むかし,高名な中国文学者が企画し,その弟子筋の高名な中国文学者が翻訳を完成させた『宋史』日本国が,何年かの間をおいて再刊されたそうな。よかったね。
その中の「黄・軒」に注して「古代の聖王」は良いとして,「黄帝や軒轅氏」とは,いかがなものか。黄帝即ち軒轅氏ではなかったか。
さらに,「船火児」に注して「船乗り。火児は不明。あるいは肥後か」には,噴飯である。先生がた,肥後の阿蘇山は御存じらしいが,『水滸伝』はお好きではないらしい。『水滸伝』には,綽号「船火児」の張横なるものが百八人の豪傑の一人として登場する。船頭を「船火児」つまり「船伙児」(伙は仲間)と称することくらいは,中国俗文学ファンなら常識ではないのか。
2010年11月8日月曜日
5-1 鍼學發矇訓
5-1鍼學發矇訓
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『鍼學發矇訓』(シ・四八二)
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』5所収
鍼學發矇訓序
所謂醫者人命之所係而其任重也榮安先生仲
策子者周防防州之産而自弱學于京師博誦醫家
經傳外儒釋之道勉強而探其奥雖平素俚俗之
方言而間有治病之功則以人不廢言也況於業醫
乎於是乎其識甚博其德益厚其業彌顕矣臨
病則温故知新無不取驗其功不可枚舉也先生
嘗謂中古之論醫者唯辨湯液而專内治矣也忘
按術鍼療而疏外治矣也恐近偏枯之意乎哉愚退
省是論宜哉譬如卒倒疝瘕積聚噎膈之類雖
順流氣血而頻補其虚或聚喉嚨而不通或塞肩
ウラ
背而不動或閉京門兩門而不立矣當其時則良
劑奇方無由用焉徒束手而傒死豈足稱醫也乎
苟非九鍼導摩之術則不能也矣若平日以導摩
及木石鍼而非解碎邪骨攻刺痞塞則上仵太痾
何以可起乎於是先生嚮選古今導引集鋟
梓今又選此書命剞劂氏而遍冀行于世敢非延
年益壽之術而已則死生有命桎梏非正命也不
開痞塞不解結滯則急症立到而不救矣先生常
為大患夙夜思之不止庶幾令終其天年矣嗚呼
忠臣孝子不可忘身者親之枝也不敢毀傷孝之
始也夫子之教也聊述其槺概而贊先生之意云爾
二オモテ
正德甲午冬東都睌進醫生順貞田中白圭子
謹序
鍼學發矇訓序
所謂(いわゆる)醫なる者は人命の係る所にして、其の任重し。榮安先生仲
策子は、周防防州の産、而して弱(わか)き自り京師に學び、博く醫家の
經傳を誦し、外に儒釋の道、勉強して其の奥を探る。平素俚俗の
方言と雖も、而して間ま治病の功有らば、則ち以て人、言を廢さざるなり。況んや醫を業するに於いてをや。
是(ここ)に於いて、其の識甚だ博く、其の德益ます厚く、其の業彌いよ顕かなり。
病に臨んで則ち温故知新し、驗を取らざる無く、其の功、枚舉する可からざるなり。先生
嘗て謂えらく、中古の醫を論ずる者は、唯だ湯液を辨じて專ら内治するや、
按術鍼療を忘れて、外治を疏(うと)んずるなり。恐らくは偏枯の意に近きかな。愚、
是の論を退省するに、宜(むべ)なるかな。譬えば卒倒・疝瘕・積聚・噎膈の類の如きは、
順に氣血を流し、而して頻りに其の虚を補うと雖も、或いは喉嚨に聚りて通ぜず、或いは肩
ウラ
背に塞がりて動ぜず、或いは京門兩門を閉ざして立たず。其の時に當っては、則ち良
劑奇方、焉を用いる由無く、徒らに手を束(つか)ねて死を傒(ま)つは、豈に醫と稱するに足らんや。
苟も九鍼導摩の術に非ざれば、則ち能わざるなり。若(も)し平日、導摩
及び木石の鍼を以て、邪骨を解碎し、痞塞を攻刺するに非ざれば、則ち上は太痾に仵(ひと)しく、
何を以てか起こす可けんや。是に於いて先生嚮(さき)に古今導引集を選して
梓に鋟(きざ)み、今又た此の書を選んで、剞劂氏に命じて、而して遍く世に行われんことを冀(こいねが)う。敢えて延
年益壽の術に非ざるのみ。則ち死生、命有り、桎梏は正しき命に非ざるなり。
痞塞を開かず、結滯を解かざれば、則ち急症立ちどころに到りて救えず。先生常に
為に大いに患(うれ)い、夙夜之を思いて止まず。其の天年を終えしめんことを庶幾(こいねが)う。嗚呼、
忠臣孝子、忘る可からず。身なる者は親の枝なり。敢えて毀傷せざるは、孝の
始めなり。夫子の教えなり。聊(いささ)か其の槺概を述べて、先生の意に贊すと爾(しか)云う。
二オモテ
正德甲午冬東都睌進醫生順貞田中白圭子
謹序
【注釋】
○醫者人命之所係: ○榮安先生仲策子:宮脇仲策。養陽子と号す。 ○周防防州:現在の山口県の東南半。 ○京師:首都。京都。 ○平素:平時。 ○俚俗:鄙俗、粗野。 ○博:原文、旁を「專」につくる。 ○温故知新:『論語』為政:「温故而知新、可以為師矣。」かつて学んだことを復習し、新しい知識を増やす。 ○驗:予期した効果。 ○功:成果。成績。 ○疏:原文、偏を「予」に作る。軽視する。いやしむ。 ○偏枯:半身不随の病。引伸して不均衡、失調の意。 ○愚:自分を謙遜していう。 ○退省:反省。 ○噎:原文、偏を「予」に作る。
ウラ
○閉京門兩門:未詳。 ○良劑奇方:すぐれた処方。 ○無由:方法がない。 ○傒:「徯」。待つ。 ○導摩:按摩導引。 ○痾:疾病。仇。 ○起:治療する。 ○嚮:「向」に通ず。 ○古今導引集:大久保道古編・宮脇仲策(養陽子)校。二巻。 ○鋟:彫刻する。 ○剞劂氏:彫り師。「剞劂」は彫刻刀。 ○死生有命:人の生死は天命によって定められている。『論語』顏淵:「死生有命、富貴在天。」 ○桎梏非正命也:『孟子』盡心上:「盡其道而死者、正命也。桎梏死者、非正命也。」何らかの原因により道半ばで死ぬのは正しい天命とはいえない。 ○夙夜:日夜。朝から晩まで。 ○天年:自然の寿命。 ○親之枝:我が身は親の枝である。『禮記』哀公問:「身也者、親之枝也、敢不敬與。不能敬其身、是傷其親。傷其親、是傷其本。傷其本、枝從而亡。」 ○不敢毀傷孝之始也:『孝經』:「孔子謂曾子曰:身體髮膚、受之父母。不敢毀傷、孝之始也。」 ○夫子:孔子。 ○槺概:梗概。大要。あらまし。 ○云爾:語末の助詞。かくいうのみ。
二オモテ
○正德甲午:正徳四年(一七一四)。 ○東都:江戸。 ○睌進:「睌」は「晩」の異体字で、後進の意か。 ○順貞田中白圭子:
以下、ひらがなを補った。
鍼學發矇訓序
恭(うやうや)しく惟(おもんみ)るニ、上古の聖人仰觀俯察シ、五藏六府、精神
氣血、經絡脉筋、骨節髪膚ノ天地同根ナル事ヲ
明辨シ、醫方ヲ作為シ、病殀ヲ救フ、乃ち鍼灸藥按
祝ノ諸法布(の)べテ方策ニ在リ、然るニ後世是ヲ泊どまリ、異
流漸く凋し、正統殆ど缺タリ、啻に偏枝ノミニ執シテ、治功
不完(完からず)、其の術ト言語ト常ニ反ス、徒(いたず)らニ文字ヲ以テ學
文トシ、其の精微ヲ察シ、要奥ニ至ル者、殆ど希ナリ、余、
短陋ナリト雖も、倭醫ノ傳來セル父祖ノ遺訓、彛(つね)に用い
テ驗アルヲ摭(ひろ)ヒ、俗字ヲ以て是ヲ綴リ、聊か童稚ニ便ス、
刊定ノ如きハ後ノ君子ヲ傒(ま)つ、庶幾(こいねが)わくは初めて學門ニ入るノ一
ウラ
助ナラン
正德甲午春防州遊客法橋養陽子仲策武
江普濟堂ニ毫ヲ染むル者也
【注釋】
○祝:祈祷。 ○泊:停滞。 ○武江:江戸。
以下、『鍼治口訣鈔』を参照して、一部漢文の語順のところを読み下す。カタカナは原文のまま。「〆」は「シテ」を表す符号の代用。
當流鍼傳道統
(『口訣』有「野州」)足利田代氏三歸回翁ト云(いえ)ル人、大明ニ入(いり)テ、鍼
法ヲ徐氏ニ學フ、歸朝〆同氏助心ニ傳フ、西海藝
州ヘ來リ、大江ノ元清、一万石ヲ與フ、余カ父、海月翁
正純、其の傳を得て、愚家に及べり、然る後に經絡藏象ハ椎橋
ウラ
紹伴ニ學フ、先生十八歳より、此の道を志し、至って深シ、八十餘歳に至り、
專ら苦勤して一日も怠らず、詳らかに奥妙を得て、銅人藏形を作る、
特(ひと)り古人を超越する也、滑伯仁の後、一人たる耳(のみ)、朝鮮國の、咸
主朴別將(『口訣』作「公感主・利別將」)兩氏ノ經穴刺法を、對州の醫士、端倉求
安ニ學フ、先生は、主命を蒙り、朝鮮國に至って、傳授シ、且つ
此の兩醫ヲ對州ヘ招請しテ來レリト、運氣刺法ハ洛陽
延命院天眞ニ學フ、大明國澄相公(『口訣』作「大清國澄清公」)ノ導引按術、
肥州の大久保氏道古(『口訣』有「享伯」)ニ學フ、其の餘、諸家ノ傳來ヲ
精要撰集〆、此の書ヲ著スノミ
寳暦十二壬午五月廿五日寫畢
2010年11月6日土曜日
4-2 艾灸通説
4-2 艾灸通説
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『艾灸通説』
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』4所収
刻艾灸通説序
通説何也。欲該詳其事
也。蓋灼艾之於病患。不
待己之一舉策。而吾門微
意之所存也。先君子之勤。
一ウラ
不亦宜乎。手澤遺貽。幸
免朽蠹之災。猶為帷
帳之留物。獨恨鉛槧
屢改。殺青未卒也。有客
告曰。先生嘗云。加我數
二オモテ
年。將以上梓。既而先生
易簀。今惟子之任耳。
退而檢其書。三四之屬
草。或點鼠亂行。或
句讀難倫。一無足取。又
二ウラ
奔信于四方之門人。購
求其善本。亦不可就正。
因考吾所藏秘。蓋晩
後之筆削也。奈何吾
黨小子。移寫轉訛。市乕
三オモテ
毎傳。往ヽ致失眞。今茲
乃刊諸家塾。以示四方同
志也。抑令子弟百世。以
繼其志。以傳于不朽邪。
穆叔有言。曰。雖久不
三ウラ
廢。此之謂不朽。孤有望焉。
寶暦壬午之春
子敏謹識
【書き下し】
刻艾灸通説序
通説とは何ぞや。其の事を該(ことごと)く詳しくせんと欲するなり。
蓋し灼艾の病患に於いて、
己の一舉策を待たず。而して吾が門、微
意の存する所なり。先君子の勤めたるは、
一ウラ
亦た宜ならずや。手澤遺貽、幸いに
朽蠹の災いを免かれ、猶お帷
帳の留物と為す。獨り鉛槧
屢しば改め、殺青未だ卒(お)えざるを恨むのみ。客有り、
告げて曰く、「先生嘗て云う、『我が數
二オモテ
年を加えて、將に以て梓に上(のぼ)せんとす』、と。既にして先生
簀を易う。今は惟だ子の任のみ」と。
退きて其の書を檢するに、三四の屬
草、或いは點鼠、行を亂し、或いは
句讀、倫し難しく、一として取るに足る無し。又た
二ウラ
信を四方の門人に奔(はし)らせ、
其の善本を購求するも、亦た正に就く可からず。
因りて考うるに吾が藏秘する所は、蓋し晩
後の筆削なり。奈何ぞ吾が
黨の小子、移寫して轉(うた)た訛し、市虎
三オモテ
毎(つね)に傳うれば、往往にして眞を失うを致さん。今茲、
乃ち諸(これ)を家塾に刊し、以て四方の同
志に示すなり。抑(ここ)に子弟百世をして、以て
其の志を繼がしめ、以て不朽に傳えんか。
穆叔に言有り、曰く、「久しと雖も
三ウラ
廢さず、此れを之れ不朽と謂う」、と。孤に望み有り。
寶暦壬午の春
子敏謹みて識(しる)す
【注釋】
○該詳:あまねくつまびらかにする。 ○灼艾:もぐさを燃やす。 ○病患:疾病。 ○舉策:行為。計画。 ○門:流派。学派。 ○微意:わずかな心遣い。謙遜語。 ○先君子:自分の亡くなった父をいう。/先:今は亡き。尊敬語。 ○勤:(ひとのために)力をつくす。
一ウラ
○宜:事宜を得る。当然である。適当である。 ○手澤:先人が遺した書付。 ○遺貽:のこる。遺されたもの。 ○朽蠹:腐蝕虫食い。 ○帷帳:カーテン。ここでは寝室や箪笥をいうか。後藤徽序に「稿帳」という語があり、それから察すれば布製の収納用品か。 ○獨:不満の意をあらわす。 ○鉛槧:ノートの記載、文章。筆記用具(鉛筆と木板)の意の引伸。 ○殺青:書籍の定稿、あるいは著作の完成。古く竹簡を作成する際、竹を火で炙って水分を抜き、青皮をはぎ、虫食いを防止した。この過程を殺青という。
二オモテ
○上梓:版面に文字を刻む。印刷する。 ○既而:そうこうしているうちに。まもなく。 ○易簀:臨終。孔子の門人、曾参が臨終の時、季孫から賜った席褥を礼制に合わず、身分不相応として、取り換えさせた故事による。 ○子:あなた。 ○任:職責。 ○三四:再三再四。数の少ない。 ○屬草:屬草稿。起草した文。 ○點鼠亂行:未詳。小ネズミの被害をいうか?あるいは、判読に誤りがあるか。 ○句讀難倫:句読点の打ち方に従えない、ということか。
二ウラ
○信:書簡。 ○善本:版本学における最も理想的な本。時代が最も古い、印刷が素晴らしい、すぐれた鈔本など。 ○就正:ひとに教えを請い、誤りを正す。文章の批判を求めるときに用いる語。『論語』學而:「就有道而正焉、可謂好學也已(有道に就きて正す、學を好むと謂う可きなり)。」 ○藏秘:秘蔵。 ○筆削:著述。 ○黨:志を同じくする仲間。 ○小子:後輩。 ○轉:ますます。 ○市乕:市虎(乕は「虎」の異体字)。無いものを有るとする、人を惑わす流言蜚語。「三人成市虎」。事実無根でも多くのひとが同じこと(市に虎がいる)を言えば事実とされる。
三オモテ
○今茲:いま。ことし。 ○百世:百代。『孟子』盡心下:「聖人、百世之師也。」 ○穆叔:叔孫豹。春秋時代、魯の大夫。諡は穆子。『左傳』襄公二十四年「穆叔曰……大上有立德、其次有立功、其次有立言。雖久不廢、此之謂不朽/徳を立てるのが最高であり、功を立てるのはその次であり、言を立てるのはまたその次である。いつまでも廃れさせないこと、これを(三つの)不朽という」。
三ウラ
○孤:早く親に死なれた子。 ○寶暦壬午:宝暦十二(一七六二)年。 ○敏:さとし。後藤椿庵の子、暮庵(一七三六~八八)。〔『日本漢方典籍辞典』〕
●は不読字をしめす。
(後藤徽序)
夫灸藥於疾病也是逐邪瘳痼之備固不
可執一焉猶弓弩戈矛雲梯衝車左右揮
之而治攻城野戰各可以建奇勲●●灸
其可藥者藥其可灸者乃不敗績者鮮焉
徃昔先子艮山唱古醫方也其於艾灸實
剏一家言是以艾灸之術無有餘蘊矣竊
觀世醫以艾灸置之度外甲畏乙惡或目
一ウラ
不識一丁託夢想神傳妄灸欺人故灸其
不可灸者不灸其可灸者滔々皆是焉吁
艾灸之術殆漓耶於是乎先君子在日嘗
刻艾灸通説于家塾以公於世矣偶羅天
明戊申回録之災而燬也荏苒二十年余
髪已種々墜先君子之遺緒是懼頃日校
一家稿帳中遺稿等書陸續將繡梨棗以
二ウラ
艾灸功於治術先再刻此書爲之前茅若
其湯液之説則竢嗣刻諸書之後勁云
文化戊辰仲冬下浣
栗葊 後藤徽 謹識
(後藤徽序)
夫れ灸藥の疾病に於けるや、是れ邪を逐い痼を瘳(いや)すの備え、固(もと)より
一に執る可からざること、猶お弓弩・戈矛・雲梯・衝車、左右之を揮って
攻城野戰を治むるがごとし。各おの以て奇勲●●を建つ可し。
其の藥す可き者に灸し、其の灸す可き者に藥すれば、乃ち敗績せざる者は鮮(すく)なし。
徃昔、先子艮山、古醫方を唱うるなり。其れ艾灸に於いて實に
一家言を剏(はじ)む。是(ここ)を以て艾灸の術、餘蘊有ること無し。竊かに
世醫を觀れば、艾灸を以て、之を度外に置き、甲は畏れ乙は惡む。或いは目に
一ウラ
一丁を識らず、夢想・神傳に託して妄りに灸し人を欺く。故に其の
灸す可からざる者に灸し、其の灸す可き者に灸せず。滔々として皆な是れ、焉んぞ
艾灸の術、殆ど漓(うす)きを吁(なげ)かんや。是(ここ)に於いて先君子、在りし日嘗て
艾灸通説を家塾に刻して、以て世に公けにす。偶たま天
明戊申回録〔禄〕の災いに羅〔罹(か)〕かりて燬(や)く。荏苒として二十年。余が
髪已に種々として墜(お)つ。先君子の遺緒、是れ懼る。頃日、
一家の稿帳中の遺稿等を校し、書、陸續として將に梨棗を繡せんとす。
二ウラ
艾灸の功を以て治術に於いて先とす。再び此の書を刻し、之を前茅と爲す。
其の湯液の説の若きは、則ち嗣(つ)ぎて刻する諸書の後勁を竢(ま)つと云う。
文化戊辰仲冬下浣
栗葊 後藤徽 謹しみて識す
【注釋】
○痼:痼疾。根深く固い、難治のやまい。 ○執一:一端に固執する。 ○弓弩:弓と弩(機械で発射するゆみ)。 ○戈矛:武器の名。戈は長柄で横に刃があり平頭のほこ。矛は長柄で、鋭い刃を持つ直刺用のやり。 ○雲梯:城攻めのための機械。極めて高いので「雲梯(雲へのはしご)」という。 ○衝車:戦車。城に衝突させて破るために用いる。 ○敗績:戦に負ける。 ○先子:亡父。ここでは広く先祖。 ○艮山:後藤艮山(一六五九~一七三三)。 ○世醫:代々医学を業としている者。 ○度外:思慮の外。
一ウラ
○不識一丁:一文字も知らない、学問がないこと。 ○夢想:妄想﹑空想。 ○神傳:かみのお告げ。 ○滔々皆是焉吁艾灸之術殆漓耶:とりあえず、上記の如く、訓む。/滔々:絶えないさま。混乱したさま。 ○先君子:自分の亡き父。 ○在日:健在の時。 ○罹:原文は「羅」に見えるが、意味の上から「罹」とした。 ○天明戊申回録之災:天明八(一七八八)年、旧暦一月三十日に京都で発生した大火。「回録」、正しくは「回禄(火神の名前から、火災の意)」。 ○荏苒:時が徐々に過ぎゆくさま。 ○種々:髪の薄くなるさま。 ○遺緒:死者前人の遺した功績。 ○頃日:近ごろ。 ○陸續:次々に。 ○繡:かざる。ここでは「鐫」の意味であろう。 ○梨棗:印刷出版。かつて梨や棗の木の板を用いたため、このようにいう。
二ウラ
○前茅:斥候。先頭。 ○後勁:軍の後部を守る精鋭部隊。しんがり。 ○云:句末の助詞。無義。 ○文化戊辰:文化五(一八〇八)年。 ○仲冬:旧暦十一月。 ○下浣:下旬。 ○栗葊 後藤徽:暮庵の子か。封面によれば、「中立齋」ともいうか?
2010年11月4日木曜日
4-9 灸焫鹽土傳
4-9 灸焫鹽土傳
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『灸焫鹽土傳』(キ・一一〇)
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』4所収
灸焫鹽土傳序
吾
東方灸焫之未邈矣然皆民俗之所用而 王者敢
不取焉故如延喜式典藥寮則載於湯液鍼行按摩
博士而未立於灸行博士者是也於傳有之云天正
記年 後陽成天皇貴恙今大路典藥老 奉 灸
表 於是時九條殿下中院諸公卿考正舊史始奏
進之自是茲來灸行盛而至今耳嗚呼漢土灸法貴
散見於諸方書不全矣本朝和丹兩大醫所秘灸法
ウラ
或田夫野客所傳間亦流傳於唐山者亦不少不佞
執匙之暇蒐録本邦灸法若干條分為二册子號曰
灸法鹽土傳 吾國玄古彦火々出見命迫於兄
雐命吟海畔時忽逢鹽土老翁得龍都道此乃天助
而後代蒼生傳於大道之來由是也由是為書名然
皇和寶暦八戊寅孟秋望
大彦命八十五世神裔 「裔」は推定。原文は「衣」下「回」。
大邨圭貞厚三宅意安甫 誌
読み下し
吾が
東方、灸焫の未だ邈(はる)かならず。然れども皆な民俗の用いる所なり。而して王者は敢えて
焉(これ)を取らず。故に延喜式の典藥寮の如きは、則ち湯液鍼行按摩
博士を載せて、而して未だ灸行博士なる者を立てざるは是れなり。傳に於いて之有りて云う、天正
記年 後陽成天皇に貴恙し、今大路典藥老 灸を奉じて
表す。 是の時に於いて九條殿下、中の院、諸公卿、舊史を考正して、始めて奏して
之を進(たてまつ)る。是茲(このとし)自り來(このかた)、灸行盛んにして今に至るのみ。嗚呼、漢土の灸法貴くして
諸もろの方書に散見するも全からず。本朝和丹の兩大醫、秘する所の灸法、
ウラ
或いは田夫野客の傳うる所、間ま亦た唐山より流傳する者、亦た少なからず。不佞、
匙を執るの暇、本邦の灸法を蒐録すること若干條、分けて二册子と為し、號して曰く、
灸法鹽土傳。 吾が國玄古、彦火々出見命(ひこほほでのみこと)、兄雐命に迫られ、
海畔に吟(なげ)く時、忽ち鹽土老翁に逢い、龍都の道を得たり。此れ乃ち天の助けなり。
而して後代の蒼生、大道を傳うる來由は、是れなり。是れに由り書名を為すこと然り。
皇和寶暦八戊寅孟秋望
大彦命八十五世神裔
大邨圭貞厚三宅意安甫 誌(しる)す
【注釋】
○吾東方:日本。 ○焫:「爇」に同じ。もやす。火鍼で穴に刺すことも「焫」という。『素問』異法方宜論(12)「藏寒生滿病、其治宜灸焫。故灸焫者、亦從北方來」。 ○邈:久遠、遙遠。 ○延喜式:律令格に対する施行細則を集大成した古代法典の一つ。延喜五年(九〇五)、醍醐天皇に命により編纂を開始したが、完成奏上は延長五年(九二七)。国史大辞典による。 ○典藥寮:令制宮内省の被管で医療を掌る官司。 ○湯液:医博士のことか。 ○天正:元号。一五七三年から一五九三年。 ○記年:紀年。紀元から数えた年数。天正年間。/「年」字、読みに自信なし。 ○後陽成天皇:安土桃山時代から江戸時代初期の第百七代天皇。在位天正十四年(一五八六)~元和三年(一六一七)。 ○貴恙:貴人の病状を伺うことば。 ○今大路典藥老:曲直瀬玄朔(一五四九~一六三一)。 ○奉灸表:曲直瀬玄朔『医学天正記』巻上・欝二十に、今上皇帝(後陽成天皇)に対して「予奏上欲灸膏肓。有詔、摂家名家見尋舊記。九條殿・二條殿・近衛殿御答、雖無舊記、以艾灸本復、奏上之旨分明、可被灸治。一條殿・鷹司殿御答者、無舊記云云、故不能灸」とあり、施灸はされなかったが、下巻・癰疽四十四に「慶長三年之秋、御腦(ママ)之時、予欲灸治。依無其例、不能灸。頃中院入道也足軒觀出舊記、而奏上、依其、今灸腫上。自今已來、可有灸治之勅意也」とある。 ○九條殿下:五摂家のひとつ。九条兼孝(天文二十二年1553~ 寛永十三年1636)か。関白。 ○中院:中院入道也足軒。中院通勝(なかのいん みちかつ、弘治二年1556年~慶長十五年1610)。戦国時代から江戸時代前期にかけての公家・和学者。 ○公卿:「公」と「卿(けい)」の総称。公は太政大臣、左・右大臣、卿は大・中納言、三位以上の朝官および参議。上達部(かんだちめ)。月卿。卿相。くげ。こうけい。 ○茲:年。 ○漢土:唐土。もろこし。 ○貴:ひとまず「貴」と解す。 ○本朝:日本。 ○和丹:典薬頭、和氣と丹波。
ウラ
○田夫野客:農夫や山野に住むひと。ひろく民間のひとをいう。 ○傳間:あるいは「傳聞」か。 ○唐山:唐土。もろこし。から。 ○不佞:才知のないこと。自分をへりくだっていう語。一人称。 ○執匙:医業。 ○玄古:太古。古代。 ○彦火々出見命:ヒコホホデミノミコト。ほおりのみこと(火遠理命)。山幸彦。 ○兄雐命:火照命(ほてりのみこと)/火明命(あみのほあかりのみこと)のことであろう。海幸彦。 ○吟:嘆息する。苦しい時に発する声。 ○海畔:海辺。 ○鹽土老翁:塩椎神(しおつちのかみ)。 ○龍都:竜宮。 ○蒼生:民衆。 ○來由:来歴。ゆえん。 ○皇和:日本。皇(おお)いなる大和。 ○寶暦八戊寅:一七五八年。 ○孟秋:陰暦七月。 ○望:十五日。 ○大彦命:おおびこのみこと。孝元天皇の第一皇子。 ○神裔:後代の子孫。 ○大邨圭貞厚三宅意安:大邨圭、貞厚、三宅意安。「大邨」は「屯倉(みやけ)」に通じ、「大邨圭」は「みやけ」の意か。「貞厚」は名で、「意安」は号か。享保六年(一七二一)生まれ(谷田伸治先生による)。
2010年11月2日火曜日
4-4および5 灸點圖解
4-5 灸點圖解
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『医書九種』(イ・一七九)所収「一本堂灸點圖解」および『香川灸點』(カ・七八)より校合した
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』4所収
題灸點圖解首
夫吾門之施治也灸為最多藥次之湯泉復次之用灸
(カ有「奏」)効驗之夥也舉天下之所知也而其灸(カ有「焉也」)不敢縁古人
之寸法配當隨腹背手足鬱塞痒(カ無「痒」)痛不快處而灸焉也千金
方云呉蜀之國多用此法其將灸也就其病(イ作「痛」)處以指摸索
其穴推而應指頭淵々不中骨不當筋處是屬穴(カ無「推而~屬穴」十七字)
所謂阿是也吾門常々用此法而雖用古名称之與古
人之所説點法不同則名亦不相當今復改名嫌于好事且恐
郢書而諸子之燕説故暫用古名以枉同厥臭焉彼以寸法配
當為則吾以徹穴内透為律若寸法配當不量老弱長短肥瘠
(カ有「倶一」)而施(カ有「之」)膠柱刻舟幾不能無舛差奚不翅不當穴隔骨
ウラ
胃筯徒損好肉何至効驗障壁罵聾亦悖哉夫灸之有効
也徹穴内透煦々(カ無「々」。イ「煦」作「呴」)温々橐籥一身之氣機陽氣運行周(カ作「用」)軀全無
所不至施故元氣内盈腠理外健是乃所以吾門主探穴必要
覺徹于内也矣至其考証審論委曲(カ有「周盡」)既詳
先君所箸(イ作「著」)行餘醫言中故不復贅焉(カ無「贅焉」)
寶暦丙子孟春香川輿司馬筆于平安
一本糞心室南窓
読み下し
題灸點圖解首
夫れ吾が門の治を施すや、灸を最多と為し、藥、之に次ぎ、湯泉復た之に次ぐ。灸を用いて
効驗(を奏する)の夥(おびただ)しきや、舉げて天下の知る所なり。而して其の(焉(これ)に)灸(するや)、敢て古人
の寸法配當に縁らず、腹背手足の鬱塞、(痒)痛、不快なる處に隨いて焉(これ)に灸するなり。千金
方に云う、呉蜀の國多く此の法を用う、と。其の將に灸せんとするや、其の病(一作「痛」)處に就きて指を以て
其の穴を摸索す。(推して指頭に應じ、淵々として骨に中(あ)たらず、筋に當らざる處、是れ穴に屬す。)
所謂(いわゆ)る阿是なり。吾が門は常々此の法を用う。而して古名を用いて之を称すると雖も、古
人の所説と點法同じからず。則ち名も亦た相い當たらず。今復た名を改むれば好事を嫌う。且つ
郢書して諸子の燕説するを恐る。故に暫く古名を用い、以て枉(ま)げて厥(そ)の臭を同じくす。彼は寸法配當を以て
則と為し、吾は徹穴内透を以て律と為す。寸法配當の若きは、老弱・長短・肥瘠を量らず
(、倶に一と)して(之に)施す。膠柱刻舟、幾(ほと)んど舛差無きこと能わず。奚(いず)くんぞ翅(ただ)に穴に當たらざるのみならず、骨に隔たり
ウラ
筋を冒して、徒らに好肉を損じ、何ぞ効驗に至らんや。壁を障(へだ)てて聾を罵しるも、亦た悖(もと)らんや。夫れ灸の効有るや、
穴を徹して内に透し、煦々温々として一身の氣機を橐籥し、陽氣は周軀に運行して、全く
至りて施さざる所無し。故に元氣、内に盈ち、腠理、外に健(たけ)し。是れ乃ち吾が門の穴を探るを主とし、必ず
内に徹するを覺ゆるを要(かなめ)とする所以なり。其の考証審論に至っては、委曲(周盡)、既に
先君箸する所の行餘醫言の中に詳し。故に復た贅せず。
寶暦丙子孟春香川輿司馬筆于平安
一本糞心室南窓
【注解】
○千金方云:『備急千金要方』巻二十九・灸例第六「凡人呉蜀地遊官,體上常須三兩處灸之,勿令瘡暫差,則瘴癘温瘧毒氣不能著人也,故呉蜀多行灸法,有阿是之法,言人有病痛,即令捏其上,若裏當其處,不問孔穴,即得便快成痛處即云阿是,灸刺皆驗,故曰阿是穴也。」 ○好事:変わった物事を好むこと。ものずき。 ○郢書而諸子之燕説:こじつけてもっともらしく説明すること。「郢」は中国の春秋戦国時代の楚の国の都。「燕」は現在の北京付近にあった国の名前。「郢」の人が、燕の大臣に手紙を書いたとき、部屋が暗いので「燭をあげよ」と言いながら、うっかりそれを手紙に書いてしまった。それを受け取った燕の大臣は、それを「明るい人間(賢人)を登用せよ」と解釈して王に進言し、その結果、国が良く治まったと言う故事による。 ○枉同厥臭:「枉」をカは「狂」に作る。不本意だが、古名を踏襲する、という意味であろう。「同臭」は、同類、仲間。 ○膠柱:規則などにとらわれて融通のきかないこと。琴柱(ことじ)に膠(にかわ)す。 ○刻舟:時勢の移り変わりに気が付かないことのたとえ。舟から剣を落とした人が、舟が動くことを考えずに舟端に目印を刻みつけて水中の剣を捜したという『呂氏春秋』察今の故事から。 ○舛差:あやまり。 ○翅:「啻」と同じ。
ウラ
○冒筋:カは「胃筯」につくる。 ○障壁罵聾:未詳。徒労であることの比喩か。 ○悖:はずれる。もとる。あやまったさま。 ○煦煦:温和。暖和。/呴呴は、「ことばがなめらか」な意。 ○橐籥:ふいご。ふいごで風を送る。 ○氣機:生気。人体の正常なはたらき。 ○周軀:全身。「周」をカは「用」につくる。 ○考証審論委曲:カ作「秀諸證審論委曲周盡」。委曲:詳しい内容。詳細なさま。 ○周盡:あらゆるものを周知し、その理をつくす。周到に詳細。 ○先君:亡き父。 ○箸:撰述。「著」に通ず。 ○行餘醫言:香川修庵(1683~1755)著。全二十二巻(目録には卷之三十まである)。天明八(1788)年刊。 ○寶暦丙子:宝暦六年(一七五六)。 ○孟春:陰暦正月。 ○香川輿司馬:修庵(1755年没)の子、希輿であろう。「司」は「主」のあやまりか。修庵の子、希輿、字は主馬、号は冬嶺、明和五年(一七六八)没。希輿の没後、修庵の甥、南洋(1714~1777)が香川家を継ぐ。名は景与。字は主善。南洋は号。別号に紙荘主人。 ○平安:京都。 ○一本糞心室:未詳。「一本」は「儒医一本」を称えた香川修庵の「一本堂」という堂号にちなむのであろう。
2010年11月1日月曜日
4-3 鍼灸燈下餘録
4-3 鍼灸燈下餘録
武田科学振興財団杏雨書屋所蔵『鍼灸燈下餘録』(乾3655)
オリエント出版社『鍼灸臨床古典全書』4所収
(鍼灸燈下餘録序)
人身固有自然之穴兪者針之達病處焫之去邪氣古人濟世
救民之嘉惠何其至邪後世滑張之輩強會之經絡而不知其
陷没徹底是穴乃謂人身始有此經絡則有此穴兪遂復令絡
絡矯引諸穴兪之處後之學者拘泥益甚其弊也不問大小長
短不辨陷没徹底而守拘寸度固執絡絡雖外面如法眞穴不
當其處不然則不知經絡不論穴兪夢託神授以欺人皇甫士
安乃不拘經絡所撰甲乙經分穴兪以部類近吾所嘗臆蓋去
古未遠法尚有存者私謂古人用寸度庶令後者易曉耳若徒
曰在手在足後者於何處取之故其骨間肉縫所不待寸度之
處未嘗謂之也唯於忙乎難尋乃立此寸度也先子艮山出于
數千歳之下始徹沿習以陷没為穴兪自謂在吾方寸之權度
頃日讀書之餘遠追古人之法度近逑先子之遺訓自摸索穴
一ウラ
兪之處纂次充于集中先子曰取穴之際苟盡吾心求焉則不
中不遠矣若詳之在乎其人
己丑之夏平安後藤敏識
書き下し
(鍼灸燈下餘録序)
人身固(もと)より自然の穴兪なる者有り。之に針すれば病處に達し、之に焫すれば邪氣を去る。古人、世を濟(すく)い
民を救うの嘉惠、何ぞ其れ至らんや。後世の滑張の輩、強いて之を經絡に會せしめ、而して其の
陷没徹底するを知らず。是の穴は、乃ち人身に始めて此の經絡有りて、則ち此の穴兪有るを謂う。遂に復た絡〔經〕
絡をして諸穴兪の處に矯引せしむ。後の學者、拘泥すること益ます甚だし。其の弊たるや、大小長
短を問わず、陷没徹底を辨ぜず、而して寸度に守拘し、絡〔經〕絡に固執す。外面は法の如しと雖も、眞穴は
其の處に當たらず。然らずんば、則ち經絡を知らず、穴兪を論ぜず。夢に神授を託して以て人を欺く。皇甫士
安は乃ち經絡に拘せず、撰する所の甲乙經、穴兪を分くるに部類を以てす。吾が嘗て臆する所に近し。蓋し
古を去ること未だ遠からず。法、尚お存する者有り。私(ひそ)かに謂(おも)えらく、古人は寸度を用いて、後の者をして曉(あきら)め易くせしめんと庶(こいねが)うのみ、と。若し徒(いたず)らに
手に在り、足に在りと曰わば、後の者、何れの處〔地〕に於いてか之を取らん。故に其の骨間肉縫の所、寸度の
處を待たず、未だ嘗て之を謂わざるなり。唯だ忙乎に於いて尋ね難きは、乃ち此の寸度を立つるなり。先子艮山、
數千歳の下に出でて、始めて沿習を徹して、陷没を以て穴兪と為す。自ら謂えらく、吾が方寸の權度に在りては、
頃日、讀書の餘、遠くは古人の法度を追い、近くは先子の遺訓を逑(あつ)め、自ら穴
一ウラ
兪の處を摸索し、纂次して集中に充つ、と。先子曰く、取穴の際、苟(いやしく)も吾が心を盡くして焉(これ)を求むれば、則ち
中(あ)たらずとも遠からず。之を詳らかにするが若きは、其の人に在り、と。
己丑の夏、平安後藤敏識(しる)す
【注釋】
○嘉惠:恩恵。 ○滑張:滑壽、張介賓。 ○矯引:無理にたわめ引き寄せる。 ○絡絡:眉部の批注に「二絡共當作經」とあり。 ○處:眉部の批注に「處者地之誤」とあり。 ○忙乎:忙しい。急を要する仕事。 ○艮山:後藤艮山(1659--1733)。 ○沿習:因習。旧来の習慣に従うこと。 ○權度:規章法則。物の軽重長短を測定する道具。 ○頃日:ひごろ。 ○先子:亡き父。
一ウラ
○集中:意見や経験などを帰納する。 ○苟盡吾心求焉則不中不遠矣:『禮記』大學「心誠求之、雖不中不遠矣。」 ○己丑:明和六年(一七六九年)。 ○平安:京都。 ○後藤敏:さとし。後藤慕庵(一七三六~八八)。『艾灸通説』の著者、椿庵の子。後藤艮山の孫。
2010年10月30日土曜日
3-4 鍼治樞要
3-4 鍼治樞要
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『鍼治樞要』(シ・582)
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』3所収
鍼治樞要序
大哉醫之道語兩儀消長
則謂之易而醫理也乃庖
羲爲之祖語氣味㕮咀則
謂之醫方乃炎皇爲之祖
語調神衞生則謂之醫道
乃黃軒爲之祖咸是上古
神聖開物成務之至仁也
然羲農之教當時未施于
册至軒帝與岐鬼諸臣論 「册」:原文、「用」の中の縦棒が短い形。
一ウラ
著內經以窮竭天人一理
之道醫道之淵源醫術之
微妙不漏纖毫不遺秘蘊
天下萬世諒無不仰之無
不因之然内經所載之要
唯鍼灸藥三者爲衞生之
輨轄也其中論湯液者十
而僅居二焉論熨炳者亦
三分而得一矣其他皆是
刺鍼之良法也方識上古
二オモテ
賢聖專重砭針焉然中古
以來歷代明醫偏主以劑
科治病而建家家方技者
多乃精刺鍼而追軒岐之
捷徑者未曾聞焉雖間有
雜辨者或以針芒之往上
下爲迎隨或以呼吸出內
爲補瀉或遂至有針有瀉
無補之說經云刺虛須實
刺實須虛又云遠近在志
二ウラ
淺深如一奚以其針芒之
上下呼吸出内必爲補瀉
迎隨哉伏惟雖古今名家
至鍼術則不獲覺軒岐之
心法故有紛紛若斯之異
論而已是以刺針之術纔
墜專門小技之手其妙道
倍湮晦不傳焉最所可嘆
息也余自弱冠抱宿痾又
遇父母之罹疾是以志于
三オモテ
醫尤深矣曾從先覺受讀
素靈晨昏不釋繙繹而世
醫專尊用湯液忽諸砭鍼
余酷疑不愜經意沉潛反
覆用力之之久而較曉聖
教之罔誣似有得其玄微
於是參酌今古乃製造金
槌鉄針以療舊痾瘥痼疾
雖如立一家之法都是軒
岐萬世之妙傳也詎豈敢
三ウラ
謂獨見謾作哉竊以聖賢
者體道内無七情之感外
無飲食起居之過竟全其
天年亦不宜乎不攝厥生
者五志之火無時不熾五
味之偏無日不傷邪氣充
塞于三焦必使榮衞失其
常候是以腑臓不能守其
官賊邪乘虛輻輳矣諸般
雜病朝輟暮作遂爲膠固
四オモテ
之疾疢當斯之時非良工
妙手則不能清其源抜其
根然世醫徒泥局方專因
症施治若不中其的則攻
者耗元氣補者添邪氣其
害不可得而測焉舊病更
加新病藥品却爲毒種或
爲憊羸或爲夭札最爲可
憫焉唯斯針治異于此且
鍼者導陽者也故導陽以
四ウラ
流通厥升降則雖有飲食
停滯塊癖昇衝忽塞胸膈
將絕者取其即効那有如
鍼者乎余不敢黜湯液陟
刺鍼爲專泥局方者言之
而已不啻明鍼道以至其
極亦庶幾於陰陽造化天
人一理之道思過半者歟
旹元祿癸酉季春 橘姓
矢野氏白成識
書き下し
鍼治樞要序
大なるかな、醫の道。兩儀消長を語るときは、
之を易と謂う。而して醫理なり。乃ち庖
羲、之が祖爲(た)り。氣味㕮咀を語るときは、
之を醫方と謂う。乃ち炎皇、之が祖爲り。
調神衞生を語るときは、之を醫道と謂う。
乃ち黃軒、之が祖爲り。咸(ことごと)く是れ上古の
神聖、物を開き務めを成すの至仁なり。
然うして羲農の教え、當時(そのかみ)未だ
册に施さず。軒帝と岐鬼の諸臣と、
一ウラ
内經を論著して、以て天人一理の
道を窮(きわ)め竭(つく)すに至って、醫道の淵源、醫術の
微妙、纖毫を漏さず、秘蘊を遺(のこ)さず。
天下萬世、諒(まこと)に之を仰がずということ無く、
之に因らずということ無し。然れども内經に載する所の要、
唯だ鍼・灸・藥、三の者のみ、衞生の
輨轄爲り。其の中(うち)、湯液を論ずる者、十にして
僅かに二に居れり。熨炳を論ずる者も、亦た
三分にして一を得たり。其の他は皆な是れ
刺鍼の良法なり。方(まさ)に識る、上古の
二オモテ
賢聖、專ら砭針を重ずることを。然れども中古
以來(このかた)、歷代の明醫偏(ひと)えに劑
科を以て病を治することを主として、家家の方技を建つる者
多く、乃(いま)し刺鍼を精(くわ)しうして、軒岐の
捷徑を追う者、未だ曾て聞かず。間ま
雜(まじ)え辨ずる者有りと雖も、或いは針芒の上下に往くを以て
迎隨と爲し、或いは呼吸出內を以て
補瀉と爲し、或いは遂に針に瀉有りて
補無きの說有るに至る。經に云う、虚を刺すに實を須(ま)ち、
實を刺すに虛を須つ、と。又た云う、遠近、志に在り、
二ウラ
淺深、一の如し、と。奚んぞ其の針芒の
上下、呼吸の出内を以て、必ず補瀉
迎隨と爲さんや。伏して惟(おもん)みるに古今名家と雖も、
鍼術に至っては、軒岐の
心法を覺(さと)ることを獲ず。故に紛紛として斯(かく)の若きの異
論有るのみ。是(ここ)を以て刺針の術、纔(わず)かに
專門小技の手に墜ちて、其の妙道
倍(ます)ます湮晦して傳わらず。最も嘆
息す可き所なり。余、弱冠自り、宿痾を抱き、又た
父母の疾に罹(かか)るに遇う。是を以て
三オモテ
醫に志すこと、尤も深し。曾て先覺に從って
素靈を受け讀み、晨昏に繙繹することを釋(お)かず。世
醫專ら湯液を用ゆることを尊び、諸の砭鍼を忽(ゆるが)せにす。
余、酷(はな)はだ疑う、經意に愜(かな)わざることを。沉潛反
覆、力を用ゆるの之れ久しうして、較(や)や聖
教の罔誣を曉(さと)りて、其の玄微を得ること有るに似たり。
是(ここ)に於いて今古を參酌し、乃ち金
槌鉄針を製造して、以て舊痾を療し、痼疾を瘥(い)やす。
一家の法を立つるが如しと雖も、都(すべ)て是れ軒
岐萬世の妙傳なり。詎(たれ)か豈に敢えて
三ウラ
獨見謾作することと謂わんや。竊(ひそ)かに以(おも)んみるに聖賢は、
道を體して内(う)ち七情の感無く、外(ほ)か
飲食起居の過無し。竟(つい)に其の
天年を全うすること、亦た宜ならずや。厥(そ)の生を攝せざる
者は、五志の火、時として熾(さか)んならざること無く、五
味の偏、日として邪氣、三焦に充
塞して傷らざること無し。必ず榮衞をして其の
常候を失せしむ。是(ここ)を以て腑臓、其の
官を守ること能わず、賊邪、虚に乘じて輻輳す。諸般の
雜病、朝(あし)たに輟(や)みて暮(ゆう)べに作(お)こる。遂に膠固
四オモテ
の疾疢と爲る。斯の時に當って、良工
妙手に非ずんば、其の源を清くし其の
根を抜くこと能わず。然れども世醫徒(いたず)らに局方に泥(なず)みて、專ら
症に因って治を施し、若(も)し其の的(まと)に中(あた)らざれば、攻むる
者は元氣を耗し、補う者は邪氣を添う。其の
害たること得て測る可からず。舊病、更に
新病を加え、藥品却って毒種と爲る。或いは
憊羸を爲し、或いは夭札を爲す。最も
憫れむ可しと爲す。唯だ斯れ針治は此れに異なり、且つ
鍼は、陽を導く者なり。故に陽を導きて以て
四ウラ
厥(そ)の升降を流通するときは、飲食
停滯し、塊癖昇り衝き、忽ち胸膈を塞ぎて
將に絶せんとする者有りと雖も、其の即効を取ること、那(な)んぞ
鍼の如き者有らんや。余、敢えて湯液を黜(しりぞ)けて
刺鍼を陟(すす)むるにあらず。專ら局方に泥(なず)む者の爲に之を言う
のみ。啻(ただ)に鍼道を明らかにして以て其の
極に至るのみにあらず。亦だ庶幾(こいねが)わくは、陰陽造化、天
人一理の道に於いて、思い半ばに過ぎん者か。
旹に元祿癸酉季春 橘姓
矢野氏白成識
【注釋】
○兩儀:天地。『易經』繫辭上:「是故易有太極、是生兩儀。」 ○消長:変化。増減。盛衰。 ○庖羲:伏羲。『易経』の卦を制したという。 ○氣味:薬の寒熱温涼を氣といい、辛酸甘苦を味という。 ○㕮咀:フショ。〔フは「口+父」。中国フォント必要。〕:咀嚼。薬物を細かく砕くこと。 ○炎皇:神農氏。 ○調神衞生:神を調え、生を衛る。精気神気を調和させ、生命を保護する。養生。 ○黃軒:黄帝。軒轅氏という。 ○開物成務:万物の理を開通し、人事をそれぞれその宜しきを得させる。『易經』繫辭上:「夫易、開物成務、冒天下之道、如斯而已者也。」 ○至仁:最も崇高な仁徳。 ○當時:傍訓「ソノカミ」。当時。その時。その昔。 ○施于册:書籍として著す。古代、竹簡を編綴したものを冊という。 ○軒帝:黄帝。 ○岐鬼諸臣:岐伯、鬼臾區など、『黄帝内経』に登場する諸臣。
一ウラ
○内經:『黄帝内経』。 ○天人一理:『朱子語類』卷十七大學四(或問上)「天即人、人即天。人之始生、得於天也。既生此人、則天又在人矣。」「天人本只一理、若理會得此意、則天何嘗大、人何嘗小。」 ○纖毫:非常に微細な事物。 ○秘蘊:奥深く隠された事物。 ○萬世:永久。万代。 ○輨轄:錧鎋。管轄。かぎと車軸のくさび。/轄:車輪のスポークを受ける軸受けで、車輪が外れないようにする器具。重要な物。 ○熨炳:ここでは、灸の別名であろう。『霊枢』病伝(42)「或有導引行氣喬摩灸熨刺炳飮藥之」。『古今醫統大全』卷之三 翼醫通考(下)醫道・針灸藥三者備爲醫之良「扁鵲有言。疾在腠理、熨炳之所及。疾在血脈、針石之所及。其在腸胃、酒醪之所及。是針灸藥三者得兼而後可與言醫。可與言醫者、斯周官之十全者也。」(「熨炳」、『史記』扁鵲倉公列伝は「湯熨」に作る。)/熨:熱の力をかりて圧して衣類などを平らにする。火熨斗。アイロン。薬などを塗り、温める。/炳:燃やす。
二オモテ
○以來:おくりがな「タ」により、「このかた」と訓んだ。 ○劑科:方剤科。処方。薬方。 ○家家:一家ごとの。 ○方技:医術。 ○乃:おくりがな「マシ」。いまし:今しも。ちょうど今。今となっては。「し」は意味を強める助詞。 ○軒岐:黄帝(軒轅)と岐伯。 ○精:通暁する。深く理解する。 ○捷徑:近道。 ○針芒:針先。針の向かう方向。/芒:植物の一種。葉は細長く尖っている。 ○針有瀉無補之說:『丹溪心法』卷五・拾遺雜論九十九「針法渾是瀉而無補、妙在押死其血氣則不痛、故下針隨處皆可。」明・虞摶『醫學正傳』卷之一・醫學或問「其針刺雖有補瀉之法、予恐但有瀉而無補焉。……若此等語、皆有瀉無補之謂也、學人不可不知。」 ○經云:『素問』寳命全形論「刺虚者須其實、刺實者須其虚、經氣已至、愼守勿失。深淺在志、遠近若一」。
二ウラ
○伏惟:上の者に対する謙遜語。 ○心法:禅宗の用語で、言語・文字によらず弟子に伝授される仏法。儒学では、心を伝え性を養う方法を指す。 ○紛紛:多く乱雑なさま。 ○妙道:精妙な道理。 ○湮:埋没する。 ○晦:くらくなる。 ○弱冠:二十歳。 ○宿痾:久病。長患い。
三オモテ
○先覺:先覚者。常人よりも先に道理をさとる人。 ○素靈:『素問』『霊枢』。 ○晨昏:早晩。朝早くから夜遅くまで。 ○釋:物をおろして置く。「不釋文(手から書物を離さない)」。 ○繙:ひもとく。書物を読む。 ○繹:たずねる。物事の端緒を引き出すように、きわめる。 ○世醫:代々医業をなりわいとする人。 ○沉潛:深く浸りきって探究する。 ○反覆:何度も繰り返す。詳しく追求することの比喩。 ○用力:努力する。 ○久:原文、「久」の三画目が二画目と交叉する形で、「終」の異体字と同形であるが、意味の上から「久」ととった。 ○聖教:聖人の教え。 ○罔誣:不誣。欺かないこと。 ○玄微:深遠微妙の理。 ○參酌:參考にする。斟酌する。 ○舊痾:旧病。 ○瘥:癒す。 ○痼疾:久しく治療しても治らない病。
三ウラ
○獨見謾作:独自の見解で人を欺く著作をなす。 ○竊:自己の見解が不確定であることを謙遜する語。 ○體道:正しい道を自ら行う。 ○七情:喜、怒、憂、思、悲、恐、驚の七種の精神状態で、内傷の病因。 ○過:錯誤。あやまり。 ○天年:天然(自然)の寿命。 ○攝:保養する。/「攝生」は養生と同義。身体を保ち、生命を養う。 ○五志:怒・喜・思・憂・恐の五種の精神情緒。これらの情志が失調すると火証に変化する。 ○五味:辛、酸、甘、苦、醎。薬物はそれぞれ味が異なり、それにより異なる作用をする。 ○偏:かたより。 ○常候:通常の状態。 ○輻輳:輻湊。輻(スポーク)が軸受けにあつまる(輳・湊)ように人や物が一箇所に集中する。 ○諸般:各種の。ありとあらゆる。 ○雜病:ひろく傷寒・温病以外の多種の(主に内科)疾病をいう。 ○膠固:牢固な。にかわで貼り付けたように固い。
四オモテ
○疾疢:疾病。/疢:熱病。またひろく病をいう。 ○良工:技術の並外れて高い人。ここでは医者。良医。『靈樞』五色「審察夭澤、謂之良工」。 ○妙手:技能の高く精妙な人。 ○其源:病源。 ○其根:病根。 ○泥:なずむ。拘泥する。 ○局方:『(太平惠民)和劑局方』にある処方。宋代の太医局に所属する薬局の処方集。製薬の規範となった。朱震亨はこの書が症候を並べるだけで、病源を述べないことを批判して『局方発揮』を著した。 ○添:添加する。増やす。 ○毒種:毒の素因。 ○憊羸:羸憊。疲労困憊。疲れ切る。 ○夭札:疫病に遭って早死にする。
四ウラ
○塊癖:腹中のかたまり。/癖:消化不用により腹内に出来るかたまり。 ○那:反語の語気をあらわす。 ○黜:排斥する。地位を落とす。 ○陟:上げて賞する。 ○旹:「時」の異体字。 ○元祿癸酉:元禄六(一六九三)年。 ○季春:旧暦三月。 ○橘姓矢野氏白成:未詳。『鍼治或問』も著す。 ○識:しるす。
(跋)
優哉矢白子之志鍼術
乎雖牙齒疎豁之期猶
未休沈濳思乎經義礱
磨効乎事業而遂著一
篇名曰鍼治樞要焉其
意竊欲顯古人之心術
救後世之流弊也事成
而教其親川利渉子正
爪瓜之謬焉彼人者予
四十二ウラ
同志也則携則來曰其
義理雖通明其文詞轉
鄙拙也請相議而潤飾
之予答曰凡讀書纘言
者不誇多闘靡也欲擇
精適要耳今顧為此書
前則約多年見聞之博
而闕危疑収近功焉可
謂眞擇精者也后則就
四十三オモテ
晨昏施治之中而舉經
驗辨得失焉豈不曰適
要者乎至如集舊説之
簡録新語之俗者可謂
不誇多闘靡之本志矣
且夫醫書者不尚文華
而勤質實矣義理昭著
之後何為憂文詞之鄙
拙歟嗚呼利渉子謹而
四十三ウラ
勿效作蛇足卒書之以
跋其後
于旹
元禄九丙子歳臈月中浣
東武庸醫
間玄規書
書き下し
優れるかな、矢白子の鍼術に志す
や。牙齒疎豁の期と雖も、猶お
未だ休まず。沈濳して經義を思い、礱
磨して事業を効(いた)す。而して遂に一
篇を著す。名づけて曰く、鍼治樞要。其の
意は竊(ひそ)かに古人の心術を顯らかにし、
後世の流弊を救わんと欲するなり。事成りて
其れ親川利渉子をして、
爪瓜の謬りを正さしむ。彼の人は、予が
四十二ウラ
同志なり。則ち携え則ち來たりて曰く、其の
義理、通明なると雖も、其の文詞轉(かえ)って
鄙拙なり。相議して之を潤飾せんことを請う、と。
予答えて曰く、凡そ讀書纘言
は、多を誇り靡を闘わざるなり。
精を擇び要に適(かな)わんと欲するのみ。今ま顧みるに此の書為(た)るや、
前は則ち多年見聞の博きを約して、
危疑を闕して近功を收む。
眞に精を擇ぶ者と謂っつ可し。后ろは則ち
四十三オモテ
晨昏の施治の中に就いて、經
驗を舉げて得失を辨ず。豈に
要に適う者と曰わざらんや。舊説の
簡なるを集め、新語の俗なるを録するが如き者に至っては、
多を誇り靡を闘わざるの本志と謂っつ可し。
且つ夫(そ)れ醫書なる者は、文華を尚(たつと)ばずして
質實に勤む。義理昭著
の後、何為(なんす)れぞ文詞の鄙
拙を憂えんや。嗚呼、利渉子、謹みて
四十三ウラ
蛇足を效作する勿れ。卒(にわ)かに之を書して以て
其の後に跋す。
旹に
元禄九丙子歳臈月中浣
東武庸醫
間玄規書
【注釋】
○矢白子:矢野白成。本書の著者。 ○牙齒疎豁之期:老年。歯が欠け間が広がる時期。卷之下・醫按によれば、著者は七十歳以上。 ○沈濳:深く入って探究する。唐・韓愈『上兵部李侍郎書』「﹝愈﹞遂得究窮於經傳史記百家之説、沈潛乎訓義、反復乎句讀、礱磨乎事業、而奮發乎文章。」 ○經義:経文の意味。 ○礱磨:磨いて鍛錬する。/礱:みがく。 ○事業:重要な仕事。 ○心術:思考。考え。 ○流弊:昔から伝えられている悪弊。 ○教其親川利渉子:未詳。「親川利渉」を人名と理解した。「子」は敬称。 ○正爪瓜之謬:ちょっとした誤り、誤字を正す、という意であろう。
四十二ウラ
○義理:意味。 ○通明:事物の理に通じている。よく理解できる。 ○文詞:文章用語。 ○纘言:「纘」、原文は「糸偏+濳-氵」につくるが、意味の上から「纘」とした。「纂」に通ず。文藻を集めて述作に従事する。 ○誇多闘靡:学識が豊富で文章を華麗に飾ることを誇る。唐・韓愈『送陳秀才彤序』「讀書以為學、纘言以為文、非以誇多而闘靡也。」「靡」は華麗なこと。 ○適要:要所にぴったり合う。 ○顧:よく見る。 ○約:要約する。 ○闕危疑:解決しない疑わしいところは無理にこじつけたりしないで、そのままにしておく。『論語』爲政「多見闕殆、慎行其餘、則寡悔。」何晏集解引包咸曰「殆、危也。所見危者、闕而不行、則少悔。」 ○近功:当面の利益。
四十三オモテ
○晨昏:朝から晩まで。 ○得失:利害。適当と不適当。 ○本志:本意。 ○文華:文章の彩り、修飾。 ○質實:質朴誠実で浮ついていない。 ○昭著:明白である。 ○
四十三ウラ
○效作:まねる。 ○蛇足:畫蛇添足(蛇を畫いて足を添う)。出典、『戰國策』齊策二。戦国時代、楚の人が誰が酒を飲むか、蛇を画いて決めることにした。あるひとは描き終わって、また四本の足を書き添えた。二番目の人も画き終わった。最初の人は、本来存在しない蛇の足を画いたため、かえって酒をのみそこなった。よけいな事柄。 ○旹:「時」の異体字。 ○元禄九丙子歳:西暦一六九六年。 ○臈月:旧暦十二月の別称。 ○中浣:中旬。 ○東武:武蔵の国、江戸の異称。 ○間玄規:
2010年10月29日金曜日
2010年10月28日木曜日
3-3 鍼科發揮
3-3 『鍼科發揮』
京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『方円鍼法鍼科發揮』(ホ・81)
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』3所収
鍼科發揮自序
庖犠畫八卦而隂陽之道著矣神農嘗百草而毒藥
之品眀矣軒轅制九鍼而補瀉之法備矣故讀太易
而以通變化之妙讀本草而以處眼餌之方讀内經 餌:原文「食+甘」
而以究鍼刺之奥嗚呼微三墳之書則後世之醫者
皆服左袵而言侏離矣聖人之德澤其大哉吾先考
方圓齋之鍼法也悉祖述素難而憲章諸家經濟之
功頗多矣自號臨淵子曽謂用鍼之道以氣為主夫
如輪扁之説齊桓淂之心而應手不疾不徐有數存
其間言是傳授之心法也能以調其邪正和其剛柔
一ウラ
導其血氣為要矣不佞行有餘力之日詳類遺法宏 宏:原文「ウ冠に尤」
採約求釐而為編命曰鍼科發揮以使門弟子熟讀
而知其階梯也
旹維元禄戊辰冬十月日 毉官 柳川清泉識
書き下し
鍼科發揮自序
庖犧(ふつき)、八卦を畫(えが)きて陰陽の道著(あらわ)る。神農、百草を嘗めて毒藥
の品明らかなり。軒轅、九鍼を制して補瀉の法備わる。故に太易を讀みて
以て變化の妙に通じ、本草を讀みて以て眼餌の方を處し、内經を讀みて
以て鍼刺の奥を究む。嗚呼(ああ)、三墳の書微(な)かりせば、則ち後世の醫者、
皆な左袵に服して言侏離せん。聖人の德澤、其れ大なるかな。吾が先考、
方圓齋の鍼法なるや、悉く素難を祖述して諸家を憲章し、經濟の
功頗る多し。自ら臨淵子と號す。曽て謂えらく用鍼の道は氣を以て主と為す、と。夫れ
輪扁の齊の桓に説くが如し。之を心に得て手に應じ、疾ならず徐ならざるは、數の
其の間に存する有り。是れ傳授の心法を言うなり。能く其の邪正を調え、其の剛柔を和し、
一ウラ
其の血氣を導くを以て要と為す。不佞行い、餘力有るの日、詳らかに遺法を類し、宏く
採り約して求め、釐(おさ)めて編を為し命(なづ)けて曰く、鍼科發揮。以て門弟子をして熟讀して
其の階梯を知らしむるなり。
旹維(こ)れ元禄戊辰冬十月日 毉官 柳川清泉識(しる)す
【注釋】
○庖犠:庖犧。古代の帝王のひとり。はじめて八卦を画き、書契を造る。犧牲を養い庖廚を充したので、「庖犧」と称する。「伏羲」にもつくる。 ○八卦:『易経』中の八つの基本となる卦。伏羲氏が作ったとされる。陰と陽の二爻の組み合わせにより成り、三爻で卦を成し、宇宙の構造と物事の変化を象徴する。 ○神農:伝説上の上古の帝王。農業を振興し、百草をなめ、方書をつくり、製薬の創始者とされたので「神農」と称される。 ○眀:「明」の異体字。 ○軒轅:黄帝の号。 ○制九鍼:『帝王世紀』などは伏羲が九鍼を制したとするなど、諸説あり。『備急千金要方』序「伏羲氏作、因之而畫八卦、立庖廚、滋味既興、瘵萌起。大聖神農氏憫黎元之多疾、遂嘗百藥以救療之、猶未盡善。黄帝受命、創制九針、與方士岐伯、雷公之倫、備論經脈、旁通問難、詳究義理、以為經論、故後世可得根據而暢焉。」 ○太易:大易。『周易』の別名。 ○本草:『(神農)本草経』。 ○眼餌(原文「食+甘」):未詳。「眼の栄養となる」の意か。 ○方:方剤。 ○内經:『黄帝内経』。 ○奥:奥義。深奥。 ○三墳之書:伏羲、神農、黄帝の書。漢・孔安國『書經』序:「伏羲、神農、黄帝之書、謂之三墳、言大道也。」 ○左袵:左衽に同じ。衣服の前襟(おくみ)を左前にする。古代の夷狄の服装の特色。異族と同化することの隠喩。 ○侏離:蠻夷のことば。唐・韓愈『與孟尚書書』:「向無孟氏、則皆服左袵而言侏離矣。」 ○德澤:徳恵恩沢。 ○先考:今は亡き父。敬語。 ○方圓齋:柳川靖泉の父。『素問』八正神明論(26)に「寫必用方……補必用員(圓)」とある。 ○祖述:先人の説を受けつぎ、それをもとにして多少補いながら・研究を進める(学説を述べる)。 ○素難:『素問』『難経』。 ○憲章:手本として明らかにする。『禮記』中庸:「仲尼祖述堯、舜、憲章文、武。」 ○經濟:經世濟民(国をおさめ、人民の生活を豊かにする)。 ○臨淵:行為が慎重であることのたとえ。『素問』宝命全形論(25)に「刺虚者須其實、刺實者須其虚……如臨深淵」とある。 ○輪扁:春秋時代、斉のひと。車輪作りの名人。『莊子』天道:「桓公讀書於堂上、輪扁斲輪於堂下、釋椎鑿而上、問桓公曰「敢問公之所讀者何言邪?」公曰「聖人之言也。」曰「聖人在乎?」公曰「已死矣。」曰「然則君之所讀者、古人之糟魄已夫!」桓公曰「寡人讀書、輪人安得議乎!有說則可、无說則死。」輪扁曰「臣也、以臣之事觀之。斲輪、徐則甘而不固、疾則苦而不入。不徐不疾、得之於手而應於心、口不能言、有數存焉於其間。臣不能以喻臣之子、臣之子亦不能受之於臣、是以行年七十而老斲輪。古之人與其不可傳也死矣、然則君之所讀者、古人之糟魄已矣。」[桓公、書を堂上に讀む。輪扁、輪を堂下に斲る。椎鑿を釋きて上り、桓公に問ひて曰く、敢へて問ふ、公の讀む所は何の言と爲すや。公の曰く、聖人の言也。曰く、聖人在り乎。公の曰く、已に死せり。曰く、然らば則ち君の讀む所は、古人の糟魄なるのみ。桓公曰く、寡人の書を讀むに、輪人安んぞ議するを得ん乎。説有らば則ち可なり、説无くんば則ち死せん。輪扁曰く、臣や、臣の事を以って之を觀るに、輪を斲るに、徐なれば則ち甘くして固からず。疾なれば則ち苦にして入らず。徐ならず疾ならざるは、之を手に得て心に應じ、口に言ふ能はず。數の其の間に存する有り、臣以て臣の子に喩すこと能はず。臣の子も亦、之を臣より受くること能はず。是を以て行年七十にして老いて輪を斲る。古への人と其の傳ふ可からざるものとは死せり。然らば則ち君の讀む所は、古人の糟魄なるのみ。]」 ○齊桓:春秋時代の齊國の桓公。 ○淂:「得」の異体字。 ○數:法則。
一ウラ
○不佞:不才。自己を謙遜していう。 ○宏:原文はウ冠に「尤」。異体字。 ○門弟子:門弟と同じ。論語泰伯:「曾子有疾、召門弟子曰……」。 ○階梯:はしご。より高い段階に達するための手引き。 ○旹:「時」の異体字。 ○元禄戊辰:元禄元(1688)年。 ○柳川清泉:『臨床実践鍼灸流儀書集成』2、長野仁先生の解説に、「『良医名鑑』[一七一三刊]によれば、柳川靖泉は、山脇玄心[一五九七~一六七八]の門人で、大准后御医として法橋に叙せられている(本書巻頭では法眼)。」とある。京都のひと。
書末に「寛政丁巳〔九/1797〕秋九月蕉亭主人寫」とある。また、識語に「此書卷文係/棕軒謙德君筆遺宜祕藏/也」「癸酉〔明治六/1873〕三月廿七日 森立之」とある。
備後福山藩五代藩主、阿部正精(まさきよ)〔安永三年(1774)~文政九年(1826)〕、号は蕉亭、棕軒など。諡は謙徳院満誉清高良節。老中をつとめた。森立之〔文化四(1807)年~明治十八(1885)年〕、字は立夫。号は養竹、枳園など。江戸末期の考証学者で、福山藩医。
『(方円心法)鍼科発揮』は、臨床実践鍼灸流儀書集成2にも収められる。その解説に、「奈須恒徳の旧蔵にかかることが森立之の明治六年[一八七三]の識語から分かる」とあるが、これは「棕軒謙德」の誤読によるか。
2010年10月27日水曜日
3-2 鍼灸五蘊抄
3-2『鍼灸五蘊抄』
武田科学振興財団杏雨書屋所蔵『鍼灸五蘊抄』(乾三五九五)
オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』3所収
五蘊抄序
不佞爲童時在志于
經絡同郡有松澤先
生者最精於此道因
而親炙于茲十有五
年漸窺於其十之一
夫先生之教業也口
授而無片紙之書不
佞久而恐忘之故從
傍聞記之而編輯焉
題名五蘊抄秘而不
一ウラ
出雖親族不許見之
醫之爲道也本仁然
則此書不可秘也乎
仲尼曰不憤不啓不
悱不發庶以不佞吝
惜無罪則幸甚于時
貞享二歳乙丑九月
中旬知箴序
書き下し
五蘊抄序(田中知箴)
不佞、童爲(た)りし時、
經絡に志在りき。同郡に松澤先
生なる者有り。最も此の道に精(くわ)し。因りて
親炙すること茲に十有五
年。漸く其の十が一を窺う。
夫れ先生の業を教わるや、口から
授けて片紙の書無し。不
佞、久しくして之を忘るることを恐る。故に
傍らに從いて之を聞き記して編輯す。
題して五蘊抄と名づく。秘して
一ウラ
出ださず。親族と雖も之を見ることを許さず。
醫の道爲るや、仁を本とす。然れば
則ち此の書、秘す可からざるか。
仲尼の曰く、憤せざれば啓せず。
悱せざれば發せず、と。庶(ねが)わくは不佞が吝
惜を以て、罪すること無くんば、則ち幸甚。時に
貞享二歳乙丑九月
中旬。知箴序
【注】
○不佞:不才。自分を謙遜していう。 ○松澤先生: ○親炙:直接に教えを受ける。 ○片紙:一片の紙。
一ウラ
○仲尼曰:『論語』述而:「子曰:不憤不啓、不悱不發、舉一隅不以三隅反、則不復也。」(孔子が言った。「苦しむほど求めないと提示しない。話さざるをえないくらいにならないと指導しない。一隅を挙げると、他の三隅が理解できないようであれば、二度と教えない。」) ○吝惜:吝嗇、愛惜。 ○貞享二歳乙丑:一六八五年。 ○知箴:田中智新(知箴、休意)。本書の著者。
(中村伯綏 五蘊抄序)
夫針灸藥者譬如鼎
足去一則不立必矣
醫之爲治也或針或
灸或藥臨病之際不
可膠柱也此今古一
定之論也非歟西京
松澤氏者以針術鳴
世者也世以称玅針
流遊於其門者數百
人窺其蘊奥而襲鳴
一ウラ
者惟兩三人而已嗟
世可謂乏其人也知
箴遊於先生門十有
五年遂搜其室矣數
人之中最爲此魁家
有書目五蘊抄皆所
聞於先生之針術要
領也秘而不出之嚴
家與知箴為莫逆之
友以故得所秘之五
蘊抄藏家四十有餘
二オモテ
年殆為書魚被篆食
焉七月曬書之次偶
有知己來取而熟讀
之因而問僕云五蘊
抄之題意得而可聞
也乎荅云是書舉東
南西北中央以分卷
秩蓋如舉五方則天
地之間万像森羅無
不含蓄者焉矣以五
方目者不可乎客唯
二ウラ
而退他日又來而語
僕云夫針灸之書自
古著述者不少雖然
言簡而無眸子則有
難見者言密而雖易
見却有厭繁者今此
書之昭著也如開戸
見山因標指月今也
針灸藥支離分析刀 「析」、原文は「柝」。
圭家者不可兼針術
針術家者亦然嗚呼 「嗚」、原文は「鳴」。
三オモテ
癈閣而從塵没何出
而不嘉惠于來學乎
僕笑而諾焉有書肆
明泉堂者聞於客称
道此書來而求壽木
數不許之僕熟思之
恐此書之泯没於是
遂應求矣書中雖片
言以己膚見不添竄
有若為童蒙之梯筏 「梯」、原文は木偏に八+矛。
庶免失鼎足之罪乎
三ウラ
敢不備于君子之觀
矣于時延享元甲子
中冬上浣伯綏序
書き下し
夫(そ)れ針灸藥は、譬えば鼎
足の如し。一を去るときは(則ち)立たざること必せり。
醫の治爲(た)る(や)、或いは針し、或いは
灸し、或いは藥す。病に臨むの際(あい)だ
柱に膠す可からず。此れ今古一
定の論なり。非なるかな。西京
松澤氏は、針術を以て
世に鳴る者なり。世以て玅針
流と称す。其の門に遊ぶ者、數百
人。其の蘊奥を窺いて襲いて鳴る
一ウラ
者、惟(た)だ兩三人のみ。嗟(ああ)
世、其の人に乏しと謂っつ可し。知
箴、先生の門に遊ぶこと十有
五年、遂に其の室を搜(さぐ)る。數
人の中、最も此れが魁爲り。家に
書有り。五蘊抄と目(なづ)く。皆な
先生に聞く所の針術要
領なり。秘して出ださず。嚴
家、知箴と莫逆の
友為(た)り。故を以て秘するの五
蘊抄を得たり。家に藏すること四十有餘
二オモテ
年。殆ど書魚の為に篆食せらる。
七月、書を曬(さら)すの次(つい)で、偶たま
知己有りて來たる。取りて熟(つら)つら
之を讀む。因って僕に問う。云く、五蘊
抄の題意、得て聞っつ可き
や、と。答えて云く、是の書、東
南西北中央を舉げ、以て卷
秩を分かつ。蓋し五方を舉ぐるときは、(則ち)天
地の間(あい)だ万像森羅、
含蓄せずという者無きが如し。五
方を以て目(なづ)くる者、可ならずや、と。客唯(いい)として
二ウラ
退く。他日又た來たりて
僕に語りて云く、夫れ針灸の書、
古(いにし)え自り著述する者少なからず。然ると雖も、
言(こと)ば簡にして眸子無くんば、(則ち)
見難き者有り。言ば密にして
見易きと雖も、却って繁を厭う者有り。今ま此の
書の昭著なるや、戸を開きて
山を見、標に因って月を指すが如し。今や
針灸藥、支離分析す。刀
圭家は、針術を兼ぬ可からず。
針術家も亦た然り。嗚呼(ああ)、
三オモテ
癈閣して塵(ちり)に從はば没せん。何んぞ出だして
來學に嘉惠せざるや、と。
僕笑いて諾す。書肆、
明泉堂なる者有り。客の此の書を称
道するを聞けり。來たりて木に壽せんことを求む。
數しば許さざれども、僕熟(つら)つら之を思うに、
此の書の泯没せんことを恐る。是(ここ)に於いて
遂に求めに應ず。書中、片
言と雖も、己が膚見を以て、添竄せず。
有若(もし)童蒙の梯筏為(た)らば、
庶(ねが)わくは鼎足を失するの罪を免かれんか。
三ウラ
敢えて君子の觀に備えず。
時に延享元甲子、
中冬上浣、伯綏序
【注】
○鼎:古代、食物の煮炊きに用いられた金属器具。腹が円形で、二つの耳と三本の足がある。 ○膠柱:膠柱調瑟(鼓瑟)。瑟の弦柱を貼り付けて固定してしまって、瑟を演奏するとき音調の高低を調節できないこと。融通がきかない、応用力がないことたとえ。 ○西京:京都。東京(江戸)に対する語。 ○松澤氏: ○鳴:遠くまで名声が聞こえる。 ○玅針流: ○蘊奥:精奧のところ。 ○襲:継承する。
一ウラ
○嗟:感傷、哀痛の語気。 ○搜其室:入室升堂(学問や技能が深い境界に達する)の意であろう。 ○魁:指導者。首席。 ○要領:腰と頸。主旨、綱領。 ○嚴家:「嚴父(尊父)」の意か。 ○莫逆之友:心が通じ合っていて、情誼の厚い友人。
二オモテ
○書魚:紙魚(しみ)。書籍を食らう虫。 ○篆食:篆刻されるように虫食い状態になる。 ○曬書:晒書。書籍を陰干しする。 ○知己:親友。 ○荅:「答」の異体字。 ○卷秩:卷帙。「卷」は巻くことができる書画。「帙」は書をつつむもの。 ○万像森羅:宇宙に存在するいろいろな現象が眼前にたくさん羅列されるさま。 ○唯:応諾・肯定の返答。
二ウラ
○眸子:ひとみ。しっかりとした眼識。 ○昭著:明白。あきらか。 ○標:こずえ。 ○指月:月を指さす。あきらかなことのたとえ。 ○支離:散乱して秩序だっていない。 ○分析:原文は「柝」であるが、増画の俗字であろう。分析。本来一つである物が分離してしまう。 ○刀圭家:薬物治療家。「刀圭」は薬を計る道具。 ○嗚呼:感嘆の詞。原文は増画して「鳴」につくる。
三オモテ
○癈閣:「癈」は、多く「廢」につくる。「廢格」に同じ。捨て置かれて実施されない。 ○嘉惠:恩恵をほどこす。 ○來學:後世の学習者。 ○書肆:書店。印刷と販売をかねる。 ○明泉堂:書末に見える「浅草上野通 上原勘兵衛」のことか。 ○称道:稱道。ほめていう。称賛。 ○壽:長生きすることから、引伸して、「版木に刻む」ことをいうのであろう。 ○熟思:仔細に考慮する。熟慮。 ○泯没:消滅する。 ○片言:短いことば。 ○膚見:浅薄な見解。 ○添竄:添加改竄する。 ○有若:「有」字、判読に自信なし。「有若」は、「猶若」と同じ。 ○童蒙:年少の無知な児童。知識の浅く幼稚なひと。 ○梯筏:「梯」、原文は木偏に八+矛。きざはし。木の階段。「筏」はいかだ。いずれも学問の助けとなる道具の比喩。
三ウラ
○君子之觀:才能の抜きんでたひとの閲覧。 ○延享元甲子:一七四四年。 ○中冬:旧暦十一月。 ○上浣:上旬。 ○伯綏:中村伯綏。
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