2024年7月6日土曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』4.3

   4.3 復興と革新 

    

 現代筋膜学説の発展により,中国医学と西洋医学にますます多くの共通の話題がもたされ,それと同時に中・西医学間がぶつかり合う最も直接的な競争点も形作られた。

 今日の中国の鍼灸従事者は,どのようにしたら精華を伝承し,守正創新〔正道を堅持しながらたえず革新〕し,筋病刺法に新たなより強い生命力を賦与し,その理論の学際的で,異文化をまたいだ学術的影響力を最大限に高めることができるだろうか。筆者は次の三つのステップを一歩ずつしっかりと歩む必要があると考えている。


 第一歩:己を知り彼を知り,長所を発揮させて短所を補う


 筋病刺法とドライニードル療法の共通点と相違点を整理した上で,さらに双方の長所と短所を合理的かつ総合的に比較し,みずからの強みと長所を十分に発揮し,足りない所を補う。

 われわれが経筋刺法を復興させ,経筋理論を革新することを提案するのは,それが歴史上にかつて存在したからでも,二千年後に西洋のドライニードル療法との狭間での出会いが中国の鍼灸従事者に感じさせた一種の無形の圧力や理論革新の切迫感のためでもなく,今日でも依然としてかけがえのない応用価値や理論的価値を持っているためであることを明確に認識すべきである。

 それと同時に,今日の中国の鍼灸従事者は以下ような問題を真剣に考えなければならない。中国の鍼灸には数千年にわたって発展してきた歴史があり,系統的な理論とそれと一体となった鍼術がある。西洋のドライニードル療法は中国の鍼灸筋病刺法の「貫刺法」という一点を突破しただけにもかかわらず,わずか数十年の間に広範な影響を生み出し,中国の筋膜痛を研究する専門家,さらには中国の鍼灸従事者に大きな挑戦を感じさせるようになったのは,なぜなのか。

 中国鍼灸の強みは全体を重視して,巨視的な法則を発見するのに長けているところにあるが,弱点は体系的に構築する意識と能力の欠如に現われている。中国の鍼灸従事者は,ドライニードル療法が中国鍼灸の筋病刺法「貫刺法」を再発見再構築した事例から以下のような啓発と教訓を得なければならない。

 その一,概念の正確さと表現の明瞭さ。ドライニードル療法の核心概念である「トリガーポイント」の定義は現在もなお十分には簡単明瞭とはいえないが,研究者は一歩一歩踏み込んで機序の研究を進め,トリガーポイント鍼法を臨床と実験において運用性の高い概念にした。

 その二,実験研究方法の導入および治療効果評価の客観的基準の確立。まずトリガーポイントの位置と運動終板〔motor end-plate〕の関係についての仮説を提出し,実験的手法で検査確認した後,臨床では画像診断などの機器を用いてトリガーポイントの位置を客観的に決定し,正確な刺鍼を実施する。それと同時に,治療効果を評価する客観的な指標として,トリガーポイント・ドライニードル療法が臨床における治療効果と作用機序の研究に効果的に入れられるようにして,確実で公認される証拠を獲得すると同時に,臨床応用への普及も促進しやすいようにする。


 第二歩:法則を発見し,メカニズムを解明する


 このセグメントで解決すべき主な問題は以下の通りである。

 その一,「筋急」「結筋」に対する鍼治療の法則を研究する。どのような状況下では貫刺法を用いて筋肉そのものを直接刺し,どのような状況下では挑刺法や分刺法を採用して筋外の筋膜を刺すほうが,より治療効果がよいか。筋急と結筋が発生する機序は何か。刺法が異なる場合,同じ機序で効果が得られるのか,それとも異なる機序で効果が得られるのか。

 貫刺と挑刺の関係,筋刺と脈刺の関係,局所と全体の関係をしっかり把握してはじめて,臨床をよりよく導き,臨床の治療効果と治療効果の再現性を向上させることができる。

 その二,「内熱刺法」の鍼刺点の選択および適切な温度と治療効果の間にはどのような相関関係があるか,そしてこれを基礎として内熱鍼法の作用機序を解明する。

 経筋学説では筋急の主な病因は寒〔冷え〕であると考えるので内熱鍼法で治療するが,温熱刺激がその中でどの程度の役割をはたしているのかを解明する必要がある。最も効果的な温度区間はどれほどか。

 トリガーポイント・ドライニードル貫刺の経験に基づけば,正確な位置において針尖がトリガーポイントに刺入されると,針尖の温度が約45℃でトリガーポイントを不活化させることができる[15]。この温度はちょうど腎交感神経ラジオ波焼灼術治療による高血圧治療の適切な温度と同じであり[16],経筋病候における明らかな交感神経失調の病症に関連して,内熱鍼法による筋急・結筋治療の機序に「除神経する」調整機序が含まれているかどうかを考慮すべきである。もし「除神経する」機序が燔鍼劫刺における治療効果の中で重要な役割を果たしていることが確認できるならば,経筋病候をより深く理解できるだけでなく,これに基づいてより的を絞った,治療効果がより高く,苦痛がより小さい内熱刺法の治療計画を立案することができる。

    [15] 刘琳,黄强民,汤莉.肌筋膜疼痛触发点[J].中国组织工程研究,2014,18(46):7520-7527.

  〔経皮経後腹膜的腎交感神経ラジオ波焼灼術~新たな高血圧治療への検討~〕

  https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-19K08234

  〔腎デナベーション~腎交感神経除神経術[renal sympathetic denervation(RDN)]について~〕

  https://www.twmu.ac.jp/TWMU/Medicine/RinshoKouza/021/medical/rdn_medical.html

    [16] 杨成明,李慧杰,余航,等. 肾交感神经射频消融术治疗高血压适宜消融温度的探讨[C]//第14届中国南方国际心血管病学术会议专刊,2012:143-144.


 第三歩:しっかりと基礎を固め,人形を論理する


 ヒポクラテスは「解剖学は医学の神殿へ通じる礎石である」と述べた。ほぼ同時期に,『黄帝内経』の著者も「人形を論理する」という理論的な枠組みを明確に提案し,黄帝の口を借りて「其れ信(まこと)に然るか?」と,避けては通れない問題を提起した。鍼灸学に向けたこの人体形態学理論の枠組みに信憑性を持たせ,磐石なものにするには,解剖学の実験研究の道筋が不可欠である。

 このように,西洋医学,中国医学を問わず,解剖学が両方の礎であることは明らかである。ただ視点や方法の違いによって,中国と西洋の医学で「人形を論理する」重点が異なるにすぎない。現代医学の解剖学は外科学を支える礎石であり,当初から実質的な構造の形態学的研究を指向している。現代解剖学の「聖書」である『グレイ解剖学』の初版(1858年)の書名には「外科学の解剖学」(Anatomy,Descriptive and Surgical)と明記されている。これに対して『黄帝内経』の人体形態学には実質構造と空間構造という二つの部分が含まれているが,後者に重点が置かれ,これが鍼灸学を支える礎石となっている。虚空にある意味と価値を発見することは,まさに古典鍼灸学の最大の特徴であり,それが存在価値の最大のものでもある。鍼灸学という高楼はまさに「兪」「結」「節」「渓」「谷」「気街」「気穴」といった虚空構造の上に建てられていると言える[7]43。このほか,鍼灸に基づく解剖学研究は特に生体・立体・動態を重視している。「観察は理論に浸透しており」〔自然弁証法の名詞「渗透了理論的観察(theory-impregnated observation)」に基づく表現であろう〕,解剖で得られた構造の解釈はより理論に依存している。

    [7] 黄龙祥.中国古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2019.

 ドライニードル療法は,理論構築においても治療においても,分割できない筋膜と筋肉全体のうち,筋肉をより重視する。しかし鍼灸学理論を構成するものの一つとしての経筋学説における「筋」の概念そのものには,筋肉と筋膜が含まれている。かつまたその両者の中では筋膜,すなわち筋肉の付着部と筋肉を包む膜により重きを置いている。十二経筋の分布を通覧して容易に分かることは,経筋全体の全行程を覆っているのは筋膜であることである。つまり,一部の経筋が循行する部位にあるのは腱や腱膜だけであって,筋肉はない。かつ経筋が「結」するところも,多くは筋腱・筋膜・靭帯などの付着構造であり,これらの部位への刺鍼についての作用機序は,筋肉のレベルから直接解明することは困難である。

 トーマス・W・マイヤース(Thomas W.Myers)の筋膜学の専門書『アナトミー・トレイン――徒手と動作治療の筋筋膜経線〔Myofascial Meridians for Manual & Movement Therapists  日本語訳の副題は「徒手運動療法のための筋筋膜経線」〕」は2001年に出版されて以来,再版されて版を重ねつづけ,世界中に影響を与えてきた。近年,生体観察技術の進歩に伴って筋膜学の研究が強力に促進され,また多くの筋膜解剖の専門書が出版されている。しかしながら,西洋で徐々に広まっているこれらの筋膜説は,今のところ現代の主流医学の視野には入っておらず,その革新的な核心概念である「筋膜」(myofascia)は,権威ある解剖学書,『グレイ解剖学』の2021年最新版にはまだ記載がない。これは現代解剖学が保守的だからではなく,その特定の視野が制限されていることによって,既存の理論的枠組みでは,これらの新しい発見や新しい観点を受け入れるのが難しいからである。

 筋肉そのものよりも,筋肉を包む膜とその付着構造の方がより重要なのは,なぜなのか。筋病はしばしば直接筋を刺さずに,筋の外を刺すのは,なぜのか。分肉の間を刺す「分刺」が鍼灸学による痺証治療のための一般的な刺法になったのは,なぜなのか。

 筋肉と筋膜,およびその他の実質的な構造と被膜・隔膜の関係を解明できなければ,これらの鍼灸学が避けることができない基本的な問題に根本的に答えることは難しい。中国の鍼灸従事者は「〔のちの研究成果を〕待つ」と「〔従来の研究成果に〕頼る」という考えを捨て,自信を持ち,他山の石をもって自分の玉を攻(おさ)め,実験研究の方法を自覚的に導入し,空白を埋めて,答えを求めなければならない。法則を総括し,メカニズムを解明した上で,『黄帝内経』が提唱した人体形態学――現代の解剖学とは異なりながら,最大限に互いに補い合う関係で,人体の実質的な組織と器官間の構造的意義と価値を探ることに重点を置いた「人体空間構造解剖学」を構築する[17]。

  [17] 黄龙祥. 新古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2022: 292-299.

 これは,今日の鍼灸従事者が推進すべき最も根本的な理論的革新であり,鍼灸の原理を明確に語り,現代の主流医学との効率的な対話を実現するための根本的な方法でもある。


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