2024年6月26日水曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』2.1

  2 筋病刺法概説


 『霊枢』経筋篇における十二経筋病候の下では,すべて「痺」で総括される。すなわち経筋病は筋痺に帰属することができるため,楊上善は,「十二經筋感寒濕風三種之氣,所生諸病皆曰筋痹〔十二經筋 寒・濕・風の三種の氣に感じ,生ずる所の諸病を皆な筋痹と曰う〕」(『太素』巻13・経筋)という。筋痺も痺に属するので,経筋病の刺法は実際には筋痺に対する専用刺法と痺証を刺すのに広く用いられる刺法を含む。主なものには内熱刺法・貫刺法・挑刺〔挫刺〕法・募刺法・兪穴刺法・分刺法と,その延長線上にある刺法とがある。

 これらの刺法と筋病の診療理論は有機的なつながりのある全体を構成し,発展の過程で繁栄と衰退をともにする特徴を示した。


 2.1 筋刺の理


 『黄帝内経』で筋刺の理についての論議は『霊枢』経筋篇に集中していて,十二本の経筋の起こる所・結ぶ所・止まる所の走行分布を詳しく記述し,あわせて経筋の機能および経筋の病候〔疾病の徴候症状〕・病因病機〔疾病の発生原因とその機序〕・治則治法〔治療原則と治療法〕を論述している。これが現在言うところの「経筋学説」である。

 十二経筋が「結ぼれる」ところは,筋を診る部位であり,筋病を刺すところでもあるので,筋の「結ぼれる」部位を知ることは,筋病の診断と治療のいずれにもきわめて重要である。

 十二本の「結ぶ」点による経線を明示したつながりがあって,「筋」は古人の目には孤立した一つ一つの「筋」ではなく,一つのまとまりであり,この全体の各部に現われる各種の症状は,いずれも病変した筋の「筋急」「結筋」によるものであり,筋急を解除すればすべての病症は解消できる。

 十二経筋の病候は,主に筋の急(ひきつ)りによる筋に沿った部位の疼痛と機能障害(運動機能障害を主とする),およびいくつかの内部筋膜の攣急によって引き起こされる内臓の病症である。

 経筋病の病因病機および発病の特徴については,『霊枢』経筋篇に,「經筋之病,寒則反折筋急,熱則筋弛縱不收,陰痿不用。陽急則反折,陰急則俯不伸〔經筋の病,寒(ひ)ゆば則ち反折して筋急(ひきつ)り,熱すれば則ち筋 弛縱して收まらず,陰痿して用いられず。陽急(ひきつ)れば則ち反折し,陰急(ひきつ)れば則ち俯して伸びず〕」という総論がある。

 筋病の病因には寒と熱があり,その病は筋の引き攣りと緩みという異なるタイプとして表現されているが,『霊枢』経筋篇で論じられている経筋病候は,寒に中(あ)たって筋が急(ひきつ)る病候を主とし,しかも躯体の筋の急る病症を主とする。これはかなりの程度,当時の筋病診療の水準をあらわしているか,あるいは当時の鍼による筋病治療の応用が反映されているといえよう。

 寒邪によって引き起こされる筋の急(ひきつ)りの具体的な病機については,『素問』気穴論に,「積寒留舍,榮衛不居,卷肉縮筋,肋肘不得伸,內為骨痹,外為不仁,命曰不足,大寒留於溪谷也〔積寒 留舍すれば,榮衛 居らず,肉を卷き筋を縮め,肋肘 伸ばすことを得ず,內に骨痹と為り,外に不仁と為る,命(な)づけて不足と曰う,大寒 溪谷に留まればなり〕」とある。つまり大寒が分肉渓谷の間に留まり,気血がその間を行くことができず,筋が急(ひきつ)るようになるということで,これは痺証の全般的な病因病機と相い通じる。


    風寒濕氣客於外分肉之間,迫切而為沫,沫得寒則聚,聚則排分肉而分裂也,分裂則痛〔風寒濕氣 外の分肉の間に客し,迫切して沫と為る,沫 寒を得れば則ち聚まり,聚まれば則ち分肉を排して分裂するなり,分裂すれば則ち痛む〕。(『靈樞』周痺)

    寒留於分肉之間,聚沫則為痛〔寒 分肉の間に留まり,沫を聚めれば則ち痛みを為す〕。(『靈樞』五癃津液別)

    

 まさにこの痺証の全般的な病機に基づいて,分肉の間を刺す「分刺」法が痺証を治療する一般的な刺法となり,筋病刺法の中でも筋外の分間を刺す多くの定番となる刺法に発展した。

 治則〔治療の原則〕は病因病機〔疾病の発生原因とその機序〕から出て,治法〔治療法〕は治則から出る。筋病の病因病機は寒に中(あ)たって筋が急(ひきつ)ることであるのが知られているので,その全般的な治則治法は,以下のごとくである。すなわち,刺寒痹者內熱,熨而通之,引而行之,治在燔鍼劫刺,以知為數,以痛為輸〔寒痹を刺す者は熱を內(い)れ(『霊枢』寿夭剛柔),熨して之を通じ,引いて之を行かしめ(『霊枢』周痺),治は燔鍼もて劫刺するに在り,知るを以て數と為し,痛むを以て輸と為す〕である。

 この全般的な治則治法については,『黄帝内経』の他篇でもあちこちで論述されている。


    病生於筋,治之以熨引〔病 筋に生ずれば,之を治するに熨引を以てす〕。(『靈樞』九針論)

    病在筋,調之筋,燔鍼劫刺其下及與急者〔病 筋に在れば,之を筋に調え,燔鍼もて其の下及び急(ひきつ)る者とを劫刺す〕。(『太素』卷24・虛實所生)

    焠刺者,刺燔鍼則取痹也〔焠刺なる者は,燔鍼を刺して則ち痹を取るなり〕。(『靈樞』官針)


 これらの一貫した経文から明らかに分かることは,「熨」「燔鍼」による内熱法と「引」法は,痺証を治療する通常の治法であり,あるいは標準的な治法と称されるということである。鍼灸によって痺を治療することを専門に論じている『霊枢』周痺は,「衆痺」の鍼刺治療の原則を論じて,「熨而通之,其瘛堅,轉引而行之〔熨して之を通じ,其の瘛堅は,轉引して之を行かしむ〕」という。これは,「病生於筋,治之以熨引〔病 筋に生ずれば,之を治するに熨引を以てす〕」という治則をさらにすすめた解釈である。『霊枢』寿夭剛柔は,薬熨法による寒痺の治療を論じて,「以熨寒痹所刺之處,令熱入至於病所,寒復炙巾以熨之,三十遍而止。汗出,以巾拭身,亦三十遍而止。起步內中,無見風。每刺必熨,如此病已矣,此所謂內熱也〔以て寒痹の刺す所の處を熨し,熱をして入れて病所に至らしむ,寒(ひ)ゆれば復た巾(きれ)を炙(あぶ)って以て之を熨し,三十遍にして止む。汗出づれば,巾を以て身を拭(ぬぐ)い,亦た三十遍して止む。起(た)って內中を步み,風に見(あ)うこと無かれ。刺す每に必ず熨す,此(か)くの如くすれば病已(い)えん,此れ所謂(いわゆる)內熱(熱を內=納れる)なり〕」という。これは「内熱」法の注解である。

 上述した治則と古典鍼灸の「診-療一体」の理念に基づいて,『霊枢』経筋篇は「筋の急(ひきつ)り」を診察して経筋の病を知り,経筋の病候はすべて筋が急る部位を「燔鍼劫刺」によって治療すれば,筋が柔らかくなり気が順調に流れて効果がある。さらにマッサージやストレッチを組み合わせると,治療効果はより安定する。

 臨床に用いるには,また病により人により,以下の具体的な治療原則も必要である。

 (1)刺布衣者,以火焠之。刺大人者,以藥熨之〔布衣を刺す者は,火を以て之を焠(や)く。大人を刺す者は,藥を以て之を熨す〕。(『靈樞』壽天剛柔)

 (2)焠刺者,刺寒急也,熱則筋縱不收,無用燔鍼〔焠刺なる者は,寒急を刺すなり,熱あれば則ち筋縱(ゆる)んで收まらず,燔鍼を用いること無かれ〕。(『靈樞』經筋)

 以上の二つの治則は,中国医学が持つ鍼灸診療の弁証施治と,人によって最適なことが異なるという特徴を体現している。熱証に燔鍼は使用せず,熱熨と灸法も禁止されている。

 (3)轉筋於陽治其陽,轉筋於陰治其陰,皆卒(焠)刺之〔陽に轉筋すれば其の陽を治し,陰に轉筋すれば其の陰を治し,皆に之を卒(焠)刺す〕。(『靈樞』四時氣)

 (4)轉筋者,立而取之,可令遂已。痿厥者,張而刺之,可令立快也〔轉筋する者は,立たせて之を取り,遂に已(や)ましむ可し。痿厥する者は,張って之を刺し,立ちどころに快からしむ可し〕。(『靈樞』本輸》)

 (5)傷於熱則縱挺不收,治在行水清陰氣〔熱に傷らるれば則ち縱挺して收まらず,治は水を行(めぐ)らせて陰氣を清むるに在り〕。(『靈樞』經筋)

 これは宗筋がゆるむことによる陰挺不収〔子宮脱など〕に対する治則であり,具体的な定番の刺法の規範「去爪(瓜)法」は『霊枢』刺節真邪に見える。

 (6)其為腫者,復而銳(兌)之〔其の腫を為す者は,復(ふたた)びして之を銳(兌)す〕。(『靈樞』經筋)〔『太素』は「傷而兌之」に作る。〕  

 これは『霊枢』四時気の腫を刺す法と『霊枢』官針の痛痺を刺す「報刺」法とも継承関係があり,後世の「結筋」を刺す貫刺法の操作もこれと同じである。

 (7)在內者熨引飲藥〔內に在る者は熨引して藥を飲ましむ〕。(『靈樞』經筋)

 募刺法は内筋急を治療するための特効刺法であるが,ここでは「熨引して薬を飲ます」とだけ言って,募刺法については言及していない。このことは経筋篇が脱稿されたときには,募刺法はまだ成熟した段階には達しておらず,十分な臨床応用が得られていなかったことを示唆している。

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