2023年12月25日月曜日

首藤傳明著『やさしい鍼治療 臨床70年。「効く」への道しるべ』

 2024年1月10日 医道の日本社 

目次

初級……16

一,鍼灸医学の特徴……16

二,経脈……18

 気を感じるのは……20

 経脈の流れ……22

  その次は……23

 経穴 ツボ……25

 気血の生成……26

三,五臓 古典鍼灸の内臓……28

 東洋医学に於ける五臓の働き……29

 (一)肝臓……29

 (二)心臓……29

 (三)脾臓……30

 (四)肺臓……31

 (五)腎臓……31

 五神とは……32

 心包の働き……34

四,鍼灸治療の診断……35

 四診……35

 (一)望診……35

 (二)聞診……37

 (三)問診……38

 (四)切診……46

五,診察の要点……55

治療篇……55

 本治法……57

 (一)肝虚証……57

 (二)腎虚証……61

 (三)肺虚証……62

 (四)脾虚証……62

 局所治療……67

 (一)問診……67

 (二)動作……69

 (三)触診……69

 刺鍼……72

 使用鍼の問題……76

中級……78

 一,病因……78

 二その他の刺鍼法……81

  (一)秘鍼法……81

  (二)「名人は左手を使う」刺方……85

 三,症例集……87

 [症例1]月1回の治療……88

 [症例2]腰痛と復溜……91

 [症例3]虚血性腸炎と太白……93

 [症例4]本治法の刺鍼で叫び声……95

 [症例5]妊婦の腰痛……97

 [症例6]頸の激痛……100

 [症例7]新聞に載った患者さん……103

 [症例8]急性膝痛と皮内鍼……108

 [症例9]緑内障と柳谷風池……112

   緑内障と柳谷風池〈その1〉……112

   緑内障と柳谷風池〈その2〉……115

 [症例10]一鍼愁訴をとる 歩行痛……116

 [症例11]座位の腰痛……119

 [症例12]腰部打撲……121

 [症例13]潰瘍性大腸炎……124

 [症例14]顔面部ヘルペス……127

 [症例15]食欲不振……130

 [症例16]高齢者と突発性難聴……134

   高齢でない難聴……137

 [症例17]耳痛……139

 [症例18]季肋部自発痛……146

 [症例19]気分が他所(よそ)に存在(あ)る 移精変気……152

 [症例20]鼠蹊部痛……156

 [症例21]めまい……160

 [症例22]不正出血……162

 [症例23]妊婦の治療……163

 [症例24]首さがり症候群……165

 [症例25]後鼻漏……170

 [症例26]排尿痛……172

 [症例27]顔面神経麻痺2例

 [症例28]顔の激痛……183

 [症例29]目の痛み……188

 [症例30]諸気憤鬱病痿皆属肺金……191

 [症例31]頸の痛み……195

 [症例32]熱いがめまいに効く……198

 [症例33]最近の治験例……204

 [症例34]私の治療例……204

 鍼灸治療銘々……207

上級……236

終わりに……246

2023年10月9日月曜日

張雷 『靈樞』九針十二原 語句校詁05

  以上,本論は出土文献と伝世文献を結びつけ,『靈樞』九針十二原にみえる個々の語句に対して校詁をおこない,以下のように考える。「余子萬民」の「子」は,「字」の通仮字とすべきで,意味は「養」である。「令各有形,先立針經」の「形」は「鍼灸の実践から帰納された理論著作」を指す。「粗守關,上守機」の「關」の本義は「引き金を保護する部品」であり,「機」の本義は「引き金」であり,文中では比喩的として用いられている。「掛以髮」の「掛」は「掛ける」の意味であり,「髮」は「頭髪」を指し,「掛以髮」は「頭髪を使って引っ掛ける」ことを指している。

 また,中国医学文献の語句を校詁する際には,さまざまな方面の資料に適切な注意を払いながらそれを引用することで議論に十分な根拠を持たせることが必要であるとも考える。


  参考文献


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張雷 『靈樞』九針十二原 語句校詁04

 4 「掛以髮」の校詁


 『靈樞』九針十二原:「知機之道者,不可掛以髮。不知機道,扣之不發」。

 この文にも歴代解釈がある。『靈樞』小針解は「不可掛以髮者,言氣易失也,叩之不發者,言不知補瀉之意也。血氣已盡而氣不下也〔〈不可掛以髮〉とは,氣は失い易きを言い,〈叩之不發〉とは,補瀉の意を知らざるを言うなり。血氣 已に盡きて氣 下らざればなり〕」と解釈している。『素問』離合真邪論は「不可挂以髮者,待邪之至時而發針寫矣,若先若後者,血氣已盡,其病不可下,故曰知其可取如發機,不知其取如扣椎,故曰知機道者不可挂以髮,不知機者扣之不發,此之謂也〔〈不可挂以髮〉とは,邪の至る時を待って針を發して寫す,若しくは先んじ若しくは後るる者は,血氣 已に盡き,其の病 下す可からず,故に曰わく,〈其の取る可きを知れば機を發するが如し,其の取るを知らざれば椎を扣(たた)くが如し〉と。故に曰わく,〈機の道を知る者は挂(か)くるに髮を以てす可からず,機を知らざる者は之を扣くも發せず〉とは,此れ之を謂うなり〕」と解釈している。『內經』の解釈に問題はないはずだが,明清医家の見方は大きく異なっている。たとえば馬蒔は,「知機之道者,唯此一氣而已,猶不可掛一髮以間之。故守此氣而勿失也。不知機之道者,雖叩之亦不能發,以其不知虛實,不能補寫,則血氣已盡,而氣故不下耳〔機の道を知る者は,唯だ此れ一氣のみ,猶お一髮以て之を間して掛くる可からず。故に此の氣を守って失うこと勿かれ。機の道を知らざる者は,之を叩くと雖も亦た發すること能わず,其の虛實を知らざるを以て,補寫すること能わず,則ち血氣 已に盡きて,氣 故に下らざるのみ〕」[35]と考えた。張景岳の見方もこれに似ている[36]。張志聰は,つぎのように言う。「靜守於來往之間而補寫之,稍差毫髮之間則失矣。粗工不知機道,叩之不發,補寫失時,則血氣盡傷,而邪氣不下〔靜かに來往の間を守って之を補寫し,稍(すこ)しも毫髮の間を差(たが)えば則ち失す。粗工は機道を知らず,之を叩いて發せず,補寫 時を失すれば,則ち血氣 盡く傷(やぶ)れて,邪氣 下らず〕」[37]。

   明清人の見方は『鍼灸医籍選』の教材に吸収された。例えば呉富東主編『鍼灸医籍選』は 「掛は差である。毫髮の間も差(たが)うべからず,適時に鍼刺の補瀉を行なうべきであることを指している」[24]。常小榮主編『鍼灸医籍選』[25]もこれに従っている。高希言主編の第3版の『鍼灸医籍選』は多少の違いがあるとはいえ,実質的には同じである。第2版の『鍼灸医籍選』では,「掛は,差錯〔間違い,過ち〕。毛ほどの差錯もあってはならない。適時に補瀉を行なうべきことを指す」[42]。第1版[43]と第3版[26] の『鍼灸医籍選』の注釈は同じで,「掛は差である。毫髮の間も差(たが)うべからず,適時に鍼刺の補瀉を行なうべきであることを指している」とある。呉富東の教材に比べて 「補瀉」〔「鍼刺」の誤りか〕の二字が減っている。

 王洪圖・郭靄春・孫國中などの学者も,前人の注解を基礎として,「不可掛以髮」を「不可差之毫髮〔之を毫髮も差(たが)う可からず〕」と解釈し,「叩之不發」を「弩機をかけ止めて発射しない」と解釈し,この句の「發」を「発射する」 [44]と解釈している。しかし,この「掛」を「差」と解する意見については,古今の学者はみな字書や文献による証拠を提出していないので,ひとを納得させるのは難しい。

 姚春鵬は,「不可掛以髮〔簡体字表記:不可挂以发〕」を「矢を弦に強く掛けすぎなければ,かなり容易に矢を発出することができる」[45]の意だとしているが,これは「发」の字の違いに気づかず両者を混同していて,実際上,誤解である。〔繁体字の「髮」と「發」は,簡体字ではともに「发」と書かれる。〕

 人民衛生出版社の明代趙府居敬堂影印本『靈樞』[46]は,二つの「发」字をそれぞれ「髮」と「發」に作る。

 ある学者は「髮」と「發」の違いを認識したうえで,「髮」は「發」の書き誤りであると考え,さらにつぎのように力説している。「もし〈不可掛以髮〉とは,間 髪をいれずという意味だとしたら,いささか牽強付会である」,〈以〉は接続詞であり,その意味は〈而〉と同じである。「掛」字は鏃をかける,矢を弦にかける動作であり,「掛而發」とは,弓を引いて矢を射る準備をし,満を持して発するという意味である[47]。

 本論は,この説には議論の余地があると考える。その原因は『靈樞』の原義を理解していないことである。ここの「掛」は頭髪を使って引き金すなわち懸刀を引っかけることを指しているにちがいない。その後の第一の「发(髪)」は頭髪である。「不可掛以髮」は「不可以髮掛之」,すなわち頭髪を用いて懸刀を引っかけることはできない,と読むべきである。これはなぜか。

 弩は強度がかなり強いので,しばしば「石」で表現された。漢代では1石の弩を引くためには,1石(約30kg)の重さの力が必要であり,常用されたのは4石の弩であり,40石(約1200 kg)の力が必要な弩さえあった,と孫機は指摘している[48]。

 想像すればわかるように,頭髪を使って弩の発射を制御しようとするのは非現実的である。そのため『靈樞』が強調しているのは,鍼刺補瀉の法則を知るのは,弩で矢を発射するのとおなじで,頭髪で懸刀を制御するべきではなく,そんなことをすれば容易に経気が失われる,ということである。

 第二の「发(發)」はまさに「発射」である。『呂氏春秋』察微に「夫弩機差以米則不發〔夫れ弩機 差するに米を以てすれば則ち發せず〕」[49]とある。

 『靈樞』小針解には「扣之」とあり,『素問』離合真邪論には具体的に「錐」となっている。この「錐」字について,ある学者は「楗」が正しく,形が近いための誤字であると考えている[50]。この説にはしたがうべきであるが,補うべきところがある。この字は「鍵」の誤字とすべきである。なぜなら弩は,鍵を用いて弩牙・鉤心・懸刀〔みな弩の部品名〕を内部に組み合わせたものであり,鍵は弁でもある[51]。経文は,経気運行の法則を知らなければ,鍵を扣(たた)いても,弩の発射をつかさどる機関ではないので,発射できない,そのため経気の運行もあやまつことになる。『素問』離合真邪論の「待邪之至時而發鍼寫矣,若先若後者,血氣已盡,其病不可下〔邪の至る時を待って鍼を發して寫す,若しくは先んじ若しくは後るる者は,血氣 已に盡き,其の病 下す可からず〕」は,まさしくこのような二つの情況を高度に要約したものである。一つは「先」である。すなわち「挂以髮」はもともと頭髪を用いて弩を制御することを指し,経気も血気が到来する前に補瀉すれば,先走って時機を失することになる。一つは「後」であり,「扣之不發」を指している。弩を扣いても鍵となる部位である「懸刀」ではないので,たとえとしては,補瀉の時期がすでに来ているのにとらえられず,時機を失することを指している。


2023年10月8日日曜日

張雷 『靈樞』九針十二原 語句校詁03

 3 「關」「機」の校詁


 『靈樞』九針十二原:「粗守關,上守機」。

 ここの「關」について,吳富東主編『針灸醫籍選』の注は,「關:四肢関節の腧穴を指す」,「機:弓弩の機で守気の機を比喩している」[24]という。常小榮主編『針灸醫籍選』[25]はこれに従う。高布言主編の第3版『針灸醫籍選』の「關」字の解釈は,上記の教材を継承している。たとえば,2018年版は「機」字を「経気が至る動静の時機」[26]としている。各版の教材の説明は異なるとはいえ,実際のところ古人によるものである。たとえば,明代の馬蒔は「粗工は則ち徒(いたず)らに四肢の關節を守れども,血氣正邪の往來を知らず。上工は則ち能く其の機を守る,即ち此の氣の往來を知るなり」[35]と解釈している。張介賓は,「〈粗は關を守る〉とは,四肢の關節を守るなり。〈上は機を守る〉とは,氣 至るの動靜を察するなり」[36]という。張志聰は,「〈粗は關を守る〉とは,四肢の關節を守る。〈上は機を守る〉とは,其の空を守って刺すの時に當たって,弩機を發するの速きが如きなり」[37]という。本論は,古代の注釈であれ,今日の教材の説明であれ,いずれも厳密さを欠くと考える。たとえば,「機」字の使用については,古い注釈も現代の説明もみな比喩の一種だと考えているが,「關」字が比喩的用法であるかどうかは指摘していない。黃龍祥はつぎのように指摘している。「『黃帝內經』の経文に描かれている〈機〉と〈關〉の構造的関係から,秦代の弩特有の特徴がはっきりと見いだされる。秦代の弩は非常に巧妙に設計されていた。すなわち「機」 の周りに「關」(また「闌」とも書く)という竹製の囲いが設けられていて,「機」を保護する役割があり,誤発射を防ぐことができた」といい,あわせて「秦兵馬俑1号坑から出土した秦弩復元模式図」を載せていて,図には「機」と「關(闌)」の位置が示されている[38]。本論は,黃氏がいう「機」「關」に対する解釈に同意するが,黃氏は「關」字の語義に関連する文献による根拠を挙げていない。また秦代の弩の絵が挙げられているので,秦弩にのみ「關」という部品があるのだと読者が誤認しやすい。

 「機」を比喩用法とするのは,さかのぼれば,最も早いのは楊上善からだろう。楊上善は『靈樞』小針解を基礎として,さらにその注に対する疏として,小針解篇の「粗守關者,守四支而不知血氣正邪之往來也〔〈粗は關を守る〉とは,四支を守って血氣正邪の往來を知らざるなり〕」に「五藏六府出於四支,粗守四支藏府之輸,不知營衛、正之與邪、往來虛實,故為粗也〔五藏六府は四肢に出づ,粗は四支藏府の輸を守り,營衛と,正の邪と,往來する虛實を知らず,故に粗と為すなり〕」という。「上守機」は『黃帝內經太素』では「工守機」と書かれていて,小針解篇の「工守機者,知守氣也〔〈工は機を守る〉とは,氣を守るを知るなり〕」について,「機,弩牙也,主射之者,守於機也。知司補瀉者,守神氣也〔機とは,弩牙なり,之を射るを主る者は,機を守るなり。補瀉を司る者は,神氣を守るを知るなり〕」[39]という。楊氏の「機」に関する解釈には議論の余地がある。かれは「弩牙〔弦を引っかける爪〕」を「神氣」の比喩として用いているが,「關」が比喩的用法であるかどうかは指摘していない。

 小針解篇の注釈から,この篇の作者は「關」を「四肢」を指していると考えたことがわかる。明清代のひとはさらに進めて,「四肢の関節」と特定した。この篇の作者は「機」は「氣」を指すと考えたが,楊上善はこれを「神氣」,明清のひとは「氣之往來」「氣至之動靜」と考えた。実際のところ,これらの説明はいずれも議論の余地がある。なぜなら「關」と「機」を対として併用する現象は,他の文献にも見られるからである。たとえば,『說苑』談叢に「口者關也,舌者機也。出言不當,四馬不能追也〔口は關なり,舌は機なり。出言 不當なれば,四馬も追うこと能わざるなり〕」 [41]とある。『說苑』と同じ表現は,出土文献にも見られる。たとえば成書がより早い睡虎地秦簡『為吏之道』の簡295・305・315に,「口,關也;舌,幾(機)也。一堵(曙)失言,四馬弗能追也〔口は,關なり。舌は,幾(機)なり。一堵(曙)失言すれば,四馬も追うこと能わざるなり〕」とある。整理小組は「關と機はともに弩の部品の名称である。機は引き金であり,その外側にあって機を保護する部分を關という」 [41]と注する。整理小組の意見は「關」と「機」の意味について確乎たる訓詁であると本論は考える。伝世文献である『說苑』と出土秦簡『為吏之道』は,いずれも「口」は「關」にたとえられ,「舌」は「機」にたとえられていて,不適切な発言をすれば,取り返しのつかない損失をもたらす可能性があることを指摘している。九針十二原篇の「粗守關」の「關」も弩の上にある「機を保護する部分」を指していて,四肢の腧穴をたとえていて,「上守機」の「機」は弩の引き金であって,弩牙〔弦を引っかける爪〕ではなく,神氣を指してたとえている。


張雷 『靈樞』九針十二原 語句校詁02

 2 「形」字の校詁

 『靈樞』九針十二原:「令各有形,先立針經」。

 この中の「形」字について,吳富東主編『鍼灸醫籍選』は,「形は,鍼具の形状を指す」[24]と注している。常小榮主編『鍼灸醫籍選』[25]はこれに従っている。高希言主編の第3版『鍼灸醫籍選』(ここでは2018年版を例とする)もこれに従っている。本論は,これらはみな誤読であると考える。各版の教材では,この箇所の意味を後文の「九針之名,各不同形」の「形」字の影響を受けて,両方の「形」字とも「鍼具の形状」を指していると考えたのかも知れない。実際は「令各有形」の「形」字は,「鍼具の形状」ではなく,この前にある「必明為之法」の「法」と「為之經紀」の「經紀」を指している。「法」と「經紀」が指しているのは,みな「以微針通其經脈,調其血氣,營其逆順出入之會〔微針を以て其の經脈を通じ,其の血氣を調え,其の逆順出入の會を營す〕」という鍼灸臨床実践を総括し,さらに進んで理論にまで高め,形,すなわち文章に形づくることであり,この文ではまず『針經』を編纂することを指している。〔訳注:「文章」,原文は「文字」。単に「もじ」という意味だけではなく,「文章・書籍」の意味でも用いられる。〕

 「形」には「形象」の意味があり,『周易』繫辭に「在天成象,在地成形,變化見矣〔天に在っては象を成し,地に在っては形を成して,變化見(あら)わる〕」[27]とある。『莊子』天地に「泰初有無,無有無名;一之所起,有一而未形。物得以生,謂之德;未形者有分,且然無間,謂之命;留動而生物,物成生理謂之形〔泰初に無有り,有無く名無し。一の起こる所にして,一有れども未だ形あらず。物得て以て生ず,之を德と謂う。未だ形あらざる者に分有り,且つ然も間無し,之を命と謂う。留動して物を生ず,物成って理を生ず,之を形と謂う〕」[28]とある。『靈樞』のこの箇所の「形」は「形象」の意味からさらに引伸して「文章」の意味となった。これは後面の「針經」の成立と一致する。「形」と「針經」とは,実際上,ひとつの論理上の関係がある。すなわち「形」には「針經」が含まれ,「針經」は「形」一部分である。

 これは実際には古代の重要な哲学の思弁問題,すなわち「形名」の弁[29]に関連している。『管子』心術上に「物固有形,形固有名,……故曰聖人〔物に固(もと)より形有り,形に固より名有り,……故に聖人と曰う〕」[30]とある。『淮南子』說山訓に「凡得道者,形不可得而見,名不可得而揚,今汝已有形名矣,何道之所能乎?〔凡そ道を得る者は,形 得て見る可からず,名 得て揚ぐ可からず,今ま汝已に形名 有り,何の道をか之れ能くする所あらんや?〕」[31]とある。先秦時代から漢代にいたる形名の弁の最大となる成果は『釋名』の編纂である。『釋名』の自序に「名號雅俗,各方名殊,……夫名之於實,各有義類,百姓日稱而不知其所以之意,故撰天地、陰陽、四時、邦國、都鄙、車服、喪紀,下及民庶應用之器,論敘指歸,謂之《釋名》,凡二十七篇〔名號の雅俗,各方に名 殊にす,……夫れ名の實に於いて,各々義類有り,百姓 日々に稱えて其の所以(ゆえん)の意を知らず,故に天地・陰陽・四時・邦國・都鄙・車服・喪紀を撰び,下は民庶應用の器に及び,論じて指歸を敘す,之を『釋名』と謂う,凡(すべ)て二十七篇〕」とある。「名」は最終的には「字」「語」の形式で表現される。すなわち鍼灸医学の実践は,文字で構成された理論的な作品として形づくられるのである。

 『靈樞』のここでの 「形」 の使用は,『荘子』の言意の弁と共通するものがあり,抽象的な思考をどのように表現するかという問題にも及んでいる。『莊子』外物に「筌者所以在魚,得魚而忘筌;蹄者所以在兔,得兔而忘蹄;言者所以在意,得意而忘言〔筌なる者は魚に在る所以,魚を得て筌を忘る。蹄なる者は兔に在る所以,兔を得て蹄を忘る。言なる者は意に在る所以,意を得て言を忘る〕」 [28]とある。言語は思考を表現する道具ではあるが,完全に表現することはできず,比喩や象徴や暗示などの方法の助けを借りて,人々の想像や連想を引き出し,人々の生活の中で経験したある種の認識や印象の回想から,多くのさらに豊富で複雑な思考内容を結びつけ,形づくることによって,「言外の意」 [33]を獲得すると荘子は考えている。唐代になって,「言」は「字」に変わり,「意を得て言を忘る」説は,洗練されて司空圖の『二十四詩品』含蓄の「不著一字,盡得風流〔一字も著わさずして,盡(ことごと)く風流を得〕」[34]となった。『靈樞』のここは,まさに『莊子』の「意を得て言を忘れる」過程とは反対に,『靈樞』は普段にまとめられた抽象的思考,すなわち臨床経験(「法」と「經紀」)が形象つまり文字に変えられ,「令各有形〔各々形有らしむ〕」,「針經」は「形」の一部分であるので,「先ず立てる」ことが必要だった。


張雷 『靈樞』九針十二原 語句校詁01

 1 「子」字の校詁


 『靈樞』九針十二原:「黃帝問於岐伯曰:余子萬民,養百姓,而收其租稅」。[1]

『靈樞』九針十二原は中医学の各版企画教材『鍼灸医籍選(読)』にも収録されているが,「子萬民」に対する注解は一つもなく,この語句は理解が容易で,議論も何もないようである。『黄帝內經集解』は「歴代医学家の『內經』論著に関する精華を広く引用」(張孝騫の語)した集大成の著作である[2]が,この本を読んでも古人の論述は見られなかった。古人は論述していないが,現代の学者は多く言及していて,見解はおおかた同じである。「子」は名詞を意動詞〔訳注:名詞・形容詞が賓語(目的語)を取って他動詞として用いられ,主観的な判断・評価をしめす〕として用いられていて,「萬民」は「子」の賓語であり[3],「子萬民」は「万民を以て子と為す」[4-5],「一般大衆を自分の子と同様にみなす」[6],「万民を子とみなす」[7-8]と考えており,各家の説はほぼ一致している。しかし,本論ではこのような「子」を意動詞と見なす説には議論の余地があり,また「子」を「愛」[9]と解釈するのも十分には厳密ではないと考える。

 「子萬民」は『戰國策』齊策の「趙威後問齊使」篇にも見られ,文章は高校の教材に採用され,一部の古文選読の専門書にも収録されている。これらの資料を通覧したところ,「子萬民」に対する解釈は,前述の意見と一致していた。しかしこれに対して異を唱える学者もいる。かれはその他の古籍に見える「子」の用法を整理し,「趙威後問齊使」にある「子萬民」中の「子」は,「慈」の通仮字であって,その意味は「愛する,かわいがる」であり,「子萬民」とはすなわち「愛萬民」であると考えている[10]。本論は,この説には従うべきだと考えるが,依然として議論の余地がある。

 「子」と「字」は通用する。伝世文献では『尚書』益稷に「予弗子〔予 子とせず/わたしは父として可愛がってやりもせず〕」,『列子』說符〔楊朱の誤りか〕に「子產弗字〔子 產れども字(いつくし)まず〕」が見える[11]。出土文献では,『張家山漢簡』二年律令・雜律に「吏六百石以上及宦皇帝,而敢字貸錢財者,免之」とある。張家山漢簡研読班は「字」を「子」と読んでいる[12]〔吏六百石以上及び宦皇帝,敢えて錢財を字貸する(利子をつけて貸す)者,之を免ず〕。「字」には「養」の意味もある。『玉篇』子部に「字,養也」[13]とある。『左傳』昭公十一年の「〔僖子〕宿於薳氏,生懿子及南宮敬叔於泉丘人。其僚無子,使字敬叔〔薳氏に宿り,懿子と南宮敬叔とを泉丘の人に生ませしむ。其の僚 子無かりければ,敬叔を字(やしな)わしむ〕」の杜預注に「字,養也」[14]とある。『漢語大字典』は,この文を引用して,「字」の語釈として「撫育,養育」[15]と注している。黄帝が万民を撫育する例はさらに多い。たとえば,司馬遷『史記』五帝本紀に「軒轅乃修德振兵,治五氣,蓺五種,撫萬民,度四方,教熊羆貔貅貙虎,以與炎帝戰於阪泉之野〔軒轅乃ち德を修め兵を振(ととの)え,五氣を治め,五種を蓺(う)え,萬民を撫で,四方を度(わた)り,熊羆貔貅貙虎を教え,以て炎帝と阪泉の野に戰う〕」 [16]とある。関連する文献としては,皇甫謐『帝王世紀』自皇古至五帝に「及神農氏衰,黃帝修德撫民〔神農氏の衰うるに及んで,黃帝 德を修め民を撫づ〕」(『藝文類聚』卷11と『群書治要』卷11の注の引用では,いずれも「撫」字となっているが,『太平御覽』卷79のみは,「化」に作る [17])。「子」と「撫」はいずれも黄帝の作法を形容していて,『史記』『內經』『帝王世紀』に歴史的な一致がある。

 「子萬民」は後文の「養百姓」 と互いに関連させて理解すべきであると本論は考える。すなわち互文の修辞法である。「撫」と「養」はまた意味も近い。たとえば,『華陽國志』漢中志に「撫其民以致賢人〔其の民を撫で以て賢人を致す〕」とあるが,任乃強は校注で「『漢書』は〈養〉に作る」と指摘している。「互文」とは,「前後の言語単位間で互いに省略されたり補完されたりして,その両者を綜合してはじめて完全な意味を表現できる言語現象」[19]〔精選版 日本国語大辞典:対をなしているような表現で,一方に説くことと他方に説くことが,互いに相通じ,補いあって文意を完成する表現法〕を指す。

 指摘しておく必要があることは,「萬民」とは一般庶民のことではなく,諸侯を指す。李今庸は『孝經』天子章と『禮記』內則の鄭玄注の「天子を兆民と曰い,諸侯を萬民と曰う」にもとづき,ここの「百姓」と「萬民」は対句の関係にある[20]と指摘しているが,まさにその通りである。『靈樞』九針十二原でいう「百姓」とは「百官」を指していて,一般人民大衆のことではない。丹波元簡〔『靈樞識』〕は,「『國語』周語注:〈百姓,百官有世功者〉。又『書』堯典・孔傳:〈百姓,百官〉。」[2]を引用し,「百姓」とはすなわち「百官」であることを指摘している。

 ここでは「百姓」と「萬民」が対となってあげられていて,「子」は「字」として読むべきであり,「字」には「養」の意味がある。本文は「互文」中の「語義が近似する互文」に属す。この二つの文は,「萬民と百姓を撫育する」ことを示している。この言語構造と表現方式は,伝世文献にも類似した記載がある。たとえば,『淮南子』俶眞訓の「今夫積惠重厚,累愛襲恩,以聲華嘔符嫗掩萬民百姓〔今夫(そ)れ惠を積み厚を重ね,愛を累ね恩を襲ねて,聲華(=聲譽榮耀)嘔符(=撫愛)を以て,萬民百姓を嫗掩す〕」に,陳廣中は「嫗掩は,撫育」[21]と訳注をつけている。この「嫗掩」は「子」「養」と意味は同じであり,この例も前文にある「子」字の校詁意見の証拠とすることができる。

 「互文」は『內經』においても常用される手法である。たとえば『素問』上古天真論の「提挈天地,把握陰陽」[22]に,李中梓は「提挈は,把握なり」[23]と注している。『素問』痺論の「五藏有俞,六府有合」 [23]に,高世栻は「但だ六府に俞有るのみならず,五藏にも也(また)俞有り。但だ五藏に合有るのみならず,六府にも也(また)合有り」[23]と指摘している。『內經』のその他の箇所にも互文の手法は多く使われているが,ここでは省略する。

 本論は,『靈樞』九針十二原:「子萬民」の「子」は動詞であるべきで,「撫育」の意味があり,後面の「養百姓」とともに,互文の修辞手法として用いられていると考える。


張雷 『靈樞』九針十二原 語句校詁00

    【要旨】 出土文献と伝世文献を結びつけることによって,『靈樞』九針十二原中の語句について校詁〔訓詁研究〕をおこなった。「余子万民」の中の「子」は,「字」の通仮字であり,「養」の意味であると解釈すべきであると考える。「令各有形,先立針経」の「形」は,「鍼灸実践を帰納した理論著作」を指す。「粗守關,上守機」の中の「關」の本義は「引き金を保護する部品」であり,「機」の本義は「引き金」であって,文中では比喩として用いられている。「掛以髮」中の「掛」は「かける」の意味であり,「髮」は「髪の毛」を指し,「掛以髮」は「髪の毛で引っ掛ける」ことを指している。


    【キーワード】 『靈樞』;簡牘;校詁


 九針十二原篇は,『黃帝內經靈樞』巻1の第一篇の文章であり,文中の語句の解釈については,『靈樞』巻1の「小針解」篇から現代にいたるまで,豊富な成果がある。しかしながら,依然として深く検討するに値するところが数多く残されている。本論はこの篇にある語句の解釈について意見を提出し,専門家の批判に供する。 

2023年9月7日木曜日

和田東郭『蕉窓雑話』序跋 その2跋

 蕉窗雜話跋

先子少時學醫於東郭和田先

生其侍次先生每有說話輒與諸

子筆以記之後會輯成卷名曰

蕉窓雜話其言之於醫治一語金

玉以故為人所竊寫遂以流播

乎世矣先子懼其魯魚誤實荊璧

失真與諸子謀欲請之先生以上

  一オモテ

梓而先生忽易簀遂不能之果爾後

諸子亦繼逝先子每以慨恨戊寅

夏病疔瘡湯藥之間乃取而挍

之又附以一二之言將以上木既愈

而礙乎事務稽留越年則

舊毒復發遂不能起及其辭

世囑予以梓事予不肖斬焉

在衰絰哭擗之中未能奉命

  二オモテ

也今茲除服則急謀剞劂以壽

之于世聊以冀稱遺命懇〻

之萬一云爾

文政辛巳夏六月

      服部主一謹識



  【訓み下し】

『蕉窗雜話』跋

先子 少(わか)き時,醫を東郭和田先生に學ぶ。其の侍次,先生 每(つね)に說話有り。輒(すなわ)ち諸子と筆して以て之を記(しる)す。後に會輯して卷と成し,名づけて『蕉窓雜話』と曰う。其の言の醫治に於けるや,一語 金玉なり。故を以て人の竊(ひそ)かに寫(うつ)す所と為り,遂に以て世に流播す。先子 其の魯魚 實を誤り,荊璧 真を失うを懼れ,諸子と謀って,之を先生に請い,以て

  一オモテ

梓(あずさ)に上(のぼ)さんと欲す。而(しか)れども先生 忽ち簀(すのこ)を易(か)え,遂に之を果たすこと能わず。爾(しか)る後,諸子も亦た繼いで逝く。先子 每(つね)に以て慨恨す。戊寅の夏,疔瘡を病む。湯藥の間,乃ち取って之を挍す。又た附するに一二の言を以てし,將(まさ)に以て木に上(のぼ)さんとす。既に愈ゆるも事務に礙(さえぎ)らる。稽留して年を越し,則ち舊毒 復た發す。遂に起(た)つこと能わず。其の世を辭するに及んで,予に囑するに梓事を以てす。予 不肖,斬焉 衰絰・哭擗の中に在り,未だ命を奉ずること能わず。

  二オモテ

今茲 服を除く。則ち急ぎ剞劂を謀り,以て之を世に壽す。聊(いささ)か以て遺命の懇懇の萬一に稱(かな)わんことを冀(こいねが)う云爾(のみ)。

文政辛巳夏六月

      服部主一 謹んで識(しる)す



  【注釋】

○窗:「窻・窓」の異体字。 ○先子:称亡父。  ○少時:年輕時;年幼時[in the cradle]。 ○侍:伺候。在一旁陪著。敬うべき人のそばに控える。お仕えする。伺候する。 ○次:~の間。~の際。 ○說話:用語言表達意思;發表見解。發言、講話。閑談。話をすること。ものがたること。 ○輒:每、總是。每次 [always]。そのたびに。~のときはいつも。 ○諸子:諸君。多くの人々を親しみや敬意を込めていう語。同等または、それ以下の人々をさしていう。 ○筆:寫作、記述。用筆寫。筆で書くこと。 ○會輯:聚集。/會:集合、聚合。/輯:蒐錄後整理。如:「編輯」。 ○金玉:黃金與珠玉。泛指珍寶。珍重すべきすぐれたもの。【金玉之言】比喻珍貴的勸告或教誨。 ○以故:猶言因此,所以[therefore]。ゆえに。それで。 ○竊:偷偷的。ひそかに。人知れず。 ○流播:流傳。[spread;circulate;hand down] 傳播。広く伝わる。 ○魯魚:“魯”“魚”兩字相混。指抄寫刊印中的文字訛誤。《「魯」と「魚」の字は字体が似ていて誤りやすいところから》まちがいやすい文字。また、文字の誤り。 ○荊璧:即和氏璧。春秋時楚人卞和自楚國山中得一玉璞,獻給楚厲王,經玉工鑑定其為普通的石頭,厲王以卞和撒謊欺騙,乃刖其左腳。後武王即位,卞和再獻,仍視為石頭,卞和又被刖去右足。至文王即位,卞和抱玉石至荊山下大哭三天三夜,文王得知,命玉工加以琢磨,終得一塊寶玉,命名為「和氏璧」。見《韓非子.和氏》。中国の春秋時代、楚の国の卞和(和氏)という人物がある石を見つけ、磨けばとても美しい宝石(璧)になると考えて、王に献上しました。しかし、専門家の鑑定では、それは宝石ではないとのこと。卞和はうそをついたとされ、罰として左足の筋を抜かれてしまいました。次の代の王に献じても結果は同じで、今度は右足の筋を抜かれてしまいます。その次の代の王の時、卞和が泣いているところに、王が通りかかって、その理由を尋ねたところ、「宝石なのにそれが認められず、正直者なのにうそつき呼ばわりされるのが、悲しいのです」という返事。気になった王が試しにその宝石を磨かせてみたところ、美しい宝石になったということです。この宝石は、後に、いくつもの城と交換できるほど価値があるとされたところから、「連城の璧」とも呼ばれるようになりました。 ○失真:與真相不合。失去本意或本來面目[distort;be not true to the original]。 ○上梓:把文字雕刻在版上,即付印。古時以木版印刷,將文字刻於木版上,謂之上梓,亦稱付梓。)《梓(あずさ)(キササゲ)の木を版木に用いたところから》文字などを版木に刻むこと。書物を出版すること。

  一オモテ

○忽:突然 [suddenly]。迅速。にわかであるさま。 ○易簀:更換寢席。簀,華美的竹席。易簀指曾子臨終時,因席褥為季孫所賜,自己未嘗為大夫,而使用大夫所用的席褥,不合禮制,所以命人換席,舉扶更換後,反席未安而死。典出《禮記.檀弓上》。後遂比喻人之將死。《「礼記」檀弓上の、曽子が死に臨んで、季孫から賜った大夫用の簀(すのこ)を、身分不相応のものとして粗末なものに易(か)えたという故事から》学徳の高い人の死、または、死に際をいう語。 ○爾後:從此以後[henceforth;henceforward]。然後。その後。 ○繼:隨後、跟著。つづけて。 ○逝:死亡。多用于對死者的敬意。 ○慨恨:感嘆憤恨。感慨遺憾。残念に思う。 ○疔瘡:毛囊汗腺等處疼痛腫硬的泛稱。中醫指病理變化急驟並有全身症狀的惡性小瘡。隋 巢元方《諸病源候論‧丁瘡候》:「疔瘡者,風邪毒氣於肌肉所生也……初起時突起,如丁蓋,故謂之疔瘡」。[malignant boil;furuncle] 病名。又名疵瘡。因其形小,根深,堅硬如釘狀,故名。多因飲食不節,外感風邪火毒及四時不正之氣而發。 ○湯藥:中醫指用水煎服的藥物。湯液治療。 ○挍:「校」に同じ。比較。校正。 ○礙:阻止。妨害 [prevent;stop]。 ○事務:事情、雜務。要做的或所做的事情。[work]∶指具体的事情。 ○稽留: 耽擱、停留。延遲[delay] 。とどまること。とどこおること。滞留。 ○越年: 年を越すこと。新年を迎えること。年越し。 ○起:復甦、痊癒、好轉。治愈;病愈。[stand up]起床 [get up;get out of bed]。【不起】不起身。久病不癒。【不起之病】不易康復甚或導致死亡的疾病。 ○辭世:去世、死亡。逝世。この世に別れを告げること。死ぬこと。死に臨んで残す言葉。 ○囑:叮嚀、託付。托付 [entrust]。ものを頼む。 ○予:我。同「余」。 ○梓:出版。 ○不肖:子不似父。不賢,無才能。[unworthy]∶品行不好,没有出息。 [Nothing doing]∶謙辭。不才,不賢。取るに足りないこと。未熟で劣ること。また、そのさま。父に、あるいは師に似ないで愚かなこと。自称。わたくし。自分をへりくだっていうのに用いる。 ○斬焉:因喪哀痛貌。《左傳‧昭公十年》:「孤斬焉在衰絰之中」。喪中の悲しみの状態にあるさま。〔左伝、昭十年〕晉の平公卒(しゆつ)す。~既に葬る。諸侯の大夫、因りて新君に見(まみ)えんと欲す。~叔向(しゆくしやう)之れを辭して曰く、大夫の事(弔礼)畢(をは)れり。而して又孤に命ず(謁見を求める)。孤、斬焉、衰絰(さいてつ)(喪服)の中に在り。 ○衰絰:喪服。古人喪服胸前當心處綴有長六寸、廣四寸的麻布,名衰,因名此衣為衰;圍在頭上的散麻繩為首絰,纏在腰間的為腰絰。衰、絰兩者是喪服的主要部分。 ○哭:因傷心或激動而流淚,甚至發出悲聲 [cry;weep;sob]。 ○擗:用手捶拍胸部。《廣韻.入聲.陌韻》:「擗,撫心也。」《孝經.喪親章》:「擗踊哭泣,哀以送之。」 ○奉命:接受尊長或上級的命令。[receive orders;act urder orders;follow the cues of sb.]∶接受命令,遵守命令。貴人から命令をうけたまわること。→受けた命令を実行する。

  二オモテ

○今茲:今年。 ○除服:脫去喪服。謂不再守孝。守孝期滿,脫去喪服。《三國志‧魏志‧武帝紀》:「葬畢,皆除服」。喪服を脱ぐ。 ○剞劂:刻鏤的刀具。雕板;刻印。雕版、刊印。【剞劂氏】指刻板印書的經營人。 ○壽:序文などに「壽諸〔=之乎〕梓」とよく使われる。たとえば,張介賓『景岳全書』卷20に「祈壽諸梓,以為後人之鑑」とある。日本では,田中知箴撰『鍼灸五蘊抄』中村伯綏序に「求壽木」,高田玄達撰『經穴指掌』武田信邦序に「壽之乎梓」,佐藤仲甫撰『灸驗錄』井潛仲龍(井上四明)序に「今欲壽之梓以公於世」とある。壽=長命から引伸して,版木に刻んで長く保存することをいうのであろう。しいて訓ずれば,「ひさしくす,たもつ,きざむ」か。 ○聊:姑且、暫且。略微。かりそめ。とりあえず。少し。わずかばかり。 ○冀:希望,期望 [hope]。 ○稱:適合。 ○遺命:猶遺囑。人死前所遺留下來的遺言或命令。死ぬときにのこした命令。また、臨終に言い付けをのこすこと。 ○懇〻:至誠。誠摯殷切貌。心の込もったさま。 ○萬一:萬分之一[one ten-thousandth]。形容極微小。 ○云爾:語末助詞,表如此而已的意思。常用於句子或文章的末尾,表示結束。

 ○文政辛巳:文政四年(1821)。 ○服部主一:服部流謙の子であろう。


2023年9月6日水曜日

和田東郭『蕉窓雑話』序跋 その1序

 『対訳蕉窓雑話』(福岡・蕉窓雑話を読む会 たにぐち書店 2023/05発売)の購読者から序跋の【訓み下し】について,要望があったため,それにこたえる。


https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000250

京都大学附属図書館富士川文庫(シ/382)

                                                                              

蕉窓雜話序

我邦醫政上古邈矣不可得而詳

焉中葉以來專宗李朱之言陰陽

旺相司天在泉只管推求不敢違其

範其弊多騁空理而失實際雖有

俊傑之士亦未能出其窩窟也然以

其人誠慤慎重失於密而不失於疏

其言傳于今亦多可以為準則者至

  一ウラ

享寶之間豪傑並出始盛唱復古直

求之于漢代一以長沙氏為宗斥宋

元諸家以破其拘惑其績固非不偉

而其持論過高求勝其弊全廢陰

陽六經之說不問虛實不論根因一從

見證以施治亦未免通此而礙彼之

誚也於是古方後世兩派分立彼此

紛〻莫之能折衷及乎吾東郭先生出

  二オモテ

曰聖賢在古用心盡力我儕生千歲

之下讀其書而學其道各法其所善

而闕其所疑則古人孰非吾師傷

寒金匱固我道之詩書然而殘缺不

完宋元方書雖旨趣不同亦孔註鄭

箋所謂夏取時商取輅周冕韶舞採

擇不遺學醫法亦如此而已矣是

以先生施治不必於古亦不拘於今

  二ウラ

自有一種活致而可傳於後世者多

矣當時門人侍函丈以國字錄其說

輯為數卷名曰蕉窓雜話距今

殆將二十年先生已沒錄者亦漸

就木豈得無感舊之情乎是以不顧

其固陋欲挍訂之以公于世久矣今茲

戊寅夏偶嬰疔毒幾死而幸免因謂

此雖瑣言亦先生之遺教今而不謀

  三オモテ

梨棗永將滅蠹塵乃黽勉從事先

以其一卷上于木如其二編三編則

追次續鍥庶幾乎先生之遺澤不

亡而門人之功力亦永存矣

文政紀元戊寅冬至日

     近江  服部流謙謹撰


  【訓み下し】

『蕉窓雜話』序

我が邦の醫政,上古邈(はるか)にして,得て詳らかにす可からず。中葉以來(このかた),專(もっぱ)ら李朱の言を宗(むね)とし,陰陽旺相,司天在泉をば,只管(ひたすら)推求して,敢えて其の範に違(たが)わず。其の弊 空理に騁(は)せて實際を失うこと多し。俊傑の士 有りと雖も,亦た未だ其の窩窟を出づること能わざるなり。然れども其の人 誠愨・慎重を以て,密に失すれども疏に失せず。其の言 今に傳わり,亦た以て準則と為す可き者多し。

  一ウラ

享寶の間に至って,豪傑 並び出でて,始めて盛んに復古を唱う。直(じか)に之を漢代に求め,一に長沙氏を以て宗と為す。宋元の諸家を斥(しりぞ)け,以て其の拘惑を破る。其の績 固(もと)より/固(まこと)に偉ならずんば非ず。而(しか)れども其の持論 高く勝を求むるに過ぐ/高きに過ぎ勝を求む/高く勝を求むるに過(あやまり)あり。其の弊 全く陰陽六經の說を廢し,虛實を問わず,根因を論ぜず,一に見證に從い,以て施治す。亦た未だ此れに通じて彼れを礙(さまた)ぐの誚(そし)りを免かれざるなり。是(こ)こに於いて古方・後世の兩派 分立し,彼れ此れ紛紛として,之を能く折衷すること莫し。吾が東郭先生出づるに及んで,

  二オモテ

曰わく,「聖賢 古(いにしえ)に在り,心を用い力を盡(つ)くす。我が儕(ともがら) 千歲の下に生まれ,其の書を讀んで其の道を學ぶ。各々其の善とする所に法(のっと)りて,其の疑わしき所を闕(か)けば,則ち古人 孰(たれ)か吾が師に非ざらん。『傷寒』『金匱』は,固(もと)より我が道の『詩』『書』なり。然り而(しこう)して殘缺して完(まった)からず。宋元の方書,旨趣 同じからずと雖も,亦た孔註・鄭箋なり。謂う所の夏に時を取り,商に輅を取り,周冕・韶舞,採擇して遺(のこ)さず。醫法を學ぶも,亦た此(か)くの如きのみ」と。是こを以て先生の施治は,必ずしも古(いにしえ)に於いてせず/古(いにしえ)を必とせず,亦た今に拘(こだわ)らず。

  二ウラ

自(おのずか)ら一種の活致 有って,後世に傳う可き者多し。當時の門人 函丈に侍して,國字を以て其の說を錄す。輯して數卷と為し,名づけて『蕉窓雜話』と曰う。今を距つること殆ど將(まさ)に二十年にならんとす。先生 已に沒し,錄する者も亦た漸く木に就く。豈に感舊の情 無きことを得んや。是こを以て其の固陋を顧みず,之を挍訂して,以て世に公(おおやけ)にせんと欲すること久し。今茲 戊寅の夏,偶々疔毒に嬰(かか)り,幾(ほとん)ど死なんとして幸いに免かる。因って謂(おも)えらく,「此れ瑣言と雖も,亦た先生の遺教なり。今にして

  三オモテ

梨棗を謀らずんば,永(とこしえ)に將(まさ)に蠹塵に滅びんとす」と。乃ち黽勉として事に從う。先ず其の一卷を以て,木に上(のぼ)す。其の二編・三編の如きは,則ち次を追って鍥を續ぐ。庶幾(こいねが)わくは,先生の遺澤 亡びずして,門人の功力も亦た永く存せんことを。

文政紀元戊寅 冬至日

     近江  服部流謙 謹しんで撰す


  【注釋】

蕉窓雜話序

 ○我邦:日本。 ○醫政:Medical Administration.医療に関する治政。下文から推測すれば,我が国では,遠い昔は,どのような治療方法(醫政)がおこなわれていたか,ということか。 ○上古:遠古時代。大昔[ancient times] 。 ○邈:久遠、遙遠。年月が長く隔たっているさま。 ○不可得而詳:はるか昔のことで,詳細に知ることができない。/不可得:不可能得到。 ○詳:審察議斷。明白、知道。細述、陳述。 [explain in detail] [know clearly] ○中葉:朝代或世紀的中期[middle period]。なかごろの時代。中期。 ○以來:以後。 ○宗:尊崇、效法 [follow]。根本、主旨。尊敬 [respect]。第一のものとして尊重する。たっとぶ。 ○李朱:金元四大家とされる李杲(東垣)と朱震亨(丹溪)の二人。 ○旺相:陰陽家指得時運。漢.王充《論衡.命祿》:「春夏囚死,秋冬旺相,非能為之也。」/星命家以五行配四季,每季中五行之盛衰以旺、相、休、囚、死表示,如春季是木旺、火相、水休、金囚、土死。凡人之八字中的日干逢旺相的月支為得時,逢囚、死的月支為失時,如日干為木,逢春為旺,逢冬為相,皆屬得時。/また,旺盛、興隆。 ○司天在泉:運気論の術語。司天(一年の前半)と在泉(一年の後半)の運気の情況。『素問』至真要大論(74)を参照。 ○只管:只顧;一直;一味。そのことだけに意を用いるさま。もっぱらそれだけを行うさま。 ひとすじに。いちずに。 ○推求:[inquire into;ascertain] 深入研究。以知道的條件為據,推究、探索未知。 ○不敢:心中怯懦,以致於不能付諸行動。謂沒膽量,沒勇氣。亦表示沒有膽量做某事 [I dare not;how dare I]。 ○範:法式、法則。如:「典範」、「規範」。守るべき規範。手本。模範。 ○弊:害處、毛病[harm]。害。 ○騁:直馳、奔跑。施展、放開。 ○空理:現実とかけ離れた、役に立たない理論。 ○俊傑:風姿瀟灑,才智出眾的人[elite]。才智傑出。 ○士:男子的美稱。知識分子的通称 [intelligentsia]。成人した男子。また、学識・徳行のあるりっぱな男子。 ○窩窟:窠窟。あな。いわや。ほらあな。好ましくないものが、隠れひそんでいる所。 ○誠慤:誠樸;真誠。/慤:「愨」の異体字。誠實、忠厚。つつしむ、まこと。 ○慎重:謹慎認真,不苟且[cautious;prudent;discreet]。注意深くて、軽々しく行動しないこと。 ○疏:粗心、不注意、不細密。粗忽 [neglect;slack;be inattentive]。粗。疎。おろそか。大ざっぱ。 ○準則:法式、標準。所遵循的標準或原則[norm;standard;criterion]。よりどころとすべき規則。 

  一ウラ

 ○享寶之間:貞享(1684年~1688年)。宝永(1704年~1711年)。享保(1716年~1736年)。宝暦(1751年~1764年)。/和田東郭(1742--1803)。名古屋玄医(1628--1696)。後藤艮山(1659--1733)。香川修庵(1683--1755)。山脇東洋(1705--1762)。吉益東洞(1702--1773)。→おそらく享保~宝暦。 ○豪傑:才智出眾的人[person of outstanding talent;hero]。才知・武勇に並み外れてすぐれていて、度胸のある人物。 ○並出:同時出現、同時存在。漢.班固〈公孫弘傳贊〉:「群士慕響,異人並出。」 ○唱:倡導。通「倡」[promote]。人に先立って言う。 ○復古:恢復舊的制度、習俗等[restore ancient ways;return to the ancients]。昔の状態・体制に戻ること。 ○直:不彎曲的。沒有間隔的 [straight]。一直 [directly]。まっすぐ。純粋な、他のものを交えない、の意を表す。 ○一:專注的。專一 [single-minded;concentrated]。もっぱら。ひたすら。 ○長沙氏:張仲景(150年—219年?)。長沙の太守をつとめたという。 ○斥:排除拒絕、摒棄不用 [drive out] [abandon]。如:「排斥」。 ○拘:束縛,限制 [restrain;constrain]。つかまえて自由を奪う。とらえる。かかわる。こだわる。「拘泥」。 ○惑:疑難。懷疑。欺騙。[puzzle;delude;confuse;mislead]。心が何かにとらわれて正しい判断ができなくなる。まどう。まどわす。「惑乱/疑惑」。 ○績:功業、成效 [achievement;merit]。積み重ねた仕事やその結果。「業績・功績」。 ○固:當然、誠然。必,一定 [surely]。確實[certainly]。 ○非不:非常;極其。 ○偉:盛壯、卓越。偉大 [great]。大きくりっぱなこと。すぐれていること。 ○持論:立論,所持理論或主張。提出主張[present an argument]。かねてから主張している自分の意見・説。持説。 ○求勝:爭取勝利。求取勝利。/『春秋存疑錄』四庫提要:是皆務高求勝之過也。 ○陰陽六經:三陰三陽經。 ○根因:根源,緣故。 ○見證:顯明的功效。證明;證據[evidence;clear proof]。 ○礙:限制。阻止。妨害。[prevent;stop]。 ○誚:責備、責怪 [blame;censure]。 ○古方:古医方派。 ○後世:後世方派。 ○紛〻:多而雜亂的樣子。入り乱れてまとまりのないさま。 ○折衷:折中。調和太過與不及,使之得當合理。調和不同意見或爭執。いくつかの異なった考え方のよいところをとり合わせて、一つにまとめ上げること。

  二オモテ

○用心:盡心。使用心力;專心。【用心竭力】竭盡心思、力量。 ○盡力:竭力。竭盡能力。竭盡全力。 ○儕:同輩、同類的人。如:「吾儕」。同類の人々をさしていう語。仲間。 ○千歲:千年。年代久遠。 ○下:在後面的。 ○闕其所疑:【闕疑】有所疑問則暫時擱置,不下斷語。遇有疑惑,暫時空着,不作主觀推測。《論語.為政》:「多聞闕疑,慎言其餘,則寡尤。」劉寶楠『正義』:「其義有未明,未安於心者,闕空之也」。疑わしいものとして、決定を保留しておくこと。 ○古人:古代的人。古時的人。[the ancients;one who has passed away] 泛指前人,以區別於當世的人。昔の世の人。 ○孰:誰。 ○傷寒金匱:『傷寒論』と『金匱要略』。 ○我道:醫道。 ○詩書:《詩經》和《書經》,亦泛指一切經書。詩経と書経。 ○然而:轉折連詞。用在子句頭,表示雖然有前句所敘述的事情,卻亦有末句所表達的狀況、行為等。/表示轉折。連接的兩部分意思相反。猶言如此,不過;如此,但是[yet;however;but]。 ○殘缺不完:殘破,缺損不完整。/殘缺:缺壞而不完整、不完備。缺損。 [incomplete;fragmentary]部分缺如。書物などの、一部分が欠けていて不完全なこと。 ○宋元:中国、北宋・南宋および元代。 ○方書:醫書 [medical book]。 療治の処方を記した書。医書。 ○旨趣:宗旨和意義。大意[purport;objective]。おもむき。内容。 ○不同:不一樣。不相同。不同意。おなじでないこと。異なっていること。 ○孔註鄭箋:(儒学)経書に対する注釈。/孔註:漢・孔安國によるとされる『尚書』に対する傳(注)。あるいは,唐・孔穎達による『周易』『尚書』『毛詩』『禮記』『春秋左傳』に対する正義(注)。/註:用來解釋或說明的文字。「注」におなじ。本文の意味を詳しく説明したり補足したりするために、本文の間に書き込んだり、別の箇所に記したりする文句。/鄭箋:漢・鄭玄による『周禮』『儀禮』『禮記』に対する注(箋)。/『近世漢方医学書集成(15和田東郭一)』の松田邦夫先生の解説に以下の文が引かれている(9頁。出典未調査)。「我曹千歳の下に生れその書を読み,その術を学び,その善に法ってその疑を闢〔石原保秀「和田東郭先生」,『漢方と漢薬』第6巻第20号の引用文は,この序と同じく「闕」に作る。〕くときは,古人いずれか吾が師に非ざる。傷寒金匱はもとより我道の詩書なり,残欠ありといえども,要領備さに存す,歴代の方書はなお鄭訓(後漢の鄭玄の訓詁)朱義(宋の朱熹の釈義)の如し……」とある。 ○所謂夏取時商取輅周冕韶舞:古いか新しいか時代に関係なく,よいものであれば選んで利用する。

    ・『論語』衛靈公:顏淵問為邦。子曰:「行夏之時,乘殷之輅,服周之冕,樂則韶舞……」〔顏淵問怎樣治理國家,孔子說:「用夏朝的曆法,乘商朝的車輛,戴周朝的禮帽,提倡高雅音樂……/Yan Yuan asked how the government of a country should be administered. The Master said, "Follow the seasons of Xia. Ride in the state carriage of Yin. Wear the ceremonial cap of Zhou. Let the music be the Shao with its pantomimes.〕。/夏王朝からは暦を,殷王朝からは車を,周王朝からは礼帽を,舞楽は帝舜の時代のものを採用する。

    ・『論語集注』衛靈公第十五:子曰:「行夏之時〔集注:夏時,謂以斗柄初昏建寅之月為歲首也。天開於子,地闢於丑,人生於寅,故斗柄建此三辰之月,皆可以為歲首。而三代迭用之,夏以寅為人正,商以丑為地正,周以子為天正也。然時以作事,則歲月自當以人為紀。故孔子嘗曰,「吾得夏時焉」而說者以為謂夏小正之屬。蓋取其時之正與其令之善,而於此又以告顏子也。〕,乘殷之輅〔輅,音路,亦作路。商輅,木輅也。輅者,大車之名。古者以木為車而已,至商而有輅之名,蓋始異其制也。周人飾以金玉,則過侈而易敗,不若商輅之樸素渾堅而等威已辨,為質而得其中也。〕,服周之冕〔周冕有五,祭服之冠也。冠上有覆,前後有旒。黃帝以來,蓋已有之,而制度儀等,至周始備。然其為物小,而加於眾體之上,故雖華而不為靡,雖費而不及奢。夫子取之,蓋亦以為文而得其中也。〕,樂則韶舞〔取其盡善盡美。〕。/

    ・韶舞:舜時樂舞名。『論語集解』「韶,舜樂也。盡善盡美,故取之」。

    https://kanbun.info/keibu/rongo1510.html

    

 ○採擇:選取、採納。選用 [to choose and use]。いくつかあるものの中から選んで取り上げること。 ○不遺:不漏。もらさない。 ○是以:所以,表示因果的連詞。因此[consequently;therefore]。それゆえに。 ○不必:不一定、未必。沒有一定。「必」を動詞と解すれば,「古を必とせず/古方を必須のものとは考えない」。

  二ウラ

 ○活致:未詳。臨機応変な道理か。/活:有生命的。生動,不死板。如:「靈活」。不固定的、可移動的。/致:旨趣、意態。事物的道理。 ○函丈:舊時講席間相隔一丈,以容人聽講。【席間函丈】討論、鑽研學問時,保持丈許距離,以便指畫。『禮記』曲禮上:「若非飲食之客,則布席,席間函丈」。鄭玄注:「謂講問之客也。函,猶容也,講問宜相對容丈,足以指畫也」。原謂講學者與聽講者坐席之間相距一丈。後用以指:講學的坐席。師に対して、一丈ほども席の間をおいてすわること。また、その間隔。 ○國字:漢字に対して仮名をいう。和字。また和文,日本語文。漢文に対していう。 ○輯:蒐錄後整理。聚集 [gather;assemble],特指聚集材料編書。材料を集めてまとめる。「輯録/編輯」。 ○為:創制。製作;創作 [make;compose]。「つくる」とも訓ず。 ○蕉窓雜話:本書の序を書いた服部流謙による凡例に,「此書,『蕉窓雜話』と名づくること,固より意義あるにあらず。先生家塾の窓前に芭蕉ありて筆記したる故に名づけしなり」〔カタカナをひらがなに変え,濁点・句読点を打つ。以下おなじ〕とある。/雜話:指胡乱編造的佳人才子的故事。さまざまな事柄をまとまりもなく話すこと。また、その話。 ○漸:慢慢的、逐步的。逐漸 [gradually]。 しだいに。だんだん。 ○就木:入棺木,比喻死亡。[enter the coffin;about to die] 入殮;垂危。棺に入る。死ぬ。服部流謙の凡例に「此書初め伊豫國久保喬德,首としてこれを錄し,同國柁谷守清これに續く。其他諸子の續て錄する者ありと雖も,歳月を歷ること久して,其姓名を遺失し,知ること能はずして喬德・守清の苦心最大なりとす。二子なくんば,此書も亦成ることなからん。但二子不幸にして皆夭し,草稿を改むること能はず。語辭雜駁にして完からず。故に予,二子の志を續ぎ,實に質して刪訂し,且これを補綴す」とある。 ○得無:能不、莫非。表測度語氣的語氣詞。 ○感舊:懷念故舊。住時をなつかしく思い起こす。 ○不顧:不顧慮。指不去計較或無法考慮。ろくに顧慮しないで。 ○其:わたしの。われわれの。 ○固陋:見聞淺陋。[ill-informed and ignorant] 見識淺薄,見聞不廣。見識が狭くてがんこなこと。 ○挍訂:校訂。校正改訂。校勘訂正。/挍:「校」におなじ。比較;估量。 ○今茲:今年。/茲:年、時。《孟子.滕文公下》:「今茲未能,請輕之,以待來年。」 ○戊寅:文政元年(1818)。 ○嬰:遭受;遇 [suffer]。【嬰疾】為疾病所困。 ○疔毒:[furuncle] 症狀發展到很嚴重地步的疔瘡。疔瘡爲病名。出《仙傳外科集驗方》卷六。泛指多種瘡瘍。古無疔字,丁通疔,泛指外科證情較重之多種瘡瘍。 ○幾死:危うく命をおとそうとする。/幾:將近、相去不遠。表示非常接近,相當於「幾乎」、「差不多」[almost;nearly]。 ○幸免:僥幸免除。[escape by sheer luck;have a narrow escape] 僥幸避免某種災禍。 語本《論語‧雍也》:「人之生也直,罔之生也幸而免」。 ○謂:認為、以為。 ○瑣言:瑣碎的言談;閑談。記述逸聞、瑣事的一種文章體裁。 (「瑣」は小さい、細かいの意) ちょっとしたことば。とるに足らないことば。これを和田東郭の『導水瑣言』と解するのは,うがちすぎであろう。 ○遺教:前人所遺留下來的思想、學說、主張等[theory,work and view left over by the dead]。 ○今而:いま,すなわち。 ○不謀:不商量。不求。不籌劃〔企画する.計画する.段取りする〕。/謀:あれこれと手段を講ずる。計画する。

  三オモテ

 ○梨棗:梨子和棗子。舊時雕版印書,用梨木棗木,故稱書版為「梨棗」。[wooden printing blocks (usu.made of pear and date wood)]舊時刻版印書多用梨木或棗木,故以“梨棗”為書版的代稱。 梨(なし)と棗(なつめ)。転じて、梨と棗はともに版木に用いられるところから、版木、また、版木にして出版すること。 ○蠹:蛀蟲。蛀爛、腐蝕。虫が食い破る。むしばむ。衣魚(しみ)の別名。 ○塵:飛揚的細小灰土。汙染。 ○黽勉從事:努力工作。勤勤懇懇。《詩經.小雅.十月之交》:「黽勉從事,不敢告勞。」/黽勉:勉勵、努力。盡力。つとめはげむこと。精を出すこと。/黽:勤勉、努力。 ○從事:行事;辦事 [handle affairs]。參與做(某種事情);致力於(某種事情)[engage;go in for]。處置;處理[deal with]。 ○上于木:図書を版木に彫りつけること。書物を出版すること。上梓(じょうし)。出版。 ○追次:先に行くもののすぐ後を追って続く。後からつぎたすこと。追加。/追:「近」字の可能性もあるが,下文の「近江」の「近」とは異なるとひとまず判断した。 ○鍥:刻。用刀子刻。 ○庶幾:表示希望的語氣詞。心から願うこと。 ○遺澤:遺留給後世的恩惠德澤。留下的德澤。後世まで残る恩沢。 ○功力:效驗。功夫和力量。功徳の力。効験(こうけん)。 ○永存:永遠存在。長存不滅。ながく存在すること。また、ながく保存すること。

 ○文政:1818年から1831年。 ○紀元:年歲的始元。[beginning of an era;epoch] 指紀年的第一年。歴史上の年数を数えるときの基準。また基準となる最初の年。年号を建てること。建元。改元。また、年号。 ○戊寅:1818年。 ○冬至:二十四節氣之一。此時太陽直射南回歸線,所以北半球夜最長,晝最短,南半球則相反。通常落在國曆的十二月二十一、二十二或二十三日。二十四節気の一。太陽の黄経(こうけい)が270度に達する日をいい、太陽暦で12月22日ごろ。太陽の中心が冬至点を通過する。北半球では一年中で昼がいちばん短く、夜がいちばん長くなる日。 ○近江:旧国名の一。現在の滋賀県にあたる。江州(ごうしゅう)。「近江」の文字は浜名湖のある遠江(遠つ淡海)に対して近江(近つ淡海)と称したもの。 ○服部流謙:松田邦夫先生の解説:「泰沖の子であろう」。「和田東郭には男子がなく,門人中の逸材中村哲を養子とし,長女を配して後を嗣がしめた。哲は字を哲郎,通称を泰沖といい,黙所と号した」。 


2023年8月23日水曜日

辻本裕成ら『医談抄』 (伝承文学注釈叢書)三弥井書店,2023年。

 辻本裕成『医談抄』解題:

秦鳴鶴の説話(上古針術実事・五の7。64頁:風眩に苦しんでいた唐の高宗に対して百会・脳戸から刺絡したところ,高宗は「我が眼あきらかになりぬ」と曰った)に関して,

「高宗の頭に鍼を打って血を出すような治療が実際に可能であったとは思えない」(402頁末~)

と述べている。

これに関しては,鍼灸にたずさわっている人たちからは,異論が出ると思うし,鍼灸治療をうけた患者が「眼が明るくなった」という感想を漏らすのは,決して珍しいことではなかろう。


以下,鍼灸関連記事で,ひっかかたところ。


○42頁:『重広補注黄帝内経素問』巻二十五「宝命全形論篇」

○44頁:『重広補注黄帝内経素問』巻二五「宝命全形論篇」:

・「宝命全形論」は,『重広補注黄帝内経素問』の第25の篇名。第8巻にある。『重広補注黄帝内経素問』は24巻本で,25巻はない。

○75頁:六 頂心…頭のいただき。

・穴名をあげれば,百会穴であろう。『鍼灸甲乙經』卷3・第2:百會,在前頂後一寸五分,頂中央旋毛中,陷可容指。『聞見後録』(1157年成書)を撰した邵博(?—1158)は「皆古今方書不著」というが,『太平聖恵方』(992年)には,百会穴の主治に脱肛が挙げられている。『太平聖惠方 』卷第九十九:百會一穴。在前頂後一寸半。頂中心。督脈足太陽之會。主療脱肛。

○77頁下段:王懐院。

・王懐隠の誤り。

○79頁:大意 『明堂経』の名の由来は,黄帝が岐伯に明堂で教えを受けたからである。

・本文にしたがえば,『明堂経』の名の由来は,「黄帝が雷公に明堂で教えを授けたからである」となると思う。

○80頁:『銅人鍼灸経』巻四に「心兪」は「不可灸」との記載がある。

・『銅人腧穴鍼灸図経』と『銅人鍼灸経』は異なる書物であり,ここで『銅人鍼灸経』を引用するのは不適切である。あるいは,『銅人腧穴鍼灸図経』のデータが得られず,『銅人鍼灸経』で代用したか。『銅人腧穴鍼灸図経』の「心腧」に「不可灸」の記載がある。

https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100231700/108?ln=ja の末行から。

・また,『銅人腧穴鍼灸図経』の注釈で,「原刊本は早くに失われ」とのみいい,石刻拓本(宮内庁書陵部・蓬左文庫本等)に言及がないのは不審。

○80頁:閑邪瞶痩(金代)が一一八六年に改編した五巻本『新刊補注銅人腧穴針灸図経』

・清・劉世珩の跋文などによれば,閑邪瞶痩は「鍼灸避忌太一之図」にかかわっているだけで,『新刊補注銅人腧穴針灸図経』の改編者は書軒陳氏とすべきではなかろうか。

○82頁:若し針して灸さず,灸して針せず

・「灸せず」。注釈も「灸さず」となっているが,活用の誤りだと思う。

○86頁:『外台秘要』巻十九「論陰陽表里灸方」

・「表裏」。

○87頁:「徐論」(『外台秘要』に「徐論」として引用があるのはここ一箇所だけで「徐」が誰を指すのかは不明)

・高文鋳によれば,初唐の蘇恭(蘇敬)と同年代の徐思恭。華夏出版社『外台秘要方』外台秘要方叢考,948頁末~。

○87頁:「時剋」は「ちょうどよい時」の意。

・時剋:「時刻」とも表記する。

○90頁:出典・類話 『外台秘要』巻十九「灸脚気穴名」

・86頁において出典・類話を『外台秘要』巻十九「論陰陽表里(まま)灸方」としているのだから,ここも同様にすべきである。なぜなら「徐論」は,「灸脚気穴名」(目次にこの項目なし)の後にあるからである。この90頁の話は,徐論につぐ「蘇恭云」に見える。92頁(本書には言及がないが,唐臨の説)も同じ。全体で調整するのであれば,出典・類話は,『外台秘要』巻十九「論陰陽表裏灸方・灸脚気穴名」とするのがわかりやすいと思う。

○92頁:帰へりて…「却って」の意か。

・『外台秘要方』巻十九「論陰陽表裏灸方・灸脚気穴名」:唐論……當反害人耳。

○94頁:肩隅…穴の一つ。

・現在は,肩髃と表記されるが,引用元の『医説』にかぎらず,『鍼灸資生経』など医書にも「肩隅」という表記が見られる。

○96頁:灸瘡のみだれざるは…かさぶたがとれない時には。

・『鍼灸資生経』巻2・治灸瘡:「下經云:凡著艾得瘡發,所患即瘥。不得瘡發,其疾不愈」。待考。

○104頁:五月五日,日出以前に人形の如(く)なるを採るべしと云(ふ)

・『荊楚歳時記』:五月五日,謂之浴蘭節。四民並蹋百草之戲,採艾以為人。……常以五月五日雞未鳴時採艾。見似人處,攬而取之。用灸有驗。

○109頁:壮数足らざれば厥疾(けつしつ)瘳(い)えず。

○110頁:注釈:厥疾…気が逆上して,四肢の寒冷状態が起こり,意識消失に至ることもあるが,やがては元に復する病症。

・考えすぎでしょう。「厥」は「其」とおなじで,代詞。お灸の壮数が足りない場合,「その」病気は治らない,という意。特定の病症(厥疾)を言っているわけではなく,一般論を述べているのだと思う。『孟子』滕文公上などにも「若藥不瞑眩,厥疾不瘳」とある。参考にしましょう。

○111頁:膏肓の穴………膏肓愈ともいう。

・膏肓兪。

○110頁:易簡方

https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000927

69/90コマ目みぎ。