15-1 骨度正誤圖説 村上宗占撰
京大富士川文庫所蔵(コ/六七)
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骨度正誤序
盖醫之術大也人之死生係焉而其疾 〔盖‥「蓋」の異体〕
病多端詳察其症以為之治或藥餌𢦙 〔𢦙‥「或」の異体〕
針砭或灸艾或按摩各通其一科用以
取驗此之謂醫也
國家升平百有餘年豪傑并起夫人專
門不乏其術唯經絡骨度惟難嚮水野
一ウラ
壹州公出村上宗占所著書示不佞且
命序不佞熟讀其書錯綜諸説參考百
家正其違刊其謬間加己意以發千載
不言之妙於是乎經絡之理骨度之法
瞭然明于今不佞箕裘之業自結髪時
講求經絡骨度嘗有大疑於是書乎大
疑頓解嗚呼宗占之術可謂勤矣別有
二オモテ
二火一得評其言亦可觀也水野公寬
弘君子宗占屢遊公門則宗占之為人
亦可知也不佞雖未知宗占是以序云
延享二歳次乙丑臘月
江都 官醫 井上雅貴撰
【訓み下し】
骨度正誤の序
蓋し醫の術は大なり。人の死生は焉(ここ)に係る。而して其の疾病は多端なり。詳(つまび)らかに其の症を察して、以て之が為に治するに、或いは藥餌し、或いは針砭し、或いは灸艾し、或いは按摩す。各々其の一科に通じて、用いて以て驗を取る。此れを之れ醫と謂うなり。國家升平にして、百有餘年、豪傑并びて起こる。夫(か)の人、專門に乏しからず。其の術、唯だ經絡骨度のみ、惟(こ)れ難し。嚮(さき)に水野
一ウラ
壹州公、村上宗占著す所の書を出して不佞に示し、且つ序を命ず。不佞、其の書を熟讀するに、諸説を錯綜し、百家を參考し、其の違を正し、其の謬を刊(ただ)し、間ま己が意を加え、以て千載不言の妙を發す。是(ここ)に於いて經絡の理、骨度の法、瞭然として今に明らけし。不佞、箕裘の業に結髪の時自(よ)り、經絡、骨度を講求し、嘗て大疑有り。是の書に於いて大疑頓解す。嗚呼(ああ)、宗占の術、勤めたりと謂(いい)つ可し。別に
二オモテ
二火一得評有り。其の言も亦た觀つ可し。水野公は寬弘なる君子なり。宗占屢(しば)々公の門に遊ぶ。則ち宗占の為人(ひととなり)も亦た知る可し。不佞、未だ宗占を知らずと雖も、是を以て序すと云う。
延享二 歳次乙丑 臘月
江都 官醫 井上雅貴撰す
〔印形黒字「◇/良/氏」、白字「俊/良」〕
【注釋】
○升平‥太平。 ○百有餘年‥延享二(一七四四)年は、江戸時代のはじめより、百年以上の時をへる。 ○水野壹州公‥若年寄、水野壹岐守忠定(元禄四年~寛延元年/一六九一~一七四八)。 一ウラ ○村上宗占‥宗占は土浦藩医員で、名は親方(ちかまさ)、字が宗占、号は一得子(いつとくし)。本書(『骨度正誤圖説』)はさきに宗占が著した『兪穴辨解』を補完する目的で編まれたもの(『典籍辞典』)。 ○不佞‥自分を謙遜していう。不才。佞は「才」の意。 ○錯綜‥多くの資料を縦横に運用にして綜合する。『漢書』敘傳下「錯綜群言、古今是經、勒成一家、大略孔明」。 ○百家‥多数の人。各種の流派。 ○刊謬‥書物の誤りをなおす。校正する。 ○千載‥千年。長い時間の比喩。 ○瞭然‥明瞭。はっきりとしたさま。 ○箕裘之業‥父親の職業。『禮記』學記「良冶之子必學為裘、良弓之子必學為箕」。 ○結髪‥元服。二十歳。 ○講求‥研究する。 ○頓解‥頓悟。一瞬にして真理をさとる。 ○勤‥周到である。心力を尽くしている。 二オモテ ○二火一得評‥鳥海廣通(湛齋)『二火一得』(寛保三/一七四三年刊)を評したものか。 ○寬弘‥心がひろく、包容力がある人。 ○延享二歳次乙丑‥一七四四年。 ○臘月‥旧暦十二月。 ○江都‥江戸。 ○官醫‥幕府の医師。 ○井上雅貴‥印形白字に「俊/良」とある。『寛政重修諸家譜』卷千五百五(第二十二冊三四三頁)「井上方正(かたまさ)。俊良。交泰院。法眼。法印。……寛保元(一七四一)年……法眼に叙し、三年……奥醫となり、延享二(一七四五)年九月朔日より西城に勤仕す。……寛延元(一七四八)年……法印に叙し、……三年……御匙となる。……明和元年……死す。年六十六。法名俊良」。
『骨度正誤』の序
蓋し醫の術は大なり。
【意訳】そもそも医術は重大なものである。
人の死生は焉(ここ)に係る。
【意訳】ひとの生死がこれにかかっているからである。
而して其の疾病は多端なり。
【意訳】しかしながら人間の病は多種多様である。
詳(つまび)らかに其の症を察して、以て之が為に治するに、或いは藥餌し、或いは針砭し、或いは灸艾し、或いは按摩す。
【意訳】その症状を詳細に観察して,それを治療する方法としては,薬物・鍼灸・按摩などがある。
各々其の一科に通じて、用いて以て驗を取る。
【意訳】それぞれが一つの専門分野を究めて,それを用いて治療効果を上げる。
此れを之れ醫と謂うなり。
【意訳】これこそ医というものである。
國家升平にして、百有餘年、豪傑并びて起こる。
【意訳】天下は太平の世となり,この百年あまり,傑出した人物がこぞって現われた。
夫(か)の人、專門に乏しからず。
【意訳】それぞれの専門家は,十分にいる。
其の術、唯だ經絡骨度のみ、惟(こ)れ難し。
【意訳】ただその医術において,経絡骨度だけは,難しい分野である。
嚮(さき)に水野壹州公、村上宗占著す所の書を出して不佞に示し、且つ序を命ず。
【意訳】さて水野壱岐守さまは,村上宗占が著わした書物をわたくしにお示しになり,さらに序文を書くように命ぜられた。
不佞、其の書を熟讀するに、諸説を錯綜し、百家を參考し、其の違を正し、其の謬を刊(ただ)し、間ま己が意を加え、以て千載不言の妙を發す。
【意訳】わたくしが,この書物を熟読したところ,多くの説を縦横に運用して総合し,多数の専門家を参考として,その過ちを修正し,その誤謬を訂正し,ときに私見を加えて,古代より論じられることが無かった素晴らしい奥義を明らかにしている。
是(ここ)に於いて經絡の理、骨度の法、瞭然として今に明らけし。
【意訳】これによって,経絡の道理や骨度の方法が,今や明瞭に理解出来るようになった。
不佞、箕裘の業に結髪の時自(よ)り、經絡、骨度を講求し、嘗て大疑有り。
【意訳】わたくしは,医業を受け継ぐ家に生まれ,元服して以来,経絡や骨度を研究してきたが,以前から大きな疑問を抱えていた。
是の書に於いて大疑頓解す。
【意訳】しかし,この書物を読んで,大きな疑問が一挙に氷解したのである。
嗚呼(ああ)、宗占の術、勤めたりと謂(いい)つ可し。
【意訳】ああ,村上宗占の医術への取り組みは,まさに勤勉であるというべきである。
別に二火一得評有り。
【意訳】かれには別に『二火一得評』(鳥海広通『二火一得』に対する批評)がある。
其の言も亦た觀つ可し。
【意訳】その議論もまた見るに値するものである。
水野公は寬弘なる君子なり。
【意訳】水野さまは,度量が広く大きい君子である。
宗占屢(しば)々公の門に遊ぶ。
【意訳】村上宗占は,たびたび水野さまを訪れて交遊している。
則ち宗占の為人(ひととなり)も亦た知る可し。
【意訳】そのことからも村上宗占の人柄は推して知るべしである。
不佞、未だ宗占を知らずと雖も、是を以て序すと云う。
【意訳】わたくしは,村上宗占に会ったことはないが,このことを書いて序文とする。
延享二 歳次乙丑 臘月
【意訳】延享二年(1745)歳次はきのとうしの十二月
江都 官醫 井上雅貴撰す
【意訳】江戸 奥医師 井上雅貴 著わす
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骨度正誤自序
夫氣血者譬如流水也經絡者猶堤坊之
在河水也是以流水為物妨礙則妄行氾
濫以遂失其性也矣人之經絡為邪壅塞
則氣血為之不行而疾病立至焉欲治之
者能視其通塞因其正道而考其經絡究
其兪穴於斯也鍼灸湯液施其宜豈可不
九折相愼乎故伯仁曰不明經絡則不知
邪之所在信哉此言也今也考究經絡兪
三ウラ
穴者或有焉或無焉奚得其眞乎葢兪穴
之正道在骨度骨度一差則穴處無不差
而穴處差則灸刺非徒無益且施害於人
也必矣故聖人立骨度之法以垂教於後
世實不易之㳒也向來經絡之書灸刺之 〔㳒‥「法」の異体〕
㳒積為卷數周行于世家喩戸曉其有功
於學者亦不少焉然未合經旨者間在矣
或曰視此書大凡的張介賓而議汝曾有
讎于張氏歟抑按景岳者明朝醫家之孤
四オモテ
霍德高才智豐而天下顯名之人也合靈
素二經之類照己之見識著二經之註間
啓發蘊奧矣其功績至大哉舉世而賞焉
後學講二經者多賴於類經也汝今舉張
氏之説以為非而議者恐闊人之情而不
可也予應之曰雖智者亦不能無一失也
凡是為是非為非者天下之通論也葢按
類經附翼心主三焦命門辨其下者是之
高者非之又圖翼謂背兪篇俠脊寸㳒形
四ウラ
志篇草度之㳒象胸腹骨度之折㳒肩至
肘骨度之註倶皆非經旨也雖然舉世以
為博識敏達故不正其非而是之信之者
衆矣余曾嘆其以繆傳誤故為吾子第著
此書名曰骨度正誤圖説不敢有仇於張
氏不得已也篇末草度之㳒象別以國字
和解而便於初學童蒙云爾
延享元年甲子十一月冬至日
村上親方宗占自敘
〔印形白字「村上/氏」、黒字「親方/宗占」〕
【訓み下し】
骨度正誤の自序
夫れ氣血は、譬えば流水の如し。經絡は、猶お堤坊の河水に在るがごとくなり。是(ここ)を以て流水、物の為に妨礙するときは、妄行氾濫して以て遂に其の性を失す。人の經絡、邪の為に壅塞するときは、氣血、之が為に行かずして、疾病立ちどころに至る。之を治せんと欲する者は、能く其の通塞を視て、其の正道に因って、而して其の經絡を考え、其の兪穴を究め、斯(ここ)に於いて、鍼灸・湯液、其の宜しきを施す。豈に九たび折って相い愼まざる可けんや。故に伯仁の曰く、經絡に明らかならざれば、邪の在る所を知らず、と。信(まこと)なるかな、此の言。今や經絡・兪
三ウラ
穴を考え究むる者、或いは有り、或いは無し。奚(いず)くんぞ其の眞を得んや。蓋し兪穴の正道は、骨度に在り。骨度一たび差(たが)えば、穴處差わざる無く、穴處差えば、灸刺徒(ただ)に益無きのみに非ず、且つ害を人に施すや必せり。故に聖人、骨度の法を立て、以て教えを後世に垂る。實(まこと)に不易の法なり。向來、經絡の書、灸刺の法、積んで卷數を為し、周(あまね)く世に行わる。家々喩し戸ごとに曉す。其の學者に功有ること、亦た少なからず。然れども未だ經旨に合わざる者、間ま在り。或るひと曰く、此の書を視るに、大凡(おおよそ)張介賓を的して議するは、汝曾て張氏に讎有るか。抑々(そもそも)按ずるに、景岳は、明朝の醫家の孤
四オモテ
霍、德高く、才智豐かにして、天下顯名の人なり。靈素二經の類を合して、己の見識を照らし、二經の註を著し、間ま蘊奧を啓發す。其の功績至大なるかな。世を舉げて賞す。後學、二經を講ずる者多く類經に頼れり。汝、今ま張氏の説を舉げて以て非と為して議する者は、恐らくは人の情に闊(うと)くて、不可なり、と。予、之に應じて曰く、智者と雖も亦た一失無きこと能わず。凡そ是(ぜ)を是と為(し)、非を非と為(す)るは、天下の通論なり。蓋し按ずるに、類經附翼心主三焦命門辨、其の下(ひく)き者は、之を是とし、高き者は之を非とす。又た圖翼謂える背兪篇俠脊寸法、形
四ウラ
志篇草度の法象、胸腹骨度の折法、肩より肘に至る骨度の註、倶に皆な經旨に非ざるなり。然りと雖も世を舉げて以て博識敏達と為(す)。故に其の非を正さずして、之を是(ぜ)とし、之を信ずる者衆(おお)し。余曾(かつ)て嘆ず。其の繆を以て誤を傳う。故に吾が子第の為に此の書を著す。名づけて骨度正誤圖説と曰う。敢えて張氏に仇有らず。已むことを得ざるなり。篇末、草度の法象、別に國字を以て和解(わげ)して、初學童蒙に便りとす〔云爾〕。
延享元年甲子 十一月冬至日
村上親方宗占自ら敘す
【注釋】
○堤坊‥堤防。 ○妨礙‥妨害。 ○九折‥何度も臂を折って、いろいろな治療方法を経験して、みずから良医となること。のちに、多くの経験を積むことの比喩となる。『楚辭』屈原・九章・惜誦「九折臂而成醫兮、吾至今而知其信然」。 ○伯仁‥滑壽。字は伯仁。引用文は『十四經發揮』自序。 三ウラ ○向來‥従来。 ○家喩戸曉‥どの家でもみな知っている。事情や名声がきわめて広く流布していることの形容。 ○的‥まとにする。標的にする。 ○張介賓‥下文にあるように『類經』『類經圖翼』『類經附翼』等を著し、日本にも大きな影響を及ぼした。 ○讎‥仇。うらみ。 ○景岳‥張介賓の号。 ○孤霍‥孤鶴。特にすぐれて高潔なひと。 四オモテ ○顯名‥名前の知れ渡った。 ○靈素‥『靈樞』『素問』。 ○啓發‥導いてさとらせる。 ○蘊奧‥学問の奥義。 ○後學‥後進の学者。 ○二經‥『靈樞』と『素問』。 ○闊‥実体にそぐわない。 ○智者亦不能無一失‥聡明な人は、問題に対して熟慮するとしても、たまには誤りをおかしてしまう。『史記』淮陰侯傳「智者千慮、必有一失。愚者千慮、必有一得」。 ○通論‥道理にかなった議論。 ○類經附翼心主三焦命門辨‥『類經附翼』卷三・三焦包絡命門辨。 ○圖翼謂背兪篇俠脊寸法‥本文「十三、背兪寸方辨不同」、「二十、背兪篇俠脊辨」を参照。 四ウラ ○形志篇草度之法象‥本文「十五、血氣形志篇草度之方解」、「十九、張介賓草度方解」を参照。 ○胸腹骨度之折法‥本文「五」以下を参照。 ○肩至肘骨度之註‥本文「八」を参照。 ○博識‥見聞が広く、学識が豊富。 ○敏達‥敏捷で道理をわきまえている。 ○繆‥錯誤。「謬」に通ず。 ○子第‥子弟。 ○不敢‥好きこのんでするわけではない。 ○和解‥わげ。日本語による解説。 ○初學‥学習を始めたばかりで学問の造詣が浅いひと。 ○童蒙‥年少で無知な児童。 ○云爾‥文末に置かれ、言い切りの語気を表す。訓は「のみ」「しかいう」。上文は「便リトス」で終わっているので、ここでは訓じていないと思われる。 ○延享元年甲子‥一七四四年。 ○冬至日:訓み下せば、「冬至の日」ではなく、「冬の至日」。 ○村上親方宗占‥前序を参照。
『骨度正誤』の自序
夫れ氣血は、譬えば流水の如し。
【意訳】気血というものは,たとえれば流れる水のようなものである。
經絡は、猶お堤坊の河水に在るがごとくなり。
【意訳】これに対して,経絡は,河川に設けられた堤防のようなものである。
是(ここ)を以て流水、物の為に妨礙するときは、妄行氾濫して以て遂に其の性を失す。
【意訳】そのため,流れる水は行く手が阻まれると,氾濫して,結果としてその本来の性質を失ってしまう。
人の經絡、邪の為に壅塞するときは、氣血、之が為に行かずして、疾病立ちどころに至る。
【意訳】人の経絡が邪気によって塞がれると,気血がそのためにめぐらなくなり,病がたちまち起こるようになる。
之を治せんと欲する者は、能く其の通塞を視て、其の正道に因って、而して其の經絡を考え、其の兪穴を究め、斯(ここ)に於いて、鍼灸・湯液、其の宜しきを施す。
【意訳】これを治療したいのであれば,その場所が通じているか塞がっているかを観察し,その正しい道筋に基づいて,その経絡を考察し,その兪穴を考究する。その上で,鍼灸・湯液を適切におこなう。
豈に九たび折って相い愼まざる可けんや。
【意訳】どうして多くの経験を積んで,慎重におこなわなくていいことがあろうか。(慎重におこなうべきなのである。)
故に伯仁の曰く、經絡に明らかならざれば、邪の在る所を知らず、と。
【意訳】そのため,滑伯仁は(『十四経発揮』において),「経絡のことを理解出来なければ,邪がどこにあるかはわからない」と言った。
信(まこと)なるかな、此の言。
【意訳】この言葉は,まことにその通りである。
今や經絡・兪穴を考え究むる者、或いは有り、或いは無し。
【意訳】現在,経絡や兪穴を考究する人は,いたりいなかったりする。
奚(いず)くんぞ其の眞を得んや。
【意訳】そのような状態で,どうして真実を得ることができようか。
蓋し兪穴の正道は、骨度に在り。
【意訳】そもそも腧穴(ツボ)の正しい位置を定める根本は,骨度を正確に理解することにある。
【意訳】骨度をもし間違えれば,腧穴の場所がずれてしまい,腧穴の場所がずれてしまえば,単に施灸も刺鍼も効果がないばかりでなく,必ず人に害を与えることになる。
故に聖人、骨度の法を立て、以て教えを後世に垂る。
【意訳】そのため高い徳を身につけた人は,骨度の方法を設けて,その教えを後世に伝えたのである。
實(まこと)に不易の法なり。
【意訳】これはまさに不変の法則である。
向來、經絡の書、灸刺の法、積んで卷數を為し、周(あまね)く世に行わる。家々喩し戸ごとに曉す。
【意訳】従来,経絡に関する書籍や施灸刺鍼の方法については,たくさんの巻数が著わされ,世の中に行き渡り,きわめて広く普及して誰でも知っている状態である。
其の學者に功有ること、亦た少なからず。
【意訳】それを著わした学者に功績があることも,また少なくない。
然れども未だ經旨に合わざる者、間ま在り。
【意訳】しかし,経典の本来の趣旨に合致しないものも,時折見られる。
或るひと曰く、此の書を視るに、大凡(おおよそ)張介賓を的して議するは、汝曾て張氏に讎有るか。
【意訳】ある人が言った。「本書を見てみると,たいてい張介賓を批判の的にしているが,張氏に恨みでもあったのか。
抑々(そもそも)按ずるに、景岳は、明朝の醫家の孤霍、德高く、才智豐かにして、天下顯名の人なり。
【意訳】そもそも考えてみれば,張景岳は明代の医者で,名声がきわめて広く行き渡り,徳が高く,才知に富んだ,天下の有名人である。
靈素二經の類を合して、己の見識を照らし、二經の註を著し、間ま蘊奧を啓發す。
【意訳】『霊枢』と『素問』という二つの経典の内容を分類してまとめて,みずからの見識に照合して,ふたつの経典の注を著わし,時にその奥深い真理を明らかにした。
其の功績至大なるかな。世を舉げて賞す。
【意訳】その功績は,きわめて大きく,世の人々がこぞって賞賛している。
後學、二經を講ずる者多く類經に頼れり。
【意訳】後世の学者で『素問』『霊枢』を研究解説するひとは,多くの場合,張景岳が著わした『類経』に頼っている。
汝、今ま張氏の説を舉げて以て非と為して議する者は、恐らくは人の情に闊(うと)くて、不可なり、と。
【意訳】ところが,あなたは今,張介賓の説を取り上げて,誤りであると論じているが,おそらくは,人々の感情を逆なでするもので,良くないのではないか」。
予、之に應じて曰く、智者と雖も亦た一失無きこと能わず。
【意訳】わたくしは,次のように答えた。「いくら智慧がある人でも,一つの誤りもないということはありえない。
凡そ是(ぜ)を是と為(し)、非を非と為(す)るは、天下の通論なり。
【意訳】正しいものを正しいとし,誤ったことを誤りとすることこそ,天下に共通する道理である。
蓋し按ずるに、類經附翼心主三焦命門辨、其の下(ひく)き者は、之を是とし、高き者は之を非とす。
【意訳】『類経附翼』(巻3・求正録)にある「心主・三焦(包絡)・命門辨」を調べてみると,低いものを正しいとし,高いものを誤りとしている。
又た圖翼謂える背兪篇俠脊寸法、形志篇草度の法象、胸腹骨度の折法、肩より肘に至る骨度の註、倶に皆な經旨に非ざるなり。
【意訳】また『類経図翼』にいう,「背兪篇の俠脊寸法」「形志篇の草度の法象」「胸腹骨度の折法」「肩から肘までの骨度の注」は,みな『内経』の本来の趣旨に合致しない。
然りと雖も世を舉げて以て博識敏達と為(す)。
【意訳】それなのに,世間全体では,張景岳のことを博識で聡明であると考えている。
故に其の非を正さずして、之を是(ぜ)とし、之を信ずる者衆(おお)し。
【意訳】そのためその誤りを正すことなく,かれを正しいと思い,かれを信奉する人が多数いる。
余曾(かつ)て嘆ず。
【意訳】わたくしは以前からつねに嘆いていた。
【意訳】その誤謬をさらに誤って伝えていることを。
故に吾が子第の為に此の書を著す。名づけて骨度正誤圖説と曰う。
【意訳】そこで,わが門の子弟のために本書を著わし,『骨度正誤図説』と名づけた。
敢えて張氏に仇有らず。已むことを得ざるなり。
【意訳】どうして張氏に恨みがあるはずがあろうか。そうせざるを得なかったである。
篇末、草度の法象、別に國字を以て和解(わげ)して、初學童蒙に便りとす〔云爾〕。
【意訳】篇の末の,草度の法象(草度之方象国字解)については,仮名を用いて解説して,初学者の便宜をはかった。
延享元年甲子 十一月冬至日
【意訳】延享元年(1744)きのえね十一月 冬至の日
村上親方宗占自ら敘す
【意訳】村上親方宗占みずから記す
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骨度正誤跋
醫民命所係任重業博為其術内經為本方藥為
末病論定而治療立本末明而治療施譬諸大匠
作于廣廈堂宇規矩準繩得心應手無施而不可
也故醫國濟天下之名也漢唐之間諸名家出而
從内經有不失其義者矣歷世到今日醫家者流
勃然于世立功爭名診候之務摩頂放踵無不盡
惟方是求惟治是求葢治療之要雖在于方藥捨
本務末雖多奚為乎同寮宗占平素讀内經精力
過絕人遂得其旨統嘗著骨度正誤又素問血氣
五ウラ
形志篇草度之文簡約而旨意深淵讀者難焉類
經草度解雖張氏聰惠辨博未盡焉於是乎草度
之方象出圖而書於所得以辨解之大發明經旨
無餘蘊矣使學者易曉指掌粲目也發先輩之所
未發也誠不朽之確言也嗚呼經之蘊奧非闇記
研究日久豈可其得乎骨度正誤形志篇草度方
解合而著之發張氏之未備而遂成一家言者也
寶曆二年壬申五月七日與忠廣玄伸書于東都
茅坡園
【訓み下し】
骨度正誤の跋
醫は民命の係る所、任重く、業博し。其の術為(た)る、内經を本と為(し)、方藥を末と為(す)。病論定まって治療立ち、本末明らかにして治療施す。諸(これ)を大匠の廣廈堂宇を作るに譬う。規矩準繩、心に得て手に應ず。施として不可無し。故に國を醫(いや)し、天下を濟(すく)うの名あり。漢唐の間、諸名家出でて、内經に從って其の義を失わざる者有り。世を歴(へ)て今日に到り、醫家者流、世に勃然として功を立て、名を爭う。診候の務むる、頂きを摩して踵(くびす)に放(いた)るまで、盡くさざる無く、惟(た)だ方是れ求め、惟だ治是れ求む。蓋し治療の要、方藥に在りと雖も、本を捨てて末を務む。多しと雖も、奚(なに)をか為さんや。同寮宗占、平素、内經を讀む。精力、人に過絶す。遂に其の旨統を得たり。嘗て骨度正誤を著す。又た素問血氣
五ウラ
形志篇、草度の文簡約にして旨意深淵、讀む者焉(これ)を難(かた)んず。類經草度の解、張氏聰惠辨博と雖も、未だ盡くさず。是(ここ)に於いて草度の方象、圖を出だして、得る所を書して、以て之を辨解す。大いに經旨を發明して餘蘊無し。學者をして曉し易く、掌(たなごころ)を指すがごとく目を粲たらしむ。先輩の未だ發せざる所を發す。誠に不朽の確言なり。嗚呼(ああ)、經の蘊奧、闇記研究、日久しきに非ずんば、豈に其れ得可けんや。骨度正誤、形志篇草度方解、合せて之を著す。張氏が未だ備わらざるを發して、遂に一家の言を成す者なり。
寶曆二年壬申 五月七日 與忠廣玄伸 東都茅坡園に書す
【注釋】
○醫民命所係任重‥明・虞摶『醫學正傳』序「夫醫之為道、民命死生所繫、其責不為不重/夫れ醫の道為(た)るや、民命死生の繫(か)かる所、其の責として重からずと為さず」。民命‥民衆の生命。人命。 ○大匠‥高度な技術をもった職人。『孟子』告子上「大匠誨人、必以規矩。學者亦必以規矩/大匠の人を誨うること、必ず規矩を以てす。學ぶ者も亦必ず規矩を以てす」。 ○廣廈‥広大な建物。 ○堂宇‥殿堂。 ○規矩準繩‥円(圓)・方・平・直などを製作測量するための器具。一定の基準となるものの比喩。『孟子』離婁上「聖人既竭目力焉、繼之以規矩準繩、以為方員平直/聖人既に目力を竭くし、之に繼ぐに規矩準繩を以てし、方員(圓)平直を為なす」。 ○得心應手‥心に思うことを手がその通りに動く。『莊子』天道「不徐不疾、得之於手、而應於心」。3-3鍼科發揮の注を参照。 ○無施而不可‥施術すればいつもよい結果が得られる。 ○醫國‥『國語』晉語八「上醫醫國、其次疾人、固醫官也」。 ○勃然‥興起する、奮い立つさま。 ○立功‥功績を立てる。 ○爭名‥名声を争う。 ○摩頂放踵‥頭から足まで全身に傷を負う。身を捨てて世を救うに労苦を惜しまないことのたとえ。『孟子』盡心上「墨子兼愛、摩頂放踵、利天下為之/墨子は兼ね愛す。頂を摩して踵までに放るまで、天下を利するは、之を為す」。 ○惟方是求、惟治是求‥「求方(方を求む)」「求治(治を求む)」の強調形。 ○捨本務末‥『傷寒論』張仲景序「祟飾其末、忽棄其本/其の末を祟飾し、其の本を忽棄す」。 ○同寮‥同僚。 ○平素‥日頃から。 ○過絕‥超越する。 ○旨統‥趣旨の系統。思想体系。 五ウラ ○旨意‥主旨。 ○難‥かたしとす。むずかしいと思う。 ○聰惠‥聰慧。聡明で智恵が抜きんでている。 ○辨博‥辯博。学識が広いこと。 ○發明‥前人の知らない意を創造的に明らかにする。 ○餘蘊‥のこり。残余。 ○曉‥知る。 ○指掌‥自分のてのひらを指さす。きわめて明白で理解しやすいことのたとえ。 ○粲‥あきらか、はっきりさせる。 ○發‥啓発する。明らかにする。 ○確言‥確実な言説。 ○蘊奧‥奥義。 ○闇記‥暗記。 ○形志篇草度方解‥本書の十五に「血氣形志篇草度之方解」(目録)あり。 ○寶曆二年壬申‥一七五二年。 ○與忠廣玄伸‥同僚であるので、土浦藩医であろう。 ○東都‥江戸。 ○茅坡園‥與玄伸(忠廣)の書斎名か。
『骨度正誤』の跋
醫は民命の係る所、任重く、業博し。
【意訳】医学は人命に関わるものであり,その責任は重く,学ぶべき範囲は広い。
其の術為(た)る、内經を本と為(し)、方藥を末と為(す)。
【意訳】医術においては,『黄帝内経』を根本として,処方薬を枝葉とする。
病論定まって治療立ち、本末明らかにして治療施す。
【意訳】病の議論評価が定まることにより治療方針が確立し,根本と枝葉が明らかになるにより治療をほどすことができる。
諸(これ)を大匠の廣廈堂宇を作るに譬う。
【意訳】これを優れた大工が広大な建物を建てるのにたとえてみよう。
規矩準繩、心に得て手に應ず。施として不可無し。
【意訳】コンパスや定規,墨縄などの道具を心に描いたように使いこなせれば,どのような仕事でもできないことはない。
故に國を醫(いや)し、天下を濟(すく)うの名あり。
【意訳】そのため,優れた医者は国を癒やし,天下を救うという名声があるのである。
漢唐の間、諸名家出でて、内經に從って其の義を失わざる者有り。
【意訳】漢代から唐代にかけて,多くの名医があらわれたが,『黄帝内経』に従っていて,その真義を見失う者はいなかった。
世を歴(へ)て今日に到り、醫家者流、世に勃然として功を立て、名を爭う。
【意訳】時代が下って現代に至ると,医者たちは世ににわかに盛んになって功績を立てて,名声を競うようになった。
診候の務むる、頂きを摩して踵(くびす)に放(いた)るまで、盡くさざる無く、惟(た)だ方是れ求め、惟だ治是れ求む。
【意訳】かれらは,診療において身を粉にして努力を怠らないが,ただ処方,ただ治療法のみをひたすら求めるだけである。
蓋し治療の要、方藥に在りと雖も、本を捨てて末を務む。
【意訳】治療の要点は,処方薬にあるとしても,根本を捨てて枝葉ばかりを求めている。
多しと雖も、奚(なに)をか為さんや。
【意訳】それがどれほど多かったとしても,何の意味があろうか。
同寮宗占、平素、内經を讀む。
【意訳】わたくしの同僚である村上宗占は,日頃から『黄帝内経』を読み込んでいる。
精力、人に過絶す。
【意訳】その精力は,常人をはるかに越えている。
遂に其の旨統を得たり。
【意訳】そしてついにその真意を会得した。
嘗て骨度正誤を著す。
【意訳】そして『骨度正誤』を著わした。
又た素問血氣形志篇、草度の文簡約にして旨意深淵、讀む者焉(これ)を難(かた)んず。
【意訳】また『素問』血気形志篇に掲載されている,草度(背兪穴の位置を決めるための草を用いた度り方)の文が簡潔ではあるが意味深淵で,読者にとって難解である。
類經草度の解、張氏聰惠辨博と雖も、未だ盡くさず。
【意訳】『類経』にある草度の解説は,張景岳の聡明博識の才能をもってしても,十分に説明が尽くされていない部分がある。
是(ここ)に於いて草度の方象、圖を出だして、得る所を書して、以て之を辨解す。
【意訳】そこで村上氏は草度の方法・形象を図に示して,得た知見を書き記し,解説した。
大いに經旨を發明して餘蘊無し。
【意訳】そうして『内経』の趣旨を大いに明らかにして,秘められた意味を余すところなく示したのである。
學者をして曉し易く、掌(たなごころ)を指すがごとく目を粲たらしむ。
【意訳】これによって学習者は理解しやすくなり,自分の手のひらを指さすことのように明らかになったのである。
先輩の未だ發せざる所を發す。
【意訳】これは,先輩たちがそれまで明らかにしてこなかったものである。
誠に不朽の確言なり。
【意訳】誠に後世まで朽ちることのない確かな説である。
嗚呼(ああ)、經の蘊奧、闇記研究、日久しきに非ずんば、豈に其れ得可けんや。
【意訳】ああ,経典の奥深い極意は,そらんじるまで読み込んで長年にわたって研究しなければ,どうして会得することができようか。
骨度正誤、形志篇草度方解、合せて之を著す。
【意訳】骨度の正誤と『素問』血気形志篇にある草度の解説を合わせて著わした。
張氏が未だ備わらざるを發して、遂に一家の言を成す者なり。
【意訳】張景岳の説で不十分なところを補い明らかにし,ついには独立したひとつの見解となしたものである。
寶曆二年壬申 五月七日 與忠廣玄伸 東都茅坡園に書す
【意訳】宝暦二年(1752)みずのえさるの五月七日 與 玄伸(忠廣) 江戸の茅坡園にて記す
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