2024年6月26日水曜日

黄龍祥『筋病刺法の進展と経筋学説の盛衰』2.2

  2.2 筋刺の法


 筋痺に専門に用いられる刺法であれ,痺証に広く用いられる刺法の規範であれ,『黄帝内経』においては,刺法の規範はみな『霊枢』官針に系統的に論述されているので,筋病の刺法を研究するには,まず官針篇を通読しなければならない。

 特に指摘しなければならないのは,『黄帝内経』の作者が『霊枢』官針篇を編集した時に,当時伝存していた漢以前の刺法の起源と発展を鑑別することを怠り,別の時期のものや異なる医家がまとめた刺法の基準を編集した際,同じ刺法にもかかわらず,別のものとして異なる術語によって分類したことである。たとえば,篇末には五種類の刺法が掲載されているが,それ以前の定番の刺法と重複しており,刺法の名称が異なるだけである。いわゆる「半刺」は九変刺の「毛刺」であり,「豹文刺」は九変刺の「経刺」「絡刺」であり,「関刺」は十二節刺の「恢刺」であり,「合刺」(伝世本『霊枢』は誤って「合谷刺」に作る。いま『太素』に従って「合刺」とする)は九変刺の「分刺」であり,「輸刺」は十二節刺の「短刺」「輸刺」である [7]254-256。

    [7] 黄龙祥.中国古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2019.〔『大綱』255~256頁に表8「≪官針篇≫刺法の理論および技術帰属」がある。〕

 『霊枢』官針篇の性質を明らかにし,篇に記載された各刺法基準の関係を整理した。その中で筋病を刺す定番の刺法は以下の通りであることが確認できる。

   (1) 焠刺。これは寒痺治療でひろく用いられる刺法である。『霊枢』経筋篇では寒が原因の筋の急(ひきつ)りによる筋痺の治療に専用される刺法として用いられる。「燔鍼劫刺」といい,内熱刺法に属する。

 (2)報刺。報刺は,「刺痛無常處也,上下行者,直內無拔鍼,以左手隨病所按之,乃出鍼,復刺之也〔痛みに常の處無きを刺すなり,上下に行く者は,直に內(い)れて鍼を拔くこと無く,左手を以て病所に隨って之を按(お)し,乃ち鍼を出だし,復た之を刺すなり〕」。これは,分刺法の臨床応用の一つの術式とみなすこともできる。「凡痹往來行無常處者,在分肉間痛而刺之〔凡そ痹の往來して行くこと常の處無き者,分肉の間に在って痛まば而(すなわ)ち之を刺す〕」(『素問』繆刺論)。

 (3)恢刺。「関刺」ともいう。筋痺専用の刺法であり,挑刺〔挫刺〕法の類に属す。

 (4)分刺。痺証で広く用いられる刺法であり,当然ながら筋痺も治療する。『黄帝内経』刺法の基準で,臨床応用篇である『素問』長刺節論は鍼で筋痺を治療するが,まさに「分肉の間を刺す」。

 『黄帝内経』でいう「筋」とは,筋肉とその付着構造(腱/腱膜付着・筋膜・靭帯・関節嚢など)を指すことが知られているので,分肉の間(深筋膜と浅筋膜の分)を刺す「分刺」法は,間違いなく「筋刺」の類に属する。

 『霊枢』官針篇で皮と肉の間で操作される多くの刺法は,実のところ分刺法から少し変化したものであるので,広義の「分刺」と見なせる。たとえば,分肉の間に少し浅めに斜刺することを「浮刺」といい,肌が急(ひきつ)り寒(ひ)える者を治す。より浅いものは「直鍼刺」といい,寒気の浅い者を治す。分刺に左右に向けて刺すのを加えたものを「合刺」といい,肌痺を刺す。分刺に複数の鍼刺を加えたもの,二本の鍼のものを「傍鍼刺」,三本の鍼のものを「斉刺」,四本の鍼のものを「揚刺」(また「陽刺」とも)といい,痺の大小・新旧の違いに応じる。

 現在の学界の観点に従うならば,筋の外を刺す「恢刺」(「関刺」)を筋刺のシンボル的な刺法とすれば,皮と肉の分の広義の「分刺」法も筋病刺法に帰属させることができる。

 (5)輸刺。経脈の五輸穴と絡兪を刺す。筋と脈とは密接に関連しているため,脈の虚実に基づいて脈兪を調整することも筋病を治療する重要な方法である。まさに経筋篇において楊上善が注してつぎのように言うとおりである。「『明堂』依穴療筋病者,此乃依脈引筋氣也〔『明堂』の穴に依って筋を療する者,此れ乃ち脈に依って筋氣を引くなり〕」(『太素』卷13・經筋)。

  『黄帝明堂経』には,多くの筋急・筋縮急・転筋・筋攣・筋痛・筋痺を主治する経穴が記載されている。手足の太陽経が治する筋病の要穴(表1)から分かるように,経穴が主る病症は『霊枢』経筋篇の経筋病候と合致するし,筋病を治する経穴部位は,関連する経筋が「結」する所とも合致する。つまり,「筋急」と筋の「結」との関係は,「応穴」と「経穴」の関係のようなものである。ただ刺法上は「筋急」が経穴上にあるかどうかにかかわらず,「経刺」法ではなく,すべて「筋刺」法を採用しなければならない。


            表1 『黄帝明堂経』 手足の太陽経が治する筋病の要穴の例

 https://blog.sciencenet.cn/blog-279293-1422856.html を参照。

 (6)募刺法。攣急する内臓の肓膜を刺してもよいし,必要に応じて臓腑の募を刺してもよい。筆者はこのような内臓の肓膜と募穴を刺す刺法を「募刺法」と名づけた[7]180-181。

    [7] 黄龙祥.中国古典针灸学大纲[M].北京:人民卫生出版社,2019.

 以上の六種類の筋病刺法のほかに,『霊枢』経筋には,「其為腫者,復而銳(兌)之〔其の腫を為す者は,復(ふたた)びして之を銳(兌)す〕」という腫を刺す刺法にも言及しているが,後世の結絡や結筋を刺す「貫刺法」は,この刺法と相承関係にある。

 以上,七種類の筋刺法には,臨床応用上それぞれの症状に応じた適宜の使い分けがある。



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