2017年10月16日月曜日

黄龍祥『鍼灸経験方』考 2

  二、基本的な内容と学術的特徴

 『鍼灸経験方』の基本的な内容は大きく二つの部分からなり、前半部分は経脈腧穴の総論であり、後半部分は鍼灸証治である。これは『鍼灸資生経』『神応経』の形式と同じである。
 経絡〔ママ〕腧穴篇には、「訛穴」「五臓総属〔証〕」「一身所属臓腑経」「五臓六腑属病」「十二経抄穴」「鍼灸法」「別穴」「募原会穴」「井滎兪経合旁通」「折量法」の十篇がある。
 許任が穴を論じるのに、『銅人腧穴鍼灸図経』に依拠し、あわせて『鍼灸資生経』『十四経発揮』などの書を参考にしている。第一篇の「訛穴」は、『銅人腧穴鍼灸図経』に掲載されている六つの腧穴の取穴法が適切でなかったり、当時のひとの取穴の規範にのっとっていないところである。
 十二経抄穴〔原文「穴抄」。上文および享保本『鍼灸経験方』によりあらためる〕 『銅人腧穴鍼灸図経』に依拠し、『鍼灸資生経』を参照して、十四経穴の部位と刺灸法の内容を抄録する。
 別穴 『銅人腧穴鍼灸図経』に掲載されていないすべての穴を、許任はみな「別穴」類に入れている。この篇は『東医宝鑑』「別穴」篇を基礎として、増補されている。ただし『東医宝鑑』の原文を抄録するさい、ときに改編されているところがある。たとえば、
    膝眼四穴、在膝蓋骨下両傍陥中。主膝髕痠痛。
    血郄二穴、即百虫窠、在膝内廉上膝三寸陥中。主腎臓風瘡。(『東医宝鑑』別穴)
    膝眼二穴、一名百虫窠、又名血郄。在膝蓋下両傍陥中。主治腎臓風瘡及膝髕痠痛。(『鍼灸経験方』別穴)
 許任は『東医宝鑑』の「膝眼」と「血郄」の二穴をあわせて一穴にしているが、誤りである。
 折量法 『東医宝鑑』と『神応経』から収集している。
 鍼灸法 『鍼灸資生経』に類似するが、許任が序で述べている鍼法と異なる。
 五臓総属 『内経』の「病機十九条」から収録して改編したものからなる。
 一身所属臓腑経 「経脈分野」を論述している。内容は『類経図翼』に近い。
 その鍼灸証治の部分は、『神応経』『鍼灸資生経』『東医宝鑑』『奇効良方』『銅人腧穴鍼灸図経』『鍼灸大全』『医学入門』などの書を収録して基礎とし、それに許任本人の鍼灸臨床経験を溶け込ませたものである。
 許任は太医であり、鍼術に精通していて、「刺家之流推以為宗〔鍼術家の人々は敬服して宗師としていた〕」。許氏の経穴の選定は『銅人腧穴鍼灸図経』を本とし、あわせて「阿是穴」を重視し、折量取穴は『神応経』にしたがい、鍼法は『奇効良方』の方法を採用し、いずれも発展させた。灸法では「付缸灸」(現代の「刺絡抜缶法」に似る)使用を提唱した。『鍼灸経験方』には許任の論文数篇が収めてあり、一定の臨床的価値がある。
 注意が必要なことは、本書は「経験方」と名付けられているが、収録されている鍼灸処方すべてが編者である許任が臨床でためして効果のあった処方であるわけではない。そのうえ、この書は直接あるいは間接にいくつかの腧穴専門書にある腧穴証治を採用している。『鍼灸資生経』『神応経』『普済方』鍼灸門のもつ性質と同じで、厳格な意味での鍼灸処方ではない。
 この書は中国では広まらなかった。筆者の調査では、『鍼灸経験方』は清の太医院の蔵書目録以外、国内の私人および公共図書館にはみな所蔵がない。したがって中国の本や雑誌で『鍼灸経験方』の文を引用しているのは、みな清代の『勉学堂鍼灸集成』からの孫引である。

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