2. 扁鵲医学の特徴に基づく判定
たとえば,扁鵲医学の蔵象学説の特徴に基づいて,伝世本『内経』中には胃を蔵とし,胃を太陰に属させるものや,「陽明」は三陽であって心に属させるものがあるが,これは扁鵲医籍に由来するのみならず,その初期の伝本の旧態を保存している,と我々は判定を下すことができる。
言い換えれば,伝世本『内経』中のある篇や段落が現わしている理論と実践の特徴が,扁鵲医学の特徴とよく一致したり,そのものずばりであるなら,たとえ他に確定的な傍証がなかろうと,その源が扁鵲医学にあると認定できる。逆に,伝世文献に一文あるいは一段落に「扁鵲曰」とあったとしても,扁鵲医学の全体的な特徴と合わず,さらには矛盾するならば,他の確実な証拠が見つからない限り,それを扁鵲医書の佚文と確定することはできない。
以上の種々の方法を巧妙に総合的に応用することによって識別された伝世本『内経』の基本構成の中にある扁鵲医学の成分はかなり見るべきものがあるし,異なる時期,異なる伝本間の扁鵲学術の変遷の軌跡も見ることができる。
しかしながら,特に注意すべきことは,伝世本『内経』が採用した扁鵲医学は,量的には『脈経』を上回っているものの,質的には『脈経』には遠く及ばないことであり,程度の異なる改編が多くある。特にこのような改編は,時に計画的であり,目的があって,新しい理論的な枠組みの中に扁鵲医学という素材を盛り込んでいるような印象を与える。言い換えれば,伝世本『内経』の編者が「扁鵲医籍」という古い酒を扱う際に,単にラベルを変えたり,包装を変えたりするだけでなく,時には瓶自体さえも変えてしまっている。以下に伝世本の『霊枢』五十営篇を例に具体的に分析する。
黃帝曰:余願聞五十營奈何?岐伯答曰……故人一呼,脈再動,氣行三寸,一吸,脈亦再動,氣行三寸,呼吸定息,氣行六寸。十息氣行六尺,日行二分。二百七十息,氣行十六丈二尺,氣行交通于中,一周于身,下水二刻,日行二十五分。五百四十息,氣行再周于身,下水四刻,日行四十分。二千七百息,氣行十周于身,下水二十刻,日行五宿二十分。一萬三千五百息,氣行五十營于身,水下百刻,日行二十八宿,漏水皆盡,脈終矣。所謂交通者,並行一數也,故五十營備,得盡天地之壽矣,凡行八百一十丈也(『靈樞』五十營)。
廖育群氏が指摘したように,この篇はすべて扁鵲医籍に由来する(原文は『脈経』巻四診損至脈第五に見られる)が,篇の冒頭には「黄帝」と「岐伯」の問答が冠されている。
しかし特に注意すべきは,この文章には二つの意味深長な改変があることである。一つは,扁鵲の原文「十二辰」を「二十八宿」に改めたことである――この改変には全く正当な理由がなく,むりやりにこのあとに「二十八脈」を登場させための道を開くためのものである。もう一つは、「五十度」を「五十営」に改めたことである――これは,このあとに「営気」を登場させるために張られた伏線である。この二つの改変は,血脈理論という大変革の合図を示しており,この変革を経て生まれた,環の端無きが如き〔終わることなく循環する〕血脈運行学説やそれから派生した「営衛学説」が,当時の新しい理論の規範となり,絶対的主導的地位を獲得した。
五十営篇のこの文章には,二つの意味深長な改変以外に,「二百七十息,氣行十六丈二尺」という実質のある追加された文もある。これも重要な情報を示している。『霊枢』脈度にある「脈度」は測定により出されたものではなく,計算づくで出されたものである。計算の基礎は二つの規定された「数」である。一つは脈が一周する長さ「十六丈二尺」であり,もう一つは脈の総数「二十八」であり,天道の「二十八宿」に応じている。要するに,脈の全体数と脈の全体の長さがこの二つの数に合うように工夫されている。つまり,不足するものは補われ,余分なものは取り除かれている。
このほか,『霊枢』根結が論じている「五十営」の文も同様に扁鵲の脈書から改編されたものである――扁鵲の原文「五十投」★を「五十営」に改めた。
★五十投:『脈經』卷4・診脈動止投數疏數死期年月第6および『備急千金要方』卷28・診脈動止投數疏數死期年月第13:「脈來五十投而不止者,五臟皆受氣,即無病也」。
ここで問わざるを得ないのは,なぜ『霊枢』の編者が「営」という字にこれほどまでに執着し,原文の本来の意味を破壊することさえ厭わなかったのかということであるが,『霊枢』第十六篇「営気」の全文がこの問題に対する答えである。つまり,このような終始循環する血脈運行理論を構築するためには「営気」という重要な概念が必要である。そして,この時になってはじめて営気篇の前の五十営篇,営気篇の後の脈度・営衛生会などの篇が,すべて営気篇のための布石であると理解できる。
この点を見破ることができないと,これらの数篇を真に理解することはできず,営気が一周循環するのになぜ「二十八脈」が必要なのか,この二十八脈の長さ「十六丈二尺」がどこから来たのかを理解することはできない。
したがって,伝世本『内経』という新しい理論枠組みを構築するために「裁断」された扁鵲医籍の例には十分な警戒が必要で,特に慎重に他の伝世文献に引用された関連文を参照して,比較判別する必要がある。
正確に言えば,伝世本『内経』は少数の専門篇以外,多くの篇章は「合編」の方式で編纂されている。――扁鵲の説を主体として,他の学派の説で補充したものもあれば,他の学派の理論を主体として,扁鵲の説で補充したものもある。つまり,後に王叔和が編纂した『脈経』の例と同様に,一つの篇に収められた素材は異なる時期や異なる学派から取られたものである。ただし,王叔和は原文により忠実であり,故意に文字を改変することはなかった。これが両者の最大の違いである。
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