2010年11月6日土曜日

4-2 艾灸通説

4-2 艾灸通説
     京都大学医学図書館富士川文庫所蔵『艾灸通説』
     オリエント出版社『臨床鍼灸古典全書』4所収

刻艾灸通説序
通説何也。欲該詳其事
也。蓋灼艾之於病患。不
待己之一舉策。而吾門微
意之所存也。先君子之勤。
  一ウラ
不亦宜乎。手澤遺貽。幸
免朽蠹之災。猶為帷
帳之留物。獨恨鉛槧
屢改。殺青未卒也。有客
告曰。先生嘗云。加我數
  二オモテ
年。將以上梓。既而先生
易簀。今惟子之任耳。
退而檢其書。三四之屬
草。或點鼠亂行。或
句讀難倫。一無足取。又
  二ウラ
奔信于四方之門人。購
求其善本。亦不可就正。
因考吾所藏秘。蓋晩
後之筆削也。奈何吾
黨小子。移寫轉訛。市乕
  三オモテ
毎傳。往ヽ致失眞。今茲
乃刊諸家塾。以示四方同
志也。抑令子弟百世。以
繼其志。以傳于不朽邪。
穆叔有言。曰。雖久不
  三ウラ
廢。此之謂不朽。孤有望焉。
寶暦壬午之春
    子敏謹識


  【書き下し】
刻艾灸通説序
通説とは何ぞや。其の事を該(ことごと)く詳しくせんと欲するなり。
蓋し灼艾の病患に於いて、
己の一舉策を待たず。而して吾が門、微
意の存する所なり。先君子の勤めたるは、
  一ウラ
亦た宜ならずや。手澤遺貽、幸いに
朽蠹の災いを免かれ、猶お帷
帳の留物と為す。獨り鉛槧
屢しば改め、殺青未だ卒(お)えざるを恨むのみ。客有り、
告げて曰く、「先生嘗て云う、『我が數 
  二オモテ
年を加えて、將に以て梓に上(のぼ)せんとす』、と。既にして先生
簀を易う。今は惟だ子の任のみ」と。
退きて其の書を檢するに、三四の屬
草、或いは點鼠、行を亂し、或いは
句讀、倫し難しく、一として取るに足る無し。又た
  二ウラ
信を四方の門人に奔(はし)らせ、
其の善本を購求するも、亦た正に就く可からず。
因りて考うるに吾が藏秘する所は、蓋し晩
後の筆削なり。奈何ぞ吾が
黨の小子、移寫して轉(うた)た訛し、市虎
  三オモテ
毎(つね)に傳うれば、往往にして眞を失うを致さん。今茲、
乃ち諸(これ)を家塾に刊し、以て四方の同
志に示すなり。抑(ここ)に子弟百世をして、以て
其の志を繼がしめ、以て不朽に傳えんか。
穆叔に言有り、曰く、「久しと雖も
  三ウラ
廢さず、此れを之れ不朽と謂う」、と。孤に望み有り。
寶暦壬午の春
    子敏謹みて識(しる)す
  【注釋】
○該詳:あまねくつまびらかにする。 ○灼艾:もぐさを燃やす。 ○病患:疾病。 ○舉策:行為。計画。 ○門:流派。学派。 ○微意:わずかな心遣い。謙遜語。 ○先君子:自分の亡くなった父をいう。/先:今は亡き。尊敬語。 ○勤:(ひとのために)力をつくす。
  一ウラ
○宜:事宜を得る。当然である。適当である。 ○手澤:先人が遺した書付。 ○遺貽:のこる。遺されたもの。 ○朽蠹:腐蝕虫食い。 ○帷帳:カーテン。ここでは寝室や箪笥をいうか。後藤徽序に「稿帳」という語があり、それから察すれば布製の収納用品か。 ○獨:不満の意をあらわす。 ○鉛槧:ノートの記載、文章。筆記用具(鉛筆と木板)の意の引伸。 ○殺青:書籍の定稿、あるいは著作の完成。古く竹簡を作成する際、竹を火で炙って水分を抜き、青皮をはぎ、虫食いを防止した。この過程を殺青という。
  二オモテ
○上梓:版面に文字を刻む。印刷する。 ○既而:そうこうしているうちに。まもなく。 ○易簀:臨終。孔子の門人、曾参が臨終の時、季孫から賜った席褥を礼制に合わず、身分不相応として、取り換えさせた故事による。 ○子:あなた。 ○任:職責。 ○三四:再三再四。数の少ない。 ○屬草:屬草稿。起草した文。 ○點鼠亂行:未詳。小ネズミの被害をいうか?あるいは、判読に誤りがあるか。 ○句讀難倫:句読点の打ち方に従えない、ということか。 
  二ウラ
○信:書簡。 ○善本:版本学における最も理想的な本。時代が最も古い、印刷が素晴らしい、すぐれた鈔本など。 ○就正:ひとに教えを請い、誤りを正す。文章の批判を求めるときに用いる語。『論語』學而:「就有道而正焉、可謂好學也已(有道に就きて正す、學を好むと謂う可きなり)。」 ○藏秘:秘蔵。 ○筆削:著述。 ○黨:志を同じくする仲間。 ○小子:後輩。 ○轉:ますます。 ○市乕:市虎(乕は「虎」の異体字)。無いものを有るとする、人を惑わす流言蜚語。「三人成市虎」。事実無根でも多くのひとが同じこと(市に虎がいる)を言えば事実とされる。
  三オモテ
○今茲:いま。ことし。 ○百世:百代。『孟子』盡心下:「聖人、百世之師也。」 ○穆叔:叔孫豹。春秋時代、魯の大夫。諡は穆子。『左傳』襄公二十四年「穆叔曰……大上有立德、其次有立功、其次有立言。雖久不廢、此之謂不朽/徳を立てるのが最高であり、功を立てるのはその次であり、言を立てるのはまたその次である。いつまでも廃れさせないこと、これを(三つの)不朽という」。
  三ウラ
○孤:早く親に死なれた子。 ○寶暦壬午:宝暦十二(一七六二)年。 ○敏:さとし。後藤椿庵の子、暮庵(一七三六~八八)。〔『日本漢方典籍辞典』〕

 ●は不読字をしめす。
(後藤徽序)
夫灸藥於疾病也是逐邪瘳痼之備固不
可執一焉猶弓弩戈矛雲梯衝車左右揮
之而治攻城野戰各可以建奇勲●●灸
其可藥者藥其可灸者乃不敗績者鮮焉
徃昔先子艮山唱古醫方也其於艾灸實
剏一家言是以艾灸之術無有餘蘊矣竊
觀世醫以艾灸置之度外甲畏乙惡或目
  一ウラ
不識一丁託夢想神傳妄灸欺人故灸其
不可灸者不灸其可灸者滔々皆是焉吁
艾灸之術殆漓耶於是乎先君子在日嘗
刻艾灸通説于家塾以公於世矣偶羅天
明戊申回録之災而燬也荏苒二十年余
髪已種々墜先君子之遺緒是懼頃日校
一家稿帳中遺稿等書陸續將繡梨棗以
  二ウラ
艾灸功於治術先再刻此書爲之前茅若
其湯液之説則竢嗣刻諸書之後勁云
文化戊辰仲冬下浣
栗葊 後藤徽 謹識


(後藤徽序)
夫れ灸藥の疾病に於けるや、是れ邪を逐い痼を瘳(いや)すの備え、固(もと)より
一に執る可からざること、猶お弓弩・戈矛・雲梯・衝車、左右之を揮って
攻城野戰を治むるがごとし。各おの以て奇勲●●を建つ可し。
其の藥す可き者に灸し、其の灸す可き者に藥すれば、乃ち敗績せざる者は鮮(すく)なし。
徃昔、先子艮山、古醫方を唱うるなり。其れ艾灸に於いて實に
一家言を剏(はじ)む。是(ここ)を以て艾灸の術、餘蘊有ること無し。竊かに
世醫を觀れば、艾灸を以て、之を度外に置き、甲は畏れ乙は惡む。或いは目に
  一ウラ
一丁を識らず、夢想・神傳に託して妄りに灸し人を欺く。故に其の
灸す可からざる者に灸し、其の灸す可き者に灸せず。滔々として皆な是れ、焉んぞ
艾灸の術、殆ど漓(うす)きを吁(なげ)かんや。是(ここ)に於いて先君子、在りし日嘗て
艾灸通説を家塾に刻して、以て世に公けにす。偶たま天
明戊申回録〔禄〕の災いに羅〔罹(か)〕かりて燬(や)く。荏苒として二十年。余が
髪已に種々として墜(お)つ。先君子の遺緒、是れ懼る。頃日、
一家の稿帳中の遺稿等を校し、書、陸續として將に梨棗を繡せんとす。
  二ウラ
艾灸の功を以て治術に於いて先とす。再び此の書を刻し、之を前茅と爲す。
其の湯液の説の若きは、則ち嗣(つ)ぎて刻する諸書の後勁を竢(ま)つと云う。
文化戊辰仲冬下浣
栗葊 後藤徽 謹しみて識す

 【注釋】
○痼:痼疾。根深く固い、難治のやまい。 ○執一:一端に固執する。 ○弓弩:弓と弩(機械で発射するゆみ)。 ○戈矛:武器の名。戈は長柄で横に刃があり平頭のほこ。矛は長柄で、鋭い刃を持つ直刺用のやり。 ○雲梯:城攻めのための機械。極めて高いので「雲梯(雲へのはしご)」という。 ○衝車:戦車。城に衝突させて破るために用いる。 ○敗績:戦に負ける。 ○先子:亡父。ここでは広く先祖。 ○艮山:後藤艮山(一六五九~一七三三)。 ○世醫:代々医学を業としている者。 ○度外:思慮の外。 
  一ウラ
○不識一丁:一文字も知らない、学問がないこと。 ○夢想:妄想﹑空想。 ○神傳:かみのお告げ。 ○滔々皆是焉吁艾灸之術殆漓耶:とりあえず、上記の如く、訓む。/滔々:絶えないさま。混乱したさま。 ○先君子:自分の亡き父。 ○在日:健在の時。 ○罹:原文は「羅」に見えるが、意味の上から「罹」とした。 ○天明戊申回録之災:天明八(一七八八)年、旧暦一月三十日に京都で発生した大火。「回録」、正しくは「回禄(火神の名前から、火災の意)」。 ○荏苒:時が徐々に過ぎゆくさま。 ○種々:髪の薄くなるさま。 ○遺緒:死者前人の遺した功績。 ○頃日:近ごろ。 ○陸續:次々に。 ○繡:かざる。ここでは「鐫」の意味であろう。 ○梨棗:印刷出版。かつて梨や棗の木の板を用いたため、このようにいう。 
  二ウラ
○前茅:斥候。先頭。 ○後勁:軍の後部を守る精鋭部隊。しんがり。 ○云:句末の助詞。無義。 ○文化戊辰:文化五(一八〇八)年。 ○仲冬:旧暦十一月。 ○下浣:下旬。 ○栗葊 後藤徽:暮庵の子か。封面によれば、「中立齋」ともいうか?

2 件のコメント:

  1. 「點鼠」をgoogleしてみたら、意外とたくさん出てきました。やれうれしやとよくみてみると、「マウスをクリックする」でした。呵々。
    で、あらためて考えるに、句点「、」を「鼠」と異称するなんてことは無いでしょうか。あるいは、江戸文人のしゃれかも知れない。もしそうであれば、「鼠を点じて行を乱す」(胡乱な句点をうって、わけの分からん文章にしてしまった)ということじゃないかと思います。つまり下の「句讀難倫」と同じようなこと。

    江戸の人の漢文はややこしい。日本における典拠なんぞは追いかけ難い。

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  2. 點鼠
    長野仁先生の説:點鼠は「點竄」。
    點竄:字句の改動、修整。竄改。

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