17-4 水腫刺鍼法 星陵口述
京大富士川文庫所蔵(ス/一四)
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00003632
序、難読の文字多し。かりに読む。
水腫刺鍼法序
巨川不可濟則多舟楫之利興淡
味不可食則有塩梅之和調人有疢
疾則有岐黄氏之術作凡嶮阻扞
格進退雖若不可奈何則應有救之
之道而興其素苶然委頓其處
一ウラ 384
者天之所以惠也昌平之世父母
既順兄弟既翕和樂且湛亦何所之
有哉唯有疢疾為人患其名以類分
以百數云亦各有其方以救之雖少間
罹痛苦幸復故則壯健如初以樂昌平
之祭則人生之榮有尚焉者乎予初知
二オモテ 385
星陵子不以刀圭而以筆翰其以筆翰也於今
屈指既三十餘年當時雖口不言然以已知
其術之不凡幸而予家不罹于疾病不請
已辛酉歳朝幼女中風寒變而為水腫
衆毉束手相視呆然無所措手於是頓
思星陵子之術遄行請之及其施刺
二ウラ 386
鍼之術片時而病去其太半々年後而
全兪眞自言更肉枯藁〔復/後〕産者也
於是天之所以惠果可見已予竊謂近歳
世患水腫者多矣而其施此術者所不
多聞也若筆之於書傳之於世應蒙其
惠者多矣會其門人齎一小冊子而來、
三オモテ 387
閲之則手録其事者也將以上梓請此予
予曰亦有何不可乎苟有利於民者知
而不為不仁也子其速為之其人歸而上梓
遂以予言為序
平渕識
向陵逸史書
〔印形白字「瑛/之」黒字「向/陵」〕
【訓み下し】
水腫刺鍼法の序
巨川濟(わた)る可からざれば、則ち舟楫の利興多し。淡味食らう可からざれば、則ち鹽梅の和調有り。人に痰疾有れば、則ち岐黄氏の術作有り。凡そ嶮阻扞格進退、奈何ともす可からざるが若しと雖も、則ち應に之を救うの道有るべし。而して其の素より苶然として其の處に委頓する者を興(おこ)す。
一ウラ
天の惠む所以なり。昌平の世、父母既に順い、兄弟既に翕(かな)い、和樂し且つ湛(たの)しむ。亦た何の所か之れ有らんや。唯だ疢疾有りて人の患いと為(な)るのみ。其の名、類を以て分かてば、百を以て數うと云い、亦た各おの其の方有りて以て之を救う。少間痛苦に罹かると雖も、幸いに故(もと)に復せば、則ち壯健なること初めの如く、以て昌平の祭を樂しめば、則ち人生の榮、焉(これ)に尚(くわ)うる者有らんや。予初めて知る、
二オモテ
星陵子、刀圭を以てせず、而して筆翰を以てするを。其の筆翰を以てするや、今に於いて指を屈すれば既に三十餘年なり。當時、口に言わずと雖も、然れども以て已に其の術の不凡なるを知る。幸いにして予が家、疾病に罹からず、已やすを請わず。辛酉の歳朝、幼女、風寒に中(あ)たり、變じて水腫と為る。衆醫、手を束ねて相い視て、呆然として手を措く所無し。是(ここ)に於いて頓(にわ)かに星陵子の術を思い、遄(すみ)やかに行きて之を請う。其の刺
二ウラ
鍼の術を施すに及べば、片時にして病い其の太半を去り、半年後にして全く兪(い)ゆ。眞(まこと)に自ら肉に更わり枯藁し、復た(後に)産すと言う者なり。是に於いて天の惠む所以、果して見る可きのみ。予竊(ひそ)かに謂(おも)えらく、近歳、世に水腫を患う者多し。而して其の此の術を施す者は、多く聞かざる所なり。若し之を書に筆し、之を世に傳うれば、應に其の惠みを蒙むるべき者多からん。會(たま)たま其の門人、一小册子を齎(もたら)し來たる。
三オモテ
之を閲すれば、則ち手づから其の事を録する者なり。將に以て梓に上(のぼ)せんとし、此れを予に請う。予曰く、亦た何ぞ不可有らんや。苟も民に利有る者、知りて為ざれば不仁なり。子、其れ速(すみや)かに之を為せ、と。其の人歸りて梓に上ぼす。遂に予が言を以て序と為す。
平渕識す
向陵逸史書す
【注釋】
○巨川不可濟‥『尚書』説命上「若濟巨川、用汝作舟楫(若し巨川を濟らば、汝を用(もつ)て舟楫と作(な)さん)……若藥弗瞑眩、厥疾弗瘳」。 ○嶮阻‥道がけわしい。艱難辛苦の比喩。 ○扞格‥捍格。かたくつかえて、動きがとれないさま。 ○苶然‥疲れ切ったさま。 ○委頓‥疲れ果てる。疲れ苦しむ。 一ウラ ○昌平‥国運が隆盛で、社会が安定している。 ○翕‥仲良く素直。『詩經』小雅 常棣「兄弟既翕、和樂且湛」。 ○少間‥「病が少し良くなる」の意味もあるが、ここでは「しばらく」。 二オモテ ○刀圭‥薬をはかる器具。薬物。医術。 ○筆翰‥筆。文筆。 ○歳朝‥元旦。 二ウラ ○片時‥短時間。 ○齎‥たずさえる。持ってくる。 三オモテ ○知而不爲不仁‥『春秋繁露』必仁且智「智而不仁、則知而不為也」。 ○遂‥そのまま。 ○平渕‥ ○向陵逸史‥天保七年序『(江戸現在)廣益諸家人名錄』附錄・書家に「向陵。名瑛之,字白華。多賀谷貞吉」とある。
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100352500/61?ln=ja
『美術人名辞典』多賀谷向陵:江戸後期の幕臣。尾張生。儒者・書家。江戸の人。名は瑛之、字は白(伯)華、通称を貞吉、別号に五石居士。書を細井竹岡に学び能くした。文政10年(1827)歿、62才。
水腫刺鍼法の序
巨川濟(わた)る可からざれば、則ち舟楫の利興多し。
【意訳】大きな川はそのままでは渡ることができなければ,船を利用することが多くなる。
淡味食らう可からざれば、則ち鹽梅の和調有り。
【意訳】淡泊な味の物はそのままでは食べられなければ,塩や梅を加えて味を調える。
人に疢疾有れば、則ち岐黄氏の術作有り。
【意訳】人に疾病があれば,黄帝・岐伯による医術がある。
凡そ嶮阻扞格進退、奈何ともす可からざるが若しと雖も、則ち應に之を救うの道有るべし。
【意訳】なんであれ道が険しくて身動きできなくなり,にっちもさっちもいかないようであっても,これを救う道がきっとあるはずである。
而して其の素より苶然として其の處に委頓する者を興(おこ)す。天の惠む所以なり。
【意訳】そして日頃から疲れ果ててその場にぐったりしている人を立ち上がらせる。これは天の恵みである。
昌平の世、父母既に順い、兄弟既に翕(かな)い、和樂し且つ湛(たの)しむ。亦た何の所か之れ有らんや。
【意訳】国が栄え平和な時代,父母にしたがって孝行を尽くし,兄弟が仲良く素直であり,和気藹々として楽しみに溢れている。ほかに何を求めることがあろうか。
唯だ疢疾有りて人の患いと為(な)るのみ。
【意訳】唯一疾病だけが,人々のうれいとなる。
其の名、類を以て分かてば、百を以て數うと云い、亦た各おの其の方有りて以て之を救う。
【意訳】その名称は,分類すれば百種類にもなるといい,またそれぞれにそれに対応する方法があって,患者を救う。
少間痛苦に罹かると雖も、幸いに故(もと)に復せば、則ち壯健なること初めの如く、以て昌平の祭を樂しめば、則ち人生の榮、焉(これ)に尚(くわ)うる者有らんや。
【意訳】しばらく痛み苦しむとしても,幸運にも元通りに健康を回復すれば,初めのように元気になって,太平の世の祭礼を楽しめば,人生の栄誉として,これに勝るものがあろうか。
予初めて知る、星陵子、刀圭を以てせず、而して筆翰を以てするを。
【意訳】わたくしがはじめて星陵先生を知ったのは,医術ではなく文筆であった。
其の筆翰を以てするや、今に於いて指を屈すれば既に三十餘年なり。
【意訳】その文筆で知ってから,今日まで指折り数えれば,三十年あまりになる。
當時、口に言わずと雖も、然れども以て已に其の術の不凡なるを知る。
【意訳】当時は口では語らなかったが,その技術の並外れていたことを知っていた。
幸いにして予が家、疾病に罹からず、已やすを請わず。
【意訳】幸いに我が家には,病気にかかる者はいなかったので,治療を頼んだことはなかった。
辛酉の歳朝、幼女、風寒に中(あ)たり、變じて水腫と為る。
【意訳】(ところが)辛酉(享和元年/1801)の元旦,幼女が風寒の邪にあたって,それが変じて水腫になった。
衆醫、手を束ねて相い視て、呆然として手を措く所無し。
【意訳】多くの医者が手をこまぬいて互いに顔を見合わすばかりで,茫然として手の施しようもなかった。
是(ここ)に於いて頓(にわ)かに星陵子の術を思い、遄(すみ)やかに行きて之を請う。
【意訳】そこで,わたくしは不意に星陵先生の医術を思い出して,すぐに出かけていって,治療をお願いした。
其の刺鍼の術を施すに及べば、片時にして病い其の太半を去り、半年後にして全く兪(い)ゆ。
【意訳】星陵先生が鍼を刺すと,あっという間に水腫の大部分がなくなり,半年後には完治した。
眞(まこと)に自ら肉に更わり枯藁し、復た(後に)産すと言う者なり。
【意訳】実際,自然に水腫の肉がかわり,乾燥してのちに再生するというものであった。
是に於いて天の惠む所以、果して見る可きのみ。
【意訳】こうして天の恩恵というものが,確かに目に見える形で現われたのである。
予竊(ひそ)かに謂(おも)えらく、近歳、世に水腫を患う者多し。而して其の此の術を施す者は、多く聞かざる所なり。若し之を書に筆し、之を世に傳うれば、應に其の惠みを蒙むるべき者多からん。
【意訳】私見では,近頃,世間では水腫にかかる人が多いが,この鍼術をほどこすひとは,ほとんど聞いたことがない。もしこの術を書物にして世の中に伝えたならば,その恩恵を被る人は多いのではないか,と考えた。
會(たま)たま其の門人、一小册子を齎(もたら)し來たる。
【意訳】ちょうどその時,彼の弟子が一冊の小冊子を携えてやってきた。
之を閲すれば、則ち手づから其の事を録する者なり。
【意訳】それを読んでみると,自分でその施術を記録したものだった。
將に以て梓に上(のぼ)せんとし、此れを予に請う。
【意訳】まさに出版しようとして,序文をわたくしに依頼して来たのだった。
予曰く、亦た何ぞ不可有らんや。
【意訳】わたくしは言った。「どうして断わることなどあろうか。
苟も民に利有る者、知りて為ざれば不仁なり。子、其れ速(すみや)かに之を為せ、と。
【意訳】民衆の利益になることであれば,それを知りながらおこなわないのは,仁の道に背くことである。あなたは,速やかに実行してください」と。
其の人歸りて梓に上ぼす。遂に予が言を以て序と為す。
【意訳】その弟子が(わたくしが述べた言葉を聞いて)帰り,それを版木に刻み,そのままわたくしの述べた言葉を序文とした。
平渕識す
【意訳】平淵 しるす
向陵逸史 書す
【意訳】向陵逸史 (草書にて)清書す
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水腫刺鍼法跋
凡事之難非手操之足蹈之之
難也又非心知之口説之之難
也又非得之手應之心之難也
凡事之難在興當今之絶滅者
而復諸千古之上腫脹之用刺
一ウラ 422
鍼上古盖有之而秦漢以來其
文辤不少槩見星陵子生乎數 〔辤‥「辭」の異体〕
千載之後研精覃思之所得開 〔槩‥「概」の異体〕
水腫刺鍼之法於我東方葢考
諸靈樞者也其切不亦偉乎其
効驗則豚児甞病水腫唯一鍼
二オモテ 423
突然水出快然病減未再閲月
而強健如故不亦愉快乎其門
人記其所見以著此書請予題
其後予以受星陵子之賜不可
辤焉因題數行其後爾
享和癸亥秋
二ウラ
藤利貞撰
〔印形黒字「利/貞」「名/能」〕
【訓み下し】
水腫刺鍼法の跋
凡そ事の難は、手に之を操り、足に之を蹈(ふ)むの難に非ざるなり。又た心、之を知り、口、之を説くの難に非ざるなり。又た之を手に得て、之を心に應ずるの難に非ざるなり。凡そ事の難は當今の絶滅する者を興して諸(これ)を千古の上に復するに在り。腫脹の刺
一ウラ
鍼に用いるは、上古蓋し之れ有り。而して秦漢以來、其の文辭少なく概ね見えず。星陵子、數千載の後に生まれ、研精覃思の得る所、水腫刺鍼の法を我が東方に開く。蓋し諸(これ)を靈樞に考うる者なり。其れ切に亦た偉なるかな。其の效驗は則ち豚兒嘗て水腫を病み、唯だ一鍼もて
二オモテ
突然として水出で、快然として病い減じ、未だ再びせず。月を閲して強健なること故(もと)の如し、亦た愉快ならずや。其の門人、其の見る所を記し、以て此の書を著す。予に其の後に題するを請う。予、星陵子の賜を受くるを以て、辭す可からず。因って數行を其の後に題するのみ。
享和癸亥の秋
二ウラ
藤利貞撰す
【注釋】
○得之手應之心‥『莊子』天道。3-3 鍼科發揮の注を参照。 一ウラ ○研精覃思‥綿密に研究し、深く考究する。 ○東方‥日本。 ○豚児‥自分の子どもの謙遜語。 二オモテ ○閲月‥一月経過する。 ○享和癸亥‥享和三(一八〇三)年。 二ウラ ○藤利貞‥名は能。
水腫刺鍼法の跋
凡そ事の難は、手に之を操り、足に之を蹈(ふ)むの難に非ざるなり。
【意訳】なんであれ,物事の難しさは,手で操り足で踏むという動作の難しさにあるのではない。
又た心、之を知り、口、之を説くの難に非ざるなり。
【意訳】また,心でそれを理解しながら,それを口で説明するという難しさにあるのではない。
又た之を手に得て、之を心に應ずるの難に非ざるなり。
【意訳】また,手応えを得ていながら,これを心で納得するという熟練の技の難しさにあるのではない。
凡そ事の難は當今の絶滅する者を興して諸(これ)を千古の上に復するに在り。
【意訳】なんであれ,物事の難しさは,現在絶滅しているものをはるか昔の理想的な状態に戻して,永遠に価値あるものとして復興することにある。
腫脹の刺鍼に用いるは、上古蓋し之れ有り。而して秦漢以來、其の文辭少なく概ね見えず。
【意訳】腫脹の治療に刺鍼を用いることは,上古の時代にはそもそも存在したが,秦漢時代以来,それを記した文献はほとんど見られなくなってしまった。
星陵子、數千載の後に生まれ、研精覃思の得る所、水腫刺鍼の法を我が東方に開く。
【意訳】星陵先生は,その数千年後に生を受けて,綿密に研究し,深く思索を重ねて得た水腫に対する刺鍼法をわが日本において開創した。
蓋し諸(これ)を靈樞に考うる者なり。
【意訳】思うに,この刺鍼法は『霊枢』を深く研究した結果であろう。
其れ切に亦た偉なるかな。
【意訳】要領を得て,またなんと偉大なことではないか。
其の效驗は則ち豚兒嘗て水腫を病み、唯だ一鍼もて突然として水出で、快然として病い減じ、未だ再びせず。月を閲して強健なること故(もと)の如し、亦た愉快ならずや。
【意訳】その効果のほどは,わたくしの息子がかつて水腫を患った際,わずか一鍼を施しただけで,たちまちのうちに水が出て,すっかり病状は軽くなり,再発しなかった。一月ほどで元通りの頑健な体に回復した。なんと喜ばしいことではないか。
其の門人、其の見る所を記し、以て此の書を著す。
【意訳】星陵先生の弟子たち(本書巻頭に「星陵先生口授,門人金井域・山崎適 述」とある)が,その見聞した内容を記録し,本書に著わした。
予に其の後に題するを請う。
【意訳】そしてわたくしは跋文を書くよう求められた。
予、星陵子の賜を受くるを以て、辭す可からず。
【意訳】わたくしは,星陵先生に恩恵を受けている身であるので,辞退することはできない。
因って數行を其の後に題するのみ。
【意訳】そこで数行を本書の後ろに記したのである。
享和癸亥の秋
【意訳】享和三年(1803)の秋
藤利貞撰す
【意訳】藤 利貞 著わす
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