍼灸経験方』)の誤りか。〕


 現代の芒鍼療法における腹部直刺深刺法は古典文献を参考にすることなく,意図せず古典鍼灸の募刺法を再発見し,この失われて久しい鍼法を再び鍼灸界に再現させたものである。

 20世紀70年代の中国医学と西洋医学の結合による,鍼によって急性腹症を治療する研究において,腹部の深刺法による臨床試験と動物実験の結果によって,「腹部への深い鍼の刺入は,肝臓・脾臓・胆嚢・膀胱に軽度の損傷をもたらす以外は,その他の臓器に対する明らかな損傷はない」[14]ことを示した。これらの初期の研究結果によっても,一定程度の募刺法の有効性と安全性が実証された。現在,画像検査と操作の標準化によって,内臓の肓膜と募穴を深く刺す募刺法は,その安全性が大幅に向上した。また鍼具の改良に伴い,患者の苦痛は大幅に軽減され,コンプライアンスも向上した。

    [14] 党正祥.深针刺在急腹症中的应用及实验研究[J].陕西中医,1988,9(5):237.

 

2024年7月2日火曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』3.4

   3.4 分刺法


 いわゆる「分刺」とは,皮下と肉上の分間,つまり分肉の間を鍼で刺すことから名付けられた。

 分刺法の特別なところは,瀉を主とするが,虚を補うこともでき,筋の急(ひきつ)りを治療できるが,筋が縦(ゆる)むのも治療できることである。


    偏枯,身偏不用而痛,言不變,志不亂,病在分腠之間,巨(臥)針刺之,益其不足,損其有餘,乃可復也。痱之為病也,身無痛者,四肢不收,智亂不甚,其言微知,可治;甚則不能言,不可治也。病先起於陽,後入於陰者,先取其陽,後取其陰,浮而取之〔偏枯は,身の偏(かたわ)ら用いられずして痛み,言は變わらず,志は亂れず,病は分腠の間に在り,針を巨(ふ)(臥)せて之を刺し(明刊未詳本作「取之」),其の不足を益し,其の有餘を損し,乃ち復す可し。痱の病為(た)るや,身に痛み無き者,四肢 收まらず,智の亂れ甚だしからず,其の言微(わず)かに知るは,治す可し。甚だしければ則ち言うこと能わず,治す可からざるなり。病 先ず陽に起こり,後に陰に入る者は,先ず其の陽を取り,後に其の陰を取って,浮かして之を取る〕。(『靈樞』熱病)

    嚲,因其所在,補分肉間〔嚲は,其の在る所に因って,分肉の間を補う〕。(『靈樞』口問)

 

 嚲は,後世にいう「癱瘓」である。多くは中風によるもので,「偏枯」と同類の病であり,治療法も同じで,みな分刺法で治療するが,邪の深さが少し異なるだけである。偏枯は鍼を臥せて「分腠の間」を刺し,嚲は鍼を臥せて「分肉之間」を刺す。

 『霊枢』経筋は,経筋の病を筋急と筋縦の二種類に分けるが,言及されている病症と刺法は主に「筋急」に焦点を当てていて,「筋縦」の病と治療は省略されている。ここに挙げた二つの例は,分刺法で「筋縦」病を治療した例である。

 分刺法のこのような用法は,今日の鍼灸従事者にほとんど注目されていないが,今後さらに発掘し,検査し,総括し,向上させ,普及させて利用するに値する。

 『黄帝内経』によく見られる痺証を「衆痺」という。病は分肉の間にあり,治療の定番となる刺法も最も多い。痺証の範囲の広さと深さにより,一本あるいは多数の鍼を皮と肉の間,すなわち分腠の間と分肉の間に刺して操作する。従って広義の「分刺法」といえる。

 「分刺」から発展した最も重要な筋病刺法は挑筋刺法,すなわち「恢刺」である。

 分刺法は筋病刺法の方向と道筋を導いただけでなく,皮・肉・脈・筋・骨,全体の「五体」刺法を再構築し,脈病が盛絡と結絡にあるときと,筋病が結筋の病巣に見えてただちに脈と筋を刺さなければならないときを除き,その他の場合はみな五体の間と五体の膜を多く刺した。

 分刺法の後世と現代の変遷は,全体的には『霊枢』官針より明らかに狭くなっており,円鍼の刺法が失われたのに伴い,分刺法の専用鍼は按摩の道具に転落し,「分刺」の法則は長期にわたって埋没した。元代に再発見された後も重視されていなかったが,現代になってやっと復興した。

 しかしながら,本当に失われた「分刺」法を復活させて時とともに発展させるには,やはり鍼具の継承と改良に立ち返る必要があり,古代「円鍼」の分肉の間を刺して肉を傷つけない特性を保ちながら,操作が簡単に――特に刺入時に――できる鍼具を設計しなければならない。このようにしてこそ,『黄帝内経』にある寒邪の深さによって皮と肉の間の異なるレベルを刺す定番の刺法の操作が,真にそのあるべき機能を発揮できるようになる。


2024年7月1日月曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』3.3

   3.3挑刺法


 『黄帝内経』で刺法を専門に論じている『霊枢』官針篇では,異なる分類の下に筋痺を刺す定番の刺法を分けて収録していて,一つは「恢刺」,もう一つは「関刺」(「開刺」とする本もある〔『太素』巻22・五刺〕)という。現代人もそれを検討することなく,両者を二つの異なる定番の刺法と考え,「筋刺法」の象徴的刺法としている。実際のところ,この両者は別の医家が同一の刺法を総括したものであり,異なる刺法の名称を使用したにすぎない。


    恢刺者,直刺傍之,舉之前後,恢筋急,以治筋痹也〔恢刺なる者は,直に刺すに之を傍らにし,之を前後に舉げて,筋の急(ひきつ)りを恢(ゆる)め,以て筋痹を治するなり〕。(『靈樞』官針)

    關刺者,直刺左右,盡筋上,以取筋痹,慎無出血,此肝之應也,或曰淵刺,一曰豈刺〔關刺なる者は,直に左右に刺して,筋上を盡くして,以て筋痹を取る,慎んで血を出だすこと無かれ,此れ肝の應なり,或いは淵刺と曰い,一に豈刺と曰う〕。(『靈樞』官針)


 「恢刺」の名称とその意味について,楊上善は「恢,寬也。筋痹病者,以鍼直刺傍舉之前後,以寬筋急之病,故曰恢刺也〔恢は,寬なり。筋痹の病なる者は,鍼を以て直刺し傍らに之を前後に舉げて,以て筋急の病を寬(ゆる)める,故に恢刺と曰うなり〕」(『太素』巻22・十二刺)と解している。筋が急(ひきつ)れば,縮んで短くなるので,急(ひきつ)るものを柔らかくする。「筋急を恢する」とは,その筋を寛(ゆる)やかにしてやわらげることである。楊上善の注はまことに『内経』の意図を得ていることがわかる。

 「関刺」を『太素』は「開刺」に作り,意味においてまさる。「恢刺」とは,拘急短縮した筋をゆるめるという,その効用を言い,「開刺」とは,傍らの筋に刺すという,その刺法の特徴を言っている。

 操作から見ると,恢刺法は「之を前後に挙ぐ」というので,挑刺〔挫刺〕法であることが知られ,まさに浅刺すべきで,深ければ挙げることはむずかしい。関(開)刺では,刺鍼の深さが「筋上」であることが明らかなので,最も深くても分肉の間(現代の解剖学の浅い筋膜と深い筋膜の分間に相当する)を超えないことが分かる。

 『霊枢』官針の「恢刺」と「関 (開)刺」の描写を総合すると,挑筋刺法を操作する要点を得ることができる。すなわち,まず筋の傍らに直刺してから,さらに上に持ち上げて左右に揺り動かす。今日に至るまで,民間の鍼挑療法における「挑筋法」の操作は,二千年以上前の挑筋古法と軌を一にしていて,「恢刺法」の生きている伝承となっており,また鍼挑点の選択においては,筋の急(ひきつ)りが最もひどく,最も痛む点を選択することを強調している。これもまた我々が今日最も重要な治則治法である「痛むを以て輸と為す」を正確に解読するための有力な証拠を提供している。

 もしも『霊枢』官針に掲載されている「恢刺」と「関(開)刺」が名称は異なっていても同じ手法であることを早くから見抜くことができていれば,二つの文を互いに参照することで経文の本来の意味をより正確かつ完全に把握することができ,理解にそれほど多くの相違を生じることはなかったであろう。

 挑刺法における貫刺法との最も大きな違いは,病がある筋を直接には刺さず,その近くに鍼を用いてを挑(はね)ることにあり,これも古典鍼灸の特徴を最もよく表わしている筋病刺法である。

 もし分刺法の操作において,円鍼で分肉の間に刺入した後,挑刺の操作を加えて,上に上げて左右に振ると,「合刺」〔上文を参照〕の多方向刺の効果を収めることができて,治療効果を明らかに高めることができる。分刺から伸展した各種の皮と肉の異なる深さの間で操作する鍼法に挑刺の動きを加えると,一鍼で多くの鍼を刺す効果を収めることができる。鍼を病むところに至らせる「貫刺法」に挑刺法の操作を加えることさえできる。たとえば,現代中国で最初に報道されたのは,結筋貫刺法による疼痛証の治療例であり,貫刺と挑刺を組み合わせを採用して顕著な治療効果を得ている[13]。 

    [13] 江一平. 针灸肩臂痛病案介绍[J].江苏中医,1963(1):26-27.

 また「浮刺者,傍入而浮之,以治肌急而寒者也〔浮刺なる者は,傍らより入れて之を浮かせ,以て肌の急(ひきつ)れて寒(ひ)ゆる者を治するなり〕」とあるように,この定番の刺法は「恢刺」の操作および主治と類似して,単に病位が浅いだけであり,挑刺の動作を加えることで治療効果を著しく高めることができる。現代の鍼挑療法と浮鍼療法は,すでに古典的な筋病刺法と組み合せた革新として臨床に根拠を提供している。

 現代人に経筋病の象徴的な刺法とされている「恢刺」(別名「閉(開)刺」)は,筋病の診療理論が衰微するのに伴い,主流となった医学の中に隠れて目立たなくなったが,伝説のように民間鍼挑療法として伝承され発展し,この療法の象徴的な鍼術となった。まさにいわゆる「礼失わるれば,諸(これ)を野に求む」〔古い礼が伝承されていなければ,これを民間に探し求める。『漢書』芸文志に見える孔子のことば〕である。