2024年10月23日水曜日

  扁鵲医籍考 03

   (三)孫思邈『千金翼方』


 『千金翼方』〔巻25〕色脈には大量に扁鵲の脈書の文が収録されており,その大部分は『脈経』からの孫引きである。しかし,第一篇の「診気色法第一」に引用された「扁鵲曰」の長い文章は,『脈経』の引用とは同一の伝本を出自とするものではなく,『刪繁方』からの孫引きとも思えないので,扁鵲医学の研究において非常に高い文献としての価値があり,『脈経』と『内経』に引用された扁鵲医籍の佚文と相互に証拠とし合い、解釈し合うことで,いくつかの難問を解決する上で重要な役割を果たすことができる。


       扁鵲云:病人本色青,欲如青玉之澤,有光潤者佳,面色不欲如青藍之色。若面白目青是謂亂常,以飲酒過多當風,邪風入肺絡於膽,膽氣妄洩,故令目青。雖云天救,不可復生矣。

      病人本色赤,欲如雞冠之澤,有光潤者佳,面色不欲赤如赭土。若面赤目白,憂恚思慮,心氣內索,面色反好,急求棺槨,不過十日死。

      病人本色黃,欲如牛黃之澤,有光潤者佳,面色不欲黃如竈中黃土。若面青目黃者,五日死。病人著床,心痛氣短,脾竭內傷,百日復愈,欲起徬徨,因坐於地,其亡倚床。能治此者,是謂神良。

      病人本色白,欲如璧玉之澤,有光潤者佳,面色不欲白如堊。若面白目黑無復生理也。此謂酣飲過度,榮華已去,血脈已盡。雖遇歧伯,無如之何。

      病人本色黑,欲如重漆之澤,有光潤者佳,面色不欲黑如炭。若面黑目白,八日死,腎氣內傷也。

      病人色青如翠羽者生,青如草滋者死。

      赤如雞冠者生,赤如壞血者死。

      黃如蟹腹者生,黃如枳實者死。

     白如豕膏者生,白如枯骨者死。

      黑如烏羽者生,黑如炲煤者死。

      凡相五色,面黃目青,面黃目赤,面黃目白,面黃目黑,皆不死。

      病人目無精光及齒黑者,不治。  

      病人面失精光,如土色,不飲食者,四日死。

      病人及健人面色忽如馬肝,望之如青,近之如黑,必卒死。

      扁鵲曰:察病氣色,有赤白青黑四氣,不問大小,在人年上者,病也,惟黃氣得愈。年上在鼻上兩目間。如下黑氣細如繩在四墓發及兩顴骨上者,死。或冬三月遠期至壬癸日,逢年衰者不可理,病者死。四墓當兩眉坐直上至髮際,左為父墓,右為母墓,從口吻下極頤名為下墓,於此四墓上觀四時氣。

      春見青氣節盡,死。

      夏見赤氣節盡,死。

      夏秋見白氣節盡,死。

      春見白氣至秋,死。

      夏見白氣,暴死,黑氣至冬,死。

      秋見赤氣節盡,死,冬至後甲子日,死。

      冬見赤氣,暴死,見黃氣至長夏,死。

      ……

      黃帝問扁鵲曰:人久有病,何以別生死,願聞其要。對曰:按明堂察色,有十部之氣,知在何部,察四時五行王相,觀其勝負之變色,入門戶為兇,不入為吉。白色見衝眉上者,肺有病,入闕庭者,夏死。黃色見鼻上者,脾有病,入口者,春夏死。青色見人中者,肝有病,入目者,秋死。黑色見顴上者,腎有病,入耳者,六月死。赤色見頤者,心有病,入口者冬死。所謂門戶者:闕庭,肺門戶;目,肝門戶;耳,腎門戶;口,心脾門戶。若有色氣入者,皆死。黃帝曰:善。

      問曰:病而輒死,甚可傷也,寧可拯乎?對曰:藏實則府虛,府實則藏虛。以明堂視面色,以針寫調之,百病即愈。鼻孔呼吸,氣有出入,出為陽,入為陰;陽為府,陰為藏;陽為衛,陰為榮。故曰:人一日一夜一萬三千五百息,脈行五十周於其身,漏下二刻,榮衛之氣行度亦周身也。

      夫面青者虛,虛者實之,補虛寫實,神歸其室,補實寫虛,神舍〔元版作「捨」〕其墟,衆邪並進,大命不居。黃帝日:善。

      五實(未見)

      六虛者,皮虛則熱,脈虛則驚,肉虛則重,骨虛則痛,腸虛則洩溏,髓虛則墯。

                      ――『千金翼方』卷二十五・色脈

 以上に引用した「扁鵲曰わく」の文の多くは,『脈経』と『霊枢』五色に対応する条文を見つけることができるが,明らかに出自を異にする伝本によるものである。たとえば,最初の引用文は,『脈経』『千金要方』に引用された扁鵲医籍に三つの対応文を見つけることができる:


 病人面黃目青者,九日必死,是謂亂經。飲酒當風,邪入胃經,膽氣妄洩,目則為青,雖有天救,不可復生(『脈經』卷五・扁鵲華佗察聲色要訣第四と『千金要方』卷二十八・扁鵲華佗察聲色要訣第十)。

(扁鵲曰:)面白目青,是謂亂經。飲酒當風,風入肺經,膽氣妄洩,目則為青,雖有天救,不可復生(『千金要方』卷十七・肺藏脈論)。


  これから『脈経』巻五と『千金要方』巻二十八は同一の伝本から引用されているが,『千金翼方』と『千金要方』巻十七は異なる伝本から引用されていることが,明らかに見てとれる。この条文に関して言えば,後者の伝本の方が扁鵲の原書の旧態に近い。調べたところ,以上の三書はすべて扁鵲の文「病人面黃目青者,不死」を引用しているが,『脈経』と『千金要方』巻二十八ではこの条文を引用しながら,「病人面黃目青者,九日必死」ともあり,明らかに誤りがある。


 特に注意すべきは,上記の『千金翼方』に引用された扁鵲医籍には「黃帝問扁鵲曰」という文が明確に記されていて,前にみた『千金要方』が『刪繁方』から孫引きした扁鵲の五色診における「襄公問扁鵲曰」とは明らかに異なることである。古い書籍が伝承される過程で変遷するパターンからすると,問答にあらわれる姓名が異なることは,伝本を鑑別する重要な情報の一つとなることがしばしばである。さらに,『史記』扁鵲倉公列伝にある「黃帝扁鵲之脈書」という文言に関連づけると,倉公が伝授された書も「黃帝問扁鵲曰」という問答方式であった可能性が高い。ここまで来れば,扁鵲医籍には少なくとも二つの異なる伝本があったことがわかる。

 次に,異なる伝本の変遷と年代の前後についてもさらに検討する。

 『千金翼方』に引用された扁鵲医籍について,特筆すべきは以下の二点である。

 第一に,扁鵲医学には「六絶」「六極」*の学説があることが知られているが,『千金翼方』の引用文には「六虚」**も現われる。これにより六体の「虚」「極」「絶」という三つの深さが異なる発展段階が完全に揃ったことになる。そのうえ,「六虚」に含まれる「皮」「脈」「肉」「骨」「腸」「髄」は,『史記』扁鵲倉公列伝で扁鵲が言及した疾病が伝変する順序***と正確に対応している。異なる点は,「六虚」説では「骨髄」を二つに分けていることで,これは「六」という数を意図的に合わせようとしたように見える。

    *『備急千金要方』卷十九・補腎第八:「六極者,一曰氣極,二曰血極,三曰筋極,四曰骨極,五曰髓極,六曰精極」。

    **『千金翼方』卷第二十五 色脈・診氣色法第一:「六虛者,皮虛則熱,脈虛則驚,肉虛則重,骨虛則痛,腸虛則泄溏,髓虛則惰」。

    ***『史記』扁鵲倉公列傳:「疾之居腠理也,湯熨之所及也;在血脈,鍼石之所及也;其在腸胃,酒醪之所及也;其在骨髓,雖司命無柰之何」。

    

 第二に,「虛を補い實を瀉す」という治療原則が明確に言及されている。この治療原則については,早くは張家山から出土した漢簡『脈書』に関連する記述が見られるが,『霊枢』経脈から伝承された「盛則瀉之,虛則補之,不盛不虛,以經取之」という名言の著作権が扁鵲学派に帰属することは,これまで認識されてこなかった。

 『千金翼方』巻二十五の第一篇「診気色法」の構成を見ると,『霊枢』五色や仲景書から引用された数条を除き,すべて扁鵲医籍から収録されている。さらに,下文においてこの篇に引用された『五色』の文も確実に扁鵲医籍に由来することを論証するが,これによって,五色診は扁鵲医学の「特許」であるという基本的な判断が得られる。


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