2026年10月24日土曜日

16-2 江戸時代鍼灸文献序跋集 醫源

 16-2 醫源  石坂宗哲撰 

    京大富士川文庫所蔵(イ/一三六)

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醫源序

天地間大小巨細之事必各有極到之處矣

字到王氏而極詩到盛唐而極文章到韓

蘇而極學問到四書而極至於其極處即

必無不各有一定不變之理而立焉斯理也吾

知雖歴于萬世必莫之能變也於吾醫亦然

矣醫理到素靈而極醫方到傷寒論而極

此亦有一定不変之理而吾知雖歴于萬世

  一ウラ

莫之能變也惟惜今之素靈非古之素靈殘

錯蠧闕後人妄加補添故其古之存者十中

一二非善讀之者烏能得其定理嗚嘑夫素

靈者醫門典型不可不信而亦不能盡信也孔子

云吾猶及史之闕文也孟子云盡信書不如無書

吾於武成取二三策而已孔子刪書於唐虞夏

四五百年間不過數篇而所述厪〃止此聖賢

刪削之意亦可以知矣世之讀内經者固不知

  二オモテ

刪削之意見其偽之不可信者則併𢬵其真之   〔𢬵:拚の異体字。拌に同じ〕

可信見其真之可從而惑于其偽遂不肯從是

以終身苦而不能通其義而得其理也故吾醫

之失傳殆千余年于今葢亦無善讀之者之

由是以所謂醫之定理者既滅而世徒以証候

曲節之末為醫之學可嘆哉皮之不存毛

將安附焉夫定理之於証候曲節猶規矩尺

度之於方圓長短也証候曲節之不可預定猶

  二ウラ

方圓長短之不可勝窮也故規矩一立則不可欺

以方圓而天下之方圓不可勝用矣尺度一陳則

不可欺以長短、而天下之長短不可勝用矣定理一

明則不可欺以証候曲節而天下之証候曲節

不可勝應矣若夫不眀其定理而欲定其証

候曲節猶不用規矩尺度欲定天下之方圓長

短吾不見其能有成矣而後之人不務明其

定理以精察施治徒懸空討論隂陽五色五

  三オモテ

行倥侗不稽之説以為醫之道止於此矣如是

而欲臨事之無遺失其亦遠矣間或有覺

其齟齬繆妄支離牽滯而卓然自奮盡抛

𢬵世醫之所學特從内經南陽之典章法則

欲以挽回古醫學於既滅之後者亦唯定理

未眀終身苦學極其所抵只是一人之私言而

古神醫之蘊奥遂不可覩於是乎有引據之

學而言之以為博有駁雜之學而言之以為

  三ウラ

通紛〃藉〃羣起角立於天下又不知其所適

世之學醫者如入百戲之場耳目眩瞀精神

恍惚又如病狂喪心之人茫乎莫自知其言之

所歸此乃所以岳父竽齋先生有醫源之

著也先生甞曰醫學失傳邪説互出殺人之禍

烈也葢古神醫之療病自有一定不變之理而

世之病者常有萬變無涯之証候然而不審

其理之定者而欲察其証之變者猶捨規矩尺

  四オモテ

度而欲為方圓長短吾未知其不為謬也乃

窮源及流上自素靈難經下至元明喎蘭諸

書廣求博採而後刪内經正難經務芟葛

藤無稽之謬語取諸古而徴諸今至於理

極義盡之處而始一定不變之言立矣於

是精神之本眀而營衛之行詳死生消

長之機不復能竄匿隱晦於其間焉三部

九候之法定而虗實寒熱之變不謬三焦

  四ウラ

十二蔵之職正而氣化消化之候莫惑若能

明此理而後善讀内經諸書譬猶青天白

日走十字街上莫復耳目眩瞀之惑矣嗚

呼確乎先生識見之出人意表也如非有怪

偉特絶之識豈能便斷得如此其分明唯

恐醫學失傳既久邪説之毒淪浹於人之

心髓相習以為常世乏於勇斷改過之

人其冥悍自信之徒則見以為怪奇異

  五オモテ

于己至如囫圇呑椒之徒一槩見以為高古

淵深不可企及矣雖然世豈不有夫豪傑之士

無待而興起者耶有則聞此論必有惻然而

悲憤然而起沛然若决江河所不可禦

者矣此余之所以望諸世也醫源刻成

乃以此為序

          櫟園石阪道宏宗圭謹識

            〔印形黒字「◇/守」「櫟/園」〕

 

  【訓み下し】

醫源の序

天地間、大小巨細の事、必ず各々極到の處有り。字は王氏に到って極まり、詩は盛唐に到って極まり、文章は韓蘇に到って極まり、學問は四書に到って極まる。其の極まる處に至れば、即ち必ず各々一定不變の理有って立たざること無し。斯の理や、吾れ知る、萬世を歴ると雖も、必ず之を能く變ずること莫きことを。吾が醫に於けるも、亦た然り。醫理は素靈に到って極まり、醫方は傷寒論に到って極まる。此れも亦た一定不変の理有って、而して吾れ知る、萬世を歴ると雖も、

  一ウラ

之を能く變ずること莫きことを。惟だ惜しむ、今の素靈は古(いにしえ)の素靈に非ず。殘錯蠧闕、後人妄りに補添を加う。故に其の古の存する者は、十中一二。善く之を讀む者に非ざれば、烏(いず)くんぞ能く其の定理を得ん。嗚嘑(ああ)、夫れ素靈は、醫門の典型、信ぜざる可からず。而れども亦た盡く信ずること能わざるなり。孔子云う「吾れ猶お史の闕文に及べり」と。孟子云う「盡く書を信ずるは、書無きに如(し)かず。吾れ武成に於いて二三策を取るのみ」と。孔子の書を删る、唐虞夏四五百年間に於いて數篇に過ぎず。述ぶる所、厪厪此に止まる。聖賢删削の意も亦た以て知る可し。世の内經を讀む者、固(まこと)に

  二オモテ

删削の意を知らず。其の偽の信ず可からざる者を見れば、則ち併せて其の真の信ず可きを拌(す)つ。其の真の從う可きを見ては、而も其の偽に惑い、遂に肯えて從わず。是(ここ)を以て終身苦しめども、其の義に通じて其の理を得ること能わず。故に吾が醫の傳を失すること殆ど今に千餘年。蓋し亦た善く之を讀む者無きに之れ由る。是を以て所謂(いわゆる)醫の定理なる者(モノ)、既に滅して世徒(いたず)らに証候曲節の末を以て醫の學と爲す。嘆ず可きかな。皮の存せざる、毛將(は)た安(いず)くに附かん。夫れ定理の証候曲節に於ける、猶お規矩尺度の方圓長短に於けるがごとくなり。証候曲節の預(あらかじ)め定む可からざる、猶お

  二ウラ

方圓長短の勝(あ)げて窮む可からざるがごとくなり。故に規矩一たび立てば、則ち欺くに方圓を以てす可からず。而して天下の方圓勝げて用ゆ可からず。尺度一たび陳すれば、則ち欺くに長短を以てす可からず。而して天下の長短勝げて用ゆ可からず。定理一たび明らかなれば、則ち欺くに証候曲節を以てす可からず。而して天下の証候曲節勝げて應ず可からず。若し夫(そ)れ其の定理を明らかにせず、其の証候曲節を定めんと欲す。猶お規矩尺度を用いずして天下の方圓長短を定めんと欲するがごとし。吾れ其の能く成ること有るを見ず。而るに後の人、其の定理を明らかにして以て施治を精察することを務めず、徒らに陰陽五色五

  三オモテ

行、倥侗不稽の説を懸空討論し、以て醫の道、此に止まると為す。是(かく)の如くにして事に臨みて之れ遺失無きことを欲す。其れも亦た遠し。間ま或いは其の齟齬繆妄、支離牽滯を覺えて卓然として自ら奮し、盡く世醫の學ぶ所を抛拌し、特に内經、南陽の典章法則に從いて、以て古醫學を既滅の後に挽回せんと欲する者有れども、亦た唯だ定理未だ明らかならず、終身苦學して、其の抵る所を極むるに、只だ是れ一人の私言にして、古神醫の蘊奥、遂に覩る可からず。是に於いてか、引據の學有って、之を言いて以て博と爲し、駁雜の學有って、之を言いて以て

  三ウラ

通と爲す。紛紛藉藉として天下に群起角立して、又た其の適する所を知らず。世の醫を學ぶ者、百戲の場に入る如し。耳目眩瞀、精神恍惚、又た狂を病みて心を喪うの人の如し。茫乎として自ら其の言の歸する所を知ること莫し。此れ乃ち岳父竽齋(うさい)先生、醫源の著有る所以なり。先生嘗て曰く、「醫學、傳を失い、邪説互いに出づ。人を殺すの禍(わざわ)い烈なり。蓋し古神醫の病を療する、自ら一定不變の理有って、世の病む者は、常に萬變無涯の証候有り。然り而して其の理の定まる者を審らかにせずして、其の証の變ある者を察せんと欲す。猶お規矩尺

  四オモテ

度を捨てて、方圓長短を爲さんと欲するがごとし。吾れ未だ其の謬爲(た)らざるを知らざるなり。乃ち源を窮して流に及び、上(かみ)、素靈難經自り、下(しも)、元明喎蘭の諸書に至るまで、廣く求め博く採り、而る後に内經を删り、難經を正し、務めて葛藤無稽の謬語を芟(か)り、諸(これ)を古に取りて、諸を今に徴し、理極まり、義盡くるの處に至って、始めて一定不變の言立つ。是に於いて精神の本(もと)明らかにして、營衛の行(めぐ)り詳らかなり。死生消長の機、復た其の間に竄匿隱晦すること能わず。三部九候の法定まりて、虚實寒熱の變謬(あやま)らず。三焦

  四ウラ

十二藏の職正しうして、氣化消化の候、惑い莫し。若し能く此の理を明らかにして、而る後に善く内經諸書を讀まば、譬えば猶お青天白日に十字街上を走るがごとし。復た耳目眩瞀の惑い莫し」と。嗚(あ)呼(あ)確乎たり、先生識見の人意表に出づるや。如(も)し怪偉特絶の識有るに非ざれば、豈に能く便ち斷じ得ること此(かく)の如く其れ分明ならん。唯だ、恐らくは醫學、傳を失うこと既に久しく、邪説の毒、人の心髓に淪浹し、相い習いて以て常と爲し、世、勇斷改過の人に乏し。其の冥悍自信の徒なれば、則ち見て以爲(おもえ)らく、怪奇にして

  五オモテ

己(おのれ)に異なり、と。囫圇呑椒の徒の如きに至っては、一概に見て以爲らく、高古淵深、企て及ぶ可からず、と。然りと雖も、世、豈に夫(か)の豪傑の士の待つこと無くして興起する者有らざらんや。有らば則ち此の論を聞きて、必ず惻然として悲しみ、憤然として起こリ、沛然として江河を决するが若く、禦(ふせ)ぐ可からざる所の者有らん。此れ余の諸(これ)を世に望む所以(ゆえん)なり。醫源刻成る。乃ち此(これ)を以て序と爲す。

          櫟園石阪道宏宗圭謹んで識(しる)す 


 【注釋】

 ○王氏‥王羲之。書聖と称される。 ○盛唐‥明の李夢陽は「文必秦漢、詩必盛唐」と提唱したという。 ○韓蘇‥韓愈と蘇軾(東坡)。唐宋八大家と称されるうちの二人。 ○四書‥『大學』『中庸』『論語』『孟子』。 ○一定不變之理‥『四庫全書總目提要』子部・醫家類「儒有定理、而醫無定法」。 一ウラ ○素靈‥『素問』『靈樞』。 ○殘‥殘缺不全。殘本(欠けている部分が多い本)。 ○錯‥錯誤。文字が誤っている。 ○蠧‥虫食いの被害。 ○闕‥闕本(冊数や卷数が欠けている本)。闕文(文字に脱漏がある)。 ○孔子云‥『論語』衞靈公。 ○孟子云‥『孟子』盡心下。 ○唐‥伝説の帝王、堯。はじめ陶に封じ、のちに唐に封じられたので陶唐氏という。 ○虞‥舜。堯より禅譲される。虞に建国したため、虞舜あるいは有虞氏と称せらる。 ○夏‥商(殷)の前に存在したとされる王朝。禹が舜の禅譲を受けて建てた。『傳習録』卷上「孔子云、吾猶及史之闕文也。孟子云、盡信書、不如無書。吾於武成取二三策而已。孔子刪書、於唐虞夏四五百年間、不過數篇。豈更無一事、而所述止此。聖人之意可知矣。聖人只是要刪去繁文、後儒卻只要添上」(『新釈漢文大系』所収本五九頁~)。 二オモテ ○内經‥『黄帝内經』。 ○皮之不存……‥『傷寒論』張仲景自序および『左傳』僖公傳十四年。 ○猶規矩尺度之方圓長短‥『傳習録』卷中・答顧東橋書「夫良知之於節目時變、猶規矩尺度之於方圓長短也。節目時變之不可預定、猶方圓長短之不可勝窮也。故規矩誠立、則不可欺以方圓、而天下之方圓不可勝用矣、尺度誠陳、則不可欺以長短、而天下之長短不可勝用矣。良知誠致、則不可欺以節目時變、而天下之節目時變不可勝應矣」(『新釈漢文大系』本二三九頁~)。 二ウラ ○懸空‥地に着いていない。現実離れした。『傳習録』卷中「顧欲懸空討論此等變常之事……/顧(かえ)って懸空に此等の變常の事を討論し……と欲す」(『新釈漢文大系』本二四三頁)。 三オモテ ○倥侗‥無知蒙昧。 ○不稽‥でたらめ。根拠のない。『孔子家語』三恕「聽者無察、則道不入。奇偉不稽、則道不信」。王肅注「稽、考也」。無稽‥信じられない。根拠がない。『書經』大禹謨「無稽之言勿聽、弗詢之謀勿庸」。荒唐無稽。 ○繆妄‥謬妄に同じ。荒謬愚妄。 ○支離‥ばらばらで秩序がない。 ○牽滯‥束縛。拘泥。『傳習錄』卷中「間有覺其空疏謬妄、支離牽滯、而卓然自奮、欲以見諸行事之實者、極其所抵、亦不過爲富強功利五霸之事業而止」(『新釈漢文大系』本二六五頁「たまにはそれらの無内容・誤り・不統一・不自然などに気づき、勇気を奮って天下の風潮に抗し……」)。 ○南陽‥張仲景は南陽のひと。『傷寒論』。 ○引據之學‥考證之學(考據學)を指しているか。『傳習錄』卷下「後世學者博聞多識、留滯胸中、皆傷食之病也」(『新釈漢文大系』本四二七頁)。 ○駁雜‥混乱する。入り交じってまとまりがない。 三ウラ ○紛紛‥多くて乱雑なさま。 ○藉藉‥籍籍。縦横に交錯するさま。紛紛籍籍は、入り乱れごたごたしたさま。韓愈『讀荀』「紛紛籍籍相亂、六經與百家之説錯雜」。 ○羣起‥「羣」は「群」の異体。蜂起する。 ○角立‥ひときわ抜きんでて立つ。並んでも譲らない。 ○百戲‥アクロバットなど色々な曲芸。「戲」は「戯」の異体。 『傳習録』卷中「若是者、紛紛籍籍、羣起角立於天下、又不知其幾家。萬徑千蹊、莫知所適。世之學者、如入百戲之場、讙謔跳踉、騁奇鬭巧、獻笑爭妍者、四面而競出、前瞻後盼、應接不遑、而耳目眩瞀、精神恍惑、日夜遨遊淹息其間、如病狂喪心之人、莫自知其家業之所歸」(『新釈漢文大系』本二六五頁「この種の学問が雑然と天下に群がり立って、幾学派あるともしれず、……そこで世の学問を志す人は、まるで綜合娯楽場に入ったようなもので、……目は眩み、耳は遠くなって、精神が朦朧として来る。……神経衰弱か記憶喪失症になって……」)。 四オモテ ○喎蘭‥和蘭。オランダ。 ○三部九候‥『素問』三部九候論などを参照。 ○葛藤‥物事などがもつれて処理しにくいことのたとえ。 ○竄匿‥逃げ隠れる。 ○隱晦‥はっきりしない。暗いところに隠れる。 四ウラ ○出人意表‥「表」は外。予想の外に出る。宋・蘇軾『舉何去非換文資状』「其論歷代所以廢興成敗、皆出人意表」。 ○怪偉‥優れて雄大。特異。 ○特絶‥卓絶。 ○淪浹‥深く入り込む。大きな影響を及ぼす。淪肌浹髓。肌膚、骨髓まで浸透する。『淮南子』原道「不浸於肌膚、不浹於骨髓」。『傳習録』卷中「蓋至於今、功利之毒淪浹於人之心髓、而習以成性也、幾千年矣」(『新釈漢文大系』本二六五頁「功利の観念の害毒は、人の心臓骨髄にまで浸み渡り……」)。 ○冥‥愚昧。ものごとの理にくらい。 ○悍‥勇敢。理をわきまえない。王陽明『靜心録』文録一「為無師友之講明、認氣作理、冥悍自信、終身勤苦而卒無所得、斯誠可哀矣」。  五オモテ ○囫圇呑椒‥囫圇吞棗。椒(棗)を咬まないで丸呑みする。物事を分析せず、あいまいなまま受け入れる。学習しても突き詰めて理解しない。囫圇‥丸ごと。全体。あいまい。 ○高古‥高雅古樸。 ○渕深‥「渕」は「淵」の異体。深厚、深遠。 ○不可企及‥距離がありすぎて、追いつくすべがない。「企及」は、懸命に努力して希望に達することの比喩。 ○惻然‥悲しむさま。 ○憤然‥怒るさま。 ○沛然‥盛んなさま。 ○江河‥長江と黄河。『孟子』盡心上「若决江河、沛然莫之能御也」。『傳習録』卷中「其聞吾拔本塞源之論、必有惻然而悲、戚然而痛、憤然而起、沛然若決江河、而有不可禦者矣、非夫豪傑之士、無所待而興起者、吾誰與望乎」(『新釈漢文大系』本二六九頁「……世間には必ずや感激して、深く悲しみ、強く痛み、憤然と起ち上がって、大河の堤防を決って水の奔流するごとく突進し、これを停めることのできないような人のあることを信じて疑わないのである。しかし、このようなことを期待できるのは、全く他人に頼らずに、自己の独力で自覚して立ち上がり得る、豪傑の士以外にはないが、……」)。 ○櫟園石阪道宏宗圭‥石坂宗哲の娘婿、宗圭または宗珪(~一八六三)。名は道弘、または道宏。別名、宗元。字は公琦。櫟園は号。『人参攷』を著す。


醫源の序

天地間、大小巨細の事、必ず各々極到の處有り。

 【意訳】天地の間における大小さまざまな事柄には,かならずそれぞれ究極の到達点というものがある。

字は王氏に到って極まり、詩は盛唐に到って極まり、文章は韓蘇に到って極まり、學問は四書に到って極まる。

 【意訳】文字(書道)は王羲之に至って極まり,詩は盛唐(の李白・杜甫など)に至って極まり,文章は,韓愈・蘇軾に至って極まり,学問は(朱熹が選定した儒学の入門書である『大学』『中庸』『論語』『孟子』という)四書に至って極まった。

其の極まる處に至れば、即ち必ず各々一定不變の理有って立たざること無し。

 【意訳】その極点に至れば,かならずそれぞれ一定不変の道理があって,みなそれに基づいて存立している。

斯の理や、吾れ知る、萬世を歴ると雖も、必ず之を能く變ずること莫きことを。

 【意訳】この道理というものは,万代をへても決して変わることがないことをわたくしは知っている。

吾が醫に於けるも、亦た然り。

 【意訳】わたくしが仕事としている医道においても,また同じである。

醫理は素靈に到って極まり、醫方は傷寒論に到って極まる。

 【意訳】医学の理論は,『素問』『霊枢』に至って極まり,医学の処方は,『傷寒論』に至って極まった。

此れも亦た一定不変の理有って、而して吾れ知る、萬世を歴ると雖も、之を能く變ずること莫きことを。

 【意訳】医道にもやはり一定不変の道理があり,万代をへても決して変わることがないことをわたくしは知っている。

惟だ惜しむ、今の素靈は古(いにしえ)の素靈に非ず。殘錯蠧闕、後人妄りに補添を加う。

 【意訳】ただ残念なことに,今本の『素問』『霊枢』は,古代の『素問』『霊枢』そのものではない。欠けたところや誤記や虫損したところなどを,後人がむやみに文字を補い書き加えている。

故に其の古の存する者は、十中一二。

 【意訳】そのため,その古い文章で残っているのは,一割か二割に過ぎない。

善く之を讀む者に非ざれば、烏(いず)くんぞ能く其の定理を得ん。

 【意訳】優れた読み手でなければ,どうしてその中にある定理を得ることができようか。

嗚嘑(ああ)、夫れ素靈は、醫門の典型、信ぜざる可からず。而れども亦た盡く信ずること能わざるなり。

 【意訳】ああ,そもそも『素問』『霊枢』は,医学の模範であり,信頼に値するものである。しかし,それと同時にすべてをそのまま信頼することもできない。

孔子云う「吾れ猶お史の闕文に及べり」と。

 【意訳】孔子は,「わたくしは,歴史書の記述の欠けたところには言及しないことにしている」と言っている。

孟子云う「盡く書を信ずるは、書無きに如(し)かず。吾れ武成に於いて二三策を取るのみ」と。

 【意訳】孟子は「『書経』に書いてあることをすべて信じるくらいなら,『書経』などないほうがましである。わたくしは,『書経』武成篇の中では二三節を信用するだけだ」と言っている。

孔子の書を删る、唐虞夏四五百年間に於いて數篇に過ぎず。

 【意訳】孔子が『書経』を編纂する際,尭・舜・夏の四五百年の間で,残したのは数篇に過ぎない。

述ぶる所、厪厪此に止まる。聖賢删削の意も亦た以て知る可し。

 【意訳】記述した内容は,ほとんどそれだけであった。聖人や賢人が削除した意図も,これによって理解出来るであろう。

世の内經を讀む者、固(まこと)に删削の意を知らず。

 【意訳】世の中の『黄帝内経』を読む人は,本当にその削除の意図を理解していない。

其の偽の信ず可からざる者を見れば、則ち併せて其の真の信ず可きを拌(す)つ。

 【意訳】その虚偽の信頼できない文を見ると,その真実で信頼できる文まで一緒に捨ててしまう。

其の真の從う可きを見ては、而も其の偽に惑い、遂に肯えて從わず。

 【意訳】その真実で従うべきである文を見ても,それが偽りではないかと惑い,結局怖くなって従わない。

是(ここ)を以て終身苦しめども、其の義に通じて其の理を得ること能わず。

 【意訳】そういうわけで,一生苦学しても,その意味を理解してその道理を得ることはできないのである。

故に吾が醫の傳を失すること殆ど今に千餘年。

 【意訳】そのため我らの医道の伝承が失われてから今まで千年あまりに及んでいる。

蓋し亦た善く之を讀む者無きに之れ由る。

 【意訳】これもまた優れた読み手がないことがその原因であろう。

是を以て所謂(いわゆる)醫の定理なる者(モノ)、既に滅して世徒(いたず)らに証候曲節の末を以て醫の學と爲す。

 【意訳】そういうわけで,いわゆる医道の定理というものは,すでに滅び,世間ではむなしく証候の変化の末端ばかりを医学とみなしている。

嘆ず可きかな。皮の存せざる、毛將(は)た安(いず)くに附かん。

 【意訳】嘆かわしいことである。皮がないのに,毛はいったいどこに付着できようか。

夫れ定理の証候曲節に於ける、猶お規矩尺度の方圓長短に於けるがごとくなり。

 【意訳】そもそも定理における証候の変化との関係は,コンパス・定規・ものさしと方形・円形・長短との関係のようなものである。

証候曲節の預(あらかじ)め定む可からざる、猶お方圓長短の勝(あ)げて窮む可からざるがごとくなり。

 【意訳】証候の変化があらかじめ決めることができないのは,方形・円形・長短が無限にあるのと同じである。

故に規矩一たび立てば、則ち欺くに方圓を以てす可からず。

 【意訳】だからこそ,コンパスと定規が一旦確立されれば,方形や円形の形に惑わされるようなことはない。

而して天下の方圓勝(あ)げて用ゆ可からず。

 【意訳】しかも天下のあらゆる方形や円形にそれを用いることができる。

尺度一たび陳すれば、則ち欺くに長短を以てす可からず。

 【意訳】ものさしが一旦定まれば,長短の長さで惑わされるようなことはない。

而して天下の長短勝(あ)げて用ゆ可からず。

 【意訳】しかも天下のあらゆる長短にそれを用いることができる。

定理一たび明らかなれば、則ち欺くに証候曲節を以てす可からず。

 【意訳】定理が一旦明らかになれば,証候の変化に惑わされることはなくなる。

而して天下の証候曲節勝(あ)げて應ず可からず。

 【意訳】しかも天下のあらゆる証候の変化に対応できるようになるのである。

若し夫(そ)れ其の定理を明らかにせず、其の証候曲節を定めんと欲す。猶お規矩尺度を用いずして天下の方圓長短を定めんと欲するがごとし。

 【意訳】その定理を明らかにしないまま,その証候の変化を定めようと望むのは,コンパスや定規,ものさしを使わないで天下にあるあらゆる方形・円形・長短を定めようと望むようなものである。

吾れ其の能く成ること有るを見ず。

 【意訳】わたくしは,そのようなやり方で成功したのを見たことがない。

而るに後の人、其の定理を明らかにして以て施治を精察することを務めず、徒らに陰陽五色五行、倥侗不稽の説を懸空討論し、以て醫の道、此に止まると為す。

 【意訳】それなのに後世の人は,その定理を明らかにしてから治療法を詳しく調べることに務めず,いたずらに陰陽・五色・五行などの無知蒙昧のでたらめな説を現実離れして討論し,これこそは医の道であると思い込んでいる。

是(かく)の如くにして事に臨みて之れ遺失無きことを欲す。其れも亦た遠し。

 【意訳】このような状態なのに,実際の診療に臨んで,失敗がないことを望むのは,見当違いも甚だしい。

間ま或いは其の齟齬繆妄、支離牽滯を覺えて卓然として自ら奮し、盡く世醫の學ぶ所を抛拌し、特に内經、南陽の典章法則に從いて、以て古醫學を既滅の後に挽回せんと欲する者有れども、亦た唯だ定理未だ明らかならず、終身苦學して、其の抵る所を極むるに、只だ是れ一人の私言にして、古神醫の蘊奥、遂に覩る可からず。

 【意訳】たまにはその矛盾・でたらめ・支離滅裂・拘泥に気づいて,みずから奮起して,世の医者が学んでいる内容をすべて棄て去り,ただ『黄帝内経』と張仲景の典章法則のみに従って,古代の医学をすでに滅んだのちに復興させようと望む人もいたが,やはり定理が明らかでないため,一生苦学しても,その到達点はただ一人の私見にとどまり,古代の神医たちが備えていた奥深い真髄は,ついに目にすることはできなかった。

★『醫源』の本文に「今信無理之言,祖述難經・脈經,而樂其誕。而亦苦學不可得窮其理。……其言曰:萬病者一氣之留滯也。萬病者一毒也。其所為氣為毒者,一人之私言也。非醫之定理也」とある。

是に於いてか、引據の學有って、之を言いて以て博と爲し、駁雜の學有って、之を言いて以て通と爲す。

 【意訳】こうして,典籍の引用や考証を重んじる学派が現われ,これを語って博学だと思い込み,雑多な説を取り入れる学派が現われ,これを語って精通していると思い込む。

紛紛藉藉として天下に群起角立して、又た其の適する所を知らず。

 【意訳】さまざまな説が入り乱れ,天下に群がり起こって抜きん出て譲ろうとせず,人々はどこへ向かうべきか分からなくなっている。

世の醫を學ぶ者、百戲の場に入る如し。

 【意訳】世間の医学を学ぶひとは,見世物が集まる広場に入り込んだような気分である。

耳目眩瞀、精神恍惚、又た狂を病みて心を喪うの人の如し。茫乎として自ら其の言の歸する所を知ること莫し。

 【意訳】目は眩み耳は遠くなり,精神は朦朧として,また狂病にかかって理性を失ったようになり,茫然として自分の言葉の行き着く先さえわかなくなる。

此れ乃ち岳父竽齋(うさい)先生、醫源の著有る所以なり。

 【意訳】まさにこのような状況こそが,義父である竽斎先生が『医源』を著わした理由なのである。

先生嘗て曰く、

 【意訳】先生は,かつてこうおっしゃった。

「醫學、傳を失い、邪説互いに出づ。人を殺すの禍(わざわ)い烈なり。

 【意訳】医学は古くからの伝承を失い,誤った説が代わる代わる出現し,人を死に追いやる災いが深刻である。

蓋し古神醫の病を療する、自ら一定不變の理有って、世の病む者は、常に萬變無涯の証候有り。

 【意訳】思うに,古代の神医の治療には,もともと一定不変の道理があり,世の中の病人には常に無限に変化する証候がある。

然り而して其の理の定まる者を審らかにせずして、其の証の變ある者を察せんと欲す。

 【意訳】それなのに,その一定の道理を詳しく調べもせず,その証の変化を観察しようとする。

猶お規矩尺度を捨てて、方圓長短を爲さんと欲するがごとし。

 【意訳】これは,コンパス・定規・尺度を捨てて,方形・円形・長短を測ろうとするのと同じである。

吾れ未だ其の謬爲(た)らざるを知らざるなり。

 【意訳】わたくしには,それが正しいことだとは理解できない。

乃ち源を窮して流に及び、上(かみ)、素靈難經自り、下(しも)、元明喎蘭の諸書に至るまで、廣く求め博く採り、而る後に内經を删り、難經を正し、務めて葛藤無稽の謬語を芟(か)り、諸(これ)を古に取りて、諸を今に徴し、理極まり、義盡くるの處に至って、始めて一定不變の言立つ。

 【意訳】そこで医学の源流をさかのぼり,上流は『素問』『霊枢』『難経』から,下流の元・明・オランダの多数の書物まで,広範囲に求めて採用した。その上で『黄帝内経』や『難経』を抜萃修正し,複雑に絡み合った説や荒唐無稽の誤った言葉をできるかぎり削除した。古代の文献から採用した内容を現代に照らし合わせて検証し,道理と意義が極まり尽くしたところで,はじめて一定不変の言葉を確立した。

是に於いて精神の本(もと)明らかにして、營衛の行(めぐ)り詳らかなり。

 【意訳】こうして精気と神気の根本があきらかになり,営気と衛気の循行がはっきりと理解できるようになった。

死生消長の機、復た其の間に竄匿隱晦すること能わず。

 【意訳】生と死,盛衰の仕組みは,もはやその間に隠れ潜むことができなくなった。

三部九候の法定まりて、虚實寒熱の變謬(あやま)らず。三焦十二藏の職正しうして、氣化消化の候、惑い莫し。

 【意訳】三部九候の法が定まれば,虚実・寒熱の変化を誤ることなく診察できるし,三焦を含めた十二臓の職能を正しく理解するならば,気化・消化の証候についても,惑いがなくなる。

 ★『醫源』の本文に「心・肺・脾・肝・腎・膻中・胃・膽・三焦・小腸・大腸・膀胱,之謂十二藏」とあり,この注に「故化氣者……,所謂三焦,藏也。……與膽汁相並,為消化之用。」とある。また「問飲食溲便,而知消化與氣化」とある。

若し能く此の理を明らかにして、而る後に善く内經諸書を讀まば、譬えば猶お青天白日に十字街上を走るがごとし。復た耳目眩瞀の惑い莫し」と。

 【意訳】もしこの道理を明らかにした上で,『黄帝内経』などの多くの書籍をよく読むならば,たとえてみれば,よく晴れた日中に十字路を歩むようなものであり,目眩がしたり耳が遠くなったりするような惑いもなくなる」と。

嗚(あ)呼(あ)確乎たり、先生識見の人意表に出づるや。

 【意訳】ああ,なんと確かなことか,先生の見識が人の予想をはるかに超えたものであることは。

如(も)し怪偉特絶の識有るに非ざれば、豈に能く便ち斷じ得ること此(かく)の如く其れ分明ならん。

 【意訳】もし先生のような優れて卓絶した見識がなければ,どうしてこれほど明確に断定することができるだろうか。

唯だ、恐らくは醫學、傳を失うこと既に久しく、邪説の毒、人の心髓に淪浹し、相い習いて以て常と爲し、世、勇斷改過の人に乏し。

 【意訳】ただ心配なのは,医学の伝承が失われてから,かなり時を経ており,正統でない有害な論説の毒が,人々の心の奥まで深く入り込み,弟子たちはそれぞれその説を聞き習うことを常として,世の中には勇気を持って過ちを改める人が少ないことである。

其の冥悍自信の徒なれば、則ち見て以爲(おもえ)らく、怪奇にして己(おのれ)に異なり、と。


 【意訳】その道理に暗いまま,頑固に自分の考えが正しいと信じている輩は,先生の説を見て,奇怪なもので自分の理解とは異なる,とみなすであろう。

囫圇呑椒の徒の如きに至っては、一概に見て以爲(おもえ)らく、高古淵深、企て及ぶ可からず、と。

 【意訳】師から教えられた説をよく考えもせず丸呑みしている輩であれば,おしなべて先生の説をみては,気高く古雅で深淵な内容で,到底及びもつかない,とみなすであろう。

然りと雖も、世、豈に夫(か)の豪傑の士の待つこと無くして興起する者有らざらんや。

 【意訳】それでもなお,世の中には,その才知が人並み優れた人を待つことなく,立ち上がる人がきっといるはずである。

有らば則ち此の論を聞きて、必ず惻然として悲しみ、憤然として起こリ、沛然として江河を决するが若く、禦(ふせ)ぐ可からざる所の者有らん。

 【意訳】そういう人がいるならば,この議論を聞いて,かならずや深く悲しみ,奮いたって立ち上がり,大河の堤防を決壊させる奔流のように突き進み,誰にも止められないであろう。

此れ余の諸(これ)を世に望む所以(ゆえん)なり。

 【意訳】これこそが,わたくしが世の人々に期待する理由である。

醫源刻成る。

 【意訳】『医源』の版木が彫り上がった。

乃ち此(これ)を以て序と爲す。

ここにこの文をもって序文とする。

          櫟園石阪道宏宗圭謹んで識(しる)す 

 【意訳】号は櫟園,姓は石阪,名は道宏,宗圭 謹んで記す

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