2022年5月23日月曜日

成都中医薬大学中国出土医学文献与文物研究院編『天回医簡書迹留真』

 https://www.cdutcm.edu.cn/zgctyxwxywwyjy/xsyj/xmycg/content_78693

成都:巴蜀书社,2021.11  定価 100.00

以下,

「前言」(まえがき)をwww.DeepL.com/Translator(無料版)で翻訳してもらい,その上で固有名詞を原文に戻し,若干語調を調えた。

 2012年末、成都文物考古研究院が成都市金牛区天回鎮の前漢墓を発掘し、医学を中心とした竹簡を多数出土した。 2014年末、中国伝統医学院中医歴史文献研究所、成都文物考古研究院、成都中医薬大学、荊州文物保存センターがチームを立ち上げ、これらの竹簡を照合する作業を開始した。 この6年間で、出土したすべての竹簡について、その形状、積み重ね方、編み方、書き方、文字内容などを体系的に研究してきた。

その作業は、第一に竹簡の形態、積み方、書き方などの外見的特徴の研究であり、主に本の分割や世代の確定などの問題を扱う。第二に竹簡の内容の研究であり、文章の解釈、言葉の学術的意味合い、釈義などに焦点を当てると同時に、形式、プロフィール、書き方などの関連で整理し、基本的に明らかにしたものである これらの医学書の出典を明らかにし、その名称を決定した。 天回医書の形式、内容、命名法、文体については、「四川成都天回汉墓医简整理简报」と「四川成都天回汉墓医简的命名与学术源流考」という2つの論文が、『文物』第12号(2017)に掲載されている。 この2つの論文と異なるのは、先日の専門家検討会での議論を経て、照合チームが、当初「医马书」「法令」と名付けた竹書を、「疗马书」「律令遗文」と改名したことである。

この二千年以上前の本格的な医学書コレクションを、より多くの専門家や学者、書道愛好家にいち早く知っていただくために、このたび巴蜀书社の依頼により、天回医学書の中から、保存状態がよく、その中でも書風の異なるものを数冊選び、一冊にまとめ、読者に提供することにした。 また、竹簡の細部を最大限に表現し、古筆の筆遣いを読者に明確に伝えるため、オリジナルのカラー写真に加え、拡大した赤外線スキャンを提供した。 付属の解説書は、括弧や現代的な句読点を加えず、繰り返しの文章や文の読み方記号を残しながら、できる限り原文の形に忠実に再現している。 説明文の前の数字は、竹票をリンクさせた後の照合番号である。 なお、一部の竹簡は脱水して成都博物館に展示しているため、他の竹簡とは色調がかなり異なることを了承されたい。

天回医譜の筆法は概ね、『疗马书』の篆書、『脉书·上经』『犮理』『脉书·下经』『治六十病和剂汤法』の古隸、『逆顺五色脉藏验精神』『刺数』の八分書に近い隸書で構成されている。 出土したテキストの現状を見ると、天回医書のように、同じ墓に篆書、古隸、八分の3種の字体の竹簡があるのは比較的まれである。 天回医書における文字の変化は、秦漢時代の漢字の変化の縮図であると言え、秦漢時代の文字の変遷を研究する上で貴重な初公開情報を提供してくれている。


2022年5月20日金曜日

古代中国の名医・扁鵲と倉公の医学書「天回医簡」が今年出版へ

 https://www.msn.com/ja-jp/news/world/古代中国の名医-扁鵲と倉公の医学書-天回医簡-が今年出版へ/ar-AAXvA7t?ocid=msedgntp&cvid=4de48e3ff0ea4f2ed7bb1f504022111f


【新華社成都5月20日】中国四川省にある成都中医薬大学は19日、10年近くにわたる整理・研究を経て、前漢時代の歴史家、司馬遷(しば・せん)が著した「史記・扁鵲倉公列伝」に記載された名医・扁鵲(へんじゃく)と倉公(そうこう)による医学書「天回医簡」を今年出版すると明らかにした。

*いわゆる老官山漢墓医書。

重磅!老官山汉墓出土罕见经络漆人以及神医扁鹊失传2000多年的医典《成都老官山汉墓》(下)| 中华国宝

https://www.youtube.com/watch?v=ZdKxyz1ALhQ


2022年3月8日火曜日

漢籍リポジトリの双行注の文字の並び順について

 京都大学人文研が運営している「漢籍リポジトリ」

https://www.kanripo.org/

の双行注の一部に文字列の逆転がある問題について。

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例:

『孔子家語』の本文「馬四十駟」。王肅注「馬也/駟四」。

この注の正しい並び順を句読点をつけて表示すれば,「駟,四馬也」である。

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2022年3月7日におこなわれた「第17回京都大学人文科学研究所TOKYO漢籍SEMINAR『デジタル漢籍』」における,

http://www.kita.zinbun.kyoto-u.ac.jp/2022_kanseki_tokyo

クリスティアン・ウィッテルン先生の説明によると,以下のごとし。


【四部叢刊】の部分にこの問題がある。

検索結果で切り替えられる【四庫全書・文淵閣】では,正しい並び順になっている。

現在はデータに対応する景印(京都なので。一般には「影印」。菉竹)画像を見ることができないが,ゆくゆくは見られるようにしたい。

誤りを見つけたら,連絡してほしい。

「質問や意見などはメールでkrp2015gg (at) gmail.comまでお願いします。」


2022年2月25日金曜日

心虛?

汪文斌中国共産党外交部報道官,ウクライナ東部の独立と臺灣の関連性についての質問に答えをはぐらかす。

 https://news.ltn.com.tw/news/world/breakingnews/3838172

2022年2月24日木曜日

『近世藩立医育施設の研究』(2021年)

 本書の中に、23の藩立医育施設において教科書として使用されたベスト5が挙げられている。1位からならべると、『傷寒論』『内経』『金匱要略』『瘟疫論』『難経』であるという。

著者は、これらの書籍に以下のような驚くべき説明を加えている。
・内経:……本書は隋代に『素問』と『霊枢』に分かれた。
・難経:……『難経本義』は八一の難病に分けて夫々について五臓六腑虚実の関係で説いている。李朱医学の朱丹湲(ママ)は難経に基いて学説を発展させた。

著者(現役時代は、内科学・臨床遺伝学を専攻)は、どこからこのような理解を得たのだろうか。非常に興味深い。

2022年1月15日土曜日

中国医学のキャラクター「灸童」がお目見え

 【1月14日 CGTN Japanese】

https://www.afpbb.com/articles/-/3385221 

中医药动漫形象“灸童”正式亮相〔亮相:(役者が)見得を切る.初めてお目見えする〕

中国医薬のアニメ・漫画のイメージキャラクター「お灸坊主」が正式デビュー

https://www.sohu.com/a/516328569_267106


中医药动漫形象“灸童”

  中医药学的哲学体系、思维模式、价值观念与中华优秀传统文化一脉相承。如何利用现代、时尚、创新的表现形式,让更多人了解和喜爱中医药文化?


12日,中医药动漫形象“灸童”在中华中医药学会举办的媒体见面会上亮相。

中華中医薬学会が12日に催した記者会見で、中国伝統医学のキャラクターの「灸童」が披露されました。

这位中医药“小学徒”身着传统服饰,梳着发髻,看起来憨厚可爱。

この「見習い小僧」は、伝統的な服を着て頭にはまげを結っており、実直そうで愛嬌もたっぷりです。 

“‘灸童’的设计灵感来自北宋时期的针灸铜人。

「灸童」のデザインは北宋時代(960~1127年)に使われた鍼灸用の銅製人体モデル「針灸銅人」にアイデアを得たものです。

”中华中医药学会信息部主任厍宇说,2017年,中医针灸铜人曾被作为“国礼”赠送给世界卫生组织。针灸铜人已然成为新时代中外文化交流的使者和中医药走向世界的名片。

この「針灸銅人」は2017年に、国家贈呈物として世界保健機関(WHO)に贈られたことで、中国内外の文化交流の使者、さらには中国伝統医学のシンボルになりました。 

据设计团队介绍,在“灸童”形象身上能够找到很多中医药元素,

「灸童」のデザインチームによりますと、「灸童」には多くの中国医学の要素が込められています。

例如,身体上针灸穴位的标记、医家常穿的服饰等。

たとえば、灸を据えるツボの位置が示されており、治療者が常用する服を着ています。

“灸童”携带的道具葫芦,彰显着中医药有机天然的特点,体现中医药文化天人合一的内在精髓。

また、持ち歩いているヒョウタンは、中国医学の有機天然といった特徴や、天人合一といった神髄が表されています。 

受国家中医药管理局委托,2020年7月,中华中医药学会启动中医药健康文化精品(动漫)遴选活动,共征集到作品500余件。经过网络投票、专家评审等环节,最终,由深圳融创千万间文化传播有限公司设计的“灸童”成为中医药动漫形象中标作品。


据悉,“灸童”形象已在2022年北京冬奥会主媒体中心亮相,向世界展示中医药文化。

「灸童」はすでに北京冬季オリンピックのメインメディアセンターに飾られており、世界に中国医学の文化を発信することになります。

后续,围绕“灸童”形象还将不断推出更多动漫内容产品和衍生产品,让中医药文化可视化、通俗化、生活化,更加深入群众。

今後は関連するアニメや周辺グッズが次々に生み出され、中国医学の文化の可視化や日常化が実現することになります。


见面会同步发布了中医药动画短片《手指的魔法》。受国家中医药管理局委托由中国动漫集团、中华中医药学会、腾讯视频联合出品的这部短片,讲述了主人公晓龙子承父业成为一名中医师,用中医按摩理疗的手法帮助运动健儿迅速从伤病中康复,取得世界大赛冠军的故事。短片创造性地运用新技术、新理念、新表达,助力传播中医药文化。

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https://www.sohu.com/a/516374128_243614

中国教育报-中国教育新闻网讯(见习记者 张欣)为推动中医药文化传播,让中医药文化更加可视化、通俗化、生活化, 1月12日,国家中医药管理局在京举办中医药动漫形象“灸童”和动画片《手指的魔法》见面会。

发布会揭晓了中医药动漫形象“灸童”。“灸童”的设计灵感来源于北宋时期的针灸铜人,动漫将针灸铜人孩童化、可爱化, 赋予其中医药小使者的身份以及熟识中医药、擅讲中医药故事的特长。在“灸童”身上可以找到很多中医药元素,比如身体上重要穴位的标记、医家常穿戴的服饰等,葫芦、背篓等道具也彰显了中医药有机天然感,体现出中医药文化中天人合一的内在精髓。


宋朝針灸銅人流落日本?專家得知前去調查,看完說:白高興一場

https://twgreatdaily.com/-jymWXQBLq-Ct6CZbl9Z.html


2022年1月11日火曜日

《针灸铜人谜踪》

 http://www.cctv.com/geography/20050523/101598.shtml

http://www.cctv.com/geography/20050524/100798.shtml

探索·发现2005_铜人谜踪3集(全)

https://www.bilibili.com/video/BV1LW411g7xN?p=1
https://www.bilibili.com/video/BV1LW411g7xN?p=2
https://www.bilibili.com/video/BV1LW411g7xN?p=3

2022年1月10日月曜日

黄龍祥 『鍼灸甲乙経』の構成 05

  五 腧穴と処方の判定


 面白いことがある。中国医学を学ぶ人は,処方の本である『傷寒論』と本草の本である『神農本草経』を混同することはないのに,鍼灸を学ぶ人は今でも,鍼灸の処方と腧穴の主治をはっきり区別しない。これは本来問題になるべきではない問題なのに,依然として今日でも『甲乙経』を読んで答えなければならない基本的な問題である。

 ここでは鍼灸の方症と腧穴の主治の定義を詳しく議論する必要はないが,さしあたって『甲乙経』巻七から十二の腧穴主対条文が鍼灸の処方であると仮定すると,『甲乙経』が用いた『明堂経』は鍼灸の処方書である,という結論が自然に出るが,このような結論は誰も受け入れないことは,反駁にもおよばない。もう一つの結論は,『甲乙経』の腧穴は二つ書に由来する,というものである。巻三の腧穴は『明堂孔穴』に由来し,巻七から十二の腧穴の主対条文は『鍼灸治要』(鍼灸処方と仮定する)に由来する。一万歩譲って,『甲乙経』の前に本当にこの二つ書があったと仮定すると,必然的にすでに知られている他のすべての『明堂経』伝本の腧穴の主治は『鍼灸治要』(もし本当に存在したなら)から直接に,あるいは『甲乙経』から間接的に集成されたという,別の結論が導き出される。しかし,多くの確実な証拠はこの推測を支持していない。つまり,『甲乙経』の巻七から十二に集められた腧穴の主治は『明堂経』の原型であるはずはなく,六朝・隋唐間の『明堂経』伝本は『甲乙経』から収録することは根本的にできない。その反対に,『甲乙経』巻三の腧穴と巻七から十二の腧穴主治条文は,いずれも『明堂経』から出ている。

 鍼灸の腧穴に関する最初の経典として,『明堂経』にある腧穴主治は当然のことながら,大量の鍼灸処方から精錬抽出され,まとめられることによって,鍼灸処方から腧穴主治へと形を変えた。しかし,鍼灸処方を元として生まれ変わった痕跡が残っており,鍼灸処方の旧態のままであるものさえ一部ある。だからといって,これをもって『甲乙経』巻七から十二の腧穴主対条文を鍼灸処方書と見なすことは全く的外れである。

 この紛争を解決するのに試されるのは,おもに文献の素養ではなく,論理の力である。


2022年1月9日日曜日

黄龍祥 『鍼灸甲乙経』の構成 04

  四 腧穴症治の接合 


 古医籍の症状に関する記述には主に二つの種類がある。第一は,内在的な関連のある症状の集合であり,その典型的な代表は『傷寒論』である。第二は,独立した症状の羅列であり,その典型的な代表は『神農本草経』である。形式的にはこの二つの文章に違いはないが,両者の意味は本質的に異なるので,二つの異なる性質の症状の記述を区別することは,臨床はもちろん,理論学習においても,非常に重要な意義がある。

 『甲乙経』に収録された『明堂経』の腧穴主治病証の多くは第一類に属する。例:

  膝內廉痛引髕,不可屈伸,連腹引咽喉痛,膝關主之。(『甲乙経』巻十第一下)

 個別に見るならば,上記の「膝関」穴の主治は,「膝内廉痛」「少腹痛」「咽頭痛」という三つの独立した病症を治療すると理解されることが多い。しかし,足の厥陰の「是動」病は,陰疝〔鼠蹊ヘルニア〕の典型的な症状の説明であり,なおかつ「膝関」穴以外の『明堂経』に掲載されている下肢部にある足の厥陰経穴が,明確に「陰疝」を主治としていることを知っていたら,上記の膝関穴の主治は,実際には陰疝の一連の症状であると判断することは容易である。そのうえ,「曲泉」穴の主治と結びつければ,この判断を確実にすることができるし,同時にこの判断に基づいて『明堂経』の膝関穴の主治原文に対して以下のような更に正確な理解をすることができる。


    [陰疝]少腹痛,上引咽喉痛,下引股膝內側痛不可屈伸,膝關主之〔[陰疝]少腹痛み,上は咽喉に引きて痛み,下は股膝內側に引きて痛み屈伸す可からず,膝關之を主る〕。

    

このように表現すれば,膝関穴の主治の意味が一目瞭然になる。「膝内廉痛」「少腹痛」「咽喉痛」は三つの独立した病証ではなく,同じ病,つまり陰疝の一連の症候群なのである。この点を認識することは臨床診療にとって非常に重要である。なぜなら前の情況では三つの症状が同じ病証の一連の症候群に属しているため,それはあたかも一つのスイッチで制御されているかのようである。しかし後ろの情況では三つの症状が独立した三つの病証となり,それぞれ三つのスイッチによって制御されることとなって,臨床上,治療の考えかたが大いに異なることになる。

 経穴主治における症候群を鑑別する重要な意義はここにある。内在的に関連する一連の症候群を識別できずに,その中から任意に一つの症状を切り取ることには,意味がない。なぜならこの穴の主治の特徴を反映できないためである。これは一穴の持つ「単一目標点」の作用を「多目標点」の作用と誤解するようなもので,このようなことをしては,経穴主治の客観的な法則をまとめることはできない。残念なことに,現代人は長い間『甲乙経』や『明堂経』に記載されている腧穴は,個々の孤立した病証を主治するものと理解してきた。おなじく残念なことは,『明堂経』の原本が早くに失われたために,『甲乙経』から『明堂経』原本の腧穴主治病証の配列順序が復元できず,症状群の鑑別がさらに難しくなっていることである。


2022年1月8日土曜日

黄龍祥 『鍼灸甲乙経』の構成 03

  三 「明堂」の宝庫を開く鍵


    問曰:取之奈何?對曰:取之三里者,低跗取之。巨虛者,舉足取之。委陽者,屈伸而取之。委中者,屈膝而取之。陽陵泉者,正立豎膝予之齊下至委陽之陽取之。諸外經者,揄伸而取之。(『甲乙経』巻四第二下)


 これは現存する中国医学の経典の中で最も早い鍼灸取穴に関する文で,原文の出自は『霊枢』邪気蔵府病形であり,『素問』針解に,この文に対する解説を見ることもできる。


  所謂三里者,下膝三寸也。所謂跗之者,舉膝分易見也。巨虛者,蹺足胻獨陷者。下廉者,陷下者也。


 これらの文は,秦漢時代の鍼灸の腧穴定位,部位の説明だけでなく,取穴のテクニックも含まれていて,王冰が『素問』に注をほどしこた時でも,このような取穴テクニックを掲載した文献を見ることができたことを示している。しかし,何千年もの間,多かれ少なかれ注釈家は,『霊枢』の経文であれ,『素問』の注文であれ,その言っている意味を理解できなかった。これは,テキストそのものの障害ではなく,技術伝承の断絶による。

 この断ち切れた鎖をつなぎ合わせることができなければ,『甲乙経』巻三の「明堂孔穴」の部位に関する記述を理解できないだけでなく,古人の取穴テクニックを再現して正確な位置を決めすることもできない。


  髀關,在膝上,伏兎後交分中。(『甲乙経』巻三)


 この位置付けの説明は簡単で,具体的な位置の定め方は,「伏兎後交分中」の六字しかなく,原書の附図が伝えられなかったため,取穴テクニックも伝承されなかった。この簡単な六字は,後世の無数の医家が知恵を絞ってもその解を得られず,折量法によって取穴せざるを得なかった。単に文献の角度から分析するとすると,たとえ二千年来のすべての古医籍をあまねく調べてみても,結局,最も幸運な結末は,「伏兎」が太ももの前部に隆起した筋肉であり,「交分」はこの筋肉の後ろの二つの筋肉が交差していることを意味するにすぎない。具体的には,三つの筋肉〔大腿直筋・縫工筋・大腿筋膜張筋〕のどこを指すのか,生体上でこの三つの筋肉をどのように明確に示すことができるのか,文献の分析ではどうすることもできない*。

〔*訳注:著者による具体的な取穴法は,黄龍祥ら編著『実験針灸表面解剖学』(人民衛生出版社,207年)303頁以下を参照。〕


 非常に簡単に見える実例をもう一つ挙げる。


  曲泉,在膝內輔骨下,大筋上,小筋下陷者中,屈膝得之。(『甲乙経』巻三第三十一)

  陰谷在膝內輔骨後,大筋之下小筋之上,按之應手,屈膝得之。(『甲乙経』巻三第三十二)


 曲泉穴の部位の説明は簡単で,「陰谷」との位置関係は,一つの「筋」で隔てられているにすぎない。この「筋」こそが,非常に長い間,古今の医家の悩みの種であった。『甲乙経』巻三にある「明堂」のページを開くと,「明堂」という宮殿に入って,千年の間封印されていた秘宝を発掘するのを妨げる陥穽のように,ほとんどの場所でこのような極めて簡単ではあるものの,何をいっているかさっぱり分からない専門用語に出会うことになる。

 〔*曲泉と陰谷の取穴については,『実験針灸表面解剖学』275頁以下を参照。〕

 これらの暗号を解く鍵は表面解剖学にある。かつて古今の無数の学者が数え切れないほど読んだ『甲乙経』を表面解剖学の角度から読み直すと,我々は理解度が深まって,簡単にその殿堂の内部に入ることができ,二千年前の中国古典表面解剖学の輝きを驚嘆しながら鑑賞することができる。二千年もの間,埋もれていた中国医学鍼灸表面解剖学の宝が今,ことごとく人々の面前にある。例を挙げれば,「闊肩骨開〔肩の骨を闊(ひろ)げ開いて*〕」膈関を取る。「口を開いて上関を取り」,「口を閉じて下関を取る」。「斜めに臂を挙げて」肩髃と肩髎を取るなど。経験がどれほど古代人の表面解剖学の智慧として凝集していることか。これに関する最新の系統的研究成果は,筆者の新作『実験針灸表面解剖学――針灸学与表面解剖学映像学的結合』に詳しい。

〔*『甲乙経』は「正坐開肩取之」,著者の『明堂経輯校』は「闊肩取之」に作る。〕