2024年12月26日木曜日

黄龍祥 老官山から出土した金傷死候簡からみた傷科と法医学・鍼灸学による人体の急所に対する認識 0

                                                 〔〕と*は,訳注。若干,改行を増やした。

                  『中国針灸』2024年10月第44卷第10期に掲載された。一部,修正あり。


  【要旨】老官山から出土した11枚の金傷死候簡の背後には,古代の医師の人体の急所に対する認識が反映されている。出土した金傷死候簡と伝世の金傷文献の縦断的研究*を通じて,老官山医簡の釈文と解読に残された疑問点が明らかになったが,伝世の金傷文献の起源と発展を整理するという以前には深く入ることができなかった道筋にも,信頼できる道標が見つかった。さらに,金傷・法医・鍼灸学の横断的比較を通じて発見されたことは,異なる学科の術語の相違や,同一学科内での後世の人々による前代の文献の誤読による古今の文献の差を除けば,金傷・法医・鍼灸学などの異なる学科が,数千年にわたって,異なる方法を通じて得られた人体の急所に関する認識には非常に高い一致が見られるということである。そのため,老官山の金傷死候簡が反映した傷科の人体の急所に対する認識は多重証拠の支持を得ただけでなく,鍼灸学・法医学検査などの関連学科理論の信頼性も有力な確証を得て,「二重証拠法」*を応用して出土と伝世文献の研究を行なって重大な学術問題を解決するために,非常に典型的な実例を提供して,さらに中国医学学術研究,特に異なる学科間の有効なコミュニケーションのための,新しい道を模索した。

    *縦断(的比較)研究 〔縦向研究/longitudinal study〕は主に一定期間内の個人または集団の発達変化に注目し,因果関係と長期的傾向を探求するためによく使用される。一方,横断(的比較)研究〔横向研究/cross-sectional study〕は同一時点における異なる個体あるいは群体間の差異に注目し,主に現象の描写と差異の比較に用いる。/本論に沿って言えば,著者は異分野を横断的に比較研究することを「横向研究」,一つの分野を通史的に研究することを「縦向研究」と呼んでいるようだ。

    **二重証拠法とは,歴史資料全般を『史記』などの伝世資料と甲骨文などの出土資料の二種類に大別した上で,伝世資料が出土資料によって否定されない限りは,伝世資料を基本的には信じてよいとする方法論である。

   【キーワード】老官山医簡; 金傷死候簡;人体の急所;文献研究;新しい方法の探究 

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     「金傷」は「金瘡」「金創」ともいい,刀剣による瘡傷を指す。金傷は,『周禮』に記載された医学分科では「瘍医」の所管に帰属していた。宋代には独立して「金鏃」科が設置され,元・明時代はこれを踏襲し,刀・斧・槍・矢などによる戦傷疾病の診療を主管した。金傷による生死の判定は戦場での救急処置の最優先事項であり,その理論の基礎は人体の急所の構造機能に対する認識にある。

    人体の急所の所在とその機能を研究するのは,金鏃科のほかにも,主なものに法医学と鍼灸学がある。文献に記載された時期から見ると,伝世医学文献の中で人体の急所に関する最も早く,最も明確な論述は鍼灸文献に見られ,傷科と法医学類の文献がそれに次ぐ。文献学と学術史・科学史研究の現状から見ると,鍼灸学が最も系統的であり,それに次ぐのは法医学で,最も弱いのは傷科である。

    このたびの老官山金傷死候簡の出土は,傷科文献の起源と発展を考察するうえで信頼性にたる正確な座標が提供されただけでなく,傷科・法医・鍼灸学という多学科にわたる交差研究の基盤も提供された。これによって中国医学関連問題の研究をより大きな背景の下で全体的に展開されるので,より明確で,より完全,正確な研究の結論が得られる可能性が高くなる。そのうえ,研究成果は多学科で共有されることにより,関連する学科のより深い考察を誘引することができるようになり,出土文献の意義と価値もこれによって最大限に発揮されることになる。



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